戦後の疑獄政治史

 更新日/2018(平成30).5.28日

Re::れんだいこのカンテラ時評828 れんだいこ 2010/10/20
 【戦後の疑獄政治史考】

 小沢キード事件の解析の必要上、戦前戦後の疑獄政治史を確認しておこうと思う。但し、一朝一夕にはできないので始めはスケッチ風にならざるを得ない。以下のサイトに記す。

 政党論
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/)
 歴代の政治家訴追又は事件史
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/seijikasotuishi/seijikasotuishi.htm)
 戦後の疑獄政治史
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/seijikasotuishi/sengoshi.htm)
 
 ここで、戦後政治上の疑惑、疑獄事件を通史で確認しておくことにする。選挙違反を含め政治家の失脚が絡む事件を主として確認することにする。まだまだ不十分であるが、追って「検察の正義」の実態を解明する予定である。検察の捜査が及ばなかった事件も含め、どの系譜の者が逮捕され、見逃されてきているかを明らかにするつもりである。特に政治主義性が濃い事件を赤太字で識別することにする。

 気づくことは、ロッキード事件以前は、それなりの大義名分が明らかなことである。よしんば指揮権発動にせよ、「高度な政治判断」と云う法理で説明がつく。ところが、ロッキード事件以降は何が正義やら分からなくなっている。つまり、免責特権導入等で「上からの法破り」が敢行された結果、政治訴追そのものが政治主義的に行われるようになってしまった。しかも、微罪的なものが執拗に追及され、悪質巨罪が見逃されるようになった。「検察ストーリー」が次第に常態化、定向進化し、こたび遂に検察側による証拠物改竄までが明るみにされるところまで来ている。

 最もケシカランことは、在地土着系政治家がイジメラレ、シオニスタン系政治家が大甘で見逃されていることである。つまり、法が公正に適用されていないことである。ロッキード事件では、本当は不関与の田中角栄が逮捕起訴され、本ホシ系の児玉―中曽根ラインが免責された。検察のこの姿勢はその後ますます露骨化し、田中角栄系ないしはもっと広い意味での在地土着系にして有能な政治家が次から次へと起訴、長期拘留される他方で、岸系、中曽根系、福田系、小泉系が見逃され、よしんば摘発されても寛大な処分で優遇されていることである。

 事例では、田中角栄、佐藤孝行、橋本登美三郎、中村喜四郎、田中真紀子、鈴木宗男、村岡兼造、小沢一論が執拗に責めたてられている。これらは皆、親角栄系である。角栄に造反した金丸信も入れておこう。これらの政治家は在地土着系政治家の範疇で括れる。同じ基準で他の政治家を捜査すれば網にかかる者は多かろうに、在地土着系政治家が集中的に叩かれている。岸系、中曽根系、福田系、小泉系でも時々法網が被せられる者も居るが、派内外様組か何らかの理由で叩かれたとみなせば良かろう。このまま行くと終生の免責組は岸、福田、中曽根、小泉であろう。何のことはないワシントンイエス組ばかりではないか。こういうことになる。

 問題は次のところにある。日本左派運動が、この不正国策捜査に怒らず、日共のように検察正義論を奏でながら後押しするとしたら、その罪万死に値しよう。そういう意味で日本左派運動は健全だろうか。れんだいこの見るところ、第一次ブントの連中の目線が一番高い。同派からもかなり多くのシオニスタンが生まれているが、核の部分はさすがに健全で地の塩となって今も世の不正を糺し続けている。あっ晴れと云うべきだろう。惜しむらくは、現代帝国主義論即ちネオシオニズム論がないことだろうか。レーニズム帝国主義論はもはや使えないのに未だに後生大事にしている。これでは組織だって反撃できない。しかし気づけば良い。半ば解決されていよう。

 2009.3.16日、2010.10.20日再編集 れんだいこ拝


■闇物資払い下げ事件
 1945(昭和20)年、東久邇宮(ひがしくにのみや)内閣、田中萬一特捜部長。
 終戦の前日の1945(昭和20).8.14日、鈴木貫太郎内閣は、降伏決定の手続き終了後、戦後対策委員会を内閣に設置し、「軍需用保管物資の緊急処分」を指示した後、翌8.15日、総辞職した。つまり、つかの間の敗戦処理内閣となった。この結果、軍需物資が民間に大量に出回り、政商が暗躍した。当時の価格で約1000億円相当の軍需品(米.麦.雑穀.缶詰.砂糖.ガソリン.綿布.ゴム.鉄.銅電線など)が放出された。この決定は、どうせ占領軍に接収されるなら民間に払い下げようとしたものであったが、実際にはブローカーが暗躍し、軍人・官僚・政治家などによって不正に処分され忽然と消えてしまった。一種無秩序状態のまま軍需工場の倉庫から分散させられた。

■辻嘉六事件
 1947(昭和22)年、片山内閣。
 政界の黒幕が旧軍の隠退蔵物資ヤミ処分金を自由党政治家に分配した容疑。経緯は次の通り。1947(昭和22).3.29日、衆議院決算委員会で日本自由党の世耕弘一代議士が「日銀の地下倉庫に隠退蔵物資のダイヤモンドがあり、密かに売買されている」と発言。これにより、衆院の「不当財産取引調査特別委員会」が調査することになった。隠退物資とは、旧日本軍が本土決戦に備えて在庫した燃料・アルミ・銅・貴金属・食料(米・味噌・醤油他)などの物資をいう。この物資は約2400億円相当(現在の貨幣価値に換算して数十兆円)になり国内各所に分散貯蔵していた。

 敗戦直後、配給も滞り「1000万人飢餓死説」が流れる中、旧軍の隠退蔵物資を闇ルートに横流しし、その資金で政界・官界に金をばら撒き、政治を牛耳ろうとしたフィクサー達がいた。この中で、児玉誉士夫、小佐野賢治らと並んで大物フィクサーに辻嘉六がいた。不当財産取引調査特別委員会」が調査を開始したところ、実業家の中曽根幾太郎が隠退物資である「軍服」を闇ルートに払い下げて莫大な金を稼いでいることが判明した。その金の一部が大物フィクサーである辻嘉六に渡り、自由党の鳩山(その後、総理大臣)、河野一郎らに現金20万円、饗応で数十万円の接待をしていたことが判明した。辻は、その他大物政治家に金をばら撒き、政界への発言力を増して、自身に有利な事業展開を図った。が、東京地検は政界にメスを入れることができず、金を受け取った政治家を偽証罪として告発、中曽根を詐欺罪で起訴するに留まった。

■炭鉱国管疑獄
 1947(昭和22)年、片山内閣。
 炭鉱国家管理法案審議権をめぐる炭鉱業者の政治家買収容疑。田中角栄が逮捕拘留される事件となる。

 1947(昭和22)年、社会党首班政権の片山内閣が社会主義政策の一環として炭鉱を国家管理にするための炭鉱国家管理法案を国会に提出した。これに炭鉱主が反発し、炭鉱国家管理法案を阻止するために保守系議員へ政界工作を行った。「法案は緊急措置であり、国家管理の制度は他の産業に及ぼさない」と声明を出し、炭鉱主側に配慮した修正を経て成立した(1950年、廃止される)。しかし、後に炭鉱主側の工作が世間に露見する。この疑獄では田中万逸、竹田儀一、田中角栄らの政治家8名と炭鉱業者4名が賄賂罪で起訴、逮捕された。しかし、判決では、使われた金の大部分は政治献金と判断され、田中角栄被告は無罪となった。

■原侑議員辞職事件
 1948(昭和23)年、芦田内閣、山内繁雄特捜部長。
 原侑(自由、衆)の詐欺事件。1948.1.30日、議員辞職。

■昭電疑獄
 1948(昭和23)年、芦田内閣、山内繁雄特捜部長。
 大手化学工業会社昭和電工の日野原節三社長が、復興資金として復興金融金庫からの融資を得るために行った政府高官や政府金融機関幹部に対する不正融贈収賄資汚職事件。1948(昭和23).6月に摘発され、芦田内閣が崩壊し、福田越夫が逮捕されている。昭和電工事件とも云われる。大蔵官僚の福田赳夫が逮捕される事件となる。これにより経緯は次の通り。

 収賄側としてGHQの下で日本の民主化を進める民政局(GS)のチャールズ・ケーディス大佐ら高官の名前が取り沙汰され、ケーディスは失脚。裏にGSのライバルで反共工作を行っていたG2のチャールズ・ウィロビー少将と右翼の三浦義一の暗躍があった。

 大蔵官僚の福田赳夫(後の首相)や野党・民主自由党の重鎮大野伴睦(後の自由民主党副総裁)の逮捕に始まり、やがて政府高官や閣僚の逮捕にまで及んだ。栗栖赳夫経済安定本部総務長官、西尾末広副総理が検挙され芦田内閣の総辞職をもたらした。戦前軍部に対抗し大政翼賛会にも参加せず、首相としては閣僚の上奏を停止するなどリベラルであった芦田均を失脚させるための帝人事件同様の検察ファシズムであったと考えることもできる。その後、芦田均自身も逮捕されたが、裁判では栗栖以外の政治家は無罪となった


■商工省繊維汚職
 1949(昭和24)年、吉田内閣、福島幸夫特捜部長。
 繊維資本家と商工省・政界の贈収賄容疑事件。1948.9.21日、鈴木重郎・商工省繊維局長が商工省繊維汚職容疑で逮捕された。吉田首相の名も取りざたされている。

■永江一夫辞職事件
 1949(昭和24)年、吉田内閣、福島幸夫特捜部長。
 前農林大臣・永江 一夫(社会党、衆議院議員)が、東洋製粉会社への復金融資に関わる汚職事件で1948.11.9日、議員辞職する。

■小川友三除名処分
 1950(昭和25)年、吉田内閣。
 小川 友三(無所属懇、参議院議員)が反対討論後に賛成票を投じ、1950.4.7日、除名処分を受ける。

■五井産業事件
 1950(昭和25)年、吉田内閣。
 警視庁出入業者・五井産業と警視庁幹部、吉田内閣首脳の疑惑。

■日発スキャンダル
 1950(昭和25)年、吉田内閣。
 最大の独占企業日本発送電会社分割に関わる政財界の汚職容疑。

■二重煙突事件
 1950(昭和25)年、吉田内閣。
 特別調達庁が占領軍用に発注の二重煙突につき法務総裁に疑惑。

■川上貫一除名処分
 1951(昭和26)年、吉田内閣。
 1951.3.29日、川上貫一(共産、衆)が占領政策を批判し除名処分を受ける。

■電通汚職
 1952(昭和27)年、吉田内閣。
 電通官僚の天下り立候補資金集めおよび横領容疑。

■砂糖汚職
 1953(昭和28)年、吉田内閣。
 官僚グループ火曜会が介在した裏件。農林省課長自殺で迷宮入り。

■霊友会事件
 1953(昭和28)年、吉田内閣。
 新興宗教霊友会の脱税事件で法相モミ消し奔走の疑い。

■保全経済会事件
 1953(昭和28)年、吉田内閣、山本清二郎特捜部長。
 1953年、匿名組合保全経済会に係る詐欺事件が発生した。「投資銀行法案」〃買収〃をねらった「保全経済会」の政治献金が問題となり、政界工作を廻って国会で証人喚問する事態に発展した。

■日殖事件
 1954(昭和29)年、吉田内閣、山本清二郎特捜部長。
 保全経済会同様、倒産した庶民金融と顧問の保守党政治家の癒着関係。

■陸運疑獄
 1954(昭和29)年、吉田内閣、山本清二郎特捜部長。
 交通公社・弘済会・高速度営団と運輸関係議員をめぐる黒い霧。

■日興連汚職
 1954(昭和29)年、吉田内閣、山本清二郎特捜部長。
 全国映画館経営者団休(日興連)の入場料引き上げに反対陳情に関わる汚職。

■造船疑獄事件
 1954(昭和29)年、吉田内閣、山本清二郎特捜部長。
 計画造船における利子軽減の為の「外航船建造利子補給法」制定請願をめぐる贈収賄事件で、開銀融資の計画造船と利子補給法〃買収〃をめぐる大疑獄となった。自由党幹事長であった佐藤榮作が逮捕される寸前、犬養法相の指揮権発動で難を逃れた。

 1954.1月、東京地方検察庁特別捜査部による強制捜査が開始され、政財官界の被疑者多数が逮捕され、国会議員4名の逮捕等を経てさらに発展する気配を見せた。3.29日、運輸省海運調整部総務課 課長補佐の雛田英夫が、運輸省本庁舎で飛び降り自殺?変死。4.19日、石川島重工重役の宮島利雄が東京・世田谷の自宅で首吊り自殺?変死。
 4.20日、検察庁は当時与党自由党幹事長であった佐藤榮作を収賄容疑により逮捕する方針を決定した。翌4.21日、犬養健法務大臣は、時の吉田茂首相の意向を受け、検察庁法第14条による指揮権を発動し、佐藤藤佐検事総長に逮捕中止と任意捜査を指示した。犬養法相は翌日辞任した。4.30日、参議院本会議で指揮権発動に関する内閣警告決議が可決された。衆議院は9.6日に証人喚問を行い、佐藤検事総長は「指揮権発動で捜査に支障が出た」と証言。その後、衆議院は吉田茂首相を証人喚問議決をするも、吉田は病気を理由に拒否。その後、衆議院は拒否事由が不十分として議院証言法違反で吉田首相を告発するも不起訴処分となった。

 逮捕者は71名にのぼり、起訴された主要な被告のうち7名が無罪、14名が執行猶予付きの有罪判決を受けた。佐藤栄作は後に政治資金規正法違反で在宅起訴されたが、国連加盟恩赦で免訴となった。当時の吉田茂内閣が倒れる発端となった事件の一つで、吉田内閣を打倒し鳩山一郎・岸信介らのいわゆる逆コース政治家に再登場の道を開くために仕組まれた帝人事件同様の検察ファッショの例に過ぎないと考えることもできる。

■野原正勝失職事件
 1955(昭和30)年、鳩山内閣、。
 野原 正勝(民主、衆)が選挙違反容疑で、1955.5.23日、逮捕、失職する。

■東独カリ輸入問題
 1955(昭和30)年、鳩山内閣、。
 束独カリ輸入をめぐる政界人の暗躍。

■電源開発疑惑
 1955(昭和30)年、鳩山内閣、。
 自民党が選挙資金捻出のため電源開発の工事費を水増しした容疑。

■農林省つまみ食い事件(多久島事件)
 1956(昭和31)年、鳩山内閣、。
 6.10日、農林省大臣官房経理厚生課事務員の吉川六郎が、東京・北区の荒川放水路で入水自殺?変死。

■鈴木周次郎当選無効
 1957(昭和32)年、石橋・岸内閣、天野武一特捜部長。
 鈴木 周次郎(自民、衆)が選挙違反容疑で、1957年、当選無効。

■売春法汚職
 1957(昭和32)年、石橋・岸内閣、天野武一特捜部長。
 「売春防止法案」反対にからむ汚職。

■重光葵(まもる)腹上死事件
 1957(昭和32)年、石橋・岸内閣、天野武一特捜部長。
 1957.1.26日、重光葵(まもる)は、第二次世界大戦中に外務大臣を務め、政府全権として降伏文書に調印し、日本の国際連合加盟に尽力した外交官、政治家の履歴を持つが、神奈川県湯河原の別荘で死去した。腹上死と云われている。真相は定かでない。

■全購連汚職
 1957(昭和32)年、。
 1957.4.10日、全購連燐酸カリ課 調査役。

■第1次FX選定事件
 1958(昭和33)年、岸内閣、。
 自衛隊の次期主力戦闘機選定をめぐる自民党幹部による汚職。岸首相の暗躍が不問にされた

 1957年、国防会議決定の第一次防衛力整備計画に基づく、旧式化した自衛隊の主力戦闘機F-86Fにかわる超音速戦闘機300機の機種選定について、当初、防衛庁は次期戦闘機をロッキードF-104に内定していたが、岸内閣成立後の1958.4月、日本政府はグラマンF11Fを採用決定した。この見返りとして、岸に対して、グラマン社が納入1機に対し1000万円、最大30億円のマージンを支払われたとされる疑惑が伝えられている。(資金は、その後の総選挙費用と総裁選対策費として支払われたのではないかと言われる)。しかし、実際に1962年から後継主力戦闘機として配備されたのは一旦覆ったはずのF-104Jである。事件にならず。

■鮎川義介、鮎川金次郎辞職事件
 1958(昭和33)年、岸内閣、。
 元日産コンツェルン総帥の鮎川義介(無所属、参)と鮎川 金次郎(自民、参)が鮎川派選挙違反容疑で、1959.12.29日、辞職させられる。

■浅沼稲次郎暗殺事件
 1960(昭和35)年、岸内閣、。
   日本社会党委員長の浅沼稲次郎(社会、衆)が、1960.10.12日、日比谷公会堂において演説中、17歳の右翼少年・山口二矢に暗殺された。

■日興連汚職
 1961(昭和36)年、池田内閣、。
 福田 繁芳(衆)が、1961.3.1日、逮捕され失職する。

■辻政信失踪事件
 1961(昭和36)年、池田内閣、。
 旧日本陸参謀にして、戦後は自伝小説「潜行三千里」を刊行、ベストセラー作家そして参議院議員に転身したという異色の政治家で辻正信(自民、参)は、1961.5.20日、ラオスで消息不明となる。

■虎ノ門国有地払い下げ疑惑
 1964(昭和39)年、池田内閣、。
   国有地転売による土地転がし不正事件。田中角栄、小佐野賢治の名が取りざたされる。

■九頭竜ダム補償問題事件
 1961(昭和36)年、池田内閣、。
 1964.12月初旬、九頭竜ダム建設で水没することになった鉱山経営者・緒方克行は補償交渉の調停人として児玉の元を訪ねる。この時、児玉は、「内容も理解できたので、何とか調停して差し上げましょう。既にこの問題に携わるメンバーも決めてあります。中曽根さんを中心として読売政治部の渡辺恒雄君、同じ経済部の氏家斉一郎君に働いてもらいます。ま、暫くは成り行きを見ていてください」。12.27日、緒方は児玉邸で読売新聞記者の渡辺と氏家に引き合わせられる。この時、事前運動費として1千万円(当時の金額を今換算すれば1億円相当)を児玉に差し出している。しかし、働きかけは成功せず、後日1965.7.25日運動費も返還されている。妙な事件である。石川達三の「金環蝕」の題材ともなり、同名で映画化までされた一大スキャンダルである。多くの疑獄関係書に、詳しい経過が記されている。
 1965年(昭和40年)2月12日、池田勇人前首相秘書官、当時・大蔵省証券局 課長補佐の中林恭夫が、東京・目黒の官舎で転落死変死。
 同4.10日、政界新聞『マスコミ』社長(衆議院決算委で証人喚問)の倉地武雄が、東京・麹町の事務所で絞殺。三男を逮捕。 背後関係なしとの結論に。

■武州鉄道汚職事件
 1965(昭和40)年、佐藤内閣、河井信太郎特捜部長。
 

■吹原・森脇事件
 1965(昭和40)年、佐藤内閣、河井信太郎特捜部長。
 吹原産業社長による30憶円詐欺事件の裏に、政治献金の疑惑。

■田中彰治辞職事件
 1966(昭和41)年、佐藤内閣、大江兵馬特捜部長。
  衆議院決算委員長・田中 彰治(自民、衆)が1966.9.13日、逮捕され辞職する。

■共和精糖事件
 1966(昭和41)年、佐藤内閣、大江兵馬特捜部長。

■信濃川河川敷事件
 1966(昭和41)年、佐藤内閣、大江兵馬特捜部長。
 田中角栄ファミリー企業による河川敷買い占め疑惑が取りざたされる。

■束京大証事件
 1966(昭和41)年、佐藤内閣、大江兵馬特捜部長。
 政界人を利用し、インチキ手形で三億円詐欺容疑事件。

■束京大証事件
 1968(昭和43)年、佐藤内閣、木村喬行特捜部長。
 政府の食糧輸送の利権をめぐる日本通運による政治献金疑惑。

■日通事件
 1968(昭和43)年、佐藤内閣、木村喬行特捜部長。
 政府の食糧輸送の利権をめぐる日本通運による政治献金疑惑。
 1968年(昭和43年)4月18日、日本通運 資金課長(前社長の次男)福島 秀行が、検察合同庁舎の屋上で飛び降り自殺?変死。

■第2次FX選定疑惑
 1968(昭和43)年、佐藤内閣、木村喬行特捜部長。
 次期主力戦闘機の選定をめぐる疑惑。“次期戦闘機”商戦は数兆円規模のものであり加熱する。中曽根の暗躍が見過ごされた。

 1968年、次のFX計画が発足。選考にはCL1010-2,F-4E,ビゲン,ミラージュF1が候補にあがり、1969年、マクダネルダグラスF-4Eを元にしたF-4EJの採用が決定された。1978.12.25日、アメリカの証券取引委員会にて、この時のF-4EJファントムIIの売り込みに際しマクダネルダグラス社が日本政府の高官(岸信介、福田赳夫、松野頼三、中曽根康弘)に対し1万5千ドルを手渡していたことが告発された。翌1979.1.4日、E-2Cホークアイの売り込みに際しグラマン社が4名の政治家に対し不正資金を送ったことがさらに発覚したがどちらも事件にならなかった。

■佐藤孝行辞職事件
 1969(昭和44)年、佐藤内閣、木村喬行特捜部長。
 1969.1.30日、佐藤孝行(自民、衆)が、選挙違反で逮捕され辞職する。

■新薬汚職事件
 1969(昭和44)年、佐藤内閣、。
 3月、厚生省保健所 課長が、飛び降り自殺?変死。

■総裁選7憶円疑惑
 1972(昭和47)年、田中内閣、大堀誠一特捜部長。
 田中角栄首相選出をめぐって中曽根派が7億円で買収されたのではないかという疑惑。

■協同飼料株価不正操作事件
 1972(昭和47)年、田中内閣、大堀誠一特捜部長。

■石油ヤミカルテル事件
 1972(昭和47)年、田中内閣、大堀誠一特捜部長。

■田中金脈事件
 1972(昭和47)年、田中内閣、大堀誠一特捜部長。
 田中首相の資産形成の過程で政治資金の悪用、脱税等による疑惑。立花隆が文芸春秋誌上に発表し口火を切った。田中内閣総辞職の引き金になる。

■ロッキ‐ド疑惑勃発、田中角栄逮捕事件(「ロッキード事件考」)
 1976(昭和51)年、三木内閣、川島興特捜部長。
 1976.2.4日、ロッキード社のトライスタ−(旅客機)、P3C(対潜哨戒機)の売り込み工作に対する贈収賄事件が勃発した。7.27日、田中角栄・元首相が、東京地検特捜部により外為法違反容疑で逮捕、起訴され、翌日より22日間勾留された。
 1976年(昭和51年)6月10日、ジャパンPR社社長(ロッキード通訳)・福田 太郎が東京女子医大病院で動脈瘤?変死。
 8.1日、田中角栄元首相 私設秘書・笠原 政則が埼玉・都畿川村の林道で排ガス自殺?変死。
 ポルノ男優・前野光保が、セスナ機で児玉誉士夫邸に突入し、死亡。

■佐藤孝行逮捕事件
 1976(昭和51)年、三木内閣、川島興特捜部長。
 8.20日、元運輸政務次官・佐藤孝行(自民、衆)が、東京地検特捜部によりロッキード事件絡みの200万円の受託収賄罪容疑で逮捕され東京拘置所へ勾留された。佐藤氏は中曽根派内で最も田中派に近く、総裁公選の時も親田中で活躍した経歴を持つ。

■橋本登美三郎逮捕事件
 1976(昭和51)年、三木内閣、川島興特捜部長。
 8.21日、田中派重鎮の元運輸大臣・橋本登美三郎(自民、衆)が、東京地検特捜部によりロッキード事件絡みの受託収賄罪容疑で逮捕され東京拘置所へ勾留された。この時橋本は76歳。9.10日、東京地検が、橋本元運輸相、佐藤下運輸政務次官を受託収賄罪で起訴する。

■ダグラス・グラマン事件
 1979(昭和54)年、大平内閣、吉永祐介特捜部長。
 ダグラス・グラマン両社による航空機売り込み疑惑。詳細は「ダグラス・グラマン事件考」に記す。中曽根の暗躍が見過ごされた。

 1978.12.25日、アメリカの証券取引委員会にて、1967年のF-4EJファントムIIの売り込みに際しマクダネルダグラス社が日本政府の高官(岸信介、福田赳夫、松野頼三、中曽根康弘)に対し1万5000ドルを手渡していたことが告発された。翌年1月4日にはE-2Cホークアイの売り込みに際しグラマン社が4人の政治家に対し不正資金を送ったことがさらに発覚した。

 東京地検はアメリカの証券取引委員会に協力を求めた上、マクダネルダグラス社とグラマン社、両社の日本代理店である日商岩井を中心した捜査を開始した。かしその突如、日商岩井の航空機部門の常務であった責任者が自殺するなど捜査は行き詰ってしまった。2月、当時の日商岩井の副社長とF-4EJ疑惑に関わったとされる松野頼三元防衛庁長官が証人喚問に召喚され、日商岩井副社長は記憶に無い発言を繰り替えす。が、元防衛庁長官はマクダネルダグラス社から5億円を受け取ったことを認る。

 また、F-104を押しのけF-11F-1が急浮上したFX選定に際する当時の首相、岸信介に対しグラマン社が納入1機に対し1千万円、最大30億円のマージンを支払うという関わりを示す証拠品が発見された。しかしながらこの時点で既に時効が成立しており捜査は打ち切られ、金銭享受を認めた元防衛庁長官も刑事裁判には至らず、結局この事件で逮捕され刑事裁判を受けたのは日商岩井の幹部二人のみで、政治家は誰一人として責任を追及されることはなかった。

 また3年前の1976年年にはグラマンF-14とマクダネルダグラスF-15によるFXにおいてマクダネルダグラスF-15が採用決定されていたため、当然疑惑が向けられることとなったが、捜査の終結に伴いF-14及びF-15は一切捜査されることはなかった。
 1979年(昭和54年)2月1日、日商岩井 常務・島田三敬が東京・赤坂の子会社ビルで飛び降り自殺?変死。

■松野頼三辞職事件
 1979(昭和54)年、大平内閣、吉永祐介特捜部長。
 元防衛庁長官・松野頼三(自民、衆)が、日商岩井から政治献金を受けていた問題で証人喚問され、「政治家松野を育てる献金であった」と献金を認める答弁をした(政治資金規正法違反や収賄罪に関しては刑事時効が成立)。1979.7.25日、逮捕され辞職する。

■税政連献全事件
 1979(昭和54)年、大平内閣、吉永祐介特捜部長。
 税理士法一部改正案のため与野党議員に日税連が献金。

■宇野亨起訴事件
 1979(昭和54)年、大平内閣、吉永祐介特捜部長。
 宇野亨(衆)が公選法違反で在宅起訴。

■浜田幸一辞職事件
 1980(昭和55)年、鈴木内閣、吉永祐介特捜部長。
 1980.4.11日、浜田幸一(自民、衆)が、ラスベガスとばく発覚で辞職する。浜田は隠れ田中派で、角栄派追討の臭いがする。

■KDD事件
 1980(昭和55)年、鈴木内閣、吉永祐介特捜部長。
  国際電信電話公社(KDD)の乱脈経理事件。
 1980年(昭和55年)1月24日、KDD経営調査室経営分析担当課長・山口 清邦が首吊り自殺?変死。
 1980年(昭和55年)2月6日、KDD前社長付参与・保田重貞が川崎・小田急向ヶ丘遊園駅で飛び込み自殺?変死。

■大平正芳首相急死事件
 1980(昭和55)年、鈴木内閣、吉永祐介特捜部長。
 1980.6.12日、大平正芳首相が、総選挙が公示された5.30日、第一声を挙げた新宿での街頭演説の直後から気分が悪くなり虎の門病院に入院。一時は記者団の代表3人と数分間の会見を行えるほどに回復したものの、6.12日、容態が急変し死去した(70歳)。死因は心筋梗塞による心不全。死去前夜、7時半頃、桜内義雄幹事長が選挙情勢について報告に訪れ、その後伊東官房長官とも30分程話し、そして午後9時ごろ娘婿で秘書官の森田一がヴェネツィアサミットの準備に当らせるため佐藤秘書官をヴェネツィアに派遣することを報告した際に返した「そうか、わかった」が最期の言葉となった。

■誠備グループ脱税事件
 1981(昭和56)年、**内閣、岡村泰孝特捜部長。

■芸大事件
 1982(昭和57)年、**内閣、藤永幸治特捜部長。

■三越事件
 1982(昭和57)年、**内閣、藤永幸治特捜部長。

■中川一郎変死事件
 1983(昭和58)年、中曽根内閣、河上和雄特捜部長。
 1983.1.9日、自民党総裁候補の中川一郎元農水相(自民、衆)が、宿泊先の札幌パークホテルの浴室で死んでいるのが発見された。当初、死因は「急性心筋梗塞」ということだったが、2日後の11日になって死因は「首吊り自殺」であったと発表された。中川も隠れ田中派で、角栄派追討の臭いがする。

■松本幸男衆院議員変死事件
 1983(昭和58)年、中曽根内閣、河上和雄特捜部長。

■新潟鉄工所ソフトウェア等横領事件
 1983(昭和58)年、中曽根内閣、河上和雄特捜部長。

■新薬産業スパイ事件
 1983(昭和58)年、中曽根内閣、河上和雄特捜部長。

■角栄、脳梗塞で倒れる
 1985(昭和60)年、中曽根内閣、特捜部長。
 1985(昭和60).2.27日、田中角栄が脳梗塞で倒れ政界引退を余儀なくされる。日刊ゲンダイ紙は、見出しに「ざまをみろ」と書いた。

■リッカー事件
 1986(昭和61)年、中曽根内閣、山口悠介特捜部長。

■撚糸工連事件
 1986(昭和61)年、中曽根内閣、山口悠介特捜部長。
 繊維業界の構造改善をめぐり、政界との癒着が間題化。横手文雄衆議院議員が受託収賄、稲村左近四郎衆議院議員が収賄で在宅起訴。有罪確定。

■平和相互銀行事件
 1987(昭和62)年、中曽根内閣、山口悠介特捜部長。
 旧平和相銀の数千億円に及ぷといわれる乱脈経理と、住友銀行との合併をめぐる疑惑。金屏風で竹下登元首相の名前も取りざたされる。角栄追い落としまでは竹下−金丸ラインが重宝されたが、角栄政界引退以後用済みになり、摘発され始める。

■日本共産党幹部宅盗聴事件
 1987(昭和62)年、中曽根内閣、山口悠介特捜部長。

■明電工脱税事件
 1987(昭和62)年、中曽根内閣、松田昇特捜部長。
 1988年(昭和63年)1月、投資会社取締役、元東証 上場管理課長が東京・新宿の自宅で首吊り自殺?変死。6月に判明。

■田代富士男辞職事件
 1988(昭和63)年、竹下内閣、松田昇特捜部長。
 1988.1.25日、田代富士男(公明、参)が、関西空港の埋立て終了後、砂利船の営業船格上をめぐって業者から金銭を授受した砂利船汚職容疑で受託収賄で逮捕。有罪確定で辞職する。

■リクルート事件(「リクルート事件考」)
 1988(昭和63)年、竹下内閣、松田昇特捜部長。
 江副浩正氏が創業したリクルート社の関連企業リクルートコスモス(現 コスモスイニシア)社の未公開株を政財官の役職者が賄賂的に受け取っていたことが暴露された汚職事件である。中曽根康弘、竹下登、宮澤喜一、安倍晋太郎、渡辺美智雄など大物政治家が群がっていた。東京地検特捜部は、1989年、政界・文部省・労働省・NTTの4ルートで江副浩正リクルート社元会長ら贈賄側と藤波孝生元官房長官ら収賄側計12名を起訴、全員の有罪が確定した。だが、政治家は自民党の藤波議員、公明党の池田克也議員が在宅起訴されただけで、中曽根や竹下をはじめ大物政治家は誰一人立件されなかった。
 1989年(平成元年)4月24日、竹下登首相 秘書の青木伊平が東京・代々木の自宅で首吊り自殺?変死。

■上田卓三辞職事件
 1988(昭和63)年、竹下内閣、松田昇特捜部長。
 リクルート・コスモスの未公開株の譲渡をめぐっての疑惑。上田卓三(社会、衆)が、1988.11.8日、辞職する。

■池田克也辞職事件
 1989(昭和64)年、**内閣、特捜部長。
 池田克也(公明、衆)が、リクルート事件の受託収賄容疑で1999.6.2日、在宅起訴後逮捕され辞職する。

■藤波孝生起訴事件
 1989(昭和64)年、**内閣、特捜部長。
 藤波孝生(自民、衆)が、リクルート事件の受託収賄容疑で在宅起訴。 有罪確定。

■国際航業事件
 1990(昭和65)年、**内閣、石川達紘特捜部長。

■稲村利幸脱税事件
 1990(昭和65)年、**内閣、石川達紘特捜部長。
 稲村利幸(自民、衆)が所得税法違反(脱税) で在宅起訴。有罪確定で、1991.1月、辞職を余儀なくされる。

■丹羽兵助死亡事件
 1990(昭和65)年、**内閣、石川達紘特捜部長。
 丹羽 兵助(にわ ひょうすけ)は、1990.10..21日、陸上自衛隊守山駐屯地(名古屋市守山区)で行われていた記念式典(一般市民にも公開)に来賓として出席していた際、部外者の男(統合失調症で入院中。当時は一時退院中であった)に首をナイフで刺された。出血多量により近隣の病院に搬送されたが、そこでは秘書が申告した血液型を信用し、通常は行われるクロスマッチテストが行われないまま、異なる型の血液が輸血されると言う医療事故も重なり、12日後の11月2日に死去。享年80歳。

■東京佐川急便車件
 1991(平成3)年、海部内閣、五十嵐紀男特捜部長。
 数憶円の金が与野党100名以上の議員に不正献全された疑惑。前自民党副総裁・金丸信(自民、衆)失脚の伏線となる。

■名尾良孝参院議員変死事件 
 1991(平成3)年、海部内閣、五十嵐紀男特捜部長。
 名尾良孝参院議員が議員宿舎から飛び降り自殺(?)。

■阿部文男逮捕事件 
 1992(平成4)年、**内閣、五十嵐紀男特捜部長。
 元北海道・沖縄開発庁長官の阿部文男(自民、衆)が、鉄骨メーカー「共和」のヤミ献金疑惑の受託収賄容疑で逮捕され、三日後逮捕され24日間勾留された。

■上野 建一辞職事件
 1992(平成4)年、**内閣、五十嵐紀男特捜部長。
 上野 建一(社会、衆)が、1992.3.13日、「真里谷」の資金提供疑惑容疑で辞職する。

■金丸信巨額脱税事件
 1992(平成4)年、**内閣、五十嵐紀男特捜部長。
 前自民党副総裁・金丸信(自民、衆)が、東京佐川急便事件に冠する巨額脱税事件、政治資金規正法違反容疑で1992.10.21日、略式起訴され、その後辞職する。

■ゼネコン汚職事件
 1992(平成4)年、**内閣、五十嵐紀男特捜部長。
 1993年(平成5年)8月13日、茨城県土木部下水道課 課長・増子哲也が栃木県西那須野町のビジネスホテルで首吊り自殺?変死。

■山村新治郎死亡事件
 1992(平成4)年、**内閣、五十嵐紀男特捜部長。
 1992.4.12日、山村新治郎は、よど号ハイジャック事件で身代わりになったことで知られているが、自民党訪朝団団長として北朝鮮への訪問を翌日に控えたこの日、精神疾患を患った24歳の次女に自宅にて出刃包丁でメッタ刺しにされ急逝した。当時健在であった母の目の前での惨劇であった。次女は心神喪失により責任能力なしと判断され不起訴となるが、4年後に自殺している。

■金丸信起訴車件
 1993(平成5)年、宮沢内閣、宗像紀夫特捜部長。
 前自民党副総裁・金丸信(自民、衆)が、東京地検特捜部&国税により数億円に上る資産隠しと所得税法違反(脱税)容疑で1993.3月、在宅起訴される。公判中に死去。

■東京協和・安全信用二信組事件
 1993(平成5)年、宮沢内閣、宗像紀夫特捜部長。

■新間正次辞職事件
 1994(昭和6)年、細川内閣、特捜部長。
 新間正次(民社、参)が学歴詐称事件で公選法違反で在宅起訴、1994.7.29日、逮捕され、失職する。

■大谷忠雄起訴事件
 1994(昭和6)年、細川内閣、特捜部長。
 大谷忠雄(衆)が、所得税法違反で在宅起訴される。

■中村喜四郎逮捕事件
 1994(昭和6)年、細川内閣、特捜部長。
 元建設相の中村喜四郎(自民、衆)が、埼玉土曜会のゼネコン汚職事件絡みのあっせん収賄で逮捕され離党を余儀なくされる。中村被告に有罪判決下され、第2回公判後に139日間勾留された。中村は角栄子飼いの政治家であり、角栄派追い落としの臭いがする。

■信組乱脈融資事件
 1995(昭和7)年、**内閣、特捜部長。
 山口敏夫(新進、衆)が、信組乱脈融資事件絡みで、1995.3月、離党を余儀なくされる。

■中西啓介辞職事件
 1995(昭和7)年、**内閣、特捜部長。
 元防衛庁長官・中西啓介(新進、衆)が、長男の大麻所持事件で、1995.5.12日、辞職を余儀なくさせられる。  

■近藤豊辞職事件   
 1995(昭和7)年、**内閣、特捜部長。
 近藤豊(日本新、衆)が、所得税不正還付事件容疑で1995.9.19日、逮捕され、一審判決後辞職させられる。

■大谷忠雄辞職事件  
 1995(昭和7)年、**内閣、特捜部長。
 大谷忠雄(新生、衆)が、所得税不正還付事件容疑で1995.12.6日、逮捕され、一審判決後辞職させられる。

■山口敏夫逮捕事件
 1995(昭和7)年、**内閣、特捜部長。
 山口敏夫(衆)が、二信用組合事件絡みの背任等で逮捕される。

■泉井献金疑惑
 1996(平成8)年、橋本内閣、上田広一特捜部長。
 ベトナム油田開発権益獲得のため自民党の崎拓建設相(当時)にヤミ献金をした疑い。

■関西空港汚職事件
 1996(平成8)年、橋本内閣、上田広一特捜部長。

■友部違夫離党事件
 1996(平成8)年、橋本内閣、上田広一特捜部長。
 友部違夫(新進、参)が、オレンジ共済事件絡みで離党を余儀なくされる。

■野村證券・第一勧銀総会屋利益供与事件
 1997(平成9)年、橋本内閣、熊崎勝彦特捜部長。

■防衛庁調達実施本部背任事件
 1997(平成9)年、橋本内閣、熊崎勝彦特捜部長。

■友部違夫逮捕事件
 1997(平成9)年、橋本内閣、熊崎勝彦特捜部長。
 友部違夫(新進、参)が、新進党の比例順位を金で買ったという疑惑、詐欺で逮捕される。

■菊池福治郎辞職事件
 1997(平成9)年、橋本内閣、熊崎勝彦特捜部長。
 菊池 福治郎(自民、衆)が、長男の公選法違反(買収)選挙違反容疑で1997.10.31日、辞職させられる。

●利益供与事件
宮崎 邦次 元第一勧業銀行 会長 1997年(平成9年)6月29日 東京の自宅 首吊り自殺
大月 洋一 大蔵省銀行局 金融取引管理官 1998年(平成10年)1月28日 東京の官舎 首吊り自殺
吉田 一雄 道路施設サービス 社長 1998年(平成10年)1月30日
首吊り自殺
新井 将敬 衆議院議員 1998年(平成10年)2月19日 東京・品川のホテル 首吊り自殺
杉山 吉男 大蔵省銀行局中小金融課 課長補佐 1998年(平成10年)3月12/14日 自宅 首吊り自殺
鴨志田 孝之 日本銀行 理事 1998年(平成10年)5月1日 東京・板橋の分譲団地(実家) 首吊り自殺

■新井将敬変死事件
 1998(平成10)年、**内閣、特捜部長。
 1998.2.19日、日興讃券に対する利益要求事件で、証券取引法違反(利益追加の要求)容疑で衆院に逮捕許諾請求が出ていた自民党の新井将敬衆院議員(50、東京4区)が、東京都港区高輪のホテルパシフィックメリディアン東京二十三階の23128号室で首をつった格好で変死していた。発見したのは夫人だったが、あまりのことに動顛していたので、時間については、ほぼこの頃というだけで確認されてはいない。夕方、検死した高輪署では、死因は縊死で死亡推定時刻は午後一時頃と発表。第ー発見者だった夫人の言から、新井将敬の死は、ホテルの空調吹き出し孔に浴衣の紐を掛けての、首吊り自殺……ということで処理された。

 妻らにあてた少なくとも二通の遺書が見つかったが、内容は明らかにされていない。逮捕許諾請求は同日午後の衆院本会議で議決され、同夜、新井氏は逮捕される見通しだった。総会屋への利益供与事件に端を発した一連の金融・証券事件の捜査に絡む自殺者は、三人目となった。衆院の議院運営委員会は、同日夕に予定していた本会議における逮捕許諾についての緊急上程をしないことを決めた。
 

 新井将敬は、在日韓国人だった新井将敬は、十六歳で日本に帰化すると、慶応大学の医学部に合格しながら一浪して、翌年、東京大学の理1に入り直し、入学後、更に経済学部に転部している。就職も最初は新日鉄に入社して、その後大蔵省から故渡辺美智雄の秘書、そして政冶家を志すと激戦区の東京2区から立候補して落選、次の選挙で初当選と、紆余曲折、試行錯誤の限りと言っていいほどの経歴だ。

 初当選以来ずっと自民党にいたわけではない。東大を卒業すると僅かな問、新日鉄に勤めていたが、昭和四十八年に大蔵省に移った。そして昭和五十一年に自民党の大物議員だった故渡辺美智雄と知り合って、昭和五十七年に政務秘書官に就任すると、五十八年の衆院選に当時の東京2区から立候補したのだが、ポスターに「在日韓国人である」という妨害シールを、対立候補の陣営に貼られて次点に泣く。

 昭和六十一年に衆院初当選して、故渡辺美智雄の側近になったのだが、八年後の平成六年に自民党を離党し、以後、自由党・新進党・21世紀の会と転々として、平成九年七月には、再び自民党に戻った。

 恩人である故渡辺美智雄の葬儀を欠席し、幹部の怒りを買っていた新井将敬は、その時、旧渡辺派には戻れずにいたところを、亀井静香に救われて三塚派に入れてもらう。

 平成九年十二月二十二日、読売新聞の朝刊一面トップに「日興證券 新井議員に利益供与」と、大きな見出しが出る。続けて二十三日の朝刊でも「"利益"新井議員が要求」、「強引に"儲けさせて"」と、追い撃ちを掛けたので、その途端に新井将敬は渦中の人になる。平成十年二月十六日、新井将敬の第一秘書と第二秘書が、東京地検で事情聴取。続いて二月十七日、本人事情聴取。二月十八日、マスコミが逮捕間近……と伝える中、事務所等に東京地検の家宅捜索が入る。

 新井将敬は議院運営委員会で弁明した後、夕方六時から、日興證券幹部との会話を録音したテープを記者団に聞かせて、身の潔白を証明しようとした。東京地検は内閣に新井将敬の逮捕許諾請求を行い、内閣から衆院議長、そして議院運営委員会と案件は流れて、議院運営委員会は即日、逮捕を許諾する。

 検察の逮捕許諾請求を、議院運営委員会は「待ってました」とばかりに、ろくに新井将敬の弁明も審査せず、証拠のテープも受取りを拒否して許諾したのは、なぜか。それ以前に、逃げも隠れも出来ない衆議院議員で、東京地検の事情聴取にも素直に応じていた新井将敬を、起訴するのにしても在宅ではなく、逮捕すると決めたのはなぜなのだろう、と取りざたされている。日興証券の利益提供事件で特捜部が逮捕状を請求し、衆院で逮捕許諾請求手続きが進められていた。


■野田実辞職事件 
 1998(平成10)年、**内閣、特捜部長。
 元防衛政務次官・野田実(自民、衆)が、事務所職員の公選法違反(買収)の拡大連座制容疑で、1998.11.17日、起訴され、後に辞職を余儀なくされる。

■大蔵省接待汚職事件
 1998(平成10)年、**内閣、特捜部長。
 東京地検特捜が金融犯罪へ本格シフト⇒検察官天上がりポスト確保。

●日本長期信用銀行・日本債権信用銀行などの不 正経理事件

長銀 金融法人室長
1998年(平成10年)10月



上原 隆
長銀 副頭取
1999年(平成11年)5月6日
東京・杉並のビジネスホテル
首吊り自殺

福田 一憲
長銀 大阪支店長 1999年(平成11年)5月17日 西宮の同行武庫川寮自室
首吊り自殺

阿部 泰治
そごう副社長、元長銀常務
2000年(平成12年)4月27日
鎌倉の自宅
首吊り自殺

本間 忠世
日債銀 社長
2000年(平成12年)9月20日
大阪・北のシティホテル
首吊り自殺
謀殺説もあり
中沢 幸夫
元そごう副社長
2000年(平成12年)10月10日 西宮の自宅
首吊り自殺
  金融機関の不正経理関連では、99年10月に東京相和銀行の総務部副部長と管理部次長が、00年2月に東邦生命の副社長も自殺

■中島洋次郎逮捕事件
 1999(平成11)年、**内閣、特捜部長。
 元防衛政務次官・中島洋次郎(自民、衆)が、自衛隊航空機開発汚職事件の受託収賄等の容疑で1999.1.12日、逮捕され88日間勾留された。上告中に自殺。

■小野寺五典辞職事件
 2000(平成12)年、**内閣、特捜部長。
 小野寺五典(自民、衆)が、公職選挙法違反(寄付行為の禁止)容疑で2001.1.20日、起訴前に辞職する。

■中尾英一辞職事件
 2000(平成12)年、**内閣、特捜部長。
 中尾英一(自民、衆)が、建設会社の汚職事件に絡む受託収賄容疑で議員辞職を余儀なくされる。

■山本譲司辞職事件
 2000(平成12)年、**内閣、特捜部長。
 山本譲司(民主、衆)が、秘書給与流用詐取事件容疑で2000.9.8日、逮捕され、後に辞職を余儀なくされる。

■飯島忠義有罪確定事件
 2000(平成12)年、**内閣、特捜部長。
 飯島忠義(自民)が、公職選挙法違反(事後買収)容疑で有罪確定。

■防衛庁背任事件
 2000(平成12)年、**内閣、特捜部長。
 2000年(平成12年)10月9日、元東洋通信機常務の小湊寛が、神奈川・湯河原の雑木林で首吊り自殺?変死。

■梶山静六死亡事件(「梶山静六暗殺説考」)
 2000(平成12)年、**内閣、特捜部長。

■小渕恵三首相急死事件
 2000(平成12)年、**内閣、特捜部長。

■小山孝雄辞職事件
 2001(平成13)年、**内閣、笠間治雄特捜部長。
 元労働政務次官・小山孝雄(自民、参)が、KSD(財団法人「ケーエスデー中小企業経営者福祉事業団」)事件に拘る受託収賄容疑で、2001.1.29日、逮捕され、後に辞職を余儀なくされる。

■村上正邦辞職事件 
 2001(平成13)年、**内閣、笠間治雄特捜部長。
 自民党参議院議員会長、元労相の村上正邦(自民、参)が、同じくKSD事件の受託収賄容疑で、2001.2.26日、逮捕前に辞職を余儀なくされる。初公判後逮捕され163日間勾留された。村上は、民族派系宗教右翼の生長の家を支持団体にしており、この線がズタズタにされた臭いがする。

■友部達夫辞職事件
 2001(平成13)年、**内閣、笠間治雄特捜部長。
 友部 達夫(新進、参)がオレンジ共済事件絡みで、2001.6.7日、逮捕され、失職を余儀なくされる。

■高祖憲治辞職事件
 2001(平成13)年、**内閣、笠間治雄特捜部長。
 元近畿郵政局長・高祖憲治(自民、参)が、高祖派選挙違反絡みで、2001.9.25日、辞職を余儀なくされる。

■中島洋次郎元衆院議員変死事件
 2001(平成13)年、**内閣、笠間治雄特捜部長。
 中島洋次郎元衆院議員が目黒区の自宅で自殺(?)。海上自衛隊の飛行艇開発をめぐる受託収賄罪などで実刑判決を受け、最高裁に上告中だった。

■鹿野道彦離党事件
 2002(平成14)年、**内閣、伊藤鉄男特捜部長。
 鹿野道彦(民主、)が、元秘書の贈収賄事件絡みで離党を余儀なくされる。

■鈴木宗男逮捕事件
 2002(平成14)年、小泉内閣、伊藤鉄男特捜部長。
 元北海道・沖縄開発庁長官の鈴木宗男(自民、衆)が、2002.6月、やまりん事件&島田建設のあっせん収賄、受託収賄事件で逮捕され、422日間を越える長期勾留される。鈴木は、ミニ角栄的政治家であり、角栄的なる政治家追放の一環として掣肘された臭いがする。

■辻元清美辞職事件
 2002(平成14)年、小泉内閣、伊藤鉄男特捜部長。
 党政審会長の辻元清美(社民、衆)が、秘書給与不正受給容疑で2002.3.28日、逮捕前に辞職を余儀なくされる。

■加藤紘一辞職事件 
 2002(平成14)年、小泉内閣、伊藤鉄男特捜部長。
   元党幹事長・官房長官の加藤紘一(自民、衆)が、政治資金流用疑惑で2002.4.9日、辞職を余儀なくされる。自民中道リベラル派への打撃狙い。

■井上裕辞職事件
 2002(平成14)年、小泉内閣、伊藤鉄男特捜部長。
 前参議院議長の井上裕(自民、参)が、秘書の競売入札妨害で2002.4.22日、辞任、5.8日、辞職を余儀なくされる。

■田中真紀子辞職事件
 2002(平成14)年、小泉内閣、伊藤鉄男特捜部長。
 前外務大臣の田中 真紀子(自民、衆)が、秘書給与不正受給容疑で2002.8.9日、辞職を余儀なくされる。真紀子は角栄の娘であり、角栄派が執拗に訴追されている臭いがする。

■石井こうき刺殺事件(「石井紘基刺殺事件考」)
 2002(平成14)年、小泉内閣、伊藤鉄男特捜部長。
 2002.10.25日、民主党屈指の論客・石井紘基こうき(民主、衆)が、東京都世田谷区の自宅前で刺され死亡した(享年61歳)。この事件も臭い。

■中村喜四郎辞職事件
 2003(平成15)年、小泉内閣、特捜部長。
 元建設大臣の中村喜四郎(自民系無所属、衆)が、東京地検特捜部によりゼネコン汚職容疑で逮捕され、2003.1.29日、失職を余儀なくされる。

■筆坂秀世辞職事件
 2003(平成15)年、小泉内閣、特捜部長。
 党政策委員長の筆坂秀世(共産、参)が、セクハラ容疑で2003.6.27日、辞職を余儀なくされる。

■近藤浩辞職事件
 2003(平成15)年、小泉内閣、特捜部長。
 近藤浩(自民、衆)が選挙違反容疑で、2003.12.9日、逮捕され、辞職を余儀なくされる。

■坂井隆憲逮捕事件
 2003(平成15)年、小泉内閣、特捜部長。
 坂井隆憲(自民)が、政治資金規正法違反事件&(虚偽記入)詐欺事件容疑で逮捕され、1審中。資金管理団体「隆盛会」の事実上の会計責任者だった塩野谷晶(あき)(38)と元公設第2秘書の中山求(51)の両容疑者に指示し、01年までの5年間に、人材派遣会社「日本マンパワー」などから受けた約1億2000万円の献金を政治資金収支報告書に記載しなかった疑い。 このほかにも裏献金があり、総額は2億円近くになる見通し。00年以降の献金については、資金管理団体が禁止されている企業・団体献金を受けた点も、同法違反の容疑が持たれている。

■新井正則辞職事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。
 新井正則(自民、衆)が選挙違反容疑で2004.1.19日、起訴され、後に辞職を余儀なくされる。

■佐藤観樹辞職事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。
 元自治大臣、社会党副委員長の佐藤 観樹(民主、衆)が、秘書給与不正受給容疑で2004.3.5日、逮捕前に辞職を余儀なくされる。

■古賀潤一郎辞職事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。
  古賀 潤一郎(民主系無所属、衆)が、学歴詐称事件容疑で、2004.9.27日、書類送検前に辞職を余儀なくされる。

■都築譲辞職事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。
 都築 譲(民主、衆)が、選挙違反容疑で2004.11.4日、秘書有罪で連座が濃厚になり辞職を余儀なくされる。

■鎌田さゆり辞職事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。
 鎌田さゆり(民主、衆)が、選挙違反容疑で2004.12.24日、秘書有罪で連座が濃厚になり辞職を余儀なくされる。

■中医協汚職事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。

■日歯連闇1億円献金事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。
 2001.7月頃、旧橋本派の橋本龍太郎、野中広務、青木幹雄の3人が日本歯科医師連盟から1億円の献金を受け取ったとされる事件である。しかし、この1億円の献金を収支報告書(領収書に記載しなかったことが政治問題となった。関係者が橋本氏に1億円の小切手を渡したと証言したが、橋本氏は「記憶にない」「覚えていない」と容疑を否認。最終的には、「まわりがそう言っているのならそうなんだろう」と発言。角栄派の流れを汲む橋本派追い落としの臭いがする。
 2004年(平成16年)2月29日、吉田幸弘前衆議院議員 公設秘書の夫馬嘉彦が東京・代々木の自宅で首吊り自殺?変死。

■村岡兼造法廷闘争事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、井内顯策特捜部長。
 元官房長官の村岡兼造(76)が、政治資金規正法違反(不記載)の罪に問われ在宅起訴された。、法廷闘争に移った。橋本元首相と青木議員は不起訴、野中元幹事長は起訴猶予とされた。村岡氏は控訴した。村岡はれっきとした元田中派であり、角栄派追討の臭いがする。

■西武鉄道株名義偽装事件
 2004(平成16)年、小泉内閣、。
 2004年(平成16年)11月21日、コクド 総務部次長の木内 保が、山形・温海町で入水自殺?変死。
 2005年(平成17年)2月19日、西武鉄道 社長・小柳 皓正が町田の自宅で首吊り自殺?変死。

■中西一善辞職事件
 2005(平成17)年、小泉内閣、大鶴基成特捜部長。
 中西 一善(自民、衆)が、2005.3.15日、猥褻で現行犯逮捕され辞職を余儀なくされる。

■今野東辞職事件
 2005(平成17)年、小泉内閣、大鶴基成特捜部長。
  今野東(民主、衆)が、選挙違反容疑で2005.4.26日、辞職を余儀なくされる。

■永岡洋治衆院議員変死事件
 2005(平成17)年、小泉内閣、大鶴基成特捜部長。
  8月、世田谷区の自宅で変死。郵政民営化法案への賛否をめぐり悩んだ末とみられている。

■五島正規辞職事件
 2005(平成17)年、小泉内閣、大鶴基成特捜部長。
 元衆議院厚生労働委員長の五島 正規(民主、衆議院議員)が、選挙違反容疑で2005.12.13日、連座対象の秘書が有罪を認め辞職を余儀なくされる。

■佐藤栄佐久福島県知事国策逮捕事件(「佐藤栄佐久福島県知事国策逮捕考」)
 2005(平成17)年、小泉内閣、大鶴基成特捜部長。
 原発建設反対知事への打撃狙い。

■ライブドア事件
 2005(平成17)年、小泉内閣、大鶴基成特捜部長。

■松本和巳辞職事件
 2006(平成18)年、小泉内閣、特捜部長。
 松本 和巳(自民、衆)が、選挙違反容疑で2006.1.18日、連座対象の秘書が有罪判決を受け辞職を余儀なくされる。

■永田 寿康辞職事件
 2006(平成18)年、小泉内閣、特捜部長。
 永田 寿康(民主、衆)が、偽メールを元に疑惑追及した件で2006.4.4日、辞職を余儀なくされる。

■松岡利勝変死事件(「松岡利勝農相「自殺?」事件考」)
 2007(平成19)年、小泉内閣、八木宏幸特捜部長。
   2007.5.28日、松岡利勝・農林水産相(自民、衆)が、衆議院議員宿舎(東京都港区の新赤坂宿舎)にて首つり自殺を図っている所を警護官らが発見し、救急車で病院に運ばれたが、既に心肺停止状態だった。午後2時死去(62歳)。

■緑資源機構談合事件
 2007(平成19)年、小泉内閣、八木宏幸特捜部長。
 2007年(平成19年)5月29日、元森林開発公団(現・緑資源機構)理事の山崎 進一が横浜・青葉の自宅マンションで飛び降り自殺?変死。

■小林温辞職事件
 2007(平成19)年、小泉内閣、八木宏幸特捜部長。
 小林 温(自民、参)が、選挙違反容疑で20007.9.4日、辞職を余儀なくされる。

■守屋武昌元防衛次官逮捕事件
 2007(平成19)年、小泉内閣、八木宏幸特捜部長。
 商社及び防衛関連企業からの収賄容疑による守屋武昌元防衛次官が逮捕される。

■山田洋行事件
 2008(平成20)年、小泉内閣、佐久間達特捜部長。

■国立大学の施設発注を巡る汚職事件
 2008(平成20)年、小泉内閣、佐久間達特捜部長。

■小室哲也事件
 2008(平成20)年、小泉内閣、佐久間達特捜部長。
 2008.11月、小室哲也が、著作権詐欺容疑により逮捕される。

■西松建設事件
 2009(平成21)年、内閣、特捜部長。
 2009年(平成21年)2月25日、長野県参事(部長級)、県知事元秘書の右近 謙一が、長野市西長野の裾花川沿いで首吊り自殺。

■小沢第一秘書逮捕事件
 2009(平成21)年、内閣、特捜部長。
 自由党代表にして次期首相候補の呼び声もある小沢一郎(民主、衆)が、建設ゼネコン準大手の西松建設の迂回資金を政治献金処理していたことに対して、東京地検特捜部が捜査に乗り出し、2009.3月、第一政策秘書をいきなり逮捕して政治事件化している。小沢は角栄の秘蔵っ子的後継政治家であり、角栄派追討の臭いがする。

■中川昭一変死事件(「中川昭一変死事件」)
 2009(平成21)年、内閣、特捜部長。

■永田寿康元衆院議員変死事件
 2009(平成21)年、内閣、特捜部長。
 偽メールに基づく国会質問が問題化して辞職した永田寿康元衆院議員が北九州市のマンションから飛び降り自殺(?)した。

■柴野多伊三元衆院議員変死事件
 2009(平成21)年、内閣、特捜部長。
 未公開株をめぐる詐欺罪に問われた柴野多伊三元衆院議員は11年、判決言い渡しの日に東京都港区の会社内で死亡しているのが見つかった。

■松下忠洋郵政相変死事件
 2012(平成24)年、内閣、特捜部長。
 2012.9.10日午後5時前、、松下忠洋郵政民営化・金融相(73)が東京・江東区東雲の自宅マンションで倒れているのが見つかり変死。現職閣僚で2人目の議員自殺となった。松下大臣は衆議院鹿児島3区選出の当選5回。旧建設省を経て平成5年の衆議院選挙に自民党から立候補して初当選。郵政民営化の是非が争点となった前々回、平成17年の衆議院選挙では、郵政民営化に反対して無所属で立候補し落選。前回の衆議院選挙で、国民新党から立候補し復帰を果たしていた。京都大学農学部卒、建設省入省、砂防部長等歴任、農林政務次官、内閣府副大臣、衆議院内閣委員長を経て現在経済産業副大臣。



Re::れんだいこのカンテラ時評547 れんだいこ 2009/03/08
 【たすけあい党声明「2009.3.4小沢第一秘書逮捕事件」考】

 「2009.3.4小沢第一秘書逮捕事件」に端を発して、早くも小沢辞めろ論が跋扈している。れんだいこがたすけあい党を代表して声明しておく。

 この事件は明らかに国策捜査である。小沢民主党代表の国策捜査批判は当然の反論であり、我々はこの反論観点を支持する必要がある。民主党内部から小沢代表に対する「云い過ぎ」批判の声が聞かれるがお粗末限りない。断然、新政権の芽を潰させないとする観点から一手一つになって検察批判に向かうべきである。我々は、ロッキード事件以来ぶりがつき日常茶飯となった「検察の政治主義性捜査」に批判の声を挙げるべきである。

 検察が正義ぶるなら、このところの国民的政治関心である「かんぽ元国有施設の不正払い下げ事件」の究明に向かうべきであろうに、何ゆえこれに向かわず黒にするには相当無理がある選挙資金規制法違反容疑で逆対応的「小沢潰し」に向かっているのか。これを訝らねばなるまい。この疑問を解くには、ある歴史観が必要である。この歴史観がなければ、いつもの世論誘導に乗せられてしまう。ロッキード事件の時は酷かった。今から考えると全てが無茶な角栄潰しであった。

 その歴史観とは、日本のみならずであろうが現代世界の政財官学報司の六者機関を牛耳る真の支配者として影の政府となっている国際金融資本帝国主義ネオシオニズムの暗躍をトレースする手法を云う。この観点から政治事象を読み取れば、戦争も革命もクーデターも、こたびの「2009.3.4小沢第一秘書逮捕事件」も裏事情が容易に透けて見えて来るから不思議だ。

 2009年は、イスラエルのガザ攻撃で幕開けした。国際金融資本帝国主義ネオシオニズムがパレスチナに於ける大イスラエル計画構想アジェンダの下に執拗に策動し続けていることが判明する。彼らにとっては、国際金融危機も織り込み済みのことかも知れない。ただひたすらに狂気の世界支配に向かい続けていることが分かる。れんだいこは、現代パリサイ派の悪行とみなしている。

 その彼らは今、養豚政策で太らせた戦後日本を便宜に利用しようとしている。一つは国富の収奪であり、いろんな名目をつけては支援金、協賛金を収奪している。この政策の還で、民族系優良企業の外資化、「埋蔵金」の濡れ手にあわ式詐取が進行している。国営企業の相次ぐ民営化もこの流れで捉えれば良い。もう一つは、一刻も早い自衛隊の参戦化である。日本をアジア、アラブと闘わせるシナリオが進行中である。自衛隊は既に日米合同軍事訓練を年々積み重ねており、いつでも参戦できるようスタンバイされつつある。憲法改正はこの流れで捉えれば良い。若年層の派遣社員化も自衛隊員予備軍づくりとして政策的に生み出されている可能性がある。

 もとへ。その彼らの日本政界を御する戦略から見て邪魔な存在がある。れんだいこの見立てるところ、日本戦後政治史上のハト派である。現在に於いては既にかって存在した保守主流としてのハト派は居ない。吉田茂−池田隼人−(佐藤栄作)−田中角栄−大平正芳−鈴木善幸系譜の政治イデオロギー及びその政策は久しく地下に潜っている。現在残っているのはねじれハト派でしかない。ネオシオニストは、この勢力による昨今の自公政権打倒の動きを警戒している。それゆえ、ねじれハト派でしかなくても陰に陽に機会を見つけては最後的掃討に目を光らせている。

 この間、対極的に勢力を増長してきたのは福田、中曽根系のタカ派である。この戦後タカ派は、戦前の皇国史観に基く右派系タカ派ではない。現代世界を牛耳る国際金融資本帝国主義の御用聞きを専らにする売国奴系タカ派である。これに忠勤すればするほど名宰相の称号が与えられる。逆の場合には暗愚とののしられる。この仕掛けを思えば、中曽根、小泉が名宰相とされている秘密が分かろう。定見の無いマスコミはワシントン情報を基準にする癖があり、これに従って今も御用提灯している。ここまで述べれば、「2009.3.4小沢第一秘書逮捕事件」の裏事情が透けて見えて来たであろう。

 この問題で確認せねばならないもう一つの視点を提供しておく。一般論になるが、我々はそろそろ「政治とカネ」の基準目線を確立しておくべきではなかろうか。政治家には、私腹を肥やす場合と党ないしは派閥を維持する場合と政策実現の為の三方の理由からカネが掛かる。これをどう容認し規制すべきか、この基準を確立せねばならないのではなかろうか。

 一見、共産党的個人のみ献金論が正義のように思える。しかし、何事にも物事には良い面と悪しき面の両面が不即不離にある。「共産党的個人のみ献金論」は、政治家を常に金欠状態に追いやり、党中央の言いなりロボット党議員にしてしまうと云うデメリットがある。政治のダイナミズムの見地からすれば、決して正論ではない。他方、献金を野放図にすると、議員が巨額献金先の言いなりロボット族議員にしてしまうと云うデメリットがある。つまり、「政治に於ける政治とカネ問題」はジレンマにあるということを知っておく必要がある。

 これについて思うのに、こたび小沢代表が弁明した際の論法は傾聴に値するものがあった。曰く、政治資金をいただくのに個人からも企業からも業界からも可であり、但しいずれも政治資金帳簿に記載し公開する義務がある。議員は選挙の洗礼を受ける身であり、選挙民は議員の政策と活動と献金リストを判断しつつ投票することで政治に於けるチェックアンドバランスが担保されている云々。企業献金に基く特定受注活動が露骨に行われていたとしたなら政治責任が問われるべきであるが、そういう事実はない云々。

 思うに、これは卓越した見解ではなかろうか。政治の現実を踏まえた良識的叡慮を語っているのではなかろうか。マスコミと自称知識人は条件反射的に政治に纏わるカネを批判合唱する癖があるが、いくら正義ぶってもぶてばぶつほど現実から遊離するのではなかろうか。こういう小正義派が跋扈し過ぎており、その分本音の話ができないのではなかろうか。

 これをたすけあい党の例で考える。我が党はこうしたいと思う。個人献金も企業献金も業界献金も、くれるところから全部貰いたい。企業献金に基く特定受注活動も、それが社会公益的に役立つことであれば遠慮なくさせて貰う。口利き料として謝礼が為されるなら全部貰い政治献金帳簿に漏れなく記帳する。但し、献金受け取りの上限額を決めておきたい。個人は自由、企業献金は1千万円以内、業界献金は1億円以内としておきたい。選挙等で必要な際に借りることができるようにもしたい。党議員の場合には、個人は毎月1万円以内、企業献金は1千万円以内、業界献金も1千万円以内としたい。パーティー券は、党の場合にも議員の場合にも常識の範囲としたい。これらはすべて帳簿付けせねばならない。

 かく思っている。これで何らやましいことはないと思っている。政治家は政治が本業であり、本業で精査批評されるべきであり、下半身やカネ目の問題でスキャンダル化されるには及ばないと考えている。現代政治批評はここが逆転しており、政治家が政治で判断されず、スキャンダルで失脚させられてばかりいる。これでは政治家が育たず、結果的に良い政治が行えなくなるのも自明であろう。相撲取りは土俵で、歌手は歌で判断されるべきであり、政治家も同じことであろう。

 もう一つ、「2009.3.4小沢第一秘書逮捕事件」の臭い面を確認しておく。仮に政治利権が悪いとして、利権は大きく見て公共事業利権と軍需利権に分かれていることを知らねばならない。ハト派が前者に食いつき、タカ派が後者に群がる傾向が認められる。興味深いことは、検察司法が槍玉に挙げるのは専ら公共事業利権の方である。中曽根−小泉系譜の軍需利権は叩けばホコリが出るであろうが、検察は向かわない。先の防衛次官の不正追求も不自然な形で沙汰止みにされてしまった。この選別特捜は何を意味するのか。れんだいこが繰り返すまでもあるまい。

 結論。アメリカではオバマ革命によりチェンジが始まろうとしているが、それが上手く行くかどうかは別としてアメリカではブッシュ的戦争政策からの転換が始まっているこの折に、日本は手薄になる米軍の後釜の役割を引き受けさせられようとしている気配がある。日本は相変わらずブッシュ的戦争政策に追随していることになる。その為に日本版チェンジを画する頭目の小沢が邪魔になっており、こたび司直の手で潰されようとしている事態として受け止める必要があるように思う。検察の正義と云っても、この程度のものでしかなかろう。検察の正義を提灯する者が揃って馬鹿顔しているのも辻褄が合っていよう。

Re::れんだいこのカンテラ時評550 れんだいこ 2009/03/16
 【戦後政治史に於ける疑惑疑獄事件史考】

 れんだいこは、小沢秘書逮捕事件の関心から「戦後政治史に於ける疑惑疑獄事件史」を確認しようと思った。そこで急きょサイトを書き直した。ここに紹介しておきます。

 「戦後の疑惑、疑獄政治史」
 (ttp://www.marino.ne.jp/~rendaico/seitoron/seijikasotuishi/sengoshi.htm)

 これはタイムリーにして必見です。まだまだ不十分ですが参考にして下さい。

 云えることは、2009.3.8日付けのれんだいこのカンテラ時評547「たすけあい党声明−2009.3.4小沢第一秘書逮捕事件考」で指摘した次のくだりが誠に適切な分析になっているということである。次のように指摘している。

 もう一つ、「2009.3.4小沢第一秘書逮捕事件」の臭い面を確認しておく。仮に政治利権が悪いとして、利権は大きく見て公共事業利権と軍需利権に分かれていることを知らねばならない。ハト派が前者に食いつき、タカ派が後者に群がる傾向が認められる。興味深いことは、検察司法が槍玉に挙げるのは専ら公共事業利権の方である。中曽根−小泉系譜の軍需利権は叩けばホコリが出るであろうが、検察は向かわない。先の防衛次官の不正追求も不自然な形で沙汰止みにされてしまった。この選別特捜は何を意味するのか。れんだいこが繰り返すまでもあるまい。

 これをもう少し詳しく述べておく。戦後政治は、ハト派総帥角栄的なるものとタカ派総帥中曽根的なるものが暗闘している。下手なマルクス主義者はここがまつたく理解できていない。よって役に立たない。奇しきなことに両者は1918(大正7)年生まれである。れんだいこの亡き親父も同じ年生まれである。従って、れんだいこの親父世代と云うことになる。戦後政治史を見立てる時、この眼力がないと流れが解けない。

 角栄的なるものは軍事、原子力利権を不得手とし、その代わりに公共事業利権を得手とする。中曽根的なるものは逆に公共事業利権を不得手とし、その代わりに軍事、原子力利権を得手とする。これを政治概念で云うと、前者が内治主義、後者が外治主義に立脚しているということになる。前者は大衆路線、後者は国際金融資本御用聞き路線を執るので選挙に強いのは前者である。マスコミは角栄的なるものを見下し、中曽根的なるものを提灯する癖があるが、人民大衆の眼力は鋭いというべきか角栄シンパは根強く、中曽根シンパは形成されない。

 さて、「戦後政治史に於ける疑惑疑獄事件史」から見えてくるのは、中曽根派の悪事が免責され続けており、角栄派の「悪事」は針ほどのことを棒にされて執拗に訴追、逮捕、勾留されているということである。角栄派の「悪事」は民間利権に絡むものが多く、中曽根派の悪事は税金に絡むものが多い。こういう場合、税金悪事の方が悪質とみなされるべきであろうが司直の手は伸びない。こういう傾向がある。検事も判事も人の子で立身出世にばかり目がくらむのだろう。こういう系譜がトップを牛耳っているのでそうなる。

 結論。「検察の正義」を声高に語り、エールを送る評論家諸氏しか見当たらないが、まさに体制に飼われた犬でしかない。これを走狗と云う。この走狗のおべんちゃらばかり聞かされるテレビは見ない方が良い。代わりに、れんだいこサイトを覗いて少しずつでも読むのが良い。三年も読むと随分賢くなることを請合うふふふ。

 このところ、れんだいこ掲示板を汚すことを仕事として忠勤しているバーゲン情報投稿者は知るが良い。命は短く儚い。魂を汚すと病魔が忍び寄る。人は知らなくても己が悪事を知っている。短い命をあたら惜しくも邪心で染めること勿れ。どこの政治結社か宗教結社か知らぬが改心せよ。そろそろここに初宣告しておく。

 とまぁこういうことを発信してみました。

 2009.3.16日 れんだいこ拝





(私論.私見)