4484 パレスチナ難民の生活状態について

 イスラエル占領下のヨルダン川西岸にあるパレスチナ人の町、ヘブロンやベツレヘムでは、水道の蛇口から水が出るのは2週間に一回、数時間程度しかない 市内全域に供給できる分の水がないため、日によって水を流す地区を順番に変えているためだ。残りの日は給水車を待つか、市内に散在する井戸まで水を汲みに行かなければならない。

 ところが、パレスチナ人居住地域から少し離れたユダヤ人入植地では、子供たちがプールで水を跳ね上げて遊んでいる。水をやらないと枯れてしまう芝生も青々としており、もちろん蛇口をひねれば、いつでも水が出る。西岸地域に点在する貯水池や水源のほとんどは、イスラエルの管理下にあり、西岸の自治権を与えられつつあるはずのパレスチナ人は、水の管理権をほとんど持っていない。イスラエル当局は、水を優先的にユダヤ人入植地に流しているだけでなく、西岸以外の国内の他地域にも、パイプラインを通して西岸の水を流している。すぐ近くに住んでいて、本来は真っ先に水をもらう権利があるパレスチナ人は、後回しにされているのである。

 パレスチナ自治政府によると、西岸のパレスチナ人は、イスラエル人(ユダヤ人)の3分の1しか水をもらっていない。こうした不公正に怒るパレスチナ人の中には、イスラエルが作ったパイプラインにこっそり穴を開け、水を盗み出す「水インティファーダ」を展開する人々もいる。

 イスラエル建国に続く1948年のパレスチナ戦争に、この国土の主人公のパレスチナ・アラブ人が参加できなかったのも、すでにパレスチナ人の抵抗運動への絶滅作戦が行なわれていたためである。もしこのようなパレスチナ人の抵抗組織の解体がなければ、第一次パレスチナ戦争の結末がどうなっていたかはわからぬ と言う疑いを捨てらていないと言われている。
 1946年には米英合同委員会が現地を視察し、ナチ・ドイツの迫害を逃れたユダヤ人難民10万の即時受け入れを勧告したが、イギリスのベバン外相は、現地での抵抗は必死として反対した。ベバンは「アメリカはユダヤ人を入国させたくないのでパレスチナへの移住をすすめている」と拒否した。しかし、イスラエルの反英テロとアラブの抵抗運動に直面 し、イギリスは1949年のUnited Nations(連合国)第2回総会でパレスチナ委任統治を表明した。





(私論.私見)