高天原王朝神話考

 (最新見直し2011.8.15日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 日本神話は、「イザナギ・イザナミ譚」に続いて「高天原王朝、天照大神(アマテラスオオミカミ)譚」を記す。高天原(たかまがはら)に天照大神が住み、八百万の神々と共に高天原を治める。これを「日本神話その3」とする。この時の逸話として、天照大神と弟の素戔嗚尊(スサノウの命)との抗争譚、天の岩戸事件譚、スサノウの命追放譚が神話化されている。

 2006.12.3日、2008.4.7日再編集 れんだいこ拝


【高天原考】
 「高天原」(たかまがはら)がどこに在ったのか、これも邪馬台国の所在地と同じく定かでない。ある種ミステリー染みている。日本神話を読み解くのに、倭国の在地のどこかに否定するのも一説であるが、アジア大陸のどこか、叉は海洋のどこかから渡来してきた可能性が強い。いわば渡来民族の祖国を表象していると考えられる。故に、在地の国津族に対比して天津族と表記されていたと窺うことができる。ならば、高天原はどこに所在していたかとなると諸説あり定まらない。

 そういう状況であるが、「古代日本ユダヤ人渡来説」(坂東誠著、PHP出版)は次のように記している。興味深いので転載しておく。
 高天原という言葉に潜む日本とユダヤの絆 p196〜197

 もしもこれまで見てきたように、イザヤの子がイザナギであるならば、古事記や日本書紀に描かれている神話は、自分たちの神を礼拝できる東の島国を求めてやってきた、イスラエル人たちの苦闘の体験が織り込まれた神話ということができる。

 そこには西アジアにあった祖国イスラエルを離れ、シルクロードなどのアジア大陸を横断し、はるばる日本にまで渡来し、神武天皇と共に日本の建国にも携わったイスラエルの人々の苦闘と想いが、記紀には込められていると言えるのだ。

ただ、この記紀には神話ではない部分もかなり含まれている。たとえば日本の神語に登場する、天上にあって神々がいる場所とされる「高天原」。なんとヨセフ・アイデルバーグ氏によると、この高天原がアジア大陸にあるというのだ。それはユダヤ人の始祖であり、三大父祖の一人であるアブラハムの出身地なのだ。

 実はアブラハムがイスラエルに来る前に住んでいた場所は、西アジアのタガーマ州にあるハランという町であることはタナフにも書かれている。タガーマにあるハラン、それはタガーマハラン、つまりタガーマハラなのだ。

 アブラハムは神の命に従い故郷であるタガーマハラを出発。それまで一緒にいた一族に別れを告げ、神の約束された約束の地を目指して旅立った。それから北イスラエル王国崩壊まで二一〇〇年、離散したイスラエルの人々は再び民族の出所に還ってきたのだろうか。それともイスラエル人の問で延々と語り継がれてきた地名なのか、タガーマハラがタカマガハラとなって日本の神話に反映されたのかもしれない。

 また、古事記には天つ神がタカマガハラで取れた稲を天皇陛下に与えられ、それを天皇が日本中に広めたと書かれている。西アジアのタガーマハラも麦などが大量に収穫されており、高度な農業の技術があったと思われる。つまり、タガーマハラから来た人々が、高度な稲作技術などを日本にもたらし、広げたのかもしれない。

(私論.私見)

 いわゆる「日ユ同祖論」の見地からの言及である。れんだいこは、「日ユ同祖論」派ではないが、参考までに記しておく。

 2009.2.5日 れんだいこ拝

【イザナギの禊と天照大御神、月読の命、スサノウの命の誕生譚】
 イザナギは黄泉の国から帰り、筑紫の日向(ひむか)の橘の小戸(おど)のに辿り着いた。ここで三貴神を始め様々な神を生む。これを「日本神話その2の7」とする。次のように記されている。
 「イザナギは、日向の国の橘の小門(おど)の阿波岐原(あはきはら)に辿り着いた。目の前に川が流れており、上の瀬は流れが速く、下の瀬はゆるやかだった。『汚くて醜い国に行ってしまった。禊をしよう』として、考えた末、流れの程よい中間を見計らって、身の穢れを洗い清める禊をする為に分け入った。真っ先に投げ捨てた杖から、ツキタツフナドの神が生まれた。脱ぎ捨てた衣服や禊をした川の水から次々と神々が生まれた。この時生まれた底筒男の命中筒男の命上筒男の命の三柱の神は、住吉の神となる。

 禊の最後に、イザナギが澄み切った水を両手ですくって目や鼻を洗うと、左目からアマテラス(天照)大御神、右目からツキヨミ(月読)の命、鼻からタケハヤスサノウ(建速須佐之男)の命の3人の神様が生まれた。これが最後に生んだ神々となった。(日本書紀によれば、イザナギは、「自分は随分たくさんの子を生んできたが、一番最後に3人のとりわけ貴い子が得られた」と喜んだと記している)

 イザナギは、「アマテラスとツクヨミは高天原に住んで、アマテラスは日の国、ツクヨミは夜の国を治めるように。スサノウは海原を治めるように」と言い渡した。アマテラスとツクヨミは高天原に向かい、それぞれ立派に司った。アマテラスは、高天原で、天神たちを指揮して田を作らせ、稲作を開始した。

 ところが、スサノウだけは、ヒゲが胸の前に伸びる年齢になっても泣き暮らした。イザナギが訳を尋ねると、「僕(あ)は妣(はは)の国根の堅洲(かたす)国に罷らむと欲(おも)う」(「私はまだ見ぬ亡き母が恋しく、母の居る根の堅州の国に行きたい」)と答えて泣き叫び続けた。イザナギは大いに怒り、「お前はここに住むべきでない、出て行け」と述べ高天原から追放した。

 日本書紀は、天照大神が弟神のツキヨミの命に命じて、穀神たるウケモチの神に食物を求めしめられたところ、ウケモチの神は「首を廻(めぐ)らして国に嚮(むか)いしかば則ちロより飯出づ。又海に嚮いしかば則ち鰭(はた)の広物、鰭の狭物亦ロより出づ。又山に嚮いしかば則ち毛の鹿(あら)もの、毛の柔(にこ)もの亦ロより出づ」と記している。
 アマテラス大御神=天照大御神。アマテラスは、大日*貴とも云われ、大日*貴は大日巫女という意味であるところから、日巫女=ヒミコ=卑弥呼と看做す説もある。ツクヨミの命=月読命。タケハヤスサノウの命=建速須佐之男命、素戔嗚尊。
(私論.私見)
 これによると、イザナギが、日の国を司るアマテラスは、夜の国を司るツクヨミ、海原を司るスサノウを生んだことになる。「日、夜、海」が重視されていることが分かる。スサノウが「母の居る根の堅州の国に行きたい」と泣き叫び続けたと云う寓意は何を語るのであろうか。

 2011.7.17日再編集 れんだいこ拝

【イザナギの禊と天照大御神、月読の命、スサノウの命の誕生譚異説】
 「日本書紀」巻第一、第五段、一書第一に、「一書に曰く」として次のように記述している。

 伊奘諾尊、曰く、吾 御べき珍の子を生まんと欲う。乃ち左の手を以ちて白銅鏡を持つときに、則ち化り出づる~有り。是を大日靈尊と謂う。右の手に白銅鏡持つときに、則ち化り出づる~有り。是を月弓尊と謂う。又、首を廻して顧眄之間に、則ち化り出づる~有り。是を素戔嗚尊と謂う。即ち大日靈尊、月弓尊、並びに是、質性明麗し。故、天地に照らし臨ましむ。素戔嗚尊、是、性殘い害るを好む。故、下して根の國を治さしむ。


【天照大神とは】
 天照大神は古事記の記述であり、日本書紀では「大日霊貴(おおひるめのむち)」の名で登場している。「霊」は「巫女」(みこ)を意味する。「日霊」は「日の巫女」に通じており、太陽神、星座を祀る巫女を意味する。「ヒミコ」となり、邪馬台国の卑弥呼にも通ずる。伊勢神宮の内宮に天照大神が、外宮に豊受大神が祀られている。

【スサノオの高天原登場、天照大神とスサノオのウケヒ(誓約)】
 スサノウの高天原詣でと、その際のアマテラスとの誓約(うけひ)の様子が次のように記されている。
 「追放されたスサノオは、姉のアマテラスに事情を話し、挨拶してから根の国へ行こうとして高天原にやってきた。この時、地鳴り山鳴りと共に大地が激しく揺れ動き、高天原にも及んだ。アマテラスは、我がいとしき弟の上り来る訳は必ずや善い心からではない。我が国この高天原を奪おうとしているに違いないと警戒し、武装してスサノオを待ち受けた。遂に現れたスサノオに、『如何なる訳にて上りきたるや』と問うた。スサノオは、『私には邪心などありません。私が母の国に行きたいと泣き続けたことに対し父上のイザナギがお怒りになり、遂に追放されてしまいました。私は、姉上に事情を説明してから暇乞いしようと参上しました。他意は有りません』と答えた。

 警戒するアマテラスと釈明するスサノオは、天の安(やす)の川の両岸に立ち誓約(うけひ)で神意を伺う事になった。アマテラスが、スサノオのトツカの宝剣を受け取り、天のマナイの水で清めた後、剣を口に含み、噛み砕き、大きく息を吹き出すと三人の女神が生まれた。三女神とは、タギリ(多紀理)姫の命、イチキシマ(市寸嶋)姫の命、タキツ(多岐都)姫の命。後に、宗像大社が、タギリ姫の命を沖津宮に、イチキシマ姫の命を中津宮に、タキツ姫の命を辺津宮に祀ることになる。

 スサノオがアマテラスのやさかの勾玉の玉飾りを受取り、マナイの水で清めた後、勾玉を口に含み、噛み砕き、大きく息を吹き出すと一人の男神が生まれた。これを天のオシオミミ(忍穂耳)の命と云う。続いて次々と四人の男神を生んだ。四人の男神とは、天のホヒノウ(菩卑能)の命、アメノヒコネ(天津日子根)の命、イクツヒコネ(活津日子根)の命、クマノクスビ(熊野久須毘)の命。こうして五柱の男神が生まれた。

 アマテラスは、我が物実(ものざね)によりて成った男神は我が子なり。先に生まれた女神はそなたのものであると述べた。これにより、アマテラスが生んだ女神はスサノオに、スサノオが生んだ男神はアマテラスの子と決まった。誓約(うけい)の結果は釈然としない結末になった」。
 天のやすの川=。マナイ=。タギリ姫命=。イチキ島姫命=。タキツ姫命=。やさかのまが玉=。オシオミミの命=。天のホヒの命=。天津日子ネの命=。イクツ日ネの命=。熊野クスビの命=。誓約=。
(私論.私見)
 アマテラスとスサノオが誓約をせざるを得なかった事情が認められ、微妙な対立が語られている。高天原神話はとかく抗争が多い。このことを知っておく必要があるように思われる。注目すべきは、宗像大社の三女神が生まれていることである。

【天の岩戸譚】
 アマテラスの天の岩戸隠れの様子が次のように記されている。
 その後、スサノオは増長し、「畑を荒らし、田の畔(あぜ)を壊し、潅水の溝を埋め、食事をする神聖な場所に屎尿(クソ、小水)をまき散らした」。乱暴狼藉を繰り返したことになる。或る日、神御衣(かむみそ)を織る神聖な斎服屋(いみはたや、機織り工房)の天井の穴から、血だらけの斑(まだ)ら馬の生き皮を投げ込んだところ、驚いた織姫が誤って機織機のヒに陰部を刺して死んでしまった。堪りかねたアマテラスは、天の岩戸に隠れた。日の神様が隠れたことにより辺りは忽ちまっ暗闇になり、常夜が続くことになった。

 タカミムスヒの神の子にして知恵の神オモイカネ(思金神)は、天の安の河原に八百万の神々を集め、アマテラスを天の岩戸から引き出す一計を案じた。お神楽をして、その楽しむ様を見せ、引き戻す計略を立てた。長鳴き鳥を集め、ヤタの鏡をつけ、ヤサカの勾玉を作り、榊(さかき)を持ち、祝詞(のりと)を読む手配を整えた。タヂカラ男神とアメノウズ女命を呼び、フトタマ(布刀玉)の命が榊を捧げ、アメノコヤネ(天児屋命)が御幣を手に持って祝詞を挙げ、酒盛り宴会を始めた。

 アメノウズメ(天宇受売)女命が、長い髪に正木葛(かずら)の鉢巻に、つる草をたすきがけし、手に束ねた笹の葉を持って、伏せた桶の上に乗って足拍子を踏みながら踊り始めた。神々は拍子を合わせて手をたたき歌った。神懸かりしたアメノウズ女命の乳房ははみ出し、女陰がちらつき、裳の紐が女陰を見え隠れさせながら、アメノウズ女命は腰を振り振り踊り続けた。踊りは次第に熱を帯び、囃し立てる神々の声も大きくなり、「高天原は揺れ動いて、八百万の神が共に笑った」。

 アマテラスは外の様子が気にかかり、天の岩戸を少し開け、身を乗り出した。アメノウズ女命が踊り、神々が笑っている姿が目に映った。「私が隠れることで天の原が暗くなっており、葦原中国も同じく困っていると思うのに、アメノウズ女命が踊り、八百万の神がこぞって笑うのは何事ぞ」と宣べた。アメノコヤネの命とフトダマの命が鏡を差し出しと、鏡は光り輝くアマテラス神の姿を映して明るくなった。「あなたさまに代わって尊い神がおいでになり、うれしさの余りこうして踊っているのです」と、アメノウズ女命が踊りながら答えた。不安になったアマテラスが途惑うその時、タヂカラヲ(手力男)の神が思い切り岩戸を開け、アマテラスの腕をとって外へ連れ出した。フトダマの命が、天の岩屋戸に二度と入れないようにしめ縄で封印した。皆がアマテラスのお出ましを願った。アマテラスは聞き入れた。こうして高天原に日の光が戻った。
 オモイカネ=思兼神。ヤタの鏡=八尺鏡、八咫鏡。ヤサカノマガ玉=八尺の勾珠。タヂカラ男神=手力男神。アメノウズ女命=宇受売命。アメノコヤネの命=天児屋命。卜部→中臣→藤原氏の祖とされる。フトダマの命=太玉命。忌部氏の祖とされる。
(私論.私見)
 「天の岩戸譚」は奇しくも、高天原系神々の御神楽を伝えている。

【スサノオの高天原追放、五穀譚】
 スサノウの高天原追放の様子が次のように記されている。
 高天原の神々は、スサノオの悪事の罰として「千座置戸」と呼ばれる多くの貢物を差し出させ没収した。更に、ヒゲを切り取り、手足の爪をもぎ取った。スサノオはこうして高天原を追われた。スサノオは、別れの晩餐に食事を注文した。その役に任ぜられた大ゲツ姫神は、鼻や口や尻の中から食べ物を取り出して提供した。その様子を見ていたスサノオは、「穢れた食べものを食わそうとしている。許せん。こうしてくれる!」と、大ゲツ姫神を斬り殺した。地面に倒れこんだ大ゲツ姫神の頭から蚕(かいこ)が、両目から稲の穂が、両耳にアワ(粟)が、鼻に小豆(あずき)が、陰(ほと)に麦、尻に大豆(まめ)がなった。これを神ムスビの神が集めて、穀物の種にした。これが五穀となった。その五穀の種がスサノウに授けられた。
 大ゲツ姫神=大気津比賣神。神ムスビの神=神産巣日神。
(私論.私見)
 「スサノオの高天原追放、五穀譚」は奇しくも、五穀豊穣の由来を伝えている。次に、大ゲツ姫神(大気津比賣神、大宜都比売)を確認しておけば、「イザナギイザナミの国生み神話譚」の「イヨノフタナの島(伊予の二名(ふたな)の島)に登場する神であり、「この島は、身一つにして面四つあり、面ごとに名があって、エ姫(愛媛)、イイヨリヒコ(讃岐)、オオゲツ姫(阿波)、タケヨリワケ(土佐)の四国よりなる」と記されており、これによれば阿波(栗)の国を治める姫となる。これをどう読みとるべきか。れんだいこは、高天原を追われたスサノオが大ゲツ姫神(大気津比賣神、大宜都比売)が治める阿波(栗)の国を攻略し、五穀の種を奪ったと解する。

 2011.9.11日 れんだいこ拝

【スサノオの新羅立ち寄り譚】
 スサノウがこの後、子のイタケルと共に新羅のソシモリに立ち寄っている。次のように記されている。これにつき古事記は記さず、日本書紀の第四の一書が記している。
 一書に曰く、スサノオの尊の所業(しわざ)無状(あづきな)し。故、諸々の神、科するに千座(ちくら)置戸(おきと)を以てし、遂に追われる。この時に、スサノオの尊、その子イタケル(五十猛)の神を率いて、新羅国に降り到りまして、ソシモリの処(ところ)に居します。その後、言挙げして曰く、『この国は吾居らまく欲せじ』。遂にハ土(に)を以て舟に作りて、乗りて東に渡りて、出雲の国のこの川上に所在する、鳥上の峯に到る。




(私論.私見)