あわ歌考

 (最新見直し2011.10.12日)

 ウィキペディアのホツマツタヱ」その他を参照する。

 ここで、日本語母語とも云えるホツマ文字、その言霊性、その和歌化を確認する。

 2009.3.7日 れんだいこ拝


 ホツマ伝え原文はホツマ文字で書かれている。ヲシテ文字とも云う。ホツマ文字は、 ひらがな・カタカナでもない。ひらがな・カタカナの原語とも云うべき図象古文字である。漢字が伝来する前、日本には固有の文字として日本古来の大和言葉とも云うべきホツマ文字が存在していた。この文字を使用して記された三大書として、「ホツマツタヱ」、「ミカサノフミ」、「フトマニ」がある。成立した年代は紀元前約7世紀、縄文時代〜古墳時代にかけて記されたとも、西暦126年に作成されたと云われる。この三大書は700年代(奈良時代)に完成された「古事記」や「日本書紀」などの漢字文献と比較研究された結果、「ホツマツタヱ」がこれらの原本だということがわかってきた。

 現代日本語のひらがな、カタカナは「あいうえお」などの50音で構成されているが、ホツマ文字では48音である。欠けている2音は「やいゆえよ」の「い」「え」である。ホツマ文字は言葉を霊的な存在としてみなしており、ホツマ文字の48音に一つ一つに神的な意味が込められている。これは、宇宙天地の五元素としてのウツホ(空)、カゼ(風)、ホ(火、日)、ミヅ(水)、ハ二(土、埴)を五母音のアイウエオに形採(象、かたど)って一方の列とし、子音(アカサタナハマヤラワ)を他方の列として組み合わせることによって成り立っている。ホツマ文字48音のそれぞれが宇宙天地の作用の一つづつを音韻化しており、それを図象化している。始まり「ア」は父・天の意であり、終わりの「ワ」は母・地の意であり、その間に46音字が格納されている。ここにホツマ文字48音の言霊性が宿っている。これにより、ホツマ文字48音は非常に規則正しく構成された表意文字になっている。これを言霊思想と云う。これを五七調の和歌文体で表現している。この日本母語が日本文化の基底を為している。

  「ホツマツタヱ」の「アワの国」章の一説に次の歌がある。
 二神(ふたかみ)の おき局(つぼ)に居て 国生めど 民(たみ)の言葉の 悉(ふつ)曇(くも)り これ直さんと 考えて 五音(いね)七道(ななみち)の アワ歌を 上(かみ)二十四(ふそよ)声 いざなぎと 下(しも)二十四(ふそよ)声 いざなみと 歌い連ねて 教ゆれば 歌に音声(ねこえ)の 道開け 民の言葉の  整えば 中国(なかくに)の名も

 これによれば、いざなぎといざなみが政事をしようとしたときに、人心の乱れが言葉の乱れを招いていると考え、これを正そうとして「アワの歌」が作られたということになる。これにより国が治まり、それにちなんで国の名前も淡(あわ)の国とし、彼らの功績を讃えた。これ転じて「近江」となった云々。実際、この地にホツマ三書は保存されていた。

 今なぜホツマ文字なのか。永らく一般には認知されることのなかった「ホツマツタヱ」ですが、近年それに関する関心が高まりつつある。さまざまな場面で日本らしさの再評価が進む現在、「ホツマツタヱ」が語る古代日本の豊穣な「あめなるみち(天成る道)」、「やのきまり」哲理、世界観が、真逆に発達した文明の閉塞を照射しつつある。
 思えば、時の王権が中国の漢字を日本の国字にしようと決めた時、通常なら漢音で発音されるところ、日本は訓読みで咀嚼した。日本では何故に訓読みとなったのか。それは、漢字に対峙する言語を持っていたからである。日本古来の文字や書籍を徹底的に焚書したため、日本古来の文字は歴史上から消えたが、読み方は生き延びた。

 1966年、松本善之助が東京の古本屋で偶然発見した「ホツマツタヱ」。以後、松本、門下生の池田満による血の出るような探索の結果発見されたヲシテ文献の数々。

【「アワのうた」】
 「アワのうた」の創作経緯が次のように伝えられている。第六代目アマカミの「オモタル」に世継の子がなく、そのためか政治も弛み、秩序が乱れていた。さらにこの頃、天候不順のため稲作も不良であった。国は疲弊し混乱していた。この最も困難な時、イサナギとイサナミのフタカミは第七代目アマカミを継がれた。二人は、秩序の回復には先ず言葉を正すことが重要だとお考えになられて、天と父をあらわす「ア」から始まり、地と母をあらわす「ワ」で終わる五・七調の美しい歌を創った。ヤは天地の子供としての人を象徴しているという。それが「アワのうた」である。「アワのうた」には深遠な自然観・宇宙観が内包されており、世の摂理が分かると同時に、アワの歌四十八音を声高らかに歌えば血液の循環が良くなり、健康で長生きができるとも云われている。現代の「あいうえお・・・」の「あかさたなはまやらわ」は、「アワのうた」の「あかはなま〜たらさやわ」の並び替え順序を変えて、五七調にしていったものである。

 上の二十四声をイサナギが歌い、下二十四声をイサナミが歌い連ねてカダガキ(ビワの原型)を打って弾き歌い、アワの歌を教えて諸国を巡った。同時に、農業(稲作の方法)や機織りの指導などもなされた。その結果、秩序のある豊かな国ができた。この国をオオヤマトと呼ぶ。後に日本国と呼ばれるようになる。


 
 
 


 
 
 
 
 
 


 
 
 
 


 
 
 
 
 
 


 
 
 
 
 


 
 
 
 
 
 


 
 
 
 


 
 
 
 
 
 
 










(私論.私見)


「ホツマツタヱ」を述ぶ(奉呈文)

ホツマ序文@

ホツマ序文A

ホツマ序文B

ホツマ序文CDE

 ホツマ序文FG

ホツマ序文H

ホツマ序文10

ホツマ序文11

   
ホツマツタヱ 1 章  御旗(ミハタ)の初  東西(キツ)の名と穂虫(ホムシ)去るアヤ(章)

ワカ姫のこと@

ワカ姫のことA

 ワカ姫のことB

ワカ姫のことC

ワカ姫のことD

ワカ姫のことE

ワカ姫のことF

ワカ姫のことG

 ワカ姫のことH

ワカ姫のことI

 ワカ姫のことJ  ワカ姫 12〜13  ワカ姫 14〜15

 ワカ姫 16〜17 

 ワカ姫 最終章
ホツマツタヱ 2 章  天七代(アメナナヨ)床酒(トコミキ)の(アヤ)章  
ホツマツタヱ 3 章  一姫三男産む殿のアヤ(章)
ホツマツタヱ 4章 日の神の瑞御名のアヤ(章)