別章【宮顕ー不破系日共の除名、除籍史考】

 (最新見直し2006.5.15日)

 (れんだいこのショートメッセージ)

 高知聡・氏は、「日本共産党粛清史」の中で次のように述べている。

 「徳球時代の除名処分者は、48年の細谷松太ら、50年1月の中西功ら、志賀意見書を廻る野田弥三郎らである。50年分裂のドサクサの中での除名や逆除名、査問やリンチはある程度の例外性を持つとすれば、徳球時代は万事に大まかな徳球の個性があって、愚劣ではあっても、陽性な感じがないではない。志田時代は全てが陰気であり、犠牲者は夥しいが、大きな除名は伊藤律と神山茂夫ということになる。イデオロギー闘争によらざる反対派の排除というスターリン主義の常套手段が、日本に定着するのは、宮本体制の確立の過程においてであり、宮本体制の只中においてである」。

 高知聡・氏は、「日本共産党粛清史」の中で口を極めて反徳球ー伊藤律見解を披瀝している。が、同氏はこの下りで、徳球ー伊藤律派運動と宮顕系運動を対比させ、宮顕系運動の卑劣さを強調している。反徳球ー伊藤律見解を保持する者も、少なくともこの観点を持たねばならないだろうがさにあらずで、目下この観点は依然として少数派になっている。

 2005.7.23日 れんだいこ拝



関連サイト 戦前日本共産党史考 戦後政治史検証
宮本顕治論 不破哲三論

目次

宮顕ー不破系日共の除名、除籍、離党通史
萩原遼問題考
兵本問題考
筆坂失脚事件考
「筆坂の日共党中央批判」考
インターネットサイト
関連著作
情報ストック




(私論.私見)