内政不干渉、自主独立論 日中両党関係正常化の合意について

 (最新見直し2008.4.4日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 「日共式公党間の内政不干渉論」を考察しておくことは必要なことのように思われる。それにしても、これほど単純明快な反動規定は無いのに、多くの自称知者が丸め込まれている現象を如何にせんか。

 「公党間の内政不干渉論」が如何に間違いかについて難しく考える必要は無い。「政党間の内政不干渉論」と一般命題化して、その功罪を考えればよいだけのことである。この論法が、如何に強者の、権力者の、上に立つ者にとって都合の良い論法であるかが判明しよう。為さねばならないことは逆だ。程度問題はあろうが、「政党間の内政相互検証論」こそ望まれている。国際共産主義運動の史実から学ぶとすれば、「公党間の相互検証」こそ望まれているのではないのか。それがあまりにも弱すぎたのが国際共産主義運動の史実ではないのか。それを「内政不干渉論」で更に輪を掛けたような愚昧な解決策を持ち出すというのは反動的総括では無いのか。

 日共不破式内政不干渉論はどうやら、されるのは嫌だがするのは権利という調法な得手勝手理論であることが判明しつつある。この辺りを考察しようと思う。

 2008.4.4日 れんだいこ拝


【日ソ共産党間論争時の志賀問題に関わる対応】

【日中共産党論争時の文化大革命に関わる対応】

【その後の日中共産党間の対応】
 1998.6.10日、長年の日中両党共産党の不正常化に終止符が打たれた。6.11日、不破哲三幹部会委員長が、「日中両党共産党の正常化について」と題する記者会見で明らかにした。詳細資料については、猛獣文士氏のサイト「両党関係正常化の合意について 」「中共与日共実現関係正常化」で公開されている。

 それによると、1998年5月の下旬に中国共産党中央委員会から関係正常化についての両党会談を北京で開きたいという提案が為され、日程を調整して、6.8―10日に会談を開催することにし、8日から、日本側は、西口光国際部長を団長として山口富男幹部会委員・書記局員、平井潤一国際部嘱託ら、中国側は戴東国中央対外連絡部部長を団長として戴東国中央委員・中央対外連絡部長らとの会談が始まり、三日間にわたる協議の結果、10日に両党関係の正常化についての合意が成立したとのことである。


 合意の内容は、次の通り。
【両党関係正常化への意思一致】 
 会談において双方は、両党関係の歴史を回顧し、日中友好の大局から出発し、過去を終わらせ未来を切り開く精神にしたがい、歴史の事実にもとづく誠実な態度をもって、両党関係正常化の問題について真剣に意見を交換し、共通の認識に達した。
【中共側の歴史的自己批判による謝罪】
 中国側は、60年代の国際環境と中国の「文化大革命」などの影響を受け、両党関係において、党間関係の四原則、とくに内部問題相互不干渉の原則にあいいれないやり方をとったことについて真剣な総括と是正をおこなった。日本側は中国側の誠意ある態度を肯定的に評価した。
今後の両党の友誼的関係の促進合意
 双方は今回の会談により、両党間に存在した歴史問題が基本的に解決されたことを確認し、日本共産党と中国共産党との関係の正常化を実現することに合意した。双方は、日本側が主張する自主独立、対等平等、内部問題の相互不干渉および中国側が主張する独立自主、完全平等、相互尊重、内部問題相互不干渉の基礎のうえに、両党間の友好交流を展開する。双方は、両党関係の発展が、日中両国国民の相互理解と友好の増進および日中両国の善隣友好関係の長期の、安定した、健全な発展の促進に積極的に貢献すると考える。
【日共不破幹部会委員長の訪中合意】
 双方は、日本共産党中央委員会の不破哲三幹部会委員長が双方の都合のよい時期に訪中することについて協議し、合意した。

 不破幹部会委員長は、記者会見の席上で、概容次のように補足している(れんだいこが意訳すると次のようになる)。
 日中両共産党の32年来の非正常化に終止符を打つことになったが、これは、中共が過去の経緯に対して全面的に非を認め、「歴史的自己批判」したことによりもたらされた。日共は、中共の自己批判に対して更なる「真剣な総括と是正」を求めた結果、「(今後)干渉当時につくられた反日本共産党の組織、いわゆる反党グルーブと関係をもたない」ことを確約させた。この問題で、「中国側はそれに同意し、そのことが『真剣な総括と是正』の中に含まれているということを、確認した」。

 不破は、「中共の歴史的自己批判」の歴史的位相について次のように述べている。
 「これまで、中国側がヨーロッパの党などとの間で文革当時の断絶状態を清算して関係回復した例は、数多くあります。ただ、ここまで踏み込んで中国側が歴史的な反省 『総括と是正』を明らかにしたという前例は、一つもないのです。たとえば、あるヨーロッパの党の指導者が、中国を訪問して関係改善したときの合言葉も、『お互いに過去を忘れよう』でした。過去に触れないで、過去を忘れて前に進もうといったんです」。「しかし、私たちとの関係では、断絶にいたった歴史も違いますが、歴史の問題をお互いに真剣にふりかえり、そこから何が間違いだったか明らかにし、その総括に立って未来を開く、そういう態度を中国側もとったために認識の一致とあわせて今後の問題で一致ができました」、「中国側が、今回の会談で、そこまで踏み込んだ政治的決断をおこなったことは、高く評価できることです。私が冒頭に中国側の政治的誠実さと決断を評価するといったのは、ここに中心があります。そういう評価に立って、私たちは、この会談をもって両党間の歴史的な問題は基本的に解決されたことを確認し、両党関係を正常化することに合意しました」。

 不破は、国際共産主義運動の兄弟党の関係がどうあるべきかに就いて次のように述べている。
 「われわれは、日本共産党しとして、『自主独立、対等平等、内部問題相互不干渉』の方針を、政党間の関係の原則として一貫して主張しています」。

 「内部問題相互不干渉」について次のように補足している。
 「なお、その場合、国際的に重大な意味をもつ事件・問題が起きて、それに中国の党がかかわっているという場合がありえます。相互不干渉の原則で関係を結ぶんだから、われわれは物をいわないのかというと、そうではありません。マスコミのみなさんに意見をきかれて、答えないというわけにはゆきませんから、こういう性格の問題については、独自の立場から意見をのべることは当然あるということを、会談のなかでも相手側にきちんと話してあります。中国側もそのことをきちんと了解しています」。

 中共は、1998.6.12日付け「人民日報海外版」で、「中国共産党政治局常任委員、同書記局書記胡錦濤は、本日午後、人民大会堂において、日本共産党中央書記局書記、国際部部長の西口光に率いられた日本共産党代表団と会見し」、「双方ともが、過去を終結させ、未来を切り開く精神に基づき、共同で確認する党間の関係原則の基礎の上に、新しい党間の交流と協力関係を展開し、隣同志の親しい友好協力関係が長期に、安定して、健全に、前向きに発展し、アジアおよび世界の平和と安定に貢献するよう、希望すると述べた」ことを報じている。但し、「歴史的自己批判」の内容に就いては触れていないもようである。

(私論.私見)「日中両党関係正常化の合意」をどう評すべきかその一

 「日中両党関係正常化の合意」における日中両共産党の交渉経緯と結果についてどう評すべきだろうか。文面を読む限り、中共が土下座式謝罪をし、日共が殿様ぶった態度でそれを良しとした構図が見えてくる。不破は、記者会見の場で、その「成果」を自慢げに饒舌している。

 これを眺めるのに、次の点が解析されねばならないと考える。一つ、中共側の全面的敗北は何を意味するのか。一つ、日共側の交渉態度は兄弟党の問題解決手法として適正なものであったのか。一つ、国際共産主義運動における「内部問題不干渉」原則はそうあるべきだろうか。一つ、国際共産主義運動はどうあるべきだろうか。一つ、中共側の屈服式政治的妥協の背後にある真の意図は奈辺にありや。

 その一、「中共側の全面的敗北は何を意味するのか」について。これにつき注目すべきは、不破が次のように述べている箇所である。
 「振り返ってみますと、中国側では、この間に、毛沢東、劉少奇、ケ小平、彭真、周恩釆、朱徳、康生、廖承志、劉寧一など北京と上海の会談に参加した中央の幹部や、会談には参加しなかったが広州で私たちと交流した陶鋳など、当時の主だった関係者すべてが、それぞれの経緯のなかで、故人になりました。ですから現在の党指導部や対外関係の部門の人たちのなかでは、過去の干渉の問題に直接責任があるという人はいないし、逆に文革の当時には中央から追われて地方にいたとか、抑圧される側に立っていたとかという人も多いわけです。そういうなかで、中国側が今回の会談に当たってしめした政治的な誠実さと政治的な決断を、私は高く評価したいと思います」。

 これを読み取れば、不破は的確にも「その後の中共内の政変」で文革時の毛沢東系主流派が更迭され、新執行部となったケ小平系実権派が権力を掌握し、この系譜が今日の中共指導部となっていることを見抜いており、この実権派とは話し合いの余地があるとして、@・現中共指導部は毛沢東時代の指導部とは一線を画しており責任が免責される。A・「真摯な自己批判」さえあれば良い。B・「真摯な自己批判」は、(ア)反党グループとの決別、(イ)不破幹部会委員長の訪中招待で証される、という三段階論法で交渉に当たったことが見えてくる。

 中共側はこれを全面的に受け入れた。このことは、日共現指導部と中共現指導部間には基本的な親疎性が存在し、友誼関係の構築がし易かったということになる。つまり、この両派は相互に与しやすい関係にあると云うことが判明する。しからば、両党指導部の親疎性とは何だろうか。れんだいこは、両指導部とも親シオニズム系であることに根拠を見出したい。これを論ずれば長くなるので割愛するが、こう読み取らないと解けない。

 一つ、「日共側の交渉態度は兄弟党の問題解決手法として適正なものであったのか」について。こたびの「日中両党関係正常化の合意」は、明らかに中共側の土下座式謝罪であり、日共側の尊大な諾否態度で仲介されている。これが、兄弟党間の問題に対する公明正大な解決の仕方であるとは到底思えない。

 一つ、「国際共産主義運動における『内部問題不干渉』原則はそうあるべきだろうか」について。不破は、この間頻りに「国際共産主義運動における内部問題相互不干渉原則」を説いてきた。しかし、こういう原則そのものがそもそも胡散臭い。国際共産主義運動において兄弟党の関係を「自主独立、対等平等」に位置づけるのは正しい。が、見解、組織論、規約論の齟齬については常に「内部問題相互検証原則」こそ確立すべきではないのか。国際共産主義運動は本来そうあるべきではないのか。「内部問題相互不干渉原則」は徒にそれぞれの現指導部の追認を呼び込む反動規定ではないのか。こういう観点から捉えなおすことこそ正しい。

 日中両共産党の対立の背景を検証してみる。次のような経緯があった。1966.7月、中共の毛沢東指導部は、「四つの敵論」(アメリカ帝国主義とソ連の修正主義、日本の支配階級反動派、宮顕修正主義に牛耳られている日本共産党、 この四つが中日両国人民の共通の敵だという論)を指令し、これを「文革の対日版」として「日本への干渉の指導原理」とした。これにより日中両共産党間の非和解的対立抗争が始まった。

 この過去の史実に対して、中共は、「日中両党関係正常化の合意」交渉過程で、「我をもって一線を画し、日本共産党を両国人民の敵と扱った」(「我をもって一線を画し」とは、中国の言葉で、自分たちが勝手に敵味方の境界線を引いて、勝手に両国人民の敵にしたということ)として誤りを認めた。

 既述したが、中共の現指導部が、文革時の主流派と異種の関係にあることが「誤りを認めた」背景にあると思われる。しかし、この「歴史的自己批判」は果たして正しい対応であったか。日共側には何らの落ち度も反省もないかような一方的な「歴史的自己批判」が許されるべきであろうか。本来であれば、兄弟党間に重大な意見・見解・運動論の齟齬が発生した場合、両党は「内部問題相互検証原則」に基づいて共同テーブルを設け、喧々諤々の議論を為すことこそ望ましい。

 両党はそう為すべきであったが、双方とも徒に批判応酬しただけの非国際共産主義運動的対応に終始したのではなかったか。してみれば、れんだいこの眼には、共同責任こそが相応しい。それを、かような一方的な自己批判を為す方も方ならそれを要請し過ぎる方も方であろう。この「ケジメ方」を得意がって饒舌するなどは愚劣の一言に尽きる。

 一つ、「国際共産主義運動はどうあるべきだろうか」について。日中両党は、こたびの「日中両党関係正常化の合意」で、国際共産主義運動における「自主独立、対等平等、内部問題相互不干渉」の方針を、政党間の関係の原則として認めた。概要「中国側は、会談のなかで、『四原則のなかで、独立自主が基礎で、内部問題相互不干渉が核心だ』という表明をしました。三十数年来の歴史の教訓から、内部問題相互不干渉ということをはっきり踏まえて関係を結んだというのが、大事な点です」とあることからすれば、日共派の論理を是認したということになる。

 しかし、「自主独立、対等平等」は良いとしても「内部問題相互不干渉」が国際共産主義運動の原則となるべきかどうか。不破は例によって例の如く玉虫色折衷論でお茶を濁す。次のように補足している。「なお、その場合、国際的に重大な意味をもつ事件・問題が起きて、それに中国の党がかかわっているという場合がありえます。相互不干渉の原則で関係を結ぶんだから、われわれは物をいわないのかというと、そうではありません。マスコミのみなさんに意見をきかれて、答えないというわけにはゆきませんから、こういう性格の問題については、独自の立場から意見をのべることは当然あるということを、会談のなかでも相手側にきちんと話してあります。中国側もそのことをきちんと了解しています」。

 これは苦しい言い訳である。この不破式論法に拠れば、「内部問題相互不干渉」とは、相手にはそれが厳格に要請され自身達にはフリーハンドが担保される素晴らしいものであることが分かる。いつもの話法であるから今更驚くに値しない。もっと率直に「内部問題相互検証原則」を確立すればよいだけのことであろうに。

 最後に。「中共側の屈服式政治的妥協の背後にある真の意図は奈辺にありや」について。これは憶測の域を出ないが、中共が日共の論理に屈服する形で日中友好の国家的利益の障害除去を最優先するという方針で臨み、これを達成したということであろう。名を捨て実を取ったという現実主義外交の成果であったとみなされるであろう。それにしても、1998.6.12日付け「人民日報海外版」は、「日中両共産党の歴史的和解」を報じているものの、その屈辱的和解内容については伝えていないところを見ると、如何に苦しい選択であったかが分かる。どういう事情があったのか今も謎である。


 それにしても、両党共にお粗末な事である。

 2004.5.6日 れんだいこ拝


(私論.私見)「日中両党関係正常化の合意」をどう評すべきかその二

 れんだいこの「日中両党関係正常化の合意評 」に対し、疲労蓄積研究者さんから「左往来人生学院」掲示板で次のような指摘を受けた。
Re:「日中両党関係正常化の合意 」評 疲労蓄積研究者 2004/05/09
> 「日中両党関係正常化の合意について 」http://www.marino.ne.jp/~rendaico/miyamotoron/miyamotoron_hosoku28_8.htm
>  つくってみました。ご意見お願いします。

 れんだいこさんに誤解があります。

>不破は、国際共産主義運動の兄弟党の関係がどうあるべきかに就いて次のように述べている。「われわれは、日本共産党しとして、『自主独立、対等平等、内部問題相互不干渉』の方針を、政党間の関係の原則として一貫して主張しています」。

 とありますが、日本側も中国側も「国際共産主義運動」についてどこでも述べていません。「共産主義運動」という用語は避けられ、「日中友好の大局」と書いてあります。

 つまり、「国際共産主義運動」の観点からではなく、中国共産党が日本の他の政党(自民党や民主党や社民党など)と結んでいるのと同じような「普通の関係」を結んだというところこそが要点です。中国共産党も日本共産党も「国際共産主義運動」を卒業したのです。この点をれんだいこさんは見落としているように思います。

 これに対し、れんだいこは次のようなレスを付けた。
Re:「日中両党関係正常化の合意 」評 れんだいこ 2004/05/09
 疲労蓄積研究者さんちわぁ。

> れんだいこさんに誤解があります。
>
> >不破は、国際共産主義運動の兄弟党の関係がどうあるべきかに就いて次のように述べている。「われわれは、日本共産党しとして、『自主独立、対等平等、内部問題相互不干渉』の方針を、政党間の関係の原則として一貫して主張しています」。

> とありますが、日本側も中国側も「国際共産主義運動」についてどこでも述べていません。「共産主義運動」という用語は避けられ、「日中友好の大局」と書いてあります。

> つまり、「国際共産主義運動」の観点からではなく、中国共産党が日本の他の政党(自民党や民主党や社民党など)と結んでいるのと同じような「普通の関係」を結んだというところこそが要点です。中国共産党も日本共産党も「国際共産主義運動」を卒業したのです。この点をれんだいこさんは見落としているように思います。

 なるほど。兄弟党的な共産党間の在り方は既に問題にされていなくて、一般問題的に政党間の在り方を廻って合意に達したということですか。この視点からは捉えていないので、ご指摘の意味を考えてみようと思います。

 中共も日共も現指導部は、帝国主義的な民族主義愛国主義の立場に立ちつつ親シオニズム傾向にありますので、「国際共産主義運動」的観点からの理論的解明なぞもはや問題にしておらず、「卒業」か「放棄」かは別にして、相互に実利的思惑一本で会談し、コミュニケ発表まで漕ぎ着けたということになりますか。

 確かにそうかも知れませんね。しかしそれならそれで、そのことについてコメントしておかねばならないと思い至りました。

 飽き足らずさんより次のレスが為された。
ケチつけ 飽き足らず 2004/05/09
>中国共産党も日本共産党も「国際共産主義運動」を卒業したのです。

 この「卒業」には、「」(=カギカッコ)を付けて頂きたい。真実は「落第」なんだから。れんだいこさんも「放棄」などと不適切な批判はお止め頂きたい。あたかもそれ以前は「堅持」していたようだから(笑)

 コミンテルン時代以来(レーニン存命中も)、20世紀共産主義運動に真の国際主義など存在していたのか?

 これに対し、れんだいこが次のようなレスを為した。
Re:ケチつけ れんだいこ 2004/05/09
 飽き足らずさんちわぁ。
> >中国共産党も日本共産党も「国際共産主義運動」を卒業したのです。
>
> この「卒業」には、「」(=カギカッコ)を付けて頂きたい。真実は「落第」なんだから。
> れんだいこさんも「放棄」などと不適切な批判はお止め頂きたい。あたかもそれ以前は「堅持」していたようだから(笑)
 
> コミンテルン時代以来(レーニン存命中も)、20世紀共産主義運動に真の国際主義など存在していたのか?

 それはそうだなぁ。「卒業」も「放棄」も適切で無いとするとうーーーんリンダ困っちゃうだなぁ。「思考停止」、「彼岸化」とでもしませうか。少し推敲してみます。

 以上を受けて、「兄弟党的共産党間の関係規定をブルジョア政党間的関係規定にすり替えて論じ合意する愚劣考」をしてみる。

 「世界各国の共産党間の関係規定論」なぞ何の問題にもならなくなった今日の情況が寂しい。この問題を論ずる意義は、民族問題、宗教問題の対処の仕方にも通低しており、且つそれぞれの国の左派党派間の関係規定論にも横滑りし得るものであるからしてなおざりには出来ない。ということは、「世界各国の共産党間の関係規定論」に何の興味も持たぬ姿勢は、「それぞれの国の左派党派間の関係規定論」にも民族問題、宗教問題にも同様であり、併せて左派運動の現在と将来に対する無責任ないし冒涜精神を見せていることになるであろう。

 残念なことであるが、事実、これらの問題の考察は歴史的にそれほど為されておらず、それはとりもなおさず史実としての国際共産主義運動が無責任無能力野郎の烏合の衆運動であったことを物語っていると云えよう。

 れんだいこが思うに、国際共産主義運動は理論的考察も立ち遅れており、史実として理想通りに立ち現れたことは一度も無い。ロシア10月革命の成果を引っさげて結成された第三インターナショナル(コミンテルン)は、帝国主義列強による革命政権転覆干渉に遭遇したこともあって「革命祖国ソ連の防衛運動」に捻じ曲げられざるを得なかった。この対応は一過性的に処せられるべきところ、レーニンの後を継いだスターリンは本質的にロシア大国主義、スラブ民族主義に立ちつつ国際共産主義運動を操つるという背徳を専らにした。

 かくして、ソ共を司令塔とするコミンテルン運動として展開されるようになった。戦前の日共運動の限界はここに内在していた。国際共産主義運動の司令塔は必要であったにせよ、実際にはロシア大国主義、スラブ民族主義に拝跪するものでしかなく、それを内部的に検証する手段を持たなかった。この「負の伝統」が今日まで体質的に続いている。それはともかく、第二次世界大戦後の民族解放闘争の高まりの中で中国革命が成功するや中共がたちまち国際共産主義運動のbQの地位に座った。が、その中共のそれも本質的には中国大国主義、中華民族主義を登場させただけであった。やがて、そのソ共と中共が覇権抗争し始め、以来国際共産主義運動の「団結」は絵空事になった。こうした否定的事象に遭遇して、第三極の西欧及び日共は次第に自主独立路線を強めた。が、それは、国際共産主義運動の「団結」をますます空疎にさせていき、今日の完全なる破産状態を招いている。

 この史実は、国際共産主義運動の検証を要請している。「世界各国の共産党間の関係規定論」の理論的解明を要請している。本来であれば、@・国際共産主義運動のあるべき姿の理論的解明、A・各国での自主独立路線、B・各国共産党の兄弟党関係論、C・各国での左派運動党派の共同戦線論等々の理論的解明に向けて国際会議が開かれて然るべきであろう。これに向かわず単なるブルジョア政党間的友誼関係の構築に向けての「正常化運動」はそれほど自慢されることでは無かろう。

 自主独立路線検は、ソ共、中共の二大司令塔からの支配関係を溶解させるという意味ではひとたびは史的意義があったが、ほとぼりが醒めれば、国際共産主義運動の検証及び再構築に向かうというのが本来の道筋では無かろうか。この観点に照らす時、こたびの「日中両党関係正常化の合意 」は何と背徳的だろうか。「兄弟党的共産党間の関係規定」を彼岸化させ、単に「ブルジョア政党間的関係規定」にすり替えて論じ合意している。それは、時代が、運動が要請している理論的課題に対して何らの貢献を為さず、むしろ混迷を深める方向に拍車しているだけのことだろう。あまりに愚劣では無かろうか。

 それにしても、かっての毛沢東時代の指導を知る者からすれば中共の変質落差の感慨が深い。「革命の輸出路線」からの転換は「正の解」であろうが、ブルジョア大国主義、民族主義への公然転換は「負の解」のように思えてならない。あるいは、こたびの土下座合意からすれば、中共の理論的貧困が甚だしく日共不破の詭弁に討ち取られるほど単に堕しているのだろうか。

 2004.5.9日 れんだいこ拝


(私論.私見) 「日中両党関係正常化の合意」をどう評すべきかその三
 日共不破の、反日共党グループに対する執拗な排除策動の是非も考察せねばなるまい。日共は、中共の自己批判に対して更なる「真剣な総括と是正」を求めた結果、「(今後)干渉当時につくられた反日本共産党の組織、いわゆる反党グルーブと関係をもたない」ことを確約させ、「(この問題で、)中国側はそれに同意し、そのことが『真剣な総括と是正』の中に含まれているということを、確認した」とあるが、ソ共との折衝においても親ソ派志賀グループを同じように排除していった経緯も併せて考える必要がある。あるいは新左翼系諸派に対してもトロツキスト批判で権力当局に取締りを要請しそれを公然と当然論で合理化していった経緯も併せて考える必要がある。この種の例は大衆団体に対する干渉も含めれば限が無い。

 宮顕−不破系党運動は何ゆえにかくまで頑なな「排除の論理」を専らにするのか。それが少しでも日本左派運動の前進に寄与したのならともかくも事実は逆ではないのか。ここで想起すべきは、1847年世界に向けて発表された「共産主義者の宣言」の文言であろう。れんだいこ訳でこれを示すと次のようにある。

 「本文二 プロレタリアと共産主義者(proletarians and Communists)」には、共産主義者の採るべき態度として、「共産主義者は、他の労働者階級の諸党派に対立するような別個の党派を組織するものではない。共産主義者は、全体としてプロレタリアートの人々と分離したりその一部でしかないような諸利益を持たない。共産主義者は、どのようなものであれ特殊(セクト的)な諸原則を提起しない。セクト的な諸原則は、プロレタリア運動をその型にはめこもうとするものである」と示している。

 「本文四、種々の抵抗党に対する共産主義者の立場」には、「共産主義者は、労働階級が直面している利害を擁護せんとして目下緊急の目的を達成するために闘う。しかし当面の運動の中にあっても、運動の未来を気にかけている」、「手短に言うと、共産主義者はどこでも、現存する社会的、政治的秩序に対するあらゆる革命的運動を支持する。こういう運動のすべてで、共産主義者は所有問題を、その時それがどんな発展度合にあろうとも、それぞれの運動の主要問題として、前面に立てる。最後に、共産主義者はどこでも、あらゆる国の民主主義諸政党との同盟と合意に向けて骨折り労を為す」とある。

 これらを素直に読み取れば、党派のセクト的行動や「排除の論理」を厳しく戒めていることが分かる。理論及び実践において党派間の闘争が生じるのは、「運動の現在と未来に対する非和解的責任問題」が発生する限りにおいてであろう。平時においては「共に別個に進んで」何がおかしかろう。実践で競り合い、理論で闘争し合い、共同戦線化することこそ望まれているのではないのか。

 それらこれらに思いやれば、宮顕−不破系党運動による日共党中央の座椅子からの変調運動は左派運動に対する幻滅を与えることのみに効が有り、そういう誤解を意図的に生ぜしめている観さえある。れんだいこが一刻も早く打倒せねばならないと指摘する所以である。宮顕−不破系党運動は逆からの攻撃においてかなり「暴力的」である。ならば、我々も又この連中を追い出すのに何の遠慮がいろうぞ。但し、付言しておくが、これらは大衆的に為されねばならないということだ。直接的な暴力主義は邪道であり、却って宮顕−不破系党運動に乗ぜさせる隙を与えよう。

 2004.5.10日 れんだいこ拝

【日中共産党のその後の対応】
 「2002年10月11日(金)「しんぶん赤旗」北京の五日間(25)中央委員会議長 不破哲三 江沢民総書記との首脳会談(五)」 

 最近のヨーロッパで、注目される二つの党

 私が、首脳会談の最後の発言で紹介したのは、ドイツの民主的社会主義党とチェコのチェコ・モラビア共産党と、この二つの党だった。どちらも、崩壊した旧体制で政権党の地位にあった党である。

 ドイツでは、東ドイツの政権党だった社会主義統一党の主要部分が、崩壊後、民主的社会主義党と改名し、統一ドイツにおける一政党として、活動している。チェコでは、チェコスロバキアが、体制崩壊後、チェコとスロバキアの二つの国に分かれ、政権党であったチェコスロバキア共産党のうち、チェコで活動していた部分がチェコ・モラビア共産党の名で活動を続けている。どちらも、日本共産党とは、友好関係の深い党である。私は、この二つの党が、旧体制時代の問題点にそれぞれきっぱりと決着をつけたことに敬意をはらっていたが、その党が、最近の選挙でならんで注目すべき前進を記録したのだった。

 まず、ドイツだが、ドイツの連邦議会の選挙制度には、得票率5%未満の政党には比例代表選挙での議席をあたえない、という少数政党切り捨ての制度がある。それ以下の政党は、小選挙区でえた議席しかえられないことになる。ドイツ民主的社会主義党は、旧東ドイツ地域に主要な政治的基盤をもつ政党だが、その不利な条件に打ち勝って、九八年の国会選挙で、全国規模で5%以上の得票率をかちとることにはじめて成功したのだった(それだけに、中国訪問の翌月おこなわれた国会選挙で、民主的社会主義党が、得票率4%台に後退し、比例代表選挙での議席を失ったのは、たいへん残念なことだった)。

 チェコ・モラビア共産党は、選挙での連続的な前進、とくに今年の躍進が特徴である。九二年の最初の総選挙では「左翼ブロック」として三十五議席をえ、第二党の地位をしめたが、この「ブロック」は新党結成などでやがて解体し、共産党の議席は十議席にまで縮小した。しかし、次の九六年総選挙では二十二議席に倍増、九八年総選挙では二十四議席とさらに議席を増やし、今年六月の総選挙では、他の諸党が軒並み議席を減らすなかで、四十一議席への躍進をとげた。

 旧体制ときっぱり決着をつけて

 この二つの党が旧体制に決着をつけたやり方は、私たちにそれぞれなりの深い印象を残したものだった。

 ドイツの場合には、私たちと東ドイツの政権党とのあいだに、長い論争問題があった。中曽根首相が東ドイツを訪問したとき、ドイツの党機関紙が「平和の政治家」のうたい文句で礼賛する大キャンペーンを張ったのである。私たちがその不正確さを指摘したところ、「自分たちの評価に間違いはない」との猛烈な反論でいわば食ってかかられたのである。気持ちのいい経験ではなかった。

 しかし、私たちが驚かされたのは、むしろそのあとだった。体制崩壊後、民主的社会主義党として新発足した党の責任者となったモドロウ氏から、あれはドイツ側の誤りだったという、実に率直な反省の連絡がとどいたのである。その後、訪日したモドロウ氏に会って話してみると、自分たちは以前からドイツ側のこの態度は間違いだと主張していたのだが、当時の指導部が耳を貸さなかったのだ、ということだった。

 チェコ・モラビア共産党の場合は、二年前のわが党の大会(二〇〇〇年)でのことである。私たちの招待にこたえて来日したランズドルフ副議長が、チェコスロバキアにたいするソ連の干渉と侵略のさい、日本共産党が寄せた支援と激励に感謝するとともに、自分たちの党の歴史が、終始、ソ連の干渉とのたたかいの歴史だったとして、(一)一九二〇年代に、党指導部を押しつけられたこと、(二)第二次世界大戦後の建国の時期に、独自の社会主義への道を押しつぶされたこと、(三)一九六八年の武力による侵略、(四)最後の段階でのゴルバチョフの干渉と、四回にわたる重大な干渉の歴史を語ってくれた。こういう党だからこそ、一九八九年の体制崩壊についても、党大会で(一九九九年)、「押しつけられた『ソ連型』社会主義モデルの崩壊」と的確に規定づけることができたのだろう。

 世界の未来には光がある

 私は、この二つの経験を示し、「崩壊した体制の政権党であっても、勇敢に過去の問題に決着をつけている党は、国民の信頼を回復して前進している」と述べ、アジアの党についても、自主的な立場をつらぬいてきたインド共産党(マルクス主義)が、八千万の人口をもつ州(西ベンガル州など)で、二十数年にわたって政権をとっていることもあげ、「やはり運動の前途には、世界的にも光がある、と思います」と結んだ。

 この紹介は、江総書記を大いに喜ばせたようで、実に率直な次の言葉が返ってきた。「さきほど低調と言いましたが、いまの話にあったとおり、まさに見通しは全体として明るい未来を持っていると思います」。そして午後四時二十分、それぞれの事業の成功のため、おたがいの奮闘を励ましあって、中南海をあとにした。(つづく)


 「2002年10月22日(火)「しんぶん赤旗」北京の五日間(35) 中央委員会議長 不破哲三 29日 「赤旗・北京支局」を訪ねる」。

 中国国際放送のインタビューを受ける

 五時の定刻に、国際放送局のみなさんが訪ねてきて、私の部屋でインタビューを受けた。中国国際放送とは、まだ国交も結ばれていなかった数十年前のころに、「北京放送」とよく呼ばれていたものらしい。インタビューは、十月に、党大会に先行する特集番組のなかで放送される予定だとのこと。

 質問された内容は、(一)当面する日中関係および両国関係の未来について、(二)この四年間の交流・往来のなかで、とくにどんな点に印象を受けたか、(三)この訪問は、まさに中国共産党第十六回大会の直前におこなわれたが、この大会が、両党関係の発展にどのような影響をあたえると考えるか、の三点だった。

 私は、第一問では、日本と中国の友好は、両国それぞれにとっても、アジアの平和的な発展にとっても不可欠のものであること、その立場から四年前の訪中のさいには、

 「日中関係の五原則」を提唱したこと、などを、第二問では、「社会主義市場経済」のもとでの経済の活力ある発展に深い印象をうけていること、この道にいろいろな意見をいう人がいるが、私は、道理にかなった意欲的な挑戦だと見ていること、を話した。

 第三問は、外国の党大会の評価にかかわる問題であり、しかも、まだ開かれておらず、なにが決定されるかを知らない大会についての質問だから、質問者は、気楽に問題を出しているようだが、答える側にとっては、工夫を必要とする“難問”である。

 私の答えは、次のとおり(こちらには、記録はまったくないので、記憶によった)。

 ――党大会は、その党が自国の国民に、また世界の平和にたいして責任を負う立場から、方針を決定するもので、それぞれの党にとって節目としてのたいへん重要な意義をもつ。今度の党大会で、この立場から的確な方針が打ち出されるならば、そのことが、両党の関係にとっても、発展的な意義をもつだろうことを、確信している。

 インタビューが終わったら、そろそろ王家瑞(おうかずい)副部長主催の晩さん会に出かける時間になった。(つづく)


【日中共産党論争時のチベット問題に関わる対応】
 チベット問題では、日共の方が攻勢に出る。次のように述べている。
 チベット自治区およびウイグル自治区は、いずれも国際的に中国の領土とみとめられている地域であり、「一つの中国」というのも、日本政府を含む世界の大多数の国が外交的に確認している原則であり、国連でも確認されていることです。これらの地域で発生している問題は、中国国内の内政に属します。
 
 私たちは、国連憲章や平和5原則などに含まれている、国際社会で確認済みの内政不干渉の原則を遵守する立場をつらぬいています。もちろん、人権上重大な問題が発生した場合は、わが党としても必要な態度表明をおこなうことになります。

 多くの民族や宗教を抱える国家の場合は、近年のバルカン半島などでもみられるように、民族や宗教および政治的対立による武力衝突やテロ事件なども発生しています。これらの問題をみる際には、個別に冷静で客観的な検証が必要だと私たちは考えていますが、少なくとも、チベット、ウイグル両自治区の少数民族の「独立運動」を当然だとする根拠は見受けられません。

 1959年、チベットにかかわる中国の主権を回復・確保するためとして軍を派遣した中国と、独自の主権を主張し、中国政府の軍の派遣・駐留を歓迎しないチベットの間で戦闘がおこり犠牲者がでました。亡命政府側は120万人の死者がでたとしていますが、中国政府側は大量虐殺説に反論しています。

 当時の状況について判断を下すためには、双方の主張やその他の歴史資料を客観的に検証する必要があると考えます。また、中国の「文化大革命」のさなかには、チベットの僧侶にたいする弾圧や、寺院の大規模な破壊がおこなわれた事実が明らかにされており、1998年11月の「しんぶん赤旗」の現地からの報道などでも、「文化大革命」最中の被害について語る関係者の証言を伝えています。

 しかし、ご指摘のような「旧日本軍や現米帝に勝るとも劣らない侵略行為を現在行っている」という事実は承知していません。

 「しんぶん赤旗」の現地ルポによると、亡命政府をたちあげたダライ・ラマ氏の肖像画を掲げたり、独立を公然と主張する行為は厳しく規制されていますが、寺院の活動や日々の宗教儀式などへの規制は見受けられないとしています。

 ダライ・ラマ14世が率いる「チベット亡命政府」の使者が2002年に中国を訪れ、自治地域を訪問し、中国の要人との会談をおこないました。2003年にも同じように使者が訪問しています。ダライ・ラマ14世は、アメリカのラジオ局のインタビューにたいし、「中華人民共和国の権利の範囲内で、すべてのチベット民族の完全自治がそれぞれのチベット人居住地域、地区、県といった形で可能だと思う」とのべて、「独立」というよりも、「自治」を求める立場をとっています。ダライ・ラマ14世は、胡錦濤・中国国家主席の就任にも祝意を表明しています。

 このように当事者間で和解を含む問題解決に向けての協議や模索がおこなわれているもとで、外部からの対応については慎重さが求められると考えています。

 ウイグル自治区においては、「独立」をかかげた一部の勢力が、少数民族に属する多くの市民をも巻き添えにし、殺傷するテロ事件が発生しています。それらの事件や経緯について詳しい正確な情報は持ち合わせていませんが、どのような政治的立場であっても、テロ行為は許されるものではありません。中国にかぎらず、民族をめぐる問題は複雑ですが、ウイグルの少数民族のすべてが漢民族と政治的に全面対立しているというような実態はありません。そういう現地の状況もふくめ、両者の主張と事実関係を踏まえた検討が必要でしょう。

 中国と台湾当局のあいだでは、統一をめぐってさまざまな交渉の経緯や議論があります。台湾内部にも、独立の是非をめぐって異なる意見があり、世論調査の結果などをみても、台湾では中国との統一を求め、「独立」に反対している人たちも少なくありません。

 また最近では、中国側の台湾にたいする姿勢にも変化がみられます。1999年4月に、わが党の不破委員長(当時)が、中国共産党の曽慶紅組織部長(当時)にたいし、「台湾問題の平和的な解決を望むのは、日本の国民の共通の希望だ」とのべ、「台湾住民のあいだで多数の支持を得る努力が必要」と指摘しましたが、その後中国側はそれまでの「台湾は中華人民共和国の一部」という表現を改め、「大陸と台湾は、ともに一つの中国に属する」という台湾住民の気持ちに配慮する表現を用いるようになっています。

 国共内戦の影響で、いまだに中国本土と台湾の両方に別れたままの親子や兄弟、親類も少なくありません。台湾問題は、台湾住民を含む全中国の人々の願いと民族自決の原則にもとづいて平和的に解決されるべきものです。私たちとしては、歴史的経緯を踏まえたうえで、当事者間の交渉や議論、姿勢の変化を冷静に見守りたいと考えます。

 以上のように、お尋ねのチベット、ウィグル、台湾をめぐる問題は、すべて中国の内政問題ですが、私たちとしては、それらの問題が平和的に解決されることを希望し、そのことは中国当局にも伝えています。わが党は、これまでも、「文革」や天安門事件などについて、もっとも厳しい態度で中国政府を批判してきました。このように、国際的に重大な関心事となる他国の人権や民主主義にかかわる問題を軽視しているわけではありません。今日でも、この点で立場に変化はありません。

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 日本共産党中央委員会国民の声室・質問回答係

志位共産委員長、胡主席へチベット騒乱で書簡 「ダライ・ラマ側と平和対話を」

2008.4.3 22:37
このニュースのトピックス諸政党

 共産党の志位和夫委員長は3日、チベット騒乱について、中国の胡錦濤国家主席に対し、中国政府とチベット亡命政府トップのダライ・ラマ14世側の代表との対話による平和解決を求める書簡を送った。書簡は「騒乱・暴動の拡大と、それへの制圧行動によって、犠牲者が拡大することを、憂慮する」などとしている。


2008年4月3日

チベット問題――対話による平和的解決を

志位委員長が胡錦濤主席に書簡


中華人民共和国国家主席 胡錦濤殿

 チベット問題をめぐって、騒乱・暴動の拡大と、それへの制圧行動によって、犠牲者が拡大することを、憂慮しています。
 事態悪化のエスカレーションを防ぐために、わが党は、中国政府と、ダライ・ラマ側の代表との対話による平和的解決を求めるものです。
 そのさい、双方が認めている、チベットは中国の一部であるという立場で対話をはかることが、道理ある解決にとって重要であると考えます。

 だれであれ、オリンピックをこの問題に関連づけ、政治的に利用することは、「スポーツの祭典」であるオリンピックの精神とは相容れないものであり、賛成できないということが、わが党の立場であることも、お伝えするものです。

日本共産党中央委員会 幹部会委員長  志位和夫





(私論.私見)