天理教教祖中山みきの研究
(http://www.marino.ne.jp/~rendaico/nakayamamiyuki/)

 更新日/2017(平成29).6.15日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 れんだいこは、江戸幕末期に呱呱の声をあげた天理教教祖中山みきを日本の生んだ最大の傑物宗教家にして、「西のイエス、東のみき」と並び称されるに値する御方であると受けとめている。この彼女の実像を知れば、同時代に西欧から起こったマルクス主義と並行してほぼ同じ共生観点よりする社会変革の担い手であったことが知れるであろう。残念ながらみき教義がこの社会思想的観点から考察されることは皆無であるように思われる。それは、マルクス主義の西欧に於ける宗教批判を単に横滑りさせただけの、経文読みの経文知らず的知の貧困の為せる技であろう。彼らは科学教信者でしかないというのに。もとへ、そういう意味において、本レポートは貴重な役割を持つものと自負している。

 もう一つ、こちらの方が通常の見方であるが、天理教を宗教として観た場合にも白眉であることが案外と知られていない。世界中の宗教に精通している俊英小滝透氏は、著書「いのち永遠に-教祖中山みき」の後書き中で次のように述べている。
 「天理教は、私が始めて出会った本格的な土着宗教でした。それは、私がそれまで知っていたセム系の一神教や仏教諸派、更には西欧思想とは全く違った世界観を持ち、しかも普遍性を兼ね備えた世界宗教であったのです。『ほぉーっ』と思ったのが、最初の私の感想でした。そこには、日本の持つ土着性と精錬された世界性がごく自然に融合し合った姿がありました」。

 れんだいこは、この言い回しにマルクス主義、あるいはアナーキズムとの絡みの考察を加えれば、他に付け足すことはない。有難いことに、知ってか知らずでか、お道の初期信者は、みきの伝記資料を細かに塊集している。それは、原始キリスト教教団がイエスの行状を大切に保存してきた様子に匹敵している。但し、みき資料もイエス資料同様に玉石混交させられているので実像が分かりにくい。(今日では出雲王朝論を獲得しており、この観点からの縄文社会主義論を生み出している。こうなると、マルクス主義、アナーキズム、イエス教との絡みで捉えるより縄文社会主義論の幕末的再生と云う観点から照射してみたいと思っている

 以下、れんだいこは、みきの生涯をできるだけ時系列で追うことにする。但し特に重要な史実についてはそこで項目を立てて一区切りになるよう経過を叙述した。内容に立ち入る必要のある場合にはさらに項目を立てて分析した。そういう意味では時系列には必ずしもなっていない。全体として投稿前の予備資料としてレポート形式で書き上げたので、前後の文章は接合されていない。必要な個所についてはその都度私見.私論を書き添えた。なお、非常に長文化している為最重要事項についてはゴシック大文字で記した。最初はこの部分のみを読み進めたほうが判りやすいし疲れない
次に普通文字を読み進めるのが適切かと老爺婆心ながら御提言させていただきます。

 2006.11.18日再編集、2016.5.15日再編集 れんだいこ拝


関連サイト 宗教 幕末回天運動の研究 明治維新の研究

著書【教祖みきひみこ化身論
別章【中山みき論

目録
別章【お道の理論研究
別章【教祖中山みき略伝】
別章【劇画構成「天理教教祖中山みき伝」
別章【お道その後伝
別章【ほんみち派不敬事件
別章【高弟によるお道証言考
別章【お道の系統大教会史考
天理教分派史考
天理教裁判事例考
別章【病の元は気から心から病理学

明治新政府による天理教弾圧の理由考
いわゆる知識人の天理教批判の位相考
いわゆる知識人の天理教称賛の位相考
「天理教の誤りを破す」を駁す
「50年後の天理教を想う」考
ニセお指図「中山みき最後の天啓の巻」考
大川隆法霊言「天理教開祖 中山みきの霊言」のデタラメ考

予備知識
別章【宗教研究
人間と歴史考
Re別章【三輪王朝神話考
Re大和地方の歴史と由緒/大和に於ける出雲系神社(大神、大和、石上)考
別章【日本神道考
日本神道の歴史について
別章【当時の政治社会体制
当時の仏教的教説について
国学の動きについて
洋学の動きについて
キリシタン禁制の論理考
別章【幕末の民衆闘争史
別章【幕末の民衆宗教考
別章【修験道について
別章【大本教考
教祖在世時代の刑法と拘引の根拠考
別章【上杉鷹山考
別章【二宮尊徳考
別章【大原幽学考
別章【山田方谷考
別章【古神道系知識人考】
別章【日本の宗教家列伝考

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参考文献
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(私論.私見)