補足(31) 原水禁運動に対するデタラメ指導と詐術総括について 原水禁運動の歩み

 (最新見直し2007.7.23日)

 (れんだいこのポイントメッセージ)
 宮顕・不破系日共党中央が如何に大うそつきかということが、「如何なる核実験にも反対」を廻る詐術に凝縮している。今日、日共は、あたかも「如何なる核実験にも反対」を唱え続けてきたかのような逆見解を平然と披瀝している。事情を知らされず、史実に対して無知な者はいつも騙される。宮顕・不破系日共党中央はそういう詐術の常習犯であるから、党員ないしその支持者は常に暗愚である方が望ましい。そういう訳で、日共系の組織はどこでもいつも歴史を知らされず、党史は無論、原水禁運動史に於いても無知状態に置かれている。

 史実は、原水協分裂に当たって社会党系の方が「如何なる核実験にも反対」を主張していたのであり、これに対して当時の日共は、「没階級的運動である」式観点から批判し抜いた。ところが、その後の自主独立路線への転換に応じて日共も又「如何なる核実験にも反対」的立場へ転換させることになった。だがしかし、この経緯の自己批判的総括は今日にいたるも聞こえてこない。むしろ逆だ、この経緯を誤魔化そうとしている。

 もっとも、これを自己批判するには容易でない経過が刻まれている。そこで宮顕・不破系日共党中央はどう対応したのか。驚く事に、いともたやすくこの転換をやり遂げている。何と、俺達の方が「如何なる核実験にも反対」してきたのだと読み間違いそうな文面工夫で切り抜けている。社会党系の原水禁運動の方が組織分裂を持ち込んだのであり、自己批判を要求する式の逆さ見解で平然と居直っている。

 場当たり式運動もさることながら、自己批判抜きの、むしろ逆に相手に自己批判を迫る恥じる事の無いこの習性こそ左派運動の異邦人性を証左していないだろうか。左派圏内にかような二枚舌三枚舌がなして必要であろうか。体制権力の常套手法そのものであり、それを駆使する宮顕・不破系日共党中央は体制側から送り込まれた特異集団ではないのか。

 左翼党の本家の立場からこのような居直りを説くことによって左派運動に幻滅を与え、ひいては左派運動そのものの信頼を毀損せしめているのではないのか。宮顕・不破派はそれをも計算の上平然と詭弁を弄し続けているのではないのか。まことにけしんらん手合いではある。しかし、それにも拘わらず宮顕・不破派を崇め奉る一群の支持者が居るということをあぁ如何せんか。

 以下、この立論の正確さを論証してみる。

 2004.2.10日 れんだいこ拝







(私論.私見)