32519−1 マルクス主義の歴史的位相考

 (最新見直し2005.6.12日)

【思想が萎えたこの時代の我々の採るべき態度と責務について】
 1848年、マルクス・エンゲルスの協働によって「共産主義者の宣言」が発布された。以来、マルクス主義は反権力闘争における凡そ最も力強い理論となり実践となった。以降、実際には紆余曲折しつつではあったが、マルクス主義は稀有な事にその理論の実践的有効性を証明し、1917年ロシア十月革命を結実させた。

 大局的に見てその後のマルクス主義は資本主義体制と覇を競い、世界を二分割する冷戦体制まで進撃することに成功した。しかし、世の中何もかもは首尾よくいかないのが世の常である。スターリニズムに牛耳られることになった社会主義体制はその内部が大きく変質させられて、マルクス・エンゲルスが構想した永続革命の夢が破綻させられたどころかもう一つの新たな権力理論に転化させられてしまい、凡そ当初理念の反対物の地位にまで堕してしまった。

 1991.12月、ソ連邦が解体し、建国以来僅か74年でロシア十月革命の歴史的意義が雲散霧消させられた。この経緯を見て、日共党中央が「諸手を挙げて歓迎」声明を発した愚を忘れる事はできない。この現実を痛苦に受け止め、自身の足下を検証しようという姿勢は微塵も見られなかった。では、詭弁を弄したのかというそういう訳でもない。この連中は生粋の反共主義者であり、そういう御仁が共産党という党名の党中央を占拠していると見るのがれんだいこ史観である。つまり、ブルジョワ階級と内通する似非マルクス主義者が各国共産党の中央を占拠するという異常事態が発生しているということになる。かく理解せねばならない。

 社会主義の祖国ソ連邦においてもかような事態が進行し、それを見抜き食傷したソ連人民がひとたびはご破算にしたのがソ連邦解体の歴史的意義ではなかったか。各国人民が今や一斉に「かっての共産党的なるもの世界」から決別し始めたというのが、ソ連邦及びその衛星国家、その他各国における共産党の影響力の減少事態というのが現代という時代の本質であろう。ソ連邦建国から解体過程の74年にはそういう歴史的意味が有る、というのがれんだいこ史観である。

 さて、そういう訳で、我々は新しい局面における新思潮を生み出さねばならない。それが出来ない限り、我々にはある種の空漠のみが残ることになるだろう。その間隙の洞窟に向かって、マルクス主義の空想性を云い為す者もいるだろう、スターリン主義の帰結だという者も居るだろう、修正主義の帰結だという者も居るだろう。中には真面目に教訓と原則を導き出し再整列せんとする者も居るだろう。が、凡そマルクス主義を痛罵したり非難したり論評しただけでは、我々を取り巻く現実は何も変わらないというのに。真面目に教訓と原則を導き出そうという姿勢の者にも次のコメントをせねばなるまい。その試みは今や、マルクス主義はどこまでが本当のマルクス主義か分からないほどに種々の衣装を着せられ過ぎており、しかも垢で汚れきっているからして容易ではないのだ。

 はっきりしていることは次のことである。マルクス主義をいくら排斥したからといって、社会的生産的富の超アンバランスな分配しかできない我が社会の現実はそのまま残る。この現実が変革されねばならないことは確かなのに、拠り所としてきたマルクス主義の価値を落としこめて平然と過ごし得るものはあまりにも安逸主義ではなかろうか、それこそマルクスが階級規定したところのブルジョア陣営に位置する者特有の性癖故ではなかろうか、というのもれんだいこ史観である。

 思想が萎えた時代には当然のことながら「灯りが欲しい」という声が生まれる。れんだいこの耳にも聞こえてくる。しかし、この声を聞いたからといって何もれんだいこがしゃしゃり出る必然性はない。ただ、爾来れんだいこはブルジョワな安逸主義を風刺してきただけに、何がしか言論に対する責任が有るとは思う。

 丁度おりも折、れんだいこが主催する「左往来人生学院」で、蓼食う虫さんから、恐らく疲労蓄積研究者さんからも「れんだいこさん、是非ご教示ください」とせかされるようになった。頼まれれば嫌とはいえないお人よしのれんだいこは己の非力をも顧みず遂にその気になった。れんだいこが時代の灯りを燈(とも)すことが出来るか、良く燈す事ができるかにつき乞うご期待を。

 2004.3.28日 れんだいこ拝


【ルネサンスの落とし子としての随伴思潮について】
 れんだいこはここから書き出してみたい。マルクス主義の歴史的位相を評する場合に、マルクス主義自体を考究していく道筋は片面の理解でしかない。もう一つ、マルクス主義の登場過程、その後の史的過程に随伴したライバル的諸思潮との比較検討をも俎上に乗せられねばならない。この手法は諸事に通用する当たり前のことであろう。

 アナーキズムとの対比は一部為されているようであるが、アナーキズムは当時のライバル的諸思潮の一つでしかない。もっと全体的に俯瞰せねばならぬのではなかろうか。このことに思いを馳せた者は居るだろうか。この問いかけは珍しいのではなかろうか。れんだいこは奇をてらう訳ではないのだが、最近頻りにこのことに注意を喚起するようになりつつある。

 答えはこうだ。歴史は人が創る。否、思潮が創る。例え、マルクス主義的な有機的経済構成体の規制下でしか人が営為しておらず思潮もまた同じ理屈であるにしても。人とか思潮の果たす役割は凡俗自称マルクス主義者が想定しているよりももっとその影響が強い。れんだいこはまずこのことを指摘しておきたいと思う。

 この観点より歴史を観る時、現代に至る入り口となった扉はルネサンスから始まるように思われる。従って、ルネサンスの歴史的意義及び位相を確定せねば論が起こせないということになる。しかしこれをここでやるとなると、マルクス主義の歴史的位相の言及に辿り着くまでに相当の紙数を費やす事になろう。そういう意味では簡略に言及せざるを得ない。

 現代は明らかに西欧の覇権時代である。その西欧の覇権はルネサンスより発しているように思われる。中世的封建制を突き破って近世が生まれ、近代、現代へと辿り着いたこの過程を端的に云うならば、資本制社会の快進撃、攪拌、世界史現象化時代と看做せようが、この時代の先駆けはイタリア発ルネサンスが為した。歴史を観る観点をかく据えるべきだろう。

 このイタリア・ルネサンスが西欧全域に飛び火し、やがて西欧が世界を席巻するようになった。これが17世紀から20世紀に至る世界史の特質であり、今日の歴史は依然としてこの基本的特質の流れに有る。このことが厳密に確認されないといけないのではなかろうか。

 そのルネサンスが産み落とし、その後の時代に更に発展を遂げていった西欧思潮に次の四ベクトルが認められる。ここの認識も大事であり是非に踏まえられねばならない。当然、「資本制社会の快進撃、攪拌、世界史現象化時代」という総枠においてであるが、まずこの四項目を列挙する。@・端緒的シオニズム、A・西欧的近代民主主義、B・マルクス主義、C・アナーキズム、この四思潮がその後の世界を牽引したことを見て取らねば世界史の流れが理解できない。こう捉えるのがれんだいこ史観である。

 西欧諸国はこのルネサンスの洗礼を経て近代国家へ雄飛した。この意義をそれとして認めなければ近代史が理解できない。当然現代史もまた理解できない。

 ひとたびはこの四思潮のベクトルを対自化させ、その上で非西洋圏は己の歴史の歩みと風土との練り合わせをしなければならないのではなかろうか。これが現代に生きる思想家の責務である。れんだいこはかく考える。そういう訳で、次にそれぞれの思潮を概括しておく。


【ルネサンスの落とし子としての随伴思潮その@端緒的シオニズムについて】
 その一つは「端緒的シオニズム」であるが、ルネサンスは実にユダヤ人の歴史的復権であり、紀元135年のユダヤ人最後の抵抗運動「バル・コホバの乱」失敗後、「ディアスポラ」(ユダヤ人の離散、流浪の民化)を経てその後1千数百年間にわたってユダヤ人を閉じ込めていた閉鎖的居住区(ゲットー)からの脱出の経路となったように思われる。

 この水路が次第に勢力化し、今日ではその極としてシオンの議定書派的シオニズムによる世界征服構想の発生まで見ている。今日この流れは更に強まっており、いわゆる狂信的シオニスト・ネオコンが世界を意のままにしつつある。この流れこそ近代から現代史への真実であり、よってそのイデオロギーとしてのシオニズムが現代の最強思潮となっている。そういう意味では、ルネサンスの落とし子としてのシオニズムの流れこそ客観的に認識されねばならない。ここが曖昧模糊な歴史書があまりにも流布されており、れんだいこには物足りない。

 マルクス主義との絡みで云えば、シオニズム左派とマルクス主義は歴史的に同居してきた経緯が有る。極右的ネオコン思想もその思想原理から見れば、マルクス主義との濃厚な接点を持っている。してみれば、マルクス主義とシオニズムの相似面と分岐面との差異を際立たせる事が現代マルクス主義の一級の課題となっているように思われる。が、この方面の研究は故意にと思われるほど為されていない。この解明に向かうのは専ら右派系ないし特異な宗教セクトであり、それも勘ぐり的域を出ていない。

 2004.3.28日 れんだいこ拝


【ルネサンスの落とし子としての随伴思潮そのA西欧的民主主義について】
 その二つ目は、西欧的民主主義確立の流れである。ルネサンスは個人概念を確立する事により、その個人と国家との契約による近代主権国家の創出に成功し、この近代主権国家がいわゆるデモクラシーと云われる議会制民主主義を確立し、個人の基本的人権の尊重と対比的に国家主権を確立させ、その後の帝国主義的進出の下地を準備せしめる事になった。

 マルクス主義は一般にこれをブルジョワ民主主義と規定するが、れんだいこ史観によればそれは歴史的規定としては正しいとするけれども、ブルジョワジーがフリーハンドに専政し得る邪悪な体制としてこれを否定的にのみ観る観点には問題が有る。ともすれば、情意的にブルジョワ民主主義を否定する観点は、れんだいこには物足りない。

 西欧的民主主義確立の流れを仔細に見れば、保守的なそれと社会民主主義のそれとに分岐するように見える。全てに言及する訳には行かないので、保守的な西欧的民主主義については言及しない。問題は、社会民主主義の方である。民主社会主義も同様である。

 ところで、西欧的民主主義はシオニズムと歴史的に同居してきた経緯が有る。シオニズムにとって西欧的民主主義は格好の培養度になった風がある。但し、シオニズムは孵化すればするほど、その独特の偏狭主義によって西欧的民主主義の諸原則を蹂躙しつつある。この西欧的民主主義とシオニズムとの相似面と分岐面、西欧的民主主義とマルクス主義との相似面と分岐面との差異を際立たせる事も現代マルクス主義の一級の課題となっているように思われる。


【ルネサンスの落とし子としての随伴思潮そのBマルクス主義について】
 その三つ目がマルクス主義である。マルクス主義は、上記@のユダヤ人の歴史的解放復権、Aの西欧的民主主義確立に対するアンチテーゼとして生み出された。かく観点を据える事が肝要と思われる。どのように否定しようとしたのかというと、ユダヤ人の歴史的解放、西欧的民主主義確立がいずれも人類の階級支配構造を変えるものではなく、単に支配層のヘゲモニーを廻る思潮に終始していることを見据え、ユダヤ人の歴史的解放をユダヤ人のみならず人類の一挙的階級支配からの揚棄、西欧的民主主義に対してはそのブルジョワ的規制を取り外しより実質的な主権在民制度として生産階級を主人公とするいわゆるプロレタリア民主主義への揚棄へと指針せしめたところに、思潮としての歴史的意義が認められた。

 しかしながら、マルクス在世当時のマルクス主義は、理論面で相貌を明確にさせたとはいえ、実際の実践活動では緒に就いたばかりでそれも首尾よく進展したわけではない。その後のマルクス主義は右派と左派、穏健派と急進派、且つそれぞれの日和見派に分かれ、遂には不倶戴天の敵という関係に陥っており、不幸な事に真性マルクス主義の相貌はますます不明となって今日に至っている。


【ルネサンスの落とし子としての随伴思潮そのCアナーキズムについて
 その四つ目がアナーキズムである。ある意味で、アナーキズムこそはルネサンスの最も徹底した精神を体現した思潮であると云えるが、新社会の青写真を創りだすことに意欲を見せず、既成の権力に対する最も徹底した抵抗運動、反体制運動に終始することにより、精悍な闘いの割には自ら常に滅びの美学に沈潜してしまった。


思想の相克関係における我々の採るべき態度と責務について
 この四思潮の蠢(うごめ)きこそが現代史を捉える際の実勢的ベクトルであるように思われる。ならば、我々は、これをマルクス主義の観点から見るにせよ、これらとの相克関係において捉えねばならないのではなかろうか。そう思うとき、市井のマルクス主義論はあまりにも視野が狭すぎるように思われる。マルクス主義の片言隻句を如何に微に入り細に入り穿(うが)ってみても、実際の歴史の激動をトレースすることは出来ない。しかしながら、そういう訓詁学的マルクス主義が横行して久しく、その間ますますマルクス主義が現実に威力を持つ思潮から遠ざかりつつあるように見える。


マルクス主義とアナーキズムの相関関係について】
 さて、マルクス主義の訓詁学的隘路から如何に抜け出すべきか。つまり、再び威力を持つ思潮として再登場させるべきか。今、このことが歴史的に問われているように見える。人民大衆の解放理論としては、れんだいこの眼には西欧思潮としてはマルクス主義とアナーキズムしか映らない。個人的には、アナーキズムの視点からマルクス主義の学的素養を接木させて見たい。その逆に、マルクス主義の視点からアナーキズムを接木させる事は賢明でないように思われる。なぜなら、マルクス主義の欠陥として人類史上の最大貢献であるルネサンス精神の取り込みに失敗しているように思われるから。

 そういう訳で、ここら辺りでアナーキズムとマルクス主義の比較検討を通し、その融和を目指してみたい。この両思潮は反権力であることには共通しているが、マルクス主義が権力交代を目指して革命論的に政治主義化するのを急ぐ余りに個々の歴史的人間をマス的な大衆としてしか捉えない憾みがある。これに対して、アナーキズムはルネサンスの影響を最も忠実に受け継いでおり、個人の自由、自主、自律的立場の尊重から全てを始発させている。惜しむらくは、権力を奪取する観点が弱く、抵抗し反発する対象としてのみ見ているきらいがある。

 れんだいこは、アナーキズムとマルクス主義のこの違いに注目する。アナーキズム的個性の発揚を主として権力を目指す闘いを組み合わせて組織したらどうだろうか、という観点を発生させる。革命論におけるマルクス主義的歴史的規定を学び、その実践課程におけるアナーキズム的組織論、運動論、党派論を構築していったらどうだろうか、という観点を発生させる。れんだいこにはこれが可能なように見える。そうならなかった歴史の歩みこそ間違いであったように見える。

 この際の問題は、権力奪取後の青写真論の相違であり、その中で最大の違いは、経済政策における市場主義の問題であるように思われる。この市場主義問題は考察が極めて難しい。為すべき事は、マルクス、エンゲルスの資本主義否定論からくる生産手段の社会化論ひいては国有化論の絶対性如何の考察であろう。果たして、マルクス、エンゲルスは、権力奪取後の社会主義革命過程において強権的な国有化論を指針せしめたのであろうか。

 この問いについて判明した事は次のことである。1848年の「共産主義者の宣言」においてマルクス、エンゲルスは、ブルジョア的な私有財産制の否定を共産主義者の条件でありこれを任務としたが、同書末尾において指針せしめた経済政策では、いわば基幹産業の国家管理を云っているが、それはどうやら例えば銀行の場合には国営中央銀行の創出による中央集権管理であるものの、民間銀行を廃止するものではない。運輸交通手段の国家管理を云っているが、それは同じく国営企業による中枢掌握であり、その傘下での民営企業を許容しているのではなかろうか、そのように読み取る事ができる。

 つまり、マルクス主義的国有化論は、史上初のソ連邦が採用したスターリニズム的国有化論つまり民営企業の否定に意味を持たせるような市場主義の排斥を指針せしめていたのかどうか疑わしい。仮に、もしそのような意味でのマルクス主義的国有化論が正しいとされるのなら、それはやはり誤りなのではなかろうか、とれんだいこは考えている。

 これを理解する事は結構ややこしい。なぜなら、マルクス、エンゲルスは、ブルジョア的な私有財産制の否定をこそマルクス主義運動の前提であり任務であるとしているのだから、私有財産制のあぶくとなる市場主義は当然否定されるべきである、ということになるのだから。

 しかし、れんだいこは、ここで考える。マルクス、エンゲルスの私有財産制の否定は、永続革命過程での国家の死滅と同じ意味あいでやがて市場主義も意味を成さなくなる時代が来ることを指針させていたのであり、権力獲得後直ちに市場主義の否定から全ての生産手段の国有化へと強制せしめようとしていたのとは違うのではないのか、と。

 レーニンは、革命権力樹立後、当初はマルクス、エンゲルスの私有財産制否定論から来る市場主義否定論を金科玉条としていたが、建国革命のその後の紆余曲折環境の中で、この問題に直面し、大胆にネップ政策へと転換させている。残念ながら、史実は、レーニンにその後の任務を許さなかった。レーニンはネップ政策導入途上で逝去し、その後を受け継いだスターリンは、このネップ政策を反故にしていく事になる。そのソ連邦の崩壊を見た今、我々は、もう一度レーニン式ネップ政策の意義を真剣に学ばねばならないのではなかろうか。

 れんだいこは、なぜ市場主義と国有化論の問題に拘るのか。それは、アナーキズムとマルクス主義の共同戦線に関係してくるからである。この問題が解決しないと、アナーキズムとマルクス主義の歴史的和合は原理的に為しえないからである。アナーキズムからすれば、国有化論は起こりえない。むしろ、ルネサンス的基調により市場主義は当然視されるからである。アナーキズムの求める青写真は、来るべき社会が個々人の自由、自主、自律に基づく市民大衆レベルまでの解放であり、それを阻害する抑圧物との徹底した対決である。この観点から全てが精査され、認められたり否定されたりする訳である。従って、教条的な国有化論は意味を為さない。

 さて、このように見てくると、どこまでがマルクス、エンゲルスの実際の理論か不明であるが、歴史的に形成されてきたマルクス主義の教条、統制主義、中央集権制は、むしろアナーキズムの観点から再度トレースされた方が良いのではなかろうか、と思われる。このことが能く為しえるかどうかに左派運動の未来があるのではなかろうか。

 というか、個人的にはれんだいこは、歴史的に形成されてきたマルクス主義の教条、統制主義、中央集権制に頑迷に依拠しようとする自称マルクス主義者との決別こそ、目下焦眉の課題となっているように見える。ましてや、権力奪取前の野党的立場から統制主義、中央集権制の如意棒を振り回し、人民大衆的運動の昂揚の水差し人となっている我が日共のような極反動的投降主義的権力内通型の共産党に対しては、彼ら一派を放逐するか、新党創出により歴史的遺物とせしめるかの二つの道しか残されていないように見える。これがさしあたっての革命ではないかとさえ思われる。

 2004.3.28日 れんだいこ拝


現代マルクス主義的左派運動の創造について】
 さて、今や、現代的左派運動を展望するところへやってきた。我々はこの運動をどう創出すべきか。(以下略)


現代マルクス主義的左派運動と東洋思想的叡智との和合について】




(私論.私見)