「マルクスとサタン・マルクス主義の起源」

 (最新見直し2006.3.27日)


マルクス主義成立過程の種明かし by モルデカイ・モーゼ
http://satehate.exblog.jp/10648240

マルクス主義の秘教 by ラコフスキー & 優良惑星?
http://satehate.exblog.jp/10839182

共産主義とNWO :ウォール・ストリートのユートピア詐欺 By Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/10630063/

ロスチャイルドは「赤い交響曲」を指揮する。by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/10800240/ 

終了! フリーメーソン団の最終黙示録(アンコール) by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/10864509/

事実上の専制の正式化  by Henry Makow Ph.D.
http://satehate.exblog.jp/10591228/ 他


春の風  リチャード・コシミズ
http://richardkoshimizu.at.webry.info/200902/article_13.html

@オバマの母親Stanley Ann Dunhamは若いときからのCPUSAメンバーだった。

Aオバマのハワイ時代の「師匠(Mentor)は、Frank Marshall Davisなる米国共産党のメンバーだった。
 「MILLENNIUM「地を従えよ」(創世記1章 28 節)」の「マルクスとサタン」の次の章を転載しておく。
マルクシズムの起源1
マルクシズムの起源2
マルクシズムの起源3
マルクシズムの起源4
マルクシズムの起源5
マルクシズムの起源6
マルクシズムの起源7
マルクシズムの起源8
マルクシズムの起源9
マルクシズムの起源10
『マルクシズムの起源』について


【マルクシズムの起源1】

 カール・マルクスは、若いときクリスチャンであった。彼の最初の作品『クリスチャンのキリストとの一体』において次のように語っている。

 我々は、キリストの愛を通して、同時に我々の兄弟に心を向けるのである。兄弟たちは、心において我々とつながっている。キリストはご自身を兄弟たちに犠牲としてお与えになったのである。

 キリストと結び合わされることによって、我々の魂は高揚し、慰められ、平穏な確信を与えられる。また、隣人愛やあらゆる高貴で偉大なものに順応することができるようになる。しかも、それは、野心や栄光のためではなくもっぱらキリストのためである。
 (Karl Marx, Die Vereinigung der Glaubigen mit Christo, Werke(MEW), Supplement, I, p. 600; cited by Richard Wurmbrand, Marx & Satan, (Westchester, Illinois,Crossway Books, 1987),p.11.)

 また、マルクスは、『職業選択に関するある若者の考察』において、次のように語っている。

 キリスト教が教えているのは、「万人が目指すところの『理想』は、人類のためにご自身を犠牲にされた」ということである。一体誰がこの教えに言い逆らうことができようか。彼のために最善を尽くすことのできる職業を選択する者は、数々の重荷によってつぶされてしまうことは絶対にない。というのも、それらの重荷は、万人のために捧げられた犠牲以外の何物でもないからだ。(同)

 マルクスの高校卒業証書の『宗教的知識』欄には、次のコメントが記されていた。
 キリスト信仰と倫理に関する知識は、かなり詳しく、しっかりしている。教会史についてもある程度の知識を有する。
 (Karl Marx Archiv fur die Geschichte des Sozialismus und der Arbeiterbewegung, MEGA, I, i (2), pp. 182,183. cited in ibid., p.11.)

 しかし、マルクスがこの卒業証書を受け取った直後に、彼の人生に何か不思議なことが起こった。彼は、宗教を敵視しはじめた。彼は、詩の中で「私は、天の支配者に復讐したい」と述べた(Karl Marx, Des Verzweiflenden Gebet, ibid, p. 30. in Ibid., p.12.)。

 彼は、神の存在を確信していたが、神と戦うことを望んだ。比較的裕福な家庭に育ち、友人たちよりもはるかに恵まれた生活をしていた彼が、なぜ神を憎むようになったのか。個人的な動機は謎である。しかし、彼が何らかの霊に憑依されたことが次の詩から分かる。
 ある神が、私から、私のすべてを奪い取った。運命の呪いと苦痛の中で、彼が何を言ったかまるで覚えていない。私のうちには、復讐だけが残った。

 私は、玉座を天に据えよう。その頂は冷たく、恐ろしい。その防壁は、迷信的恐怖。その総帥は、暗黒の苦悩。

 健全な目でそれを見る者は盲目で冷たい死に捕らえられ、青ざめ、そして、押し黙る。願わくば、彼の幸いが彼の墓を用意するように。
(Karl Marx, Des Verzweiflenden Gebet, ibid, pp. 30, 31. in Ibid., p.12.)

 
マルクスは、神の創造世界を破壊することを夢見た。彼は他の詩の中で次のように述べている。
 そして、私は、勝ち誇って歩くことができるだろう。神のように、彼らの王国の廃墟の中を。私のすべての言葉は、火であり、行動である。私の胸は創造者のそれに等しい。
(Quoted in Deutsche Tagespost, West Germany, December 31, 1982. cited in ibid., p.12)

 
これらの言葉は、次のイザヤ書14・13-14のルシファーの言葉に似ている。
 私は天に上ろう。神の星々のはるか上に私の王座を上げ、北の果てにある会合の山にすわろう。 密雲の頂に上り、いと高き方のようになろう。

 
かつてマルクスの親友であったバクーニンは、マルクスについて次のように語っている。
 マルクスに愛されたいなら、彼を礼拝しなければならない。マルクスに赦しを請いたいなら、少なくとも彼を恐れなければならない。マルクスは、狂気ともいえるほどに、極端に高慢である。

(Bakunin, Works, Vol. III(Berlin, 1924), p. 306. cited in ibid., p. 13.)

 文献名の省略について:

 MEGA: Marx, Karl and Engels, Friedrich, Historisch-kritisch Gesamtausgabe. Werke, Schriften, Briefe, on behafl of the Marx-Engels Institute, Moscow, published by David Rjazanov (Frankfurt-am-Main: Marx-Engels Archiv, 1927).

 MEW: Marx Karl and Engels, Friedrich. Werke. (Berlin: Dietz-Verlag, 1971). 巻名はローマ数字で、ページ名はアラビア数字で表記。CW: Marx, Karl and Engels, Friedrich. Collected Works (New York: International Publishers, 1974).

 『マルクシズムの起源』の内容は、Richard Wurmbrand, Marx & Satan, (Westchester, Illinois,Crossway Books, 1987)に大きく依存している。この著書は非常に重要なのであるが、まだ翻訳されていないために、紹介として本HP上に発表させていただくものである。もし関係者が本文の掲載に不同意の場合は、連絡していただきたい。

 This series of essay largely depends upon Richard Wurmbrand's very important work "Marx & Satan, (Westchester, Illinois,Crossway Books, 1987)" because the Japanese translation of this book does not exist so far, so that I wrote it as an introduction of it. If those who are concerned feel my essay improper, please send a mail to me.

【マルクシズムの起源 2】

 『演者』というタイトルの詩は、マルクスがサタン崇拝者であることを暗示している。

 地獄の蒸気が立ち上り、頭の中に充満する。ついに私は発狂し、私の心はまったく変わり果てた。この剣が見えるだろうか? 暗黒の君が私に売ってくれたのだ。私のために、彼は拍子を取り、合図をする。 私が死のダンスを踊るよりもはるかに大胆に。
 (Karl Marx, Spielmann, op. cit., Deutsche Tagespost, pp. 57, 58. in ibid., p. 15)

 サタン崇拝の高位のイニシエーションにおいて、剣は「成功」を意味する。それは、志願者に売り渡され、彼は、手首から流れ落ちる血で、契約に署名し、「死後、私の魂をサタンにお譲りします」と約束する。

 『悪魔の聖書』は、「十字架は、木にかけられ、青ざめた無能な男を象徴している」と宣言した後で、サタンを「地を支配する、言語に絶する暗黒の君」と呼ぶ(Ibid,. p. 15.)。

 マルクスが学生時代に書いた戯曲『ウーラネム』(原語のOulanemは、神の御名Emmanuelのアナグラムであり、逆つづりである)も、彼がサタンと通じていたことを暗示している。

 そして、彼らもまたウーラネム、ウーラネムだ。その名前は、死のように鳴り響き、みじめに身悶えて死に絶えるまで鳴り響く。止めろ。今分かった。それは私の魂から湧き上がってくるのだ。空気のように透明に、私の骨々のように力強く。
(Karl Marx, Oulanem, Act 1, Scene 1, in ibid., p. 60. cited in ibid., p. 15.)

 しかし、私のこの若き腕には力がある。おまえ [つまり、擬人化された人類] を、嵐のような力でつかみ、押しつぶそう。深淵が、我々二人のために、暗黒の中で口を大きく開いている。
おまえはそこに落ち、私も笑いながら後を追う。おまえの耳元で「友よ、落ちろ、私とともに」と耳元でささやきながら。
(Ibid., Act 1, Scene 1, in ibid., p. 63., cited in ibid., p. 16.)

 また、ウーラネムの死については、次のように述べている。
 破滅だ、破滅だ。私の時は尽きた。時計は止まり、小人の家は倒れた。まもなく、私は永遠を胸に抱き、すぐに人類に巨大な呪いをかけよう。

 マルクスは、ゲーテ著『ファウスト』のメフィストフェレスの言葉「存在するすべてのものは、破壊に値する」を愛好し、それを『ルイ・ボナパルト』の中で引用している(Karl Marx, Louis Bonaparte, MEW, VIII, p. 119., cited in ibid., p. 16.)。実際、彼の批評はあらゆるものに向けられた。次のような言葉が著書の多くの個所に見られる。
「存在するすべてに対する容赦のない批判」、「ドイツの状況に対する闘争」、「あらゆるものに対する無慈悲な批判」…(MEW, I, p. 334; I, p. 380; XXVII, p. 190; VI, p. 243., cited in ibid., p. 16.)。

 そして、彼は、「報道の第一の義務は、存在する政治制度の基礎を破壊することである」と述べ、さらに、自らのことを、「いわゆる肯定的なものに対する卓越した嫌悪者」と呼んだ(Quoted in B. Brecht, Works, Vol. I (Frankfurt, 1979), p. 651., cited in ibid., p. 16.)。

 彼の言葉には、万物に対する憎悪者であるサタンの性格が現われている。彼は、この戯曲の最後において、ウーラネムに次のように語らせている。
私と深淵の間に横たわる世界を、私は不断の呪いによって粉々に打ち砕こう。私は厳しい現実の周りに腕を伸ばす。私を抱きながら、世界は押し黙ったまま、過ぎ去り、完全な無の中に沈み行く。それは滅び、真に生ける者は消滅する。
(Op. cit., Marx, Oulanem., cited in ibid., p. 18)

 
事実、マルクシズムが支配した国では、このような破壊が実行に移された。ソ連における無数の人々の殺戮、粛清、投獄、収容所送り、ポルポトの大虐殺、中国文化大革命の大粛清…など、20世紀に起きた未曾有の悲劇は、マルクスとその支持者によって導入されたサタンの破壊欲に由来する。

【マルクシズムの起源3】

 黒ミサにおいて、司祭は、黒い蝋燭を上下さかさまにキャンドルスティックに据え、祈祷書を終わりからはじめに向かって読む。神やイエス、マリアの名前はさかさまに読まれ、十字架はさかさまに付けられ、踏みつけられる。教会から盗んだ聖餐のウエハスの上にサタンの名が記され、偽の聖餐式が執り行われる。黒ミサの最中に、聖書は焼かれる(R. Wurmbrand, Marx & Satan, p.15.)。

 サタンの世界は、反逆の世界なので、サタン崇拝においては、神の崇拝の逆が行われる。サタンの宗教は、神の法への嫌悪と、背信を特徴とする。聖書において肯定されているすべてのものが否定され、嫌悪され、バカにされる。聖書の倫理は時代遅れと否定され、「新しい道徳」の名のもとに、腐敗堕落が標準化される。革命後のロシアは、この道徳革命に見舞われた。

「ソ連の革命の時期、愛や良心、健全な感情は、卑しく、時代遅れのものと考えられた。少女たちは自らの純潔を恥じ、夫は誠実さを隠した。破壊は好趣味と見なされ、神経衰弱は健全な精神の証拠とされた。これは、怒涛のごとく世に現われた新進作家が取り上げたテーマであった。人々は、悪行と倒錯に走り、他人から道徳的な人と思われないために腐心した」。
(Ibid., p. 84.)

 この波は、1960年代の左翼学生運動とともに、アメリカや日本など西側諸国にも及んだ。既存の倫理が否定され、フリーセックス、男女のユニセックス化、権威の否定、造反運動、テロなど、社会においてキリスト教的文化遺産が破壊されていった。

 サタン崇拝の影響は、キリスト教自体も変質させた。『悪魔の聖書』は、キリストを「無能の王」、「つかの間だけの、沈黙の神」「サタンの主権に逆らう邪悪で忌むべき偽者」と呼び、十字架を「木にかけられ、青ざめた無能な男の象徴」と呼ぶ。それに対して、悪魔は「光の神」「地の支配者」「言語に絶する暗黒の君」であり、その天使たちは、「彼の前で恐れおののき、ひれ伏」し、「キリストの従者たちをつまずかせ、破局に至らしめる」者たちと呼ばれている(Ibid,. p. 15.)。

 今日の福音主義キリスト教の、「歴史内でキリストを王としない」「クリスチャンを歴史内で無能と見」、「この世界を支配しているのはサタンであり、クリスチャンはこの歴史内でサタンに勝てない」という教義の起源は、サタンにある。

 「王」として任命された(黙示録1・6、第1ペテロ2・9、エペソ2・6)はずのクリスチャンはセルフイメージを下げ、捕虜として縛られ、凱旋の行列につながれている(コロサイ2・15)はずのサタンを必要以上に恐れている。


 マルクスが自分について預言した通りの現象が生まれたのである。 すなわち、「私は、勝ち誇って歩くことができるだろう。神のように、彼らの王国の廃墟の中を。」と述べたように、キリストの王国は瓦礫の山に変わり、マルクシズムが王手を振って世の中を歩いている。

 たとえ、ソ連や東欧諸国が滅んでも、マルクスの思想は、全世界の国々の体制を支配している。 40%から70%の重税による私有財産の没収により、クリスチャンの家族は富を国家に奪われ、御国の働きは大きく制限されている。国家による義務教育により、クリスチャンの子弟は進化論や非キリスト教的教えによって汚され、信仰を奪われている。

 我々は、マルクスを通じて自分の支配を世界中に拡大したサタンの策謀を見破り、反撃の烽火を上げなければならない。これこそ神の国建設の中心課題である。聖霊によって気づいた者には、大きな使命がある。

【マルクシズムの起源 4】

 マルクスは、ある時、サタンに憑依され、クリスチャンであることを捨てた。マルクスが19歳の時、父親との間に交わされた手紙の中で次のように語っている。

垂れ幕が落ち、私の至聖所はめちゃめちゃに破壊されました。私は、そこに新しい神々を据えねばなりませんでした。
(Karl Marx, letter of November 10, 1837 to his father, MEW, XXX, p. 218. cited in ibid., p.20.)

 それに対して、父親は、次のように答えた。
そのとても神秘的な体験について詳しく説明しろとは言わない。私には疑わしいことだが。
(Ibid., Heinrich Marx, letter of February 10, 1838 to Karl Marx, p. 229 cited in ibid., p. 21.)

 この神秘的な体験とは一体何だろう。マルクスの伝記作家はこのことについて何も語っていない。 1837年3月2日にマルクスの父親は手紙の中で息子に次のように書いた。
 私の願いは、おまえが成長し、いつの日にか名声を博し、この世で豊かに暮らせるようになることである。しかし、それがすべてではない。たしかにそれは、私が長い間夢見ていたことだ。しかし、たとえおまえがこれらすべてを獲得したとしても、おまえの心が純粋さや人間らしさを失うならば、そして、悪魔がおまえの心を健全な感情から引き離すならば、私はけっして幸せを感じることはないだろう。
(Ibid., Heinrich Marx, letter of March 2, 1837 to Karl Marx, p. 203 cited in ibid., p. 21.)

 父親は、どうしてマルクスの心や悪魔について心配したのだろうか。R・ウァームブランドは、その理由を「マルクスが父親の55歳の誕生日にプレゼントした詩」にあると述べている(Ibid., p.21)。 詩『ヘーゲルについて』の中で彼は次のように述べている。
 私が語るすべての言葉はグチャグチャにかき混ぜ合わされて悪魔の混沌に変わる。だから、誰でも自分が好きなように解釈してよい。
(Ibid., Karl Marx, “Hegel”, pp. 41, 42 cited in ibid., p. 21.)

 また彼は、ヘーゲルに関する他のエピグラムの中で次のように語っている。
私は最高のものを発見した。また、瞑想を通じて、最も深いものを見出した。それゆえ、私は、神のように偉大である。私は、神のように、暗黒を身にまとう。
(Quoted in Deutsche Tagespost, West Germany, December 31, 1982. cited in ibid., p. 21.)

 また、『青ざめた乙女』の中で、このように述べた。
 こうして私は天を失った。私はそのことをよく知っている。かつて神に忠実だった私の魂は、
地獄のために選ばれたのだ。
(Op. cit., MEW, XXX, Karl Marx, “Das Bleiche Madchen”, pp. 55-57 cited in ibid., p. 22.)
 
 ちなみに、マルクスと同じように、一時詩人を目指したヒトラーも同じような詩を書いている。
荒れた夜に、私は時々静かな園にあるウォタンの樫の木のもとに行く。暗黒の力と契約を結ぶためだ。月光のもとでルーンが現われる日中に太陽の光を浴びた人々は、魔術の呪文の前で縮こまる。
(Mullern-Schonhausen, The Solution of the Riddle, Adolf Hitler.; cited in ibid., p. 22.)

 「ウォタン」とは、ゲルマン神話の主神であり、「ルーン」とは古代ゲルマンのルーン文字のことである。

 マルクスは本当にサタンから「剣」を受け取ったのだろうか? 彼の娘エレナーは、子供のころ、マルクスが子供たちに多くのお話をしてくれたと語っている。彼女が最も好きな話は、『ハンス・ロックル』という魔術師に関する話だった。


 そのお話は何ヶ月も続きました。それはとても長い長い物語で、終わりがないのです。ハンス・ロックルは、…おもちゃ屋を経営する魔術師でした。…彼は魔術師でしたが、借金のためにいつもお金に困っていました。そのため、しかたなく、持っていたおもちゃを一つ一つ、悪魔に売っていきました。…これらのお話は髪の毛が逆立つほどとても恐ろしいものでした。
 (Jenny von Westphalen, Mohr und General, Erinnerungen an Marx un Engels (Berlin: Dietz-Verlag, 1964), pp. 273, 274; cited in ibid., p. 23.)

 マルクスの伝記作家ロバート・ペインがエレナーから聞いた話によると、ロックルは、最後までいくつかのおもちゃを手元に持っていたが、悪魔と契約を結んでからは、そのすべてを手放さざるを得なくなったという。 そして、彼は次のように言う。
これらの終わりのない物語がマルクスの自伝であることに疑念の余地はない。彼は、悪魔の視点から世界を見ており、悪魔の悪意を心に抱いていた。時折、彼が悪魔の業を行っていることを自覚していたのではないか、と思えることがある。
(Payne, Robert, Marx (New York: Simon & Schuster, 1968), p. 317; cited in ibid., p. 24.)

 青年マルクスが、『ウーラネム』を書き終え、悪魔と契約を結んだことを示唆する詩を書いたとき、彼はまだ社会主義を信じていなかった。むしろ、それと争うことすらした。彼は『ライン新聞』の編集長であり、この新聞の中で、次のように述べた。すなわち、
 「現在の形態の共産主義思想に対して、理論的な価値すらも認めておらず、まして、その実現を期待するなどあり得ず、絶対に不可能だと考えている。…共産主義の考えを実現しようとする大衆の企画は、それが危険であるとわかった時点ですぐに、合法的に対処すべきだ…」
 (Karl Marx, Die Rheinische Zeitung, “Der Kommunismus und die Augsburger Allgemeine Zeitung,” MEGA, I, i(1), p. 263. cited in ibid., p. 24.)と。

【マルクシズムの起源 5】

 マルクスはこの段階ではまだ社会主義を信じていなかった。彼を社会主義者に変えたのは、モーゼス・ヘスである。ヘスは、マルクスについて次のように述べた。

マルクス博士は私の偶像である。彼は、中世の宗教と政治に最後の一撃を加えるだろう。
(Moses Hess, letter of September 2, 1841 to Berthold Auerbach, MEGA, I, I (2), p. 261; cited in ibid., p. 24.)24

 当時マルクスの友人であったゲオルグ・ユングは、1841年に、マルクスが目指していたのは、天から神を追い出し、訴えることである、と述べた。マルクスはキリスト教を最も不道徳な宗教であると言った(Ibid., Georg Jung, letter of October 18, 1841 to Arnold Ruge, pp. 261, 262; cited in ibid., p. 24.)。

 一般に、「マルクスは、人類を救うための高貴な社会的理想を抱き、その目標の達成を邪魔する宗教を嫌悪した」と考えられているが、真実はまったく逆である。マルクスはまず、神や神々の概念を徹底して嫌悪したのである。彼が社会主義を唱える前に、すでに、彼は神を排除しようと心に決めていたのであり、社会主義とは、プロレタリアートや知識人をひきつけ、彼らを通じてこの計画を実現するための餌でしかなかったのである。

 世界から神を排除し、そこに「人間だけで完結する世界」を築くことこそ、彼の第一の目的だった。

 社会主義者にとって、いわゆる世界史の全ては、人間の労働を通じて成し遂げられる人間の創造、及び、人間のために行われる自然の開発以外の何物でもない。それゆえ、社会主義者には、人間が人間自身から生まれることを示す確実な証拠がある。…宗教批判は、「人間は、人間にとって至高者である」という教えに帰結するのである。

 ソ連は、初期のころ、「資本主義者を地上から、神を天から追い出そう」というスローガンを採用した。

 神が否定されれば、人間に命令を下す者は誰もいないことになる。人間は、誰に対しても責任を負うことがない。それゆえ、マルクシズムにとって道徳は存在しない。マルクス自身「共産主義者は、この世に道徳などまったく存在しないと主張する」と述べている。

 社会主義革命の第一の意図が、宗教的な部分にあったことを示しているのが、第一インターナショナルをマルクスとともに設立した友人ミハイル・バクーニンである。バクーニンは次のように述べた。

サタンは、永遠の反逆者、最初の自由思考者、世界の解放者である。彼は、人間が、獣のように無知で従順な自らの姿を恥じ入るように仕向けている。サタンは人間を解放し、その額に自由と人間性の印を押し、反逆を促し、知識の実を食べるよう駆り立てる。
(Mikhail Bakunin, God and the State (New York: Dover Publications, 1970), p. 112; cited in ibid., p. 27.)

 バクーニンにとって革命とは、建設ではなく、一方的な破壊である。
この革命において、我々は人々のうちにある悪魔を目覚めさせ、最も卑しい欲情を掻き立てなければならない。我々の使命とは、破壊であって、変革ではない。
(Roman Gul, Dzerjinskii, published by the author in Russian (Paris, 1936), p. 81; cited in ibid., p. 27.)

 彼は、当時マルクスの友人であった社会主義者プルードンも「サタン崇拝者」であると述べた(Hans Enzensberger, Gesprache mit Marx und Engels (Frankfurt-am-Main: Insel Verlag, 1973), p. 17; cited in ibid., p. 407.)。ウァームブランドによれば、「プルードンは、マルクスと同様、悪魔教の一派ジョアンナ・サウスコットの典型的な髪型をしていた」(Op.,cit., p. 27.)。 プルードンは、著書The Philosophy of Miseryの中で、神こそ不義の典型であると述べた。
 神がいなくても、我々は知識を得られるし、社会を建設できる。一歩前進するたびに、我々はそれだけ神に勝利しているのである。
(Pierre-Joseph Proudhon, Philosophie de la Misere (Paris: Union Generale d’Editions, 1964), pp. 199, 200; cited in ibid., p. 28.)

 来い、サタン。小さい者や王たちに中傷されている者よ。神は愚かで臆病。神は偽善者で嘘つき。神は独裁者で貧困。神は悪。祭壇の前で跪く時、王や司祭の奴隷なる人類は非難にさらされる。…私は手を天に伸ばし、誓って言う。神よ、おまえは、私の理性の処刑人…でしかない。…神は、本質的に文明と自由と人間の敵である。
(Ibid., pp. 200, 201; cited in ibid., p. 28.)

 プルードンは、人間が悪なので、その創造者である神も悪だ、と宣言する。このような考えは、彼の独創ではない。サタン崇拝において、このような教えは普通に講壇から語られるからである。マルクスは、後にプルードンと喧嘩別れし、この著書を批判する本を出版するが、経済理論における小さな違いを批判しただけで、その本質部分(つまり、反キリスト教)に反対していない。

【マルクシズムの起源 6】

 共産主義者インターナショナルの事務総長であり、20世紀のマルクス主義理論家であるブハーリンは、12歳の時に黙示録を読み、反キリストになりたいと思った。聖書に「反キリストは大淫婦の子である」と書いてあるため、「母はかつて売春をしていたことを告白した」と述べた。

 しかし、スターリンは、その彼をして、「奴は人間ではない。悪魔だ。」と言わしめた人物である。ブハーリンは、スターリンによって逮捕され、処刑される直前に、妻にこう言った。

私はまもなくこの世を去るだろう。私はうなだれている…。地獄の機械を前にして、助ける者は誰もいない…。
(Roy Medvedev, Let History Judge (New York: Alfred Knopf, 1971), p. 183; cited in ibid., p. 51.)

 ブハーリンは、数百万もの人間を処刑したギロチン――ソビエト連邦――を建設した一人である。その彼が、最後の最後になって、それが地獄で作られたことを知ったのだ。反キリストになることを望んだ彼は、かえってサタンの餌食になった(1917年の革命時にソビエト共産主義者中央委員会の29人のメンバー及び候補者だった者のうち、他人から命を奪われずに済んだ者は4人しかいない)。

 スターリンの義理の兄弟で最も親しい協力者であったカガノヴィッチは、スターリンについて日記の中で次のように述べた。
私は、スターリンが、自分を神にしようとしていることに気づき始めた。彼には人間らしい部分がまったくない。…彼が感情を表す時ですら、それが彼自身から出たものでないように見えた。…ある理由から、私は、彼が永遠に生き長らえるように思えた。…

 ローザ[彼の妻]によれば、彼は、ストッキング以外なにもつけずに、木登りをするという。…スターリンには、普通の人間と考えるにはあまりにも異常な部分が多すぎる。外見では普通の人のように見えるのだが。…

 スターリンは、カガノヴィッチに、常日頃実践している自分の精神的運動について説明した。
 私は、誰かに別れの挨拶をする際に、この人が四つんばいになって、食べたものを吐いている図を想像する。用を足すために席を立つ人に愛着を感じることが時々ある。…私はこの人が大便をし、トイレの空気を吸い込み、おならをし、ものを吐く姿を想像する。でも、この人に同情はしない。彼がこの地上で悪臭を放つのを止めるのが早ければ早いほどよい。私はこの人を心の中から抹消する。

 ウァームブランドによれば、「スターリンの楽しみの一つは、馬の目に緑色の眼鏡をつけて、干し草を緑の草に見間違えさせることであった」(Op., cit., p. 52.)という。彼は、それを人間にも行った。無神論というサングラスを人々の顔につけさせ、神の牧場を見せなかった。カガノヴィッチは次のように述べた。

スターリンは、何度も宗教こそ我々の最大の敵である、と述べた。彼が宗教を嫌ったのには多くの理由があったし、私もその点では同感する。宗教は、ずるがしこくて危険な敵である…。スターリンは、すべての信仰者に対する最良の刑罰は、彼らから子供を引き離すことである、とも述べた…。

 私は、彼がひそかに占星術を行っていると考えている。彼の一面にはいつも驚かされた。スターリンは、神や宗教について語る時にいつも、いくらかでも尊敬の念を抱いているのではないか、と思わせる口ぶりになる。最初、自分の錯覚だと思った。しかし、だんだん、それが事実だと気づいた。この話題が出ると、彼はいつも自分の言葉に気を遣った。…はっきりとしたのは、神や宗教への対し方が非常に特殊だということだ。たとえば、彼の口から直に「神は存在しない」と聞いたことがない。… スターリンの前で、人々は、自分自身の本当の姿を隠した。彼らはみなスターリンをほめたたえ、礼拝した。スターリンが国民を愛していたとは思わない。彼はそれを超えていた。奇妙に聞こえるかもしれないが、スターリンは、以前は神にのみ与えられていた地位に就いたということだ。

 スターリンの協力者の多くが彼を悪魔的と評していることに注意すべきである。ユーゴスラビアの共産主義指導者ミロヴァン・ジラスは、個人的にスターリンをよく知る人物であるが、次のように述べている。
スターリンの悪魔的な力とエネルギーは、「共産主義運動と、それに関わるすべての人々を混乱と麻痺に陥れ、その中で彼の恐怖統治を実現する」際に如実に現われる。…
(Milovan Djilas, Strange Times, “Kontinent,” 33, p. 25; cited in ibid., p. 54.)

 また、ソ連の支配者階級について次のように述べた。
彼らは、未来の無階級社会において社会主義の理想が実現すると信じているふりをしているが、実際のところは、組織的権力以外の何物も信じていないのである。
(Ibid.)

 スターリンの娘スヴェトラーナ・アリルイェヴァは、サタン崇拝についてまったく知識がないにもかかわらず、次のように述べた。
 ベリア(ソ連内務大臣)と、私たちの家族全員との関係は悪魔的であると感じられるのです。…ベリアは、恐ろしい悪魔です。…恐ろしい悪魔が私の父の魂をさらったのです。

 
スヴェトラーナは、「スターリンは、善良と寛容は、最大の犯罪よりも悪いと考えていた」と述べた(Svetlana Alliluyeva, Twenty Letters to a Friend (London: Hutchinson, 1967), pp. 64ff; cited in ibid., p. 54.)。

 スターリンは、マルクスやエンゲルス、バウアーと同様、かつてクリスチャンであった。15歳の時に、最初の詩を書いた。その書き出しは、「大いなるかな。全能の神の御摂理。」であった。召命を感じたので、神学校に入学した(Paloczy Horvath, Stalin (Germany: Bertelmannsverlag); cited in ibid., p. 56.)。しかし、その後、ダーウィン主義に触れ、進化論者になり、ついでマルクス主義者になった。

 彼が最初に自分につけた別名は、「デモノシヴィリ」(Abdurakhman Avtorkhanov, Criminals in Bolshevism (Frankfurt-am-Main: Possev Verlag, in Russian), Grani No. 89-90, pp. 324, 325; cited in p. 56.)であった。これは、グルジア語で「悪魔的」というような意味であった。次につけた別名「ベソシヴィリ」(Abdurakhman Avtorkhanov, The Provenience of Partocracy (Frankfurt-am-Main: Possev Verlag, 1973, in Russian), pp. 198-201; cited in p. 56)も、「サタン的」という意味であった。

 この他にも、マルクス主義の指導者がサタン崇拝者であったことを示す証拠はいくつかある。
ソ連の元帥で赤軍の幹部の一人であり、後のスターリンに殺されたトゥカチェフスキーの娘トロイツカヤは、トゥカチェフスキーが、普通ロシア正教徒がイコンを置く寝室の東角に、サタンの絵を掛けていたと述べた。


 アルゼンチンのテロリスト組織の指導者の一人は、自分に「サタノフスキー」というあだ名をつけた。

 何人かの最もすぐれた知識人を共産主義者に導いた有名なフランス共産主義作家アナトール・フランスは、サタン崇拝の儀式を執り行った。儀式に使用した椅子の肘掛には角がついており、足には山羊の毛皮が巻かれていた(Express, Paris, October 6, 1979; cited in ibid., p. 56.)。

 カール・マルクスの遺体は、イギリスのサタン崇拝者の中心地ハイゲート墓地に埋葬されており、そこでは、黒魔術の神秘的な儀式が執り行われている(Tempo. Italy, November 1, 1979; cited in ibid., p. 57.)。

 ウリケ・マインホフ、エゼリン、その他のドイツ赤色テロリストたちも、オカルトに関わっている(H. Knaust, The Testament of Evil; cited in ibid., p. 57.)。

 毛沢東は、「八歳の時、私は儒教が嫌いだった。私の村には儒教の寺院があった。私の願いは一つだった。それは、この寺院を土台から破壊することだった。」(Manfred Zach, Mao Tse-tung (Esslingen: Bechtle Verlag, 1969), p. 13; cited in ibid., p. 57.)と述べた。

 八歳の子供が自分の宗教を破壊することしか望まない?明らかに異常である。

 悪魔に憑依されると、自分の年齢をはるかに超えた思考をするようになる。まだ中学生だった神戸児童殺傷事件の酒鬼薔薇聖斗が書いた次の詩は、明らかに憑依された人物の精神が本人の年齢と不釣合いであることを示している。
「人生において、最大の敵とは、自分自身なのである。」

 魔物(自分)と闘う者は、その過程で自分自身も魔物になることがないよう、気をつけねばならない。深淵をのぞき込むとき、その深淵もこちらを見つめているのである。
「人の世の旅路の半ば、ふと気がつくと、俺は真っ直ぐな道を見失い、暗い森に迷い込んでいた。」

 すでに引用した青年マルクスの詩と類似しているのがお分かりだろうか。

【マルクシズムの起源 7】

 マルクス主義が成長した19世紀後半という時代は、フランス革命やカント・ヘーゲルによる思想革命が進行した18世紀後半から19世紀前半の結実である。 とくにカントによって、この世界は「人間だけで成立する自律的世界」であるということが理論化された。神は必要に応じて登場する刺身の妻のようなものになり、神と人間の地位が完全に逆転した。 彼らを危険視しないクリスチャンは、19世紀に生まれた彼の弟子たちがどのような人々であったかを見て欲しい。

 マルクスが育った19世紀は、サタン主義が広がりを見せた時代だった。 ロシアの詩人サラグープは「私の父は悪魔である」と述べ、ブリウーノフは「私は主を賛美する。しかし、同時に悪魔も賛美する」と述べた。哲学者ニーチェは19世紀の人である。極端な無政府主義者マックス・スターナーも、最初の理論的同性愛解放論者オスカー・ワイルドも、19世紀の人だ。

 ある意味で、マルクスやニーチェは時代の子である。 しかし、今日、興味本位でサタン的なものを見、聞き、読む人々が、次第にそれに影響され、ついには完全に憑依されて、様々な凶悪事件を起こすように、マルクスもニーチェも、サタン主義の影響を受け、サタンの道に踏み込んだ結果、その霊的子孫を通じて、20世紀にとてつもない破壊をやらかしたのだ。

 ニーチェの霊的子孫ヒトラーとムッソリーニや、マルクスの霊的子孫レーニンやスターリン、毛沢東が行った巨大な破壊の跡を見て欲しい。

 共産主義者による粛清の被害者の総数は全世界で1億人だと言われている(http://www.asahi-net.or.jp/~VB7Y-TD/kak2/1209301.htm)。


平成9年(1997)にフランスで刊行された「共産主義黒書」は、共産主義の犯罪を厳しく検証しています。編者ステファン・クルトワによると、共産主義による犠牲者は、8,000万人から1億人にのぼるとされます。この数字は、ヒトラー・ナチズムによる犠牲者数とされる2,500万人を軽く上回ります。本書は、恵雅堂出版から今年中には翻訳が刊行される予定と聞きます。

クルトワは同書において、共産主義体制により殺害された犠牲者数の国・地域別の一覧を提示しています。それによると、


 我々は、盲目であってはならない。今後、このような犠牲を出さないためにも、共産主義運動を単なる政治的、社会的現象と見るのではなく、その霊的な起源をするどく見極めなければならない。 

【マルクシズムの起源 8】

 マルクスの友人であり、協力者であった、フリードリヒ・エンゲルスは、敬虔なクリスチャン家庭に育った。まだクリスチャン的な影響を持っていた彼が、最初にマルクスと会ったとき、彼の印象を次のように記している。

…トリア出身の黒い人、驚異の怪物。彼は歩きもせず、走りもしない。彼は、飛び跳ね、怒り狂う。あたかも、天蓋をつかんで、それを地上に投げ捨てんばかりだ。彼は腕を伸ばす。邪悪なこぶしをしっかり握りしめ、絶えず怒りののしる。まるで無数の悪魔が彼の髪をつかんでいるかのようだ。
(Franz Mehring, Karl Marx--Geschichte seines Lebens (Berlin: Dietz-Verlag, 1964), pp. 99, 100; cited in ibid., p. 36.)

 エンゲルスは、自由主義神学者ブルーノ・バウアーの著書を読んでから、キリスト信仰を疑いはじめた。彼は心の中に大きな葛藤を覚えていた。

私は毎日、ほとんど一日中、真理を求めて祈っている。疑いを抱いてからずっとそのようにしているのだが、まだ信仰に戻ることができない。このように書いている間も私の目から涙が流れ落ちる。
(Ibid., p. 97; cited in ibid., p. 36.)

 エンゲルスは、ついに信仰に帰ることはなかった。むしろ、かつて「無数の悪魔に髪をつかまれている怪物」と呼んだ人間の仲間となった。

 エンゲルスから信仰を奪ったブルーノ・バウアーとは一体どのような人物なのだろう。 バウアーは、はじめ保守派の陣営にあり、聖書批評家と戦っていた。しかし、後になって、自分自身が聖書を批評するようになり、イエスは単なる人間に過ぎず、神の子ではない、と言い出した。彼は、マルクスとエンゲルスの共通の友人であるアーノルド・ルーゲに宛てた手紙(1841年12月6日付)の中でこう語った。
この大学で、私は、大勢の学生の前で講義をしている。教壇から冒涜の言葉を述べる時、私は自分ではなくなっている。冒涜の言葉があまりに激しいため、…学生達の髪の毛はずっと逆立ったままだ。冒涜の言葉を吐きながら、私は、自宅での自分の姿を思い浮かべている。聖書を弁護するために、敬虔な気持ちで文章を書いている姿を。とにかく、教壇に上るたびに、私は悪魔に憑依されるのだ。私はとても弱い。どうしても悪魔に負けてしまう。…教授として、権威を帯びて公然と無神論を講義しない限り、私のうちにある冒涜の霊は満足しないのだ。
(Bruno Bauer, letter of December 6, 1841 to Arnold Ruge, MEGA, I, 1 (2), p. 263; cited in ibid., p. 37.)

 マルクスと同様、エンゲルスに共産主義者になるように説得したのは、モーゼズ・ヘスであった。コロニュでエンゲルスと会った後で、彼は次のように述べた。
私と別れる時に、彼は熱心な共産主義者に変わっていた。これが、私の破壊のやり方だ…。
(A Melskii, Evangelist Nenavisti (Berlin: Za Pravdu Publishing House, 1933, in Russian), p. 48; cited in ibid., p. 37.)

 クリスチャンの信仰を破壊することが、ヘスの人生における最高の目的なのか?なんと悪魔的なのだろう。若い頃、エンゲルスは、次のような詩を書いた。
神のひとり子なる主イエス・キリスト、
ああ、天の御座から降りてきて
私の魂を救ってください。
まったき幸いのうちに、
御父の聖き光のうちに、降りてきてください。
私があなたを信じ受け入れることができるように。
なんと心地よく、栄光に満ち、幸いなのだろう、
救い主なるあなたをほめたたえる時に得られる喜びは。

私が最期の息を引き取る時、
死の苦しみを耐えなければならない時、
私があなたに固くつながっていられますように。
私の目が暗闇に覆われ、
私の心臓が鼓動を止め、
あなたにあって、私の体が冷たくなっていく時に、
私の霊が天において、
あなたのうちに安らかなあなたの御名を
永遠にほめたたえることができますように。

ああ、喜びの時がすぐに来ればよいのに。
あなたの愛の御胸から、
躍動する新しいいのちを引き出すことのできるその時が。
その時、ああ神よ、私は、あなたに感謝しつつ
愛する人々をこの腕の中で永遠に抱きしめることでしょう。
永遠に生きておられる主のために、
私の命は新たにされるでしょう。

主は人間を死と罪から解放し、
全地に祝福と幸いをもたらすために来られる。
その時、あなたの新しい子孫はみな、
地上においてまったく新しくされるでしょう。
あなたは各々に御自身の分け前をお与えになるでしょう。
(Friedrich Engels, letter of July 1839 to the Graber brothers, p. 531; cited in ibid., p. 39.)

 ブルーノ・バウアーによって疑いを植え付けられた後で、エンゲルスは、何人かの友人に手紙を書いた。
 聖書には、「求めなさい。そうすれば与えられます」と書かれている。真理のひとかけらでも見つけることができそうな時は、私は必ずそれを捜し求める。しかし、私はあなたがたが説いている真理が永遠のものであると考えられないのだ。しかし、「探しなさい。そうすれば、見つかります。自分の子供がパンを求めている時に、石を与える親がいるだろうか。まして、天におられるあなたがたの御父があなたがたによくしてくださらないことがあるだろうか」ともある。

 このように書いている間にも、私の目には涙がこみ上げてくる。私の心は[疑いによって]すっかり揺り動かされてしまった。しかし、自分が失われるとは思わない。私は、私の魂が慕い求める神のもとに帰るだろう。このことも、聖霊の証である。その証によって、私は生き、また死ぬ。…御霊は、私が神の子供であることを証言している。
(Ibid., Friedrich Engels, letter of July 1839 to the Graber brothers, p. 531; cited in ibid., p. 39.)

 エンゲルスは、サタニズムの危険性を十分に認識していた。『シェリングと黙示録』の中でこう述べた。
 恐るべきフランス革命以来、まったく新しい悪霊が人類の中に入り、不信仰が非常に大胆かつ巧妙に侵入している。そのため、私は、現在、聖書の預言が成就しつつあると思うのだ。まず、終わりの時の背教について聖書がどのように述べているか見てみよう。主イエスは、マタイ24章11-13節において次のように言われた。「また、にせ預言者が多く起こって、多くの人々を惑わします。不法がはびこるので、多くの人たちの愛は冷たくなります。しかし、最後まで耐え忍ぶ者は救われます。」そして、24節で、「にせキリスト、にせ預言者たちが現われて、できれば選民をも惑わそうとして、大きなしるしや不思議なことをして見せます。」と言われた。また、聖パウロは第2テサロニケ2章3節において「だれにも、どのようにも、だまされないようにしなさい。なぜなら、まず背教が起こり、不法の人、すなわち滅びの子が現われなければ、主の日は来ないからです。彼は、すべて神と呼ばれるもの、また礼拝されるものに反抗し、その上に自分を高く上げ、神の宮の中に座を設け、自分こそ神であると宣言します。…[不法の人の到来は、]サタンの働きによるのであって、あらゆる偽りの力、しるし、不思議がそれに伴い、また、滅びる人たちに対するあらゆる悪の欺きが行なわれます。なぜなら、彼らは救われるために真理への愛を受け入れなかったからです。それゆえ神は、彼らが偽りを信じるように、惑わす力を送り込まれます。それは、真理を信じないで、悪を喜んでいたすべての者が、さばかれるためです。」と述べた。

 さらに、
 我々は、主に対して無関心や冷淡であってはならない。絶対に。これは公然たる敵意である。今や、あらゆる教派や党派の中に見られるのは、「クリスチャン」か「反キリスト」のいずれかだ。…我々の周りには、にせ預言者がいる。…彼らはドイツ中を旅し、いたるところに忍び込もうとしている。彼らは、市場においてサタンの教えを伝え、サタンの旗をかかげて町から町へと移動し、哀れな若者をたぶらかし、彼らを地獄と死の深淵の中に放り込もうとしている。

 そして、この本を黙示録の言葉で締めくくっている。
 見よ。わたしは、すぐに来る。あなたの冠をだれにも奪われないように、あなたの持っているものをしっかりと持っていなさい。アーメン。
(Friedrich Engels, Schelling und die Offenbarung, MEGA, pp. 247-249; cited in ibid., p. 40.)

 このようにサタニズムの危険について警告を発し、敬虔な詩を書き、涙ながらに自分の救いについて祈ったクリスチャンが、マルクスの親友となり、世界において一億人を粛清・虐殺する運動の指導者になったとは、なんという悲劇だろう!

 我々から信仰を奪い、悪業に引き込むきっかけを作るのは、聖書に対する疑いである。
サタンの方法は、エデンの園以来、変わらないのである。

【マルクシズムの起源 9】

 レーニンの親友にして協同者トロツキーによれば、レーニンは16歳の時、自分の首にかかっている十字架をひきちぎり、それを地面に投げ捨て、その上に唾をかけ、足で踏みつけたという。これは、どのサタン礼拝においても行われる典型的な儀式である。

 彼がサタニズムに影響されていたことは、1913年11月13−14日にマクシム・ゴーリキーに宛てた手紙から明らかである。

無数の罪、悲劇、抑圧、肉体的伝染病は簡単に目につくので、霊である神に関する考えよりも安全である。…
(V. Illitch Lenin, Complete Works (Moscow: Politica literature Publishing House, 1964, in Russian), Vol. 48, pp. 226, 227; cited in ibid., p. 49.)

 さらに、
無神論は、マルクス主義の一部である。マルクス主義は唯物論である。我々は宗教と戦わねばならない。これは、すべての唯物論のABCであり、それゆえ、マルクス主義のABCでもある。
(Quoted in Wurmbrand, op. cit., p. 59.)

 レーニンが唱えた戦略が、サタンの無律法主義から出ていることは明らかである。
「我々は、姦計、妙計、トリック、詐欺、非合法な方法、真理の隠蔽、秘匿など何でも利用せねばならない。大切なのは、[方法の合法性ではなく、]資本主義国同士が互いに争い取ろうとしている利権の奪取である。」
(Quoted in Wurmbrand, op. cit., p. 59.)

 共産主義者は、体制の崩壊と社会主義国の建設という大義のためならば、方法を選ばない。詐欺であろうが、殺人であろうが、目的を達成するためならば、何でもやる。 マルクスは次のように述べた。
 共産主義者は、自分の意見や計画を隠さない。彼らは公然と「我々の目的は、既存の社会構造の全体を暴力的に転覆させることを通してのみ達成される」と主張する。

 さらに、
 旧体制の死に伴う激しい痛みと、新しい体制の誕生に伴う激痛の時を短くするには、方法は一つしかない。革命的テロリズムだけが、これらの苦しみを単純化し、集中化する唯一の方法である。
(MEW, V, p. 457 cited in ibid., p. 58.)

 サタンに従うあらゆる者が、最後にサタンに裏切られるように、レーニンも、自分がはじめたロシア革命によって裏切られた。
 我々が期待するとおりに国は機能していない。…人間が運転席に座って動かしているように見えるのだが、クルマは彼の期待する方向に動かない。何か別の力が動かしているのだ。

 サタンは究極のエゴイストであり、常に自分のことにしか関心がない。そのため、サタンに力を借りて成功をはかる人間は、ある時点で、自分がサタンに利用されていることに気づく。しかし、気づいた時には、「時すでに遅し」である。サタンは、自分を思いのままに動かし、引きずりまわしはじめる。そして、自分がはじめた事業そのものが自分の首を絞めるようになる。 サタンに従う人間の結末は絶望である。 レーニンは1921年の手紙の中で次のように述べた。
 我々は、臭いロープを首に巻きつけられて処刑されればよいのだ。私はずっとこの希望を失わなかった。というのも、我々は汚らわしい官僚制度を非難できていないからだ。…
(V. Illitch Lenin, ibid., Vol. 54, pp. 86, 87; cited in ibid., p. 49.)

 臭いロープを首に巻きつけられて絞首刑にされること…。これが、共産主義の国家を作るために、一生を捧げた人物の最後の希望だった。レーニン自身の上にこの希望は実現しなかったが、彼の同労者の上に成就した。すでに述べたように、1917年の革命時にソビエト共産主義者中央委員会の29人のメンバー及び候補者だった者のうち、他人から命を奪われずに済んだ者は4人しかいない。

 奇妙なことに、レーニンは13歳の時に、自分の人生の結末を予期する詩を書いている。
 おまえは、他者のために人生を捧げるが、哀れなことに、悲しい運命がおまえを待ち受けている。おまえの犠牲は、結局、いかなる実も結ばないだろう。
(”Budilnik,” Russia, No. 48, of 1883. Quoted in The New Review, New York: 140/1980, p. 276 cited ibid., p.50.)

 この予言のとおり、彼は、死の床において次のように述べた。
 私は、大きな間違いを犯した。私は、無数の犠牲者から流れ出る血の海の中で茫然自失している。これは、悪夢だ。今更戻るには遅すぎる。われらが祖国ロシアを救うには、アッシジのフランシスのような人間が必要だったのだ。このような人間が十人いれば、我々はロシアを救うことができただろう。
(Quoted in Wurmbrand, op. cit., p. 59)

 他者のために、祖国ロシアのために、人生を捧げたはずだった。しかし、現実に得られたのは、革命によって粛清された無数の人々の血の海と、累々と積み上げられた犠牲者の死体だけだった。 レーニンの失敗の原因は、ただ一つ、味方につけた者が間違っていたということである。 裏切り者サタンの側に立ち、神の側に立たなかった。 それに対して神の側についたパウロの言葉を見てみよう。
 「私が世を去る時はすでに来ました。私は勇敢に戦い、走るべき道のりを走り終え、信仰を守り通しました。今からは、義の栄冠が私のために用意されているだけです。かの日には、正しい審判者である主が、それを私に授けてくださるのです。私だけでなく、主の現われを慕っている者には、だれにでも授けてくださるのです。」(2テモテ4・6−8)

 サタニストは、究極の愚か者である。仮に遊びのつもりであっても、サタンから力を借りてはならない。

【マルクシズムの起源 10】

 マルクスは、革命の起源はサタンだと述べた。

 中産階級や貴族…を迷わせる標識の中に、我々の勇敢な友ロビン・グッドフェローの姿を認めることができる。彼は、革命の先駆者として、地中において非常にすばやく活動できる、年老いたモグラである。(Karl Marx, Short speech for the 4th birthday of the newspaper chartist: "People's Paper" 1856.)

 ロビン・グッドフェローとは、16世紀の伝道者ウィリアム・ティンデイルが悪魔を指すために使用した名前である。シェークスピアは、『真夏の夜の夢』において彼を「夜歩く人々を迷わせる悪霊」と呼んだ。

 マルクスによれば、彼は「革命のために活動する」「勇敢な友」である。

 さらに、共産主義とサタン崇拝との関係を示すのは、「ペルガモの祭壇」である。世界的に有名なベデカー旅行ガイド書によれば、ベルリン市の博物館(Museuminsel)には、1944年までゼウスを祭ったペルガモの祭壇があったという。ドイツの考古学者がそれを発掘し、ヒトラーの時代、ドイツの首都の中心部に置かれていた。黙示録2章12−3節によれば、当時、ペルガモはサタン礼拝の中心地だった。
 また、ペルガモにある教会の御使いに書き送れ。鋭い、両刃の剣を持つ方がこう言われる。「わたしは、あなたの住んでいる所を知っている。そこにはサタンの王座がある。…」

 スウェーデンの新聞Svenska Dagbladet(Stockholm)1948年1月27日号によれば、ペルガモの祭壇は、

(1)ベルリン占拠後、ソビエト軍がドイツからモスクワに運んだ。この祭壇の寸法は縦127フィート[約38メートル]、横120フィート[37メートル]であった。

(2)レーニン廟を設計したシチューセフは、この祭壇をモデルにした。
(Quoted in Wurmbrand, op., cit., p. 111.)

 モスクワに運んだ後、ソビエトのどの博物館においても展示されていない。では、なぜソ連政府は、ペルガモの祭壇をモスクワに運び入れたのか?

 ウァームブランドは、「ソビエトの最高幹部たちは、サタン崇拝をしている」と述べ、その目的のために利用された可能性もある、と述べた(Wurmbrand, op., cit., p. 111.)。

 参考:ペルガモの祭壇と世界大戦とソビエト連邦


【マルクシズムの起源シリーズについて】

 今から10年前に『マルクスとサタン』というR・ウァームブランドの著書を読み、マルクス主義がサタンの運動であることを知って、いつかこれを日本の読者に紹介したいという思いがありました。

 今回の一連の文章は、共産主義ルーマニアでクリスチャンのゆえに逮捕・拷問を受けて奇跡的に出国した彼の考察に負うところが多かったのです。私はただ紹介させていただいただけでございます。

 ウァームブランドは、著名なルーマニア人伝道者イリエ・コロアマ氏と親友であり、彼らは2人とも、日本古代にユダヤ人が来て、日本文化の基礎を作ったと考えているという点も興味深いです。

 神が人々の前でマルクス主義の正体を暴いてくださり、この世界にはサタンが実在し、我々を地獄に落とすために活動しているということを読者に示してくださることを、希望します。 

2004年2月7日


 マルクスの超素顔
封印されていた闇の超権力(サタニスト)との関係
在田実/ 著
2009/02/11発売
ISBNコード: 978- 4-19-906052-6
判型/仕様: 文庫
定価: 680円(税込)

内容紹介

 なぜ共産主義は、これほど激しいクリスチャンへの迫害を行ったのか?マルクス主義の目指した真のゴールはどこにあったのか―本書は信頼される著者ウォンブランド師がその著『マルクスとサタン』によって調査追求した事実に依拠している。その書は共産主義の国では非難攻撃され、日本では翻訳出版が許されなかったものである。




(私論.私見)