32585 共同戦線論考

 (最新見直し2007.8.17日)

 (れんだいこのショートメッセージ)

 まだ舌足らずでは有るがとりあえず次のように述べておく。「ここで最近気づいたことを述べる。

 「従来、左派潮流の共闘を統一戦線と表現してきているが、これは正式には共同戦線と表現すべきではなかろうか。ニュアンスの違いではあるが、統一戦線という表現には、マルクス・レーニン主義者党を自認する党中央を絶対の正しき党と見なした上で、他党派との共同をマヌーバー的な戦略上の妥協として導入するものの、実際には党中央を奥の院に据えており、その睨みの構図の中で党フラクション組織としての大衆団体、労働組合、その他組織を結集させ、その周りに他党派の取り込みをも図るという手前勝手且つ虫の良い構図が見られる気がしてならない。そういう観点からであろうが、実に適切に統一戦線と呼称している。れんだいこはしかし、この種の統一戦線論は邪道と排斥したい。

 左派運動には統一的なものと共同的なものがある。れんだいこが思うに、統一的なものは極力抑制的であるべきではなかろうか。なぜなら、人も党も間違いやすく、そういう間違いを抱えたままに類が友を呼ぶ法理を踏まえ、その是正の為にも党内には異論と派閥が常在的に認められるべきであり、党大会でも執行部原案に対する党内反対派の対案が提起され、議論がかまびすしく為されるべきであろう。党内でミニチュア的に実践したその同じ論理と作法で、他のどのような組織とも課題毎に時局に応じて共闘を目指すというのがこの種の運動に本来期待されていることなのではなかろうか。

 という訳で原義に基づき、れんだいこは以降統一戦線なる呼称は使わずに共同戦線と表現することにする。但し、現下日共党中央の呼びかけで為されるその種の運動は統一戦線運動と見なしても良かろう。ちょっとの認識上の違いであるが、意味するところは運動観の世界が変わるほど大きな違いでもあるように思われる。れんだいこはこれを、ロゴス統制派対カオス開放派の根源的な気質闘争と見立てている。問題は、両者のどちらの派が支配権を握り上に立つべきかという事になる。これこそが真の権力闘争ではなかろうか」。

 以下で統一戦線について考察するが、日共系の解説が如何にデタラメであるかにつき確認できよう。この無茶苦茶解説に合点する者がいたとしたらそれは稀有なる能力人士であろうか逆であろうか。史実は、かような解説をのさばらせてきた。それは、日本左派運動の見識の低さを物語っていよう。

 参考までに、マルクスの「共産主義者同盟への中央委員会の挨拶」は次のように述べている。(翻訳の検証をしていないが)

 「共通の敵と闘う場合、何も特別な提携を必要としない。こうした敵が直接克服されなければならなくなるやいなや、両党派の利害は一時一致する。そして今までのように将来においても、この、目先のためだけの結合は自ら作り出されるであろう」。
 概要「民主主義的小ブルジョアは、できるだけはやく、革命を終息させようと思っているが、プロレタリアートの任務は、世界の全ての主要国の少なくとも決定的な生産諸力がプロレタリアの手に集中されるまで、革命を永続させることにある」。

 なお、れんだいこは、共同戦線理論の原則になるスタンスを「論理と理論と見解と方針の違いと相関について」で検討している。

 2004.3.6日再編集 れんだいこ拝



【日共式「革新統一戦線」考】
 日共系の全解連サイトの用語解説で、「革新統一戦線」につき次のように説明されている。れんだいこはこれに逐条コメント付けながら咀嚼してみる。
 その一、「統一戦線とは、政治理念や世界観、目的や性格のちがう政党、団体、個人が、それぞれのちがいを持ちながらも、共通の目標を実現するために、共同の意思にもとづいてつくる、共同闘争の組織です。統一戦線のかかげる政治課題と目標、およびその階級的構成は、それぞれの国における革命の性格と段階、階級闘争の条件によってきまります。

(私論.私見) 「統一戦線」なる呼称について

 政治理念や世界観、目的や性格のちがう政党、団体、個人が、「それぞれのちがいを持ちながらも、共通の目標を実現するために、共同の意思にもとづいてつくる、共同闘争の組織」ならば、「共同戦線」で良いではないか。それをなぜわざわざ「統一戦線」と言い表そうとするのだろう。

 「統一戦線のかかげる政治課題と目標、およびその階級的構成は、それぞれの国における革命の性格と段階、階級闘争の条件によってきまります」と云うのは結構だが、「決まります」で逃げるのは卑怯だ。誰があるいはどこの機関が、「それぞれの国における革命の性格と段階」を決めるのか。「階級闘争の条件によってきまります」も同じく誰が認定するのか。ここを曖昧にしたままの「統一戦線論」はいただけ無い。

 その二、「統一戦線の実現には、共同の政策目標(たとえば革新三目標)と、共同の意思の存在を必要な要件とします。統一戦線の破壊を目的とする極左暴力分子を統一戦線の結集から排除するのは当然のことです。このほかに政党や団体の組合わせを優先して政策目標をそれに合せようとしたり、世界観や革命の方法への意見のちがいなどを理由に団結をこぱみ、さまたげたりすることは、統一戦線の結成をまじめに考えようとしていないもののすることです」。
(私論.私見) 「排除の論理」の当然視について

 この文章は全体に同義反復的悪文で構成されている。「統一戦線の実現には、共同の政策目標(たとえば革新三目標)と、共同の意思の存在を必要な要件とします」は、これはこれで良かろう。問題は、「統一戦線の破壊を目的とする極左暴力分子を統一戦線の結集から排除するのは当然のことです」の一文である。「統一戦線の破壊を目的とする極左暴力分子」なる規定が胡散臭い。「統一戦線の破壊を目的としているかどうか」は誰が判定するのか。「極左暴力分子」の「極左」も「暴力」も同様で誰が判定するのか。「排除するのは当然のことです」も然り、判定基準が曖昧なものは「当然です」にはならない。むしろ、この論法を操る者こそ、「共闘戦線から排除されて当然」では無かろうか。漫然と「排除の論理」を書き記す行為こそ最も共同戦線運動に背馳しているであろう。

 続いて次のように述べている。
 「このほかに政党や団体の組合わせを優先して政策目標をそれに合せようとしたり、世界観や革命の方法への意見のちがいなどを理由に団結をこぱみ、さまたげたりすることは、統一戦線の結成をまじめに考えようとしていないもののすることです」。

 これを、日共が云うのは滑稽であろう。確かに、共同戦線とは、主義主張の違う党派ないし大衆組織ないし個人が「一定の政策目標の合致」により創り出す共同闘争である。してみれば、「一定の政策目標の合致」運動ことが眼目であり、「政党や団体の組合わせを優先して政策目標をそれに合せようとする」、「世界観や革命の方法への意見のちがいなどを理由に団結をこぱみ、さまたげたりする」ことは控えるべきであり、共同戦線論に従う限り原理的に有り得ないか、それを従とするからこそ共同闘争に参加する訳である。

 しかし、原水禁運動を見ても、「政党や団体の組合わせを優先して政策目標をそれに合せようとしたり、世界観や革命の方法への意見のちがいなどを理由に団結をこぱみ、さまたげ」てきたのは、日共自身ではないか。当の本人が、ぬけぬけと「統一戦線の結成をまじめに考えようとしていないもののすることです」とはよく言うわ。
 その三、「それだけに、統一戦線を発展させるためには、団結を強めるための不断の努力、つまり団結をやぶる傾向への正しい批判、論議がなされる必要があります。また統一戦線の結集にとって最大の障害物となっている、反共主義とのたたかいが重視されます」。
(私論.私見) 「排除の論理」の更なる記述について

 このように二重に「排除の論理」を書き記す必要がどこにあろうか。この解説こそ、共同戦線の精神にもっとも矛盾しているであろう。「反共主義とのたたかいが重視されます」とあるが、「反共主義であるかないのか」につき誰が判断、裁定するのだろう。非常に杜撰且つご都合主義な論理構造になっているのが分かる。
 その四、「革新統一戦線運動は、1960年の安保闘争、67年の東京都知事選挙の勝利をきっかけとして全国にひろがり、多くの革新自治体を生みだしました。78年3月の共・社両党の党首会談では、国政レベルの統一戦線の結集をめざすとの合意が成立して、革新統一戦線の形成に明るい展望をあたえました。しかし社会党は80年1月、公明党と連合政権の合意をとりかわし、共産党を政権協議の対象としないとの公明党の政治原則を受入れ、同時に安保条約と自衛隊の当面存続をきめるなど、一方的に78年合意を破棄し、革新統一戦線に背を向けました」。
(私論.私見) 「社会党批判の論理」について

 「革新統一戦線運動」は、共同戦線の成果であった。これが破壊された要因として社会党の党利党略を問題にしているが、果たして社会党のみの責任であったのであろうか。これは史実を確認していけば判明する事であり、おいおいに実態検証していこうと思う。

 「同時に安保条約と自衛隊の当面存続をきめるなど、一方的に78年合意を破棄し、革新統一戦線に背を向けました」などと批判しているが、「2004不破綱領」採択後の今日においては、日共のかような社会党批判は既にお笑いだろう。
 その五、「この背信をきっかけにして、革新統一と政治革新という『目標の一致、共同の意思の存在』との運動の原則に立って、80年5月、社会党の支持者をふくむ民主的な人たちと、共産党などのよびかけで『平和・民主主義・革新統一をすすめる全国懇話会』(全国革新懇)が結成されました。今日、革新懇は450万人の団体・個人を結集する一大潮流として大きな役割を果たしつつあります」。
(私論.私見)「全国革新懇」について

  「全国革新懇」のその後と今日どうなっているのかを問えば、これも既にお笑いだろう。

 その六、「『基本方向』で統一戦線・革新統一戦線の用語のでてくる箇所は、・解同は統一戦線勢力でない、・部落問題の解決は運動が統一戦線の一翼を担うことで可能である、・当面の課題である国民融合の促進、独占資本と反動勢力に対する民主的規制は、民主的な政府によって完全におこなわれるが、その政府を築く革新統一戦線の強化をめざす、となっています。

(私論.私見) 「解放同盟に対する露骨な敵対論理」について

 社共共同戦線運動を通じて全国に革新知事が生まれたが、この革新知事たちが翻弄されたのは決まって日共と解放同盟の抗争であった。れんだいこがこれを正確に凝視すれば、国民的欲求として生み出された時代の波としての地方自治体レベルでの革新系首長系ネットワークを潰しにかかったのは日共党中央であった。「解放同盟問題」はその好餌であった。そういう立場に据えられた解放同盟を規定した次の論法、1・解同は統一戦線勢力でない。2・部落問題の解決は運動が統一戦線の一翼を担うことで可能である。3・当面の課題である国民融合の促進。4・独占資本と反動勢力に対する民主的規制は、民主的な政府によって完全におこなわれる、なる珍論を俎上に乗せてみねばなるまい。

 「その政府を築く革新統一戦線の強化をめざす」という文章も如何にも日共系の犯罪的な規定でしかない。いわゆる共同戦線も革新統一戦線も「その政府を築く」ことに向かう事は良いとしても、「それで全てが解決されるのでものでもなく、従って、個別闘争を控えるものでもなく、『政府を築く』為の運動に流し込まれるものでもない」。にも拘らず、「民主的な政府によって完全におこなわれる」なる漫画的ペテン指針を掲げ、これに整列させようとする党派運動こそ最も共同戦線運動に相応しからざる行為ないし論法と云えよう。
 その七、「なお、革新三目標とは、・日米軍事同盟と手をきり、真に独立した非核、非同盟、中立の日本をめざす、・大資本中心、軍拡優先の政治を打破し、国民のいのちとくらし、教育をまもる政治を実現する、・軍国主義の全面復活・強化、日本型ファシズムの実現に反対し議会の民主的運営と民主主義を確立する、ことです。
(私論.私見) 「排除の論理」の更なる記述について

 これは如何にも宮顕・不破系日共党中央の指針そのものであり、純党派的見解に過ぎない。「共同線戦」を説明する項目に、この方針を強く掲げる姿勢こそ最も敵対的且つ破壊的共闘戦線運動屋である正体の馬脚をおのずから露呈しているであろう。

 尤も、だから共同戦線と表記せずに統一戦線と書いているのだと云われればその通りであるが、それなら冒頭で「それぞれのちがいを持ちながらも、共通の目標を実現するために、共同の意思にもとづいてつくる、共同闘争の組織」なる規定をしなければ良いのに。つまり、支離滅裂な解説になっているということである。

【日共式「革新統一戦線」考】
 さざなみ通信の「組織論と運動論討論欄」の「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏の2006.5.5日付け投稿「日本共産党のセクト性〜新社会党との共闘撤回について」を論評する。

 「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏は、「共産党が新社会党との共闘を撤回した件」に対して、「日本共産党のセクト的な部分が見えているとおもう」として批判している。それによると、共産党が新社会党との共闘を撤回した理由として、「新社会党と部落解放同盟との接点」を挙げているとのことである。共産党が、解放同盟と長く対立関係にあることは周知の事実である。しかし、これを理由にして新社会党との共闘を撤回することは正当でありや否や、ということになる。

 「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏のこたびの投稿は、現に進行しつつあるこういう事態を告発した点で意味がある。れんだいこの共同戦線論からすれば、マルクスーエンゲルスの共著「共産主義者の宣言」が何度も戒めている許し難い党利党略でありセクト的対応という事になる。そういう連中が、マジメに左派運動を担ってきた者達に対してまでも反共批判している様が狂っている。お前達こそが真に反共者ではないのか。そういう反共者が共産党党中央の座椅子から左派系他党派を反共として罵詈雑言していることほど不快な事はない。


 これに関連して、風来坊氏が、解放同盟との対立を理由にするのであれば、解放同盟中央本部の松岡書記長などを出している民主党との関係も然りとすべきではないか、これが筋ではないか、と述べているとのことである。確かにそうで、日共党中央は、これに弁明すべきだろう。公党が理論的に整合しないことを野放しにしておく訳にはいくまい。

 「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏は、「新社会党との共闘をやめたのは、新社会党が弱く社民党のほうが議席があるからではなくて、兵庫県の新社会党の強さに日本共産党が嫉妬しているがためだとおもう」、「社民と新社会の共闘にすねているのである」、「社民と新社会の共闘候補が出てきたことに鼻持ちならない思いをしたということなのだろう」と推量している。

 これによれば、新社会党と社民党の選挙協力が進んでいる折柄、一部の下部組織で行われている日共と新社会党の共闘は好ましくないとする観点で、こたび日共党中央がそれを牽制したということになるようである。日共党中央のこの新通達は何を意味するのだろうか。

 しかし、それにしてもおかしな話である。新社会党と社民党が選挙協力するのは共に旧社会党出自からしてみて当たり前のことである。日共が一々目くじらすることではなかろう。日共党中央は何ゆえに目くじらするのか。「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏は、選挙の有利不利の観点からの日共の党利党略を批判しているようだが、果してそれで説明がつくだろうか。

 「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏は次のように指摘している。先の沖縄選挙区において、照屋寛徳社民党候補を沖縄社会大衆党が推薦した。日共は、独自候補をたてた。こうして革新共闘はぶっ壊された。沖縄大田革新県政が終わり、次の革新共闘を候補者として選定するときも、元副知事の社民系候補を嫌って、共産党は対抗候補を立てようと策動したりと、沖縄革新共闘の揺らぎを自ら牽引させてしまうこともあった云々。

 「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏は、結論として次のように述べている。

 「このように、日本共産党は、革新共闘や組合や解放運動をセクト的に分裂してきたのである。本当に、日本の右傾化に対抗したいのであれば、今こそ新社会党と共闘関係を戻しつつ、社民党とも共闘をつよめていくしかないのだと私は考える」。

 「反戦・反ファシズム・日本国憲法擁護連合」氏の願望は至極真っ当である。問題は、日共党中央の対応の変調さに気づきながら、それを強く批判するのではなく淡い願望で締め括っていることにある。「日共党中央問題」は、そういう話せば分かる問題ではないことに気づくべきではなかろうか。彼らは、意図して階級情勢の左傾化への妨害を策しているのではないのか。この連中を執行部から一掃する以外に解決しないのではないのか。こう問題を立てるべきではなかろうか。あたかも法皇に対するようなへりくだった対応は、法皇をのさばらせる因になりはすまいか。せめてこの程度には認識が向うべきだろう。

 れんだいこは、その先の要因を突き詰めて、宮顕ー不破系日共党中央の変調性にまで言及している。れんだいこは、そこまで認識を共にせよとまで云うつもりではない。しかれども、現に在る指導の変調振りとその批判については批判を共にしたいと思う。

 2006.5.8日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評317 れんだいこ 2007/08/07
 【れんだいこの小田実追悼】

 如往さんちわぁ。ちょっと酔眼なままにあるいは酔眼故に書かせていただきます。

 ベ平連創設の中心人物であった故小田実氏の告別式に参列したとのことご苦労様です。「日本は、否、世界は、反権力運動の巨星の一つを失った」とまでは高く評価しませんが、良心的な市民主義活動家の有能なかってのリーダー、精神的支柱を失ったのは事実でせうね。

 れんだいこは、学生時代、べ平連運動をあまり高く評価していませんでした。それは多分に日共系の論法に汚染されていたからです。当時の日共指導者の宮顕は、この時もべ平連運動に敵対し終始冷や水を浴びせていました。(その例証は省きます)しかし、今翻って思うのに大変貴重重要な働きをしていたと思い直しております。少なくとも、あの時点で、既成社共運動に何の期待もせず別の形の左派運動を展望したのは卓見でした。既成社共運動が体制内に飼われていることを知れば知るほど対蹠的にそれに反発したべ平連運動の良さを感じます。

 そのべ平連に限界があるとすれば、既成社共運動に幻滅することで党派的な政治運動そのものを否定し過ぎたのではないか、既成社共運動の評価と政党運動そのものの評価は別の物差しでせねばならぬのに混同してしまった。故に党派運動ではない市民運動を展望し過ぎたのではないかと思っております。

 どういうことかというと、市民運動は独自の運動体として機能すべきで、それは政党運動を排除しない、或る時は政党の下僕となり或る時は政党運動をも指導するという自由自主自律的な在り方を目指すべきではなかったか。丁度全共闘運動が党派に属さずの指導者達をヘッドにしていたように。

 全共闘運動は結局は8派連合の重みに耐え切れず分解しましたが、在り方としては高等にして理想的であったと思います。べ平連も、小田氏らが党派を寄せ且つ組み敷くような関係で運動展開すればもっと良かったのではなかろうか。但し当時の情況からして有り得なかったのかも知れない。

 けれども理論上はそういうことが云えると思います。政党運動を排除せず、それらをも巻き込むもっと上等な市民運動の創出と云うのは今もテーマで有り続けているのではなかろうか。それはリーダーが無所属であるべきというのを意味しない。特定党派の代表が市民運動の代表であっても一向に構わない。問題は、そのリーダーが見識を発揮させ、幅広く目配りし、市民運動も参加党派の内実をも質的に高めるような英明な指導ができるかどうかにある。

 補足すれば、党派連合になると無所属にされる、党派の代表なのに無所属で出馬するというのは日共流で姑息です。我々が目指すべき運動は、あくまで党派を押し出してなお且つ他の党派が相乗りする共同戦線であり、或る時はA党派が代表になり或る時はB党派が代表になるべきではないでせうか。それは選挙でも同じです。民主党と国民新党と社民党が共同候補を立てた時、無所属で出る必要は一切無いと思います。現実は無所属で出るような変な決まりがあるようです。それは日共流に汚染されているのだと考えます。今時の日共から学ぶべきものは何一つ無い、こう弁え全て一から創造すべきです。これもいつか言いたかったことです。

 もとへ。そういう限界を持ちながらも、小田氏は日本左派運動にルネサンス的な自由自主自律的な在り方を提起し、それなりに実践しました。当時のベトナム反戦運動に多大な寄与をしました。実によくやったと思います。惜しむらくは、べ平連という名称に関係してか、ベトナム反戦運動一本に終始してしまったことです。これは小田氏の責任と云うより、あれはあれで良く、次に続く者が次の政治課題を見つけての共同戦線運動を創出できなかったことです。それは恐らく共同戦線理論の未熟から抑止されているのだと思います。

 しかし気づけばよい。気づいたところから積み木していけば良い。崩されても次第に賢くなり強く丈夫なスクラムになる。何事もやらねば始まらない。そういう意味で新たな小田実運動を創出することこそ真の弔い手向けになるのではないでせうか。小田さんに合唱

 2007.8.7日 れんだいこ拝





(私論.私見)