32511三論 資本論の構成


「佐々木信男論文集」『資本論』をひとりよがりに読むシリーズより
 『資本論』を読んでいく上で、まず気をつけたいこととして『資本論』はとにもかくにも未完成であるということ、このことをまず我々は留意する必要があるのではないか。

 現在、普通に知られているマルクスの『資本論』は第1巻「第1部 資本の生産過程」(初版1867)、第2巻「第2部 資本の流通過程」(1885)、第3巻「第3部 資本主義的生産の総過程」(初版1894)、第4巻「第4部 剰余価値に関する諸学説」の4巻4部構成(ちなみに第4巻は「1861〜63年草稿」の中の「剰余価値に関する諸学説」をK・カウツキーなどが編輯したものである)である。

 しかし、マルクスの最終計画は現行の『資本論』とは微妙に異なっており、読み方によっては多様な編輯の可能性が示唆されている。例えばマルクスの最終計画案で『資本論』は3巻4部構成の予定であったようだし、第1巻は第1部のみを収め、第2巻は第2・3部、第3巻に第4部が収められる予定であったようである。ちなみに第3部の表題は「総過程の姿態展開」であり、第4部の表題は「理論の歴史」となる予定だったことが現在までに明らかになっている(注2)。

 マルクス自身の手で最後まで完成したのは全3巻4部構成のうちの第1巻第1部のみであり(それでも第1巻の第3版以降の最終的な改訂はエンゲルスの手に委ねられた)、第2巻第2部および第3巻第3部は、遺されたマルクスの草稿をエンゲルスが編輯し、ところどころ補筆や彼自身による準備草稿を加えたものである。第4部のいわゆる「剰余価値学説史」は前述したようにK・カウツキー(1908年)や旧東ドイツのマルクス=レーニン主義研究所が編輯(3分冊、1956、59、62年)したものである。

 新MEGA(Zweite Marx-Engels-Gesamtausgabe 新『マルクス/エンゲルス全集』)第2部として計画されている「『資本論』および準備労作」は全15巻24冊になる予定である。しかし新MEGA第2部の刊行が開始されてより、現在もなお『資本論』には各国の研究者の間で、その編輯問題について活発な議論が行われているようである。

 全4部のどれも編輯問題に関して、さまざまな議論を誘発するテクストである。第1巻では初版(1867年)の前半部分が第2版(1872〜73年)において改訂されており、後半部分の改訂をマルクスはフランス語版(1872〜75年)で行った。マルクスは「ドイツ語第2版のどこを削除してフランス語版のどこに置き換えたらよいのか」ということを『第1巻のための変更一覧表』(1877年)として遺したが、結局マルクス本人による両者の統合・編輯は行われることなく、マルクスはこの世を去ることになり、最終的な編輯の手はエンゲルスに委ねられることになった。

 新MEGA第2部の編輯委員の一人である大村泉によると、エンゲルスは第3版編輯の時点でこの『一覧表』の存在に気づかなかったそうである。そのためエンゲルスの編輯は第2版とフランス語版マルクス自用本の書き込みに従って行われて、結果『一覧表』と第3版との間にはいくつかの乖離が残されることになった、というのが大村泉の見解である(注3)。

 では第2巻・第3巻ではどうであろうか。最近の新MEGA編輯者(特にベルリンの研究者の多く)の見解によるとエンゲルス版の本文3分の1近く(!)がマルクスのものではないそうである。また1999年5月にベルリン=ブランデンブルク科学アカデミー主催の国際会議の席上、ベルリンの新MEGA編輯者は、彼らが編輯を担当する新MEGA第2部第14巻の草稿(1871〜94年にかけて執筆されたと見られる第3部未公表草稿)について限界効用理論への接近やエンゲルスとは全く異なる資本主義のダイナミズムや恐慌把握が見られるという内容の報告を行っている。

 マルクスの『資本論』は従ってあまりに未完成なテクストである。現代の私たちは未だに完全な姿の『資本論』を読んではいないとさえ言える。「完成された体系」をマルクスは結局遺すことはなかったのである。新MEGA第2部において現在、未刊行の第11巻以降の刊行が見られれば『資本論』編輯問題の状況はいくぶん変わり得ることが予想されるが、やはりそれが未完のトルソーであるということは否定しようがないと思われる。


 新MEGA編輯委員である大村泉によると、新MEGA第2部に収められる予定の草稿は次の通りである。
 第1巻 全2分冊、「経済学批判要綱」(1857〜58)他
 第2巻 「経済学批判」第1分冊(1859)他
 第3巻 全6分冊、「経済学批判」草稿(1861〜63)
 第4巻 第1分冊「資本論」第1・2部初稿他
     第2分冊「資本論」第3部主要草稿(1864〜65)他
     第3分冊「資本論」第2部の第3・第4草稿、第3部関連草稿(1867〜68)他
 第5巻 「資本論」第1巻第1部初版(1867)とマルクス自身の自用本の訂正等
 第6巻 「資本論」第1巻第1部改訂第2版(1872〜73)補遺および変更、初版との異同一覧、マルクス自用本の欄外書き込み
 第7巻 フランス語版「資本論」第1巻(1872〜75)、および仏訳版の独語版からの乖離一覧
 第8巻 「資本論」第1巻第1部増補第3版(1883)、第1巻のための変更一覧他
 第9巻 英訳「資本論」第1巻(1887)、英訳の独語からの乖離一覧
 第10巻 「資本論」第1巻第1部校閲第4版(1890)、および独語版第3版・4版に採用されなかった仏訳テキスト一覧他
 第11巻 全2分冊、「資本論」第2部第2草稿、第5〜第8草稿(1868〜81)他
 第12巻 「資本論」第2巻第2部エンゲルス編輯原稿(1884〜1885)、アイゼンガルテンとエンゲルスの書き込み一覧、編輯原稿とマルクス草稿の異同一覧
 第13巻 エンゲルス版「資本論」第2巻第2部初版(1885)、編輯原稿および1893年の第2版との異同一覧
 第14巻 マルクス/エンゲルス「資本論」関連草稿(1871〜94)
 第15巻 エンゲルス版「資本論」第3巻第3部(1894)、マルクス草稿との異同一覧
 この内、第10巻までが既に刊行されている。第11〜15巻は未刊行。残りの部分の編輯期限は2005年を予定しているということである。
 詳細については大村泉『新MEGAと《資本論》の成立』(八朔社)、大村泉・宮川彰編著『『資本論』関連内外研究文献 マルクス/エンゲルス著作邦訳史集成』(八朔社)を参照されたい。また『AERA Mook マルクスがわかる。』(朝日新聞社)所収の大村泉「『資本論はいったい誰の作品か」、大谷禎之介「マルクスの遺稿は呪われたリングか」と題された2論文が短い中で要点を得ており、読みやすい。

 (注3)
 この報告は1988年、旧東ベルリンにて行われた新MEGA編輯者の『資本論』会議の席上、提示された。当初編輯者の多くが強く反発したようであるが、次第に意見を取り入れるようになり、これにより新MEGA第2部既刊の第10巻でドイツ語第3・4版において採用されなかったフランス語訳テキストの一覧を収録し、マルクスとエンゲルスとの乖離を表示する形となった。大村泉・宮川彰編著『『資本論』関連内外研究文献 マルクス/エンゲルス著作邦訳史集成』(八朔社)、27〜29頁参照。





(私論.私見)