資本論

 (最新見直し2007.1.8日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 れんだいこは、学生時代に資本論を読んで一応読み通したが中身は殆ど理解できなかった。難しいことを色々書いているなと感慨したことを覚えている。この場合、れんだいこの能力に非があると思ってきた。それと分量が有り過ぎて閉口したことを覚えている。それでも何度か挑戦し、そのたびに投げやりにしてきた。ところで、資本論のれんだいこ訳に乗り出して見て、理解できなかったれんだいこの方がまともで当たり前だと思うようになった。以下、その理由を記す。

 これは何も資本論だけではない。他の殆どのマルクス主義文献に云える事だろうが、一体、既成の訳本で理解を十全にし得るとしたら、彼は変な天才である。「共産主義者の宣言」では相当手直ししておいた。「ユダヤ人問題を論ず」では、既成の訳本では全く理解不能なところを多少はましなものにした。あれは原文が難しいにしても既成の訳本は目茶過ぎる。

 れんだいこのこの功績が認められないのは寂しいが、ただの一人でも、既成訳とれんだいこ訳を読み比べて見るが良い。れんだいこ訳の方がすっきりして納得できるだろう。なぜなら、原文は論理的且つ論証的に述べているからである。れんだいこはその意を踏まえてそのように訳した。既成訳は、わさわざその論理性と論証性を台無しにする悪訳で散りばめられている。一体、誰が何の為にそうするのか。

 既成訳は、訳者の1・悪意、2・能力不足、3・恐らく性格の悪さの三拍子で不自然に訳をこねくり回しており、およそ意味が理解できないようにしていると云うことが判明している。それは、戦前の禁制品時代から戦後の公開時代へと代わったご時勢に応じて、ならばといくら読んでも意味が分からないように悪訳しているかのようである。そういう翻訳状況であるのに不思議なことに通ぶった連中が居たなぁ。それを思えば、彼らは如何に変な天才であったことか。そういうことが確信もって分かってきた。

 その癖、注だけは丁寧なものである。それは敬意に値するが、原文を滅茶苦茶に訳しておいて注に執心なのは如何なる魂胆からなのか。れんだいこには体裁作りにしか思えない。まるで素人を誑かすコケオドシに過ぎないのではないのか。如何にも性悪ではないのか。れんだいこは、それをそう思わず、従来それにだまくらされてきた。しかし、その手はもう通用させない。このことも言い添えておく。だから、れんだいこ訳には注はつけない。注がなくても意味は分かるし、すっきりして読み易いから。とにかく原文に当たれば当たるだけ良いのだ。

 れんだいこは英語ができる訳ではない。既存の悪訳本の酷さに耐え難くなり、慣れない事をしようとしているに過ぎない。何もれんだいこがせねばならぬことはなかろうが、世の高名な学者があまた居て為さぬから出張っているまでのことである。思えば、日本左派運動はこんなええ加減な状況下で、先生先生と奉り指導を仰いできたのだから碌なものにならないのもむべなるかなだろう。今更マルクス主義と云う気もするが、不正を許したくないとの一念で以下、資本論れんだいこ訳に挑むことにする。

 だがしかし、れんだいこの能力と時間が追いつかず、遅々とした歩みになるだろう。英文は「1867: Capital, Chapter One」に依拠し、和訳文は先行する「資本論を読む」、「資本論 第一巻」、「資本論」、「定年後に読む資本論」、等々を参照した。同じ読み進めるなら、いつものようにれんだいこ和訳文を生み出し、そうすることによって資本論そのものと対話する方が理解が深くなるだろうと思い、そうした。今までと同じように何か又新たな発見があるだろう、そんな気がする。忽ちは、「資本論第一巻」、「資本論第一章」等を参照しながら読み取っていくことにする。しかし、やはりこれらの訳本も気に入らない。

 のっけから気づいたことは、れんだいこが下敷きにしている英文訳文は資本論の書かれているドイツ語の原文を正確に訳しているのだろうか。既成訳がドイツ語原文を和訳しているとして、あまりにも訳が違い過ぎる。今はこれ以上はコメントできないが。

 さて、正月休暇も明けたので、第1編、商品と貨幣の第1章、商品の第2節までとする。読まれた方は、理解し易くなったか、大言壮語するほどの訳ではなかったか、何でも良いから意見聞かせてたもれ。

 2006.12.28日、2007.1.8日再編集 れんだいこ拝


目次(Table of Contents)
マルクス資本論の史的意義考
既成翻訳の検証
れんだいこ和訳一括文
第一版序文
後書き
 Karl Marx Capital Volume One
【第1部、資本の生産過程】(Part I:Commodities and Money
第1編、商品と貨幣
第1章、商品
第1節、商品の二つの要素
第2節、商品に表される労働の二重性
第3節、価値もしくは交換価値の形態
 (れんだいこ訳取り組み中、しかし先が長いから...)
第4節
第2章、交換過程
第3章、貨幣または商品流通
第2編、貨幣の資本への転化
第4章、貨幣の資本への転化
第3編、絶対的剰余価値の生産
第5章、労働過程と価値増殖過程
第6章、不変資本と可変資本 
第7章、剰余価値率 {1-2-3-4}
第8章、労働日
第9章、剰余価値の率と総量
第4編、相対的剰余価値の生産
第10章、相対的剰余価値の概念 
第11章、協業
第12章、分業とマニュファクチュア {1-2-3-4-5}
第13章、機械設備と大工業
第5編、絶対的および相対的剰余価値の生産
第14章、絶対的および相対的剰余価値
第15章、労働力の価格と剰余価値との大きさの変動
第16章、剰余価値率を表す種々の定式
第6編 労賃
第17章、労働力の価値または価格の労賃への転化
第18章、時間賃金
第19章、出来高賃金
第20章、労賃の国民的差異
第7編、資本の蓄積過程
第21章、単純再生産
第22章、剰余価値の資本への転化
第23章、資本主義蓄積の一般法則
第24章、いわゆる本源的蓄積
第25章、近代的植民理論
解説
人名注、事項注
経済学史考
インターネットサイト
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(私論.私見)