空想から科学へ(「空想から科学への社会主義の発展」)

 (最新見直し2006.7.10日)

 「空想より科学へ」については、次のような執筆動機があったようである。1875年頃のこと、ベルリン大学の私講師E・デューリング氏がマルクス・エンゲルスの指導する労働運動左派戦線に加入し、マルクス主義に対抗するかのごとくに自身も壮大な理論体系を作り上げ、「哲学体系」、「経済学と社会主義との体系」、「経済学の批判的歴史」を著し、ドイツの社会主義運動にマルクスらとは別個の流れを作り出そうとし始めた。

 次のように事情が記されている。
 「公然と自分のまわりに一つのセクトを、将来別個の党となるべきものの中核を、つくり上げようとしていた。こうして、我々に対して為された挑戦に応じて、好むと好まないとにかかわらず、この闘争を闘い抜くことが必要となったのである」。
 概要「(具合が悪いというべきか、)こういうことが起こったのは、ちょうど、二つの派――アイゼナッハ派とラサール派――が融合を完了して、力を大いに増大したばかりでなく、もっと重要なことだが、この力の全体を共通の敵にたいしてふるう能力をもつようになったときのことであった。ドイツの社会主義政党は急速に一つの勢力になりつつあった。しかしそれを一つの勢力とするためには、新たに達成された統一がおびやかされないということが第一の条件であったが、この時に デューリング博士の活動が盛んになってきていた」。

 エンゲルスは、好敵手であったかどうかは別にして「反デューリング論」を著すことにより、マルクス主義を再度包括的に説明しようとした。次のように事情が記されている。
 「私は、時間と空間の概念から複本位制にいたるまでの、物質と運動の永遠性から道徳観念が一時的なものだということにいたるまでの、ダーウィンの自然淘汰から未来の社会での少年の教育にいたるまでの、ありとあらゆる題目を取り扱わなければならなかった。とにかく、私の論敵が体系的に包括的であるために、私は、この非常に変化に富む題目についてマルクスと私自身が主張している見解を、デューリング氏に対抗して、しかも以前にやってきたよりもいっそう連関のあるかたちで展開する機会をあたえられた」。

 してみれば、「空想より科学へ」は、いわば労働運動内の異潮流に対する論駁啓蒙書としてエンゲルスにより執筆されたのであり、こうして名著「空想より科学へ」が生み出されることになった、ということになるようである。

 2006.7月現在、「空想より科学へ」は、TAMO2氏の「国際共産趣味ネット」所蔵のHTMLデジタルテキストでサイトアップされている。「序文」、「1、社会主義の発展」、「2、弁証法」、「3、唯物史観」、「人名注」、「事項注」、「解説」から構成されている。原著の出版権は大月書店にあるとのことで、同書店の訳本を手間隙かけて打ち込んだものと思われる。

 この労作が無ければ、れんだいこ訳の案出は大いに時間を費やさねばならなかった。TAMO2氏への感謝は一通りのものでは済まない。改めて御礼申し上げる。れんだいこは、こたび、英文との対照でれんだいこ訳を翻案した。れんだいこ訳が意欲したように、どなたかが更なる適正訳へ向かい、その共同作業の中で大衆的に精通することが望まれている。れんだいこはそう思う。

 2,006.7.10日 れんだいこ拝

(暫時借用)



 目次
 れんだいこの「空想から科学へ、社会主義の発展」考
 エンゲルス序文
 ☆本文1、ユートピア社会主義の発展
 ☆本文2、弁証法
 ☆本文3、唯物史観
 【☆人名注】

 【☆事項注

 解説

 既成翻訳文の検証
 
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