3852 「囚人のジレンマ」

 (最新見直し2006.8.23日)

【「囚人のジレンマ」とは】
 「囚人のジレンマ」とは、1950年、米国ランド研究所の2人の科学者(Merrill Flood 、Melvin Dresher) が考え出した「供述誘導狡知ゲーム理論」で、 同年5月、ランドの顧問(当時)A.W.Tucker がこのゲームを分かりやすく 説明する為に、ストーリー仕立てのジレンマの話を創り上げ、「囚人のジレン マ」と名づけたものである。

【「囚人のジレンマ」の原理論とは】
 「囚人のジレンマ」の原理論とは、いわば「」次のようなものである。
前提1  2人のギャングが逮捕され、刑務所に拘留されている。犯人を仮に甲、乙とする。
前提2  2人は互いに話をしたり、 メッセージを交換したりすることが絶対にできない状態で独房に入れられている。
前提3  警察は、2人を重罪で有罪にするだけの十分な証拠は持っていない。 その為、警察は同時に、二人の囚人に次のような取引をもちかける。
 相手に不利となる証言をすれば釈放する。ただしその相手は5年の禁固刑に処せられる。
 両方が相手に不利となる証言をした場合は、2人とも3年の刑となる。
 両方が相手に不利となる証言をしなかった場合は、証拠不十分で二人とも1年の刑となる。
 甲乙2人の囚人は、2つの選択肢をとることができる。
前提4  甲乙2人の囚人は、2つの選択肢をとることができる。考える時間をほんの少しだけ与えられるが、自分が最終的な結論を下すまでは、相手がどう決めたかを知ることは決してできない。ともに、相手も 同じ取引を持ちかけられていることをしらされている。
前提5  互いに相手の行動を知らないままに自分の行動を選択しなくてはならない。
推論1  相手に不利な証言をするという行動を「裏切り」(Defection)、黙秘するという行動を「協調(内応)」(Cooperation)とすると、甲乙は の行動による刑罰の関係は 次の表の様になる。
甲乙双方1年 甲は釈放、乙は禁固5年
甲は禁固5年、乙は釈放 甲乙双方3年
推論2  このことにより、甲乙は次のように考える。自分が釈放されるためには、自分が裏切り(D)、相手が協調(C)するのが良い。しかし、相手も同じ事を考えるので、双方が裏切った場合は、禁固3年になる。ならば、二人とも協調して禁固1年のほうが良い。しかし、相手がどう出てくるか分からない。自分が協調し、相手が裏切れば、自分にとって最悪のケースになる。

 以上のような前提と推論により、囚人をジレンマに陥らせ、どう反応するのか検証するのを「囚人のジレンマ理論」と云う。通常次のように説明されている。
 「囚人たちが事前に合意していたとしても、共に黙秘を続けることで自分だけ割を食うのを恐れるようになり、合意を破って全員自供してしまうことを誘導する特殊捜査法である」。

 これを複雑にさせた「繰り返し囚人のジレン マ理論」というのもある。これは、「囚人のジレンマ理論」の際と違って、相手の前回までの行動を知りつつ対応することになる。更に、「定住型囚人のジレンマ理論」というのもある。これは、関係者が3名以上の複数間で行われる場合である。こうなると非常に複雑になる。

(私論.私見)

 令の勢力が編み出した狡知理論であろう。倫理的にも大いに問題があると云うべきだろう。

 2006.8.23日 れんだいこ拝


【「囚人のジレンマ」の政策応用考】
 この「囚人のジレンマ」が今、政策に応用され始めている。具体例は、改正独占禁止法である。これにより、「リニエンシー(措置減免)」いわゆる自首制度が導入された。「リニエンシー(措置減免)」とは、カルテルや談合に対して課せられる課徴金を従来の売上高6%から10%に引き上げ、且つ再犯を5割増しにし、当事者が公正取引委員会に通報した場合には、状況や通報順位によって課徴金が減免されるという制度である。

 企業にコンプライアンス(法令順守)させる為に導入された「囚人のジレンマ」の応用例である。「リニエンシー(措置減免)制度」は、米欧で既に実施され、効果を挙げている。しかし、「倫理的に問題がある」とする批判も為されている。

 2,006.8.23日付け日経新聞経済教室欄の東京大学教授・松井彰彦氏は、次のように述べている。
 「いずれにせよ、日本でも感情的な反発に屈することなく、企業にコンプライアンス意識を全面的に根付かせることが大切である」。
(私論.私見)

 れんだいこは逆に考える。「いずれにせよ、欧米で実施されているからとして安易に追随することなく、企業のコンプライアンス意識を高めることはそれとして要請し監視し捜査するべきで、リニエンシー(措置減免)制度なる狡知予防法的悪法は根付かせず撤廃させることが大切である」。

 2006.8.23日 れんだいこ拝




(私論.私見)