381−42 【論争】論理学

 「論争論理学」の分野も考究を要する。人は一般に、「論争」を通じて認識を深めることが出来るので、好んで論争に向わねばならない。いわば「論争の効用論」であるが、案外と理解されていない。この場合、論理学というより「論争の際のルールとマナー基準」の確立に向っておく必要がある。如何なるルールとマナーの下で論争がなされるべきかの基準設定論である。(以下略後日に記す)





(私論.私見)


人はなぜ論争をするのか? 投稿者:すえいどん  投稿日: 5月13日(火)18時28分27秒

人はなぜ論争をするのか?
第一に、相手が、自分の誤りに気づいて、改悛することを期待(教育的指導)。
第二に、論争をみている人が、それを参考に正しい立場に立つことを期待(啓蒙)。
第三に、少なくとも自分の優位性(何についてかはともかく)を確認できる(顕耀感情)。
第四に、少なくとも相手に打撃をあたえられる(敵対感情)。
第五に、相手から学ぶことができる(謙虚)。
第一は、たてまえだけど、ほとんど無理。第二が主流派か。言いにくいけど、第三もかなりの比率で(エバリが入るという奴ですね)。第四ははた迷惑。罵倒もこのあたりからか。しかし、これが一番エネルギーがあるのかもしれません(ルサンチマン!)。第五は、本来こうあるべきですが、極少数派。ごまをすればまっぺん氏はここ。
自分について冷静に自己採点すると8割がた第三か。ほれ、ほれ、こんな事しらんだろとえばることこそ読書の喜びという呉智英の名言(引用不正確)があります。