(別章)【田中角栄の思想と政治姿勢、資金源、人脈考】

 更新日/2017(平成29).5.8日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 れんだいこが角栄に惚れるのは、人としてのパフォーマンスの質の高さに対してである。云うは易く行いは難しい中で、新潟の寒村の中から麒麟児として羽ばたき、一国の首相の座まで上り詰め、初志貫徹、男の本懐を遂げた。わが国の秩序に牢としてある世に登竜する前提としての学歴、門閥、閨閥もなく、元々は資金もなかった。しかし角栄の類稀なる才覚はそのないないずくめを全て凌駕させ、「天下盗り」の狼煙を挙げつつ突き進んでいくことになった。

 れんだいこは、この事業行程自体が「ある種の革命」ではなかったか、という観点を持っている。この角栄の軌跡を「ある種の革命運動であった」という観点から客観化することは、今も新鮮ではないか、と受け止めている。

 当然のことながら、一国の総理の座の重みは、「天下盗り」を自己目的とするものではない。角栄が権力を手に入れることにより構想した世界観、社会観の方にこそ真価がある。この偉業は半ば達成し、半ば挫折せしめられた。その挫折は、自身が招いた咎よりもより大きく「謀略」によってもたらされた。ここに角栄の悲劇がある。この悲劇の中に、権力の厚い壁を見て取ることができる。角栄の行く手に立ち塞がったものを客観化することは、今も新鮮ではないか、と受け止めている。

 角栄の志は半ばに終わったが、以来角栄は病に倒れる日まで所与の条件下にあって最善の努力をしていた、と評価している。当時のような万力攻めをくらったら、角栄でなければとうに憤死するか脳死していたであろう。恐らくそういう思いにとらわれた日々もあったであろうが、運命を甘受し弄ばれるがままに任せた。

 考えようで、これが角栄の最善最強の抵抗であったかも知れない。角栄が堪えて生きたからこそ、私のような角栄信徒が生まれている。恐らく、角栄は、歴史に深く思いをはせ、そういう者が生まれることを期待して、生き様を歴史に最後まで刻もうと決意していたのではなかろうか。後世の者達に、「俺を見よ、踏み台にせよ」のメッセージを伝えんが為に、自らを晒しつづける道を主体的に択んだ、とれんだいこは受け止めている。

 この角栄の異能、鬼才を訪ねる事に興味がある。ここを能くすることが角栄に対する最高の史的なもてなしであろうと信ずる。そういう角栄氏のありし日の断片、人となり、思想、姿勢、資金源、人脈等々について見て見たい。


 2005.9.8日再編集 れんだいこ拝


田中角栄の思想、能力、人となり
田中角栄の文筆能力、話法について
毛沢東―角栄会談秘話、角栄の悲劇性予見
アメリカ特務機関及び国務省の角栄レポート
別章【田中角栄の左派資質と傾向考
別章【田中角栄と金権政治考
別章【田中角栄の人脈、派閥と形成能力について
田中角栄と公共事業問題
田中角栄の野党連携考
田中角栄の政治姿勢
議会政治家の申し子としての角栄その1、選挙区守護能力
議会政治家の申し子としての角栄その2、陳情采配能力
議会政治家の申し子としての角栄その3、政治処理能力
議会政治家の申し子としての角栄その4、政治経営能力
議会政治家の申し子としての角栄その5、事業費計算能力
角栄の弔問、葬儀配慮考
田中角栄式ハト派防衛論考
補足・戦後保守本流ハト派論考
角栄−大平連合の政治史的意義
竹下―金丸連合の政治史的位置
角栄と財界との確執、三角大福中の資金源考
田中の天下取り構想
別章【明治の政治家・星亨考

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