45279 田中角栄の慧眼的人物評

 (最新見直し2007.3.28日)

 (れんだいこのショートメッセージ) 
 角栄は、次のような人物評を残している。その慧眼ぶりを各自吟味されたし。

 2005.5.23日再編集 れんだいこ拝


【大平正芳評】
 
 「(大平が田中を裏切るときがくるよと忠言されて、)いいよ、もしそういうことがあれば、俺に人を見る眼がなかったということだ。俺はあくまでも大平を『盟友』だと信じている」。

(私論.私見)


【池田大作評】
 「しなやかな鋼だ。煮ても焼いても喰えない」。
 

(私論.私見)


【公明党評】
 「法華さんの太鼓をたたくヒトラーユーゲントだ」
 

(私論.私見)


【中曽根評】
 
 「遠目の富士だ。遠くに見る富士は颯爽として美しい。近くに行けば瓦礫の山さ。石ころばかりだ 」。
 伝聞ではあるが、「出たがりのババァ芸者」だと云っていたらしい。
 ちなみに、松村謙三はかって「緋おどしの鎧をつけた若武者」と評していた。
 「彼はまだ置屋の女将じゃない。踊りがうまい芸者に過ぎない。女将になるにはもっと修行しなきゃだめだ。お前ら、さっきから聞いていると『中曽根』と呼び捨てにしたり『すだれ』と呼んだりしているじゃないか。お前らにそんなことを言われているうちは総理になれん」(魚住昭「渡辺恒雄 メディアと権力」)。
 「お前なぁ、中曽根はなるものになれば、仮に衆院の赤じゅうたんの廊下ですれ違っても、お前に一瞥もくれずに天井向いて歩くぞ」(魚住昭「渡辺恒雄 メディアと権力」)。

(私論.私見)


【三木評】
 「芸達者な婆さん芸者だ。芸のある芸者は生き残ることができる」
 

(私論.私見)


【宮沢喜一評】
 見てくれがいいけど中身が無い。あれは秘書官だ。秘書官としては一流かもしれないが政治家じゃない垣根の外から政治を見ているだけで、人に使われる男だ。人を使う男ではない」。
 他にも、「金襴緞子のお姫様」。
 

(私論.私見)


【小沢一郎評】
 「(小沢後援会の人たちに対して)私は、長男を5才のときに亡くしている。丁度成長していれば、小沢君と同じ年だ。小沢君を見ると、なかなか面構えもいい。亡くなった長男のことを考えると、まるで自分の子のようです。親父さんのあとは、私が徹底的に小沢君の面倒をみる。みなさんも、ぜひ小沢君を当選させるために、これまで以上に一致団結して頑張ってもらいたい」。
 「小沢一郎はいい。黙々として、人の為に汗を流している。愚痴は言わない。こういう奴が伸びる」
 「一郎はいいぞ。陰で人の為に黙々と汗を掻いていることだ。弁解をしない。地位、肩書きにも拘泥しない。『カミソリ』ではなく、『大ナタ』の魅力がある。こういうのが総理になる器なんだ」。
 

(私論.私見)


【橋本龍太郎評】
 
 「橋龍は、こまっちゃくれた風切り小僧だ。備前長船の出身。切れそうだけど、あの手は人様に好かれない。オヤジの龍伍は切れ味抜群だったが、仲間がいなかった」。
 選挙遊説で、演説の枕に橋本を使いながら次のように述べていた。全く悪意はないが橋本の本質をうまく突いている。
 「ここにいる橋本君は、お父さんも政治家だった。慶応大学も出ているし、非常に恵まれている。だが、みなさん、世の中には恵まれている人ばかりじゃないんです。考えて見なさい。橋本君の地元の岡山県は、イ草は取れるし、米は取れる。おまけに、瀬戸内海で魚はとれる。非常に恵まれている。だからこの若者には、豪雪地帯に住む農家の苦しみが分からない。(そこまで一気にまくしたてたあと、しみじみとした口調で)かくいう田中角栄は、その苦しみが分かるのであります。(会場がドッとわく)」。

(私論.私見)


【小渕恵三評】
 「光平さんの倅は、目立たない男だ。どこにいるかさっぱり分からん。ビルの谷間のラーメン屋だとか、落ち穂拾いと叫んで当選したようだ。なかなかやるねぇ、分際を心得ている」。

(私論.私見)


【小沢・羽田・梶山評】
 
 「小沢には政治の裏と表を教える。羽田には表を教える。もし、俺の寝首をかく奴がいるとすれば、それは梶山だ」。

(私論.私見)


【石原慎太郎評】
 角栄がいわゆるタカ派(この場合は、石原慎太郎)に見せる冷淡な眼差しは次のようなものであった。昭和43年、石原慎太郎は300万票で参院全国区トップ当選で、政界入りした。時に田中が自民党幹事長だった。新調の議員バッジをつけ、初登院した石原は、幹事長室に乗り込み、威勢良く田中にこうブチ上げた。「自民党の広報活動はなっていない」、「自由新報の編集はなっていない」、「自民党本部の職員は削減すべし」。黙って聞いていた田中は、一言次のように言った。
 「君の話は分かった。しかし、人間は木の股から生まれてくるのではない。人には歴史がある」。

(私論.私見)

 これを解説すると、石原氏のはぎれの良い物言いは、田中に言わせれば「論」である。「論」はえてして批判する当のものの歴史を無視しがちである。そういう書生論は云うほうは格好良くても、眼差しに温かさがなければならない。現実は一歩一歩の歩みであり、至らないながらも至ろうとして歩んでいる。世の中はそのように進んでいる。これを弁えて批判するのなら良いが、気味の物言いは格好良過ぎる。そのことを角栄流にピシャリと言い当てていたということになる。石原の奇論を一蹴した角栄の凄みがここにある。


Re:ウツケ男でゴキブリ知事と言われた慎太郎 れんだいこ 2007/03/29
 不動明王さんちわぁ。東京ではひさかたの熾烈な都知事選が行われているようですね。れんだいこその昔、美濃部さんの選対でビラ配りしていたことがあります。今となってはなつかしい思い出です。当時、民主連合政府構想と社共共闘革新知事の出現による世直し世の立替え運動はそれなりに魅力がありました。そう理解したことでれんだいこのボランティアが始まりました。なつかしいです。

 しかし、民主連合構想も、70年代の遅くない時期までから、20世紀の遅くない時期までに、次に21世紀の早い時期へとどんどん期間があてもなく下がり始め、日共中央は現在ではダンマリしています。その代わりに出てきたのが、「正義清潔の唯一の野党論」です。党員は、次から次へと繰り出されるこういう妄言に従っているようで、れんだいこは可哀想に思うより、むしろあきれております。そういえば、革新知事つうのはトンでもな奴が多かった。何が革新だあいつが、というような人物が担がれていたですね。

 それはそうと、石原慎太郎については、角栄の指摘が正確を射ていると思っております。1968(昭和43)年の総選挙で、300万票で参院全国区トップ当選で政界入りした慎太郎は、新調の議員バッジをつけ初登院し、幹事長室に乗り込み、威勢良く角栄にこうブチ上げた。「自民党の広報活動はなっていない」、「自由新報の編集はなっていない」、「自民党本部の職員は削減すべし」。

 黙って聞いていた田中は、一言次のように言った。「君の話は分かった。しかし、人間は木の股から生まれてくるのではない。人には歴史がある」。

 これをどう理解すべきか。れんだいこが解説するとこうなります。

 石原氏のはぎれの良い物言いは結構である。しかし、「ただの正論」である。何事にも積み重ねの歴史がある。それを無視しての書生論はいくら格好良くても、眼差しに温かさがなければならない。現実は一歩一歩の歩みであり、至らないながらも至ろうとしてみんな苦労して歩んでいる。世の中のものはみんなそのように成り立っている。これを弁えて批判するのなら良いが、君の論は格好良過ぎるだけのパフォーマンスでしかない。

 角栄の言は、かく云い含めているのではなかろうか。れんだいこに云わせれば、角栄は、まさに角栄流にピシャリと慎太郎の本質を言い当てていたということになる。石原の奇論を一蹴した角栄の凄みがここにある。

 慎太郎が政界入りした時、角栄-大平同盟の全盛期であった。それが彼の運の無さであった。その同盟は、ロッキード事件の脳震盪で崩れ去るが、慎太郎はそのときまでの過程で望んでいた首相の座の時機を失した。芽を断たれた慎太郎が色気を見せたのが、都知事の座であった。これはどうにか手に入れた。どんな政治をしたかは、今目にしている通りのものです。れんだいこは、小児病的軍事パラノイア性と政治の私物化ぶりが二大特徴と見ております。

 こたびの都知事選は恐らく慎太郎の敗北必至と見ております。それにしても、日共の役回りが悪質で、れんだいこはそれが連中の一貫した政治的役割だと見ております。この両者が裏でつるんでいる可能性まで考えております。

 というようなことを一気に発信してみたくなりました。不動明王さん、どうぞ今後ともよろしくねぇ。

 2007.3.29日 れんだいこ拝




(私論.私見)