4528−2 角栄政治の対極としての中曽根政治との抗争考

 (最新見直し2006.4.29日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 2チャンネル」の「政治版」の「田中角栄part4 」の投稿bS33、2006.4.28日08:14:12に「名無しさん@3周年」氏より次のような記述が為されている。これを転載する。
 角栄は権力を掴み取ることにかけては天下一品だったが、持続させる力は皆無だった。 中曽根は理念のない風見鶏だが、権力というものを知り尽くし、様々な形で利用しながら掌握していく手法は天下一品だった。 角は早々とポシャってしまったが、最後に笑ったのは中曽根であった。

 この見立てをどう評すべきか。この論者は、角栄の政治能力より中曽根のそれの方が優ったと云いたいのだろう。事実はどうか。れんだいこ史観によれば、角栄の方が数段勝り、中曽根などは当時風見鶏であちこちするぐらいしか態を為さなかった。それがその後なぜ、角栄が失脚し、中曽根がその後の政局を握ったのか。それもこれも、現代世界を牛耳る国際金融資本ユダヤに角栄が終始距離を置き、中曽根が身も心もサインアップしたからであった。それだけのことである。

 この芸を今小泉が踏襲している。小泉の歴代3位の長期政権が彼の能力の為せる技か。違うだろう、中曽根よりもなお激しく身も心も忠勤していることによってである。それにより彼は何度も窮地を救われている。そのたびに云いつけられた通りのお仕事を命ぜられ、売国奴している。それだけのことである。そう読み取ればよいだけのことである。

 こう読まない「名無しさん@3周年」氏の「角栄の政治能力より中曽根のそれの方が優った」論は何と愚昧なのだろう。

 2006.4.29日 れんだいこ拝


 田中角栄に就いては、「田中角栄論」、中曽根康弘に就いては中曽根康弘論でそれぞれ考察している。サイトの分量の差は、対象人物の質の差を表象している。それはともかく、ここで、この両者の天敵性について確認しておくことにする。

 田中角栄と福田赳夫の因縁の対決をもって「角福戦争」が云われる。確かに政治手法を廻って相容れざるものがあったので、「角福戦争論」には根拠がある。しかし、両者はハトタカ混交に特質を持つ戦後自民党政治の良き理解と実践者として土俵を同じくしており、その意味で「角福戦争」とは、同じ土俵の中に住む同志の且つ佐藤派直系争いのような観があり、それ故に戦後の保守本流の自負を賭けての壮絶な権力闘争になった。しかし、例えて云えば「近くて遠い」関係ではなかったか。

 佐藤昭子は、「田中角栄ー私が最後に伝えたいこと」の中で、「後、田中派角福戦争について、次のように言った」として次のように語らせている。
 「福田君と私が総裁の座を争うようになったのは、時の状況がそうさせたんで、好んで争ったわけではない。保守本流論からすれば、福田派と田中派は別な河の流れじゃないんだ」。

 実際には、政治観そのものを廻ってもっと本質的な意味でことごとく角栄政治と対立しているのは中曽根康弘のそれでは無かろうか。奇しくも同じ大正7年同士である。余計ながられんだいこの親父も大正7年生まれである。だから、れんだいこは彼らの息子の世代となる。

 この「角栄対中曽根問題」は是非とも明らかにしておかねばならない、と考える。マスコミの不明の見識、愚昧さは「角福戦争」のみ語り、角栄と中曽根は一見相通じているかの描き方をしている。「田中曽根政権」なる標語を生み出して得々としているジャーナリズムを見させられてきたが、それは表層しか見ない凡庸な見解であり、実は、角栄と中曽根は始終地下で暗闘していた。当然、側近取り巻きも然りである。

 両者健在の頃は、断然角栄が圧倒していた。角栄隆盛時代にあっては、中曽根は「三角大福」の後塵を拝しつつ軽挙妄動を繰り返していたに過ぎない。ところが、「ロッキード事件」以来風向きが変わった。角栄が捕縛される度合いに応じて中曽根の台頭が著しくなった。この史実を改竄して、中曽根は今も「田中君云々」なる傲慢不遜な謂いを為しているが、史実は角栄の前では子ども扱いされる風見鶏に過ぎなかった。

 80年代前半、鈴木政権の後を受けた中曽根政権の登場により、恐ろしいことが始まった。中曽根は日米の反動権力と結託して、「戦後構造の見直し」を標榜しつつ「日本列島解体計画」シナリオに手を染めていった。「日本列島解体計画」とは、今や角栄の歴史的遺言となった「日本列島改造論」に対することごとくその否定に向うことを意味している。以来、この解体計画が我が日本に敷設され始め、2003年現在今日に至っている。延々20年近くの解体事業のお陰で、今や日本は気息奄奄としている。

 あぁしかしダメだ。この経緯に対し、今なお角栄を悪く云う者多く、中曽根が誉めそやされ続けている。こやつらに漬ける薬が欲しい。一体、角栄政治のどこがオカシイと云うのか。れんだいこがことごとく論破して見せよう。一体、中曽根政治のどこがヨロシイと云うのか。れんだいこがことごとく論破して見せよう。

 2003.10.21日、2006.1.5日再編集 れんだいこ拝

 「ロッキード事件」は我が社会にどういう意味を持っていたのか。この観点から「ロッキード事件」が考察されることが少ない。れんだいこに見えてくるものは次の通りである。要するに、我が社会はこの事件を通じて「角栄的なるもの」から「中曽根的なるもの」へ一切委細が転換したのではないのか。この過程は革命でもなくクーデーターでもなく新種の政変として行われた。今から思えば、「ロッキード事件」から「ロッキード裁判」、「角栄の幽閉から死亡」へ至る過程は、「中曽根的なるもの」へ至る喧騒であり禊の儀式であった。

 2005年現在、「中曽根的なるもの」を偉大と評する論調がある。それについて、れんだいこはかく応える。「中曽根的なるもの」は卑大であって偉大なものでは決してない、むしろその政治思想は陳腐にして幼稚なものでしかない。この本質が、現代世界を牛耳るネオ・シオニズムに取り込まれ、上手にあやされている。中曽根政治を語る場合、ネオ・シオニズムとの親和性において露出的な面が有り、それが現下の小泉政治の先駆けとなっている。

 その意味で、「中曽根的なるもの」を語る意義が大きいというに過ぎない。この「語る意義」は、偉大なるが故のものではない。真に偉大であったのは「角栄的なるもの」であり、それが払拭されていった過程の歴史的意味が大きい故に、入れ替わるようにして台頭してきた「中曽根的なるもの」の考察の意義が大きいというに過ぎない。

 「ロッキード事件以降の一連の政治史検証」は、この構図に於いて貴重なのだ。それは、「中曽根的なるもの」が権力を恣(ほしいまま)にし始めて以来の日本の変態的変質化が、その後の我が国家の崩壊の下地を準備せしめたことを確認することになるだろう。それがネオ・シオニズムの日本溶解政策と奇妙なまでに一致していることを明らかにすることになるだろう。

 
新野哲也氏は、著書「角栄なら日本をどう変えるか」の中で次のように述べている。
 「日本の金融機関と大企業の半分を乗っ取り、日本経済をウォール街の論理に切り替えるのがアメリカの最終目標だが、国益の為に邁進した角栄を悪玉に仕立て上げた現在の日本の支配階級は、その策動を撥ね付ける意地も気力も持ち合わせていないどころか、角栄とは全く逆の方向―国益を投げ出して保身と権力欲に汲々とするばかりで国益のことは端から頭に無い」。

 新野哲也氏の「角栄なら日本をどう変えるか」はロッキード事件の非道さを衝く好著となり得ている。日本政界の生態変化についても的確に表現している。が、肝心かなめの「角栄的なるもの」と「中曽根的なるもの」との相克史観が無い。「角栄VS中曽根」の構造解析を避け、福田、竹下、宮沢の小粒ぶりをなじる方向へすり替えている。故意か偶然か不明だが、その分値打ちを下げている。

 2003.7.22日、12.23日再編修 れんだいこ拝

【角栄、福田、中曽根の寸評逸話】
 赤塚行雄氏の「田中角栄の実践心理術」で、歴代の首相田中角栄、福田赳夫、中曽根康弘の3人を比較する寸評逸話がまことしやかに伝えられている。
 「中曽根首相時代、ある自民党福田派の政治家が入院した。この政治家は日頃、角栄に対して批判的言動を繰り返していた。この政治家の入院を聞きつけて真っ先にお見舞いに訪れたのは、角栄だった。『国政のためにも、自民党のためにも、一日も早く治って、戻ってきてくれ』。角栄はそう云うと、ベッドに寝ている政治家の足元にそっと紙袋を差し込んだ。そしてそのまま帰った。中を開けたら紙袋の中に300万円が入っていた。

 次に、派閥のボス福田が見舞いに訪れた。一通りのお見舞いの言葉を述べた後、ぎごちない様子で、白地の封筒を取り出し、『こういう時だ。何かと不自由するだろう。これはほんの心ばかりのものだが』と云って差し出した。しかし、あまりにぎこちない福田の様子に、病人の方が恐縮し、『先生、お気遣い無く。私のことなら大丈夫ですよ』と礼儀として遠慮の言葉を述べたところ、『そうか、それならいいんだが』と、ホッとした様子で封筒を仕舞い込んだ。

 次に、中曽根がやってきた。一応の見舞いの挨拶を述べると、中曽根首相はおもむろに茶色の事務封筒を取り出して、『これ』と差し出した。病人は、福田のときに遠慮して貰い損ねたので、今度はその封筒を掴んだ。ところが、中曽根が、差し出したその封筒をなかなか放さない。お互いに封筒の端を握ったままの状態となった。『この政局の難局にあってはねぇ、君。政治家として心せねばならない要諦は云々』。中曽根はそう云いながらもなお封筒を放さない。封筒の端と端とを握り合ったまま『政治家たるもの、いついかなる時に於いても、初心に戻って己の云々』。遂に、病人の方が根負けして手離した」。

【石塚狂ニ氏の中曽根政治批判】
 中曽根ほど悪いやつはいないと思っていたら、同様の観点の方が居られた。「石塚狂ニ氏の中曽根政治批判」がそれである。これは歴史的文書たる資格があると思えるのでこのサイトの内容を以下転載しておく。逐次れんだいこコメントもつけておく。
【中曽根康弘批判】

 中曽根康弘は、今や、政界の重鎮であるが、中曽根は嫌いだと言う者が昔から結構いるのは、中曽根に自己保身性が強く、心が足りないからであると思われる。そして、人も、全く育てない。人を育てない人間というのは、人は利用するだけである。中曽根には、人を育て、人が育ったら自分は一歩退き、その後見人になるという発想がない。その点で、竹下より、ずっと小物である。

(私論.私見)

 中曽根と云い小泉と云いネオ・シオニストのエージェントに共通するのがこの「ひとを育てず利用するだけ」のようである。

 2005.10.15日 れんだいこ拝

 政策面に関しても、中曽根は、極めて大きな失敗を幾つも犯している。経済を知らぬ中曽根は、アメリカの内需拡大要求圧力に負けて、民活路線なるものを敷き、バブルの引き金を引いた。リゾート振興法なるものを作り、日本列島をレジャーランド化しようとした。これは、言うべき言葉もないほどの大失敗である。この国は、今なお、バブルの大崩壊の痛手から立ち直れていないのである。国家と民族の途端の苦しみは、今なお続いている。
(私論.私見)

 ここは大事な視点である。角栄は、道路、河川、住宅、ダム、鉄道という公共的社会資本の充実に注力した。中曽根は対極的にリゾート、レジャーなぞ凡そ実体経済に寄与しない方面に注力した。そのさはあまりにも大きいというべきだろう。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 更に、アメリカの圧力に負けて、金融自由化路線を敷いてしまった。そして、日本の資金がアメリカを支える構造を造ってしまった。日本の資金がアメリカにいいように使われる構造を造ってしまった。これも、極めて大きな失敗の一つである。総じていえば、中曽根は、日本経済を大破壊したのである
(私論.私見)

 ここも大事な視点である。「金融自由化路線」の是非はともかくも、「日本の資金がアメリカを支える構造を造ってしまった。日本の資金がアメリカにいいように使われる構造を造ってしまった」ことは史実であり、それだけネオ・シオニストの御用聞き政治をしたことになる。今、小泉がこの中曽根政治を継承し更に大胆にアメリカへ貢いでいることになる。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 教育政策においても大失敗をした。教育臨調なるものを作り、「自由化、個性化、ゆとり」などと言い、この国の教育を破壊した。現在の我々の苦労は、その誤りを直すための苦労に他ならない。総じて言えば、中曽根は、わが国の国力の基盤である民族の勤勉精神を大破壊したのである。この勤勉精神の立て直しは、現在のわが国の極めて困難な根本的課題となっている。中曽根に教育問題に付いて発言する資格は全くない。口幅ったいというものである。人を育てる心のない者に、教育を語る資格があるか。
(私論.私見)

 ここも大事な視点である。中曽根の愛国者ぶりはイチジクの葉であり、実態はネオ・シオニストのエージェントである。ネオ・シオニストは、愚民教育を押し付けており、中曽根がその政策を受け入れて以来教育の荒廃が加速度化した。つまり、現下の教育腐敗は政策の産物であることを知らねばならない。

 2005.10.15日 れんだいこ拝

 今なお続くこの十年の国難は、中曽根がもたらしたものである。中曽根は、物心両面にわたり、日本を大破壊したのである。中曽根は、戦後の政治家の中で最大の惨禍を国家と民族に与えたと言い得るであろう。このような男が、どうして、大勲位に値するのであろうか。勲章どころか、大懲罰に値するであろう。内閣府は、最低限のこととして、大勲位の剥奪をしなければならぬ。さもなければ、この国に、義は立たぬ。天と地が、逆さまになってしまう。お天道様が、西から昇ってしまう。賞罰を明らかにし得ない政府は、統治能力を有しないのである。

(私論.私見)

 正論である。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 中曽根は、権力大追求者に過ぎない。その本質は、権力亡者に他ならない。まず、田中角栄に擦り寄り、首相にしてもらい、首相になると、より大きな権力であるアメリカの権力に擦り寄り、国内における権力の地位をより強固にしようとした。かの「不沈空母」発言は、アメリカの権力に対する阿諛追従の象徴であろう。日本国が、アメリカの不沈空母であると、彼は公言したのである。日本国は、アメリカの利益のために存在していると、彼は、言い切ったのである。そして、日本国を、アメリカに売り渡した。売国奴という言葉は、君のためにある。
(私論.私見)

 まさしくその通り。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 そして、今なお、権力を追求している。自らの権力欲を満たすためならば、国家と民族がどうなろうと意に介しない。君に、日本の伝統や文化について発言する資格はない。片腹痛いというものである。彼の口から、日本の伝統と文化の中身を聞いたことがない。わび、さび、もののあはれと、単語を並べるだけである。君は、日本の伝統や文化を、全く理解してはいない。権力亡者に、文化がわかる訳がない。
(私論.私見)

 まさしくその通り。小泉然り。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 君は、自らの権力追求の手段として、日本の伝統や文化という言葉を濫用しているに過ぎない。君にとっては、日本の伝統や文化という言葉は、日本民族を抑え付ける手段に過ぎない。また、彼は、今のこの国の状況を、文明病などと言っているが、決して、文明病などではない。中曽根病である。文明病であるならば、先進国は、みなこの国と同じ状況に陥っていなければならないであろう。そうなっているであろうか。
(私論.私見)

 この観点からの中曽根批判は目新しい。首肯できる。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 中曽根は、角栄より遥かに劣る政治家である。角栄は、オイルショックの痛い経験にかんがみて、日本独自のエネルギールートを開拓しようとして、アメリカの怒りを買い、ロッキード事件の犯罪者に仕立て上げられてしまった。角栄は、経済の動脈であるエネルギールートをアメリカに完全に握られているのでは、日本経済は脆弱であると考えたのである。そして、その考えは、あまりにまっとうな考えであった。角栄は、日本の国益を考えて、行動したのである。
(私論.私見)

 角栄観及びロッキード事件に対する観点も素晴らしい。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 だが、この国の角栄の政敵である政治家やマスコミや法務当局は、角栄を守らなかった。角栄が、死んだその日に私の所にやって来て涙ながらに訴えたかった事は、その事であったのであろう。角栄よ、心配しなくてよい。私は、わかっている。政府は、角栄の名誉回復を行わなければならないであろう。
(私論.私見)

 「角栄の名誉回復」、実にその通りである。

 2005.10.15日 れんだいこ拝
 それに引き換え、中曽根は、アメリカの権力に擦り寄るのみであった。この度の加藤の変を潰した黒幕も、中曽根である。自らの権力基盤が揺らぐことを恐れたのである。実をいうと、中曽根は私と同郷ということもあり、また、内閣府システムを実現過程に入れてくれた事に対する感謝の気持ちもあって、彼の悪い所には目をつむってきた。それどころか、彼にはこれからもできるだけ働いてもらおうとさえ、していた。

 だが、中曽根は、郷土愛など、かけらも持ち合わせていなかった。権力亡者に、郷土愛などある訳がない。日本民族に対する愛情など、ある訳がない。日本文明に対する理解と愛情など、ある訳がない。愛国心など、ある訳がない。私がお人好し過ぎたのである。私の不明の致す所である。私も、情を絡めると、どうしても誤る。しかし、統治から情を完全に消し去ってしまう事はできない。それは、誤りでもある。人の温もりが全く感じられない統治が行われている国には、誰も住みたくはないであろう。難しい所である。この辺りは、手痛い失敗を重ねながら、知と情のバランス感覚を磨いて行くしかないのであろう。
 この問題は、本質的に、人事の問題であることに気が付いた。人事に、完璧ということはあり得ない。いや、人事は、正誤の問題ではない。人事は、本質的に、極めて制約された状況下における選択の問題である(大の7350000乗発明。2001年1月13日午後10時39分頃。)そして、その不自由な選択が、当たったか外れたかという問題である。何故なら、第一に、人の能力であれ、人間性であれ、見えない部分が非常に多く、その点において、判断基礎が極めて制約されている。それゆえ、ある仕事については当たったが、他のある仕事については外れたということも大いに起こり得るのである。

 また、第二に、その役にぴったりとはまった理想の人材など、いるものではない。その点において、人材の量と質それ自体が、極めて制約されている。高度な仕事になればなるほど、その制約性は大きくなる。人事の理想を持っていたとしても、理想の人材が現実にいなければ、いる者の中から選ぶしかない。そうやるしか、やりようがないのである。

 それゆえ、人事というのは、常に、頭が痛くなる仕事である。人事は、最後は、エイヤーとやるしかないのである。こういう実質的人事をやろうとすると本当に大変なので、多くの役所や会社は、形式的基準による人事に走ってしまうのであろう。(このことは、つい最近、内閣府戦略科学技術研究所の最高幹部人事構想づくりをやって、痛切にわかったことである。)
 中曽根は、内閣府システムについても、私から原案を受け取った事実を消そうとして来た。そして、自分が原案者であるかの如き顔をしようとしていた。まさに、盗人根性猛々しいと言わざるを得ない。そうすることによって、己の権力基盤を強化しようと図って来たのである。そして、最近、この国最大のガンは中曽根であることに、はっきりと気が付いてしまったのである。まざまざと、見せ付けられたのである。

 嗚呼、なんということだ。この国の最大のガンは、中曽根であった。中曽根こそが、アメリカの最大の回し者である。彼が日本の伝統だ文化だというのは、そのカモフラージュに過ぎない。他にもアメリカの回し者がいるが、このように手の込んだことをする者は、一人もいない。中曽根は、悪質である。中曽根康弘よ、君には、直ちに死ぬことを許さん。生き恥をたっぷりとかいてから、死すべし。 

(百点。2000年12月25日。26日、加筆する。2001年月13日、14日、19日、加筆する。

Copyright (C) by 石塚狂ニ 1999〜2001.) 

(私論.私見)

 「中曽根こそが、アメリカの最大の回し者である」、実にその通りである。

 2005.10.15日 れんだいこ拝




(私論.私見)