津軽あさこはうすの闘い考

 更新日/2016.1.10日

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ここで「津軽あさこはうすの闘い考」を記しておく。

 2013.8.30日 れんだいこ拝


 吉備太郎の津軽あさこはうすの闘い考  投稿者:れんだいこ  投稿日:2016年 3月18日
 「吉備太郎の鹿久居島原発阻止千日闘争考」、「吉備太郎の三重県芦浜原発阻止37年闘争考」と来れば「津軽あさこはうすの闘い考」もしておきたくなったので急遽記す。

 青森県の下北半島の最北端にある大間町、恐らくこの辺りは津軽と云われるのだろうと思われるが、「山に行けばワラビ、ゼンマイなどの山菜。山葡萄、スグリなどの果実。川ではアユ、ヤマメ、イワナ。海はウニ、アワビ、スズキ、イカ、ソイ、ブリ……」と誇りにされている自然の幸に恵まれた地である。その豊かな自然ゆえに下北半島全体が国定公園に指定されている。そういうところを狙い撃ちするかのように原発屋が策動している。

 1980年代初頭、㈱電源開発による原発建設計画が持ち上がった。1984年12月、町議会が原子力発電所誘致を決議した。大間町議会は議員定数10人で佐藤亮一さんが唯一の反対派議員だった。2008.4月、国から原発設置許可が出される。翌5月、事業者である(株)電源開発が大間原発の建設工事を開始した。

 この時、原発建設予定地には176人の地権者がいた。たった一人を除く地権者175人が買収工作に屈した。熊谷あさ子さん(1938年-2006年)が応じなかった。これを仮に「津軽あさこはうすの闘い考」と命名して確認しておく。彼女は、「畑は売るな」という父の遺言を守り、原発の執拗な土地交渉を頑としてはねのけた。2億円の金額が提示されたが次のように述べて拒否している。金では動かず、祖国と守るべき共同体を知る、要するに歴史目線を持つ津軽姫だったのではなかろうかと拝したい。
「10億円積まれても土地は売らない」、「お金の問題ではない」、「きれいな空気ときれいな水ときれいな海があれば、人間はみな平和に暮らしていける」、「大間の海はマグロやコンブ、ウニ、アワビ…ここで採れないものはないという宝の海です」。

 札束で懐柔することができないとわかると、原発推進グループのお家芸とも云える車による尾行、ヤクザによる説得、脅迫状、町長の圧力…が始まった。あさ子さんはこれにひと通り見舞われた。彼女は村八分状態にされながらも土地売却を拒否し続けた。大間原発の建設が進まなかったのは「津軽あさこはうすの闘い」の賜物である。この闘いがなければ2011.3・11以前に完成し稼働していたはずである。そうすればどうなっていたのか。広瀬隆・氏は講演で次のように述べている。
 「万が一、大間原発が大事故を起こしていたなら、今ごろ青森、北海道はもとより、日本全土は壊滅的な被害を受けていただろう。フルMOX原発の事故による放射能汚染被害はウラン原発の比ではないのだ。仮定の話とはいえ、ある意味、熊谷あさ子さんは日本を崩壊から救った恩人であるといってもいい」。

 原発拒否に失敗した側の福島・飯舘村の酪農家・長谷川健一さんはこう述べている。

(「◎マガジン9による、大間レポート」)(http://www.magazine9.jp/genpatsu/120808/

「私たちは(原発事故によって)すべてを失ってしまった。将来に絶望して自殺した友人もいる。大間の人たちは私たちの姿を見てほしい。原発がどんなものか、事故が起きたら、そこに住む人たちがどんな報いを受けるのかを」。

 大間原発は、「津軽あさこはうすの闘い」の為に、当初予定されていた場所から位置をずらして建設せざるを得なかった。2006.5.19日、あさこさんは、所有地にログハウスを建て「あさこはうす」と命名し、引っ越し準備中に畑で倒れ大間病院に入院、そのまま帰らぬ人となった(享年68歳)。死因が「ツツガムシ病」と発表されたが下北地方でツツガムシ病で死者が出たのは40年ぶりという。変死と見なすべきだろう。

 原発の建設予定地の中に「あさこはうす」がポツンと残された。この頃、夫の海外赴任で長く外国暮らしが続いていた長女の小笠原厚子さんが帰国する。母が原発建設に反対し闘っていたことを知った。「娘に心配をかけたくなかったのでしょうね」。母の思いは娘に引き継がれ、母が遺した「あさこはうす」に月の半分住み、自宅のある北海道北斗市との二重生活を続けている。「あさこはうす」と原発との距離はわずか250m。土地の周りには鉄条網が張り巡らされ、約1キロの細い道を通って辿りつく「あさこはうす」の入り口には電源開発の監視小屋があり人の出入りがチェックされている。さながら「青森県大間町の三里塚闘争」の趣がある。

 事故が起これば一衣帯水の被害者になる函館市民が「津軽あさこはうすの闘い」を支援している。大間原発に対する北海道民の関心が高く海を越えた支援の輪が広がりつつある。現在、「ストップ大間原発道南の会」を母体にする「大間原発訴訟の会」(竹田とし子代表)が建設差し止めを求めて提訴、係争中である。

 「大間原発に反対する大MAGROCK」なる反核ロック・フェスティバルが「あさこはうす」で開催されている。八戸在住のYAM(山内雅一)さんが立ち上げ、武藤北斗さん(当時は宮城県石巻在住。現在は大阪に移住)、冨田貴史さんらが中心となって活動している。全国から数百名規模の若者が集まり、反核ロック・フェスティバル、大間原発反対集会を挙行している。

 2013.6月の大MAGROCK集会で厚子さんはこう訴えた。
「母の7回忌を済ませ、なんとしてもこれ以上原発を増やしていけないと改めて決意しました。地元での活動には限界があるのでこれからは全国の皆さんに支援をお願いしたい。大間原発のことをまだほとんどの人は知らないのでなんとか関心をもってもらいたいのです。野田首相は『国民の生命・財産を守るために大飯原発を再稼働した』と言いましたが、守らなければならないのは子供たちの命と健康であり、財産というのは子供たちのことです。これからの日本を背負っていく子どもたちをこれ以上不幸にさせてはなりません。経済よりも何よりも生命が一番なんです。日本は海に囲まれている国。大きな津波が来たらどうしようもない。そこに一番危険なものが建っていたらどうなるか。地震も津波も自然災害です。でも、原発は違う。前もって防ぐことができるんです。それはすべての原発をなくすことです。今、『あさこはうす』の土地に水を引き、菜の花を植えて一面の菜の花畑にして、子供たちが自然の中で自由に遊べるような場所にしたいと考えているんです。母が最後まで守ろうとしたこの土地を私が引き継ぎ、原発が世界からなくなるまで頑張っていきたいと思います」。

 2013.7.19日、小笠原厚子さんが片道15時間、夜行バスで駆けつけ、毎週金曜日の脱原発抗議行動で声をあげた。国会前と官邸前でスピーチして帰路についた。
「現在、大間原発の工事は(全体の)半分も進んでいません。昨年(2012年)10月に燃料棒を入れる容器はできましたが燃料棒そのものは入っていません。まだ大間原発は『ただの箱』なのです。今ならまだ間に合うんです。これがもし大間原発が稼動してしまったら、(日本に設置される原発は)54基から55基となり、また私たちは子どもたちに負の遺産を残すことになります。もうこれ以上、原発は要りません。子どもたちが安心して将来生活していけるように――その道筋をつけるのが私たち大人の責任です。何としても、子どもたちが安心して暮らしていける社会を作るために、私たちが協力して原発をなくして行きましょう。私の母は、海を守るために、家族を守るために、そして自然を守るために土地を守って来ました。いま、私は母の遺志を継いで、その土地を守っています。まだ大丈夫です。これから改めて、みんなが声を合わせて原発反対の声をあげて行きましょう。地元ではなかなか声をあげられない人もいます。福島の原発事故以前は、『今さら反対しても…』、『どうせ原発はできてしまうのだろう…』、『どうしようもねーべや』等の声も聞かれましたが、事故後は違います。言葉には出さなくても、心の中で『原発はやっぱり要らない』、『原発は危険だ』と言いたい人はたくさんいます。ただ、原発関連の仕事で生活しているために、おもて立って声をあげられない人がいるのも事実です。ですから、こうして官邸前、国会前でみなさんが『大間原発反対』、『大間作るな!』と声をあげ続けて下されば、その大きな声は必ず大間に届くはずです。どうかこれからもよろしくお願いします!。大間はフルMOXの、世界で初めての原発です。もちろん(株)電源開発も、まだフルMOXについては初めてです。この大間で原発が稼動して事故が起きれば、土地、海、動物たち、そして私たちの生活のすべてが破壊されます。私たちはふるさとを失うことになります」。

 2011.7月、ツイッター登録「あさこはうす(公式) @asakohouse 」。
 【公式アカウント/小笠原が更新しています】
 〠〒039-4601 青森県下北郡大間町字小奥戸396 あさこはうす」

 カンパなど/郵便振替口座 02760-3-66063 「あさこはうすの会」宛て
 (asakohouse.cocolog-nifty.com/blog/
 

 あさこはうすで汲み上げていた地下水が枯れてしまい(注:原発工事の関連か?)、日常生活での「水」に不便しているとのこと。電気は自家発電しているとのこと。水の送り先は上記住所へどうぞ。※宅配便の業者によって送り先・電話番号が必要な場合、小笠原厚子さんの携帯番号〔090-9528-4168〕を記入してくださいとのこと(ご本人承諾済)。

「MOX燃料」考

 電源開発ホームページに「MOX燃料」についての説明が見られるが、ウランとプルトニウムの混合酸化物燃料(MOX燃料)を使う「フルMOX原発」について、京都大学の小出裕章氏は次のように述べている。

 「プルトニウムはウランに比べて数十万倍もの毒性を持っています。ウランの代わりにプルトニウムを燃料にするようなことをすれば、燃料製造を含め平常時の危険は確実に増加しますし、万一の事故時の危険も増加します」(創史社『隠される原子力 核の真実』 P48より)

  http://www.jpower.co.jp/index.html

 ◎ マガジン9による、大間レポート

 http://www.magazine9.jp/genpatsu/120808/

 ◎ 「未来の子どもたちへの、おとなの責任」

 http://www.janjanblog.com/archives/78918

 ※ 本記事へのご意見・お問い合わせは下記まで
 pen5362@yahoo.co.jp (三上英次/現代報道フォーラム)   


【熊谷あさ子変死考】
 「★阿修羅♪ > 原発・フッ素44」の魑魅魍魎男氏の016 年 1 月 09 日付投稿「「あさこはうす」の熊谷あさ子さんは、40年間津軽で発生例のないツツガムシ病で急死した」を転載しておく。
 熊谷あさ子さんの「あさこはうす」が一部で話題になっているようだが、この人の死も非常に怪しい。大間原発の敷地の中に土地を持っていた熊谷あさ子さんは、いくら札束を積み上げられてもガンとして土地を売却せず、そこにログハウスを建て「あさこはうす」と命名し、引っ越し準備中に急死した。2006年のことである。

 「あさこはうすレポート」 (建設を通じて考える環境とエネルギー)
 http://kenchiku20.exblog.jp/19179467/

 「2006年 熊谷あさ子 ツツガムシ病で急死 享年68歳。実際に「あさこはうす」への引っ越しの準備中だった。ツツガムシ病はダニの幼虫から感染する風土病だがこの40年間津軽で発生例がなかった。また適切な対処で早期回復する。厚子によると近所の医院で風邪と誤診され解熱剤を処方されたことが原因となっている」。

 ツツガムシ病と言えば、すぐ思い出すのがツツガムシ病の世界的権威であった田宮猛雄である。この人は田宮委員会を組織して水俣病の真相究明を妨害し、被害を拡大させた御用医学者であるが、731部隊のリクルーターでもあり、部下を何人も同部隊に送り込んでいた。その731部隊で、笠原四郎らがマルタ(中国人捕虜)を使ってツツガムシ病の研究をしていた。また戦後1950年代に起きた新潟大学におけるツツガムシ病原菌の人体接種事件でも、米国と田宮の関与が指摘されている。

 40年間津軽で発生例のないツツガムシ病で急死することは非常に不自然であり、あさ子さんは殺された可能性が高い。おそらく731部隊の末裔が関与したのではないか? 原子力ムラにとって邪魔な人間が、こう都合よく急死するのは偶然ではありえない。ヤマトシジミの研究者・野原千代が殺されたのではないかと私が疑うのも、こういった過去の不審死がいくつもあるからである。「あさこはうす」は、娘の小笠原厚子さんが引き継いでいるそうだ。殺されないよう、どうか十分気をつけていただきたい。郵便配達人が来ないと通り道を閉鎖されてしまうので、ぜひ手紙を以下の住所へ送ってほしいとのことである。

 〒039 4602 青森県下北郡大間町字小奥戸396 「あさこはうす」

 (関連情報)

「あさこハウス~関連記事や動画が削除されまくっています~しかし、魚拓を発見!wantonのブログ」
(阿修羅・お天道様はお見通し 2016/1/8)
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/657.html

「推進一色に変化の兆し 函館市の原発反対訴訟に揺れる大間(東京新聞:こちら特報部)」
(阿修羅・赤かぶ 2014/5/1)
http://www.asyura2.com/14/genpatu37/msg/724.html

「〔フクシマ・NEWS〕 大間原発 たった一人の抵抗 小笠原厚子さんの闘い 
全世界に報道(机の上の空 大沼安史の個人新聞)」 (阿修羅・gataro 2011/7/16)
http://www.asyura2.com/11/genpatu14/msg/419.html

「驚愕!御用医学者をさかのぼると、すぐに731部隊に行き着く」(拙稿 2014/5/16)
http://www.asyura2.com/14/genpatu38/msg/205.html

「新潟大学におけるツツガムシ病原菌の人体接種問題」 (ウィキペディア)
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E6%BD%9F%E5%A4%A7%E5%AD%A6%E3%81%AB%E3%81%8A%E3%
81%91%E3%82%8B%E3%83%84%E3%83%84%E3%82%AC%E3%83%A0%E3%82%B7%E7%97%85%E5%8E%9F%E8%8F%
8C%E3%81%AE%E4%BA%BA%E4%BD%93%E6%8E%A5%E7%A8%AE%E5%95%8F%E9%A1%8C

「関係者の不審な死と、冤罪?逮捕事件」 (原発と放射能@初心者専用)
http://www10.atwiki.jp/nuclear_radiation/pages/27.html

「ヤマトシジミの研究者・野原千代さんは殺されたのではないか? 」 (拙稿 2015/10/31)
http://www.asyura2.com/15/genpatu44/msg/238.html

コメント
5. 2016年1月09日 09:31:02 : 1ZMGLSmX2Y : YTCG8V4wmg8[4]
 >ツツガムシ病はダニの幼虫から感染する風土病だがこの40年間津軽で発生例がなかった。

 あさこハウスの大よその所在地は、41.513318, 140.910340で、住所は投稿にあるとおり。投稿にある「津軽」は、誤りで、あさこハウスの所在地を「むつ」あるいは「むつ・下北」地域と言っています。

 http://www.pref.aomori.lg.jp/kensei/shichoson/shichoson.html

 2000-2004年までの、むつ地域のツツガムシの発生状況は、僅かに1件のみ。40年間発症例がなかったは、まんざら嘘ではない。

 >青森県における5年間(2000年~2004年)のつつが虫病の発生状況

 地域的な発生件数を保健所別報告数でみると、八戸地域が18件、青森、上十三地域が13件、五所川原が12件、弘前、むつの順に4件と1件

 http://idsc.nih.go.jp/iasr/26/300/kj3003.html

 つつが虫病患者都道府県別報告数を見ると、興味深いデータが出てくる。福島県が堂々の1位。福島県/2006年 45人、2007年 44人、2008年 67人、2009年 96人。青森県/2006年 28人、2007年 12人、2008年 17人、2009年 16人。

 http://idsc.nih.go.jp/iasr/31/363/graph/t3631j.gif

 ツツガムシ病の病原菌、リケッチア(Orientia tsutsugamushi )は、生物兵器として使用されている。「表8.生物戦の為に製造または研究された微生物」に、ツツガムシ・リケッチアが挙げられている。

 http://www.jomf.or.jp/report/kaigai/29/03.html

 新潟大ツツガムシ病感染実験についても興味深い。どうも、福島原発事故の後始末は、731部隊関係者の後継者(つまり、東大人脈)によって、行われている気配が、見えてくる。

10. 2016年1月09日 13:15:47 : sSJVAIVd0s : L5F4tUKHcm0[106]
▼原子力発電所建設反対派オルグのK氏(熊谷あさ子さん)が変死。
http://www.asyura2.com/0505/genpatu3/msg/416.html





(私論.私見)