れんだいこ概略「衆院解散もしくは内閣総辞職史」、首相の衆院解散権論考

 姉妹サイトは、遅かりしも今ようやく小泉政権瓦解考


Re:れんだいこのカンテラ時評その71 れんだいこ 2005/07/20
 【カラスはいつから白いことになったのか】

 小泉首相の「首相専権による衆院解散論」は本当だろうか。「売り言葉に買い言葉」で衆院解散受けて立つ論が横行するばかりで、法的な面を問題にしていないように思える。社民党の福島は弁護士だろうに何のコメントもない。

 れんだいこは、「カンテラ時評その68」、同「69」で疑問を述べたが、もう少し意見してみることにする。

 その前に経緯を確認しておく。2005.7.5日、郵政民営化関連法案の衆院本会議採決で、政権与党の自民党から51名が造反し、僅か5票差で可決という事態が発生した。参院での法案審議は7.11日から始まったが、衆院同様に造反組の決起が予想され大いに否決含みである。

 この局面で、小泉首相は、参院で法案が否決される事態になれば直ちに衆院を解散するとの「首相の解散権」を振りかざし、総選挙に自信の無い与党議員を恫喝し始めている。恫喝の仔細は割愛するが、これまた前例の無いレイプ手法である。

 小泉首相の「衆院解散は首相の専権事項論」をどう遇するのかが問われている。マスコミは「首相の解散権」を鵜呑みにしたまま、例によって興味本位の報道で後押ししている。野党各党も浮かれている。

 れんだいこが何もしゃしゃり出る必要はないのだけれども、誰も言わないから指摘せねばならない。小泉首相の云うが如きな「首相の絶対的専任権限による衆院解散」は、法的には有り得てはならないのではなかろうか。これを論証してみたい。

 気になって調べてみると、不思議なことにと云うべきか当たり前というべきか、憲法には「首相の解散権規定」はない。且つ戦後から今日まで21回の総選挙が行われてきたが、「衆院可決法案の参院否決による衆院解散事例」はない。つまり、こたびの小泉首相の恫喝は前例破りであることが判明する。そう、「首相の絶対的解散権」とは例のペテン論理ではないのか。

 「カンテラ時評その68、69」で指摘したように、首相には、69条による、内閣不信任案決議を受けての総辞職か衆院解散かの選択権はある。しかし、こたびはこれに該当しない。該当するのは、第59条2項の「衆議院で可決し、参議院でこれと異なった議決をした法律案は、衆議院で出席議員の三分の二以上の多数で再び可決したときは、法律となる」である。但し、首相は、廃案にするのか継続審議にするのか衆院に戻すかの選択権があるということであり、解散権をうたってはいない。

 よって、参院否決を原因として衆院解散を為しえるとするのはオーバーランだろう。つまり、参院へ法案が送られた時点で早くも、首相が「参院で否決されたら衆院解散」なる恫喝を為すのは「勇み足」であり、あまりにもな国会及び議員レイプであろう。

 そういう訳で、小泉的首相専権による衆院解散論は、7条に依拠せざるを得ない。しかし、7条はどうみても「天皇の国事行為」を定めたものであり、首相の解散権を記したものではない。故に、7条でもって首相には衆院解散権が有るなどと主張することは、昔なら不敬罪に値しよう。

 れんだいこの見立てに拠れば、小泉は、靖国神社にせよ敬神ぶって参拝するが、彼が本当に英霊の声に耳を傾けているのかという疑わしい。己の都合で靖国も天皇もレイプしまくっている。平気でこれが出来るところに小泉のブラックユーモアがある。

 れんだいこは、気になって「戦後の衆院解散史」を整理してみた(http://www.marino.ne.jp/~rendaico/toshi/syuinkaisanshi.htm)。

 それによると、衆院選挙は、1946(昭和21)年の第22回総選挙から2003(平成15)年の第43回総選挙まで21回行われている。そのうち内閣不信任案決議に基づく解散は4回である。その他の解散は、恐らく国会開会前ないし冒頭での7条解散なのではなかろうか。それもいわば与野党合意による解散である。抜き打ち、騙まし討ちの場合でも、第59条2項的争点を持たない状態での解散なのではなかろうか。

 つまり、国会が開会され審議に入ったら、衆院解散は69条によるしか方法が無い。第59条2項の場合には、衆院に差し戻し、そこで69条で解散ということになるのではなかろうか。

 というのも、衆院解散というのは本来、首相及び政権党が受けて立つものであって、首相の方から仕掛けるのは邪道ということなのだろう。仮に、首相に専権的解散権というのを認めたら結果が気に入るまで際限無く行われるようになり、おって独裁に近づく、それを怖れるべしとする議会制民主主義の弁えに拠っているのではなかろうか。

 つまり、第59条2項的争点のある場合の「首相の衆院解散権」などというものはない。ということは、第59条2項的争点のある場合、首相はあらかじめ衆院解散論を振りかざすことが出来ないということを意味する。それは当たり前で、政論が分かれる場合、審議を尽くさせる義務が有るからであろう。首相お気に入り結論しか出せない審議なぞあってたまるかよ。

 結論として云えることは、「首相による審議前からの参院否決なら衆院解散論振りかざし」なるものは正体が怪しいというこである。ならば、識者はそう主張すべきところ、そういう声が上がらない。仕方ないので、れんだいこが指摘している。ところが、ここへきてマスコミ各社も気になりだしたのだろう、学者の見解を持ち出して御用化を試みている。

 7.19日の読売新聞は、「郵政法案 参院否決で衆院解散できる? 過去に例無く賛否両論」記事を掲載している。その内容は、社としての見解ではなく任意な学説を持ち出してお茶を濁している。2002年の衆院憲法調査会小委員会での高橋和之東大教授見解「内閣の解散権行使について、内閣が必要と判断した時に行使できるとの理解が実務的且つ通説」なる見解を紹介している。

 この頃、残念ながら文面が分からないが、民主党の島聡衆院議員の質問趣意書が提出されたようである。これを受け、7.19日、政府は閣議で、「新たに民意を問うことの要否を考慮して、内閣がその政治的責任に於いて決すべきものと考えている」との答弁書を決め、首相及び内閣の専権事項論を確認した。

 これを受け、尾身幸次総務局副会長が、小泉首相に対し「参院否決で衆院解散の意思」を確認したところ、小泉首相は、「不信任と看做して解散させる」と述べ、改めて解散の意思の堅いことを披瀝した。「不信任と看做す」というオーバーラン解釈が閣議で確認されたということになる。

 7.20日の毎日新聞は、「参院否決での衆院解散 首相の権限どこまで 学会でも解釈分かれる」記事を掲載している。その内容は、こちらも社としての見解ではなく、任意な学説を持ち出してお茶を濁している。

 読売が東大なら毎日は京大という訳か、京都大学大学院法学研究科の土井真一教授見解「1、衆院で3分の2を確保するための解散。2、参院で重要法案を否決され、国民の意思を問うための解散については憲法上認められる」なる見解を紹介している。別論として、東洋大法学部の加藤秀治郎教授見解「解散権乱発の恐れ有り」を紹介している。

 以下、れんだいこが、追い伏せ批判する。小泉の衆院解散首相専権論はレイプ犯特有の強引な恫喝論であり、ナイフが議会解散に代わっただけのことである。マスコミは、この問題を取り上げながら結局はおべんちゃらしている。なぜ、そういう記事しか書けないのか。東大だの京大だの法学者を持ち出せば、それが正しいというわけでは有るまい。れんだいこはなぞは、権威一つ頼りの愚論押し付けなぞ生理的に反発したくなる性質だ。

 れんだいこに云わせれば、上述のような論法は、カラスを白いと云う為の詭弁法学に過ぎない。それをまことしやかに磨いているだけのことであろう。確かビスマルクの名言「学者は調法なもので御用理論の生み出し名人である。理屈は後から貨車でやってくる」を地で行く論法ではないか。要するに、首相は何をやっても許される結論を導き出すために手を変え品を変え述べているに過ぎない。

 れんだいこが問題をもう一度整理しておく。今問われていることは、「衆院でギリギリの法案可決、参院審議開始」の時点で、首相及び内閣が、「参院で否決なら衆院解散」なる恫喝をすることができるのかどうかである。それは議会制民主主義の原理原則に対するあまりにも露骨な凌辱ではないのかということである。高橋教授よ、土井教授よ、これにつきステキな見解聞かせてくれや。

 次に、参院で否決された場合、法案を衆院に戻す訳でもなく、不信任決議案に依るのでもなく、首相権限でいきなり衆院解散できるのかどうかという問題である。これについては憲法で規定が無い。つまり出来ないと解するのを相当とする。

 但し、無いだけに諸論が生まれるのは良かろう。しかし、へんちくりんな見解でもってこれが通説というのはいただけない。正式には、これがおべんちゃら学説であるというべきだろう。

 さて長くなってきたので結論する。れんだいこが小泉政権の余命を推定するとこうなる。小泉玉は既に5手詰めに入っている。お前には総辞職の道しか残されていない。あがけばあがくほど見苦しいだけで、いよいよ愛想つかされるだろう。世間ではこれを往生際という。
 
 2005.7.20日 れんだいこ拝


【戦後の衆議院解散史一覧表】
選挙 首相 選挙通称 解散日→投票日 解散要因、選挙原因
22 幣原 第1次GHQ解散
【GHQ指令】
1945.12.18→翌04.10  戦後初の総選挙。
23 第1次吉田 第2次GHQ解散
【GHQ指令】
1947.03.31→04.25  新憲法発布に伴う選挙
24 第2次吉田 なれ合い解散
GHQ指令、内閣不信任】
1948.12.23→翌01.23  吉田・民主自由党政権の信任選挙。
25 第3次吉田 抜き打ち解散
【本会議を開かず解散】
1952.08.28→10.01  吉田・自由党政権の信任選挙。
26 第4次吉田 バカヤロー解散
内閣不信任案可決
1953.03.14→04.19  吉田首相の「バカヤロー」暴言から発したハプニング選挙。
27 第1次鳩山 天の声解散 1955.01.24→02.27  鳩山政権の信任選挙(与野党合意)。
28 第1次岸 話し合い解散 1958.04.25→05.22  岸政権の信任選挙(内閣不信任案が出され、採決前に与野党合意で解散)。
29 第1次池田 安保解散 1960.10.24→11.20  池田政権の信任選挙(与野党合意)。
30 第2次池田 所得倍増・予告解散 1963.10.23→11.21  池田政権の信任選挙(与野党合意)。
31 第1次佐藤 黒い霧解散 1966.12.27→翌01.29  「政界黒い霧事件」を廻る野党の審議拒否に対抗した佐藤政権信任選挙。
32 第2次佐藤 沖縄解散 1969.12.2→12.27  佐藤政権が沖縄返還を手土産に信任選挙(与野党合意)。
33 第1次田中 日中解散 1972.11.13→12.10  田中政権が日中国交正常化を手土産に信任選挙(与野党合意)。
34 三木 ロッキード選挙 1976.12.9→12.05  三木政権の信任選挙(任期満了)。
35 第1次大平 増税解散 1979.09.07→10.07  大平政権の信任選挙(与野党合意)。
36 第2次大平 ハプニング解散
【内閣不信任案可決】
1980.05.19→06.22  大平政権の信任選挙(与野党の複雑な駆け引きによるハプニング解散選挙)。初の衆参同日選挙。
37 第1次中曽根 ロッキード判決解散 1983.11.28→12.18  田中元首相判決に対して国会が空転し、中曽根内閣が解散に打って出た。
38 第2次中曽根 死んだふり解散 1986.06.02→07.06  中曽根首相の信任選挙(臨時国会召集、冒頭解散)、二度目の衆参同日選挙。
39 第1次海部 消費税解散 1990.01.24→02.18  海部政権の信任選挙(施政方針演説なしに解散)。
40 宮沢 政治改革解散
内閣不信任案可決
1993.06.18→07.18  宮沢政権の信任選挙(与野党の複雑な駆け引きによるハプニング解散選挙)。 
41 第1次橋本 小選挙区解散 1996.09.27→10.20 橋本政権の信任選挙。
42 神の国解散 2000.06.02→06.25  小渕首相が倒れたことにより後継した森政権の信任選挙(会期末解散)。
43 小泉 マニフェスト解散 2003.10.10→11.09  小泉政権の信任選挙。
44 小泉 2005.08.08→

Re:れんだいこのカンテラ時評その74 れんだいこ 2005/07/28
 【小泉内閣総辞職点灯、首相の衆院解散権考】

 国内政争が盛んになると反米帝闘争に目を向けさせ、反米帝闘争に目が行き始めると国内政争の任意の課題を取り上げる、そういう変調運動派が居る。宮顕系日共史はその山である。今、郵政民営化法案の去就が注目されている。この議論から目をそらさせる訳にはいかない。以上、前置き。

 小泉ご一統の「衆院解散恫喝行脚」は次第に歩行困難になりつつある。首相専権論を弄ぶ小泉の暴君政治ぶりが誰の眼にも浮き彫りになりつつある。郵政民営化法案に手前がそれほどまで執着するのなら、内閣総辞職を賭けて背水の陣で挑むのが筋ではないのか。御身安泰式衆院解散論は国政の私物化以外の何物でもなかろう。

 こったら刃物振りは伝統作法に則り押し込めねばなるまい。むしろ、参院良識派の皆がこぞって反対に廻って圧倒的大差で否決し、政権を野垂れ死にさせてやれば良い。当然衆院解散がなくなるのでみんな安心という訳である。その方がよほど国益に叶っていよう。

 れんだいこは、小泉というトンデモ御仁のお陰で、「首相権限」を論考するはめになった。結論から述べれば、憲法及び内閣法には妙なことにと云うべきか首相専権に関する規定は無い。案外このことが知られていない。そのようなものがあるとするならば、天皇の国事行為のように首相の専権行為が列挙されていなければならない。その規定が無いということはどういう意味か、推して知るべしであろう。

 我が憲法では、「首相権限」は、単独で振り回すことが出来ない仕組みになっている。他の諸々の規定の制限を受けており、つまりは該当各条の中に於いて認められているに過ぎない。それは、議会制民主主義の然らしめるところで、独裁政権出現を抑止する為の賢明なる謀計となっているのであろう。

 首相は、内閣つまり政権の長として位置している。その限りで、各省大臣の職務権限を束ねる指揮権限を持つ。但し、その指揮権限がどの程度の権力かについては過大に見るのか過少に見るのかで諸説に分かれている。

 首相の職務権限を廻っては、ロッキード事件で争われた。当時、全日空は旅客機を大量購入しようとしていた。これに対する田中首相の関与が疑われ、指揮権の経緯が問われた。真相は未だ藪の中であるが、当時のマスコミは、「首相権限万能論」を唱え、田中首相の関与が「あった」として批判を強めた。首相権限が考察されるのは、専らこの職務権限の方である。

 こたび問われようとしているのは解散権限である。れんだいこは、首相の解散権限につき包丁理論で理解している。解散権限は過大にも過少にも使うことが出来るが、その使われ方が問題であり常に合理的に使われねばならない。それは丁度、包丁が刃物になったり道具になったりするのと同様である。その使い方を一々規定するのは馬鹿げている。そういう訳で、権力者の運用能力に任されている。故に、間違っても刃物に使う者をその地位に就けてはいけない。

 こたびの小泉理論は、その稀有な例として立ち現われている点で深刻なのであるが、当人も廻りもあっけらかんである。小泉はんは今頻りに首相専権事項だと吹聴し、マスコミも請け売りし、学者も追従しているが実に馬鹿げている。

 一体、条文をどう読めば、首相専権的衆院解散権などが生まれるのだろう。首相の「伝家の宝刀」は認められているが、無制限自在になせるものではない。首相には国政上の最高責任が伴っており、故に「政治空白」を好んで作り出す術は禁じられていると解すべきだろう。

 首相の「伝家の宝刀」は任意に行使できるものではなく、正確には解散選択権とでも云うべき形で担保されている裏方的権限と解すべきであろう。どうしても止むを得ない場合に行使されるもので、その際には次の条件をクリヤーする必要が有る。

 1・何らかの政治的決着を経た後に於いて与野党合意、内閣合意の為された場合。
 2・解散が世論ムードに支持され、内閣合意の為された場合。
 3・内閣不信任案が提出されたり長期の審議拒否が続く等止むに止まれぬ場合。
 4・ある法案を廻って「衆院可決、参院否決」的係争事態の無い場合。

 れんだいこの見る限り、この4条件のどれかに該当する場合に初めて、首相は衆院解散に打って出ることが出来る。学問的には前二者を「7条解散」、3を「69条解散」と云う。これ以外には無い。4に関係させての「参院否決即衆院解散なる59条2項解散」というものはない。

 いずれにしても、衆院解散は、内閣総辞職を天秤に掛けた上での厳粛且つ高度な政治判断に基づくもので無ければならない。この取り決めは三権分立制及び議会制民主主義の観点から要請されていると思われる。このタガ嵌め抜きの「首相の天衣無縫的解散専権」なるものは存在しない。

 かく確認すべきではなかろうか。実際に、そういう事情からであろう「参院否決、衆院直ちに解散」なる事例は無い。我々は、こういう愚挙を許してはならない。これが常態化すれば議会は首相のイエスマン機関に成り下がり、ひいては無用となろう。

 こたび、参院で否決されたなら、ひとたびは衆院に戻されて、その過程で内閣不信任案もしくは信任案が提起されねばならない。この時、首相は、内閣総辞職か衆院解散のどちらかを選ぶことが出来るという権限が有る。目下、小泉の押し進めようとしているのは、「内閣総辞職判断を跳ね除けた衆院解散一本槍手法」である。それは違憲であり、憲法は首相にそのような特権は与えていない。

 ところが、世に識者はあまた居る筈なのにオツムが足りないのか御用性の為せる技か「首相権限万能論」にシフトしている。小泉の「参院否決なら衆院解散論」に何の疑義も呈さず、オウム報道を繰り返している。

 何と憲法護持派の社共も特段に問題していない。社共系憲法学者が居るだろうに特段の声が挙がっていないように思われるが、何してるんだろう。民主党は党利党略的に「欣喜雀躍して解散受けて立つ論」で対応している。公明党は「嫌々ながらその節は解散受けて立つ論」をつぶやいている。

 オカシイデハナイカと思っていたら、さすがに政権与党の見識は違う。こたびの自民党造反派は正確に「違憲性」を指摘している。つまり、憲法を良く知っているのはむしろ政権与党自民党ハト派(ねじれであろうとも)の方であり、他の連中は役に立たない。そういえば、自衛隊のイラク派兵違憲訴訟においても意気軒昂に登場したのは自民党ハト派の方である。この現象をどう理解すべきか。ここでは言及しないが、俗論では解析困難であろう。

 小泉はんの能力、資質は、木村愛二氏のレイプ訴訟で明らかにされようが、元々オツムがかなり粗雑で、少しでも込み入ったところになると思考がついていけない御仁ではなかろうか。慶応大学「入学二浪、留年三浪、不正卒業」経歴から窺うに、冗談ではなくそういう気がする。

 小泉は去る日、自衛隊の海外派兵の際の従来の仕切り線であった専守防衛区域を廻る遣り取りで、「神学論争不要」と一喝した。思うに、その真意は、彼は混み入った遣り取りになると分からない、故に説明できない、ひたすらブッシュの言いつけを守るのが護身術という作法を確立しているのではなかろうか。

 「神学論争不要」を別の言葉で云えば、「じゃかましい」になる。それはまさにレイプ論法である。マスコミはそれを問題にせずむしろスカッとした気分を伝えてヨイショしていた。これは恐らく御用性というよりも、オツムの程度がお似合いのなのだろう。この連中は、戦前も神州不滅を喧伝し大本営発表を繰り返した。

 結論。小泉の選択肢は内閣総辞職しかない。中央突破を強行せんとすればするほどますます首が絞まることになろう。それは汝には相応しい自滅の構図である。ここ暫くその様を見させてもらおう。

 2005.7.28日 れんだいこ拝

Re:れんだいこのカンテラ時評その75 れんだいこ 2005/07/29
 【小泉首相は日本政治史上初の愉快犯首相ではないのか】

 れんだいこは、小泉首相をあれこれ検証しているうちに気づいた。最近関東の方で自動車パンクの愉快犯騒動が発生したが、小泉はんもまさしく愉快犯首相なのではなかろうか、史上初の。そう考えれば凡てが説明つく。

 れんだいこ始め諸賢が(というのは気恥ずかしいが、まさしくその通りなので仕方ない)頻りに指摘しているが、小泉首相の「参院否決直ちに衆院解散恫喝論」は憲法違反である。このことが次第に認知され始めている。

 2005.7.29日現在、朝日新聞と産経新聞がインターネットで報じている記事を参照すれば、次のような動きが為されていることが判明する。

 綿貫民輔・前衆院議長、渡部恒三前衆院副議長が、連れ立ってかどうかまでは分からないが、首相官邸で細田官房長官と会い、綿貫氏は、「参院での否決で衆院解散などということは過去にあったためしがないし、三権分立の立場からもとんでもないことだ」と申し入れている。渡部氏は、「国会審議中に政府側が解散について言うのは好ましくない」と、発言を慎むよう申し入れた。

 綿貫、渡部両氏はこの後、河野洋平、中野寛成衆院正副議長と国会内で会談し、衆院の権威を守る観点から何らかの対応を取るよう要請した。綿貫氏は河野氏に対し、「理由のない、八つ当たりとも言うべき解散で、万が一にもこのような解散が行われればわが国の憲政史上に重大な汚点を残す」と指摘。河野氏は「全くその通りだ。立法府で審議をしている最中にそういう発言はおかしい」と応じた。

 細田氏から内容を伝え聞いた首相は、官邸で記者団に「意見として承っておきます。(法案については)参院で成立するよう全力を尽くしていますから」と語った、とある。いつもの筋違い返答であるが、そもそも愉快犯と考えればこういう返答もご愛嬌なのだ。

 一体、日本政治はここ5年有余、小泉騒動に明け暮れたが、要するに小泉はんは愉快犯だったのではなかろうか。れんだいこはそれなりに分析してきたが、パンク愉快犯の弁舌を聞いて、言っていることとやっていることが小泉のそれと瓜二つであることに気づいた。そういう意味で、パンク愉快犯はパロディー名人なのかも知れない。

 ほとんどビョーキなのであるが、それにしてもこのサイコパスを大勢の者が阿諛追従してきたことよ。飯島は秘書という職務柄仕方ないにしても、猪瀬よ、田原よ、マスコミ各社の首級よ、政権亡者の魑魅魍魎達よ、遂にお前らが恥をかく時節が到来した。さぁどんな変わり身芸を見せてくれるかな。

 今こう書き付けながら、アンデルセンの「裸の王様」にもそっくりなストーリーであることに気づいた。あれもパロディーだからな。あの時も、王様は宮廷内に止めておけば良いものの、褒めそやす大勢の輩に囃し立てられ、遂に街頭まで繰り出す羽目になった。

 裸の街頭パレードの最中でも、行く先々で「実に素晴らしい、お見事、うっとりするわ、こんな素晴らしい衣装は今まで見たことが無い」などというお追従の波で埋まった。王様はますます満面喜悦有頂天であった。

 媚薬は、王様の着付けが見えない者は馬鹿間抜けという仕掛けにあった。人々は、己がそう見られたくないために口々に競うように提灯し続けた。しかし、媚薬効果が剥がれるとどうなったか。少年の一声でざわめきが始まり、王様はほうほうのていでお城に逃げ帰った。

 物語はこれ以降に就いては詳しく書いていないのでその後の王様の動向が分からない。子供向けの童話本ではケシカランことに本ごとに違う幾つもの筋書きに書き換えられている。れんだいこも実際のストーリーを知らない。

 それはともかく、「参院否決なら直ちに衆院解散」なる小泉恫喝が憲法違反と判明しても、小泉政権は何の咎めもなしに任期を全うし得るのか。我が政界はそれほどやさしくもてなすのだろうか。

 ならば、この愉快犯政治がまだまだ続くことになる。これが芝居なら、見たい者は見ればよいで済ませられるのだが、あいにくそうはいかない。このチャンネルは一つしかないので、見るのか切るのか劇を終りにさせるのかの相対立するどちらかを選択する以外に無い。

 れんだいこの結論は云うまでも無い。小泉構造改革は凡て詐術である。何一つ我々のためになったものはない。ブッシュはんに天文学的な貢(みつぎ)をし続けているので、アメリカ筋から覚えが目出度くなるのは当たり前だろう。もっとも最近は、そのブッシュ軍曹まで愛想を尽かし、小泉伍長を見捨てつつあるやに見受けられる。

 更にお供えします、郵政民営化は必ずやり遂げますから私を見捨てないでと哀訴してはいるが、悪い夢を見させられた公明党の冬芝までもが右顧左眄し始めている。そういう訳で、リンダ調で云えば、もうどうにも止まらない。

 それはそれとして、パンク愉快犯の口舌を正確に知りたくなったので、どなたか、こういう風な言い回しでしたと教えてくれないか。最近、こういう手合いが多い気がする。変な犯罪が増えつつあり、それらを分析するためにも必要と思っているんだ。この意図は愉快犯ではないのだ。

 れんだいこは、小泉はんを今までレイプ犯首相とばかり考えてきたが、むしろ愉快犯首相なのではあるまいか。よって以降は、この観点に切り替える。次に何をやってくれるかな。

 2005.7.29日 れんだいこ拝

【あっしら氏の無限定7条解散違憲論考】
 「阿修羅政治版10」で、あっしら氏の2005.7.21日付投稿「“違憲”の『解散権』を振り回して恫喝する小泉首相:憲法は内閣総理大臣に無条件の衆議院解散権なぞ付与していない」を検討する。

 何度も続いたり長期に存続するものは違憲であっても見過ごされるようになるという典型が、自衛隊と「七条解散」である。小泉首相は積年の主張であった郵政民営化法案を今国会で成立させるため、衆議院の解散をもちらつかせて自民党内の反対派の動きを抑え込もうとしている。

 一部の国会議員は小泉首相が振り回す解散権を違憲だと考えているようだが、主要なメディアは内閣総理大臣に無条件の衆議院解散権があるかのように切った張ったの政局報道を続けている。

 現行憲法下での衆議院選挙(総選挙)は、ほとんどが任期満了ではなく内閣総理大臣による解散で実施されてきた。多くの場合、「衆参ダブル選挙」に代表されるように政権与党が有利な状況で総選挙を実施するための手段として衆議院の解散が使われた。

 しかし、現行憲法が内閣総理大臣に前提条件なしで衆議院解散権が付与していると解釈することは困難である。前提条件なしの衆議院解散というのは、衆議院の内閣不信任案可決や内閣信任案否決という衆議院の国政行為を経ないままの衆議院解散を指す。衆議院が内閣を信任しないという意思表示をしてもいないのに、天皇の国事行為に関する条項(第7条)をダイレクトに使って衆議院を解散できるという“荒業”が通用してきたのが戦後日本の政治実態である。

(私論.私見)

 全体に御意であるが、末尾の「衆議院が内閣を信任しないという意思表示をしてもいないのに、天皇の国事行為に関する条項(第7条)をダイレクトに使って衆議院を解散できるという“荒業”が通用してきたのが戦後日本の政治実態である」は如何なものであろうか。

 れんだいこの検証に拠ると、衆議院解散方程式のようなものが形成されており、歴代政権はこれを遵守している形跡が認められる。その方程式とは、内閣不信任決議案採決であり、これに拠らない場合は事前の与野党合意根回しであり内閣総一致である。こたびの解散はそのどれにも該当していない。まさに憲法及び国会法レイプ手法により解散しているので、そういう意味での違憲性を鋭く追及せねばならないのではなかろうか。

 「衆議院が内閣を信任しないという意思表示をしてもいないのに、天皇の国事行為に関する条項(第7条)をダイレクトに使って衆議院を解散できるという“荒業”が通用してきたのが戦後日本の政治実態である」認識は、安易に政府自民党批判に繋がるものであり、特殊小泉政治の非道性を追求しなければならないのはなかろうか。

 2005.8.11日 れんだいこ拝


 無理筋で行使されてきた「解散権」の該当憲法条文は、
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 第七条【天皇の国事行為】

 天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ。

一  憲法改正、法律、政令及び条約を公布すること。
二  国会を召集すること。
三  衆議院を解散すること。
四  国会議員の総選挙の施行を公示すること。
五  国務大臣及び法律の定めるその他の官吏の任免並びに全権委任状及び大使及び公使の信任状を認証すること。
六  大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること。
七  栄典を授与すること。
八  批准書及び法律の定めるその他の外交文書を認証すること。
九  外国の大使及び公使を接受すること。
十  儀式を行ふこと。

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 列挙されている項目のなかで、その国事行為を行う根拠となる国政行為が憲法条文として示されていないのは「栄典を授与すること」・「外国の大使及び公使を接受すること」・「儀式を行ふこと」の三つのみで、それ以外の七つの項目は、天皇が内閣の助言と承認に基づき行うとしても、それがどのような権源及び国政過程で決定されるものであるかを憲法自身が規定している。

 三項の「衆議院を解散すること」が内閣の判断のみに基づく天皇の国事行為で可能なら、ある内閣(実質的には内閣総理大臣)が憲法を改正したいと考えれば、天皇に助言と承認を与えることで憲法改正を公布できるとも言えるのである。しかし、憲法全体を理解すれば、憲法改正の公布という国事行為は、第九十六条に書かれた国政上の手続きを経たときに初めて可能であるがわかるし、政治に関心がある国民も政治家もそのように理解しているはずである。

 第七条にある「内閣の助言と承認により」という規定は、憲法を含む法律に規定されているとか国政の動きでそのような決定がなされたことはわかるからといって、それを受けた天皇が単独の発意で国事行為を行うことをも禁止し、ある国事行為を天皇がしなければならないことが公知の状況であっても、天皇の国事行為は内閣の管理下で行われなければならないということを意味する。

(私論.私見)

 憲法7条は、字句どおり天皇の国事行為を定めたものであり、戦前憲法に比して「内閣の助言と承認」を要するとの但し書きが付与されていることを理解すればよいのではなかろうか。この7条をもって首相の万能解散権を引き出すなどとは越権解釈であり、戦前なら不敬罪に値すると認識するべきではなかろうか。今日日の御用学者は平気で不敬罪的解釈を引き出して、権力に万能権限を与えようとしている不義を撃つべきではなかろうえか。

 2005.8.11日 れんだいこ拝

 第七条三項の「衆議院の解散」は、
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 第六十九条【衆議院の内閣不信任】

 内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない。
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 という国政過程で内閣が衆議院の解散を選択したことを前提とする国事行為であって、その前提条件がないまま「内閣の助言と承認により」行えるものではない。

 それは、現行憲法の基本理念・体系・条文を考えれば当然のように帰結する判断である。

 政治権力に関する現行憲法は、最高権力機関=国会・議院内閣制・衆議院優位を基本としている。そして、立法・行政・司法の三権分立を実効あるものにしようといくつかの相互牽制策が用意されている。

 国会が国権の最高機関であるのは、国会議員が直接選挙で選出され、国民の権利義務や行政機構の在り方・活動目標を規定する法律を定め、行政権の頂点に立つ内閣を主宰する内閣総理大臣を国会議員のなかから選出し、行政機構の活動原資である予算を承認する権限を有しているからである。

 端的に言えば、選挙を通じて国会より言えば衆議院で多数派を形成した政治勢力がそのまま行政権を掌握しさらには最高裁判事の任命権を通じて司法権にもある程度の影響力を行使できるという統治構造である。

 憲法第六十九条の「衆議院の内閣不信任」は、衆議院自身が選出した内閣総理大臣に対し、指名(任命)後の行政活動からその任にふさわしくないと判断したときや国会議員政治勢力の離合集散があったときに行われる政治的意思表示であろう。

 国権の最高機関である国会のなかで優越的地位にあり内閣総理大臣の指名決定権を有する衆議院なら、“単純”に内閣総理大臣を罷免できるようにしても体系的な齟齬はないと考えるが、三権分立概念からいったん自分を指名した衆議院が辞任を求めた場合衆議院の勢力構成を変え任を継続できる可能性を内閣総理大臣に与えたのである。(衆議院にとっては、自分たちがいったん指名した内閣総理大臣を信任しないという政治的判断をしたら内閣総理大臣から議員を解職されるリスクがあるということになる)

 内閣(内閣総理大臣)が衆議院を自由に解散できるというこれまでの理解は、国民が唯一直接選出することができる国家権力の構成者である国会議員(衆議院議員)を国会議員(衆議院議員)から選出されたに過ぎない内閣総理大臣が自由に解職できるいう転倒した権力関係を容認することになる。

 憲法が第四十一条で「国会は、国権の最高機関であつて、国の唯一の立法機関である。」と規定するのは、国民主権を基礎に、国会構成者(国会議員)が主権者である国民から選出される存在だからである。

 「七条解散」は、憲法第41条が規定する「国会は国権の最高機関」を無効化しかねない違憲行為である。

 ※ 「七条解散」が有効ならば、

 第七十四条【法律・政令の署名・連署】
 法律及び政令には、すべて主任の国務大臣が署名し、内閣総理大臣が連署することを必要とする。

 この規定を利用して、内閣総理大臣は国会が採択した気に入らない法律に署名しないことで、米国大統領のような「拒否権」を行使することもできる。国会が「拒否権」を覆すための規定はないから、日本の内閣総理大臣は選挙で国民から選出された米国大統領さえ手にしない法律拒否権を持っていることになる。

 第74条は、国民の権利制限につながりかねない法律の施行について慎重な手続きを規定したものであって、内閣総理大臣に「拒否権」を付与したものではない。内閣総理大臣に「拒否権」を付与したのなら、国権の最高機関である国会が拒否を覆す手段を規定しているはずである。

 「七条解散」を合憲とするのは、第74条を根拠に内閣総理大臣に国会が可決した法律への「拒否権」を認めるのと同じくらい頓珍漢な憲法理解なのである。

(私論.私見)

 「無限定7条解散違憲論」の違憲性を鋭く問えばよいのではなかろうか。「七条解散」即違憲行為とするには無理が有るのではなかろうか。題名の「“違憲”の『解散権』を振り回して恫喝する小泉首相:憲法は内閣総理大臣に無条件の衆議院解散権なぞ付与していない」でそのまま理解すればよいのではなかろうか。

 2005.8.11日 れんだいこ拝

 続いて、2005.7.30日付け「憲法規定に違背して内閣(行政機構)優位の統治構造が維持されてきた日本」を検討する。

Q1:「衆議院が内閣を信任しないという意思表示をしてもいないのに、天皇の国事行為に関する条項(第7条)をダイレクトに使って衆議院を解散できるという“荒業”が通用してきたのが戦後日本の政治実態である。」において、あっしらさんは“荒業”が通用してきた原因を何に求めることができると思量されるでしょうか。


A1:まずは、日本国憲法が国民的議論を通じて成立したものではなく、原案が米国政権が主導したGHQによって提示され、大日本帝国憲法の統治構造のなかで政治経験を積んだ行政機構がGHQと交渉しながら成案をつくったことをあげたいと思います。(形式的にも、天皇の裁可で憲法は交付されています)

 このために、日本国憲法を体系的・構造的に把握する論議過程が希薄で、逐条的な解釈の説明がなされた程度で成立したという経緯があります。行政機構が主導する限り、自分の手が縛られるような条文表現や解釈を避けるのは避けがたいものがあります。

 大日本帝国憲法は天皇大権を軸とした行政権優位の統治構造を示しており、第五条で 「 天皇ハ帝国議会ノ協賛ヲ以テ立法権ヲ行フ」とあるように、議会(国会)は立法権を有するわけではなく天皇(行政機構)の立法権に協力する存在でしかありませんでした。婦人参政権も付与された戦後第一回の“帝国議会”総選挙を経ての議決とはいえ、議員のなかに戦前的議会観が根強く残っていたと推量します。

 現在なお一般的雰囲気ではないかと思われるのは、行政(内閣)が最大の政治力を持っているという国家観です。日本国憲法を体系的に考えれば、内閣は、日常的外交において優越的権限を有しているとしても、それ以外は国会が定めた法律を執行する機関でしかないと言えます。予算編成権はありますが、予算そのものが法的根拠を必要とするわけですから、法を執行するための資金的基礎を算段するものでしかないはずです。

 内閣(行政機構)が政治を行うものという憲法に違背する観念が一般化していることが“荒業”が通用してきた大きな要因だと考えています。

 内閣(行政機構)優位思想は、成立してきた法律のほとんどが内閣提出の法律案であることに大きな疑念が提示されていないことからもわかります。憲法を体系的にきちんと理解すれば、内閣に法律案を国会に提出する権限があるかどうか、極めて“あやしい”ことがわかるはずです。

 根拠になっている憲法条文は第七十二条の「内閣総理大臣は、内閣を代表して議案を国会に提出し、・・・」ですが、そこで言う議案に法律案が含まれているとは言えません。なぜなら、次の第七十三条【内閣の職務権限】で列挙されている職務権限のなかに、法律案を作成し国会に提出するという項目がないからです。

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 [参考]

 第七十三条【内閣の職務権限】
 内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ。
一 法律を誠実に執行し、国務を総理すること。
二 外交関係を処理すること。
三 条約を締結すること。但し、事前に、時宜によつては事後に、国会の承認を経ることを必要とする。
四 法律の定める基準に従ひ、官吏に関する事務を掌理すること。
五 予算を作成して国会に提出すること。
六 この憲法及び法律の規定を実施するために、政令を制定すること。但し、政令には、特にその法律の委任がある場合を除いては、罰則を設けることができない。
七 大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること。
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 第七十三条に拠れば、第七十二条で言う「議案」は、「承認を得るべき条約」であり予算案を指しているのであって、法律案は「議案」に含まれていないとも言えます。

 国会(国会議員)は、自身の“専権”である立法行為を内閣(行政機構)に簒奪され、帝国憲法の時代と同じような「内閣の立法権の協賛者」的地位に甘んじているのです。

 内閣総理大臣が内閣の構成で絶対的な権限を持ち、内閣総理大臣は国会で指名(任命)されるという点で決定的な違いはありますが、立法権に関して国会は帝国議会的役割しか果たさないという実態が続いています。

 “荒業”は通用して他の要因をあげると、

 1)内閣総理大臣を出す政治勢力(与党)が長期間にわたって一つの政党であったこと。
 与党の交替があれば、行政権の専横性を知っているもの同士ですから、それを抑制すべきという声があがり、抑制の根拠として憲法がしっかり見直しされたと思っています。

 2)いわゆる護憲派が、第9条や国民の権利に関する諸条項に憲法の“魅力”を見い出し、三権による国家統治の規定内容については表面的理解(三権分立といった程度)で済ましてきたこと。

 3)1)と関わることですが、野党は立法能力が不十分であったり立法に必要な議員数がない一方で、与党は官僚機構との結びつきを“政治力”の源泉としてきたこと。
 与党は官僚機構出身者を数多く国会議員にしていますし、与党の国会議員は地域や業界の利益を手に入れることを主眼としてきたので立法行為そのものにあまり関心がなく、もっともらしく要領もいい法律を官僚に作成してもらったほうが“合理的”だと考えてきたと思われます。


Q1:また、それと関連して「このような論をバカバカしいとお思いかもしれないが、国家機関や政治勢力の恣意的な動きを抑制する要諦は憲法を頂点とした法規定を遵守させることにあるから、ないがしろにすることはできない。」において、憲法をその本義に則って機能させるためにはどうしたらよいのか、妙案がありましたらご提示いただければ幸甚に思います。

A1:たいへん難しいテーマですね(笑)。
「大東亜戦争」とその敗北を経ても、支配層の責任を追及することもなく依存を続けてきたことを考えると・・・・ため息が出るだけです(笑)。法学者やメディアさらには野党も、物事(憲法)をきちんと考えているようには見えません。ざっくばらんに言うと、国民の多数派は憲法そのものにそれほど関心があるわけではなく、自分がしたいことを邪魔されたくないとか、自分の利益がより多くなればいいといった感じで政治を見ていると思っています。(それはそれで政治の本質を突いてはいると思っています)

 現状は、こうやってグチを書いて、一人でも多くの方が、そんな憲法解釈もあるのかとか憲法規定はとても重いものなんだと考えていただくしかないと思っています。権力をめざす政治活動をやる気はないので、現実的に極めて重要なテーマについてはこんな応答しかできません。


 続いて、2005.8.29日付愚民党氏の「新党日本の田中代表:郵政解散は「憲法違反・議会民主主義の否定」 (ブルームバーグ) 」。原文は「新党日本の田中代表:郵政解散は「憲法違反・議会民主主義の否定」 (ブルームバーグ)」。

 2005年8月28日(日)12時05分

 8月28日(ブルームバーグ):与野党の党首、幹事長は28日、NHKテレビ番組「日曜討論」に出演し、郵政民営化関連法案が廃案となったのを受け、小泉純一郎首相(自民党総裁)が断行した衆議院解散・総選挙に対する賛否をそれぞれ表明した。新党日本の田中康夫代表(長野県知事)は、「憲法違反、議会制民主主義の否定だ」とし、与党側にかみつく場面があった。

 発端は、自民党の武部勤幹事長の発言だった。武部氏は「郵政民営化は国民との約束であり、廃案にしていいのかということだ。そこで小泉首相が国民の声を聞きたいということで、国民投票をお願いした」と主張した。

 これに対し、田中氏は「大変重大な発言だ。衆院で可決して参院で否決したから国民投票で総選挙だとおっしゃった。これは憲法違反、議会制民主主義を否定することになる」と痛烈に批判。「今までのそのような形はない。議会制民主主義の中で、誰がどういう根拠で決めたのか。自民党をまとめられなかったのはあなた方の責任だ」と追及した。

 一方、公明党の冬柴鉄三幹事長は「憲法7条には『内閣の助言と承認により、天皇は衆院を解散できる』と規定されている。7条解散はいろいろ議論はあるが、認められている。何が憲法違反なのか」と反論した。

         「小泉劇場」で民主、自民が応酬

 民主党の岡田克也代表は今回の衆院選(30日公示、9月11日投票)について、「小泉劇場で『刺客』や『郵政』を一辺倒で騒げば、国民が飛びついて選挙に勝てるだろうという国民観であり、邪道だ」と述べ、郵政民営化の是非を衆院選の最大の争点に絞った小泉首相の政治手法を批判した。

 これを受けて武部幹事長は、「小泉首相は国民本位の考え方で、郵政民営化で国民の考え方を問うということだ。決して邪道ではない。田中さんがおっしゃったようなことはない。公約を立てたわけだ」と訴えた。

       衆院解散の憲法規定は2つ、参院廃案は2度

 日本国憲法は衆院解散を2つの条文で規定。1つが内閣の助言と承認により天皇が国事行為として行うことを定めた「7条解散」。もう1つは、衆院で内閣不信任決議案が可決、もしくは信任案が否決した時に内閣が実施する「69条解散」。

 現行憲法下で行われた解散は過去19回。参院での法案処理に伴い衆院が解散された例はなく、今回の「郵政解散」は極めて異例。

  一方、衆院を通過した法案が、参院で廃案になったケースは吉田茂内閣当時の地方税法案(50年)と国家公務員法改正案(52年)と2回ある。

 記事に関する記者への問い合わせ先:東京 山村 敬一 Keiichi Yamamura kyamamura@bloomberg.net

(私論.私見) 新党日本の田中代表の「憲法違反、議会制民主主義の否定だ」の的確さと、公明党と冬柴幹事長の不敬発言について

 新党日本の田中代表は、こたびの衆院解散に付き的確にも「憲法違反、議会制民主主義の否定だ」と批判した。これに対し、公明党の冬柴幹事長は、「憲法7条解散合憲論」で応酬している。しかし、冬芝よ、誰が見ても憲法7条は天皇の国事行為を記したものであり、この規定から首相専権論を導き出すのは邪道だろう。正式な法律用語ではどういうのか知らないが、越権解釈であろう。

 逆に解釈すれば、憲法7条から首相専権論を導き出す公明党は、天皇を不敬していることになるだろう。この問題につき、天皇制護持派から公明党批判の声が上がらないのは脳軟化していると云えよう。

 2005.8.29日 れんだいこ拝

【衆院解散首相専権論に対する最高裁判決及び真野毅・氏の補足意見】
 インターネット上の「現役雑誌記者による、ブログ調査分析報道!」で、「衆院解散首相専権論」を廻る最高裁判例が紹介されているのでこれを検証する。

 2005年08月07日

 資料・最大判昭28・4・15 最 高 裁 判 所 判 例 集 判 決 全 文 表 示

◆ S28.04.15 大法廷・判決 昭和27(マ)148 衆議院解散無効確認請求

 判例 S28.04.15 大法廷・判決 昭和27(マ)148 衆議院解散無効確認請求(第7巻4号305頁)
 判示事項:  日本国憲法第八一条と最高裁判所の性格。
 要旨:  憲法第八一条は、最高裁判所が違憲審査を固有の権限とする始審にして終審である憲法裁判所たる性格をも併有すべきことを規定したものではない。
 参照・法条:憲法81条
 内容:件名  衆議院解散無効確認請求 (最高裁判所 昭和27(マ)148 大法廷・判決 却下)
 原審 
 主文

 本件訴を却下する。訴訟費用は原告の負担とする。
 事実及び理由
 案件の判断に必要な範囲において事実を摘示すれば、本件訴は当裁判所が司法裁判所である以外に、始審で且つ終審として、一切の法律、命令、規則又は処分の憲法に適合するか否かを審判すべき唯一の憲法裁判所たる性格をも有することを前提として、特に最高裁判所大法廷に提起されたものであることは、その主張自体に徴して明らかである。

 しかしながら、わが現行法制の下にあつては、ただ純然たる司法裁判所だけが設置せられているのであつて、いわゆる違憲審査権なるものも、下級審たると上級審たるとを問わず、司法裁判所が当事者間に存する具体的な法律上の争訟について審判をなすため必要な範囲において行使せられるに過ぎない。

 すなわち憲法八一条は単に違憲審査を固有の権限とする始審にして終審である憲法裁判所たる性格をも併有すべきことを規定したものと解すべきではない。この見解の維持せらるべき所以は、さきに当裁判所が昭和二七年(マ)第二三号事件の判決において示したとおりであり、これと反対の見地に出でた原告の所論には賛同するを得ない。

 されば本件訴は、現行法制上認められていない憲法裁判所なるものを想定の上、当裁判所がその憲法裁判所に該当し、しかもその憲法裁判所の所管すべき事案として提起せられたことに帰するのであるが、現行法制上司法裁判所としてのみ認められている当裁判所においては、かかる訴はこれを不適法として却下せざるを得ないのである。

 よつて民訴二〇二条、八九条に従い主文のとおり判決する。この判決は裁判官真野毅の補足意見を除く裁判官全員一致の意見によるものである。
 裁判官真野毅の補足意見は、次のとおりである。
 わたくしは、裁判官として憲法を尊重し擁護する義務を負うが故に、そして衆議院の解散問題は日本の政治の現在及び将来に関し重大な意義と価値を有するが故に、年来の所信をここに述べることとした。端的にいえば、わたくしは、本件のごとき解散は憲法に違反するものと考える。その理由は、おおよそ左のごとくである。

 憲法が衆議院の「解散」という文字を使つているのは、七条と六九条の二箇条だけである。そこで、従来の解散に関する論議は、主として、七条により広い内閣の衆議院解散権が憲法上認められるか、または六九条の場合のみに限り狭い内閣の解散権が認められるか、という点に集中されているの観があつた。しかし、わたくしの結論を真先にいつてしまえば、(一)六九条の場合に内閣は、衆議院を解散することを得ると共に、(二)国会が自主的に衆議院解散の決議をすることによつても、解散はできるとわたくしは信ずるのである。

 一 憲法六九条は、「内閣は、衆議院で不信任の決議案を可決し、又は信任の決議案を否決したときは、十日以内に衆議院が解散されない限り、総辞職をしなければならない」と規定している。だから、この規定の前段にあたるときは、内閣は衆議院を解散するか、または総辞職をするか、何れかの一つを択ぶべき義務があり、従つてその反面の解釈としてこの場合に内閣は衆議院を解散することを得るのは疑のないところであり、かつ争のないところである。

 しかし、これは三権分立の原則から当然に、内閣にこの解散権が認められるというわけのものではない。なぜならば、解散権は、もとより三権分立の意義における行政権に属すべき性質のものではないからである。かように解散権は三権分立の原則には反するが、後に述べる国権の抑制均衡の原則から認められたものであることを先ず銘記べきである。そして、この場合の解散についても、憲法上解散し得るという法律問題と、政治的に見て現実の事態が解散を適当とするか否かの政治問題は、厳格に区別して考察しなければならぬ。法律的に適法な解散であれば、裁判所における問題とはならないが、それがもし政治的に妥当でない場合には、国民に対し政治的責任を負うことは言うを待たない。すなわち、解散後の総選挙において主権者である国民が、十分批判し、自主的な投票を投ずることによつて正しい審判を下すわけである。

 二 次に、憲法七条は、「天皇は、内閣の助言と承認により、国民のために、左の国事に関する行為を行ふ」と定め、その三号に「三 衆議院を解散すること」と規定している。この規定を根拠として、多くの者は、内閣は広く一般に衆議院を解散する権限を有すると解釈しようとしている。すなわち、政治的な当・不当は別として法律的・憲法的には内閣は、いつ何時でも、自由に、勝手放題に、衆議院を解散することを得るのであり、それで適法・適憲であると解釈するのである(以下七条論者と略称する)。

 この七条論者のような考え方は、結局誤りであるとわたくしは思う。憲法一条は、日本国の主権は、日本国民に存し、天皇は日本国の象徴であり日本国民統合の象徴である旨を定め、三条には、「天皇の国事に関するすべての行為には、内閣の助言と承認を必要とし、内閣が、その責任を負ふ」と定め、四条一項には、「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ、国政に関する権能を有しない」と規定している。それ故、天皇が国事行為を行うには「内閣の助言と承認を必要とし」ていることは、四条ですでに確立された要件である。だから、七条で「内閣の助言と承認により」といつているのは、言わずもがなのことを念のために繰返しただたけのものである。いわば全くの蛇足である。これがなくても、七条の定めるところの国事行為に「内閣の助言と承認」が必要であることは、憲法の解釈上毛頭疑いがない。七条で「国民のために」といつているのも、すでに一条で宣明された主権在民の考えを念のために一層明らかならしめたに過ぎないものである。これも、いわば盲腸的存在である。七条にこれがなくとも、同条の意義には格別の差異が生ずることはない。かようにあつてもなくてもよいものを、活け花の場合のように剪り除いてしまうと、七条の真の姿は「天皇は左の国事に関する行為を行う」という純化した形になつてしまうのである。四条で「天皇は、この憲法の定める国事に関する行為のみを行ひ」といつているから七条ではこれを受けて、天皇の行うことを得る国事に関する行為を列挙したものである。すなわち、七条は天皇の行う国事行為の種類を限定したのに過ぎない。

 したがつて、この七条は、内閣が衆議院を解散し得るかどうかの権限を定めたものでないことは、法文上極めて明白であるといわねばならぬ。七条論者は、七条三号により、天皇は「内閣の助言と承認により」「衆議院を解散すること」を行うのであるから、天皇に助言と承認を与える内閣は、実質的に衆議院を解散する権限を有すると主張している。

 しかし、これは七条法文の字句の末節に拘泥し、憲法の大きな原理や、憲法の他の規定を、考慮しない独断的な見解である。大体、前にもいつたように七条における「内閣の助言と承認により」という句は、なくもがなの蛇足に過ぎないのである。七条論者はこの蛇足に取りすがつて、内閣の衆議院解散権を導き出そうとしているが、その態度・方法がすでに根本的に誤つていると思う。だが、三条によつて、天皇のすべての国事行為には、内閣の助言と承認を必要とすることは疑いないし、四条によつて、天皇は、国政に関する権能を有せず、ただ憲法に定める国事に関する行為のみを行うことは明らかである。したがつて、国政すなわち国の統治行為に関する権能は、天皇以外の国家機関に属することも明らかである。

 国政は、国の政治の実質的・実体的のものであつて、直接間接に国民の利害得失に関することが多大であるから、それが三権分立と抑制均衡の憲法上の二大原則によつて、天皇以外のそれぞれの責任ある国家機関に分配されているのである。これに反し、国事行為は、形式的・儀式的のものであつて、国民の利害に実質的な影響を及ぼすものでないから、日本国の象徴である天皇をして行わしめるとしたのが、四条の精神である。七条三号によつて天皇は、衆議院解散という実体的な国政を行うのではなく、ただ解散に関する形式的な儀式的な手続を行うだけのものである。しかも、天皇がこの国事行為を行うについても、「内閣の助言と承認を必要とし」たのが三条の趣旨である。内閣の助言と承認は、天皇の行う国事行為に対するものであり、天皇の権能に属しない国政に対するものでないことは明らかである。また、三条によつて内閣が負う責任とは、天皇の行う国事行為に対する内閣の助言と承認に対して負うべき責任をいうのである。国事行為の実体である国政そのものに対する責任は、三権分立と抑制均衡の原則により、国政を行うそれぞれの国家機関が負うべきものである。それ故、内閣が天皇の行う国事行為に対し助言と承認を与えること又はこれについて責任を負うことを理由として、衆議院の解散という実体的な国政について天皇ないし内閣に権限があると論ずる七条論者の主張は、全く根拠のない本末をわきまえざる議論である。

 もし、七条論者のように、七条で内閣が助言と承認を与えるから、国事行為の実体である国政の決定も内閣の権限に属するというならば、七条一号に定める憲法改正・法律の公布の実体たる憲法の改正や法律の制定も内閣の権限に属すると解釈できる不都合な結果を生ずるわけである。この一点からいつても七条論者の誤つていることは明らかであるということができる。しからば、実体的な国政について、いかなる国家機関が権限を有するかは憲法全体の総考慮から判断すべき事柄である。

 さて、わが憲法は、三権分立と抑制均衡の二大原則の基盤の上に立つている。およそ立憲国における憲法は、一人又は一群の少数者が国家権力を掌握する独裁ないし専制政治を排除し、権力の不当独占ないし集中を阻止し、もつて国民の自由と基本的人権を擁護するために、統治権力を分割すると共に、この分割された権力をそれぞれ各独立の国家機関をして行使せしめる機構を定めているのである。そして、通常統治権力を、統治作用の本質により、立法・司法・行政の三作用に分ち、立法権は立法府に、司法権は裁判所に、行政権は行政府に属するものとして、権力の分配を行つている。わが国では一般にこれを三権分立と呼んでいる。

 これと同時に、この統治作用の本質による三権の分立だけでは、とかく独立割拠の弊に陥り、国政の円満な運営は期待し難いという考慮の下に、各国家機関をして相互に他を抑制せしめ、各機関の間に権力の均衡を保たしめることを目的とする調整作用として抑制均衡(チェック・エンド・バランス)の制度を採り入れている。

 例えば、本質的には立法権に属すべき法律制定及び本質的には行政権に属すべき行政処分について、違憲審査権が裁判所の権限に分配され、また逆に本質的には司法権に属すべき裁判官に対する弾劾裁判が国会の権限に分配され、一般に裁判官の任命が内閣の権限に分配されているがごときものである。

 かくて憲法は、三権分立と抑制均衡の二大原則の交錯と調整の基礎の上に成立つている。そして、三権分立によると抑制均衡によるとを問わず、憲法上一つの国家機関に分配賦与された権限は、その機関の活動し得る領域の範囲を画するものであつて、従つてこれはその機関の活動し得る積極的限界である。この一つの国家機関の活動の積極的限界は、とりもなおさず同時に、他の国家機関の活動することを得ない消極的限界であつて、他の機関は恣にこの限界を超えて他の領域を侵犯することは許されない。かくて、憲法上分配された各国家機関の権限は、互に独立であつて、互に相侵すことのできないのが憲法の根本原理である。

 もし、一つの国家機関に分配された統治権力が、他の機関によつて随意に侵され得るものとすれば、異る二つ以上の権力が同一機関の下に不当にかつ過度に集中することとなり、三権分立と抑制均衡によつて独裁ないし専制政治を排撃し、国民の自由と人権を擁護せんとする憲法の最大目的は、跡方もなく踏みにじられてしまうに至るであろう。

 そこで、再び憲法七条に戻つて考えてみたい。「衆議院を解散すること」は、統治権力の本質からいえば行政権に属しないことは明らかである。七条論者の中には、衆議院の解散は、立法でもなく、司法でもないから、行政権に属するという単純な考え方をするものがあるかも知れない。しかし、これは、三権分立を真に理解していないところから生ずる、間違つた議論である。

 三権分立は、前にもいつたとおり、国権を平面的にその本質に従つて、立法・司法・行政の三つに分配すると同時に、その分配された権力をそれぞれ独立の国家機関をして行わしめる機構である。ただ単に、国権を三つに分けるというだけでは、何の意味もない。分けられた権力を、各独立の機関が、他から制肘を受けず、自主的に行使するというところにむしろ重点があるのである。

 なぜならば、いくら権力を三分しても、よしや四分・五分してみたところで、同じ機関がそれを兼有するというのでは、何の曲もなく全く意義がないからである。三権に分配された権力の範囲は、互に他から繩張りを侵されない建前であるから、その分配された各権力を行う各機関は、互に独立であり自主的の存在を有し、互に他の機関によつて根本的に主体性を滅却せしめられることはないのが当然である。例えば、国会は、内閣総理大臣を指名する権限を与えられているが(六七条)、三権分立の原則からいえば、国会は、内閣総理大臣を罷免し又は内閣を総辞職せしめることはできない。これと同様に、三権分立の原則からいえば、内閣は、衆議院を解散することはできない。

 次に、抑制均衡の原則から眺めてみよう。この見地からいつて、内閣は衆議院を解散する権限を有すると見得る憲法上の根拠があるであろうか。この点が本問題の一番の急所であり、最も大事なキー・ポイントである。憲法上行政権は内閣に属する(六五条)。言いかえれば、三権分立の原則により、内閣は行政権を行う権限を分配されている。この本質上の行政権のほかに、抑制均衡の原則により、内閣に賦与されている権限は、六条二項・六九条・七九条・八〇条等において特に定めるものを除き、概括的に七三条において規定されている。

 すなわち、七三条は、「内閣は、他の一般行政事務の外、左の事務を行ふ」と定め、一号ないし五号の中には、別段この規定がなくとも行政権に属するものであるが、旧憲法において天皇の大権とされていた事項もあるから、念のため内閣の権限に属することを明確ならしめたのである。そして、六号には「政令を制定すること」、七号には「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を決定すること」を挙げている。政令を制定することは、本質上立法権に属し、大赦、特赦等の恩赦は本質上司法権に属すると見ることができるが、抑制均衡の原則によりこれを特に内閣の権限に属せしめたのである。

 しかるに、重大な政治的・社会的意義を有する「衆議院を解散すること」については、七三条においては内閣の権限に属せしめられてはいない。ただ僅かに六九条において内閣が衆議院を解散し得る場合のあることを定めているのみである。それ故、抑制均衡の原則から言えば、衆議院を解散することは、六九条の場合を除き、内閣の権限に賦与されていないと論結しなければならぬ。もし、七条論者のように天皇の国事に関する行為を列挙した七条三号に「衆議院を解散すること」とあるだけで、それが内閣の権限に属すると解すべきものだとするならば、七条六号に「大赦、特赦、減刑、刑の執行の免除及び復権を認証すること」とあるだけで、同様にそれが内閣の権限に属すると解さるべき道理であり、果してしからば、七三条七号において「大赦、特赦、減刑、刑の執行免除及び復権を決定すること」をわざわざ内閣の権限に属せしめる必要はないではないか。却つて逆に、内閣の権限とするためには七条六号だけでは事足りないから、七三条七号を設けたにかかわらず、七条三号だけで七三条中に何等の規定を設けていないのは、衆議院の解散は内閣の権限に属せしめられていない証拠となるのだ。この点からいつても、七条三号から内閣の権限を導き出すことはできないと言わねばならぬ。

 旧憲法時代には完全な三権の分立も認められておらず、天皇はいつでも議会を解散することを得たのだが(七条)、この惰勢から来る内閣は衆議院を解散し得るという考え方は、新憲法の下では断然払拭しなければならない。

 さらに視野を広くして、憲法全体から実質的に権力の抑制均衡の実態を考えてみよう。およそ現代国家においで行政権の分野が、逐年拡大強化されていくことは、すべての文明国に共通の現象である。わが国においても、また然りであつて、日常国民の直接に接触する統治権力の大部分は殆んど行政権である。この行政権こそは、現代国家機構における巨大なレバィァザン的存在である。

 わが憲法の行政権の実質的内容は、それ自体広汎強大なものである。この内閣の首班である内閣総理大臣は、国務大臣を任命し、また任意にこれを罷免することができる(六八条)。それ故、内閣は合議体ではあるが、実際においては閣僚に対し生殺与奪の権を握つている内閣総理大臣の独裁下にある。少くとも容易に独裁下におかれ得る。また最高裁判所裁判官及び下級裁判所裁判官の指名又は任命は、内閣の権限に属する(六条、七九条、八〇)条)。その任命等につき国会・衆議院・参議院その他の同意を必要としない。(米国では連邦裁判官は大統領によつて任命されるが、上院の同意を要する。)その上、七条論者のように内閣が任意に衆議院を解散する権限を有することを認めるならば、内閣の首班である内閣総理大臣は、衆議院に対しこの解散権をひらめかすことによつて、立法府に対しても非常に強大な支配力を及ぼし得る地位に立つことになるわけである。

 元来国会は、主権者である国民の代表者の集合体であつて、当然国権の最高機関である(四一条)。これに反し、内閣総理大臣は、国会の議決で指名されるものであり(六七条)、内閣は、行政権の行使について、国会に対し連帯して責任を負うべきものである(六六条)。そして、ここにいう「行政権の行使」とは、三権分立の原則によつて、本質上行政権に属するものの行使のみではなく、抑制均衡の原則によつて、行政府に賦与された権限の行使をも含むことは言うを待たない。すなわち、内閣は、憲法上分配されたすべての権限の行使について、国会に対し責任を負うべきものであると言わねばならね。いわば国会ほ監督者であり、内閣は被監督者である。この関係においては明らかに、国会は主であり、内閣は従である。国会は優位にあり、内閣は下位にある。

 しかるに、七条論者のように、内閣は、法律上全く自由に、何時でも衆議院を解散することを得るものとするならば、責任を問われる地位にある内閣が、自己に対し責任を追及する立場にある衆議院を解散し、これを抹殺することによつて、法律上責任の追及を不当に免れ得る結果となる。これでは主従の地位の顛倒も甚だしいといわねばならぬ。それは、恰も債務者が、債権者の首をはねる権利をもつことを、認めるに類する滑稽さがあるように思われる。非か。わが憲法のごとく代表制民主制度の下において、主権者たる国民の代表の集合体である国会は、憲法の明文においても国権の最高機関であると謡われているにかかわらず、そして内閣の監督者としてその責任を追及することを得る地位にあるにかかわらず、国会の主要構成部分である衆議院が、被監督者である内閣の欲するがままに、法律上は、全く任意に、勝手気儘に、何時でも、拔打的・闇討的に解散されるというのでは、代表制民主政治は常に基盤がグラグラし、衆議院の生命は二六時中風前の燈火のごとく揺らゆらしている。

 こんな有様で内閣が活殺自在の劒を握つているようでは、どこに国会の独立と権威があるであろうか。これでは、三権分立も、抑制均衡も、民主政治も、憲法の根柢も、皆共に支離滅裂し、瓦解してしまうではないか。殷鑑遠からず、十数年前にある。あえて、ヒトラーの国会解散の暴政の数々の例を引いて、論証する煩を重ねることを要しないであろう。国会の弱体であるところに、独裁政治は常に頭をもたげて来る。独裁政治の行われるところ、国会はますます弱体化する。国会の強力なところに、民主政治は発達する。

 国会の強力こそは、独裁政治の出現を阻止する城壁である。しかのみならず、民主政治における選挙は、機会均等を前提とする。すなわち、同等の立場に立つてフエア・プレイによつて投票の獲得を争うことを本義とする。しかるに、抜打解散では、政府与党は野党に比し、不当に有利な立場に立つことは明白である。かようなハンディキャップのついた条件の下に行われる選挙は、公正なものということができないばかりでなく、民意が真に正しく反映して表明されることは不可能となるであろう。民意の真正に表明されない選挙によつては、ほんとうの民主政治は発達せず、美果を結ぶことはできない筈である。

 さらに、七条論者の結論を採れば、前にいつたごとく憲法上内閣総理大臣は、行政府に対するばかりでなく、司法府に対しても、立法府に対しても、甚だしく強大な権力と影響力を及ぼし得ることとなるは必然である。かくては、内閣総理大臣という一人の具体的人格に過度の諸権力が、容易に集中し、その結果独裁ないし専制政治に陥り易きに至ることは、火を見るよりも明らかである。

 思つてもみるがいい。冷静に、かつ虚心に。彼の太平洋戦争の苛烈な戦火の洗礼を受け、廃嘘のどん底に沈んだわが国民は、何物よりも独裁ないし専制政治の再現を、恐れかつ憎んでいるではないか。こういつた体験と環境と条件の下に出来た憲法を、前述のごとく成法上何ら確たる根拠もないのに、独裁ないし専制政治の再現を容易に招来することを許すような風に解釈せんとすることは、民主憲法制定の根本義を真に理解せざる近眼者流の論であると断言して憚らない。豊かな経験と高い識見を有する尾崎行雄氏は、憲法七条を解散の根拠とするようなことが行われるなら、「すこし気の利いたものが出れば、たちまち北条・足利の時代が再現する」と卒直にキツパリ言い放つている(昭和二四年一月三日読売)。この言やよし。まことに事物の真を洞察した識者の至言である、とわたくしは思う。

 そこで、上述したところを総合すると、わたくしの考えは次のごとくなる。(一)天皇は形式的な国事行為を行うことを得るだけで、衆議院解散という実体的な国政を行う権能を有しない(四条)。(二)内閣は、三権分立の原則からは、衆議院を解散することはできない。(三)内閣が、抑制均衡の原則から、衆議院を解散することを得るのは、六九条の場合だけに限る。(四)わが国会は、代表制民主政治における主権者たる国民の代表者の集合体であつて、国権の最高機関である(四一条)という点からいつても、内閣は衆議院を解散することを得ないのは当然である。(五)内閣は、その権限の行使について、国会に対し責任を負つている(六六条)という点からいつても、逆に内閣が衆議院を解散することを得ないのは理の当然である。

 なお、七条論者の中には、衆議院の多数派の支持を得ている内閣が、やつて行けなくなる場合もあるから、内閣は七条によつて衆議院を解散することができると主張する者もあるが、わたくしをして言わしむれば、その場合には、後に述べるように、国会で衆議院解散の決議をすればよいのである。これから、逆に内閣による衆議院の解散権を認めようとするのは、論理の倒錯に陥つたとものというべきである。また、七条論者の中には、衆議院が正しく国民の世論を代表することを総選挙によつて確認する必要の起きる場合には、内閣は衆議院を解散することができると主張する者があるが、これは全く解散の妥当性に関する政治論であつて、法律論としては、一顧の価値もないものである。

 なおさらに、七条論者の中には、イギリス型の議院内閣制を持出して理由づけようとする学者がある。それは、わが憲法はイギリス型の議院,内閣制を採つた(大前提)、イギリス型の議院内閣制の下では内閣は下院を何時でも解散することができる(小前提)、だからわが憲法上、内閣は衆議院を何時でも解散することができる(結論)と解釈すべきだ、と言うのである。

 が、これは、全く形式的な三段論法に過ぎない。憲法のどこにも、その大前提の存在する根拠を見出すことはできないではないか。憲法はどこにも、イギリス型の議院内閣制を採つたとは言つていない。強いていえば、欧洲大陸型の議院内閣制の下で認められるような制限的解散に類似する、六九条の規定が設けられているだけのことである。この規定で衆議院は、不信任決議案の可決または信任決議案の否決という武器によつて、内閣と総辞職に追いやる手を打つことができると共に、これに対して内閣は、衆議院を解散するという武器によつて、防戦することができる。これで衆議院と内閣の権力の抑制均衡が保たれるとして、六九条が置かれているのである。

 この明文規定を超えて直ちに一般的・概括的に、イギリス型の議院内閣制の原理がそのまま全都採用されたものと速断して、この大前提から三段論法を駆使して、一般的な内閣の解散権を論結するのは誤りである。憲法はかかる大前提をとつたと見るべき根拠はない。

 英国は、君主政治の国であり国会は国民が選び、内閣は国王が選ぶ仕組であるが、日本憲法では、民主政治を採つており、国会は国民が選び、内閣の首班は国会が選ぶ機構を定めている。英国では国王が国会を解散するが、天皇は国政を行う権能を有しない。両者の根本機構の差異を混同しては、正しい解散の法理が生れて来る道理がない。衆議院ないし下院の解散のごときは、世界の歴史からいつて、君主制の下に発達したものであつて、今日においては所詮君主制の遺物に過ぎないものであり、君主制の行われなくなつた国には、全然認められていないか、または制限して認められているに過ぎない。今日において、イギリス型の議院内閣制の原理を、そのまま全部解釈で採り入れようとすること自体に根本的な無理がある。またイギリスでは、多年の伝統による国民的な政治的訓練と自覚があるが、わが国民にはそれが欠けている。それ故、実際からいつても、広い解散権をわが国で認めることは非常な危険と害悪のあることは前に述べたとおりだ。結局、抑制均衡の原則から認められる内閣による衆議院の解散は、六九条の場合だけに限らるべきであり、またそれが適当でもある。

 三 なお次に、このように抑制均衡の原則から認められる内閣による衆議院の解散は、六九条に限るが、だからといつて衆議院の解散を六九条り場合だけに限るとちる考え方も、狭きに失し正鵠を得ていない、とわたくしは思う。憲法の明文の文字に出ていない場合に、解散を認めることはでつきないとする見解は、偏狭に過ぎ正しいとはいえない。他の例をとれば、憲法が「総辞職」という文字を使っているのは、六九条と七〇条の二箇条だけではあるが、その外にも内閣は、自主的判断によつて、何時でも、総辞職をすることを得るのは、一般にも認められているところであつて、恐らく誰も異議のないところであろう。これを法律的にいえば、内閣の総辞職は、内閣が自己に内在する固有の権利によつて行うものであると言うことができる。

 これと同様に、国会は、自主的判断によつて、何時でも、衆議院の解散を決議することができる。すなわち、国会は、自己に内在する固有の権利によつて、衆議院を解散することを得るのである。ましてや、国会は、国権の最高機関であるという点からいつても、自主的に衆議院解散の決議をするについて、他の機関の制肘を受くべき理由は何もないのである。国民の代表である国会が、国民の与論に訴える必要があると考える場合に、自ら衆議院の解散を決議することは、むしろ国民に対する当然の義務であるということができる。

 ただ衆議院の解散であるから、衆議院だけの決議でよくはないかとの疑問が一応は起きる。そして現に解散論議が国会で八釜しかつた当時、国会の衆参両院法規委員会で検討した結果、衆参両院議長に対し行つた勧告の要旨として報道せられたものは、解散は、内閣のほしいままな判断によつてなすべきものではなく、衆議院が解散に関する決議を成立せしめた場合は、七条による国事行為が行われるようにしたいというのであつた。衆議院が解散の決議をすれば参議院も恐らく同様の決議をするであろうから、実質的にはこれで妥当なところを捉えているが、法律的見地からみれば、衆議院は国会構成の一部に過ぎず、国会の意思決定は衆参両院の決議によつて成立するものであるから、衆議院の解散も国会の決議によることを要するもoと解するのが相当である。かくて、この解散の決議文又は六九条による解散があつた場合には、形式として七条三号に定める天皇の国事に関する行為が行われるわけである。(なお、解散は、当不当の政治問題である限りは、裁判所の審判すべき事柄ではないが、適法不適法の法律的争訟として訴えられて来れば、適法な法律手続に従つて、裁判所の審理すべき事柄となる。この点は今は詳しくは述べない。)

 最後に、本件について見るに、前記のように国会の解散決議もなく、また六九条の場合にも当らないのに、内閣が行つた本件解放そのものは憲法に違反し無効である。しかしながら、原告の本訴主張自体は、多数意見の認めているとおりのものであつて、多数意見の判示しているとおりの理由によつて、本訴は訴訟手続上の不適法があるものとして、却下する外道がないのである。

 最高裁判所大法廷、裁判長裁判官・田中耕太郎、裁判官・霜山精一、井上登、栗山茂、真野毅、島保、斎藤悠輔、藤田八郎、岩松三郎、河村又介、谷村唯一郎、小林俊三、本村善太郎、入江俊郎




(私論.私見)