第48部 1986年当時の主なできごと.事件年表

 「共産主義者の建党協議会」発足。


 1月、日本は瀋陽に総領事館を開設。


 1.22日、社会党第五十回大会の続開大会、新宣言を満場一致で採決(マルクス・レーニン主義から西欧型社会民主主義路線に転換)。


 1.28日、米スペースシャトル「チャレンジャー」爆発。


【フィリピンの民衆革命】

 2月初旬、フィリピン大統領選挙が行われ、マルコス大統領とコラソン・アキノ候補が争う。

 2.14日、フィリピン革命始まる。

 2.22日、フィリピン国軍副参謀総長・フィデル・V・ラモスとエンリレ国防相の指揮する反乱兵が国軍司令部、国防省のあるケソン市のアギナルド基地に立て篭もる。基地につながるエドサ通りに数十万人の市民が繰り出し、マルコス派の戦車と精鋭部隊は基地に近づけず。

 2.25日、フィリピン、マルコス政権崩壊、グアムへ亡命、アキノ大統領就任。


 2.28日、スウェーデンのパルメ首相暗殺。


 3.18日、米経常収支大幅赤字になり債務超過国に。


 4.26日、ソ連チェルノブイリ原子力発電所で大規模事故。


 4月、創政会解散。


【米国レーガン政権がリビア空爆】

 4.15日、英国の基地及び地中海に集結していた第6艦隊から出撃した米空軍の爆撃機が、リビアのベンガジとトリポリの二大都市を爆撃した。リビアの最高指導者カダフィ大佐は無事だったが、家族を含む多数のリビア人が死傷した。この攻撃は、西ベルリンのディスコ爆破テロ事件をリビアの最高指導者カダフィ大佐を黒幕とする犯行と断定した米国政府による報復行為であった。レーガン政権は、カダフィ大佐を狂犬とみなし、空襲を正当化した。

 中丸薫・氏は、「闇の世界権力構造と人類の進路」の中で次のように記している。

 「(私が直接リビアで彼に会ったとき、レーガンについて以下のように答えている) レーガン大統領は政治教育を受けておらず、政治に関して無知である。彼は国際政治については何も知らないハリウッドの役者に過ぎず、娯楽と政治を混同している。それこそ、演技と現実の政治を混同しているのかも知れない。ただの無知ならともかく、武力をもって世界の人々を威嚇するような政策は、世界規模の核戦争を起こす危険さえもたらす。レーガンはあくまで役者をやっていればよいのであって、米国大統領などの権限をもつべきではない」。

 5.6日、社民連全国代表者会議。


 5.21日、衆議院定数是正のための公選法改正案が衆議院を通過(八増七減、山形二区は減員区に)。衆参同日選挙の観測強まる(05/22、参議院可決成立)


 5月、東京で、主要国首脳会議(サミット)が開かれた。


 6.2日、中曽根首相が衆議院解散。「死んだふり解散」と云われる。


 6月、中国外交部スポークスマン並びに韓国は、「日本を守る国民会議」編纂の高校用日本史教科書「新編日本史」が事実上検定合格し、文部省が認可したことに不満を表明。文部省の追加修正要求を受け、出版社側が「南京大虐殺ま実否は学問的に決着していない」などの記述計約420ヶ所の書き換えに応じた。

 中曽根首相は、「宮沢談話の精神に基づいて、官房長官を中心に対処方針を指示した」と述べ、政府として是正措置をとったことを明らかにした。


【衆(第38回)参ダブル選挙】

 86年衆参同日選挙、選挙後の組閣・党役員人事で竹下登が初の党三役入り。総務会長に安倍(福田派→安倍派)。

 7.6日、(第38回)参両院ダブル選挙衆議院は、自民300名、社会85名(25議席減)、公明56名、共産26名、民社26名(11議席減)、新自ク6名、社民連4名(現職三名の全員当選と、楢崎弥之助顧問の返り咲きで、初の衆議院四議席を獲得、野党唯一の躍進を果たした)、無所属9名当選。田中角栄は病床から立候補、17万9062票でトップ当選(16回)。

 第14回参議院選挙(自民72名、社会20名、公明10名、共産9名、民社5名、新自ク1名、二院ク1名、サラ新1名、税金1名、無所属6名当選)。

 自民党
は追加公認も含めて衆院304議席を獲得、参院142議席となり圧勝、自民両院で安定多数となった。中曽根首相の得意の絶頂期となった。この選挙で6議席に減った新自由クラブが解散。社会・民社惨敗。社会党は統一後最低。

 中曽根首相は、この選挙で「大型消費税は導入しない。大規模な投げ網をかけるような消費税はやらない」と公約。これが悶着していくことになる。


【第3次中曾根内閣誕生】

 7.22日、第3次中曾根内閣誕生。(新自由クラブとの連立は解消)首相・中曽根康弘、官房長官・後藤田正晴(留任)、幹事長・竹下登(田中派)、総務会長・安倍晋太郎(安倍派)、政調会長・伊藤正義(鈴木派)、金丸副総理の布陣。宮沢蔵相。橋本龍太郎が運輸相。


 7.22日、衆議院の社民連が二人ずつ社会党と民社党の院内会派(社会党・護憲共同と民社党・民主連合)に参加。


 7.24日、田中派国会議員141人。


 8.12日、新自由クラブ、全国幹事会で解党・自民復党を決定(08/15、臨時大会で解散。田川誠一は無所属に)


 7月、中日友好囲碁会館が北京に落成。 


 9.6日、社会党委員長選挙で土井たか子当選。→『おたかさん』ブーム起こる→=「やるしかない」。9.8日、社会党大会(土井たか子委員長・山口鶴男書記長。日本の大政党では初の女性党首誕生)


 9.8日、昼の政府・与党首脳会議の場で、藤尾正行文相が「日韓併合は韓国側にも責任」があったとえんえんと持論を展開。藤尾はこの日夜中曽根首相により罷免された。この藤尾問題発言は雑誌文芸春秋10月号に掲載された。「日韓併合は伊藤博文と韓国を代表していた高宗との談判、合意に基づいて行われている。韓国側にもやはりいくらかの責任なり、考えるべき点はあると思う。もし合邦がなかったら、清国が、ロシアが、あるいは後のソビエトが、朝鮮半島に手をつけなかったという保証があるのか」と述べられている。


 9.11日、自民党両院議員総会が開かれ、党則を改正して中曽根首相の総裁任期を一年間延長(87/10/30まで)。


 9月、政府、SDI研究への参加を決定。


 9月、自民党宏池会の会長が鈴木善幸から宮沢喜一に禅譲され、宮沢は5代目宏池会の会長に就任した。


 10.11日、レーガン米大統領とゴルバチョフソ連共産党書記長のレイキャヴィク会談


 11.7日、中曽根首相、限定付きの大型間接税は公約に違反しないと表明


 11.13日、レーガン米大統領,対イラン秘密工作認める


 11.15日、若王子三井物産マニラ支店長誘拐事件発生


 11.15日、社民連秋季研修会


 11.27日、神奈川県警による共産党幹部宅電話盗聴発覚


 11.28日、国鉄分割・民営化関連八法成立


 11月、中曾根康弘首相が訪中、中日青年交流センターの定礎式に出席。


 12.5日、公明党第二十四回大会(矢野絢也委員長・大久保直彦書記長)


 12.26日、中曽根首相と野党各党首の個別会談。全野党が売上税撤回を要求


【「防衛費GNP1%枠」をはじめて突破】
 12.30日、政府の87年予算で76年三木内閣が決定した「防衛費GNP1%枠」をはじめて突破し、撤廃された。




(私論.私見)