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序論 : はじめに

  人がその人の人生を生きる、とはどういうことなのであろうか。その人が生きることを楽しい、あるいは苦しいと感じることとは一体何なのだろう。自らが生きることに積極的に歓びを見出せる人と消極的にしか関われない人との差異は何によってきまるのだろう。 私のこのような素朴な疑問に対して用意されうる解答としては哲学よりも、むしろ医学・心理学・社会学などの領域の方がより明確な解答を頂けるかもしれない。しかし、哲学という学問が人間の自己了解の手だてをもたらすべき使命を抱いた学問である以上、このような問いは哲学でこそ議論されうるべきだろう。 「生きる」ことが楽しい、辛い、普通、どうでもいい、積極的・肯定的に世界と向き合える、向き合えない、人間1人1人が全く別の人格を持っているように、世界への認識の違いもまた千差万別である。この「認識」というアクションと哲学の根本的命題である「世界とは何か」という問いは密接に結びついているはずだと私は考える。この問題に対し、私は宗教信者や戦時中の日本、現在に至るまで私が様々に関わってきた人達に注目し、人間が世界に対して持つ認識の差、さらには認識に伴う価値判断の差異の研究は「世界のあり様」を解き明かす大きなヒントとなるのではないか、と私は考えた。

 そんな折、私は、私の心の代弁者ともいうべき哲学者にめぐり会ったのである。それは、やはり人間の「心の原理」を追究したドイツの哲学者、フリードリヒ・ヴィルヘルム・ニーチェであった。 ニーチェは価値判断というものを、自身の生を離れては決して有り得ないもの と考え、価値判断を行うその態度の差異によって、強者と弱者というような区別をした。強者とは、判断をする自己を肯定的に表現できる生であり、創造力を持ち、行動的で積極的に、自ら判断者として表現することが出来る。弱者とは、自らの判断を偽り、自己主張を慎むように装う生のことである。また、強者は自分とは異なる様々な観点を認め、それと肯定的に関わる生のことであり、弱者はそういったものを認めずに否定的に関わる。 ニーチェの「強者」と「弱者」のように大きく2通りに区分した、異なる価値判断のモデルは、人間の多様な価値観を生みだすことの起因となっているように思われる。つまり、人間の世界への関わり方というのは、自分にはいってくる情報の受け取り方によって、いかようにも価値を作りあげていくことで成り立つのではないか。ともすれば、世界の形成の一角を成しているのはモノではなく、と、いうよりモノから与えられる情報を認識する心から生まれる価値、すなはち人間の生の価値判断を研究することで、世界の有り様が見えてくるはずだ。

 ニーチェの価値判断を踏まえることによって、世界の概念は「心」が支配していることを論じあげたい。1章においては、人間における「価値」についての、ニーチェの思索の展開を追うと共に、「神の死」についての解説。キリスト教的道徳が誤った思想の方法論である可能性を追求する。2章では、ルサンチマンの生み出す道徳上の奴隷一揆とは何か。我々はどのような道徳的価値の世界に生きているのかを考察する。ニーチェ思想における最も鋭いと思われる点であり、転倒した価値観における闘争様式について考察する。そして3章にて、20世紀以降の我々の生きていく世界においてニーチェが発した警句と彼の見ていた未来を「超人」思想、「永遠回帰」思想から考察する。

第1章「生の価値判断」について
はじめに、この章では、人間における「価値」についてニーチェがどのような思索を展開していたのかを考えてみる。また、キリスト教解体に伴う、彼独特の「強者」と「弱者」という考え方やルサンチマンといった思想に光をあて、解説していく。 ライプツィヒ大学で古典文献学の研究に専念していたニーチェだが、ショーペンハウアーやワーグナーへの傾倒と共に、文献学者の態度を「単純な歴史主義」として捉え、文献学は人生と生命の真の問題、切迫した問題に無関心だという思いにとらわれ、しだいに文献学から離脱していくこととなる。こうして哲学への傾斜を深めていくニーチェであるが、彼を哲学へと惹きつけたショーペンハウアーとワーグナーに通ずるロマン主義からはしだいに目をそむけていくこととなる。著書『人間的、あまりに人間的な』第2巻においてニーチェは次のように述べている。 [「当時私は、あらゆるロマン主義的なペシミズムの非科学的な根本傾向、すなわち区々たる個人的経験を一般的判断へ、それどころか世界に対する判決へと誇大化させて解釈しようとする根本傾向に対する気長で根気づよい戦いに従事していた、」](1) この言葉からはショーペンハウアーやワーグナーとの決別の理由をよく示している。彼はロマン主義を世界からの逃走として捉えているのである。「ロマン主義的ペシミズム」は現実に目を閉ざし、虚無の中に救済を求める、世界のリアリティからの逃走である。後に詳しく触れるが、彼が歴史的キリスト教を激しく告発するのも、1つはそこに1種のロマン主義を認めたからである。一般に「道徳」は自己に関心を集中し、世界の現実と対決することを避けようとするが、世界に背を向けてきた点で、キリスト教的道徳は世界を解体するニヒリズムの元凶である、ニーチェは考えている。さて、苦悩を含んだ生に対し「安静」や「静寂」のうちに閉じこもり、現実的な生からの逃避であるロマン主義を超えゆくニーチェは、出版されたものとしては最初の著作、『悲劇の誕生』においてギリシア文化に潜む2つの対照的な要素を浮き彫りにする。1つは秩序を重んじる古典的で明晰なアポロン的要素。もう一方は、本能に駆り立てられた暗黒の力、ディオニュソス的な力である。ギリシア悲劇の誕生は、この2つの要素が1つに溶け合うことで成立したと。「ディオニュソス的」という言葉は、ニーチェの発展段階のあらゆる場面に現れる。世界は「正当」であるかどうかを問うまでもなく、自然は法則に従って動いているだけであり、歴史もいわば偶然の成り行きの世界で、世界は現にあるがままにあるだけだ。だが、正しい人が悲惨な目にあうのを見るとき、あるいは難民が飢餓に苦しむのを聞くとき、我々が現にある世界をそのまま肯定することは難しい。悪に満ちた世界も正当な世界であることを論証するのが、ライプニッツ以来の形而上学的神学で問題にされてきた「弁神論」であった。つまり、ニーチェに言わせれば、人間の衝動はつねに2つの面をもつのであり、愛と憎しみ、崇拝と軽蔑の双方が存在しなければ、理想というものは生じない。我々が「生きる」という活動をしていく場合において、新しいシステムや新しい文化、すなはち人間としてより向上的に生きること(時に、それが歴史的に振り返って間違っていたと検証されたとしても)に付随する破壊や変化から、生への悲劇的な見解や洞察が生まれ、悲劇が生まれたとしても、(この悲劇を「ディオニュソス的」と呼んでいる)文明の発展に伴う人間の暗黒の側面から目をそらしてはならない。だが、東ローマ帝国、ユダヤ人中心に発展していったキリスト教は、当時のローマの多神教とあいいれず、またローマ皇帝崇拝を拒否したため、たびたび迫害を受けて多くの殉教者を出した。しかし、たび重なる迫害にもかかわらず、まずこの世の生活になんら希望を見出せない奴隷をはじめ下層民の間に普及し、次第に上流社会に広がっていった。つまりキリスト教の根底には抑圧者としての宗教、奴隷としての宗教というきわめて否定的な要素が流れている、というわけである。そのため、キリスト教は絶えず、人間の力強い積極的な本能を押し殺そうとした。キリスト教のうちにも本来は「強者の倫理」である「ディオニュソス的」要素が潜んでいる。キリスト教はこれをねじまげ、弱者のあがきである"ルサンチマン"によって、このねじまげた欲望を満足させているのだ。ここで、あらかじめ大切な事を付記しておくが、ここでのニーチェのキリスト教批判が、直接イエス・キリストへの批判に結びつくわけではないということだ。むしろ彼の批判はキリスト教を成立させたユダヤ的本能に向けられる。イエスの「根源的キリスト教」から、パウロの「歴史的キリスト教」への逆転のうちに、イエスがその本来のあり方から異なる偽造を受けた点にある。 [――「悦ばしき音信」にきびすを接して最もひどい音信が、パウロのそれがあらわれた。パウロのうちには、「悦ばしき音信の報知者」の反対類型が、憎悪の、憎悪の幻想の、憎悪の仮借なき論理の天才が体現されている。この禍音の使者はなんとすべてのものを憎悪の犠牲に供したことか!なによりも救世主を。パウロは救世主をおのれの十字架にかけたのである。イエスの生涯、その実例、その教え、その死、全福音の意味と権利――この憎悪からの贋造家が、おのれの利用しうるものだけをとらえるや、もはや何ひとつとして残されてはいなかった。実在性も残らず、歴史的真理も残らなかった!…そしてまたもやこのユダヤ人の本能が歴史に同様の大きな罪を犯したのである、――彼はキリスト教の昨日を、一昨日を、あっさりと抹殺し、初代キリスト教の歴史を捏造した。](2) イエスによる「根源的キリスト教」を逆転させ、この価値転倒において「歴史的キリスト教」を成立させた発端を、ニーチェは「ルサンチマンの天才」であるパウロにみる。ニーチェのキリスト教批判は、パウロ批判に核心を持つ。歴史的キリスト教の成立は、まさにルサンチマンの賢さの所産であった。パウロが欲したものは権力であり、現実的な弱者が、弱いにもかかわらず権力を欲するとなれば、歴史的キリスト教においてこれまでに展開されてきた教説が、より根本的には神概念の変更が必要となるのである。 「ルサンチマン」 "ルサンチマン"とは、現実の行為によって反撃することが不可能なとき、想像上の復讐によってその埋め合わせをしようとする者が心に抱きつづける反復感情のことである。つまり、被支配者・下層民が、貴族的な支配者、強力な者を、自分たちの生存条件を根本的に脅かす仇敵と見なしつつも、無力さから直接的な行為での反抗が出来ないときに、否定の意志から主人道徳の価値方程式である「よい」=高貴・強力な人、等などを「悪い」とし、自分たち弱きもの=無力な人=「善い」という下位から見た、弱さを正当化する新たな価値方程式を立てて前者の価値評価を転覆させようとする、憎悪と怨念の感情に駆られて行わざるをえない最も精神的な観念上の復讐であり、そうしたルサンチマンから生まれたキリスト教的道徳の理想が現実の世界で勝利を収め、我々がその転倒した価値観をもとにした世界の中に住んでいることをニーチェは問題にしたのである。生は本質的に「非道徳的」なものだ。だが、キリスト教的理想は道徳の観点から生を非難し、否定する。ニーチェもそこにキリスト教の徹底性を認めるとともに、その徹底的なニヒリズム、生の否定に至らざるをえないと考えている。さて、キリスト教解体をさらに進めていくとともに、ニーチェは人間の持つ道徳的価値の問題に光を当てる。『道徳の系譜』の「第一論文」では、キリスト教の「心理学」を展開して、根源的な道徳に対する「ルサンチマンの反逆」がキリスト教の根底にひそんでいることを明らかにする。イギリスの道徳系譜学者たちは、「善・悪」という価値評価の起源を、「利他的な」行為を受けた人が「よい」と感じたところに求めた。だがニーチェによれば、「よい」という言葉は「利己的」−「利他的」という概念に結びついていたのではなく、「優・劣」という概念に結びついていた。「よい」という価値判断は「よい」ことをしてもらった者から生じたのではなく、「高貴な者」、「力ある者」たち自身が自分の力を「よい(優れた)もの」と評価し、そういう「よい」力をもたない者を「わるい(劣った)もの」としたところに、「よい、わるい」という価値評価の本当の起源がある。すなわち「よい」という価値評価は、根源的には「自分には力がある」という自己肯定的な感情から生まれたのである。したがって、「よい」の本質は、「利他性」ではなく「力ある者」の「力の感覚」にあるのだ。ニーチェは、この2つのまったく異なる価値評価の様式を、「貴族的評価様式」と「僧侶的評価様式」と呼んでいる。「貴族的評価様式」は、「高い者」・「力ある者」から生じた本来的な「よい」の本質をもつ。つまりそれは、「力強い肉体だとか、豊かさ、健康、さらにそれを保持するために必要なもの、すなわち戦争、冒険、狩猟、舞踏、闘争、さらには強く自由で快活な行動を含むあらゆるもの」が前提となっている価値評価である。それは、これら諸力についての肯定的かつ能動的な自己感情にもとづいている。「貴族的評価様式」に対する「反動」として成立する「僧侶的評価様式」とは、「ルサンチマンの人間」に特有の次のような評価様式である。 [これに反して、《反感》をもった人間の考想する「敵」を考えてみるがよい。 ――そしてここにこそ彼の行為があり、彼の創造があるのだ。彼はまず「悪い敵」を、すなわち「悪人」を構想する。しかもこれを基礎概念として、そこからやがてその模像として、その対照物として、更にもう一つ「善人」を案出する――これが自分自身なのだ!……](3) 「僧侶的評価様式」は、最初に「敵は悪い」という否定的な評価を下したあとで、それに対する反動として「だから自分は善い」と肯定的に評価する。このような「反動的」な「僧侶的評価様式」は、弱者のルサンチマンから生じてくるのである。ところがヨーロッパは、この僧侶的評価様式によって支配され、政治の「古典的理想」が崩壊したのも「民衆のルサンチマン」が優勢になったためである。ニーチェは政治喪失の根本原因をキリスト教のうちに見出したのである。キリスト教による政治破壊の根底には、決定的な心理的転倒が隠されている。ニーチェによれば、キリスト教を支配しているのは、「行為による反応が阻まれているために、もっぱら想像上の復讐によって、その埋め合わせをつけようとする」考え方にほかならない。このような考え方は、強者に対してルサンチマンをいだく者が生み出すものである。ユダヤ人とともに始まった「道徳における奴隷一揆」がヨーロッパで勝利を収めたのは、キリスト教がヨーロッパを支配したからである。「貴族的評価様式」に対する「僧侶的評価様式」の勝利は、最終的には生の否定に至るほかはなかった。「神の死」さて、キリスト教の問題点を彼の最も有名な言葉に焦点をあて、まとめてみたい。 [狂気の人間。――諸君はあの狂気の人間のことを耳にしなかったか、 ――白昼に堤燈をつけながら、市場へ馳けてきて、ひっきりなしに「おれは神を探している!おれは神を探している!」と叫んだ人間のことを。 ――市場には折しも、神を信じないひとびとが大勢群がっていたので、たちまち彼はひどい物笑いの種となった。「神さまが行方知れずになったというのか?」と或る者は言った。「神さまが子供のように迷子になったのか?」と他の者は言った。「それとも神さまは隠れん坊したのか?神さまはおれたちが怖くなったのか?神さまは船で出かけたのか?移住ときめこんだのか?」――彼らはがやがやわめき立て嘲笑した。狂気の人間は彼らの中にとびこみ、孔のあくほどひとりびとりを睨みつけた。「神がどこへ行ったかって?」、と彼は叫んだ、「おれがお前たちに言ってやる!おれたちが神を殺したのだ――お前たちとおれがだ!おれたちはみな神の殺害者なのだ!だが、どうしてそんなことをやったのか?どうしておれたちは海を飲みほすことができたんだ?地平線をのこらず拭い去る海綿を誰がおれたちに与えたのか?この地球を太陽から切り離すようなことを何かおれたちはやったのか?地球は今どっちへ動いているのだ?おれたちはどっちへ動いているのだ?あらゆる太陽から離れ去ってゆくのか?おれたちは絶えず突き進んでいるのではないか?それも後方へなのか、側方へなのか、前方へなのか、四方八方へなのか?上方と下方がまだあるのか?おれたちは無限の虚無の中を彷徨するように、さ迷ってゆくのではないか?寂寞とした虚空がおれたちに息を吹きつけてくるのではないか?いよいよ冷たくなっていくのでないか?たえず夜が、ますます深い夜がやってくるのでないか?白昼に堤燈をつけなければならないのでないか?神を埋葬する墓堀人たちのざわめきがまだ何もきこえてこないか?神の腐る臭いがまだ何もしてこないか?――神だって腐るのだ!神は死んだ!神は死んだままだ!それも、おれたちが神を殺したのだ!殺害者中の殺害者であるおれたちは、どうやって自分を慰めたらいいのだ?世界がこれまでに所有していた最も神聖なもの最も強力なもの、それがおれたちの刃で血まみれになって死んだのだ、 ――おれたちが浴びたこの血を誰が拭いとってくれるのだ?どんな水でおれたちは体を洗い浄めたらいいのだ?どんな贖罪の式典を、どんな聖なる奏楽を、おれたちは案出しなければならなくなるだろうか?こうした所業の偉大さは、おれたちの手にあまるものではないのか?それをやれるだけの資格があるとされるには、おれたち自身が神々とならねばならないのではないか?これよりも偉大な所業はいまだかつてなかった――そしておれたちのあとに生まれてくるかぎりの者たちは、この所業のおかげで、これまであったどんな歴史よりも一段と高い歴史に踏み込むのだ!」](4) この無神論的発言、というよりか反人格神論の宣言は、もちろん近代の精神史を背景においている。神と人間との関係から歴史をふりかえってみると、啓蒙思潮にひとつの大きな切れ目を置くことができる。中世までは人間はことごとく神におんぶしてもらっていた。神はそこでは最高の権威であり、人間の導き手であった(摂理観)。けっきょく人間はひとり歩きできず、「未成年の状態」にあったのである。啓蒙思潮は、理性をふるうことに勇気を持ち、神の束縛を脱して、人間の独立を宣言する。ここに近代が始まるわけである。たとえていえば、中世までは人間はいわば浮彫りの中の人物のように、神を背景とし、神というささえのなかで生きてきたのであるが、近代にいたって、人間は浮彫りの中から出て一本立ちになり、いわば立像になったのである。近代における人間の独立、すなわち神からの解放という、そういう大きな動きの中で、ニーチェは「神は死んだ、超人生きよ」と宣言したのである。 しかし、この宣言は、彼の真意からいえば、むしろ「神を殺せ!人間は人間を克服せよ」となるのである。神の死亡通知は、実は神に対する殺害通告だったのだ。というのは、人間が本当の人間にならないで、むしろ人間以下のていたらくであるのも、神に一切の責任をなすりつけることが出来得るからである。神が生きているということこそ、人間の自立と自律をさまたげている最大・究極の原因である。こういう神を生かしておいてはならない。人間を本当の人間にするには、神を殺さなければならない。この要請的反人格神論には、キリスト教によって生の上昇がさまたげられているという考え方が基本になっている。人類のレベルの低下という大事件は、すべて「神が死んだ、しかも死んだままである」ということから起こっているとニーチェは見ている。人類全体の地盤沈下と神がどんな関係を持つかといえば、「すべての人は神の前で平等である」といった原則を、政治原理に転用した、万人の同権を説く社会主義や民主主義、同様の立場から「最大多数の最大幸福」といった愚にもつかぬスローガンで、人類の地ならし的平均作業を唱える功利主義、イデアの世界こそ、高次な現実であると見る倒錯した理想主義的形而上学、すべてそれらは人類という地盤の地下水である「生」を吸い上げる巨大なからくりであるキリスト教の変形、あるいは兄弟分の関係にあると、ニーチェは見たからである。ニーチェの解釈では、キリスト教こそニヒリズムの元凶である。ニヒリズムとは、最高の価値がもはや価値たることを失って、人生に目標がなくなり、「無」を信じることである。キリスト教はこの「生」から「もう1つの世界」へアクセントを移してしまった。そして「もう1つの世界」からこの「生」を断罪し、骨ぬきにする。キリスト教は「生」そのものに敵意を持っているのだ。キリスト教は「生」の根っこに加えられた斧であり、「生」の生血を吸う吸血鬼である。こういうものを信仰しているからこそ、人生が無意味になり、さまざまな低下・堕落の現象が起こってくるのだ。現象としてあらわれているさまざまな下降・頽廃、すなわちニヒリズムは、結局すべてキリスト教のせいである。このキリスト教の「神を殺さ」なければならない。人生が無意味であるといった消極的ニヒリズムを打ち倒すためには、「神を殺す」といった最極限の、能動的・積極的ニヒリズム(絶滅主義)を必要とする。ニーチェは「ニヒリズム」を2つの意味に使っている。この世のむなしさ、人生のはかなさといったものを基調にしている人生観・世界観は、弱さのニヒリズムであり、キリスト教はその代表的なものである。けっきょくそれは、何をしてもむだだ、すべてのものは滅びるに値するという「終末への意志」、徒労感、意志そのものの病的現象にすぎない。ニーチェはそのニヒリズムを逆手に取って、滅びるに値するものなら手をかけて底まで突き落としてやったらいいではないか、「無」そのものに成仏させてやろう、というのである。これが強さのニヒリズム、ラディカルな能動的ニヒリズム(絶滅主義)である。 強さのニヒリズムの最高原則は、もちろん神を殺すことである。「神を殺す」というような物騒な表現のかわりに、ニーチェは「あらゆる価値の価値転換」ということばを使っている。たとえば、神というものが完全無欠で、我々人間が塵あくたにひとしいといった価値評価そのものを転覆させねばならない。もともと神というものは人間が創ったのである。人間は自分たちの持っているすべての完全なものを神にあたえて、そしてそれを崇拝しているのにすぎない。自分の持っているものを、わざわざ他のものにゆずり渡して、そしてありがたがっている。その結果、人間が貧しくなるのは当然である。人間は、自虐的生物なのだ。キリスト教はそのことを実にたくみに戦術として使っている。人間をどん底まで突き落として、そして救い上げるのである。こういう倒錯したものの見方そのものを、転換させねばならぬ。神を信じるのでなくて、人間を信じなければならぬ。以上で1章における、キリスト教の問題点として大きく上げられたニヒリズム及びルサンチマンの関係について追究した。キリスト教は「神」という絶対の価値を奉り、人間を罪深きものと前提することで人間の魂を堕落させ、それを利用し布教する。神への信仰とは無関係な要素がキリスト教にはたくさんあったのではないか。以上の理由の下にキリスト教が文明を弱体化させている可能性においての原因を明らかにした。 第2章 「我々の世界・一切価値の価値転換」 さて、1章に続いてルサンチマンの生み出す道徳上の奴隷一揆について、そして我々の住んでいる世界においての道徳とはどのような仕組みになっているのかを研究してみたい。 1章でも触れたが、ルサンチマンとは定義的に言えば、現実の行為によって反撃することが不可能なとき、想像上の復讐によってその埋め合わせをしようとする者が心に抱き続ける反復感情のこと、と言える。この点で最も重要な問題としては、ルサンチマンに基づく価値の創造というものが始まった時。つまり、他なるものに対する否定から出発する価値。価値創造が否定より始まる、それは価値の創造ではなく、価値転換でしかありえない。例えば、狐と葡萄の寓話で言うならば、葡萄に手が届かなかった狐が、葡萄を恨んだとしても、ルサンチマンとは関係が無く、狐の中に「甘いものを食べない生き方こそがよい生き方だ」という自己を正当化する価値意識が生まれた時、それはニーチェの言うルサンチマンに陥ったと言えるだろう。そして、ニーチェはこの問題をさらに広い視点、すなはちヨーロッパ文明と今日の世界を覆っているルサンチマンとして警句を発している。 ユダヤ・キリスト教には、1章で述べた貴族的価値評価様式から僧侶的価値評価様式への転換が行われているが、それがルサンチマンに基づくものだ、というわけである。この場合のポイントは同じ土俵で、同じルールで闘えないとき、秘そかに土俵そのものを作り変えて勝利をかすめ取る点にある。この復讐の仕方を、ニーチェは「ただ価値の根底的な転換によってのみ、つまり最も精神的な復讐の仕方によってのみ」と言っている。ルサンチマンに駆られて、つまり反感と憎しみを原動力にして、世界解釈を作り変えていくこの力にニーチェは注目した。これを彼は「道徳上の奴隷一揆」と呼ぶが、今日我々の眼に見えないとすれば、それがすでに勝利をおさめてしまって、あたりまえのことになってしまったにすぎない。 ルサンチマンに基づく価値転倒による復讐は、想像の世界で隠微に為されたのではなく、現実の世界において完璧な勝利をおさめたのである。どうしてそんな大勝利が可能になったのか。それは秘そかに既存のルールの解釈を変更し、重点を移すことによって、実質的にそれを作り変えたからである。つまり、前述した狐の例で言えば、狐は価値を作り出すことはできず、普遍的に存在する価値のある局面を異常に重視することによって、価値全体の形態を変えることに成功したのである。彼がすがりついた価値は、原理的には誰もが知っている価値だった。だからこそ、それは甘い葡萄を食べている者に対する有効な復讐となりえたのである。跳びついて葡萄を食べる行為そのものの価値を否定し、それが「悪い」ことと見なされるのであるから。つまり、我々の道徳的価値評価はルサンチマンによって生の主要ルールへと作り変えられたのだと思われる。道徳にすがって生きざるをえない局面においてキリスト教パワーというものがどのような力を発揮するか、例えていえば、クラスの中のいじめられっ子はクラスの誰にも気付かれない状況で、いじめの首謀者やクラス全員のために献身的に尽くすとか、そのような自分が勝てるゲームを捏造して、その中で敵に復讐する。 つまり、キリスト教的ルサンチマンは、反感や憎悪をそのまま愛と同情にひっくり返すことによって復讐を行う独特の装置である。これを使うと、憎むべき敵はそのまま「可哀相な」人に転化する。だから、彼らの「愛」の本質は、実は「軽蔑」なのだ。「敵を愛する」という言葉はそもそも矛盾表現である。それはつまり、人間の弱さとは、自分を憎む者や誹謗する者に対して何もしない程度には強くなれない。弱さを武器として闘わざるをえない立場からする世界解釈の原理論が存在せざるを得ないのではないか。 これは確かにずる賢いやり方ともいえる。支配の力が否定しようとするのは、相手の世界解釈の独自性、世界に意味を与える独自の仕方なので、相手が闘いに応じれば、闘い取るべき価値を承認したことになるので、戦って支配し、隷属させることは容易である。しかし、戦いに応じない場合、その場合相手をそのままにしておけば、これまでの土俵は破壊されて、別の土俵が設定されざるをえない。平然と負け続けることによって相手を、闘争のルールや価値前提そのものへの自己懐疑、自己破壊に陥れることができる。絶対的な弱さが、外的偶然によってであれ、勝利を収めた時には、それは絶対的な強者に転じる、ことにもなり得るのだ。 「今日におけるルサンチマン」さて、このような価値転換された闘争様式において最も有効な闘争技法として自殺があげられる。死んでみせることで敵を自分の道徳の中に無理やり内化し同化できる可能性をもつ。さらにこの手がもっと様式化されたものが、ハンガー・ストライキのような形式である。どうして自分がものを食わないなんてことが、敵に対する闘争になりうるのか。我々の時代は、この種の転倒した闘争様式がすでに制度化された時代である。そのような闘争技法の持つ精神がどれほど我々の内面深くにまで巣くっているか。我々の社会の構成原理になるまでに至ったか。このような点に関してのニーチェの洞察は非常に鋭いと思われる。 さて、そして先に述べたハンスト的手法による闘争手段をさらに危険化した技法というものが存在する。単純に言えば、ぎりぎりの事情の下で、手向かいできないほど強い悪い奴を「可哀そう」と思い、同情し愛することによって勝利をおさめるという技法を利用し、本当は自分のほうが強大で、すでに勝利をおさめているにも関わらず、さらにそのうえ可哀そうに思い、同情し愛することによって、もう1度勝ってしまうことができるようになった。このようなずる賢い技法を利用したキリスト教徒に対して、ニーチェは道徳的な批判を行うのである。存在しないルサンチマンをでっち上げて、二重の勝利を手にする機構を身につけた人々。つまり、すでに我々の社会を支配するにいたった外的ルールの中で十分強者であるにも関わらず、さらにもう一度、いわば内的な弱者を自分に装うことによって、内面のモラルの法廷の中で、今度は転倒した強者にもなるという、二重の勝利を味わう人々なのだ。ニーチェの道徳起源論、道徳系譜学は、他者に対する反感・否定から価値を作り変える、この種の義憤から発したものなのではないだろうか。 「ルサンチマンの克服は可能か」さて、ここまでルサンチマンというものについて書き進めて来たが、ルサンチマンについて知れば知るほど、それはまさに人間にとって不可欠な要素であり、これを研究すればするほど人間という存在が如何に弱いか。「弱さ」という感覚に如何に敏感であるかを痛感する。社会的に「弱い」という立場にいる人間を無くすことは出来ない。それは、いわば生まれながらにして、障害を持って生まれてくる人間を無くせと無茶を言うようなものである。この世界に社会があり、コミュニティーというものが存在する以上、社会的に日陰の部分を歩かざるを得ない人は必ず存在する。なぜなら、社会というシステムを運営するためには常に強大な力、権力というものが必要不可欠だからである。生まれながらの貧富の差だとか、肌の色における差別、社会的に「強者」の立場から迫害を受けた、力を持たない「弱者」が対抗すべき手段はルサンチマンに基づく思想的な価値転換を行い、自分達の勝てるフィールドを捏造するに至る。だがしかし、ニーチェが怒りに燃えたのは、そんな弱者ゆえの対抗手段として用いられるルサンチマンを、内的弱者を装う社会的強者に利用されるうる時代に対してだと思われる。では、果たしてルサンチマンの克服というものは可能なのか。ニーチェは言う。 [貴族的人間自身の《反感》は、もし現れても、その直後に続く反動の中で霽され、また消されてしまうから、従って害毒を及ぼさない。他面それは、すべての弱者や無力者においてならば現れるのを避けがたいような無数の場合にも、全く現れることなしに終わる。自己の敵、自己の災厄、否、自己の非行そのものとすらいつまでも真面目に取り合ってはいられないということ――これが、形を与え、形を補い、全治させ、更に忘却させもする力を溢れるほどもっているあの強い張りきった人性の目印なのだ(近代世界におけるその好例はミラボー[一七四九−九一、フランスの革命政治家]である。彼は自分の上に加えられた侮辱や卑劣な言行に対して何ら記憶をもたなかった。それで彼が恕しえなかったのも、ただ――忘却したからにすぎない)。](5) ルサンチマンというものを「克服」に至るのは難しい。「克服」という発想を持つ以上、何かを「克服」とか「超克」したと思い込みたがっている内部にいるからである。ルサンチマンの克服、それは忘却することにある。忘却こそ最も高貴な行為である。だが、それは行為ではない。自らの意志で忘却を引き起こすことはできないからだ。では、別の観点からの可能性として、ニーチェも興味を抱いていた仏教における涅槃(さとりの境地)に解決を見出すこともできるのではなかろうか。一切の煩悩から離れて、迷いや苦しみの無い心の状態。その境地に至ることで「克服」や「超克」という発想自体を吹き消すことも理論的には可能である。忘却を愛するか記憶を愛するかの選択は決定的であり、「永遠回帰」という思想がこれと密接に関係しているのではないか。つまり、「神が死ぬ」ということは、時間論的にいえばキリストの再臨や理想社会の実現のような歴史の目標がなくなることなので、ニヒリズム内の観点からいえば、すべてが同じで、どうでもよくなることである。だが、別の観点からみれば、すべての「時」を目的への従属から解放すること、つまり「時」のニヒリズムの解放につながる。意志を否定する意志であり、人生の意味づけを廃棄するための意味づけである「永遠回帰」はルサンチマンを克服するための1つの手がかりを与えてくれるのだろうか。 「第3章 価値判断と世界の形成」 キリスト教の道徳主義的な世界観には、人間がよく生きることに関しての価値の転倒が見られる。ニーチェはキリスト教の神が生きていることが、すなわちニヒリズムであり、生の否定に至らざるをえないと考えている。ニーチェはニヒリズムを超えゆく思想として、『ツァラトゥスラ』における超人・永遠回帰を説き、ニヒリズムを徹底することでのニヒリズムの克服をはかろうとした。ニヒリズムは超えられるのか。永遠回帰の謎を探るとともに、ニーチェの世界の形成イメージを研究すると共に世界の概念について考察する。 「ニヒリズム」ニヒリズムとは、最高の価値がその価値を剥奪されるということである。実存の問題と見られていたニヒリズムは、やがてより広く世界の問題となる。つまり一種の世界原理となる。実存の生の根源において、離れがたく潜んでいたニヒリズムは、西欧の歴史において必然のものとなる。西欧の歴史がキリスト教によって支配されてきたものであり、そのキリスト教的世界解釈のうちにニヒリズムが潜んでいると考えるからである。こうして、キリスト教的世界解釈が無効となり没落したとき、その世界解釈の上にみずからの文化を構築してきた西欧世界の価値観は没落するのである。 キリスト教的世界解釈とは、ニーチェにとってみれば、いかなる面においても現実と触れることがないという。現実を離れた空想によって現実が無価値にされ、否定されるなどして、やがて虚構の世界が作り上げられる。こうして自然が悪しきものとして、神の反対概念として捏造され、そこに作り上げられた虚構の全世界は、その根を真の意味での自然的なもの(現実)への憎悪のうちにもつことになる。 ニヒリズムとはキリスト教の神が生きていることが、すなわちニヒリズムである。存在の無根拠性を直視できずに、いろいろな物語を立ててゴマ化すこと−これがニヒリズムの本質である。「神は死んだ」という意識とともに、従来の最高価値の徹底的没落を意味し、その没落の極に、それを超えて新たな価値が定立されることを意味する。そしてニーチェは、ニヒリズムを克服する道として、永遠回帰と超人出現を説くのである。 「超人」 [人間は、動物と超人とのあいだにかけ渡された一本の綱である、――一つの深淵の上にかかる一本の綱である。一個の危険な渡り行き、一個の危険な途上、一個の危険な回顧、一個の危険な戦慄と停止、である。人間において偉大であるところのもの、それは、人間が一個の橋であって、目的ではないということである。人間において愛されうるところのもの、それは、人間が一個の過渡であり、一個の没落であるということだ。わたしは愛する、没落して行く者としてでなくては、生きるすべを知らない者たちを。というのは、彼らは向こうへ渡って行く者であるから。わたしは愛する、大いなる軽蔑者たちを。なぜなら、彼らは大いなる尊敬者であり、別の岸に向かう憧憬の矢であるから。わたしは愛する、没落して犠牲となるための何か或る根拠を、まずもろもろの星の背後に求めたりしないで、大地がいつか超人のものとなるように、大地に身を捧げる者たちを。](6) ニーチェによれば、人間は「動物」から「超人」へといたる途上にある者である。人間は過渡的存在であるから、人間についてその本質を何といって確定することはできない。これまでの人間観においては、人間が、神との比較において、つねに目的であろうとして目的でありえず、したがって人間は、充分な意味で偉大ではなかった。今や人間への問いにおいて、本来人間が何であるかという問いより、人間が現実にいかにあり、また真実にはいかにあるべきかという問いの方が根源的である。人間は真実にはいかにあるべきか。ニーチェの人間観の独自性は、人間を、自己超克というこのダイナミックな行為のうちにあるものとしてとらえるところにある。人間は自己超克において、みずから渡り行く者として一個の橋である。渡り行く者はまた、没落を欲する者でなくてはならない。没落する者として、「向こうへ渡って行く」のである。そのためには、まずあるがままの自己を軽蔑し、没落することが必須の前提である。この意味での軽蔑し、没落する行為は、この現実を超えた彼方に矢を投げかけることではない。自己超克の行為は、あくまで「大地」に忠実な行為でなくてはならない。 ニーチェによれば、もともと大地にはいかなる意味もない。大地は意味と無関係にただ存在するだけであり、そこにネガティヴな意味を与えるか、ポジティヴな意味を与えるかは、そこに生きる人間たちの世界観の問題である。大地とは現実の比喩であるから、大地に生きながらその大地を無意味なものとする生き方、すなわち真の意味で現実といささかのかかわりもない生き方は、生の矛盾にほかならない。矛盾をそのままに生きていくとすれば、あるのは偽りの生である。大地を無意味なものとみなして、それを超えたところへと自己を超越していく行為は、生の否定につながるのではないか。 「ニヒリズムの克服とは」1章で述べたようにキリスト教には、道徳の観点から生を否定するニヒリズムが存在する。「超人」の出現とは、ニーチェがニヒリズムの極限から世界の全面的肯定への反転を期待すべく送り出した者。それは一切価値の価値転換という言葉で表されている。一切価値の価値転換ということは、従来の価値には価値があると思われていたがじつはそれらには価値はないのだと価値から価値を剥奪し、従来価値がないと思われていたものにこそ価値があるのだと、貶められていたものに価値を付与することをいう。だから、これには、従来の価値を無価値化することと、新しい価値を打ち建てることとの2つが含まれていると思える。従来の価値とは、弱者が人間を超えた高い所へ価値を祭りあげてしまい、これにひざまずき、これもまた人間の作品なのだということにまったく気付かなかった。自己放棄の道徳、奴隷道徳。 プラトニズムとキリスト教のかなたで、新しい、強者の、支配者の価値秩序を打ち建てようと意志するニーチェは自らをインモラリストと自称する。ルサンチマンや無への意志からではなく、価値措定の原理としての力への意志を白日のもとに自覚自認して、破壊するとともに建設する者、そのようなものとしての人間の本質であり目標であるもの、それが「超人」なのである。ニヒリズムの極限から最高の肯定への反転を総体的に示し、それゆえ『ツァラトゥストラ』の主題を示しているのが、永遠回帰思想である。 「同一者の永遠回帰」 [わたしは語り続けた、「見よ、この瞬間を!瞬間という名のこの通用門から、1本の長い永遠の小路が後方へ走っている。われわれの背後に1つの永遠が横たわっているのだ。一切の諸事物のうちで、走りうるものは、すでにいつか、この小路を走ったにちがいないのではないか?一切の諸事物のうちで、起こりうるものは、すでにいつか、起こり、作用し、走り過ぎたにちがいないのではないか?そして、一切がすでに現存したのであれば、おまえ、小びとは、この瞬間をどう考えるか?この通用門もまた、すでに――現存したにちがいないのではないか?そして、この瞬間が一切の来たるべき諸事物を自分の結果として引き起こすようなぐあいに、一切の諸事物は堅く結ばれているのではないか?したがって、―― ――この瞬間は自分自身をも自分の結果として引き起こすのではないか?というのは、一切の諸事物のうちで、走りうるものは、この外へ通じる長い小路をも――将来いつか走るにちがいないからだ! ――そして、月光のなかを這うこの緩慢なクモと、この月光そのもの、また相共にささやきながら、永遠の諸事物についてささやきながら、通用門に立つわたしとおまえ、――われわれはすべて、すでに現存したにちがいないのではないか? ――そして、回帰し、われわれの前方の、外へ通じるあの別の小路を、この長いぞっとするほど恐ろしい小路を走り――かくて、われわれは永遠に回帰するにちがいないのではないか? ――」](7) 「同一者の永遠回帰」が、世界はまったく同一の状態を永遠に反復することを意味するとすれば、世界は神によって創造され、世界歴史には「目的」があるというキリスト教神学的歴史観や、世界が生命の進化を促すように、確実に「進歩」したり「発展」するものであるとするヘーゲル的な歴史哲学や、また世界は機械論的な因果法則に従って動いているだけだという自然観などの従来の伝統的世界観はすべて、「同一者の永遠回帰」によって否定されることになる。「同一者の永遠回帰」は、これまでの世界観から神学的、哲学的な超越の意味をすべて取り払ってしまうのである。「永遠回帰」を認めれば、人間は「世界には何1つ意味はない」ことを無条件に認めざるをえない。「永遠回帰」は人間を宇宙の単なる無意味な無限反復の中に陥れてしまうからである。 ニーチェによれば、ニヒリズムを徹底化させる以外に、ニヒリズムを克服する道はない。つまり「同一者の永遠回帰」には、ニヒリズムの極限を受け入れないかぎり、人間は新しい「意味」や「価値」を獲得することができないという逆説が含まれているのである。 「同一者の永遠回帰」は新しい形而上学ではない。ニーチェが目指しているのは、形而上学や宗教のように、超越的意味によって生の苦悩から救済しようとする欺瞞の可能性を奪い去ってしまうことである。神は死んだ。形而上学の真理も超越的な根拠にもとづく道徳もすべて妄想である。一切の神は死を遂げ、世界にはもはや「目的」も「意味」も存在しないことが明らかになった。これまで世界を支えてきた世界秩序の根拠を失ったヨーロッパ世界は崩壊せざるをえない。だが、人間は本性的に「世界」のうちに生きる者である限り、「世界」を求めて、さまざまな反動を試み、「過渡期の思想」を作り出す。だが事態はさらに悪化するだけである。その状況においてニーチェは、世界にはもともと何1つとして「意味」が存在しないことの認識から始めようとする。「同一者の永遠回帰」が主張する徹底的なニヒリズムに耐えない思想は、すべて没落せざるをえない運命にある。だが、それが示す底なしの無意味さに耐え、目的の喪失を乗り越えないかぎり、人間は生きることができない。永遠回帰思想の危険と困難は、この思想のもつ暗黒面にある。暗黒面すなはちニヒリズムの超克。それはまた、永遠に繰り返されるこの生を望ましいものとすること、特に瞬間を有意義なものたらしめようとすることである。無限にニヒリズムが繰り返されざるをえないという宿命を引き受け、それによって運命を超克しようとすること。ここに、ニーチェにおける世界観の概念を感じ取れる。 だがしかし、「永遠回帰」には、概念としての不整合性があげられるなど、多分にナンセンスな要素を含んでいる。だが詩的イメージに込められたツァラトゥストラの言葉には、ニーチェが開発してきたすべての哲学的枠組みを全部ご破算にしてその外に出ていけるような役割を、永遠回帰というコンセプトに与えていた、という見方もある。 [一切は行き、一切は帰って来る。存在の車輪は永遠に回転する。一切は死滅し、一切は再び花開く。存在の年は永遠に経過する。一切は破れ、一切は新たに接合される。存在の同じ家は永遠にみずからを建てる。一切は別れ、一切は再び挨拶をかわす。存在の円環は永遠にみずからに忠実である。すべての刹那に存在は始まる。すべての《ここ》をめぐって《かしこ》の球は回転する。中心はいたるところにある。永遠のたどる小道は曲がっている。」――](8) ニーチェが道徳を攻撃してやまない理由は、あらゆる道徳が行為を明確な動機にもとづかせようとするからである。これに対して「永遠回帰」は、生から動機を打ち消し、生を目的から解き放つのである。「常に同時に普遍的法則となりうるような格率に従ってのみ行為せよ。」と定式化されるカントの「定言命令」は、ニーチェにとっては、まさに人間的な生の「全体性」を破壊するものでしかなかったのである。人間的な世界を打ち立てるものは実践のみであって、法や規範の普遍的な形式や秩序ではないということにほかならない。法や規範にとらわれることが「道徳的人間」の特徴である。「道徳的人間」を克服しないかぎり、「全体的人間」は可能にはならない。「永遠回帰」は瞬間を無動機的にし、生を目的から解放する点でニヒリズムの極限であるが、それゆえにこそ、「永遠回帰」は同時に、全体的人間の劇的なあり方を実現し、生の各瞬間が無動機的になっている人間の生誕を可能にするのである。ツァラトゥストラの遍歴は、孤独な旅である。永遠にすべてのものが再びめぐってくる。おのれが苦悩の末に忘却の彼方に追いやった思い出したくないものまでもがである。この永遠回帰は恐ろしい思想である。我々が生きるとは、このような永遠回帰のかたちにおいて、生き続けているのであり、すべての努力も、すべての希望もむなしく、むなしさもむなしく、すべては意味もなく繰り返される。このような生の本来のありかたを知る道が生の真相としての永遠回帰なのである。現在のこの瞬間における自分自身の生が、いまここに生きてあるこの自分自身が、果たして限りなく愛惜すべきものであるかどうか、もしそうであれば、この生が永遠に繰り返してそのあった通りのものであることが意欲されるであろう。だが、すべての瞬間がそのように充実したものであることは、まず不可能である。たとえ生のただ1つの瞬間にもせよ、限りなく充実して生きること、すなわち、永遠の回帰を希求せざるをえないように生きること、それらにいかに耐えがたい瞬間であるにせよ、それらをも永遠に回帰するものとする意欲。これができうる「超人」の出現により、この思想は完成に至るのであろう。 第4章「おわりに」 私とニーチェとの出会いは、ちょうど今から1年前の授業においてであった。その時点で彼の思想の概略を理解することはもちろん不可能であったが、私はその授業においてニーチェという哲人に何かしらの不思議な魅力を覚え、授業の課題である自分の最も気に入った哲学者についてのレポートに迷わずニーチェを選んだ。おりしもこの卒業論文のおおよその題目を考える時期でもあったため、これがきっかけでテーマにはニーチェ研究を選ぼうと思い至ったのである。ところが、約1年(実質半年ほど)でニーチェという大天才を理解しようという試みはなかなかに骨の折れる思いであった。それというのもニーチェという男は、哲学者と呼べるべきか疑問に思うほどに彼の思想は体系立てられて残されてはいないからである。代表的な著作である『ツァラトゥストラ』に見られるように、主として彼の思想は極めて詩的であり、イメージとして描かれる要素が強い。しかしながら一方で、「ルサンチマン」思想などにみられる人間の道徳観・キリスト教への激しい追究は、僕自身がこれまでの人生を生きてきた上で感じてきた人間の価値の問題について、「何かおかしい、どこか変だ。」と感じるけれども、それを論理的に構築し言い表すことは上手くできない。そんな僕の胸につかえた思いを全て述べてくれた。はじめにで僕の心の代弁者と書いた理由がそこにあるのだ。 この論文で問題提起したニーチェの描く世界像であるが、キリスト教的「神」を偽りの形而上学であると否定し。「神の国」「天国」といった概念を設定することによる救いを求めようとしない。人間に潜む暗黒面を神のもとにあずけることは、結局「生の否定」につながるためである。ニーチェは人間の持つ暗黒面、「ディオニュソス」的要素と正面から向き合う強さを求める。「永遠回帰」思想のうちに繰り返されるニヒリズムを積極的なものとしてとらえ、「権力への意志」による自己超克への意志を人間の中に育て上げること。これが「超人」出現を望むニーチェの20世紀以降の世界イメージではないだろうか。 だが、積極的ニヒリズム。すなわち具体的にどうニヒリズムを克服するのか、という問題においてははっきりとした解答を出せぬままに亡くなっている。人生の苦しみが何度繰り返されようと、もう1度この人生が回帰することを願えるほどにこの人生を思いきり生きる。確かに理想としては異存はないが、実際問題として果たしてそんな苦しい逃避の無い現実に人間が耐え得るのであろうか?当然、彼の思想体系ではそこで耐え得る人間こそが「超人」となりうる訳だが、果たして「超人」思想の実現がキリスト教的形而上学以上に人間に幸福をもたらすかどうかは、はっきりいってわからない。ニーチェという男の恐ろしさを感じるのはこの「徹底」にある。つまり、人間がより高次の人間であるためには甘えを許さないわけである。 「超人」思想は新たな形而上学ではないとされる。が、人間が今ある人間を超えた所へ力を置くという意味であれば、キリスト教における「神」のように人間の外部に求める場合と「超人」のように内部に求めるかの違いであり、それは根本的には同じことのように思える。西洋に浸透したキリスト教はもっともわかりやすい形而上学のモデルであるが、キリスト教には生を否定する側面があるとしても、一方人間のモラルの価値の普遍化などにおいて大きな功績を残している。これらの普遍的価値の崩壊までもが起こり始めたら世界はどうなってしまうのだろう。つまり、問題はなぜニーチェがキリスト教を批判し、声高に超人思想を叫ばずにはいられなかったのかである。 思うに人間の世界というものは、ある種の形而上学的価値によって一定の安定を保たれる側面があるからではないだろうか。ニーチェの「超人思想」は、キリスト教的形而上学の批判を徹底したがために新たな形而上学とは言い切れない面があったのではないか。もしも、超人思想を神なき後の新たな形而上学として打ち出していたならば、後年彼の経歴は「宗教者ニーチェ」としてさらなる思想の発展があったのではないかと思わざるをえない。 最後に私の結論としての世界の形成は、「人間の世界の形成というものは人間の価値構成と密接に結びついている。」ということである。人間の人生・生活・文化活動〜諸々には価値判断の差異によって幾つもの世界の捉え方が生まれる。人がその人の人生を生きるとは、世界には目的も意味もないことを肯定したうえで、そこに価値を作り出す楽しみを見出すことではないだろうか。価値判断のあやふやなままに成長する人間にとっての世界はやはりあやふやなものとなるであろうし、現実に我々の社会で善・悪の価値判断の曖昧さが原因と思われる事件が次々と顕在化してきている。今、人間はニーチェの言う通り「神」亡き後の価値判断となる存在を模索する危険な時代へと突入しているのかもしれない。「超人・永遠回帰」思想を彼がもう少し体系立てていたならば、どのような具体的な解答例を我々に提示していただろう。 ところで今さらながらではあるが、我々日本人には押し付けられた宗教というものが存在しない。確かに中国より仏教、西洋よりキリスト教が伝わり布教したが、日本にはもともと万物を超越した存在を受け入れる土台は希薄といえる。日本固有の自然宗教として「神道」があげられるが、神道でいう神は無数にあり、自然物や自然現象そして次第に先祖を祭るようになった。したがって神道には特定の教祖はなく、教典もない。19世紀以降は国教のような扱いを受け、天皇が神格化された。しかし第2次大戦後は国家との関係を断ち切り、神社ごとの信仰となっている。大部分の国民は神道の教義には無関心であり、現代日本に対する思想的影響は少ない。 ともすれば、今後このテーマにおいて研究されるべき題材が日本において見つかる期待が膨らんでくる。極端な形而上学的概念の浸透しない日本の道徳的価値判断は何より生まれるのか。やはり、日本という地域の閉鎖性を考えても、村社会・地域の共同性という"公"と家族という最小単位の"私" の区分。その社会の狭いぶつかりあいにおいてこそ、"世間体"というモラルの縛りを築いてきたと思われる。だがしかし、日本における"公"の意識は、戦後の敗戦国という意識のなかで、国家に対する危険意識を生み、価値の体系化もあやふやなままに西洋の「個人主義」に染められてしまった。日本は今や、悲しいことであるが、神亡き後の西洋のモラル崩壊後の世界のモデルに最も近づいている気配がするからである。ニーチェは後年インド哲学や仏教に関心を寄せたようであるが、西洋の形而上学崩壊後の危険性に至って、また東洋哲学の思索もいっそうの深まりをみせるだろう。 ニーチェを読むと魂が高揚する。それは彼の哲学が人間への生に対して貪欲であり、時に怖いくらいに激しく、情熱的であるからであろう。与えられたこの人生を精一杯に生きる。そのためにこそ人間は思想という武器で意味無き世界に価値を創造する思索を続けていくのだ。ああ!人間であることの素晴らしさを、存在の目的をニーチェは説く!ツァラトゥストラに栄光あれ!