【情報ストック11】


 皆さんちわぁ。今日は朝からポカポカ陽気で、昨日辺りから桜も開花したようです。桜にちなむ貴重な気づき話を書き付けておこうと思います。

 昨年家移りしましたので今年は経験し損ないましたが、それまで毎年桜並木を通って通勤しておりました。この時期特に2月頃から桜の木肌がピンク色に色づき始めます。徐々にその色を濃くしながら開花へ向かいます。

 これを見て思いました。「色気づく」という言葉がありますが、この桜の木肌の変化がまさにその意味を教えているのではないか。ある兆候からやがて起こることあるいは為ることを察知し、昔の人はこれを事前予想的に「色気づく」と表現したのではないでせうか。

 してみれば、「色気づく」とは面白い表現には違いない。子供から大人への変化を見抜く言葉でも有るし、恋愛兆候を見抜く表現でもあるし、ある人の近未来的変化を予想する表現でもあるような気もする。それは十分根拠あることをやや先走り的に言い当てる表現でもあるように思われます。

 なぜかようなことを書くのか。実は、れんだいこも色づいているからです。それが昇りになるのか滅びになるのか分かりませんが、何がしか形にしたいと思います。人はどこかで元気出さねばならない。リスクも負わねば為らない。運にも恵まれる必要がありますがその時期にどう的確に果敢に対応する事が出来るかが能力ではないでせうか。摩擦抵抗をバネにしながら押せ押せで攻めろのこころです。

 話転換。「我々に希望が持てるように、れんだいこさん、是非ご教示ください」と云われたら、れんだいこはその気になる質です。その勢いで申しますと、それに応えるための周辺作業しているのが只今までの流れで、今まではなるほど積極提言はしておりません。しかしいずれ本丸に到達せねばなりません。足腰立つうちに挑戦してみようと思います。

 これまでに分かっている事は次のことです。思想形成上、マルクス主義を経由しないといけない、しかし囚われてはいけない、特に俗流のそれを勘違いしたままマルクス主義だと思ってはいけない、現実をより的確にトレースできる理論を創造せねばならない、その為に我々の生身の生き様を歴史的行為にそのまま接続できるようなちょぼちょぼ理論+革命的変革理論を同時的に開拓せねばならない、その間に自由自主自律的な精神のルネサンス論を介在させねばならない、陽明学思想、みきの天理(転輪)思想を汲み取らねば為らない、とか考えております。

 これらの過程を経て、次に為さねばならぬ事は、現代世界をどういう段階としてその史的特質を描き出すのか、我々は何と闘おうとするのか、その筋道、その際の指針等を生み出さねばならない。その上で、我々の延命策、処世法、社会的対処法、現代的変革法を編み出さねばならない。そうして作り上げたものが古くなったら、次の世代がその時に応じたものを又創り出してくれれば良い、それが歴史の流れというものだろう、とか考えております。

 この国の人達はもう何が起っても驚かなくなったのかも知れない。れんだいこの感性も鈍りがちになる。先に、「あきれた粛清劇……日共大物国会議員、筆坂秀世氏失脚の深層」で筆坂失脚事件の裏事情を知らされた。党のbSにして国会議員であった筆坂を「セクハラ事件」で突如失脚させられた背景に党内ジェラシーがあり、こっちの方が真相だというものだが波紋が無い。「JCPウオッチ」でも「ささなみ通信」でも「2チャンネル」でも話題にならないとすれば、それは日共へのあまりにも関心の無さ故か、政治意識全般が死んでいるのかのどちらかだろう。

 次に、この掲示板で起ったことだが、戦後の部落解放運動のターニング・ポイントになった「オール・ロマンス事件」の胡散臭さの指摘も衝撃的だった。いわゆる朝田派の登竜していく契機となったこの事件の追及の仕方がかなり「身びいき」なものであったと云う。つまり、小説「特殊部落」が在日朝鮮人部落を描いていたのにそれを意図的に捻じ曲げ、同和部落を差別的に風刺していた小説として糾弾闘争に入ったのだと云う。目的が理に叶っておればどうでも良いだろうと云う言い分もあるだろうが、解せないことでもある。

 次に、木村愛二先輩が教えてくれた「大杉栄と甘粕正彦を巡る不思議な因縁」も衝撃的だった。これに拠れば、仮説ではあるが大杉栄も佐野学も野坂参三も、大杉栄を廻って伊藤野枝と女の闘いを演じた神近市子も、初代満鉄総裁にしてゴリゴリの大東亜共栄圏構想者にして特高警察の生みの親・後藤内務大臣の息がかかっていたのだと云う。ちなみにこの系譜に後の読売新聞社主となる正力松太郎が居る。今にッ続くナベツネはその直系である。驚くまいことかわ。

 これも衝撃的だ。大杉栄は関東大震災時のどさくさで東京麹町憲兵隊で虐殺されているが、これを指揮したのが憲兵大尉の甘粕正彦だとするのが通説である。ところが、「彼が真の下手人だったかどうかは大いに疑問」と云う。むしろ、甘粕大尉が何らかの事情で罪を背負って服役し、陸軍全体に対して貸しを作った。その貢献で、釈放されてから満州に渡った甘柏は、協和会の総務部長に就任することによって、新天地を築き上げる足場にした、と云う。「甘粕が殺人犯ではなかったとすると、歴史を書き換えなければなりませんね」ということになる。ちなみに、刑期の三年間を本当に刑務所の中にいたかも疑わしいと云う。いずれにせよ、この甘粕グループが、1931(昭和6).9.18日、柳条湖事件を引き起こし、ここから満州事変と云われる一連の経過が始まる。ろくでも無い奴はろくでもないことしかしないという実例だろうか。まだある。甘粕は1917年頃に最初の渡仏をして、フリーメーソン(大東会)に入会しているとも云う。

 さて、極め付きはこうだ。小泉首相の履歴として、ロンドン留学が云われているが、その真相は国内での婦女暴行事件からの逃亡であった云々。「閣僚の息子で婦女暴行で捕まった男が、留学という名目でロンドンに来ており、余り勉強もしていない」との情報が小泉を指していると云う。これを確認しようとすると、「警察のガードが予想以上に固いために、非常に難渋している」とも云う。前首相・森の学生時代の破廉恥罪はスクープされたが小泉調査の壁は厚いということか。結論として、「こんな人物を首相にした責任を問い、狂っている日本の政治の姿を明らかにして、国民の審判を問わないのか不思議」、「その小泉が首相になって人気稼ぎに明け暮れ、ことによると新たな情報の隠蔽が始まって、日本は更なる亡国の混乱で呻吟する」とも云う。

 あぁ驚くまいことかわ。

 2003.9.30日 れんだいこ拝




 皆さんちわぁ。ヒートアップし続けている議論にどこから入っていけばよいのか分かりませんが、「左翼であることは頭がよい証明」論についてコメントしてみます。

 「左翼であることは頭がよい証明」になるかどうか、これは非常に興味深い設問ですね。むしろ、「左翼であることはヒューマニズム的であるという証明」になるとした方が適切かと思いましたが、てやんでぇ左翼のどこがヒューマニズムなんだよう、と口角泡を飛ばす議論がお見舞いされそうです。この論を退けるにはかなりの弁論が必要となるので不適切として却下せざるを得ず、ズバリ「左翼であることは頭がよい証明」になるかどうか考えてみたいと思います。

 人は、思春期以降自我の確立を経て自己と世界の客観化へ向かうと思われます。その上で、自己と世界との関係付けが始まります。それには何らかの思想的構築が問われるようになります。その練磨と実証に向けていわゆるコミュニケーション活動が始まります。コミュニケーション活動は、人によって様々に表出致します。俗に、思想系、政治系、宗教系、ビジネス系、体育系、文科系その他に分岐して、その個性に応じたところで憩うように思います。この差違には何より気質が関係しているのではないのか、という観点をれんだいこは持っております。結果、この多様性は神のみぞ知るバランスであるように思われます。

 さて、この時、思想―政治系の者が仮に約2割発生します。その系の者で左派思想に被れる者がそのまた仮に2割となります。その系の者でマルクス主義的なあるいはアナーキズム的なものへ向かうのが仮に2割となります。ここまでは左派一般ですが、実際にはその左派もまた多様に党派化して分岐していきます。が、ここではその違いは問わず、あくまで左派一般問題として措定したいと思います。但し、マルクス主義の系に限定したいと思います。

 以上から、「左翼であることは頭がよい証明」になるかどうかという設問は、 「マルクス主義に被れる者は頭がよい証明」になるかどうかという設問と同義になり、この系に至った者の評価如何の問題になるでせう。

 この問題に応えるには、そもマルクス主義とは何ぞ、その特質は何ぞを明らかにせねばなりません。が、その考察は別のところに譲るということで割愛し、マルクス主義の白眉なところを集中的に論じ、その論理に惹かれてマルキストとして誕生していった経過を解析することと致します。これを明らかにすることが、自ずとマルクス主義者の優秀性ないし非優秀性を浮き彫りにすると思います。

 以上を前置きとしていよいよ本題に入ります。マルクス主義の白眉なところはどこか。人はそれにどのように惹かれあるいは首肯しなかったのか。惹かれた側の特質は何か。能力と如何に関係していたかいなかったか。惹かれなかった側の特質は何か。能力と如何に関係していたかいなかったか。

 マルクス主義の解説はれんだいこの「マルクス主義再考」に譲るとして、白眉中の白眉と思われる唯物弁証法の精査こそが中心的なテーマになるだろう。しかし、これを論ずるのも「マルクス主義再考」に譲る。むしろ、肝心なことは、既に百数十年の歴史を持つ唯物弁証法がさすがに古色化してきており、今やマルクス主義的に改変されねばならない状況にあって、それに向かわず教義墨守するしか能を見せ無いマルキストの能力は奈辺にあるや、ということであろう。

 もっとも、問題は簡単ではない。唯物弁証法が古くなったとして改変を試みる連中の中には、それを単に批判するばかりでしかもんなりに恣意的に批判するばかりで、止揚したところの論を対置し得ていない単なる反マルキストばかりが目に付く。かようなご時世下ではマルクス主義教義の教条主義的墨守には一定の根拠があると云わねばならないだろう。この関係において、教義墨守するしか能を見せ無いマルキストの能力は奈辺にあるや、と問い掛けねば方手落ちというものであろう。


いうことであろう。良」なところは次のように考えられる。それは、支配当局の御用思想、恭順思想に抗して、革命勢力側の思想的武装ないしそのイデオロギーとして登場したことに求められる。この点は、単に事実認識の問題であり、そういう思想を戴くマルキストの頭の良し悪しを直接証明しないが、問題を曖昧漠然折衷的に設定しない作風を生み出す必然性がここにあると云える。

 次に、近世の自然科学的諸発見、人類史、思想史に通暁し、それらから原理を汲み出し思想化したことに求められる。通常、唯物論的弁証法と云われるが、建築に例えれば大工道具に当たる。この点こそマルクス主義の白眉中の白眉であると思われ、これの秀逸性を証することが即ちそれを理解したマルキストのそれをも証することになると思われる。これの論考は「マルクス主義再考」で述べているのでそれに譲るとして、マルキストの優秀性はひとえにこの大工道具の優秀性にかかっていることは疑い無い。

 、社会分析に用いてたいわゆる科学的手法

の史上初めてトータルに社会科学的世界観というものを構築したからでは無かったか。しかも、自然科学的諸法則を踏まえてそれを社会に適用し、しかも社会独特の質として階級闘争理論を生み出し、その見地から史的唯物論を展開し、未来社会の青写真まで創った、この構想力が気宇壮大であり且つ表見的に精緻であった。これに惹かれたのだと思われます。

 これを理解し得る者は、頭が良い証明になると考えられます。なぜなら、人類史上非常に魅力的なマルクス主義の卓見的諸観点及びその体系を理解しえたのだから。ところが、問題はそうは単純ではない。当然のことながらマルクス主義も時代の制限を受けており、歴史の試練に晒される。その過程で種々の理論的綻びが生じてくる。その際に、マルクス主義の歴史的限界性を踏まえないマルクス主義者が頭がよい証明になるかどうか、という問題が発生する。

 今、我々に問われている真の問いかけは、ここら辺りの解明に依存しているのではなかろうか。マルクス主義形成期においてその理論の限界性を見抜く者がいたとして、その者は優秀なのか、非優秀なのか。マルクス主義形成期においてその画期性に着目しこれを理解した者は優秀なのか。ポストマルクス主義形成期において、マルクス主義の画期性に着目し得る者は優秀なのか。マルクス主義の限界が立ち現われてきたときにマルクス主義者として自己形成する者は優秀なのか。これに決別する者がマルクス主義に代わる理論を持たぬまま立ち去るとしてそれが優秀なのか等々。かようにいろんな側面から問いかけが発生するように思われます。

 しかして、元の問い「マルクス主義被れ、ひいては左派被れは優秀性を証明するか」。れんだいこは、イエスと応え、ノンとも反応したい。結論。如何なるマルキストであらんとするかによって、その質は決まる。



、、とある者は政治に被れます。一口に政治と云っても、右派から中道から左派まで多岐に分岐しております。穏健派と急進主義派にも分かれます。左派思想に被れ、なあるいはユートピア的な運動にシンパシーを持ちます。ある者は右派思想に被れます。ある者は宗教に被れます。ある者ははネットワーク商法被れというものもある。これらは思想派の流れでせう。これらとは別に、スポーツや稽古事被れもある。又別にエロチシズム被れもある。

 こうやって見てくると、何や体内の燃焼活動の活発化に応じて、


 この難しくされた左派運動と論理を解きほぐして原点を据えなおす作業が望まれているのだと思います。それが途方もない難事なら、いっそのこと別思想でアプローチした方が良いかもしれないも思う。帽子屋さんとこれに対立するうちわだいこ・今は名を秘すさん間の議論を聞いても、多少袋小路に陥っている面があるかと思われます。

 なぜ、袋小路に陥るのか。それは互いに観点がぶれあっているからではなかろうか。もっとも、それは当人の責任でもない。依拠するところの教材からしてぶれているから、これを学んだ者は当然ぶれを引き継いでいるということになるのだと思います。

 帽子屋さんのカメレオン的擬態が自由な精神からもたらされているのかどうか、それは引き続き興味ある課題です。ここでは、うちわだいこさんの「ファシスト石原殲滅論」に注意を喚起してみようと思います。

 れんだいこが思うに、ファシスト石原が殲滅されるには、それなりの理由と根拠がいると思います。理由付けの獲得だけで赤色テロルを振るうのはいけません。なぜなら、それはあまりに粗雑な論理であり、基準が明示されぬままテロ棒が振り回されることになるからです。やる場合には気付かないだろうが、やられる場合を考えてみよう。国家権力が恣意的な理由付けで我々を逮捕、拘禁、暴行、拷問したら嫌ではないか。ならば、「されてなことはしない」という公理を確立すべきではなかろうか。問題は、「させない為に何をすべきか」という課題考察が残されているが。

 さて、根拠についてはどうだろう。思うに、誰しも発言は自由ではなかろうか。問題は、その発言に基づいて具体的な行動に着手した場合に、その地位利用、権力行使、反対派・抵抗派に対する処遇、今後の悪影響等々によりリトマス試験紙で判断されるべきではなかろうか。しかも書き換え書き換えするより合理的な認定基準がいるだろう。

 この辺りの区別無しに基準の確立無しに赤色テロル思想を鼓吹するのは如何なものだろう。「ああいえばこういう」式の社会にあっては、正義はどのように云いなすことも出来る。場合によっては、180度逆転のことさえいえる。つまり、やった方がやられたというプロパガンダさえ可能である。スパイの方が正義派で登場し、スパイでない側をスパイ呼ばわりして摘発していくことさえ可能である。結局は、「やられたらやり返す」泥沼に引きずり込まれる。この場合、真性正義派が勝利すればまだしも、やられたら目も当てられない。日共の場合、革命派がやられてしまって投降主義派が党中央を握ってしまった、という史実があるから、ありえないことではない。

 こういうことを踏まえると、「ファシスト石原殲滅論」は一見勇ましいが危険である、と見なします。

ノンタブーサイトゆえに
 皆さんちわぁ。このところ遣り取りが熱を帯びておりますね。いずれこういう論題も不可避だとは考えておりますのでこの際コメントし合いませうか。どうか議論が生産的になりますように。

 れんだいこはこれまで宮顕―不破系日共路線の不毛を指摘して参りました。思うに、宮顕論理とクロカン論理は妙にハーモニーしてますね。左派用語で化粧された一色統制主義、排除の論理、他党派解体路線という面で共通しており、本質的に反共にして有害無益ですね。こういう現実を糊塗させて左派同士は仲良くせよ論が云われることがままありますが、れんだいこの経験から云えばナンセンスです。史実を踏まえない暴論のように受け止めております。この観点がなかなか共有されませんね。

 問題は、それならばそれとしてこの両派の性質を正確に認識し、理論的にも運動論的にも組織論的にも文化運動的にも財源確保的にも競合で勝利していくことが肝心なことではないかと思っております。暴力に対する防衛システムの確立も必要でせう。ところが実際には、理論の何とか、と云われているように貴重な視点を披瀝してきたことも事実です。醒めているからよく観えるということではないかと思っております。

 史実は、両派の性質を正確に認識できず、理論的にも運動論的にも組織論的にも文化運動的にも財源確保的にも防衛システムの確立でも競合で勝利していくことができず、左派運動総体の低迷を余儀なくされてしまった。つまりまだまだ為すべき仕事が為し足りていない状況なのではないでせうか。とはいえ中核派はよく凌いだのかも知れません。れんだいこはそう考えております。

 両派を是認し得ることができるとするならば、この間の歴史的左派運動が民族主義的観点を抜きにして徒に対権力闘争を弄んでいる運動に対し、これに左派圏内から掣肘を加えてきたことでせうか。しかし、本質的に体制べったりな連中の運動が護持してきた国家としての日本が今や溶解しつつあり、何のための運動だったのか存在理由が根本から否定されつつあると見ております。

 れんだいこが思うに、民族に対する責任を持つ左派運動の創出が望まれており、それは穏和系であろうと急進主義系であろうとブリッジし合わねばならない。排外主義に繋がるような民族主義ではなく、国際主義に水路を拓いた民族主義をどう打ち立てるのか、これこそが時代が要請しているものなのではないでせうか。

 その先行形態として、排外主義に繋がるような党派主義ではなく、共同主義に水路を拓いた党派主義をどう打ち立てるのか、これこそが身近なところで要請されているのではないでせうか。

 肝心のここが理解されず、一見聞こえのよさそうな正議論を吹聴して事足れりとする風潮や、左派運動に失望したり、その反動で更なる右派系へ埋没する地点から左派運動そのものを揶揄する傾向が強いですが、これに抗するには論より証拠以外にないでせうね。つまり、これまでのやり方の正の面と負の面を総括し、堂々と大道を切り開いていくべきでせう。この大道路線が今や、脳溶解社会の到来にあって逆に要請されているのではないでせうか。

 不遜な云い方でせうが、れんだいこは赤より出でて赤より紅なものを生み出せたらと思っております。しかし有限な寿命の且つ明日の命の保証さえ無い中でのことですから、この先どうなるのでせう。いずれにせよ、運動圏の中に白い者の擬態的参入には厳しく処し、紅い者間は競合的競り合いと協調を目指すべきだと考えております。

 その一里塚として、詭弁に騙されず、自由、自主、自律の気風を培養していく稽古から始め直さねばならないと考えております。何といっても大衆の海の中で泳げる支持基盤を作り出すことが必要です。ということは、大衆の生態つまり人間をよく知る者にしてはじめて運動を成功させることが出来るのであって、書生理論だけではどうにもならないとも考えております。

 さすがに送信クリックの時には迷ったなぁ。

 ご両人皆様にもちわぁ。いつか確認してみたい話になりつつありお尋ねしようと思います。

> > そもそも各国別の「発展段階」を定め、それから各国別の「党綱領」を導くというのはスターリン一国社会主義論の産物じゃないですか。

 史的唯物論的「発展段階」説は、歴史考証による「真理」とかいうようなものではなく、ヘーゲル的な把握の仕方での概念ではなかったか。但し、ヘーゲルは、いわゆる西欧的神学の枠組みの中で世界史の流れを叙述しようとした。これに対しマルクスは、そういう前提を持たず虚心坦懐に歴史を概括していくと、社会変動が物質的な根拠として生産力に規定されており、時々の生産関係の矛盾の合理的解決という形で動いていることを発見した。その流れが「発展段階」説であり、一見歴史は偶然の積み重ねのように見えるが背後に貫く必然史としてそういう法則があるとみなした。

 この構図はマルクス自身が言及しているところのものであり、スターリン主義がこの説そのものを捻じ曲げたとは思いません。で今や、マルクスのこの把握の仕方が問われているということのようですが、興味深い試論であることは動かしがたいと思っております。

 補足すれば、スターリン主義とは、この「発展段階」説を自明の「真理」としての公式主義化へと論を推し進めた。しかしてそれは、歴史を貫くものとしての必然史的観点を押し付け過ぎると言うことになった。法則のようなもの=真理としてしまった。こうなると中世的思考への逆戻りであり、再度薄っぺらな歴史観へと逆行させてしまうことになった。

 マルクスやエンゲルスの史的唯物論は、その後の歴史研究によりもっと肉付けされたり、あるいは論の中身の変更ができるようなしなやかな構造になっていたのではないでせうか。そこには科学的態度はあるけれども、「真理」などというものに煩わされるものはなかった、と考えます。

 補足すれば、史的唯物論というのは、歴史を俯瞰すれば透けて見えてくることであって、この見えてくるものを純粋系で抽出し、その他のものを夾雑物として過小評価し排除するのは却って危険なのではなかろうか。歴史はそうは安上がりでは掴めない。

 どういうことかというと、例えば明治維新の研究を史的唯物論の枠組みの中から見ようとするのは馬鹿げており、そうではなくていろんな角度から考証していけば、史的唯物論的な流れが透けて見えてくる、ということでよいのではないでせうか。この違いは、史的唯物論に馴染まない事象をもそれとして見るのか、安易に切り捨て勝ちになるのかという資料の採集態度に影響を及ぼします。

 史的唯物論者の致命的な欠陥は、歴史のもう一つのベクトルである民族主義の流れを叙述できないところにあると思います。専ら経済分析に専念し、政治史の全てをそこの因果関係からしか捉えようとしない。どうやら違う、マクロで見ればそうかも知れないが、数百年単位(これも結構マクロですが)においては民族主義の系譜も今現在大きな役割を果たしている最中にあり、これは独自のベクトルとして捉えた方が良いように思われます。

> > そもそも各国別の「発展段階」を定め、それから各国別の「党綱領」を導くというのはスターリン一国社会主義論の産物じゃないですか。

 これは難しい話ですね。普遍と特殊という関係で捉えるのもどこか無理があるようにも思うし、かといって一国社会主義論で運動を推し進めるのはナンセンスだとも思うから。こういう肝心なところでの理論的切開は少しも出来ていないのではないでせうか。


判明するにつれて、個別ごとにこれほど重要な法案を、それぞれが法案として欠陥丸出しのまま、目白押しで提出してきて、内閣の命運を賭けるとの決意表明も無く、そして有耶無耶のうちに見送りとなり、それで何も無かったかのように内閣が続いていくとしたら、こったら馬鹿な政治があるだろうか。手前の愚昧さの方がよりひどいのに総領事事件での大使の事なかれ主義を責めるとしたら、これは漫画ではないのか。

 それはそうと『武力攻撃事態法案』の第二条(定義)イ(武力攻撃事態を終結させるために実施する次に掲げる措置)の(2)項は、次のような条文になっている。「(1)に掲げる自衛隊の行動及びアメリカ合衆国の軍隊が実施する日本国とアメリカ合衆国との間の相互協力及び安全保障条約(以下「日米安保条約」という。)に従って武力攻撃を排除するために必要な行動が円滑かつ効果的に行われるために実施する物品、施設又は役務の提供その他の措置」。

 これはあり得べからざる規定ではなかろうか。国会質疑するとするなら、ここが急所となるべきだろう。社共がこういうところを指摘しているのかどうか、一昔前なら断じて認めないところだが、小泉の土俵に乗って神学論争繰り広げている気がする。

 どういう意味かというと、この規定は、「日米安保条約」を受けての「日米軍事条約」となっているという事の重大性である。友好同盟あるいは不可侵同盟ならいざ知らず国の基となる軍事防衛を、こうも高らかに特定国とのいぞんかんけ締結する国家なぞあり得るのだろうか。それはあまりにも国家の自律性ないしその国策を歪めるのではなかろうか。更に云えば、憲法9条規定下でのかような「軍事同盟」規定は有り得て良いことだろうか。

 アメリカとの協調とは名ばかりのその指揮下で「武力攻撃事態」に対応する、というかそれしか出来ない「武力攻撃事態対応法案」なぞ有り得て良いのだろうか。中曽根―小泉―福田一派の骨の髄からの奴隷根性が垣間見えるが、戦後タカ派系列のこれが正体だろう。

 馬鹿らしくて読む気もしないので、社共が問題にしているのかいないのかも分からないが、マスコミ情報からは問題にされていないように見える。しかしそれはあまりにも哀しい現実であり、その連中が総領事事件で治外法権思想を声高にするというのも馬鹿げ過ぎていよう。というか、中国には威圧的に対米的にはイエスマンという構図の丸出しか。でもって現地大使館は事なかれ主義という訳か。

自民党が小泉内閣をつぶすか、小泉内閣が自民党を潰すかの戦い


 2002年1月6日付「しんぶん赤旗」から連載している日本共産党不破哲三議長へのインタビューをまとめてお伝えします。【写真】インタビューにこたえる不破議長(中央)と、質問する関口編集局長(右)、庄子編集局次長

(1月6日付)

  • 21世紀の世界を大きな視野で見る
    • 一国覇権主義の危険な実態を正確に見定めよう
    • 「強制進入」作戦―他国の主権など頭から無視
    • 時代認識――世界の配置は変わった
    • 世論――「アメリカ」と「アメリカ以外」とではこんなに違う
    • アジア・中東・アフリカが国際舞台の大勢力になる
    • 「パワー」だけでなく、「徳」が力をもつ時代

(1月7日付)

(1月8日付)

  • 自民党政治は新しい世紀にたえられるか
    • 報復戦争支援――日本にそそがれる世界のきびしい目
    • 今日の行き詰まりは自民党政治の総決算だ
    • 「改革」の本音を国民の目ではかるモノサシはここにある
    • 大企業中心主義も国民いじめも過去最悪
    • 自民党の長老政治家の最近の発言から

(1月9日付)

  • ポスト資本主義が今日的な課題となる世紀
    • どうしても不況・恐慌からぬけだせない
    • 地球の「生命維持装置」が危なくなっている
    • 資本主義の矛盾をとらえるマルクスの“すごさ”
    • 南北問題――資本主義には責任があるのに解決する力がない

(1月10日付)

  • いま光る日本共産党の社会主義論 …上
    • 社会主義のこれまでの流れをふりかえって
    • 崩壊したソ連社会をどう見るかが重要
    • 資本主義時代の価値ある遺産――民主主義と自由はなかでも重要な成果
    • 社会主義論関係略年表

(1月11日付)

  • いま光る日本共産党の社会主義論 …下
    • 利潤第一主義を克服した新しい社会とは
    • マルクスは共産主義の青写真づくりをきっぱりとしりぞけた
    • 日本共産党の民主主義革命論にも大きな関心が寄せられている

(1月12日付)

  • 80年の風雪をふまえて
    • 20世紀は、日本共産党の存在意義が試された世紀だった
    • 平和と民主主義への転換の先駆け
    • 占領下に「民族独立」の旗を勇気をもってかかげる
    • 自主独立・苦難の「五〇年問題」からひきだした最大の教訓
    • 日本社会の新しい進路をしめす綱領路線を確立した
    • 新しい世紀――日本の新しい進路を開く事業の成功を
(1月13日付)