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 2001.7.30市田は記者会見で、『選挙戦の教訓をえぐりだし、生かして勝利者になることが党幹部の最大の責任の取り方だ』と発言している。これは市田自身の言説なのか不破に指図され云わせられたのかどうかまでは分からないが、事情通ならそれが有名な野坂理論の言い回しであることに気づく。もっとも、野坂は、「そこがブルジョア階級政党との違いである」とより露骨に居直っていたが。「共産党は選挙結果にいちいち左右されるほどやわな政党である必要は無い」ということになるが、こったら御用理論に煙巻きされる者はされる方にも問題があろう。この伝によれば、ひとたび執行部を掌握した者には万年安泰が約束されることになる。一種の超伝導理論であることに気づくべきだろう。個人レベルで無病息災・不老不死、組織レベルでは永久政権が願われるのは致しかたないとしても、それは叶えられないから願われるのであるところにミソがある。ところがだ、現下共産党中央だけは何の根拠もないままに「我が世の春」を得ていることになるが、それは不義以外の何物でもなかろう。

 その点、自民党というのはたいしたものだと思う。森では勝てないと分かると勝てる者を浮上させて勝つ。万が一負けたら責任を取らせる。近いところで三木、中曽根、橋龍なぞはその例だろう。驚くことに選挙結果だけで執行部が替わるのではない。派閥間抗争による党首選が行われ、予備選挙で二位に甘んじたら潔く身を引く芸をも見せている。近いところで福田、橋龍なぞはその例だろう。「天の声にも時には変な声がある」は、その際の福田の名言であった。ほとんど誰も指摘していないが、自民党のこういう組織論はほぼ戦後民主主義ルールのお手本的な実践態ではなかろうか。そういえば、中央での取り決めを地方支部が拒否して分裂選挙をした例もあるが、これなぞ却って羨ましい活力体質ではなかろうか。マスコミ始め野党はこぞって自民党の利権体質に目を向かわせるのみであるが、それは方手落ちではなかろうか。自民党のこういう民主主義的先進性に着目研究し、取り入れすべきではなかろうか。

 さて、こたびの参院選総括を締めくくるに当たり次の事を共同課題として確認しておこうと思う。ブルジョア民主主義と形容されようとも戦後の選挙制度は、一応は正々堂々とした仕組みのテーブルを用意し、その上での政党間の争いを催促している。その結果、戦後当初の保守派50対革新派50のバランスが次第に60対40、70対30、80対20、こたびは85対15という具合に変遷してきている事実をまずは確認しよう。議会政治なぞどうでも良い、要は大衆運動だ、労働運動だ、武装闘争だと云うのであれば、現実を見てみよう。そういう影は微塵も無いし、今後もますます無かろうと思われる。ということはどういうことになるか。今や、左派勢力は完璧に社会の片隅に追いやられ、最後の一触手で土俵から消えるばかりの末期の身であることが確認されねばならないということになる。これを痛苦と受け止めるか快哉するかはそれぞれの自由であるが、この認識だけは共有しえる事実であろう。ということは、今後の政治運動論は、この認識より論が立てられねばならないということを意味する。この状況認識とずれたところで「自共対決」論が為された場合、それは余命いくばくもない執行部に結束を迫るためだけの手前勝手な危機感煽りでしかないと聞き流すが良かろう。

 れんだいこはこの現実を痛苦に受け止める側であるが、次のように考えれば痛苦の深さはより増してしまう。戦前の治安維持法体制下の場合、反政府運動者はいきなり検束され、拷問の憂き目に遭わされた。演説会場でビラを撒いただけで、弁士の発言も片言三言で封殺された。共産党そのものが非合法化され、労農党、社会大衆党という合法政党の仮面をつけてほそぼそと活動しえたに過ぎない。おかしなことであるが、この当時のほうが政府与党・軍部に対する圧力は今よりは大きかったのではなかろうかとさえ思われる。多少割り引くにしても、敗戦目前の天皇側近たちが最も頭を悩ましたのは、共産革命必死論であった。時局柄で考えねばならぬにしても、一定の根拠はあったものと思われる。

 それを思えばどうだ。共産党中央は謀略ビラにやられたなぞと駄々をこねてはいるものの、NHKのみならず民放までプロパガンダの機会を与え、国会討論、党首討論その他諸々社共の出番が制限されないどころか発言が促される世の中になった。ビラも、演説会も、出版も、言論も、集会も保障されて来た。これ以上何をお望みかと云いたくなるほど配慮されてきているのが現下の我が社会である。その現実でこのザマはどうなんだろう。ここに思いが及ぶとき、『選挙戦の教訓をえぐりだし、生かして勝利者になることが党幹部の最大の責任の取り方だ』で済ませられるべきだろうか。もしそうだと云うなら、それは一種のファッショの精神でしかなかろう。

 皮肉なことに、こうしたファッショの精神を持つ者が、ファシズムと闘うだとか憲法護れを声高にしてまだしも市民権を得ているのが現実である。我々はそういうペテン論理に食傷してしまった。こたびの参院選を総括して思うことは、今こそ遅まきながらも一切を疑う精神から論と運動を組み立てなおさねばならない時期に至っているということではなかろうか。「聖域無き構造改革」はそれ自体名言であり、取りように拠れば永久革命論に繋がる革新性の高い謂いである。そう受け止めるのが素直な感性であるように思われる。自民党のタカ派の小泉が云おうが誰が云おうが、時代から生み出された言葉をイデオロギーメガネで軽軽しく却下してはならない。問題は、どっちの方向に構造改革するのかであり、そこにこそ熱い眼差しをもって食らいつくべきではなかろうか。それが世のため人の為にならない方向に踏み出しているのなら敢然と抵抗運動を組織すべきではなかろうか。そういう風に指導しない座椅子温もり派はその前に一掃されるにしくはない。



 2001.7.31日の毎日新聞に「共産、前向きに総括」なる見出しで、次のような記事が載っている。概要「共産党の常任幹事会が開かれ、志位委員長が選挙戦について、『党の方針には自信を持っている』と語っていることもあり、この日は前向きに総括する意見が相次いだ。市田書記局長は、『参院選は小泉旋風、突風を受け、厳しい戦いだった。それをはねのけて前進する、足腰の強い党を作るのが課題だ』と語った」とある。

 読売新聞では、「共産党は30日の常任幹部会で、参院選で議席を大きく後退させたことを踏まえ、党運営のあり方などについて、党員以外の一般支持者からも意見を募ることを決めた」ともある。「同党が選挙総括で党外の意見を聞くのは異例。昨年夏の衆院選、6月の東京都議選に続く連敗となったことへの危機感を反映したものだ」とのコメントが付けられている。

 党の公式コメントは、「参院選の開票を受けて」で、「残念な結果ですが、今度の選挙で私たちが主張したことの意味は、今後生きてくると考えています。論戦の面で私たちが主張してきたことの正しさについては、確信をもっております」とある。

 以上を総合して透けて見えてくることは次のことである。選挙結果に対してさすがに痛痒を感じているらしい。さすがに今のところいつものような饒舌不破の白黒逆裁定節が聞こえてこない。何せ都議選の敗北を前進勝利であった総括するのも朝飯前の芸の持ち主不破にして、こたびは議席数、投票獲得数、投票率一切の指標で敗退が明白なこのデータを前にしてはさすがにグーの音さえでないのか。口が重たいようではあるが、まだ分からない、ここ暫く様子見して見たい。

 しかし、さすがに志位は不破学校のお茶坊主らしく、「明るい選挙総括」をしてくれたようである。本当は「明るい」のではなく「負け惜しみ」と書くところであるが、商業新聞の行き届いた配慮のなせる技であろう。何とも有権者を馬鹿にした話であるが、『党の方針には自信を持っている』らしい。ということは、それほど正しい方針を聞き分けられなかった有権者の意識が遅れているという事か。聞き分けた上で拒否されたとは露ほども考えない。もう一つ、党中央はそれほど正しい方針を掲げているにも関わらず、それを大衆に届けられなかったのは下部党員の責任であり活動に問題があるということか。何の事は無い、無謬神話に鎮座して党内を恫喝しまくった宮顕論理そのものではないか。さすがにこの系譜だけのことはある、決して己の非力と責任には向かわない、向かわせない。

 市田の『参院選は小泉旋風、突風を受け、厳しい戦いだった』総括も、宮顕詭弁指導の賜物である。選挙に敗北したことを正面から受け止めようとせず、やれ「50年問題の後遺症余韻」だの「天安門事件の悪影響」だの「東欧崩壊ショック」だの「謀略ビラにやられた」だの言い訳論理には事欠かない事例を見せてきた。こたびは一歩進めて、相手がうまくやり過ぎてもそれが敗退の原因になるということを公然ぬけぬけと語っている。そういう意味で、『小泉旋風突風観』は史上に残る戯言として記録されるだろう。こうなると、この駄駄っ子の口を塞ぐ付け薬はもはやないというべきだろう。

 『党運営のあり方などについて、党員以外の一般支持者からも意見を募ることを決めた』ともある。さすがに前衛的指導党の任務を捨てただけのことはある。ろくでもない選挙総括のままに党内外の『インテリ系文化人』の声を聞くのだと云う。このこと自体党中央の脳幹機能が停止していることを証左しているが、見ようによってはこの痴態を明白にさせるまでに約50年かかったことになる。思えば、道中様々な人士が宮顕−不破系運動の変調ぶりを語ってきたが、その都度聞く耳を持たず『排除の論理』で抑圧追放してきた。その際、何てたって選挙で前進しているではないかが唯一の指標であり恫喝文句であった。民主連合政府構想はその媚薬であった。『70年代の遅くない時期』はとっくに過ぎたが、『21世紀の遅くない時期』と言い換えればまだ功能がるらしい。

 唯一の生命線であった選挙でかくなる事態が連続している訳であるが、この党は、どこまでも心中するのが正しい党員の態度だと上から下まで唱和し続けるだろう。今やそういう人士ばかり寄っているのだからそれ以外の結論は有り得ない。お好きにどうぞの世界ではあるが、れんだいこは思う。小泉の『解党も辞さず、聖域無き構造改革に立ち向かう』なぞ、例え言葉の上だけであろうとも、この党には迷惑以外の何物でもないセリフであるからして徹底対決あるのみである。石原とは是々非々で行けてもこの男は癪に障り過ぎるという訳か。それはそれで良いと思う、妙な論理ではあるがとにかく闘う姿勢にはなっているらしいから。

 今や、この党は丸ごと歴史博物館に飾られる寸前にある。そういう興味で見れば、むしろこの路線でどこまで掘り進めて行き得たか見てみたい。しっかり記録に残していただいた方が却って重宝だと思われるから、れんだいこは善良ぶっての意見はしない。それにしてもいやはや恐れ入りやの鬼子母神様で、げに共同幻想とは恐ろしきや。



 宮崎学氏を人は親分と云う向きもあるが、私には兄ぃの感覚が強い(この意味はわたしだけの秘密で詮索無用)。それはともかく兄いが選挙に打って出た。見事選挙戦を突破し、国会で活劇して欲しい。それを願わざる左翼人は変調でしょう。

 共産党があのていたらくだから、社民党はまさしく社民党だから、他には左派らしきネーミングの党さえないのだから、その他大勢の左派自称者はこの際宮崎学の旗を持って駆けずり回るのが自然でしょう。で、とにかく当選させてから兄ぃの仕事振りを見ればよい。どれだけのことが出来て出来ないのか、話はそれからだと思う。

 この単純な公理にいちゃもんつける左派は気難しすぎる。結局水掛け論と小田原評定で何も出来ないことになる。そういう愚を我々は見過ぎて飽きてしまった。そういう意味では、お祭りマンボ風の『新・薪・芯・真・深・親・晋・震・信・振・伸・娠・賑』(何でもいいんだ、お気に入りのところの『しん』)左翼を立ち上げねばならない。

 我々は長い間寂しすぎた。左翼は元来そんなに気難しいものである必要が無い。生活の只中から自ずと汲み上げられる人と人との共同性を喜怒哀楽で表現していくのが、本来の運動、道筋であったのではなかろうか。その郷愁をアウトローたる兄ぃに見るから頑張って欲しい、当選させてやりたいと心から思う。

 れんだいこが見るところ、日本労働党、日本共産党(行動派)、統一の旗、社会主義労働者党、中核派、BUND、コム.未来、労働者社会主義同盟、労働者共産党、INTER国際主義、ワーカーズ、ワーカーズ.ネット、イング・ネット、第四インター、グローカル、NAM、北京亭同志会等々の皆様、緊急に会議を開いて応援活動にゴーサイン出して欲しい。

 目下の政治の厳しいタイタニック情勢は指をくわえて見過ごすほど悠長ではないはずです。まず、宮崎兄ぃを突破者にさせて次から次へとなだれ込まねばならない。政界学芸会の田舎芝居に替えてドラマを連続的に生み出さなければならない。れんだいこはそう考えます。議論は歩きながら走りながらスクラムの中でも面と向かい合ってでもやってやってやり抜くことを保証しつつ、ここぞの時に結集しつつが良いでしょう。いざ、鎌倉議事堂へ!


 以上、れんだいこより拙文申し上げます。


  

 戦後左派運動を俯瞰する時、戦後直後の党運動が、二段階革命論で当面民主主義革命を目指すとした運動路線にそも最初のボタンの掛け違いがあったのではなかろうか。そもこの時に共産党は徹底して論儀を深めて意思統一すべきではなかったかと思われるが、獄中から開放された喜びと「俺達の出番がやって来た」という思い込みのままに情勢が要求していた様々な闘争に首を突っ込んでいくことで忙殺された風がある。ここから学ぶべきは、実践活動とは分離したところで独立した理論活動研究機関というものがいるのではなかろうかということである。これがないばかりに貧困の二乗級数的な左翼世界がつくられてしまったと私は思っている。

 二つ目のボタンの掛け違いは、55年の「六全協」で、民主主義革命論に民族主義が折衷され、最初のボタンの掛け違いの時には予定されていた急速転化の社会主義革命がはるかかなた先の社会主義革命へと追いやられてしまったことである。これはもともと野坂の持論であったし、魂胆が相一致する宮本コンビで宣言されることになった。このとき以来、建前と本音の使い分けがこの党を支配することになった。今から凡そ45年前のことである。闘う諸団体に対して共産党本家の御用提灯で攻め落としていく路線が敷かれた。しかし、このスタイルで運動をやり続けることは本来かなり難しい。いかにして闘わないか、どうしても闘うならいかに無益な方向にリードするかを闘っている大衆に説得せねばならないからである。

 しかし、今日見事に成功しすぎた。その理由には様々な要因が考えられる。一番大きな要因は、社会主義革命論そのものが色あせたことであろう。次の要因は、社会主義革命を呼号して取り組んだものたちの運動がお粗末過ぎたことであろう。次の要因は、公安の統治手法が勝利したことであろう。次の要因は、やはりこの国の人民大衆は政治に関しては疎く、引き続きお上任せの体質に馴染もうとしていることであろう。次の要因は、その補足としてマスコミの果たしている役割もあるだろう。次の要因は、よきにつけあしきにつけ拝金主義のイデオロギー風潮が優先されていることであろう。次の要因は、アし気大量宣伝による着いてはつづけることがれをややこしいのは左翼用語で戦わないうこの時何人も何千人も作法がを夏田にもはやに


最後にもう一句提供する。「何度でも云ってあげよう。歯が浮く名調子で聞かせてあげようか」と優しさ振りまく人は多い。そういう優しさはもう勘弁してくれないか。

最後にもう一句提供する。「何度でも云ってあげよう。歯が浮く名調子で聞かせてあげようか」と優しさ振りまく人は多い。そういう優しさはもう勘弁してくれないか。
 民主主義というと、完全無欠最高の法精神であり、制度であると思われやすい。私は最近次のように考えるようになった。この認識を突き崩さないと民主主義は維持することも擁護することも出来ないのではないかと。

 そろそろ我々は、民主主義が莫大な金食い虫であることを認識すべきではなかろうか。民主主義の精神を鼓舞することにはカネ入らないが、この精神に基づいてシステムを造り、これを維持するためには、官民合わせて相当のハイコストを要するという認識が必要なのではなかろうか。ここを見ずのキレイゴトのみで完全無欠性の民主主義が云われ、主として「革新系」から云われ続けるが胡散臭いのではなかろうか。世の中には良いことづくめの話しはありえない。当然民主主義にも欠点がある。一つは、金食い虫だということ、一つは手続き重視主義による遅滞的であるということ、この思想と制度を継承させるのには長期の教育がいる、その他云々。つまり、民主主義には功罪両面があるということになる。にもかかわらず、我々がなぜ民主主義を擁護せねばならないのか、ここを考える必要がありはしないか。

 人民大衆的に見て、「民」を主にするというのだから、その一人である私から見てこれが悪いわけは無い。この地平において、民主主義に代替しうるシステムがあるだろうか。史上過去へ過去へとズームさせてみても見当たりそうに無い。恐らく、民主主義の良さは、「ぼちぼちでんな」的な良さにあるように思われる。理論上は、合理性の極みから行けば、優秀な官僚集団による単独運営のほうが効率的でさえあるように思われし、万が一英邁偉大な指導者が現れた場合彼に唯々諾々した方が万事適切ということも考えられる。善政が敷かれれば反政府闘争も弱まり、これらを取り締まる警察権力、場合によっては自衛隊、公安活動に出費する費用も相当削減できるだろう。何と言っても一番の金食い虫は議会維持のための費用である。議員に対する手当て、その秘書に対する手当て、議会運営費用、それに選挙費用。これらの総額は一体毎年いくら支出しているのだろう。地方自治体議会から国会までの費用を集計し、これにまつわる民間の費用まで加えると、恐らく天文学的な金額を出費しているはずである。これらの費用を公共投資に向け、社会福祉に向けたほうが良い世の中づくりへのスピードは格段に早いと思われる。

 それでも議会は維持されねばならない。何とならば、官僚政治あるいは名君政治の陥穽として悪政へと逆行し始めたとき、その被害が又天文学的に高くつくから。史上この例を枚挙するに事欠かない。特にわが国のように自然に恵まれ、人情の中に相身互い意識、社会貢献を喜ぶ意識を高く持つ国民性を持つ場合、悪政で世の中を変にされたら馬鹿馬鹿し過ぎる。私は、政治の強権力が何もしてくれなかった方が良い国になりそうな稀有な国として日本を観ている。外交と防衛の問題を除き、住民自治で充分ではなかろうかとさえ考えることがある。それはそれとして、民主主義の成熟度のバロメーターとして機能している議会が、近年急速に民主主義的成果を失いつつあるような気がしてならない。国会の場合、答弁の出来レース、実質審議しない法案の可決、議員の族議員化、国家百年の大計から離れた私心的利権化、名誉か地位を自己目的とした老醜の溜まり場化、これらの諸事実が議会をどんどん無力形式化させているように思えて仕方ない。残る値打ちは閣僚人事か政権騒動しかない。この方面は現在活発化しつつある。国を思い、政策を争い、我が社会の良質的改変に向けての動きであろうと私は勝手に懸想しているが、どうぞそうあって欲しい。

 先の投稿で私は、民主主義の精髄が、支配権力との拮抗関係の中にのみあって、その様を表現しているものであると意見発表したが、これを具体的に見れば、生活享受権、自由権として法的、制度的に反映されていることが知られる。これを支える主権者意識として選挙−議会活動が加わることになるが、「絵に描いたような民主主義」なるものは存在せず、国ごとに微妙に違った特質を持っている。つまり、ザ・民主主義と云えるものはないということであろう。で、この民主主義の値打ちはどこにあるのだろうか。金食い虫である事は既に述べた。にも関わらず民主主義が維持されねばならないとする根拠はどこにあるのだろう。ここを深く論議しないと、実態がわからないものを護ることなぞ原義的に出来ない。現に進行中の形骸空洞化に対して対応できないことにもなる。民主主義なるものをもう一度原点から捉え返さねば、維持することも発展させることもこれをめぐって闘うことも出来ない。

 そこで、れんだいこは考えた。民主主義とは、過去の歴史を学んだところから生まれた、システム化された暴君政治掣肘権なのではなかろうか。各国によってシステムが違うのは、暴君政治のありようが違ったからである。それを思えば、日本の戦後民主主義は、戦前の天皇制統治主義に対するカウンターとして生み出されたものとして考えるべきだろう。実際には、日本人民大衆が喧喧諤諤あるいは旧権力者との丁丁発止で戦い取ったものではない。不幸なことにか幸運なことにか分からないが、GHQ権力の指揮のもとに新憲法に結実した。ここには、欧米のデモクラシーの成果を引き継いで、あるいはそれ以上の内容も含んで、旧憲法諸規定との融和もしつつ「新しいレール」として敷かれ、戦後社会がスタートし今日へと至っている。

 最近思うことは次のことである、戦後社会が重視し、暗黙のうちに推進されていた様々な活動に対して、その不備性が突かれ、どんどんメスが入りつつある。何か事件が起るたび何やら規制法案が増えつつある。斡旋利得処罰法案のことを念頭においていっているのだが、この法案で本当に議員活動の民主主義的促進が為されるのだろうか。私は非常に危惧している。最近公共投資の大幅見直しも云われつつある。中曽根内閣の時には不良採算事業の大幅削除が指令された。国鉄の赤字線の廃止がその最たるものであった。その他民営化が推進された。これらの政策と今日の公共事業の見直し的論理は底流でつながっているが、本当に適切な云いなのだろうか。私は大いに心配している。憲法見直しの改正試案を見るに、公共性という名のもとの掣肘原理が民主主義的諸権利のことごとくに冠せられようとしており、骨抜きにされようとしている。時代に適合させることの必要性にとやかく云おうとしているのではない。そういう論理で為されようとしている方向が全て旧社会的秩序、旧憲法的方向へ向けてであり、それは我々の生活諸条件維持に対して決して利益にならない方向であるのではなかろうか。

 下手なインテリとキレイゴト云い師と建前論者ばかりを掛け合わせて権力握らせるととろくな世の中にならないような気がしている。