4489−152 「ユダヤ人人権擁護団体・略称SWC」考

 (最新見直し2005.9.23日)

 他に知識が無いので「日本に圧力をかけるシオニスト組織SWC」を参照する。●現在、アメリカだけでも会員が40万人を超える「SWC」の影響力は、計り知れないものがある。親中反日路線を強めつつある「SWC」は、日本人にとっては要注意のユダヤ人組織であるといえよう。


【シモン・ヴィーゼンタールの出自】

 シモン・ヴィーゼンタールは、1908年、ガリチア(現在のウクライナ西部ブチャチ)生まれのユダヤ人である。同国リビウで高校卒業後、ユダヤ人であることから専門学校進学を認められず、プラハの工業大学に進んだ。リビウで設計事務所に勤務していたが、第2次大戦開始後の旧ソ連軍占領下で職を追われ、41年のドイツ軍侵攻後にリビウ郊外の強制収容所に入れられた。第二次世界大戦中多数の強制収容所を転々としているところを連合軍によって救出され、アメリカ軍の「戦略情報局(OSS)」の戦犯追及機関の情報員になり、オーストリアにおける戦犯捜索に協力した。ヴィーゼンタールや彼の妻の一族のうち、ナチスによって殺された人は89人にのぼったという。夫妻は収容所から逃走するなどして生き延びた。


【シモン・ヴィーゼンタールのナチス摘発運動】

 1961年に連合軍による占領時代が終わると、ヴィーゼンタールは、オーストリアのウィーンに、「ナチ体制下のユダヤ人犠牲者連盟・記録センター」を設立した。この記録センターには、約2万2500名の元ナチスに関する情報が納められているという。

 ヴィーゼンタールの組織は、民間の情報収集機関のため、逮捕の権限はない。戦争犯罪人についての情報を収集し、犯罪の証拠を発掘し、関係当局にしかるべき情報を提供する活動に限られている。この組織の運営費は、全世界に散らばっているユダヤ人からの寄付によって賄われている。


【「アイヒマン摘発事件」】

 ヴィーゼンタールを一躍、名高いものにしたのは、1960年の「アイヒマン事件」である。ヴィーゼンタールは、アドルフ・アイヒマンの過去から、1945年5月の失踪までの経過を克明に調べあげ、失踪の足どりを執拗に追った。そして、アイヒマンが、リカルド・クレメントという偽名でアルゼンチンのブエノスアイレスに生存している事実を突き止め、この情報を、同じくアイヒマンを追っているイスラエルの秘密情報機関「モサド」に連絡し、アイヒマンは逮捕された。アイヒマン逮捕(拉致)の知らせは全世界を驚かせたが、この「アイヒマン事件」により、ヴィーゼンタールは“ナチ・ハンター”としての名声を得たのである。(イスラエルで裁判にかけられたアイヒマンは1962年5月に絞首刑に処せられた)。

 ヴィーゼンタールは、フランスやオーストリアの抵抗運動組織から表彰され、オランダ自由勲章やルクセンブルク自由勲章を授けられた。国連による最高の表彰を受けた。


【「シモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」創設】

 1977年、ヴィーゼンタールの業績をたたえてアメリカのロサンゼルスに「シモン・ヴィーゼンタール・センター(SWC)」が創設された。このセンターは、ナチ戦犯の追跡調査ばかりでなく、啓蒙組織としての顔も持っている。このセンターが運営する「寛容の博物館(Museum of Tolerance)」は、非ユダヤ人を中心とする学生に、ナチスのユダヤ人迫害を理解してもらうためのガイド・コースが設けられていて、博物館を訪れた人々は、館内の資料や展示によって、ナチスの残虐さについて理解を深めることができるように作られている。(毎年30万人以上の人が訪れるという)。「シモン・ヴィーゼンタール・センター」はニューヨーク、シカゴ、ワシントン、トロント、パリ、エルサレムにもオフィスを開設している。

 ヴィーゼンタールは、1980年にはジミー・カーター大統領に金の特別勲章を授与された。1986年には、フランスのレジオン・ドヌール勲章も受章している。


【「SWC」と「創価学会」の友好関係】

 現在、「SWC」は「創価学会インターナショナル(SGI)」と友好関係にある。池田大作会長が最初に「SWC」のロサンゼルス本部を訪れたのは1993年1月である。この時、「SWC」は池田大作に対して「国際寛容賞(人類愛国際賞)」を贈り、池田大作を称えた。そして、この訪問を機に「SWC」と「SGI」は連携し、「ホロコースト展」の日本での開催の準備が始められた。

 戦後50年の1995年8月15日、「ホロコースト展」が広島の国際会議場で開催された。「ホロコースト展」のオープニングには、「SWC」のマービン・ハイヤー館長、アブラハム・クーパー副館長、ジェラルド・マゴーリス事務長、アルフレッド・バリッツァー博士らの一行が列席した。マービン・ハイヤー館長は、「SWC」を代表して次のようにあいさつした。

 「本日、ここに『ホロコースト展』広島展が開幕の運びとなりましたが、これは創価大学の皆様、並びに創立者・池田SGI(創価学会インターナショナル)会長のひとかたならぬご尽力で実現したものです」。

 「ホロコースト展」が無事成功に終わると、翌年1996年には、「SWC」による「マキグチ記念人権講演会」がスタートした。その第1回に招待を受けた池田大作は、「SWC」が運営するロサンゼルスの「寛容の博物館」で記念講演を行なった。参加した識者からは、「池田氏の闘争に強く心を揺さぶられました。人間の権利、そして平和のために、世界で繰り広げておられる『限りなき闘争』に」「教育で『人類愛』『兄弟愛』を分かち合う──この一点こそが池田氏の講演の魂でしょう」などの感想が寄せられた。

 ところで、「マルコポーロ廃刊事件」の時、「SWC」の背後で「創価学会」が暗躍していたという情報がある。『マルコポーロ』の記事を最初に「SWC」に報告したのは「創価学会」の信者だったという。

 また、『マルコポーロ』廃刊号には、ガス室の記事と並んでもう1つ重大な記事が掲載されていた。それは、「徹底調査・新興宗教に入っている有名人一覧」という記事である。この中で、創価学会に入信している有名人がリストアップされていたのだ。(創価学会の日蓮宗破門も詳しく報じられていた)。『マルコポーロ』が廃刊になったのは、ガス室の記事よりも、この有名人信者一覧リストが原因だったとの見方がある。

 その『マルコポーロ』廃刊号に掲載されていた。「新興宗教に入っている有名人一覧」はここで見れる↓

 http://home7.highway.ne.jp/tobicco/geinou10.h


【「SWC」と「統一教会」の友好関係】

 現在、「SWC」は、「統一協会」とも友好関係を結んでいる。「統一協会」は、1982年にアメリカで新聞『ワシントン・タイムズ』を創刊したが、イスラエルのシオニズム活動を熱烈に支持し、最近ではイスラエルの右派リクードを支援している。

 教祖である文鮮明は、次のような言葉を口にしている。

 「2012年までには神の摂理のすべてを完成させなければなりません。イエス様が2000年前に受け入れられずに失敗したすべてを蕩減(とうげん)しなければならない。キリスト教徒はユダヤ人と共にそれを成し遂げなければならない。

 私は私の100%の力を投入し、イスラエルを救うために歩む覚悟でいます。すべてのアメリカ人が目覚め、そのことのために働かなくてはなりません。皆さんもそのようにお願いします。皆さん、キリスト教の指導者はキリスト教の統一のために働いて、それを成し遂げてください」。


【「SWC」の広島・長崎の原爆投下観】

 「SWC」は広島・長崎の原爆投下についてはどのような見解を持っているのだろうか? ナチスのホロコーストに匹敵する悲劇だと思っているのだろうか? アメリカが犯した「戦争犯罪」だと思っているのだろうか? 

 前章で紹介した広島での「ホロコースト展」に参加した「SWC」の関係者たちは、式典の中では、もっぱらアウシュビッツの悲劇を強調していたようで、原爆の悲劇についてどう思っていたのかは明らかにはされていない。

 しかしここに「SWC」の主張と活動を知る上で、非常に興味深い取材記事がある。『新潮45』(2000年12月号)に掲載された、『特別インタビュー「ユダヤは怖い」は本当ですか? 「SWC」のアブラハム・クーパー副館長に聞く』という新潮社編集部の取材記事である。

 この取材記事の中で、「SWC」の副館長であるラビ、アブラハム・クーパーは、南京虐殺事件と原爆投下について驚くべき見解を披瀝している。取材記事の一部分を下に掲載しておくが、これは、日本人にとっては看過することのできない内容であろう。

 

 
(左)『新潮45』(新潮社)2000年12月号
(右)「SWC」の副館長であるラビ、アブラハム・クーパー

 〈原爆投下に関して〉

 新潮社編集部の「第二次世界大戦で人類に対する明らかな犯罪が2つあったと思います。ひとつはホロコースト、もうひとつは原爆投下です。その責任追及を『SWC』がする予定はないのでしょうか?」の質問の中で、次の問答がある。

編集部  原爆による無差別爆撃の事実は明らかで、これは戦争犯罪ですから、アメリカの戦犯追及を考えるべきです。
クーパー  率直にお話ししますが、個人的に言うと、私は原爆投下は戦争犯罪だと思っていません。
編集部  それは納得できません。非戦闘員の殺害は明らかに戦争犯罪じゃないですか。
クーパー  ノー。戦争というのは非常に悲惨な出来事なわけですけれども、2つの原爆を落としたことで、戦争が終わったという事実はあるわけです。もしトルーマンが原爆を落とさなければ、さらに多くの死傷者が出たでしょう。

【「SWC」の南京虐殺事件観】
 「SWC」は90年代半ばから「在米中国ロビー」と組んで、日本人をターゲットにし始めている。上の取材記事の中でも触れられているが、「SWC」の副館長であるアブラハム・クーパーはアイリス・チャンの熱烈な支持者である。
 「SWC」のユダヤ人アブラハム・クーパー。アイリス・チャンの熱烈な支持者で、親中反日活動を展開している。
 (左)反日主義の中国人アイリス・チャン。(右)は彼女の著書『ザ・レイプ・オブ・南京』。
 この本は、そもそも反日プロパガンダのために書かれたセンセーショナルな俗悪本であるだけでなく、100ヶ所を越えるおびただしい誤りがあり、ニセ写真の間違いも数多く指摘されている。ところが彼女は自分の著書の修正を認めようとしない。そのため、日本語訳の刊行は無期延期となっているが、アメリカでは20万部のベストセラーとなっている。

編集部  「SWC」は『ザ・レイプ・オブ・南京』を書いたアイリス・チャンをサポートしていると報じられています。けれど、彼女の本には多くの間違いがあることが指摘されています。
クーパー  アイリス・チャンだけではなく、本多勝一氏を招いてフォーラムを開きました。多くのアジア系アメリカ人の活動家がこのフォーラムに参加してくれました。
編集部  アイリス・チャンと本多勝一という人選はあまりに偏っています。否定派は招かないのですか?
クーパー  センターとして色々オープンな形で受け入れるけれども、「犠牲者はわずかに3、4万人」というようなことを口にする人を講師として招くことは、絶対にしません。

【「SWC」のユダヤ人によるパレスチナ人の虐殺観】

 「SWC」に代表されるシオニスト・ユダヤ人勢力は、自分たちのホロコースト体験は世界に向けて盛んに宣伝するが、他民族が体験したジェノサイド(ホロコースト)に対しては無関心(冷淡)のようである。現在、パレスチナで進行中のホロコーストに対しても冷淡で、むしろユダヤ人によるパレスチナ人の虐殺を積極的に支持している有様だ。

 「SWC」を「平和・人権団体」と呼ぶ人がいるが、「SWC」は非ユダヤ人の平和・人権に関しては無頓着だといえる。その偽善ぶりに、最近では、「SWCはホロコーストを商業化している!」として、一般的なユダヤ人からも批判が出ている。(この件に関しては別の機会に詳しく触れたい)。


【「SWC」のユダヤ人によるパレスチナ人の虐殺観】

 90年代に入ってから、アブラハム・クーパーは「731部隊」の賠償についてのキャンペーンを展開し、アメリカ司法省は1996年12月、「731部隊」や従軍慰安婦動員に関与したといわれる旧日本軍関係者を入国禁止処分にした。戦後50年以上たってからの突然の決定は日本国内でも波紋をよんだ。

 1999年10月には、アブラハム・クーパーは、リノ司法長官や国防総省のヘンリー陸軍次官補と会談し、小渕首相に対して、日本政府が保管している「731部隊」の機密資料の公開や、同部隊員らに対する戦犯容疑での訴追免除を撤回するよう求めたことがニュースとなった。


【サイモン・ウィーゼンソール(ヴィーセンタール)死去】

 2005.9.20日、第2次大戦後、ユダヤ人虐殺などに関与したナチス戦犯の追及を続け、「ナチ・ハンター」の異名で知られたサイモン・ウィーゼンソール(ヴィーセンタール)が、ウィーンの自宅で老衰のため死去した(享年96歳)。






(私論.私見)