【4代目ロスチャイルド・ヤコブ】

 (最新見直し2007.8.5日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 4代目ロスチャイルドの御世、ロイスチャイルドご一統は更に逞しく発展する。その軌跡を確認しておくことにする。
 

 2006.12.21日再編集 れんだいこ拝




 第二次世界大戦後、その勢力は衰え、かつてほどの影響力は失ったとされるが、金融をはじめ石油、鉱業、マスコミ、軍需産業など多くの企業を傘下に置いている。

 穀物等の食料から始まり、石油燃料等の資源、鉄道、通信、銀行、証券へと至り、飛行機、軍艦、兵器などの軍需産業、更に原子力へ。マスコミ、ノーーベル賞も、ソ連も中国も。世界政治。国連も。

 エドマンド・ロスチャイルドだった。

 20世紀末期を迎えている今、ロスチャイルド財閥はもはや単なる一財閥ではなくなった。現在、パリ分家とロンドン分家を双頭とするロスチャイルド財閥は、金融と情報という21世紀の主要メディアを支配し、また、そのあり余る力をアフリカ大陸をはじめ、全世界の金やダイヤモンドやウランをはじめとする地下資源の確保に注ぎ込む、巨大な先端企業連合体でもある。

 1885年、ヴィクトリア女王が、スエズ運河で借りを作って以来の親交により、ライオネルの息子のナサニエル・ロスチャイルドにロードを与えた。ナサニエルは、上院議員となった。ヴィクトリア女王に続くエドワード7世は、引き続きロスチャイルド家への依存を強めていった。

 19世紀末にはロスチャイルド家が既に「世界最大の財閥」にのし上がっていた。ハプスブルク時代に金融力によって宮廷ユダヤ人(ホフ・ユーゲン)となり、本来ならユダヤ人が絶対にもらえない「男爵位」を得たロスチャイルドは、ユダヤ金融資本のシンボルとなり、世界に散らばったユダヤ人の力が全てロスチャイルドに糾合された。このファミリーは無数に婚姻しており、当然ユダヤ教以外の人物も多数含まれる。シェークスピアにも悪く書かれた“ユダヤ商人”たちは、現在、ロスチャイルドのネットワークの中にほとんど全て取り込まれているといっても過言ではない。  ロスチャイルド家は近代・現代ビジネス史上、最も成功したファミリーである。ロスチャイルド家の存在を無視しては、20世紀も21世紀も、そして地球の戦争も平和も語ることができない。関係者によると、ロスチャイルドは自分たちが現代文明をリードしてきたという強い自負を持っており、次のように述べている。
 「我々は純粋に“ビジネス”を追求しているのであり、“国際ルール”を侵していない。先見性に優れた大胆かつ站密なビジネス戦略の積み重ねが、今日のような確固たる“資本主義的地位”を築いたのである。我々のことを悪く言う人がいるが、我々は現代文明のあらゆる分野に多大な“恩恵”をもたらし、人類全体に計り知れない貢献をし続けているのであることを忘れないでくれたまえ」。

 彼らにとってみれば、国境はないに等しい。まさしく世界をまたにかけた商売をしているのである。他方、世界中にのさばっている“死の商人(兵器商人)”の多くは、ロスチャイルド財閥と何かしらの関係を持つ者たちであることは事実である。戦争あるところにロスチャイルドの姿ありと言われている。

 1913年、米国に連邦準備制度(FRB)を設立し、米国の通貨発行権と管理権を手中に収めています。

 
1915年、ロード身分のナサニエルが死に、ウォルターが相続した。1937年、ウォルターロスチャイルドが死亡。イギリスに於けるユダヤ王は3代目のヴィクターが就任。→イブリン

 1947年、ヴィクターは、父の弟のアンソニーに反逆される。これにより、イギリスのロスチャイルドは二分された。

 1940年当時のロスチャイルド一族は約5000億ドル、アメリカの全資産の2倍、全世界の富の50%を支配していたと推定されている。彼らの富は創業以来230年にわたって確実に増殖している。彼らの勢力範囲は、まずヨーロッパ、ついでアメリカ、アジア、そしてアフリカ、オーストラリアに広がり、戦争と革命、そして経済恐慌、あらゆる動乱のたびごとに膨張して現在に至っているわけだ。


 第二次世界大戦後、その勢力は衰え、かつてほどの影響力は失ったとされるが、金融をはじめ石油、鉱業、マスコミ、軍需産業など多くの企業を傘下に置いている。

 穀物等の食料から始まり、石油燃料等の資源、鉄道、通信、銀行、証券へと至り、飛行機、軍艦、兵器などの軍需産業、更に原子力へ。マスコミ、ノーーベル賞も、ソ連も中国も。世界政治。国連も。

 エドマンド・ロスチャイルドだった。

 20世紀末期を迎えている今、ロスチャイルド財閥はもはや単なる一財閥ではなくなった。現在、パリ分家とロンドン分家を双頭とするロスチャイルド財閥は、金融と情報という21世紀の主要メディアを支配し、また、そのあり余る力をアフリカ大陸をはじめ、全世界の金やダイヤモンドやウランをはじめとする地下資源の確保に注ぎ込む、巨大な先端企業連合体でもある。

 1885年、ヴィクトリア女王が、スエズ運河で借りを作って以来の親交により、ライオネルの息子のナサニエル・ロスチャイルドにロードを与えた。ナサニエルは、上院議員となった。ヴィクトリア女王に続くエドワード7世は、引き続きロスチャイルド家への依存を強めていった。

 19世紀末にはロスチャイルド家が既に「世界最大の財閥」にのし上がっていた。ハプスブルク時代に金融力によって宮廷ユダヤ人(ホフ・ユーゲン)となり、本来ならユダヤ人が絶対にもらえない「男爵位」を得たロスチャイルドは、ユダヤ金融資本のシンボルとなり、世界に散らばったユダヤ人の力が全てロスチャイルドに糾合された。このファミリーは無数に婚姻しており、当然ユダヤ教以外の人物も多数含まれる。シェークスピアにも悪く書かれた“ユダヤ商人”たちは、現在、ロスチャイルドのネットワークの中にほとんど全て取り込まれているといっても過言ではない。  ロスチャイルド家は近代・現代ビジネス史上、最も成功したファミリーである。ロスチャイルド家の存在を無視しては、20世紀も21世紀も、そして地球の戦争も平和も語ることができない。関係者によると、ロスチャイルドは自分たちが現代文明をリードしてきたという強い自負を持っており、次のように述べている。

 「我々は純粋に“ビジネス”を追求しているのであり、“国際ルール”を侵していない。先見性に優れた大胆かつ站密なビジネス戦略の積み重ねが、今日のような確固たる“資本主義的地位”を築いたのである。我々のことを悪く言う人がいるが、我々は現代文明のあらゆる分野に多大な“恩恵”をもたらし、人類全体に計り知れない貢献をし続けているのであることを忘れないでくれたまえ」。

 彼らにとってみれば、国境はないに等しい。まさしく世界をまたにかけた商売をしているのである。他方、世界中にのさばっている“死の商人(兵器商人)”の多くは、ロスチャイルド財閥と何かしらの関係を持つ者たちであることは事実である。戦争あるところにロスチャイルドの姿ありと言われている。

 1913年には米国に連邦準備制度(FRB)を設立し、米国の通貨発行権と管理権を手中に収めています。


 
1915年、ロード身分のナサニエルが死に、ウォルターが相続した。1937年、ウォルターロスチャイルドが死亡。イギリスに於けるユダヤ王は3代目のヴィクターが就任。→イブリン

 1947年、ヴィクターは、父の弟のアンソニーに反逆される。これにより、イギリスのロスチャイルドは二分された。

 1940年当時のロスチャイルド一族は約5000億ドル、アメリカの全資産の2倍、全世界の富の50%を支配していたと推定されている。彼らの富は創業以来230年にわたって確実に増殖している。彼らの勢力範囲は、まずヨーロッパ、ついでアメリカ、アジア、そしてアフリカ、オーストラリアに広がり、戦争と革命、そして経済恐慌、あらゆる動乱のたびごとに膨張して現在に至っているわけだ。

◆交友録◆ エドモンド・ロスチャイルド
 彼に会った頃、日本では田中角栄が首相に就任して話題になっていた。「人間の価値はその人が何を考え、何をしようとしているかで決まる。生まれや出身校ではないんだ。」生まれたときからロスチャイルド家の当主を定められていた彼にとって『今太閤』と騒がれていた田中角栄の天衣無縫な生き方は憧れでさえあった。当時彼はシェル石油の会長職を退き、英ヒース首相の命によりシンクタンクを任されていた。

  「家なんて体を横たえる所があれば十分だ。邸宅?持っていても荷が重い。政府に任せた方が賢明だよ」27冊の美術書にもなっているロスチャイルド家の邸宅や財宝も、彼の心のよりどころには決してなりえないようだった。            

 人生で最も感動的だった瞬間は、ヒットラーが自殺し、服毒自殺に備えて持っていたモルヒネのカプセルをトイレに流したとき、と答えた彼を前にして、私は初めてユダヤ人というものをはっきりと意識した。ユダヤとは何なのか。国籍なのか民族なのか宗教なのか。

  それから後、世界各国をまわるうちに闇の権力が厳然として存在することを確信するに至った私は、その代名詞としてロスチャイルドの名が上がってくることにいまひとつ腑に落ちないものを感じていた。「本当の黒幕は他にいるのではないか。」

  ある日彼は私を自宅に招いてくれた。自らモーツァルトや ショパンを奏でた彼は、自分が実はちょっとした科学者で、ケンブリッジ大学には自分の開発した計器が今も残っている ことを嬉々として話してくれた。それはまるで、ロスチャイルドではない、自分自身の純粋なアイデンティティを主張しているかのようだった。

  あれから長い時が流れた。昨年彼から届いた手紙には、病身をおしてペンを走らせたであろう頼りなげなサインが記さ れていた。操り人形になることを拒んで自殺したとされる息子、世界の富の半分を所有したと言われる財産。激動の人生を生きてきた彼の目には一体今何が映っているのだろう。 いつか再び彼に会う日、輪廻転生の話が彼の心を光に解き放してくれることを信じている。


 「我々は純粋に“ビジネス”を追求しているのであり、“国際ルール”を侵していない。先見性に優れた大胆かつ站密なビジネス戦略の積み重ねが、今日のような確固たる“資本主義的地位”を築いたのである。我々のことを悪く言う人がいるが、我々は現代文明のあらゆる分野に多大な“恩恵”をもたらし、人類全体に計り知れない貢献をし続けているのであることを忘れないでくれたまえ」。

Rothschilds and the Grail Bloodline
ロスチャイルドと聖杯の血脈

■ Rothschilds and the Grail Bloodline
by David Livingstone
[ConspiracyArchive.com - Aug. 22nd, 2005]
http://www.conspiracyarchive.com/NWO/Rothschild_Grail.htm

ヤコブ・ロスチャイルドロスチャイルド王家の現在の頭)は、
シンクレア・ファミリーと結婚した。それはイルミナティの頂上
ファミリーと聖杯の血脈の末裔と思われるファミリーとの間の
重要な同盟を作り出すもの。

最近のダン・ブラウンの「ダ・ヴィンチ・コード」もしくは彼より
以前の「Holy Blood, Holy Grail」などで一般的に知られたように、
スコットランドのスチュアート王家は、アーサー王とイエス・
キリストの系統であると思われる。もちろんこれらのファミリーが
イエスの子孫という事では無い。その意見は非常識だ。
だが彼らは聖杯と関係が有り、クリスチャンでは無く、カバリスト
である。

実際に彼らは、イルミナティの中核を成す全ての貴族の血脈と同じ
く、8世紀のGuillaume de Gellone
に由来する。ギョームの父親はユダヤ人共同社会の世襲統治者で、
バグダッドのユダヤ人を支配していた、Rabbi Makhir。彼は
後継者に関する紛争の後、西洋に送られた人物。フランスでは、
テオドリックと名乗り、シャルルマーニュのおば、アルダと結婚。
彼自身の都ナルボンヌと供にラングドック地域の「ユダヤ人の王」
に任命された。その後ナルボンヌは中世におけるカバラの中核都市
となった。ナルボンヌのカバリストらは、エルサレムに埋められた
聖なる文書を取り戻す目的の為、十字軍を扇動する役割を担ってい
たと思われる。しかしそれは、まず最初にローマ帝国の、そして
次にイスラムの支配で、アクセス不能であった。一旦エルサレムが
征服されると、テンプル騎士団として知られるカバラ的使命を帯び
た騎士らが、遺跡の発掘を指揮する。彼らは
the Sepher ha Bahir セーフェル・ハ・バーヒール文書
を発見した。それは失われた神秘的伝統を復活させ、中世の
カバラの文化的革命を開始した。

このカバラ的概念の浸透の別の様相は、異端カタリ派にある。
カタリ派の信者の足場は、トゥールーズ地方にあった。そこは
Guilhemidsファミリーとしても知られる、ギョームの子孫の要塞
である。彼らのうちの幾人かは異端宗教の熱狂的支持者。但し
カタリ派は、教会による迫害の無罪の被害者であったとして、
多数のイルミナティの宣伝扇動者により理想化されている。しかし
カタリ派はルシファーと熟練した魔術の崇拝を支持し、聖書の神を
拒絶していた。テンプル騎士団の異端的側面に影響を及ぼしたの
は、このカタリ派である。その為、騎士団は1307年に解散
させられた。

このカバラ的革命の一部が、聖杯の伝説である。それはカタリ派と
テンプル騎士団のテーマを包含する。そしてGuilhemidsファミリー
の別の拠点であるアキテーヌ地方を組織立てた。聖杯、すなわち
San Grealは、Sang Real(聖なる血)もしくはロイヤル・ブラッド
と翻訳されるべき。なぜならそれが Guillaume de Gellone 
から、そして究極的にはダビデ王から生じたものと思われる神聖な
血脈を指しているからだ。しかし実際にはそれは、堕天使とその
リーダーのルシファーの末裔である事を表していると考えられる。

【中略】

18世紀後半以降、イルミナティはロスチャイルド・ファミリーの
リーダーシップの元に下った。ロスチャイルド王朝の設立者、
マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、その前の者から実行さ
れていた注意深い近親結婚を継続し続ける為、息子に従兄弟と
のみ結婚するよう命じた。しかしながら初の例外は、アムシェル・
マイヤーの息子(悪名高いネイサン・マイヤー・ロスチャイルド
の娘のハンナである。Rt. Hon. Henry Fitzroy(ジェームズ2世
の父親のイングランド国王、Charles II Stuartの直接の子孫)
と結婚した。但しより最近、ネイサン・マイヤーの重要な重要な、
重要な!孫のロスチャイルド4代目男爵、ナサニエル・チャールズ・
ヤコブ・ロスチャイルドがメアリー・セリーナ・ダンと結婚した。
メアリー・セリーナの母親はレディ・メアリー・シビル・
シンクレア-アースキン。この人はロスリン5代目伯爵ジェームズ・
フランシス・ハリー・シンクレア-アースキンの娘。

現在の英国ロスチャイルド・ファミリーの長、ヤコブ・ロスチャイ
ルドは、著名な動物学者で、ある時はMI5のエージェントであり、
KGBのエージェントのAnthony BluntGuy Burgessの友人
でもあった彼の父親、ヴィクターから4代目准男爵位を相続した。
ヤコブは従兄弟のイブリンによって運営される、ファミリーの銀行
NM Rothschildsを、1980年離職する。そしてRIT・キャピタル・
パートナーズを開始する。彼はロスチャイルド財団、Yad Hanadiv
の議長。それはイスラエルに、クネセト政府ビルおよび最高裁判所
を建設し与えている。さらに世界中のユダヤ人に影響する課題を
促進する事に専念する、Jewish Policy Researchの議長。
Yad Hanadivは、クネセト政府ビルおよびイスラエル最高裁判所
の、建設と授与にさらに大きな役割を負っている。それは顕著な
メイソニック・シンボリズムと、ピラミッド、そしてイルミナティ
の「万物を見通す目」を特徴とする。


ヤコブ・ロスチャイルドは、ダイアナ妃と個人的に親しい友人
だった。またヘンリー・キッシンジャーとは、強い個人的および
ビジネス的繋がりを維持する。彼はルパート・マードックを良く
知っている。このオーストラリアの新聞社主が1960年代に英国に
初めてやって来て以来の友人。彼の田舎の私有地は、レーガン、
クリントン、両大統領らを含む国家元首が訪問する正規会場。
サッチャー首相は、1990年のサミットでフランス大統領ミッテラン
をそこで迎えた。彼は2002年にヨーロピアン・エコノミック・
ラウンド・テーブル・カンファレンスを主催した。そこには、
世界銀行頭取ジェームズ・ウォルフェンソン、、ニッキー・
オッペンハイマー、ウォーレン・バフェットおよびアーノルド・
シュワルツェネッガーのような人物らが参加した。


Related Link:
■ ISRAELI whole capital is occult Masonic shrine
イスラエル最高裁判所のメイソニック・シンボリズムについて
http://conspiracy.exblog.jp/1243373/

■ Pope was investigating Knights Templar before his election
新教皇が選挙前にテンプル騎士団の調査を実施
http://conspiracy.exblog.jp/1901752/

■ Democracy Is An Illusion
「民主主義」は幻影
http://conspiracy.exblog.jp/2198741/

■ Schwarzenegger smokes marijuana
アーノルド・シュワルツネッガー(共和党 加州知事)と大麻
http://conspiracy.exblog.jp/1480158/

2005/9/02追記
■ The Templar Revelation
テンプル騎士団の隠された正体
http://conspiracy.exblog.jp/2214348/

2005/10/03追記
■ Rosslyn, ley lines and the baron knights
ロスリン礼拝堂、レイ・ライン、男爵の騎士
http://conspiracy.exblog.jp/2285040/

なぜ反ロスチャイルドなのかD

ロスチャイルドについて

世界の金融、石油、情報機関、原子力、軍事、政治、食品、メディアを支配するといわれるロスチャイルド一族。
次々と有力な実業家、政治家、貴族、他の銀行家や財閥たちと閨閥(妻の親類を中心に結ばれている勢力)をつくりながら、世界の産業界に君臨していくその壮大な物語を要約してご紹介いたします。

ロスチャイルドの歴史

ロスチャイルド家発祥の地は、ドイツのフランクフルト。ゲットーと呼ばれるユダヤ人の居住地区からこの一族の歴史は始まりました。
当時、市民権すらもあたえられていなかったこの一族は、細々と両替商をしながら生活していました。
しかし、一族の初代マイヤー・アムシェル・ロスチャイルドは、古銭集めという共通の趣味から、ドイツの名門貴族ヘッセン家のヴィルヘルム9世と知り合い、やがて一緒にビジネスを始めるようになります。

時は18世紀後半の戦乱の時代。この時、高利貸しと呼ばれる金融業に身を投じたマイヤーは、戦乱のヨーロッパ大陸を死の商人として駆け回り、莫大な自己資金を得ることに成功します。
その後、マイヤーの5人の息子たちがヨーロッパ諸国へと散っていきます。

1764年・・・初代マイヤー・アムシェルがドイツ・ロスチャイルド商会創設
1804年・・・三男ネイサンがイギリス・ロスチャイルド商会創設
1817年・・・五男ジェームズがフランス・ロスチャイルド商会創設
1820年・・・次男サロモンがオーストリア・ロスチャイルド商会創設
1821年・・・四男カールがイタリア・ロスチャイルド商会創設

パリのジェームズとウィーンのサロモンが協力してヨーロッパ全体をカバーする通信と馬車輸送のネットワークを作り上げ、そこから誰よりも早く得られる情報を利用してロンドンのネイサンが金や通貨の投機をして大儲けするという兄弟ならではの連携プレーをし、今日の国際金融ビジネスの原型を作り上げました。

この頃は、ちょうどナポレオンの全盛期の頃にあたり、全ての国の国王や実力者が、いつなんどき引っくり返るかわからない時代において、5人兄弟の5カ国連合商会はリスクヘッジとしての性格も帯びていました。

○三男ネイサンの大活躍

イギリスへと渡ったネイサン・ロスチャイルドは、1810年にロンドン証券取引所の支配者フランシス・ベアリングが亡くなると、新しい支配者となり、世界一の金融王としてイギリスがヨーロッパ同盟諸国に提供した4200万ポンドの資金の半分を調達するまでになりました。

そして1815年、ネイサンは世紀の大もうけに成功します。
皇帝ナポレオン率いるフランス軍と、イギリス=オランダ=プロイセン連合軍が戦った"ワーテルローの戦い"が起こりました。
この戦争は、仮にイギリスがフランスに負ければ、大陸のパワーバランスが崩れ、イギリスの大陸における利権が一気に失われかねないということで、非常に大きな意味を持っていました。

この時、イギリスは国債を発行することによって対ナポレオン戦争の軍資金を調達していました。
イギリスが負けることになれば、当然、イギリスの国債は大暴落してしまいます。
投資家たちは、皆、戦争の行方を固唾を呑んで見守っていました。

そして、戦争終結から数日後、イギリスの国債は大暴落しました。その理由となったのは、ネイサン・ロスチャイルドでした。
その日の朝、ロンドン取引所の持ち場にいたネイサンは、青ざめ、疲れきった顔をして、急に国債を売り始めたといわれています。
ネイサンは、イギリスに対して莫大な投資を行っており、また独自の情報ネットワークと情報を素早く手に入れるための手段(個人の快速船など)を有していることが知られていました。
そのため、ロンドンの市場関係者たちは、「ロスチャイルドが債権を売っているということはイギリスが負けたのだ」と考え、われ先にと債権を売り始め、最終的に国債は大暴落したのです。

しかしながら、実際はナポレオンがイギリスに敗北。
当然、戦勝国であるイギリスの国債は、大暴落した次の日には、イギリス勝利の情報とともに暴騰しました。
しかし、その時はネイサンがイギリス国債を大量に買い漁った後だったのです。
誰よりも早く、そして密かにイギリス勝利の確かな情報を手に入れていたネイサンは、イギリス国債を売りまくり、イギリス敗北を偽装するかたわら、秘密の代理店を使って、紙屑同然の値段となった国債を買いまくっていたのでした。

この出来事により、多くの投資家と、ほぼ全ての名門の家系が破産し、対してネイサンは約100万ポンドの利益を得たといわれています。
これは、当時のお金の価値では天文学的な数字で、この日の儲けで彼の財産は2500倍まで膨れ上がったともいわれています。
このことはのちに「連合国はワーテルローの戦いに勝ったが、実際に勝ったのはロスチャイルドだった」という諺となって残っているそうです。

○ヘッジ・ファンドの元祖

敗戦国フランスがイギリス同盟国に支払う賠償金の総額は7億フランに達しました。
この支払いを公債として引き受けたのがフランス・ロスチャイルド商会のジェームズ・ロスチャイルドです。
彼は、この公債を売却して得たお金をヘッジ・ファンドと同様に投機家の貸付けに流用しながら、年間50%の利息を稼いだといわれています。

1820年代に入ると、ほとんどの大国の大蔵大臣がロスチャイルド5人兄弟に買収され、公債を発行して国の借金をつくっては、その2倍近い金額をロスチャイルド商会に支払うという取引がおこなわれました。
相争うイギリス、フランス、ドイツ、イタリア、オーストリアの5カ国の対立構造の隙間を巧みに泳ぎ回り、プラスとマイナスの両者に投資して、必ずトータルでプラスにするという今日のヘッジ・ファンドの手法で、利益を一手に独占したのです。

○巨大化する資本

1822年、兄弟5人が揃ってハプスブルグ家のオーストリア皇帝から男爵位を授与されました。
当時、迫害されていたユダヤ人としては異例の出来事です。
当時のヨーロッパ諸国のすべてがロスチャイルド商会をあてにするようになり、ヨーロッパ全土の王室がロスチャイルド家にお金を借りにきました。

そうした結果、1815年当時、5つのロスチャイルド商会の資産総額は333万フランでしたが、3年後には4200万フランとなり、10年後には1億1840万フランにも膨れあがりました。
この額は自己資本だけの控えめな計算で、実際は1億6500万フランを超えていたといいます。
このうちパリ・ロスチャイルド商会の推定資産は3700万フラン。パリ第2位のラフィット銀行が700万フラン。ナポレオンが設立した発券銀行であるフランス銀行でさえ6000万フランの時代ですから、ロスチャイルド商会の総資産1億6500万フランがいかに大きかったかがわかります。

○世界に広がるロスチャイルド一族

その後、ロスチャイルド家は世界経済、ひいては世界史に対して、密かに大きな影響を与えていくことになります。

1836年、ネイサン・ロスチャイルドは58歳で死亡しましたが、翌年、フランクフルト・ロスチャイルド商会は米国に代表者としてオーガスト・ベルモントを派遣しました。オーガストは、のちに黒船で浦賀に来航したペリー提督の娘と結婚。
ペリー家はモルガン家と結びつきボストン財閥を形成します。
オーガスト・ベルモントは、1856年には民主党の党首にまで上りつめ、約20年間その地位にとどまり、政治と実業界に影響を与えました。
2代目ベルモントは、30を超える企業と銀行で社長と重役を務め、4代目ベルモントは、投資銀行ディロン・リードの社長と会長を10年以上つとめています。

また、ロスチャイルドは、もう一人の代理人ジェイコブ・シフのクーン・ローブ商会を通じて、ロックフェラー、ハリマン、カーネギーに資金を提供して、これらを巨大財閥に育成しました。
ユダヤ人嫌いで有名なJ・P・モルガンもロスチャイルドから資金提供を受けて育てられた財閥だったのです。

ネイサンの息子ライオネルの時代に、ロンドン・ロスチャイルド商会は18ヶ国の債券16億ポンドを取り扱っていますが、これは現在価値でいうと、ほぼ10兆円にも達する金額です。
彼らはロシアに君臨した女帝エカテリーナ二世の後継者であるアレクサンドルと皇帝二コライの財政にも入り込みます。

パリの末弟ジェームズはフランスの8大鉄道で12の重役ポストを占めて鉄道王となりました。
彼が1868年に死去した時の遺産は6億フラン以上。6億フランは、フランス国内の他のすべての金融業者の資産総額より1億5000万フランも多いと推定されています。

○史上最大の大富豪

ロスチャイルド商会は、オーガスト・ベルモントの活躍でアメリカに広大な利権を広げ、ロンドン一族も国際的な事業に乗り出しました。
1875年エジプトがスエズ運河の株を売りに出そうとしているのを知ったイギリスは、フランスに先手を打って急いで購入しようとしましたが、イングランド銀行からお金を引き出すには国会の承認が必要でした。
一刻を争う事態に当時の首相ディズレリはライオネル・ロスチャイルドのもとに急使を飛ばし「明日までに400万ポンドを貸してください」と頼みました。
ライオネルが「担保は」と尋ねると「イギリス政府です」と使いが答えたので「結構です」と言って、たちまちポンと400万ポンドを揃えて17万6000株を購入し、イギリスがスエズ運河の最大株主となったといいます。

ちなみにイギリスの三枚舌政策として悪名高い、パレスチナでのユダヤ人国家建設を約束した「バルフォア宣言」をイギリス政府に行わせたのは、このライオネルでした。

19世紀の100年間でロスチャイルド一族が得た富は、4億ポンド超えると推定されています。
大英帝国の歴史上、最大の富豪はヴィクトリア女王でしたが、女王の資産は最大でも500万ポンドと推定されています。
ロスチャイルド家は、全員がヴィクトリア女王の何倍かを所有していたのです。
4億ポンドは現在価値でいうと800億円になります。
それから100年間の利回りで、時価の変化をまったく無視しても、自動的に現在では200兆円に増大していることになります。

○日露戦争とロスチャイルド

ロスチャイルド家は日本の歴史にも影響を与えています。
20世紀初頭、朝鮮半島の利権の対立から、日本は大国ロシアと戦うことになります。
もし、負けることになれば、朝鮮半島はロシアの手に渡り、日本が列強の仲間入りを果たすことを阻まれるどころか、他のアジアの国々のように、日本も列強の植民地の一つになりかねません。負けることは許されませんでした。
しかし相手は大国のロシア。戦争当初からの日本の目的は「ロシアと引き分ける」ことだったそうです。

新興国であった日本に、ロシアのような強大国と争うだけの資金力があるはずもなく、当時の日銀副総裁・高橋是清は、戦争の資金集めにアメリカやヨーロッパを奔走しました。
この時、日露戦争において、日本が勝つと考えていた人はほとんどおらず、アメリカでの資金集めに失敗した高橋はヨーロッパへ行き、ロスチャイルド家に援助を要請しました。
ロスチャイルド家はロシアの南下政策をよしとせず、また、ユダヤ人を迫害する傾向のあるロシアを嫌ってはいたものの、ロシア国内にバクー油田の利権などを抱えており、表向き全面的な協力をすることはありませんでしたが、それでも高橋の目標額の半分である500万ポンドを負担してくれました。

高橋に大きな援助をしたのはジェイコブ・シフというユダヤ人でした。クーン・ローブ商会を率いる彼は、高橋に500万ポンドという多額の融資を行い、他のユダヤ人にも日本国債を買うことを勧めました。最終的に高橋は、日露戦争中8200万ポンドもの戦費を調達します。

ところで、このシフですが、実はロスチャイルド家と血縁関係を持つ人間でした。高橋にシフを紹介したのも、他ならぬロスチャイルド家でした。
ロスチャイルド家は日露戦争中、シフを通して裏で日本国債を買い漁り、最も利益を上げたのです。

○現在のロスチャイルド

第一次世界大戦後の時期は、ユダヤ人にとって悪夢のような時期であったといえますが、ロスチャイルド家にとってもそうでした。
実際、第二次世界大戦後、ロスチャイルド家の五人兄弟の家系の内、本家が残っているのはイギリスとフランスだけでした。
そのため、第二次世界大戦後、一族は没落したと言われています。しかし、実際の所はどうなのでしょうか?

【通信】
 タイムズ(新聞)
 ザ・サン(新聞)
 ロイター通信(通信社)、AP(通信社)※世界の情報はこの2社から発信。
 ABC・NBC・CBS放送(アメリカ三大ネットワーク)

【石油】
 ブリテッシュ・ベトロリアム(石油会社)
 ロイヤル・ダッチ・シェル(石油会社)

【金属・重工業】
 ビッカース (兵器)
 ダッソー(兵器)
 アームストロング(兵器)
 シュットーデル(兵器)
 ミノルコ(金属)
 モンド・ニッケル
 モンド社(アルカリ)

【その他】
 フィリップ・モリス(米最大のタバコメーカー)
 ローマ・ブーラン(仏最大の総合科学・製薬メーカー)
 デビアス(鉱物会社=ダイヤモンドを独占)
 リオ・チント・ジンク(鉱物会社=金・ウランをほぼ独占)

【食品】
 ネッスル(コーヒー)
 ユニリーバ(食品)
 ブルックボ ンド(紅茶)

【銀行・保険】
 フランス銀行
 イングランド銀行
 パリ国立銀行
 スエズ金融
 香港上海銀行
 ウェストミンスター銀行
 ルイ・ドレフェス商会
 ソロモン・ブラザーズ
 ラザール・フレール
 ゴールドマン・サックス
 リーマン・ブラザーズ
 カナダロイヤル銀行
 アラブ投資銀行
 モントリオール銀行
 ジェネラル銀行
 ブリュッセル・ランベール
 ウェストバンク
 etc.

これらの会社は有名な多国籍企業ですが、全てロスチャイルド系の企業です。

他にも、世界最高級ワインとして名高いシャトー・ムトン・ロチルドはロスチャイルド家のワインであることは、非常に有名です。
また、ロンドンで世界の金の価格を毎日決めているのもロスチャイルド一族の人々です。

○伝説は続く

1949年6月30日にパリ証券取引所で一つの事件が起こりました。
その日、何の理由もなく、リオ・チント・ジンク、ロイヤル・ダッチ・シェル、ル・ニッケル、デビアスという4大銘柄が、一斉に大暴落したのです。
原因はギイ・ロスチャイルドの父エドゥアールが81歳で死去したことにありました。
パリ・ロスチャイルド銀行の主だったエドゥアールとはいえ、この高齢で実業に関与しているはずもなく、無関係なはずだったのですが、彼の死去と株価は遺産相続人にとって重大な関係を持っていました。
遺産にかかる相続税のうち、エドゥアールが保有していた株への課税は、死亡時の証券の時価によって算定されるからです。
4大銘柄はロスチャイルド株であり、一族が持ち株の価値を暴落させることによって、遺産相続にかかる税金が大幅に抑えられたのです。翌日には、一族が買い戻し、株価はたちまち回復しました。

以後、ロスチャイルド一族は現在の世代に継承され、さらに新しい屋敷と別荘を次々と建設してきました。
1901年に閉鎖されたフランクフルト・ロスチャイルド銀行は、1989年、ほぼ90年ぶりにオープンし、かつてのロスチャイルド邸の敷地に隣接して、ヨーロッパ中央銀行が建ち、99年1月1日にヨーロッパ統一通貨ユーロが誕生しました。



ロスチャイルド一族は戦争を始めることも防ぐこと出来る。彼らの言葉は帝国を築くことも破壊することもできる。」1923年12月3日付シカゴ・イブニング紙



【参考】『赤い盾
     『ロスチャイルドの密謀
    







(私論.私見)