4489−1141 「ユダヤ教パリサイ派」考

 (最新見直し2007.8.16日)

【「ユダヤ教パリサイ派」考】
 「★阿修羅♪プロトコールの『ユダヤ教パリサイ派』」を参照する。

 ユダヤ教についてはユダヤ教及びユダヤ人とはで考察している。「ユダヤ教パリサイ派」の考察は、これを受けてのものとなる。

 ネチェボロドフは、「ニコライ二世とユダヤ人たち」の中で次のように説明している。

 「バビロン捕囚時代に、ユダヤ人法師たちが入手したカレドニアの科学によって、聖書と捕囚(紀元前606年)後にユダヤ人歴史家がわずかに残した文書にその名が見えているパリサイ派を誕生させることになった。高名な科学者のムンクは、パリサイ派は疑いなく捕囚時代に形成されたと書き残している」。
 「カバラやパリサイ派の伝承教説はその時代に遡る。すこぶる長期にわたってかれらの規範はわずかに口承によって伝えられていたが、後にタルムードを形成し、最終的には『セフィー・ハ・ゾハール』という書物にまとめられた」。

 パリサイ人たちは、あたかもユダヤ人の中の一種知的貴族といった観があった。最初はかれらは「ハブラー」という一種の血族集団をなし、その成員は「ハブリム」すなわち兄弟と呼ばれていた。かれらはサドカイ人の聖職者たちを放逐することを目的とした破壊分子であった。サドカイ人聖職者たちは血と出自の良い貴族階級であることを誇りとしたのに対し、パリサイ派は知的貴族であることをもって対立した。パリサイ派が挑戦した戦闘は長きにわたり、抗争は熾烈を極めた。パリサイ派は、重要な教義の一つが「アム・ハレツ」すなわち単純な人々をはなはだしく軽蔑することにあるのは自ら語っていることであるが、自分たちの目的達成のためには大衆の支持が必要であることを見過さなかった。かれらはサドカイ人が多くの場で律法を厳しく守ろうとするのに反対し、積極的に安息日を遵守した。サドカイ人の勢力はティトゥス神殿の没落とともに衰退に傾いたが、それ以後、パリサイ派がユダヤ人の間で覇権を握った。

 紀元70年、ローマ軍の手によってイェルサレム神殿が破壊された。イェルサレム神殿は二度と再建されることがなくなる。この時、神殿祭儀を中心に形成されていたユダヤ教の危機が訪れた。ユダヤ教は、祭儀から切り離されて存続し得るかどうかの岐路に立たされた訳である。この未曽有の危機によく対処し得たのはパリサイ派を中心とした律法学者であった。彼らはイェルサレムを離れ、地中海沿岸のヤブネで律法研究に専念し、神の意志としての律法を正しく日常生活のなかで実践することこそ神の前に立ち得る正しい姿とした。これ以後のユダヤ教では「律法」とこの律法から引き出された生活規範としてのミツヴァ(掟)が中心となっていく。この傾向がミシュナの結集に発展し、やがて注釈とあわせてタルムードを生み出していく。律法研究とその実践が神殿祭儀にとって代わることによって危機を超克したユダヤ教は、その結果規範的宗教に変質していくことになった。

 律法の厳格な遵守は中世を通じて一貫したユダヤ教の基本的態度である。しかし律法をどのように把握するかという点で二つの大きな流れが認められる。一つは,『悩める者のための手引』などを著したマイモニデス(12世紀)に代表される哲学的な流れで、信仰と理性の一致をめざしていた。他はカバラの名で知られる神秘主義で、神の属性について黙想し、祈りに精神を集中することを通して神と神秘的交わりを得ることを目標としていた。ドイツを中心とする地域では、彼らは禁欲的で、祈りの実践と倫理的行為を強調するとともに呪術的な一面をのぞかせていた。同じ神秘主義でも南フランスおよびスペインではむしろ思索的傾向が強く、神の本性とその働きの究明に多くの関心が払われ,『ゾハール』(光輝の書)などが13世紀に著されている。

 ネチェボロドフ提督は、ユダヤ教の有名な権威フラヴィアン・ブレニエ氏の言葉を引いて、パリサイ派の方針をさらに詳しく次のように述べている。
 「ユダヤ人の熱望が誇らしげに表明されるまでに、パリサイ派の伝承教説は深刻な難関を克服しなければならなかった。最たるものは捕囚によってユダヤ人が正統的な信仰に戻ろうとした傾向だった。長期の国外生活の間に、エルサレムの神殿が没落したことを嘆き、故国の不幸が終るようにエホバに乞うたが、単なる幻であったエホバの啓示は、ある種の挫折感を招いただけでなく、ユダヤ人がイスラエルに対するあらゆる権威を失うやも知れぬ決定的な破滅の淵にまで身を曝す事態となった」
 「その時、パリサイ派は事態を抜け目なく判断し、宗教運動のリーダーシップをとることによって同胞の信頼をかちとり、好んで律法の最も些細な指示でも良心的に遵守し、こみいった儀典のあれこれを設け、それらと全く平行して秘密の聖域で新しい教義を磨き上げた。それが捕囚の時期に二、三百人の識者によって結成された本格的な秘密結社であった。最も隆盛を誇ったフラビウス・ジョセフスの時代でも、その数は六千人かそこいらを数えただけだった」。
 「汎神論者たちのこの一派が、やがてユダヤ民族に直接的な影響力を振うこととなった。加えるに、かれらの教義ほど民族感情を害するものは現われたことがなかった。しかしながら、カルデアの汎神論に押し流されたかも知れぬパリサイ派は、人種の誇りを無傷のまま保っていた。かれらはバビロンで吸収した、人間に神性を与えたこの宗教を、もっぱら他よりも優越して神に運命を授けられたユダヤ人に利益をもたらすものと考えた。伝統的なユダヤ人が律法の中に見ていた全世界の支配という約束を、パリサイ派は民族に対するモーゼの神の領域という意味には解釈しなかった。来たるべきメシヤは原罪を購う者などではなく、世界を導く精神的な勝利者、戦いで血ぬられた現世の王であった。その王がイスラエルを世界のあるじに し、全人民を戦車の車輪の下に引きずり込む≠フである。パリサイ派は全世界の国々が謎めいたエホバの奴隷になることは[表立っては]要求せず、世間一般に譲歩して人々に信仰させ続けた。というのは、何世代にも続くイスラエルの忍耐力と人間的な手段とを使って、行く行くは自分たちの計画が達成することを期待してい たのである」。
 「このような信念は古代の律法とはいちじるしく異なるものであるが、かれらは何ごとも気付かれぬように、このなじめない思想を一滴一滴フィルターを通してユダヤ人に浸透させてきたのである」。「パリサイ派が編み出した仕組は、やがて実を結ばないはずはなかった」。

 フラビアン・ブレネは云う。
 「イエス・キリスト以前のユダヤ社会では、このようなことは片鱗を見付け出すこともできない」。
 「現代社会でこれに類するものはフリーメーソンぐらいなものである」。
「注意深く制限された結束固いメンバーに秘密≠フ教義が注ぎ込まれ、パリサイ派は二つの目的を容赦なく追求した。すなわち・・1・政治的に重要な公職(再編成されたユダヤ民族にとってはすさまじい影響力があった)に就くことによって政治権力を掌握し、サンヘドリン(ユダヤ人の議会)を征服する。2・かれらの極秘の教義に沿うように人民を次第次第に教化する。

 これらのうち第一の目的は、ダビデの末裔と自称するバビロンのパリサイ派ヒルレルが、サンヘドリンの会頭に選ばれた時に達成された。このことはパリサイ派対サドカイ派の抗争にきびしい結着を付けた。ヒルレルに対抗したのはサドカイ人で議会の主席裁判官だったサドカイ派の高位聖職者を支持していたシャンマイだった。二人がお互いをどう見ていたかは、タルムードにえんえんと記録がある。

 パリサイ派で最も有名な人物には、ヒルレルのほかには・・ヤムナイ学校の創立者ヨハン・べン・ザッカイ、バル・コフバとともにユダヤ人離散の命令を覆させた反乱、ハドリアヌス皇帝治下でローマ人に対して蜂起(紀元一三二年)を組織したアキバがいる。また、シモン・ベン・ヨハイは、魔術師またカバラの父として、また、後にはバビロニア・タルムードを編纂したユダ王子として挙げられよう。これら先達の下に、パリサイ派勢力はサンヘドリンの支配権を確立するに至った。サドカイ派の伝統に固執したユダヤ人の中には、パリサイ派の専制を拒んだ反体制者がいた。それがタルムードを拒絶したサマリア人とカライーム派ユダヤ人である。

 第二の目的とその達成方法が、『イスラエルの秘密の教義』の末裔たちが声高に非難する、いわゆる『シオン長老のプロトコール』に露呈されている。ここで言うイスラエルとは、宗教的共同体としてのユダヤを意味するのだが、ユダヤ人の多くは複雑で破壊的な計画のことはまるで知らないままに置かれている。パリサイ派に対するイエス・キリストの態度は、新約聖書に明確に示されている(ルカ伝十一章、ヨハネ伝八章)。

 幾星霜を重ねて、パリサイ派の影響力は広がり続けたが、その恐しい行状が気付かれたことはなかった。指導部としてブナイブリス最高会議を頭にいただき、すべての政府に蝟集するパリサイ派は、あらゆる国の政府を支配し、政治、経済、宗教、教育を牛耳る専政勢力となった」。





(私論.私見)



第67号

2002年 10月13日(第2主日)

午前10時30分〜


 

聖書の朗読 ヨハネ福音書8章13〜20節

説   教 「イエスの証言」

                  吉井 春人牧師

  パリサイ人は、主を断罪しようとやっきになっていましたが、見当違いだったのでした。主をはじめから疑ってかかっていて、信じようとしなかったので、自分たちのやり方を疑うことができませんでした。
  パリサイ人との対話は、そのような彼らをただ裁いて捨てるというものではなく、問題点を気付かせるように道を備えたのです。罪にある人々を正面から裁かないで、対話をもって相手を諭されるのが主のとられた方法といえます。
  パリサイ人が、「無知」であることを示されました。(14節)攻撃している内容も相手も知らないとすれば、単なるこけおどしにしか過ぎなくなります。自分の思いを正しいとする罪は、罪でした。けれども、主がどこからどんな権威をもって語れているかを知らないでものをいっているので、まだ救いの余地があったのでしょう。
  主は、ご自分が確かであることをあかしされ、人の証言をも必要とされない方なのです。主の真実さは、私たちの不真実さに左右されません。
  主は、彼らが人間的な表面的な動機によって判断していたことを指摘されました。(15節)肉によって蒔く者は、肉を刈り取ります。主の方法に従わないで、肉に従っているものは、御霊の実を刈り取ることはできないのです。
  パリサイ人が立っている論理的な支柱について述べておられます。律法が要求していた公正さからしても、主の証言は真実でした。これは、世の人々の立っている基盤としての取り決めにおいてでさえ、主を断罪することは不可能であるという普遍的な事柄です。主にあって、この世のどんな威嚇や脅威にたいしても恐れることはありません。

――――――――――――――――――――――

《主の祈り》

天にいます私たちの父よ。御名が崇められますように。み国がきますように。みこころが天でおこなわれるように地でもおこなわれますように。私たちの日ごとの糧をきょうもお与えください。私たちの負い目をお許しください。私たちも私たちに負い目のある人たちを許しました。私たちを試みにあわせないで、悪からお救いください。国と力と栄えとは限りなくあなたのものだからです。

                           アーメン


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グノーシスと悪魔崇拝のつながりに関する説明はデタラメ
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投稿者 あっしら 日時 2003 年 10 月 18 日 04:47:55:Mo7ApAlflbQ6s

(回答先: 悪魔学講座 投稿者 リンクフリー 日時 2003 年 10 月 18 日 00:31:55)


リンクフリーさん、こんばんわ。
あらぬ方向に誘導してしまったようですね(笑)

宗教にあまり深入りしたくはないのですが、早見氏の論考で気になる部分があるのでレスします。

● 悪魔崇拝とグノーシス

早見氏は、「西洋社会の表の顔がキリスト教なら、裏の顔がグノーシス思想」という見方を基礎に、グノーシス思想が「悪を崇拝する思想」に連なるような見方を開示されていますが、そのような見方には強い違和感を抱きます。

まず、カソリック化される前のキリスト教は、大きな枠組みとしてグノーシス思想に位置づけられると考えているからです。
新約聖書はエッセネ派教義の言行録風脚色(剽窃)で、その教義を示したのは紀元前1世紀に生きた“義の教師”(洗礼者ヨハネ?)であり、イエス・キリストは流布されているようなかたちでは実在していなかったと思っています。

エッセネ派教義+旧約聖書(司祭の存在)+ミトラ教儀礼(パンと葡萄酒)という奇妙な接合体系で自己を正当化したのがカソリック聖職者機構だと見ています。

正統派キリスト教自体が、表の顔と裏の顔を持つ宗教形態だと受け止めています。

表の顔は、信仰者を奴隷化ないし道具化するための偽善的キリスト教で、裏の顔は、そのようなことを愛と真理の言葉を伴って平然と唱えられるという「悪を崇拝する思想」です。

古代ユダヤ教(サドカイ派)は、このような意味でカソリックに先行するものです。
神殿及び祭祀階級の消滅が、以降のユダヤ教(パリサイ派的)を方向付けました。
(古代ユダヤ教=旧約聖書は、“バビロン捕囚”から戻った支配層によって確立されたと考えています。紀元前4、5世紀のことですからそれほど古いわけではありません)

「悪を崇拝する思想」は、広くセム系諸部族に伝播したバビロニア起源のものに、カバラ・ピュタゴラス派・ヘルメス思想が補強していったものだと考えています。
(“正統派”キリスト教の裏にぺったり貼りついているのが「悪を崇拝する思想」です)

グノーシスについての早見氏の説明ですが、「グノーシス思想の基本理念は、絶対的な二元論」と、“絶対的”を付けるほどの二元論なのかという疑念を提起できます。

ゾロアスター教は絶対的な二元論といっても差し支えないと思っていますが、グノーシスは、重層論といったほうがふさわしいものです。

 「グノーシス思想では、善なる神が君臨する精神世界と、悪なる造物主・デミウルゴスが創造した物質世界の二つがあると考えます。つまり形あるものとないものの二つですね」というより、上位の創造主が支配する上層世界と下位の造物主が創造した下層世界があり、人間は上層世界の要素(光)を内に持ちながら、下層世界に落ちたために肉体という牢獄のなかにそれを押し込められているという世界観です。
(グノーシスでは、旧約聖書の創造主ヤハウエは、悪なる造物主デミウルゴスとされます。このため、グノーシス系キリスト教徒は、旧約聖書を聖典から除外するよう強く求めていました)

グノーシス(叡智)は、牢獄から解放されて上層世界(本来の居場所)に旅立つための術(知識)であり、それは、真の創造主と霊的なつながりを持つことで得られるというものです。

(早見氏のように、精神世界と物質世界をもって二元論とするならば、キリスト教も二元論になります)


グノーシス的世界観が、「この苦悩から脱け出すために、第一に禁欲に努めて精神を純化、浄化させようという方法や、逆に決まりや道徳など無視して、性の快楽を享受しようという方法」という外見的には両極端の動きにつながったことは確かです。
しかし、グノーシスにとって下層世界の決まりや道徳は、決まりや道徳ではなく悪の束縛ですから、それを無視することは浄化につながると考えることができます。また、性の快楽享受も、牢獄の役割を果たしている肉体レベルのことですから、とやかく悩むことはないという解釈も成り立ちます。

グノーシス的宗教運動は、マニ教・ポゴミール派・カタリ派と続き14世紀頃には表舞台から消えてゆきましたが、それが、「後世、現在に至るまで綿々と受け継がれてきた秘密結社やオカルトの流れ」になり、「悪を崇拝する思想が、現在まで続いている」わけではありません。
「表面的にはキリスト教が勝ち、グノーシス思想に代表される悪魔的な考え方は消えていきました。しかし、実は水面下に潜っただけであり、その戦争は今日まで2千年にわたって続いている」というのは、早見氏のはなはだしい誤解です。


早見氏自身が書いているグノーシス思想の説明から、グノーシスが「悪を崇拝する思想」という判断がでてくるはずもありません。
悪を憎み悪に囚われていることを嘆く考えが、「悪を崇拝する思想」や「グノーシス思想に代表される悪魔的な考え方」だという早見氏の思考を疑います。


● カソリックとプロテスタント


「イエス・キリスト以来のカトリックは、教義の建て前としては金儲けに否定的でした」と書かれているので、カソリックが実態として金儲けにいそしんだという理解はされていると受け止めます。

カソリック聖職者機構は、自分たちの利益をはかるために、信者の金儲けというより蓄財を抑制したのです。
(儲けてもいいけど、できるだけ寄進し、死ぬときに残ったお金は全部遺贈してくれというものです)

先ほど、「表の顔は信仰者を奴隷化ないし道具化する目に見えるキリスト教で、裏の顔は、そのようなことを愛を語りながら平然と行える「悪を崇拝する思想」」と書いたように、信者から巧妙に利益を吸い上げるシステムがカソリック聖職者機構です。
(古代ユダヤ教の祭祀階級(モーセ&アローン一族)も同じです)


早見氏の「そうなると、もうピンと来ると思いますが、金儲けをしようとする人々、財産を蓄えたいという人々にとって、カトリックの存在は大変目障りであり、事業拡大の障害以外の何ものでもありません。それなら、この際障害を取り除いてしまおうというのが、宗教改革のもうひとつの重要な側面だったのです」というのは、カルヴァン派や英国国教会について顕著に言えます。

金儲けに関するカソリック機構は、共産主義という宗教を信仰させることで、共産党官僚が権威・権力・経済を支配できるようになったのと実に似ています。
(共産主義をキリスト教、党官僚機構をローマ教皇庁組織だと考えてください)


プロテスタントは、聖職者組織を排除したことでキリスト教の裏の顔を素直に表に出し、裏表をなくしたと言えます。

カソリックは古代ユダヤ教に類似し、プロテスタントはタルムード・ユダヤ教(古代イスラエル崩壊後今日まで)に類似していると思っています。

 

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