お雇い外国人と留学生派遣考

 (最新見直し2006.3.28日)

 明治初年のお雇い外国人の中には多くのユダヤ人が居た。明治憲法起草に関与したアルベルト・モツセ、歴史学の父といわれるルドウィヒ・リース、紡績産業を指導したアレクサンダー・マークス等々。

 「太田龍の時事寸評」の2006.3.26日付け第1628回「フルベッキを頂点とする、明治初年の数百人の御雇外国人は、ほとんどユダヤ=フリーメーソン」がこれに言及している。月刊「猶太(ユダヤ)研究」(国際政経学会機関誌)の昭和17.11月号と昭和17.12月号の久留美山・氏の連載「高等教育に於けるユダヤ主義を排す」は次のように記している。その他資料も踏まえてこれを咀嚼する。

 英国公使パークス初め外国使節の多くはユダヤ人であった。明治初年、大学南校が開校されたが、以来フリーメーソンの支部のような格好で影響を及ぼしてきた。大学南校教頭のフルベッキは、パークスの叔父ギュツツラフというオランダ系ユダヤ人に東洋の話を聞いて日本へやって来たユダヤ人であった。フルベッキを頂点とする、明治初年の数百人の「御雇外国人」は、ほとんどユダヤ人フリーメーソンであった。英米独仏等の国籍には分かれて居たが大部分がユダヤ人でありフリーメーソンであって、大学南校を我物にし、法律、経済、哲学の三原論をユダヤ人の都合のよいもののみを以て固め、日本の大学をまだ物心付かない赤ん坊の時代からヤダヤの奴隷学問の府としてしまった。かくして国際ユダヤ人は政府や大学に巣食って帝国大学は遂にユダヤの秘密結社フリーメーソンのロッジのような形になった。

 明治5年頃を境に皇国教学に代わって西洋崇拝教育が重視され始めた。東京帝大以下の日本の高等教育機関はフリーメーソンの巣であった。北大の前身札幌農学校の教頭クラーク(米国)は、マサチューセツのフリーメーソンのグランド・マスターであった。彼らは、日本をインドやマレーのようにユダヤ人の奴隷国とする為のエージェントであった。

 「猶太研究」の昭和17.12月号37Pによれば、昭和17年、大東亜戦争下に於てさえ、ユダヤフリーメーソンに対する心理思想戦を遂行し続けた国際政経学会は、「孤立無援の状」にあった。「猶太研究」の昭和17.10月号42〜49Pの岩越元一郎「ホッブス哲学と日本」によれば、明治維新以来、ホッブスの哲学が日本に侵入して来た。そこで、「この大東亜戦争の第一義は日本人の頭に侵入したホッブス流の国家観、戦争観、人間観を一度一掃しなければならない」ことになった。

 「猶太研究」の昭和17.11月号36〜41Pの倉地正晤氏の「ユダヤ人の性格を衝く」は、
「即ち彼等ユダヤ人は、究極的な自由とした――羊の群れの中に居住する狼の自由――を物にせんが為に、非ユダヤ人を魔術に陥れて、その有機的結合が正に破壊さるべき防柵であり、排除すべき足枷であると妄信せしめるのである」と指摘している。

 http://www.pavc.ne.jp/~ryu/cgi-bin/jiji.cgi




(私論.私見)