「日共の親イスラエル政策考」


チュニジア外相との会談で

 緒方 昨年7月のチュニジア訪問で、不破さんとベンヤヒア外相との会談は、核心にせまったものでした。ベンヤヒア外相が、自分たちの経験から、「テロとの闘争」での大事なこととして挙げたのは、運動の正当性と問題に政治的解決という二つの点でした。
 不破さんが、解放運動について、「正当性を欠いたたたかいは、その目標が道理のあるものであっても、運動の大義を傷つけることになる」と言ったら、外相がすぐ「ゼロになる」と答える、絵に描いたような、かみ合った対話でしたよ。
 不破 解放運動は、テロの問題でも正義の立場を貫かなければゼロになる、というのは、チュニジアの多年の経験に裏づけられた話で、本当に共感できました。
 もう一つ、自分たちの国にも、「過激主義」がはびこる危険があったことをふりかえりながら、その根源はイスラムの宗教のなかにあるのではない、社会的な貧困こそに根源があることを見定めて、貧困の一掃に力をそそぎ、建国当時、人口の70%を占めた貧困層を、今日、4.2%にまで圧縮してきたという歴史は、大きな説得力を持つものでした。
 緒方 この問題での私たちとチュニジアとの一致点が、パレスチナ問題で浮き彫りになったのも、興味深かったですね。
 近藤 どういう一致点ですか。
 不破 この正当性の問題で、私たちは、無差別テロを認めない立場を、PLO(パレスチナ解放機構)東京事務所から攻撃されたことがあるのです。これは、アラファト議長が、私との会談(1981年)でPLO側の非を認めることで解決しましたが、チュニジアも、当時、アラブ諸国のなかで、無差別テロを認めない立場を断固主張していたのです。
 また、私たちは、中東問題解決の目標として、イスラエルとパレスチナの二つの国家の共存体制をつくることを、早くから主張していたのですが、チュニジアも、同じことを主張して、アラブ連盟から除名されたことがありました。会談でつきあわせて見ると、正当性にかかわる二つの問題で、日本共産党とチュニジアが、期せずして、同じ立場をつらぬいていたことが、あらためてはっきりしました。
 緒方 この会談では、私が双方のフランス語の通訳をやったのですが、通訳しながら、ああ、ベンヤヒア外相も不破さんも、共通した経験を持っているんだなと、感慨をもって聞きました。

パレスチナ問題での歴史的な一致点

 緒方 いまの二つの点は、パレスチナ問題で、「日本共産党らしさ」を発揮した大事な点でした。事前に相談しあったことなどないのに、その二つの点で、チュニジアと、二つながら一致していたわけですからね。
 一つは、イスラエルの生存権を認める、という問題。日本共産党がこの主張をかかげた時は(1973年)、PLOをはじめ、アラブ諸国の圧倒的多数は、中東からイスラエルを追い出せという「イスラエル抹殺」論にたっていましたから、内外の連帯運動のなかでも、たいへんな議論をよびましたが、ここで道理をつらぬいたことは、国際政治全体のなかで日本共産党への信頼を確立する上で、大きな意味をもちました。
 無差別テロにたいするたたかいの問題では、不破さんが、相手(PLO東京事務所)が何を言ってもたじろがずに正論を堅持した日本共産党の態度、アラファト議長の来日のさいに、当の東京事務所長が同席している会談の席で、堂々と問題を提起して解決した経緯などを、淡々と話す、ベンヤヒアさんが大きくうなずいて興味深げにそれに聞きいる、この情景は、いまも印象に強く残っています。
 不破 今年は、イラク問題と並行して、パレスチナ問題が非常に大きくなるだろうと思いますね。
 去年、アメリカの提案で始まった和平への交渉は、交渉としては、ほぼ失敗に終わっています。しかし、和平への「ロードマップ(道程表)」のなかで、“イスラエルとパレスチナの二つの国家の共存”という目標が、双方で一致して確認されたことは、一つの重要な前進でした。イスラエルがパレスチナの国家的存立を認め、パレスチナがイスラエルの国家的存立を認める、これを双方が認めあった、ということは、中東紛争五十年の歴史でなかったことですから。
 その合意がありながら、テロと報復戦争の悪循環が、交渉を挫折させてしまいました。この問題を今後解決してゆく上では、この悪循環をいかにして断ち切るか、それを防止するしくみや体制をどうつくってゆくか、この問題について、大いに国際的な知恵と努力も求められるでしょうね。

(以上「しんぶん赤旗日曜版」2003年12月28日・2004年1月4日合併号)







2001年10月21日(日)「しんぶん赤旗」

第3回中央委員会総会

志位委員長の幹部会報告

 十九、二十の両日開かれた日本共産党第3回中央委員会総会で志位和夫委員長がおこなった幹部会報告と不破哲三議長の発言は、つぎのとおりです。


 みなさん、おはようございます。衛星通信をごらんの全国のみなさんにも、心からのあいさつを送ります。

 私は、幹部会を代表して、第三回中央委員会総会への報告をおこないます。

一、国際テロ問題と、日本共産党の立場

(1)二つの「書簡」―― この問題にたいするわが党の基本的な立脚点

 九月十一日に、米国で同時多発テロ事件がひきおこされました。それにたいして十月七日夜(現地時間)に、米軍などによるアフガニスタンへの報復攻撃が開始されました。いま、国際政治に大きな激動的危機が生まれています。

 わが党は、この事態にさいして、九月十七日に、不破議長と私の連名の「書簡」を、世界約百三十カ国の政府首脳にあてて送り、テロ根絶のためには、軍事力による報復でなく、“法にもとづく裁き”がもとめられていることを訴えました。

 さらに、米軍による軍事攻撃が開始されたもとで、十月十一日、二度目の連名の「書簡」を各国政府首脳にあてて送り、テロ勢力との闘争を、一部の国による軍事攻撃と戦争拡大の道から、国連を中心にした制裁と“裁き”という道にきりかえるべきであるという提案をおこないました。

 これらの「書簡」でしめした、私たちのこの問題にたいする基本的な立脚点は、つぎの点にあります。

国際テロ集団の根絶のためには、国際社 会の大同団結が何よりも重要

 第一に、テロ行為は、いかなる宗教的信条、政治的見解によっても、絶対に正当化することができない卑劣な犯罪行為であるということです。そして、その根絶は、二十一世紀に人類がこの地球上で平和に生きていくうえで、一つの根本条件というべき、重大な意義をもつものとなっているということです。

 私たちの二つの「書簡」は、全世界の諸国民が共通して願っているテロ根絶のために、どういう手段が、法と道理にかない、また真に有効かということについての、わが党の見解を明らかにしたものであります。

 第二に、いま問題とされている国際テロ集団の根絶のためには、国際社会の強固な大同団結をつくりあげることが、何よりも重要であるということです。

 米国へのテロ攻撃を組織・実行した容疑がかけられているウサマ・ビンラディンとそのテロ組織「アルカイダ」は、世界の数十カ国に、犯罪組織のネットワークをもっているといわれています。このような国際テロ集団を根絶することは、国際社会の一致協力した団結なくしてはありえません。

 米国など一部の国が、アフガニスタンの政権を、かりに軍事力で破壊したとしても、問題は解決しないし、かえって国際社会の団結に亀裂や矛盾をつくりだし、テロ勢力の新たな土壌をつくる結果となります。

 国際社会と国際世論による徹底的な政治的包囲によって、テロリストの逃げ場が、世界のどこにもなくなるという状況をつくってこそ、この犯罪集団を地球上から一掃することができるのであります。

国連中心の解決をはかってこそ、国際社 会の大同団結は確保される

 第三に、そのためにも、米国など一部の国による軍事攻撃でなく、国連を中心に、国連憲章の精神にそった粘りづよい努力によって、問題の解決をはかるべきです。

 私たちの「書簡」で提案しているように、ビンラディンと「アルカイダ」の容疑を公式に確認すること、その身柄引き渡しをタリバンに要求すること、それが拒否された場合には必要な制裁措置をとること、厳正な裁判によって真相の全貌(ぜんぼう)の徹底糾明と処罰をおこなうこと――こうした一つひとつの手段のすべてを、国連が中心に、国連の管理のもとに、国際社会の一致協力した努力によっておこなうべきです。

 犯罪者の身柄を確保するために強制措置が必要になった場合には、国連が主体になって、国連憲章第七章にもとづく制裁措置の発動という手段をとることが必要になります。そのさいには、まず憲章四一条にもとづく経済制裁などの非軍事的手段による解決が、アフガニスタン国民への人道的配慮も十分に払いながら、最大限追求されるべきです。国際紛争の平和的解決という国連憲章の根本精神は、この問題でも最大限に発揮されなければなりません。

 憲章四一条にもとづく手段が十分につくされても、なお問題の解決に不十分だと国際社会が認めたときには、国連憲章は、憲章四二条にもとづく軍事的措置をとることを認めています。軍事的措置は、あらゆる手段がつくされたのちの最後の選択肢として、国連の権限によってのみ許される手段です。今回の場合は、必要になるのは、容疑者の拘束という目的にふさわしい性格のものになるでしょう。

 かりに軍事的手段をとるとしても、国連中心に、必要十分な手続きをつくしてこそ、はじめて国際社会の理解をえられ、国際社会の大同団結が確保され、テロ根絶に有効な手段となりえます。

 なお、憲法九条をもつ日本は、たとえ国連が制裁措置を発動したときでも、それへの参加・協力は非軍事的措置に限定されるべきであって、軍事的措置への参加ができないことは、いうまでもありません。

(2)軍事報復がつくりだしている 重大な危険と、道理ある解決の道

 米軍などが中心になって、十月八日に開始されたアフガニスタンにたいする軍事攻撃は、テロ問題の道理ある解決のうえでも、世界の平和と安全にとっても、重大な危険をもたらすものであります。

国連中心の告発と制裁という手段がとら れないまま、米軍などによって強行

 まず、この軍事攻撃は、国連を中心とした告発と制裁という手段がとられないまま、一部の国によって強行されたという重大な問題点をもっています。

 今回の事件にさいして、国連安保理は、テロ犯罪の容疑者に“法の裁きを受けさせる”ための努力を、各国にもとめる決議を採択しましたが、国連安保理として、容疑者の特定も、その身柄引き渡しの要求も、そのために必要な制裁措置も、おこなっていません。

 一九九〇年から九一年にかけての湾岸危機・戦争にさいしては、国連安保理は、イラクにたいする経済制裁をおこない、武力行使容認の決議などを採択しました。このさいも、経済制裁などの非軍事的解決のための努力をつくすことなく、米軍などが性急な戦争に訴えたことを、わが党は批判しました。この湾岸戦争とくらべても、今回の軍事攻撃は、国際社会の総意にもとづいたものとはいえない大きな問題点をもっています。

報復戦争の様相―― 罪なき民間人の犠牲、戦争の大規模化の危険

 米軍など一部の国の判断と作戦によって軍事力行使がおこなわれているために、軍事攻撃は、報復戦争という様相を色濃くし、きわめて憂慮すべきさまざまな深刻な状況をつくりだしています。

 爆撃によって、アフガニスタンで人道支援活動にたずさわっていた国連非政府組織の事務所が破壊され、民間の職員に死傷者が出るなど、罪のない一般の人々の命が奪われています。軍事攻撃によって、かねてから深刻な飢餓状態にあった難民のなかで犠牲者が広がることが、強く危ぐされています。

 米国は、この攻撃を「軍事施設にたいする限定的攻撃」と説明していますが、ラムズフェルド国防長官は「意図しない犠牲はさけられない」と公然とのべています。軍事攻撃に一定の理解をしめしている諸国も、一般の市民の犠牲者が出ることには、強く反対しています。罪のない市民の生命を奪うことは、けっして容認することのできないものであります。

 米国政府が、国連安保理に提出した書簡で、軍事攻撃の対象が、アフガニスタン以外にも拡大する可能性をのべたことは、重大であります。ラムズフェルド国防長官は、イラクなども攻撃対象となる可能性があることを示唆しました。これらの発言は、戦争の大規模化にたいする、きわめて重大な危ぐをいだかせるものです。

テロ根絶の国際社会の団結に亀裂と矛盾 ――国連中心の道へのきりかえを要求する

 そして、米軍などによる軍事攻撃によって、それまでテロ根絶で固く一致結束していた国際世論に、亀裂と矛盾が広がりつつあることは、きわめて重大であります。

 マレーシア首相、インドネシア大統領をはじめ、一連のイスラム諸国から、軍事攻撃に反対する声があげられました。イスラム諸国会議機構の緊急外相会議が開かれ、テロ根絶、国連中心の解決では一致しましたが、米軍の軍事攻撃については意見に分岐が生まれました。イスラムの民衆のなかからは、激しい抗議の行動が広がっています。

 これらの国際世論の亀裂と分岐は、テロ勢力に、その破壊活動の条件を広げるものとなっています。じっさい、ビンラディンなどテロ勢力は、米軍などによる軍事攻撃を最大限に利用して、テロ根絶のための国際的なたたかいを、“アメリカ対イスラムのたたかい”にねじまげようとする、扇動をおこなっています。

 こうして、米軍などによる報復戦争は、一連のきわめて憂慮すべき情勢をつくりだしています。この戦争の当面の軍事的結果がどのようなものになるにせよ、軍事報復は、テロ根絶にとっても、国際平和にとっても、重大な矛盾と逆流をつくりだしたことを、きびしく指摘しなければなりません。

 いま日本でも、世界でも、テロ根絶をもとめながら、報復戦争に反対する世論と運動が広がっています。わが党は、米国など一部の国による報復戦争の道から、国連中心の制裁と“裁き”の道へのきりかえを、国際社会に強くもとめるものであります。そのために、米軍などによる報復戦争をただちに中止することを、訴えるものであります。

 わが党は、この道にこそ、テロ反対の国際的な団結を再建し、テロ勢力を徹底的に孤立させ、この地球上のどこにも彼らの逃げ場がなくなるところまでおいつめ、国際的な裁きのもとにおく、たしかな道があると確信するものであります。

 今後の情勢の進展は、予断を許さないものがありますが、わが党は、二つの「書簡」の立場にたって、ひきつづき国際社会への積極的な働きかけをおこなうものです。

(3)報復戦争への参戦法―― 「テロ対策」に乗じた憲法破壊に反対する

 この問題での日本政府の対応は、国際テロをどうやって根絶するかについての真剣な主体的検討をいっさい欠いたまま、米軍の報復戦争を無条件に支持し、「テロ対策」に乗じて、憲法違反の海外派兵を、一気に実行に移すという対応に終始するものとなっています。

 報復戦争への参戦法は、すでに現実におこっている戦争に、自衛隊が戦後はじめて参戦しようというものであることが、きわめて重大です。ガイドライン法(戦争法)は、戦後はじめて本格的な海外派兵の仕組みをつくるものでしたが、これは、あくまでも「万一のさいの対応」として説明されていました。今度は、目の前でおこっている戦争に、実際に参戦しようという法律です。二十一世紀のはじめの年に、戦後はじめて日本の軍隊が、他国の人を殺傷し、戦後はじめて日本人の戦死者が出る危険が、現実のものとなっているのであります。

米軍の報復戦争に、白紙委任で参戦するしくみに

 第一に、ガイドライン法は、「日本周辺」で日本の「平和と安全に重要な影響をおよぼす事態」がおこったさいに、それへの対応として行動する米軍に協力するということが、建前とされていました。しかし、こんどの法案は、米軍の軍事行動への協力は、地理的にも、米軍の活動内容の面でも、まったく限定されていません。米軍が、地球上のどこであれ、だれにたいしてであれ、どんな手段であれ、「テロ根絶のため」として軍事行動をおこせば、日本は無限定にその戦争に参加することになるのです。しかも、米軍がおこなう軍事作戦は、日本には事前には知らされません。米軍の報復戦争に、日本がいわば白紙委任で参戦する法案なのであります。

 こうした法律を、対米関係でまったく自主性をもたない日本政府が手にすることの危険性ははかりしれないものがあります。わが党の国会での追及にたいして、首相は、米軍の軍事攻撃の対象が、アフガニスタン以外の国に広がっても、日本が協力する可能性を否定しませんでした。日本政府の無条件追随の姿は、国際的にも異常な突出ぶりをしめしています。

憲法違反の武力行使――現実の戦争への 参戦に直面して詭弁はもはや通用しない

 第二に、政府は、これまで、戦闘活動をおこなっている米軍への輸送、補給、医療など、戦争の不可欠の一部である兵站(へいたん)支援について、「武力行使と一体でない範囲でやるから、憲法違反ではない」という詭弁(きべん)をろうしてきました。しかし、現実の戦争への参加に直面して、この詭弁がいよいよ通用しなくなってきました。自衛隊のおこなう活動が、憲法違反の海外での武力行使であることは、いまや明りょうであります。

 わが党が国会質問で明らかにしたように、NATOが「集団的自衛権の発動」としておこなおうとしている活動内容と、日本が新規立法で可能にしようとしている活動内容は、ほとんど同じものです。日本の国会で、「集団的自衛権ではない」といくら叫んでみても、それは国際基準では通用するものではありません。

 政府は、自衛隊の活動は「戦闘地域ではやらない」と強弁していますが、他国の領土での活動を可能にし、しかも相手がテロ集団のたたかいにおいて、「戦闘地域」と「非戦闘地域」を識別することが、どうやってできるのか。そんなことは、いよいよ不可能です。そのことは、首相自身が、「今回は危険なところにも行ってもらう」「多少の犠牲は覚悟しなければならない」と言明していることからも、明らかであります。

「難民支援」を自衛隊派兵の口実にする ことの矛盾と偽善

 第三に、政府は、法案の危険性をごまかそうと、「難民支援」を前面におしだしています。しかし、アフガニスタンの難民問題をいっそう深刻にさせているのは、米軍の軍事力行使にほかなりません。一方で米軍への軍事支援をおこないながら、他方で「難民支援」を口実に、自衛隊の海外派兵をおこなうほど、はなはだしい矛盾と偽善はないではありませんか。

 じっさいには難民救援は、国連の諸機関やNGOなど中立の立場の諸組織によってとりくまれています。難民支援というならば、これらの諸組織の努力にたいする真剣な支援こそ強めなければなりません。

 難民への支援は、もともと軍隊の仕事ではないうえに、米軍の側にたって参戦している日本がこの活動をおこなうことは、相手側の攻撃対象とされ、逆に難民を危険にさらすだけです。政府の一連の対応は、難民の救援に真剣に心をくだくというものではなく、「まず自衛隊派兵先にありき」という立場で、難民問題を利用するものといわなければなりません。

反戦平和をつらぬいてきた日本共産党の 真価が問われている

 国会審議の全体をつうじて、憲法にたいする小泉首相のぞんざいで、無責任な姿勢がきわだっています。

 首相は、「憲法前文でいう国際協調と憲法九条との間にはすき間がある。このすき間を考えて法案をつくった」とのべました。しかし、憲法前文でのべている国際協調とは、恒久平和主義にたった国際社会の協調であって、戦争のための「協調」ではありません。前文と第九条の両者は、一体のものとして、もっとも徹底した恒久平和主義の立場を宣言しているのであります。この両者を対立させて、「国際協調」の名で戦争参加をはかることは、憲法を冒とくする、許しがたい議論といわなければなりません。「すき間」というなら、憲法と自民党政治の間にこそ、巨大な「すき間」があるのではないでしょうか。

 国際平和が危機にさらされ、憲法の平和原則がずたずたに破りすてられようとしているいま、立党いらい七十九年、反戦平和をつらぬいてきた日本共産党の真価が問われています。

 わが党は、米軍などによる報復戦争の中止をもとめるとともに、憲法違反の参戦法案の強行とその実施に反対して、広範な国民のたたかいとの共同をひろげ、全力をあげて奮闘するものです。

 また、日本政府にたいして、憲法九条をもつ国として、国連中心の法と理性にもとづく解決の道へのきりかえを、国際社会に働きかけることを、強くもとめるものです。

 同志のみなさん。このたたかいを、党機関と党支部が先頭にたって、地域、職場、学園――全国の草の根から、おおいにすすめようではありませんか。

(4)米国ブッシュ政権の世界戦略をどうみるか

 今回のテロ事件への対応にしめされた、米国ブッシュ政権の行動をどうみるか。

 わが党は、この政権の発足のさいに、新政権の対外政策にたいする二つの視点を提起しました。一つは、米国の「国益」のためならば一方的な軍事力行使をためらわないという世界戦略にたいする懸念であり、いま一つは、新政権の中枢に就任した人々が日本に「集団的自衛権」の採用をせまっているという問題でした。この二つの懸念は、テロ事件への対応をめぐっても、現実のものとなっています。

 ブッシュ政権のテロ事件への対応について、事件前に顕著だった「単独行動主義」とよばれた国際ルールを無視した身勝手な外交姿勢――地球温暖化防止の京都議定書への支持撤回、包括的核実験禁止条約(CTBT)の批准の一方的撤回などにみられた外交姿勢が、事件を契機に本質的に変化し、米国が「国際協調主義」に転じたとの見方がありますが、ことはそう単純ではありません。

 ブッシュ政権は、今回のテロ事件にたいして、国連にたいしても、米国にとって利用できる範囲では使うが、米軍の武力攻撃の手足がしばられるようなら、新しい安保理決議は、必要ないという立場で対応してきました。すなわち、米国は、国連には一定の非軍事的な措置はもとめるが、軍事的行動は自国と一部の同盟国の判断でおこなうという立場で行動してきました。

 ここに米国の「単独行動主義」の今日的なあらわれがあることを、直視する必要があります。

(5)テロ根絶のためにも、パレスチナ問題の公正な解決を

 国際テロ根絶のための国際的団結という見地からも、パレスチナ問題の公正な解決のために、国際社会が真剣にとりくむことが、強くもとめられています。

 米国でのテロ事件の後に開催された国連総会で、テロ根絶の決議採択のための合意が達成できないという結果となりました。その最大の問題は、パレスチナ人の民族自決権実現をめざす闘争の手段をめぐって、テロの定義という基本問題で、意見の対立が解消されなかったことにありました。アフガニスタンへの軍事攻撃開始後に開催されたイスラム諸国会議機構の緊急外相会議が、「テロと不正義のない世界で安全と平和を確立するために、パレスチナ人民にとっての平和と正義」を達成しなければならないとのべたことは、この事情を反映しています。

 パレスチナ問題の公正な解決は、従来から、中東のみならず世界の平和にとって解決がせまられてきた重大問題でした。この点で、アメリカが、国連諸決議にもとづく公正な問題解決に背をむけてきた事実を見落とすことはできません。ビンラディンなどテロ集団は、パレスチナ問題を、自分たちの犯罪行為を正当化するために利用するという、許しがたい態度をとっています。テロ根絶のための国際的団結をつくるという見地からも、パレスチナ問題の公正な解決は、いっそう重要かつ緊急の課題となっています。

 パレスチナ問題をめぐっては、一九九三年に、イスラエルとパレスチナ解放機構(PLO)との相互承認と、パレスチナの暫定自治原則宣言からなるオスロ合意が成立し、九六年にはパレスチナ自治政府が発足しました。その後、パレスチナの最終的地位の確定をめざす自治政府とイスラエルの交渉が予定されましたが、ほとんど実質的な交渉もおこなわれないまま、オスロ合意が期限とした二〇〇〇年がすぎ、昨年秋いらいパレスチナとイスラエルとの間では激しい衝突が続き、多くの市民が犠牲となってきました。

 パレスチナ問題の公正な解決のためには、わが党が従来から主張してきたように、つぎの諸点にたった国際的努力が不可欠であると考えます。

――パレスチナ人民の独自の国家建設の権利をふくむ民族自決権を実現すること。

――イスラエルが占領地から撤退すること。

――パレスチナとイスラエルの双方が、相手の抹殺論にたたず、相互の生存権を承認し、平和的に共存する条件を確立すること。

 わが党は、当事国と関係諸国、国際社会が、パレスチナ問題の公正な解決のために、国際的道理にたった平和解決のための努力をはかることを、強くもとめるものです。また、日本政府にたいして、ここでも米国追従ではなく、憲法九条をもつ国としての、道理ある外交的イニシアチブをはかることを、要求するものであります。

二、国民生活をまもる諸闘争について

(1)いま“たたかいの組織者”としての役割がもとめられている

 つぎに、国民生活をまもる諸闘争について、報告します。

 小泉内閣が発足して半年がたちましたが、この間にも、日本の経済・景気の悪化が急速にすすみました。個人消費、設備投資、失業率、中小企業の倒産、経済成長率――どれをとっても、マイナス、史上最悪という深刻な数字がならんでいます。日本経済が坂道を転げ落ちるように、悪化していることは、どの分野をみても明りょうです。

 この経済の悪化は、小泉内閣の「構造改革」路線――(1)中小企業の倒産と失業を激増させる「不良債権の早期最終処理」、(2)大企業のリストラ応援などの「競争的な経済システム」づくり、(3)社会保障改悪など国民負担増をおしつける「財政構造改革」が、国民の所得と消費、内需を冷え込ませてきた結果です。

 米国での同時多発テロ事件と報復戦争が、日本経済にも悪影響をあたえつつあることは否定できませんが、日本経済はテロ事件以前から深刻な状況におちいっていました。「日本経済の落ち込みはやむをえない」などといった責任のがれや、「だからこそ『痛み』にたえて『構造改革』をすすめることが必要だ」などという便乗論は許されません。

 かねてからの日本経済の危機にくわえ、米国でのテロ事件によって、世界経済が悪化し、日本経済の危機がいっそう深刻になりつつあるときだからこそ、これまでの大企業中心の政策をあらため、国民生活を最優先させる政策への転換によって、日本経済の民主的再建をはかることがもとめられているのであります。

 国民がみぞうの暮らしの危機にさらされているもとで、この危機にたいして、国民的たたかいをもってこたえることが必要であります。

 雇用と労働の擁護、社会保障の充実、中小企業への支援、消費税減税・廃止、教育の民主的改革、日本農業の再建、公的住宅・奨学金の拡充など、あらゆる分野で、国民的なたたかいをもってこたえようではないか、ということを、訴えたいのであります。狂牛病問題での、安全対策と被害補償をもとめる運動も緊急課題であります。

 わが党が、平和の分野とともに、国民生活のあらゆる分野で、国民の利益をまもる“たたかいの組織者”としての役割を発揮することが、いまほどもとめられているときはありません。

 わが党は、「日本改革」の提案――「国民が主人公」の日本をめざす政策提言の発展を、あらゆる分野ではかるために努力をはかります。そのさいにも、わが党の政策活動を、国民のたたかいの大義を明らかにし、たたかいが正確な展望をもって発展することに貢献する――たたかいを激励するという観点から発展させることを重視するものです。

(2)リストラに反対し、雇用をまもる国民的なたたかい

 まず、リストラ反対・雇用をまもる国民的なたたかいについて報告します。

 史上最悪の失業率、そのもとでの大企業による人減らし・リストラ競争という事態のもとで、わが党は九月十日、中央委員会の「よびかけ」を発表し、特別の闘争本部を設置してとりくみをはじめました。

 「よびかけ」は、全国の職場支部、労働者に、歓迎されています。とくにリストラ攻撃に何の道理もないこと、その横暴に反対するたたかいは日本社会と経済のまともな発展のために国民的意義をもつたたかいであること、もともと資源の乏しい日本にとってまじめに働く国民こそが最大の宝だという訴えが、「気持ちにぴったりだ」との強い共鳴をひろげています。

 中央委員会も、「よびかけ」をもっての対話をはじめていますが、都道府県委員会、地区委員会でも、労働組合、経済団体、自治体などへの申し入れと対話が、広くとりくまれつつあります。地区委員会主催で、リストラ問題を考える討論集会をおこなうなどの積極的とりくみもすすめられています。党自身が、広く対話と討論にとりくみ、“たたかいの組織者”としての役割を発揮することが重要であります。

リストラの不当性を暴き、たたかいの大 義を明らかにしていく

 たたかいを発展させるうえで、リストラの不当性を暴き、たたかいの大義を明らかにしていくことは、大きな意義をもつものです。

 いま政府のリストラ応援政策のもとで、「人減らしにとりくむ企業が優良企業」という悪(あ)しき風潮が、大企業の経営者にまん延しています。労働者のなかでも、「リストラやむなし」という気分が広がっています。これを正面から打破・克服するために力をつくしたいと思います。

 たとえば、「ITバブル」にのって巨額の利益をためこんできた電機・通信大企業が、「IT不況」を理由に、大規模な人減らしをおこなう身勝手さ。主要国のなかでもとりわけ劣悪な労働条件を、長時間労働でも、低賃金でもおしつけながら、「国際競争力強化のため」という身勝手さ。これらの一つひとつを、労働者の気分や感情にそうやり方で、事実にもとづいて、打ち破ることが重要であります。

 日本経済で大きな役割をはたしている大企業の社会的責任は重いものがあります。欧州諸国では、国民と労働者のたたかいのなかで、「企業は、株主だけでなく、労働者をはじめ、さまざまな利害関係者に責任をおっている」とする考えが定着し、解雇規制法をはじめ、大企業に社会的責任をはたさせる、さまざまなルールがつくられています。このこともひろく国民の中に明らかにしていくことが大切であります。

「職場にルールを」を合言葉に、職場支 部のたたかいの発展を

 職場支部が、このたたかいで大きな役割を発揮することがもとめられています。

 この間、大規模なリストラ攻撃に直面している民間職場支部の責任者の会議をもって、たたかいの経験を聞く機会がありましたが、「職場にルールを」を合言葉にして、職場から無法をなくすたたかいを広げながら、それとむすびつけて、政府にたいして「雇用をまもるルールをつくれ」と要求する運動を広げていることが、教訓的でした。

 大企業の多くの職場では、「サービス残業」や年休をとらせないことを前提にした人減らしの推進、転籍の強要、定年制を無視した首きりなど、現行法や労使協約を無視した無法が横行しています。職場支部が、この無法な実態を、職場でも社会的にも告発し、労働組合のなかでも、また裁判所、労働委員会、労働基準監督署なども活用して、粘りづよくたたかうなかで、成果や前進をかちとっていることは重要です。

 この間、労働者のたたかいによって、白木屋の未払い残業代の支払い、京浜製鉄の本人同意なしの転籍の中止、マクドナルドでの有給休暇の取得、セガの隔離部屋の撤廃がかちとられました。スズキ自動車では、企業側が、有給休暇取得制限を前提にした生産計画をたてていることを、職場支部が告発するなかで、労働組合も「有給休暇の取得拡大」を要求にかかげ、運動を強めています。これらは、勇気をもって声をあげれば、困難ななかでも展望が開かれることをしめしています。職場支部は、労働者にとって頼もしい、たたかいのよりどころとして、大きな役割を発揮しようではありませんか。

 連合のリストラ規制についての要求は、基本的に支持できるものとなっています。連合系労組のなかには、リストラに全面協力する流れとともに、大枠ではリストラを受け入れながら職場労働者の要求を一定反映して条件闘争をすすめる流れが生まれています。先日、私は「連合サマー・トップセミナー」に招かれ、講演する機会がありましたが、政府に「雇用をまもるルール」を要求するという点では、一致点もみられました。連合の側から、全労連にたいして共同闘争にむけた踏み込んだ発言がおこなわれたことも注目されます。労働組合のナショナルセンターの違いをこえて、一致する要求で、共同を広げるという立場で、私たちはのぞむものであります。

国民諸階層との連帯と共同を広く発展させて

 リストラ反対の国民諸階層の連帯と共同を広く発展させることも重要です。各職場のたたかいとともに、リストラとたたかう労働者に、全国からの連帯と支援をよびかけるものであります。

 リストラの被害をうけるのは、労働者だけではなく、その家族、地域、業者など、社会の広い層におよびます。すべての民主団体が、みずからの問題として共同してとりくむことをよびかけるものであります。

 とくに自治体、中小企業、地元商店街との共同を強め、地域経済をまもるための地域ぐるみのたたかいをつくるために力をつくしたいと思います。

 全国的なたたかいの前進にとって、国会でのたたかいとの結合は重要です。国会論戦でかちとった政府答弁、通達などを、国民的なたたかいの発展のために、縦横に生かしていくことも重要であります。

(3)医療大改悪に反対し、社会保障充実をもとめるたたかい

 つぎに、医療大改悪に反対し、社会保障充実をもとめるたたかいについて報告します。

 小泉内閣がすすめる医療大改悪――健保自己負担の二割から三割へのひきあげ、老人保健制度の適用年齢の七十五歳への段階的なひきあげなどは、戦後の医療改悪のなかでも、最悪の犠牲を国民にしいるものとなろうとしています。

 何よりも深刻なのは、負担増による受診抑制から、国民的な規模での健康悪化がすすむことです。受診抑制と健康悪化という事態は、すでに一九九七年の健保負担増、今年の老人医療費負担増で、顕著にあらわれています。これ以上の負担増が、どのような深刻な事態をまねくかは、火をみるより明らかです。憲法二五条に明記された国民の生存権を否定し、国民の命綱を乱暴にたちきる暴挙を許していいのか。このことがいま、問われているのであります。

 ここでもたたかいを発展させるうえで、医療負担増政策にいかに道理がないか、どうやって安心できる医療制度をつくるかを明らかにしていくことが重要です。政府は日本の医療費が異常に肥大化しているかのように描き、国民負担増によって医療費抑制をはかることを当然としていますが、主要国の比較でも、経済力に比べて日本の医療費はけっして多いとはいえません。医療保険の赤字をいうなら、その最大の根源は、医療保険制度への国費支出割合を削減してきたことにあります。この国の責任放棄の政策をあらため、国費支出割合を元にもどすことが解決の道であります。その財源についていえば、異常に膨張した公共事業の浪費を思い切って削ること、いまなお世界一高い薬価に抜本的なメスを入れることなどによって、まかなうべきであります。

 民主団体とも協力しながら、党がみずから対話と討論、たたかいをおこしていくことが重要です。党支部や党機関が主体となって、アンケートなどもつかった対話活動、シンポジウム、対話演説会などに積極的にとりくもうではありませんか。

 高齢者団体、労働組合、商工会議所など中小企業団体、医師会や病院団体、自治体など、被害が直撃する団体・個人に働きかけ、一致点での協力と共同を発展させるためにも、力をつくします。

 地方自治体との協力、地方議会でのたたかいは、とくに重要です。多くの自治体ですでに国保制度が破たんの危機に直面し、大規模な滞納者の続出、保険証のとりあげなどの矛盾が深刻化しています。このうえ、老人保健制度の適用年齢を段階的にひきあげ、多くの高齢者が国保制度にくみいれられることは、出口のない矛盾を自治体と高齢者におしつけることになります。介護保険料の倍加は、矛盾においうちをかけています。

 自治体独自でも、住民の暮らしをまもる手だてをとることをもとめつつ、国にたいして医療制度改悪撤回をもとめていくように、自治体当局との対話と討論、議会での論戦など、さまざまな働きかけを強めていきたいと思います。

(4)「構造改革」論の打破―― 「ルールある経済社会」という展望を大きく対置して

 小泉政治の「構造改革」をささえている経済論を打ち破る政治論戦は、国民のたたかいの発展にとっても重要な課題です。

 この経済論の基本にあるのは、「効率至上主義」――個々の大企業の利潤追求を「至上」のものとして、その障害になるすべてを切り捨てるという思想です。政策的には「むきだしの市場主義」「規制緩和万能論」が理想とされます。この思想の源流はアメリカであり、それを日本におしつけているのもアメリカです。「不良債権の早期最終処理」もアメリカの強い圧力によってはじまったものでした。こうした社会的公正や人間の尊厳を一切無視した経済論では、社会の荒廃をまねき、経済のまともな発展をも破壊する。そのことは、「小泉改革」の現状にしめされています。

 わが党が、この悪しき流れに大きく対置しているのは、「民主的なルールのある経済社会」という展望です。第二十二回党大会決定でも解明したように、二十世紀は、十九世紀型の「むきだしの市場経済」が通用しなくなり、諸国民の運動によって独占資本の横暴をおさえるルールがつくられていった時代でした。わが党の方針こそ、世界史の流れにかない、その裏付けのあるものであります。

 「構造改革」の経済論は、新しい装いをこらしているが、十九世紀――二世紀前の経済論への時代逆行の産物にすぎません。

 この潮流の台頭は、現代の世界資本主義の矛盾とともに、自民党政治による経済政策が、深刻なゆきづまりに直面していることを、反映しています。国民生活にまったく目をむけず、ひたすら大企業の目先の利潤追求に奉仕する経済論に、けっして未来はありません。

三、選挙闘争――総括と方針について

(1)参議院選挙からくみとるべき教訓 ――大会決定の三つの角度にてらして

 つぎに選挙闘争の総括と方針について報告します。

 こんどの参議院選挙は、「小泉旋風」という困難な条件のもとでの選挙となりました。この「旋風」は、自民党政治の深刻なゆきづまり、とくに長く出口の見えない経済と暮らしの危機、腐敗と利権政治などの横行のもとで、現状打開を切に願う国民の気持ちを逆手にとって、いつわりの「改革」の幻想をつくりだす、大がかりな自民党政治の延命作戦によって、つくられたものでした。

 わが党は、この「旋風」に正面からたちむかって奮闘しましたが、残念ながら、改選八議席を五議席に後退させ、比例代表での得票も四百三十三万票に減らす結果となりました。

 私は、困難な条件のもとで、勇気をもって大奮闘してくださった党員、読者、支持者のみなさん、支持をいただいた有権者のみなさんに、あらためて心からのお礼をもうしあげるものです。

 わが党は、この選挙の教訓について、八月十日の党創立七十九周年記念講演会で、中間的な総括を明らかにしてきました。その後も、党内外から、さまざまな意見をいただきました。多くの激励の声もよせられました。同時に、手厳しい批判の声や、改善への真剣な提案もありました。その全体にたいして感謝をもうしあげたいと思います。

 中央委員会は、党内外の声をふまえて、党の新たな前進のための検討をつづけてきました。

 選挙戦の総括と教訓の基準になるのは、全党の英知を結集してつくられた大会決定であります。この報告では、あらためて第二十二回党大会決議の第五項「民主連合政府にむけて――党の新たな前進のために何が必要か」にたちかえって、三つの角度から選挙戦から何をくみとるかについて明らかにしたいと思います。

小泉政治に正面から対決した政治論戦に確信をもって

 「第一に、政策的な対決をつうじて、革新・民主の路線を国民のものにする」ということについてであります。

 今回の選挙戦のように、客観的に困難な条件のもとでのたたかいでは、わが党のたたかいを総括する基本として、歴史の検証にたえ、今後の政治の展開に生きる奮闘をしたかどうかが何より重要であります。それは一九九三年に「非自民」旋風がつくられたさいに、これに正面からたちむかったわが党の奮闘が、やがて党の躍進の流れにつながったたたかいでも、全党が経験していることです。

 この基本点で、わが党のたたかいは、全体として、不屈で先駆的なものでした。選挙直後の常任幹部会の声明は、わが党が、小泉政治に正面から対決して、あらゆる分野で「日本改革」の提案を訴えたことは、「こんごに生きる大きな値打ちをもつ」とのべましたが、そのことは、その後の情勢の展開でも、証明されつつあります。

 たとえば、わが党がおこなった対米追従外交からの脱却という訴えは、テロ事件と報復戦争という国際危機にたいして、日本がどう対応するかが問われているいま、痛切な意義をもつものとなっています。またわが党は、経済政策の民主的転換として、「ルールなき資本主義」、「逆立ち財政」をただす改革を訴えましたが、これらは雇用をめぐるたたかい、社会保障をめぐるたたかいでも、国民的解決の大きな展望をしめすものとなっています。選挙戦の論戦をふりかえって、この大局的な確信を、全党のものにすることが、まず重要であると考えます。

新たな反共攻撃とのたたかいについて

 「第二に、新たな反共攻撃の強まりとたたかい、これを打ち破る」ことについてであります。

 この選挙でも、各地で反共攻撃は、激しくおこなわれました。その先兵になったのは、公明党・創価学会でしたが、今回ほど創価学会が前面にたって、異常な「政教一体」体制を復活させ、社会的道義をなげすてた反共攻撃をむきだしにした選挙はありませんでした。これは、公明党が政権入りするもとで、学会員の「信心」と「反共」のみが行動のテコとなり、彼らがどんな無法な手段も選ばないという政治的・社会的退廃におちいっていることをしめすものであります。

 これにたいして、わが党は、全体として果敢にたたかいました。四月の都道府県委員長会議では、反共攻撃を攻勢的に打破し、正確な野党批判をおこなうことが、情勢を前向きに打開する鍵(かぎ)だという提起をおこないましたが、これは全党に歓迎され、積極的な活力をよびおこしました。今回も、反共勢力は、反共謀略ビラの全国規模での配布を計画しましたが、これを許しませんでした。これは、反共謀略宣伝は許さないという全党の固い決意と奮闘による一つの成果であります。

 不破議長の論文「創価学会・池田大作氏に問う――31年前の『猛省』は世をあざむく虚言だったのか」は、公明党・創価学会が、いまなぜ異常な反共主義と、反社会的体質をむきだしにしているのか、その根底にある問題点をえぐったものでした。この論文にたいして、創価学会・池田氏の側は回答不能におちいり、居直りの姿勢をあらわにしています。この問題提起は、選挙戦にとどまらず、この特異な集団の政権参加の是非、日本の民主主義のあり方の根本にかかわる重要な意義をもつものです。

 わが党は、反共逆流とのたたかいで鍛えられつつありますが、昨年来、一段と激烈なものとなった反共勢力によるわが党おさえこみの攻撃を、全体として打ち破り、突破するにはいたっていません。

 とくに、反共攻撃とのたたかいを総括する重要な視点として、大会決定でも確認した「日常不断に党の綱領路線と歴史を広く国民に語るとりくみ」、「反共土壌を国民的規模で克服していくとりくみ」がどうであったのかが問われます。この点では、党の路線と歴史を明らかにした宣伝物の発行が遅れるなど、党中央にも弱点がありました。日常的、系統的に、党の全体像を広く国民に伝えていく仕事を、抜本的に強化することを、重要な教訓としたいと思います。

質量ともに強大な党建設の立ち遅れ―― 選挙戦から学ぶべき最大の教訓

 「第三に、質量ともに強大な日本共産党の建設」についてです。

 この中央委員会総会を準備する過程で、全国の地区委員長のみなさんに、党建設について考えていること、悩んでいることについてのアンケートをお願いしましたが、ほとんどすべての回答で、選挙戦をつうじて、どんな「突風」がふいても、それにたちむかって前進できる質量ともに強大な党をつくる重要性を痛感したということ、そしてどうしてもこの分野で打開をかちとりたいという、真剣で熱い思いが語られていました。

 「質」という点では、国民の気持ちにかみあって党を語る力を、全党が身につけたいという思いが報告されています。

 選挙戦をつうじて、「対話になるが、思うように支持が広がらない」という声が少なからずありました。これは今回の選挙戦の客観的困難を反映したものでした。「小泉旋風」のもとで、いつわりの「改革」が連呼され、「痛みにたえて」の大合唱がおこなわれるもとで、「痛み」にたいして「異議あり」という声をおさえこむ雰囲気づくりがおこなわれました。

 そういうなかで、国民の気持ちにかみあって働きかけ、支持を広げる力量が、中央もふくめ全党に問われました。この点で、自分の言葉で個性豊かに党を語ることの重要性、学習を抜本的に強める重要性が、多くの地区委員長から指摘されていることを、重視してうけとめたいと思います。

 「量」という点では、党が日常的に何らかの組織的結びつきをもっている人々の支持については、全党の大奮闘によって、難しい情勢のもとでも、ほぼ確保することができました。しかし、日常的に結びつきのない人々の支持は、「旋風」が吹き荒れるなかで十分に得られたとはいえません。

 とくに「しんぶん赤旗」の読者を、九八年参院選にくらべて三十三万の後退、二〇〇〇年総選挙にくらべても十三万の後退と、大きく後退させるなかでの選挙だったことは、痛恨の思いであります。

 今回の選挙でも、国民とむすびついた強力な党を建設している党組織では、相当程度ふみとどまる成果をあげています。大阪・西淀川此花地区では、地区全体の得票率で、選挙区25・3%、比例区20・3%を獲得し、公明党にわずかの差でつづく二位となり、自民党を上回っています。この地区では、約二年間で、党員数を約一・四倍に増やして選挙をたたかっています。

 日常的に人間と人間との心の通う結びつきをどう広げ、どんな「突風」がふいても、党をしっかり支持してくださる固い支持層をどうふやすか――ここに今回の選挙戦から全党がくみとるべき最大の教訓があります。

(2)選挙活動そのものについての、いくつかの総括と教訓について

 そのうえで、選挙活動そのものにかかわっての、いくつかの総括と教訓について報告します。

改悪された非拘束名簿式のもとでのたたかいについて

 まず、改悪された比例代表非拘束名簿式という制度のもとでのたたかいについてです。わが党は、この制度のもとで、「比例選挙は、政党そのものを選択する選挙です。日本共産党と書いて投票してください」という訴えを基本とし、候補者名での投票を望む人も歓迎するという方針でたたかいました。

 この方針は、今回の選挙の条件――制度改悪後からわずかの期間に選挙がおこなわれ、第一次発表候補者九名のうち現職が三名、新人六名という条件のもとでは、もっとも合理的な方針であり、政党選択を土台に日本共産党そのものをおしだすうえで、効果を発揮したと考えます。この方針のもとでは、党内の順位をどうするかについて、あれこれの手だてをとることができませんが、比例票をのばすためのもっとも効果的方針としてわりきってとりくみました。

 つぎの参議院選挙は条件が異なってきます。改選となる比例代表の現職が八名であり、選挙までの一定程度の期間もあります。政党選択を土台にという基本方針をつらぬきつつ、国会活動にとって欠かせない重要な候補者の再選を保障するという見地にたって、方針の見直しと発展を検討するようにしたいと思います。

宣伝活動――演説、宣伝物、CMなどについて

 つぎに、宣伝活動についての教訓です。

 中央弁士を先頭にして、演説の改善の努力をおこないたいと思います。弁士や候補者は、それぞれ演説に苦労をしてとりくんでいると思います。しかし、党内外から、「日本共産党の弁士は、みんな同じことをいっている」、「いうことがいつも決まっている」という批判があります。これは真剣にうけとめる必要があります。紋切り型、同じ言葉では人の心をうちません。党の政策・方針にしっかりたちながら、一人ひとりの演説は、個性を生かし、実感と体験を重視し、演説の素材や切り口も“その人ならでは”のものをもち、大胆に自由闊達(かったつ)に語ってこそ、聴衆をひきつける魅力をもった演説になります。そのための不断の学習と努力に、意欲的にとりくみたいと思います。

 全戸配布の宣伝物は、全体として積極的な役割を発揮しましたが、内容の面でも、読みやすさという面でも、改善をもとめる声がよせられました。適切な時期に必要な宣伝物を発行するうえで、小泉政権発足という新たな事態のもとで、宣伝物発行に空白期間が生じるなど問題点もありました。中央として、今後の教訓に生かしたいと思います。

 演説会は、全体として大きな力となりました。大規模な演説会だけでなく、都心部の人の集まる場所に出かけていっての演説会、小さな地方都市での演説会など、組織の実態にそくしたとりくみもおこなわれましたが、こうした努力方向は重要です。しかし、支部主催の演説会への援助が弱く、十分ではありませんでした。また、党の主張をじっくり理解していただくうえで、屋内演説会の位置づけも、運動の実情にそくして、もっと重視する必要があります。

 テレビのCMは、成功しませんでした。党内外からの批判の声は、率直にうけとめたいと思います。新しい試みへの挑戦だけに、どんな政治的メッセージを発信し、どういうイメージをアピールするかなどもふくめて、あらゆる角度からの十分な検討と議論が必要であったにもかかわらず、この点での党としてのとりくみに安易さがありました。とりくみを反省し、研究・検討をはかりたいと思います。

対話・支持拡大―― 結びつきを生かした対話を強めることが重要

 つぎに、対話・支持拡大についてのべます。大会決定では、得票目標について「その選挙で必ず責任をもって達成すべき目標」を決定してとりくむという方針を決めましたが、この方針をふまえつつ、対話・支持拡大については、「すべての党組織、支部が、これまでの選挙をとおして到達した最高の支持拡大数を大きくこえる支持拡大の目標を目安として明確にし、都議選の告示日、参院選の公示日までにそれをやりとげ、告示日、公示日以後にさらに広げる」という新しい方針のもとにとりくみました。この方針は、わかりやすく、実際の運動にもかみあって力を発揮しました。今後のとりくみにも、この方針を生かす必要があります。

 全党は、おおいに奮闘しましたが、少なくない地区委員長から、「一人ひとりの党員が、その結びつきを生かして、知りあいに働きかけることが、弱まっている」という報告がよせられていることを、重視する必要があります。

 かつては、対話・支持拡大では、結びつきを生かしたものが中心で、それを意識化、日常化するために、「支持者台帳」の整備や「結びつきカード」の活用をはかるなど、さまざまな努力もすすめられてきました。ところが現在のとりくみをみると、電話帳など各種名簿にもとづく電話を中心とする対話・支持拡大のとりくみが中心というところがほとんどで、一人ひとりの結びつきを生かしたとりくみが弱まっているという問題があります。

 人と人との結びつきを生かした対話は、対話活動全体の“骨組み”になる重要性をもつものです。電話などをつかった大規模なとりくみはもちろん重要です。しかし、それが活動の中心になってしまい、対話の“骨組み”になる結びつきを生かしたとりくみが弱まるという傾向が生まれていることは重大です。これは、一人ひとりの同志が、党の路線と方針に誇りをもって語るうえでの学習の援助の弱まりともむすびついたものだと思います。この弱点を直視し、大胆に改善していきたいと思います。

選挙区選出議員の再選絶対確保のとりくみについて

 つぎに、選挙区選出議員の再選絶対確保のとりくみについてのべます。激戦をかちぬくためには、早くから、候補者を中心として、機関と一体となった系統的な活動がもとめられました。六年間の現職議員の実績を党内外に広く知らせる活動ももっと必要でした。この点で、中央もふくめて再選をめざす活動の保障、とりくみが十分だったとはいえません。

 つぎの参議院選挙では、選挙区選出の七人の現職議員が改選となります。今回の選挙の教訓をふまえ、ただちにつぎの選挙での再選計画をもち、意欲的、系統的に活動し、さまざまな実績を有権者に不断に報告する。そのための必要な体制もつくりたいと考えています。

(3)総選挙と地方選挙での新たな前進にむけて

 つぎに総選挙と地方選挙での新たな前進にむけた方針について、報告します。

 党大会決定の方針、参議院選挙の教訓をふまえ、つぎの総選挙と地方選挙で新たな前進に転じるために、全力をあげて奮闘します。

総選挙での前進をめざして――議員・候 補者と有権者の草の根での結びつきの抜本的強化を

 つぎの総選挙で党の前進をかちとることは、当面する全党の中心課題です。この選挙にのぞむ党の基本姿勢として強調したいことは、議員、候補者を先頭に、住民との日常的結びつきを抜本的に強化することの重要性です。

 かつての中選挙区制度と比較しても、いまの小選挙区比例代表・並立制という選挙制度で危険なのは、選挙を経るごとに、有権者と議員・候補者の生きた結びつき――草の根の足場が弱まることにあります。党中央と支部や有権者との学びあいも弱まる。中央の活動、議員の活動もひ弱なものになる。そういう危険があります。小選挙区で議席を持っている他党と比べても、わが党の議員と有権者との結びつきが弱いことを直視しなければなりません。よほど意識的に、結びつきを強める努力が必要となっています。そういう見地で、比例候補者、小選挙区候補者の活動を位置づけ、抜本的な強化をはかりたいと思います。

 総選挙の目標は、「現有議席を確実に確保し、比例選挙での大幅な上積みをめざすとともに、小選挙区制でも議席の獲得に挑戦する」という大会決定を堅持して、意欲的なとりくみをおこないます。

 比例代表選挙を、選挙戦の中心にすえてたたかいます。全国すべての都道府県、地区委員会、支部が、得票目標の実現をめざし、比例代表選挙での前進に責任をもってとりくむようにしたいと思います。比例ブロックごとに、議員・候補者が、国民の要求をとりあげ、住民とむすびつく日常不断の活動を、抜本的に強化します。

 小選挙区について、系統的な努力によって、議席がえられる党に成長する必要があります。小選挙区は、有権者の前で国政を争う重要な基本単位であり、日本共産党は、議席の有無にかかわらず、国政で責任をはたす党として、この基本単位で日常不断に有権者とむすびつき、要求にこたえる活動に、積極的にとりくまなければなりません。

 小選挙区に力のある候補者を擁立し、日常的に党の代表として有権者とむすびつき、議席への道を切り開く意欲的なとりくみを、開拓者精神をもっておこないたい。かりに一回の選挙では議席がえられなくても、継続的に候補者として活動し、議席をめざすとりくみをおこないたいと思います。

 そういう見地で、きたるべき総選挙での新しい前進をつくりだす決意を固めあおうではありませんか。

一つひとつの地方選挙で確実に勝利・前 進するとりくみの重要性

 わが党が新たな前進に転じるうえで、一つひとつの中間地方選挙で確実に勝利・前進することは、きわめて大きな意義をもちます。

 参院選挙後の中間選挙の結果は、明暗さまざまですが、参院選挙の比例票と比較すると、八割をこえる市町村の選挙では、比例票を上回る結果がでています。一倍半とか二倍になっているところもあります。これは、情勢が流動的であり、奮闘いかんでは前進が可能であることを示しています。

 同時に、いまおこなわれている地方選挙というのは、四年前の大躍進の時期の選挙で得た議席の改選だけに、政党間の力関係の冷静な判断が必要です。政治的力関係の冷静な分析のうえに、攻勢的かつ現実的な政治目標をきめることが必要です。この間、客観的な条件を考慮しない過剰な立候補による失敗もありました。場合によっては、よく状況を分析して、思い切って候補者をしぼる決断と勇気も必要であります。

 最近の地方選挙の特徴として、定数削減とむすびついた反共シフト、反共攻撃の強まりがあることを重視する必要があります。この動きと正面からたたかって、打ち破ること抜きには、勝利はありえないことを銘記してとりくみたいと思います。

 自民党政治の破たんと、住民要求がいよいよ切実になるもとで、有権者は自らの願いをたくせる候補者かどうかを、よりきびしい目でみています。議員団と候補者の実績と役割が、有権者からこれまで以上にきびしく点検されています。このことをお互いによく自覚して、議員・候補者の日常活動の強化、そのための党機関の援助の強化をはかりたいと思います。

 早くから候補者をきめ、早くから準備をすすめることは、決定的に重要です。とくに二〇〇三年のいっせい地方選挙は折り返し点をすぎました。前回の全体として躍進した陣地をまもり、前進させるには、よほどの系統的なとりくみが必要となっています。候補者決定を急ぐことをとくに強調するものです。

首長選挙共闘の――形態の合理的な改善を

 地方自治体の首長選挙について、共闘のあり方の必要な改善がもとめられています。共闘組織に参加する政党、団体、個人が、それぞれの役割を尊重し、それぞれがもてる力を発揮することが大事であります。わが党自身についていえば、選挙戦全体に政党として責任をおい、しかるべき役割をになって奮闘することがもとめられています。

 一部に、「共産党はあまり前にでないでくれ」という傾向がありましたが、そうしたところでは、共闘組織全体の力が発揮できず、成功しませんでした。そういう傾向に流されたところでは、反共攻撃にたいしても、陣営全体が有効にたたかえず、困難をつくりました。

 また一部には、党が参加する共闘組織そのものが、一加盟団体として首長選挙の選挙共闘に参加するという方式がとられ、そのために他の諸団体が選挙共闘での直接の発言権をもっているのに、党が発言権をもたないという不合理も生まれています。

 共闘の形態はさまざまありえますが、大切なことは、わが党が、候補者選考、政策、組織など、選挙戦のすべての面で、政党としての政治的、組織的な責任をはたせるようにすることにあります。この見地から、他の団体ともよく協議して、共闘の形態の合理的な発展をはかるようにしたいと思います。

四、強大な日本共産党建設をめざして ――「党員・読者拡大の大運動」を提案する

(1)いま党建設に思い切って力を入れるべき歴史的時期

 つぎに党建設について報告します。

 質量ともに強く大きな党を建設することは、参議院選挙の最大の教訓でした。新たな反共の逆流を打ち破り、つぎの選挙で前進に転じるうえでも、その最大の力となるのは、党勢拡大の上げ潮をつくることにあります。二十一世紀の早い時期に民主連合政府をめざすという、わが党の歴史的任務にてらしても、そのための国民的多数派をつくるかなめになるのは、強大な日本共産党の建設であります。いま党建設に思い切って力を入れるべき歴史的時期であります。

 党大会決定は、党建設は、ひとり日本共産党にとってのみならず、国民的意義をもった課題だということを強調しました。そのことは今日の情勢のもとでいよいよ重要な意味をもっています。一方で、自民党政治の大規模な崩れとゆきづまりがすすんでいます。「政治を変えてほしい」という国民の熱い思いは、かつてなく強く広いものがあります。民主的改革の客観的条件は熟しています。しかし、他方で、政治を変える主体的条件は、熟しているとはいえない。とくに日本共産党の力量は、質量ともに、情勢がもとめているものに立ち遅れています。その大きなギャップが、「小泉旋風」といわれる現象の根底にあるのではないでしょうか。いま党を大きくすることは、日本社会と日本国民にたいする、私たちの重大な責任であります。

 この会議を準備する過程で、地区委員長のみなさんからのアンケートとともに、すすんだ地区委員会の責任者のみなさんに集まっていただいて、その経験を聞く会をもちました。私たちは、そこから多くの教訓を学ぶとともに、どう前進をはかるかについての模索や悩みも聞き、改善のための提案もうけとりました。

 党建設の前進をはかる羅針盤として、多くの地区委員長のみなさんが、大会決定のなかの党建設の方針をあらためて読み直し、「これ以外に打開の道はない」とのべていることは重要であります。

 大会決定は、党建設の分野でも、党建設の国民的意義、党建設の根幹としての党員拡大、「しんぶん赤旗」中心の党活動、党活動の六つの質的強化など、今後長期にわたって党建設の太い指針となる活動の発展方向をしめしています。

 報告では、この大会決定の方針を前提において、質量ともに強大な党づくりのために、つぎの提案をおこないたいと思います。

(2)「党員・読者拡大の大運動」―― 来年四月末を期限に党勢拡大の大きな前進を

 まず提案したいのは、来年四月末までを期限として、「党員・読者拡大の大運動」にとりくむということであります。この「大運動」では、党員と読者拡大の大きな前進をかちとること、とくに若い世代の中で党勢拡大に党の総力をあげてとりくむことを、その課題としたいと思います。

「党員・読者拡大の大運動」の目標について

 「大運動」の目標は、つぎの総選挙と地方選挙での前進を正面にすえて、つぎの考えにたって決めるようにします。

 党員拡大では、二〇〇五年までに「五十万の党」をつくる「五カ年計画」にみあう都道府県、地区、支部の目標をたてるようにします。それぞれの党組織が、人口比(労働者比、学生比)で、どれだけの党をつくるかの自覚的な目標を決め、その実現をめざすようにします。

 「しんぶん赤旗」の読者拡大については、都道府県、地区、支部は、有権者比、労働者比での到達目標をたて、大会水準の突破や、前回選挙時比の突破など、それぞれの到達点にたって目標を明確にし、毎月着実に前進をかちとっていくようにします。

党建設の根幹――党員拡大をどう前進させるか

 まず党員拡大についてです。党員拡大の現状は、大会後も前進はつづいていますが、わずかな前進にとどまっています。地区委員長のみなさんからのアンケートでも、新入党員をむかえた支部が、新鮮な力をえて、選挙戦でも、党活動の総合的前進でも、素晴らしい力を発揮した経験が、報告されています。これらはまさに党員拡大が、党建設の根幹であることをしめしています。しかし、それはまだごく一部分にとどまっています。「高齢化」「後継者」の悩みと、その打開への思いが、全国から痛切に報告されています。

 党の年齢別構成の現状は、五十代がもっとも多く、ついで六十代、四十代の順です。年配の同志の力と役割は、かけがえのない貴重なものです。しかし、いま次代を担う後継者を、職場支部でも、居住支部でも、党機関でも、党議員団でも、意識的につくる努力をしなければ、わが党は二十一世紀を展望して長期的な任務をはたすことができなくなります。「五十万の党」をつくること、「若い世代のなかでの活動の抜本的強化」をはかることを、何としてもいま、全党の力を集中して、なしとげなければなりません。

 一部に、党員をむかえる運動を、当面の活動の一つの手段としてとらえる狭さがあります。この傾向は克服する必要があります。わが党は、社会進歩を自覚的に追求するすべての人々のよりどころになる組織であり、それぞれが条件や得手を生かして成長していく組織です。まじめに生き、人生を、それぞれの人に可能な方法で社会進歩に役立てようと考えている人は、すべて入党の対象者です。入党を訴えることは、自らの党員としての初心と誇りを語ることであり、だれにでもできる活動であります。そうした広い視野でとりくめば、短期間のうちに飛躍をつくれることは、全国のすすんだとりくみが証明しています。

 「学習と成長、支部活動参加まで援助してこそ党員拡大」を合言葉にして、すべての新入党者が初心を生かして成長できるように、党としての責任をはたすことも、この運動をすすめるうえで、欠かすことのできない重要な見地です。

 各分野の運動団体のなかでの党員拡大を重視したいと思います。わが党と日常的な協力関係にある民主的な運動団体のなかでの党組織の比重が小さくなっているという問題があります。それぞれの団体が、その性格にふさわしく民主的に発展していくうえでも、積極的なとりくみが必要です。党グループが積極的な役割をはたすことをとりわけ期待するものです。

「しんぶん赤旗」の読者拡大、配達・集 金活動の強化について

 つぎに読者拡大についてのべます。「しんぶん赤旗」は、全党の同志のたゆまない努力によってささえられていますが、前進の軌道にのせられておらず、後退傾向を脱していません。読者拡大は、今日の情勢のもとで、二重、三重に、切実な意義をもっています。

 たとえば、今日の選挙戦の様相の変化とのかかわりで考えても、「しんぶん赤旗」の役割は決定的に重要です。参議院選挙で、他党は、政党助成金を元手に、数億から十数億という金を湯水のように使い、商業メディアを活用した宣伝をおこないました。「小泉旋風」をつくるうえでの、テレビのワイドショー番組のはたした役割はきわめて大きいものがありました。こういう商業メディアを使った世論づくりに、どう対抗するか。私たちの最大の回答は、最良の国民的メディアである「しんぶん赤旗」という、わが党のみがもつ財産をいかに育て、発展させていくかにあるのではないでしょうか。

 テロ問題と報復戦争にさいしても、マスコミが、米国の報復戦争を事実上あおるような報道姿勢をとっているもとで、「しんぶん赤旗」は、唯一、冷静で理性的な報道姿勢をつらぬいています。ある著名な識者からは、「日本の新聞やテレビは、小泉内閣の度はずれた対米従属の態度、方針にはまったく無批判の立場をとり、世論操作にあけくれている。報道機関がこういう報道姿勢で足並みをそろえている国は、アメリカは別にして少なくとも先進国では日本だけである。そうしたなかで『赤旗』は、唯一、報道機関としての本道を歩み、冷静な姿勢をとりつづけている新聞である」との評価の声もよせられました。

 読者拡大の基本は、すべての党員が、「しんぶん赤旗」をよく読み、その魅力に“ほれ込み”、それを語っていくところにあります。読者拡大は、相手にとって、「無理なお願い」をする運動ではありません。「しんぶん赤旗」を読むことが、読者にとっても、人生を豊かにし、よりよく生きる糧になることに確信をもち、「一部、二部ならだれにでもできる」という見地で、みんなでこの仕事をになう党に成長したいと思います。そのためにも、「魅力ある紙面づくり」への要望にこたえた努力をはかるものです。

 配達・集金活動を、みんなでになう党への前進にも力をつくしたい。最近、島根県のある女性から、こういう手紙が私たちによせられました。

 「夫は三十年近く『しんぶん赤旗』の早朝配達をしている。三十年前にくらべれば、体もきついはずだ。でも“『しんぶん赤旗』で世の中を変えていく、そのためには『赤旗』をふやし、きちんと配達することが一番だ”と、ずっと配達を続けてきた。最近では不定期ではあるが、息子が『明日は僕がするよ』と言ってくれるようになった。夫は、次に引き継ぐ者ができたことがうれしそうだ」

 こういう、うれしい手紙が、私たちのもとにもたくさんよせられています。配達・集金活動は、毎日、毎週、毎月、そして何十年にもわたって、全国津々浦々での同志たち、協力してくださるみなさんの営々とした粘りづよい努力によってささえられている、わが党ならではの不屈の活動でです。この活動は、革新・民主の世論をささえ、社会変革の事業を根本から準備する、はかりしれない重要な意義をもつ活動です。あらためてこの活動をささえてくださっているみなさんの日ごろの努力と労苦に深い敬意を表するとともに、この活動にさらに多くの同志が参加して、みんなでになう活動に発展させることを、心から訴えるものです。

 支部が、配達・集金活動に責任をもち、責任をおっている職場・地域・学園で、読者の実態を日常的につかみ、読者との人間的な結びつきをつよめることは、支部が、毎月減らさず、自覚的、持続的に読者拡大にとりくむうえでの大前提です。これは、「支部が主役」の活動をつくりあげていく不可欠の土台ともなります。

 とくに、職場支部では、読者がいても、名簿をもっていない支部が多いという実情があります。少なくない職場支部で、機関紙中心の党活動がなくなっているといっても過言でない実態もあります。職場にいる読者の名簿をもち、日常的に結びつき、対話と討論を広げ、読者を増やす活動に、すべての職場支部がとりくむ。そのための読者ニュースの発行もおおいに積極的にとりくむ。職場支部での「しんぶん赤旗」中心の党活動をつくるため、大きな力をそそぎたいと思います。

 党員拡大と機関紙中心の党活動は、一体的・相乗的に前進できるものです。読者への入党の働きかけを通じて、党員もふえ、読者との心が通じた結びつきも深まったという経験は、全国に無数にあります。同時に、党員拡大をすすめれば、自動的に読者も増えることにはなりません。読者拡大には、以上のべたような、独自の努力がどうしても必要になるということを強調したいのであります。

財政の問題も「大運動」のなかで解決する意気ごみで

 財政問題も「大運動」のなかで解決する意気込みでとりくみたいと思います。多くの地区委員長のみなさんのアンケートでは機関財政の困難、そして打開についての悩みが語られました。そこには個々に解決すべき問題もあります。同時に、この根本的解決が、党員と読者をふやし、募金を強めるという基本にしかないことも明らかです。

 機関紙問題を主題とした四月の全国都道府県委員長会議では、党財政と機関紙活動の関連について解明し、安定的な財政活動の前進のためにも、機関紙活動の前進が不可欠であることを明らかにしました。財政問題も、「大運動」のなかで解決する気構えでのぞもうではありませんか。

(3)党の質的強化の課題―― とくに学ぶ気風、「支部が主役」の党活動について

 つぎに党の質的強化の課題について報告します。党の質的強化にとりくむことは、「大運動」の前進にとっても、二十一世紀にわが党が歴史的責務をはたせるように、長期的視点にたった党づくりの前進をはかるためにも、たいへん重要であります。

 どんな突風、逆風がふいても揺るがず、困難にたじろがず、「不屈の先進的な役割」(党規約)を発揮する強じんな党をどうつくるか。よく学び、国民の気持ちにかみあって、それぞれの党員が個性豊かに、柔軟で新鮮に、説得力をもって働きかける党をどうつくるか。すべての党員が、その条件を生かして、党活動に自覚的に参加する党をどうつくるか。それぞれが、新しい探求の課題です。

学ぶ気風を全党に ――大会決定と制度学習について

 ここでまず強調したいのが、学ぶ気風を全党にみなぎらせるということです。すすんでいる支部、地区では、例外なく、学習を党活動の土台にすえています。選挙をたたかった経験からも、学習の重要性を、多くの同志が痛切に語っています。

 この点で党大会決定を読了した同志が35%にとどまっていることは、大きな立ち遅れです。大会決定は、いま読み返しても、新鮮な値打ちにあふれています。二十世紀論、「日本改革」の提案、世界情勢と国際活動、選挙と党建設の方針、社会主義論、党規約改定にしめされた新しい党活動の発展方向など、二十一世紀を展望して党がすすむべき政治的・組織的進路が太くしめされています。その値打ちを語り、みんなのものにする努力をつくしたいと思います。

 党機関や支部が、活動のなかでたえず大会決定にたちかえること、新しい情勢のもとで新しい課題にとりくむにあたってもつねに大会決定を指針にすること、学習と討論も大会決定を中心にすえてすすめること、そういう雰囲気のなかで、未読了の同志の読了も推進することが重要です。

 制度学習の抜本的強化をはかることも大切です。

 ――まず新入党員教育ですが、この教育をうけてもらうことは、新入党者にたいする党の最小限の責任であり、全国的に五千人をこえる未教育者を残していることは、心が痛む事態であります。即刻解決の手だてをうとうではありませんか。

 ――新入党員教育を修了した同志が、党綱領、党規約、科学的社会主義の基本について、党の最新の理論的到達点にたったおおまかな理解を得ることを眼目にしたビデオを作成しています。支部でも、地区党学校でも、おおいに活用していただきたいと思います。

 ――今年はじめの中央党学校を契機に、都道府県でも、地区委員会でも、党学校が多様な形で開催されています。テキストとして、大会決定とともに、不破議長の党綱領と科学的社会主義についての二つの文献などを活用し、地区党学校に積極的にとりくむようにしたいと思います。中央党学校も、ひきつづき系統的に開くつもりであります。

「支部が主役」の活動をどう全党の大勢にしていくか

 いま一つ、「支部が主役」の活動を、全党の大勢にしていくということについてです。大会決定では、そのための党機関の指導改善の五つの努力方向をしめしました。それを前提に、ここでは、とくに四つの問題について強調しておきたいと思います。

 第一は、国民との日常的な対話と討論、要求にもとづく活動の重要性であります。これこそ党活動の原点であり、党の活力の源泉です。

 「支部が主役」の活動を生きいきとすすめている支部に共通する経験は、支部や党員のまわりの人々が関心をもっている身近な話題で対話・討論をおこなっていること、そのなかで出される切実な要求をとりあげ、その解決のための日常的なとりくみをおこない、いっそう広い層との結びつきをつよめていることにあります。こうしたとりくみのなかで、一人ひとりの党員の結びつきに光があてられ、すべての党員が参加する活動への努力がつみかさねられています。

 こういう支部の活動をはげます党機関の活動も重要です。全国各地で、県・地区機関自身が、さまざまな課題での懇談やシンポジウムなどにとりくみ、支部の自覚的な日常活動を激励している積極的な経験が生まれていることは重要です。こういう努力をおおいに広げたいと思います。

 第二に、週一回の支部会議の定例化は、「支部が主役」の活動をつくるうえで、かなめのなかのかなめをなすものです。全党的に定例化が二割程度という現状を、抜本的に打開したい。どんなことがあっても最優先で、いわば頑固に、開く努力をつづけることが重要です。職場支部でも、職場の実態にそくした工夫と知恵をこらし、定例化の努力をはかりたいと思います。

 支部会議の定例化がすすんでいる経験を聞きますと、支部会議の中身を充実したものにする努力がはかられています。すなわち学習によって「知る楽しみ」がえられ、支部や党員のまわりの人々の身近な要求や話題が語られ、なんでもものが言えて、会議が待ち遠しくなるような温かい人間的信頼関係をつくる努力をはらっていることが、共通しています。また自覚的な支部運営の中心になる支部長と副支部長を必ずおき、支部指導部を確立することも、重要な鍵であります。

 第三に、「支部が主役」の活動を大勢にしていくうえで、全党の支部の半数をしめる職場支部の前進は欠かせません。

 職場支部の中心的な活動家が、労組の幹部となって、労働組合運動の階級的・民主的強化の先頭にたっていることは重要な活動ですが、この努力とむすびつけて、職場のなかでの党支部の独自の活動の抜本的な強化をどうはかるかは、探求と改善がもとめられる大きな課題です。

 すすんだ職場支部の経験は、党支部として、所属労組のちがいをこえ、未組織労働者もふくめ、すべての労働者を視野にいれ、労働者の関心にそくした対話と討論、要求の実現をすすめ、人間的信頼関係を強め、「しんぶん赤旗」中心の党活動を確立し、職場新聞を発行するなどの、共通した特徴があります。党支部としての独自の姿の見える活動を積極的におこなっています。

 党機関の指導の重心が、居住支部中心となり、職場支部への指導と援助が手薄になる傾向を、思い切って改善することも重要であります。

 第四に、党機関と支部との関係では、改定された規約の精神を生かした双方向、循環型の活動に、本気でとりくみたいと思います。一方通行型の指導が残されている一方で、「支部が主役」ということから“支部まかせ”におちいる傾向もあります。また、中間選挙や月末対策で、「支部が主役」の活動への援助が中断し、中途半端になることに悩んでいる党機関も少なくありません。当面の課題に力をつくしながら、先々をみこして自覚的に活動する支部をいかに大勢にしていくか――なかなか難しいことですが、この両面を統一して前進させる政治的な指導力量を高めることが、どうしてもいまもとめられています。中央も、地方機関も、互いに探求し、改善していきたいと思います。

(4)若い世代のなかでの活動の抜本的強化について

 つぎに、若い世代のなかでの活動の強化についてのべます。青年の悩みや願いに心をよせた、要求での対話と討論、運動の発展を、民青同盟とも協力しておおいにとりくんでいきたいと思います。

 この間、テロ問題では、「テロも戦争も許さない」という、青年・学生の運動が大きく広がりつつあります。また、党の青年雇用政策を力にした運動、環境、スポーツ、友情と連帯などのとりくみの前進がつくられつつあります。「日本をかえるネット」も前進しています。この流れを励まし、促進していきたい。若者の関心と感覚にあった対話型、双方向型の新鮮なとりくみが重要であります。

 拡大をすすめるうえで、この分野は系統性と継続性がとりわけ重要だということを、とくに自覚してとりくむようにしたいと思います。

 地区委員長のみなさんの悩みには、「独自の体制がつくれない」というものもありますが、前進している地区の経験を聞きますと、機関の長が青年対策の先頭にたち、知恵をあつめ、党が総力をあげてとりくんでいます。青年・学生支部への援助の中心を学習におき、学ぶ楽しみが実感できるようなさまざまな援助がおこなわれています。党をあげてとりくんでいます。

 若い世代のなかでの活動強化にとって、民青同盟の発展と前進は特別に重要です。民青が、学習を強め、青年の要求にこたえ、生きた結びつきをひろげて前進できるよう、親身の援助の強化をはかります。このなかで、民青の地区委員会再建を展望し、その条件をつくりだせるよう、組織的前進を励まし、援助するようにします。青年支部と民青同盟が、それぞれの役割をはたして力をあわせて前進できるようにしていくことも大切であります。

 若い世代から、次代の革命運動の中心をになう気概をもった人々を育てるために、長期・短期のセミナーなど、志ある青年・学生党員に、党中央が各分野で到達している政治的理論的な最前線を学べる場をつくります。いろいろな分野で社会活動に参加しながらも、将来、党の各分野で重要な仕事を担っていく意欲をもった若い世代の成長をたすけるようにしたいと考えています。

(5)「大運動」をどう推進するか―― 総合的活動のなかで思い切った力の集中を

 最後に、「党員・読者拡大の大運動」をどう推進するかについてです。つぎのような点に留意して、必ずこのとりくみを成功させたいと思います。

 ――第一に、党機関はもとより、すべての支部が、大会決定、三中総決定を身につけ、「大運動」にとりくむ切実な意義を自らのものとし、「大運動」の目標を自主的に決定し、自覚的にこの運動にとりくむようにするための政治討議を徹底的に重視するということであります。ここでも「支部が主役」をつらぬくことは基本です。

 ――第二に、テロ問題、リストラ問題、社会保障問題などの、国政の問題とともに、身近な問題にもとりくみ、対話と討論、要求にもとづく多彩な活動とたたかいとむすびつけて、党勢拡大の前進をはかるということであります。

 ――第三に、三中総をうけて開かれる支部総会、地区・都道府県党会議にむけて、大会決定をうけて自ら決定した「政策と計画」「総合計画」の達成をめざすとりくみを、「大運動」成功の第一歩と位置づけて今月から全力をあげるということであります。支部総会、地区・都道府県党会議が計画されていると思いますが、これを「大運動」を前進させる跳躍台とし、来年四月末までの期間のなかで適切な節目標ももうけて、運動の発展をはかりたいと思います。

 ――第四に、総合的な活動のなかで、党員拡大と読者拡大を重点的課題として明りょうに位置づけ、その前進のために必要な力を思い切って集中してこそ「大運動」といえます。一つの大きな国政選挙をたたかうような気概で、このとりくみにのぞもうではありませんか。それにふさわしい推進態勢を、中央としてもとりますが、都道府県、地区、支部でも確立しようではありませんか。

 同志のみなさん。全党の英知を結集し、全党員の力を集めてこの「大運動」を成功させ、どんな政治的激動のなかでも、情勢をきりひらく不抜の力量をもった日本共産党をつくりあげる事業の、新たな画期を開こうではありませんか。

五、党創立八十周年―― 不屈の先進的伝統を発揮すべきとき

 来年は、党創立八十周年の記念すべき年であります。党の歴史には曲折もありますが、戦前のきわめて困難な時代から平和と社会進歩のために献身してきた、わが党の不屈の先進的伝統は誇るべきものであります。

 わが党の歴史的役割は、いま日本国民が平和と暮らしのみぞうの危機に直面しているもとで、ますます重大であると、痛感させられます。

 また今年は、党綱領路線を確定して四十年になります。「日本社会がもとめる新しい政治と、綱領路線が、接近し、合致しつつある」という大会での指摘は、いまの複雑な情勢の展開のなかでも生きいきと証明されています。

 同志のみなさん。党の歴史と路線に確信と誇りをもって、新たな前進のために力をつくそうではありませんか。以上をもって幹部会報告といたします。

 


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著作権:日本共産党中央委員会 



新しい政治をめざして 目次次「開かれた政権こそ」

日米間の新しい友好関係を

      ―― ナショナル・プレスクラブでの演説

  1

 私は社会主義を信条とする者でありますが、私にとって社会主義の窮極の目標は、人間のもつ可能性を最大限に開花させることであります。

 かつてアメリカ独立の先覚者たちは、独立宣言の中で「すべての人間は平等であり、生命、自由、幸福の追求という奪うことのできない権利を与えられている」、「どんな政府でも、この日的を阻むようなことがあれば、国民はこれを倒し、新しい政府を持つ権利を持つ」と格調高い考え方を述べ、これは全世界の自由を愛する人々に、深い衝撃と感動を与えました。また二〇世紀に入ってからもベトナム革命の父、故ホー・チミン大統領は、彼等の革命に与えた独立宣言の影響を強調したことがあります。自由、平等、博愛というフランス革命の精神を、政治的に見事に消化した独立宣言の精神は、同時に人類の英知を結集して未来を築こうという私たち日本社会党の綱領をも貫ぬいています。

 このような立場から今回、日本社会党代表団は、アメリカを訪問いたしましたが、これは、ここにいる河上民雄議員のお父さん故河上丈太郎委員長の訪米以来、一八年ぷりであります。この一八年という歳月は、あまりにも長い、といわざるをえません。まさに日本社会党とアメリカの関係は、ある意味で戦後世界史の不幸な一面を象徴するものともいえるでしょう。私たちはこの期間に、アメリカの民主主義の健全さと弱さとを、ともに身に泌みて味わったのであります。

 河上訪米団が、「政権を握ってから来てほしい」とダレス国務長官から突き放された当時のアメリカは、暗い影に蔽われた時代であったといえます。世界を善と悪、正と不正の二つに割り切って冷戦を進めたアメリカ、日本の対ソ復交を妨げ、中国敵視政策をとりつづけ、日本に再軍備を押しつけようとしたアメリカ、ベトナム、インドシナの民族独立に介入したアメリカ、そのようなアメリカの過ちに私たちは反対し続け、私たちとアメリカとの関係は当然、冷たい状態が続きました。

 しかし、私たちは、アメリカの民主主義の健全さを信じています。ウォーターゲート事件の経過はアメリカでも権力がとことんまで腐敗する可能性を示し、民主主義社会の落ち込みかねない黒い落とし穴を見せましたが、一方で、このような権力の退廃を、マスコミなり、議会なりが全力を挙げて阻止することができるという、アメリカの体制の健全さを証明するものでもありました。大戦後、アメリカが日本の政治、経済、社会に根強く残っていた封建的要素を一掃するため提案した数数の改革は、このようなアメリカの良心の発露であったと私たちは考えています。

 当時、この改革を全面的に歓迎し、実行に協力した政治勢力こそ、私たち日本社会党であり、社会党の主導権の下にあった片山内閣でありました。一方、自由民主党の指導者は、その後、今日にいたるまで、当時のアメリカの助言によって生み国された「日本国憲法」を“おしつけられたもの”という理由づけを行って、旧憲法の方向に、後向きに改定することを主張しつづけています。私たちは、この「主権在民、戦争反対、基本的人権擁護の憲法」を守り抜くために、終始一貫、全力をかたむけてきたことを誇りをもって言明するものであります。

 その後社会党とアメリカの関係が冷却化したのは、アメリカや日本の一部の人々がいうように、社会党が「反米的」になったからではなく、アメリカが、大戦直後の民主的改革に関心を失ない、「反社会党的」になっていたからであると考えます。

 ウォーターゲート事件で見せたアメリカの体制の健全さ、フィードバックの機能を、日米関係というより、アメリカと日本社会党との関係でも見せていただきたいものであります。

 もちろん、私たちのもつ政治的イデオロギーと、現在のアメリカの指導者のもつイデオロギーとは異なっています。また個々の問題についての意見の食い違いも大きいでしょう。しかし、独立宣言の精神をアメリカが忘れない限り、私たちとの共通点はもっと大きいはずであります。

 私たちは、アメリカのいうことならなんでも正しく、それに同調するという無批判のパートナーでもなく、またアメリカにとってのペットでもありません。したがって私たちは、これからもアメリカの過ちに対しては、遠慮なくこれを指摘し、改めるよう要求し続けるでしょう。しかし私たちは、ベンジャミン・フランクリンを生み、ウィルソンを生み、ルーズベルトを生んだアメリカの英知を尊敬いたします。私は、アメリカン・デモクラシーの真骨頂を知り、人類の未来を築くため、手を携えることのできる友でありたいと衷心から希望するものであります。

  2

 私たち日本社会党は、今後の日米関係をきわめて重視するものであります。明るい材料は、ベトナム戦争の終結で日米関係のノドに突きささっていた骨が取れたともいえることでしょう。日本国民の圧倒的多数は、ベトナムの民族自決を支持しており、その点では多数の良心的たアメリカ人と共通の感情を持っていたわけであります。いうまでもなくベトナムから撤兵したことは、遅すぎるきらいはあるにせよ、歓迎すべきことであり、この新しい状況に対応して、日米関係ももっと前進させるべきであります。

 私たちは、日米安保条約については反対の立場に立っています。この立場は紛争の平和的解決という、国連憲章と日本国憲法の崇高な精神を実現しようということであり、決して日米間の同盟関係を他の国との政治、経済、軍部同盟と置き換えようということではありません。

 しかし、アメリカの核抑止力がなくなったらどうするかという反論がありますが、私たちは、核抑止力の必要のない情勢を極東につくり上げようとしているのであり、アメリカの核抑止力のかわりに、どこか他の国の保証をとりつけようとしているのでないことだけは、皆さん方の理解を求めたいと考えます。

 かつてキッシンジャー国務長官は、等距離外交は神話だと述べられました。もちろん、国と国との間にはそれぞれの歴史があり、現在の時点での複雑なからみ合いがあります。それを無視してどの国とも同じような関係を樹立しようというのは、現実的ではありません。私たちが提唱している非同盟中立というのは、そういう非現実的な構想ではありません。思想、経済、文化、社会の各分野で日本と多くを共有している国もあろうし、そうでない国もあるでしょう。その面で親疎が出てくるのは当然であり、それを機械的に均質化しようなどということは、できるわけがありません。私たちは、特定の国と軍事的、政治的結びつきを肥大化させ、ある国々を仮想敵国視することが重大な紛争を生じ、深刻化させる土壌をつくるものであるから、反対しているのであります。非同盟といい、中立というのは、究極のところ、日本国憲法で戦争を放棄し、紛争解決の手段としての武力を持たない日本、資源小国である日本は、いかなる意味でも敵国を持つべきではないということなのであります。そしてこのことは、大戦後、戦争を憎み、再びこの惨禍を引き起こすまいと誓ったアメリカの指導者、そして国連創設に参画した世界の平和愛好国の指導者たちが約束したことでもあったはずであります。

 つぎに日米関係の中で鋭く提起されている問題の一つに核兵器があります。いまここで私はくわしく述べることができませんが、日本人は、瞬間に数十万の生命をうばう核兵器による被爆体験をもっ世界で唯一の民族であり、この惨禍を二度とくり返えすまい、二度とケロイドに泣く母と子をつくるまいと誓った民族であることを強調したいと思います。よく日本人は核アレルギーをもちすぎるといいますが、これは決して病的なアレルギーではなく、極めて健康な反応だといえましょう。私たちは軍事力、すぐれて核による均衡が平和を保証するという議論には全く同意できません。なぜならそのことは核のなげ合いによって人類が全滅の危機にさらされること、紙一重の危険性をもっているからであります。

 それゆえに私たちは核兵器を「持たず、つくらず、持ち込ませず」の非核三原則を提案し、これには自民党も賛成して国会で決議いたしました。この非核三原則は、今では核をめぐる日本の最高の政策となっています。

 この数年来、核をめぐって最も憂慮すべき事態は核拡散であります。無秩序の核の拡散は核保存への衝動を刺激し、不測の事態をも招きかねません。シュレジンジャー国防長官も八月の日韓両国訪問の際、核を朝鮮半島で使う可能性は少ないと述べていますが、私たちは一歩進んで日本はもちろん、日本を中心とする北東アジアからすべての核兵器を撤去し、この地域を非核武装地帯とするよう配慮を要請したいと思います。

 私たちは核拡散防止条約の批准にさいし、前国会では積極的賛成の立場をとりませんでしたが、これは、この条約と引き替えに、これまでの安保体制をさらに強化しようとしたり、日本への核持ち込みについて拒否の態度をとることを避けようとしたりする動きに対して反対したのであり、条約そのものの精神には賛成であります。日本社会党こそ、この三十年間、一貫して核兵器の廃絶を強く主張しつづけた日本における唯一の政党であります。私たちは、今後もその実現のために全力をあげるでありましょう。

  3

 インドシナ後の激動するアジア情勢の中で、ますます重要性をもってきているのは、朝鮮半島をめぐる情勢であります。かつて朝鮮半島を支配し、長く朝鮮の人々を苦しめる原因をつくった私たちとしては、一九七二年七月四日、南北朝鮮の指導者によって発表された共同声明にもとづき、両当事者が対話と交流を進め、自主的平和統一の実現に向かうことを心から念願するものであります。

 インドシナ後、強調されている“北の脅威”については、それを強調することについて利益を得るものがつくり上げた虚構にすぎない、と考えます。このことは、先般のリマにおける非同盟外相会議で朝鮮民主主義人民共和国の参加が認められたという事実からも裏づけられるでしょう。

 むしろ問題とすべきことは南朝鮮の現状であります。周知のように民主主義政治下の日本から、韓国の民主主義政治家であり、アメリカにも多くの友人をもつ金大中氏が不法に誘拐され、韓国に連れ去られた事件が発生し、今日にいたるまで納得できる解決がはかられていません。もし“北”に対して民主主義の優越性を誇ろうとするなら、このような事件は極めて遺憾なことであります。私たちは、現在の韓国が、アメリカ人のいう自由で民主的な体制の下にあるとは考えません。

 アメリカの韓国政策は、これまでのアメリカのアジア政策に流れていた一種の自己矛盾によって、がんじがらめにあっていると思わざるをえません。つまりそれは共産主義に対し、自由で民主的な開放体制の優越性を誇示することを目的としながら、その手段として反民主主義的な独裁体制を支援するという二律背反的な外交であります。アジアでアメリカというよりアメリカの一部の人たちが盛り立てた独裁者は、一人、また一人と舞台から追われていきました。

 いまこそアメリカは、自らの正しいと信ずる価値観を外交の根底に置いた、ウィルソンの時代に帰るべきではないでしょうか。手段を選ばない、いわゆる現実主義外交は、いったんは功を奏するかにみえても、長期的にはアメリカのプレスティージを損なうものと考えます。最近、アメリカの現実主義外交と関連して、CIA当局のミスがアメリカ国内で問題となっているようですが、私たちは、これをこれまでの権力外交への反省を示すものとして歓迎しています。アメリカ人の良識は、いずれはアメリカの外交を正道に引き戻すであろう、とみております。

 今日の世界が直面している重要な問題の一つは、中東をめぐる情勢であります。私たちは、中東に公正な平和をもたらそうという国連決議の精神を支持します。したがって私たちは、イスラエルの存在が抹消されてよいとはいささかも考えていないことを明らかにいたします。

 いうまでもなく、中東和平に対するキッシンジャー国務長官の努力とアメリカ政府の誠意は評価するものでありますが、やはり国際政治に対する米ソ両大国の責任という見地に立てば、米ソの緊密な努力による中東和平の定着が重要であります。

 和平を願う点で日米双方に食い違いのありようがないとしても、中東問題のもう一つの側面、石油問題について日米の立場は異なるものであります。資源を全く持たない日本が原油の安定的供給を切望していることは、アメリカにも十分理解してもらえるものと考えますが、この点で日本の中東問題に対するアプローチが、アメリカと若干趣きを異にすることは当然、避けられません。

 さらに、民族の自決を至上命題とする私たちの立場からすれば、イスラエル国民と同じようにパレスチナ人民も生きる権利を持つと見ないわけにはいきません。パレスチナ人民の民族自決権を放置したまま、中東に形式だけの平和を築いてみても、それは砂上の楼閣でしかないでしょう。

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 一九五七年、故河上委員長の訪米のさい、双方の間で激しく意見が対立したのは、日米安保体制、沖縄返還、核軍縮、中国問題の四点でありました。十八年経たいま沖縄はすでに返還され、中国とは米国も関係改善に踏み切り、日本は国交回復しました。核については、遅々とした歩みではあっても、部分核停条約、核拡散防止条約などの締結によりアメリカも核軍縮の方向へ向かおうとしています。私たちは、いまどちらの世界観が正しかったかをここで議論するほど意地悪ではありませんが、この暗かった十八年間で、日本社会党とアメリカとの距離が意外に近づいているのを見て、感無量であります。

 あたかもこの数年、日本の万年与党であった自民党は各選挙において過半数を割り、昨年七月の参院選では、与野党の議席差は七にまで接近しました。早ければ次の総選挙ででも、遅くともここ二、三年の間に、二十数年にわたる自民党の単独政権は終わりを告げ、日本社会党が国政により大きな責任をとる時期が到来することは、もはや、歴史のすう勢であります。

 ここで私たちは、私たちの築こうとしている社会主義について、もう一度、アメリカのみなさんにもっと理解を深めていただきたいと希望いたします。

 私たちの社会主義は、個性を無視した画一主義(コンフォーミズム)でもなければ、自由な意思決定、意志表明を抑圧する全体主義でもありません。人類社会の中から搾取をなくし飢えをなくし、すべての悲惨をなくそうとする理想に燃えた社会主義であります。すべての人が自由で、平等で、機会均等である社会、すべての人が自らの持つ可能性を花開かせることのできる社会を築くことであります。

 いま日米両国ともに直面している経済危機は、資本主義体制がこのままではどうにも超えようのない行き詰まりに遭遇することを示唆しています。私たちの追求する社会主義は、すべてを国有に移しさえすればよいということではありません。同時に私たちは、フリー・マーケットを尊重しますが、それは野放しであってはならず、独占禁止法や環境保全や、労働基本権や福祉を尊重するルールを確立した枠組の中での競争でなければなりません。

 今日の社会主義はさまざまな顔を持っています。私たちは、二十年代、三十年代の帝国主義に対する強い批判、反省と、戦後の議会制民主主義の最大限の評価の上に、自由と民主主義を基礎とする社会主義、つまり「人間の顔をした社会主義」を創造しようとしているのであります。賢明なる米国民が、私たちのこの意欲的な試みに、暖かい理解と同情を示してくれることを切に望むものであります。


(月刊社会党、1975年12月号) 目次次「開かれた政権こそ」






(私論.私見)