れんだいこの「刻々あかはた評論」

 (最新見直し2006.4.20日)

日共マニュフェストの玉虫色長たらしさの陰の逆立ち中身をからかう。 れんだいこ 2003/10/09
 2003・10・8日、日共中央委員会は、「総選挙にのぞむ日本共産党の政策」なるマニュフェストを発表した。れんだいこに云わせれば、これは国政の「青写真」だと思うが、日ごろ不破は「手足を縛る」からという理由で「青写真」不要論を唱えている。一体、どういう調法なお口をしているんだろうねこの御仁は。舌がもつれないのが不思議だ。

 それはさておき、逐次は出来ないので、特にと思うところにコメントつけておく。

 戦後日本の公共事業支出の多さに対し、「世界でも類を見ない『逆立ち』財政論」を骨子として、「この『逆立ち』財政が、国民の暮らしを痛めつける根本にあります」と述べているが、本当だろうか。れんだいこはそうは見ない。それは、戦後日本が、内治主義に転じ営々と国土開発に取り組んだことを意味しており、政策的卓見であったと思う。その真意は、軍事・防衛、海外派兵に興ずる外治主義との対照にある。従って、「逆立ち財政」は、軍事・防衛費との絡みで判断されるべきで、この観点からは大いに是認されることであろう。

 その公共事業費が食い物にされ、国益無き私物的利権化に陥っている危機をこそ弾劾すべきであろう。小泉の構造改革論は、当初はこれに対する期待を抱かせた。ところが、この御仁は「まる投げ」しかできず、いたずらに民営化論をぶつばかりで何ら識見がないことが判明した。機構改革についてはむしろ官僚寄りで、利権化についてはますますひどくなりつつあることも判明しつつある。このことこそ真に凝視されねばならないことだろう。

 次のように述べている。
 「日本の公共事業費は、90年代に50兆円という世界に例のない水準にまで異常膨張しました。この異常膨張した公共事業費を、福祉・環境型に重点化させることで雇用を確保しながら、バブル前の25兆円という水準まで段階的に半減させます。年間5兆円に膨張した軍事費を『聖域』とせず、抜本的な軍縮へと転換させます」。

 おかしな話だ。その公共事業費のバブル前の水準に落とし半減させると云いながら、軍事費の膨張に対しては、「抜本的な軍縮へと転換」させるという。そうではないだろう、この間、公共事業費が削減されながらも軍事費は突出しつつあり、これこそ「逆立ち」として語気を強めて弾劾すべきところであろう。それを聖域とみなしてきた風潮があるのなら、それを許してきた責任も伴おうに。

 次のように述べている。
 「ほんとうの独立・平和・非同盟の国へ」、「日本共産党は、国連憲章の『平和のルール』をまもり、自民党政府の『アメリカいいなり』の外交から、日本国民の利益に立った自主・平和の外交に転換します」。

 日共の対米従属論は耳タコだ。新綱領でもこの観点が踏襲されそうだ。しかし、国家主権的には1951年のサ条約で独立達成したとみなすことがまともな歴史観であり、これを変にこねくりまわす必要は無い。国内危機の時に限ってアメ帝と闘え論を持ち出し、アメ帝と闘わねばならないときに国内の諸問題のあれこれを持ち出すような「二つの敵論」にはうんざりだ。軍事基地の存在やら政治的コントロールは、独立論とは別個の戦後の世界体制論から考察されるべきことであろうに。

 次に、「日本共産党は、国連憲章の『平和のルール』をまもり」とあるが、国連はそれほど信に値があるのか。先のアフガンのタリバン政権懲罰戦争の時にも「国連への手紙」などを差し出し、不破が得々と記者会見していたが、出来損ないの道化芝居もいいところではないのか。

 消費税について。「日本共産党は、いっかんして消費税の廃止を主張してきました。ましてや、この悪税を2ケタに増税することなど、絶対に認めることはできません。日本共産党は、消費税大増税の計画につよく反対するものです」。

 これは変な文章だ。@・消費税の廃止路線、A・2ケタに増税することへの反対、B・消費税大増税の計画につよく反対、と述べているが、不破らしい玉虫色文章で、一体真意はどこなのねんと聞き返してみたい。もぐもぐ云わずにはっきりせんかい。

 この後もいろいろごたごた書いているが、長たらしいだけで少しもピリッとしていない。結局何を云っているのか云いたいのか真意はどこにあるのか分からない。読んで力にならない。いつものことだが。果たして、最後まで読む根気のある人がいるのだろうか。




(私論.私見)