党中央は公明党に遅れをとった責任を取るのが筋のところ何と

 (最新見直し2007.3.14日)

Re:れんだいこのカンテラ時評267 れんだいこ 2007/03/14
 【日共党中央は公明党に遅れをとった責任を取れ】

 れんだいこは、現下の日共党中央に「公明党に遅れをとった責任を取らせたい」と思う。しかるに、誰もこれを追及していないように思えるのはなぜだ。れんだいこが学生時代、選挙闘争に取り組むのは社共で、新左翼系はブルジョア議会のめり込みと見てか背を向けていた。社会党は表で戦い裏で取引する習性が鼻についており、頼むに値しなかった。民社党は資本側の懐柔労組運動に埋没しており対象にならなかった。そういう意味で、左派運動圏では共産党が頼りだった。

 あの頃の共産党は、新左翼系の当てのない破壊運動に比して、民主連合政府の樹立、首長選では社共統一候補による革新自治体の創出に取り組んでいた。れんだいこは、「よりマシ論」により、それが堅実な社会改革になると思い、それもまぁいいや的にその頃の日共運動を支持していた。美濃部都政実現の頃だから1970年初頭辺りのことである。ちょうどこの時、公明党の政界進出も進んでおり、あの頃の公明党は何やら人民運動的要素を持っており、共産党と厳しい競り合い運動を繰り広げていた。ポスター剥がした剥がされた云々のいろんな面白い話がある。れんだいこの実感として、当時ではまだ共産党優位であった気がする。

 あれから30数年経った。日共は惨めな凋落を続けており、今や解体寸前である。というかとても共産党ではない共産党と云う党名のみの変な運動しながらしぼんでいる。それに比して公明党は着実に前進し、今や政府与党に仲間入りしている。公明党の体制内化が良いかどうかは別にして、組織の進捗問題として見れば、日共の暗、公明の明という評定は狂わない。興味深いことは、公明党はこの間党中央内に異変を数次発生させていることである。次第に右傾化しているので好評するには足りないのだが、執行部交代と云う新陳代謝に成功していることは評されるに値しよう。

 それを思えば、日共党中央内の牢化現象は社会学的興味をひくべきではなかろうか。少なくとも1955年の六全協から計算すれば既に50有余年にわたって同一系執行部が君臨し続けていることになる。この間、自民党内では何度政変があったことだろう。それらを思えば、日共の一枚岩的体質の異常性にもっと関心を注ぐべきではなかろうか。この党はこのまま行くと徳川三百年の記録を抜くのではなかろうか。

 この異常を誰も問おうとしていない。よしんば、日共党中央が1970年代より引き続き組織的運動的進展を勝ち取り続けているというのなら別だ、不問にしても良かろう。いわゆる業績が良いのだから。問題は、業績が落ち込んでおり、引き続き低迷することが自明なのに、上からも下からも責任を問う論議が為されていないことにある。

 こういう党内状況にある連中が、政府に対し日本建て直しの議論をする資格があるだろうか。一向に意に介していないようであるが、れんだいこには馬鹿馬鹿し過ぎる。そう云えば、世間に向かっては民主主義を護れ、我々は科学的社会主義、他の連中のそれは云々と云っているが、それを云うのならその前に手前の党内の民主主義成熟度を示さねばなるまい。選挙総括に於いても科学的分析をせねばなるまい。

 れんだいこは、先ほどの規約改正にせよ、ご都合主義的選挙総括にせよ、お粗末過ぎる経緯と痴態を見せているのに、世間に向かっては我こそは唯一真性の正義の士であるなどと胸を張る神経が信じられない。それを許す日本人民大衆の懐の深さが信じられない。ミソとクソ、馬と鹿の区別ができないだけなのではないかとからかいたくもなる。

 それはともかく、日共は、マスコミと共に何だか安部政権追い落としにあの手この手を使っているように見える。それは良いのだが、安部の胡散臭さを問うならば、なぜ小泉の胡散臭さを問わなかったのだろう。小泉こそは叩けば埃が出る、否、埃どころではない胡散臭さを抱えている御仁であるが、なぜかの時は日共もマスコミも行儀良くしていたのだろう。マスコミはむしろ名宰相論で提灯し続けていたな。

 この現象は、日共もマスコミも黒い糸で操作されているとしか考えられない。これを逆に問えば、安部は何故に国際金融資本帝国ネオ・シオニズム奥の院から覚えがめでたくないのだろう、という疑問になる。れんだいこの結論は、それなりに奉仕しているのだが、小泉に比べてゆっくりし過ぎており、連中が小泉的な暴力的レイプ的手法の欠如に生ぬるさを感じているということではなかろうか。

 とすれば、次に出てくるのは、小泉的な暴力的レイプ的手法の引受屋である。しかし、小泉以外にそういう際どい奴が居るかな。飯島秘書官が議員会館かどこかで陣取って未だに采配を振るっているのは、そういう空気を察知しているからではなかろうか。出番を信じているのではなかろうか。

 これを更に逆に言えば、安部政権が御身保全する為のもう一つの秘策は、安部派対小泉派の暗闘に於いて、小泉派が転ぶことであろう。事態がそのように動いているのか、安部が一方的に追い詰められつつあるのか、この辺りが目下の見所となっている。こうした政争に、野党が何の影響力も持っていないのはお粗末と云うより滑稽である。

 2007.3.14日 れんだいこ拝





 



(私論.私見)