2007年参院選顛末

 (最新見直し2007.3.14日)

 2007.4.26日、日共の志位委員長は記者会見で、2007参院選について「比例選は5議席。選挙区は東京の現有議席を絶対に確保し、かつて議席を持っていた埼玉、神奈川、愛知、京都、大阪、兵庫での回復に挑戦する」と述べ、12議席を目指す方針を示した。参院選比例代表における立候補戦術の大転換を指針させたことになる。

 宮地氏が、「25人→5人だけへの縮小方針とその得失・吉凶? 政権交代阻止戦略政党という共産党認識と430万人の選択肢 共産党、参院選で12議席目指す…志位委員長が方針」で背景事情を考察している。これを参照する。

 2006.1月、共産党第24回大会で、参院選全選挙区立候補方針を決定している。2007.2.26日、日共は、45選挙区の候補者を公表した(共産党「比例代表候補者5人」、「選挙区候補者45人」)。これを解析すると次のようになる。

 選挙区では従来47→47→沖縄を除く46を立てているので−2減となった。立候補者がいない2選挙区は、統一候補の沖縄県と、候補者未定の徳島県である。選挙区では東京の1議席奪回を目指す。選挙区当選は、7議席→東京1議席・緒方靖夫→0議席となった。緒方靖夫が議員引退をしたので、新人・田村智子に代えた。従来どおり、全選挙区立候補とし、45人を公表した。東京選挙区は定数が4→5議席に増えた。しかし、(1)知名度の低い新人であること、(2)川田龍平の立候補、(3)全政党立候補による激戦などにより選挙情勢はきびしい。

 参院選比例代表については従来25名を立候補させてきたが、今回は25人→5人に候補者を大激減させる戦術に転換した。5人とは、現役2人、新人2人、元参議院議員1人である。新人の一人は、元衆議院議員である。比例代表当選者は8議席→4議席→4議席と減ってきているのでその対応と判断されるが、8議席への回復でなく、1議席だけ増やすとしていることになる。これまで25名の候補で430万票を集めたが、今回来5名で610万票を目指すことになる。これが吉と出るか凶と出るか。

 候補者は、井上哲士(47歳、現、参院国対委員長、党中央委員・書記局員)、紙智子(51歳、現、参院議員(予算委員・農水委員)、党中央委員)、谷川智行(36歳、新、医師)、春名なおあき(47歳、元衆院議員、党中央委員)、山下よしき(46歳、元、党中央委員・大阪府副委員長)


 立候補大激減への転換理由は何か。立候補大激減理由の一つとして考えられるのは、供託金没収を避けたいこともある。しかし、供託金については、第24回大会が供託金募金として、毎月100円を満場一致で決定しており、それ以後参院選まで1年6カ月間あるので、党費納入党員約28万人×100円×18カ月間≒供託金没収見込み積立金5億400万円になる。それを使えば、2004年度レベルで没収されても、まだお釣りがくるほどである。従って、これは立候補大激減の理由にならない。

 参院選比例代表は、6年前の定員48議席を改選する。その当選者決定システムはドント式である。a共産党名の得票総数+b名簿登載者の得票総数=共産党比例代表の得票総数になる。2001年比例代表候補者25人の(a+b)得票総数は、4329210票だった。2004年比例代表25人の(a+b)得票総数は、4362573票である。

 不可思議なことに、志位・市田・不破ら党中央は、参院選比例代表の25→5激減への大転換方針を明言していない。党内に何の戦術転換の理由・根拠を説明していない。2006年1月第24回大会、その後の2中総、3中総でも沈黙してきた。なぜ説明しないのか。

 日共の唯我独尊立候補戦略戦術によって、結果的に自公政権維持に資しており、その意味で政権交代阻止政党の役割を果している。「オール与党」規定が理論的根拠となっているが、一度打ち出したこの方針が撤回されることはない。なぜなら鋭く指導責任が問われることになるから。

 しかし、どう考えてみてもおかしいものはオカシイ。現下の政治課題は憲法改悪問題であり、その阻止をスローガンとして掲げている以上、自己の正しさだけを主張してみても何の意味も無い。憲法改悪の手続きは、衆議院・参議院の採決により行われる。当然の常識として、両院における憲法改悪阻止議席を勝ち取る選挙運動というもう一つの側面が絶対に必要である。こっちの方が、本来の意味での青磁責任ではなかろうか。

 ところが、日共は、肝心要の「憲法改悪阻止のための議会内手続き、必要議席獲得の方法」について口を閉ざしている。そればかりか、2006年に発足した「平和共同候補実現運動(「市民の風」)」にたいし、最初から敵対方針を剥き出しにしてきた。その話し合いも全面拒絶している。全国の行政区で、単位「9条の会」を結成させてきているが、憲法改悪阻止を目標とする共同候補・共同リスト運動こそが、現時点では、必要議席獲得の方法ではないのか。日共は、敵対の理由としてさまざまな詭弁を弄している。

 ちなみまに、「共同候補・共同リスト」とは、参院選の47選挙区において、野党統一候補者を立てる。改選48比例代表のために、48人の共同リストを決め、自公政権リストとの一騎打ちをする。衆院選では、300小選挙区と、比例代表ブロックごとに、同じやり方で決戦をし、憲法改悪阻止=護憲・活憲の政府を打ち立てる。憲法改悪阻止、護憲・活憲というシングル・イシュー(単一の政策・要求)の市民運動組織であるが、有効な戦略戦術であろう。ヨーロッパでは、ほとんどの国において、中道左派政党が、野党選挙協力をし、統一選挙組織を作って、選挙戦を遂行している。各国共産党はこれに協力している。それを思えば、日本共産党の唯我独尊路線の方が奇異でさえある。

 宮地氏は、各種分析下上で次のように断じている。

 概要「(共産党の選挙戦術は)政権交代を阻止する戦略であることを証明した。共産党は、政権交代阻止戦略政党という路線・体質を剥き出しにした。この共産党認識を、どれだけの政権交代要求有権者が共有するのか」

 2007.5.17日、日共は、党本部で第4回中央委員会総会を開き、「確かな野党路線」を引き続き堅持していことを全員一致で決定した。政権取りは視野に無く、「参院選を、日本共産党の前進で、安倍『靖国』派政権のすすめる改憲策動に痛打をあたえる選挙にしていこう」と訴えた。(「参院選へ 全党が心一つに」)。

 「さざなみ通信」の「現状分析と対抗戦略討論欄」の原 仙作氏の2007.8.4日付投稿安倍晋三も嗤うであろう共産党の参議院選総括--これでは終わりが近い--」。        

 1、共産党の選挙総括の中心課題

 日本共産党(以下jcpと略す)の常任幹部会は、「参議院選の結果について」という選挙総括文書を発表したが、驚くというよりあきれ果ててしまった。党指導部を信頼する党員諸兄には悪いが、この党の指導部がどこまで堕落してしまったかを示す歴史的な文書である。この党は”終わっている”という感が深い。

 このままでは、国政の第3極に発展するどころか、泡沫政党になるほかないであろう。歴史の風雪は過酷なものらしく、反戦平和に命を賭けた党も、半世紀も経てば”不都合な真実”から逃げ回る指導部を戴く並の政党になるようだ。

 さて、jcpの総括文書の主旨を述べれば次のようになる。 @参議院選は、安倍政権へ明確なNoを突きつける痛烈な審判となった、Ajcpはこの審判に一定の貢献をなした、B「新しい政治的プロセス」がはじまった、Cjcpの役割は今後ますます重要になり、「次の機会には、・・・かならず前進・躍進を期す決意」ということになる。 @〜Bには異論はない。がしかし、今回の大チャンスにも議席を減らし続けては「今後ますます」重要な役割を果たせるかどうかは保証の限りではないだろう。この党指導部は、政権にしがみつく安倍総理と同様、参議院選の審判の意味がわかっていない。いや、わかっていて逃げ回っているのであろう。

 今度の選挙で惨敗したのは、自民党ばかりでなくjcpも同じく惨敗したのである。自民党の議席減少率は42%だが、jcpも5から3へ40%の減少率となっている。議席の低落傾向に歯止めがかかっていないのであって、惨敗という事実を直視し真摯に選挙総括を行うことが何時にも増して必要になっているのである。

 2、共産党には順風の選挙選であったはずだ

 21世紀に入ってから、国政選挙では5度にわたって後退続きであり、二つの統一地方選でも後退してきたが、今回の参議院選での惨敗を党指導部がどう受け止めているかが問題なのである。マスコミでの発言を見る限りでは惨敗などどこ吹く風というような印象である。

 自民党が歴史的惨敗を喫し、これまで失うことのなかった参議院第一党の位置を失うという事態が生まれるほど政権党への批判は猛烈なものがあった。自民党にとっては20年に一度の大逆風が吹いた選挙である。政権党への逆風はjcpには大順風、得手に帆を上げる選挙戦であったはずである。

 7月25日の「全国いっせい総決起集会」で志位委員長は次のように演説していたほどである。

「どの問題でも、『確かな野党』日本共産党が果たしている役割がこんなに光っているときはないし、こんなに語りやすいときもありません。」(「赤旗」7月26日)

 大順風であるにもかかわらず、なぜ惨敗に追い込まれることになったのであろうか? この半世紀、失うことのなかった東京選挙区で、しかも定数が4から5に増えたにもかかわらず次点にも入れなかったのである。これが総括すべき問題なのである。

 相撲の世界には「負けて覚える相撲かな」という言葉があるが、失敗をよく反省することこそ発展の土台である。自民党であれ、「科学的社会主義」の党であれ、この経験則は貫徹する。失敗の反省、原因の究明を怠る者は発展から取り残され置き去りにされ滅びる。政治の世界は優勝劣敗の世界であり、たとえ、”科学的社会主義”の教義の信奉者であれ、反省なき者は滅びる。

 マルクスはその教義の信奉者に発展を保証したことはなく、「私はマルクス主義者ではない」と言うのが常であったし、レーニンが晩年に西ヨーロッパの左翼に強調したことは研究し「学ぶ」(・・・)ということであった。

 3、あきれ果てる選挙総括(1)

 さて、記録しておくべき歴史的な文書の歴史的な部分を全文掲載しよう。

「二十九日に投・開票がおこなわれた参議院議員選挙で、日本共産党は、比例代表選挙で三議席を獲得しました。これは、一議席減の結果ですが、得票数では、前回および前々回の得票を上回る四四〇万票(7・48%)という地歩を維持することができました。選挙区選挙では、議席を獲得することはできませんでしたが、東京、大阪、京都などで得票を増やしました。」

 自党の選挙戦についての総括部分はこれだけである。常任幹部会の議論が目に浮かぶようである。指導部が指揮したおのれの選挙戦に対する評価がまるでない。事実の単なる記述のように見えるが、単なる事実の羅列でさえない。自己に都合の良い事実をつまみ食いしたうえに、語るほかない重要な事実については片面しか述べていない。まさに詐術の手法である。

 この党指導部の責任逃れ・堕落がどこまで進行したかを示す歴史的証拠である。志位があちこちのインタビューで答えていることも、この文の内容で行われている。jcpの信用がガタ落ちになること請け合いである。

 このような文書を発表することに常任幹部会では異論が出なかったのであろうか? 出ないとすれば、常任幹部会の全員が「有罪」ということになる。常任幹部会に籍を置く元議長にして元委員長の不破も同罪である。以下、詐術の内容を見ていこう。

 4、あきれ果てる選挙総括(2)

 しかしまた、この文章はどうだろう。 惨敗という評価を回避するために、事実をもって語らせるという手法を取り、しかも、事実の一面しか取りあげていない。上記引用文にあるように、確かに比例区では4から3へ1議席の減少である。だが、選挙戦全体の総括であるからには獲得議席の全体が語られねばならないはずである。

 全体では1議席ではなく2議席の減少であり、東京選挙区の1議席減が語られていない。全体では改選前の5議席から3議席へ後退したことが示されていないのである。隠しようのない事実さえも、こうした片面の事実の記述だけで逃げている。重大な敗北を喫した事実を何とか過小に見せ隠蔽したいという党指導部の心理が露骨に示されていると言わざるを得ない。この党指導部の心理こそ、上記引用文を貫く基本精神なのである。

 5、あきれ果てる選挙総括(3)

 詐術の第2は、前回との得票数の比較である。得票数の比較はあっても得票率の比較がなく、選挙戦での前進・後退を示す得票率という基礎指標が示されていない。得票数は投票率で変わる数値であり、得票数だけでの比較では前進・後退を評価できないことは常識であるにもかかわらず片手落ちなことをやっている。

 比例区で見ると、得票数では前回より45000票増やしているが、得票率では7.8%から7.5%へと後退している。投票率があがり、投票総数が約300万票増えたからである。選挙区で見れば得票率は9.8%から8.7%へと後退しており、得票数で見ても552万から516万へと減少している。得票率を減らし議席も減らしたというのが、選挙結果が示す基本的な事実である。

 上記引用文では得票数が若干増えた比例区の得票数だけが記述されているのである。この途方もなく一面的な記述の原因は、すでに述べたように、惨敗をできるだけ過小に見せ、できれば隠蔽したいという指導部の心理以外に考えられないことである。この指導部は敗北の数値さえ正面から見つめる勇気を持ち合わせていないのである。

 6、あきれ果てる選挙総括(4)

 詐術の第3は、東京選挙区で現有議席を失ったことが語られていないことである。「選挙区選挙では、議席を獲得することはできませんでした」と、さらりと流されている。東京選挙区はすでに述べたように、どんな逆風があっても半世紀にわたって議席を維持してきた選挙区である。jcpにとっては最強の陣地である。この選挙区で大順風と定数増という有利な条件の中で現有議席を失った意味は非常に深刻である。

 本丸を抜かれたも同然、jcpの暗い未来を象徴する出来事であり、仮に選挙制度が中選挙区制に戻ったにしても、jcpは以前のようには議席を得られないであろうということを示している。「東京、大阪、京都などで得票を増やしました。」ということについても、投票率が上がり、与党に大逆風が吹いたのだから当然のことであって、ことさら成果として数えあげるべきものではなかろう。語るべきものを語らず、語るに落ちたことを語っている。

 この総括には”科学的社会主義”のどんな片鱗、真実の一片もなく、世間一般に見られるトップの自己保身と責任回避の衝動があるだけである。仮に党員のショックを和らげるためだと弁明したところで自己欺瞞以外の何物でもないであろう。

 7、あきれ果てる選挙総括(5)

 前回の参議院選以来、比例区の絶対確保5議席、目標得票数650万票というスローガンを掲げて、党員の尻を叩き営々と機関紙拡大等を行い、参議院選を闘ったわけであるが、その目標数値と今回の実績との関係、その評価にまったく触れられていない。目標得票数にどれだけ接近したかどころの騒ぎではなく、前回なみの得票数で得票率は下げているのだから比較しようという気もわかないのであろう。

 このスローガンの運動にトップの誰が責任を負うわけでもなければ、到達できなかった原因を究明するわけでもなく、指導部に都合の悪いことはすべてはうやむやに「水に流されていく」ばかりに見えるのである。指導部には、いたって居心地の良い組織であることだけはよくわかるのである。

 ついでながら、こうした欺瞞的で堕落した指導部が民主集中制の民主主義性を強調しても実態では絵に描いた餅であることは言うまでもない。ここに検討したようなデタラメな選挙総括は、民主主義が生きている組織なら党内から批判を浴びて当然なのだが、しかし、これまで同様、党内で批判を浴びることはなく、党内論争になることもないであろう。そこにjcp組織の病理があるのであり、時代に対応できない主要な原因がある。異論を半世紀にわたって排除してきたために、誤りを是正する頭脳と力が党内に残っていないのである。

 8、共産党の指導部には『心』が失われている

 何よりもこの文章には『心』というものがない。jcpの指導部は政治革新の願いを託した国民の一票をどう考えているのであろうか? 志位らは「おにぎりが食べたい」と言って餓死した人の話をよく例に出すが、藁にもすがる思いで託された一票をどう感じているのであろうか? 託された一票の期待に応えられなかったおのれのふがいなさに慚愧の念を覚えないのであろうか?

 木で鼻をくくったような事実を羅列して逃げを打つこの文章と比較すれば公明党の声明さえ、まだ、心に伝わってくるものがある。

 票日29日の「赤旗」一面には「大激戦、大接戦」という大きな活字が踊っていたのであるが、どの選挙区が「大激戦、大接戦」であったのであろうか? 東京は13万票の差、京都は87000票の差、大阪は14万票の差があった。

 7月25日の「全国いっせい総決起集会」の志位演説では「共産党の存在意義がかかった重大な選挙」(「赤旗」26日)とさえ言われていたのである。また、「歴史的な参議院選挙」(同)とも言われている。文字どおりに理解すれば、「歴史的な参議院選挙」、かつjcpの「存在意義のかかった重大な選挙戦」で、比例区と東京選挙区で議席を減らしたことはjcpが存亡の淵に立ったことを示している。それにもかかわらず、惨敗の事実さえ隠蔽して自己保身と責任回避に走る総括声明を発するとは一体どういう感覚なのであろうか? 今では彼らの発する言葉にはどんな真実の裏付けもない。言葉が単なるプロパガンダに堕しているのであり、国民の心に訴える力を失っている。

 9、まがいものの「科学的社会主義」

 すでに党指導部の利害は生活弱者である国民の利害とは遊離しているのであり、彼らの唱える「科学的社会主義」もマルクスやレーニンが苦闘して創出した理論の外見だけを図式として利用しているだけである。生活弱者を救済する理論ではなく、図式化され、保身と自党第一主義の弁護論に換骨奪胎されている。

 不破らの唱える「科学的社会主義」なるものは、もはや縷々説明するまでもなく、6連敗という国政選挙の惨状を指摘するだけでその内容を推測するには十分であろう。

 しかし、補足の意味で一例を挙げてみよう。最初に要約として述べたことだが、「参議院選の結果について」には次のような文章がある。

「・・・国民の審判は、それにかわる新しい政治の方向と中身を探求する新しい時代、新しい政治的プロセスが始まったことを意味するものです。」

 確かにそういう実感が深いのであるが、しかし、このような評価をすれば、jcpがこれまで主張してきた政治「理論」と矛盾することになるということに、jcp指導部は気がついていないようである。これまでの「理論」=政治図式では自民党も民主党も「同じ穴のムジナ」であり、真の対抗勢力jcpが伸びなければ政治は変わらないと主張してきたのである。だから、この「理論」からすれば、自民党が敗北しても民主党が躍進するのでは政治は変わらないと評価すべきなのであり、ましてやjcpが議席を減らしてはなおさらのことである。「新しい時代、新しい政治的プロセスが始まった」と評価するなどとんでもない誤りであるはずなのである。

 その「理論」に反し、自民党が参議院で過半数割れを起こし民主党が参院第一党になっただけで、政治は変化を起こし始めたということをjcp指導部はいやでも認めざるを得なかったのである。

 この文章にはみずからの「理論」がどの程度のものとして理解され取り扱われているかが端的に示されている。自民党惨敗後の変化しつつある政治情勢、政治の現実を肌で感じて、おのれの「理論」を忘れてしまった党指導部の姿がある。こうしてjcp指導部は自ら「同じ穴のムジナ」論の破綻を告白することになったわけである。ささやかなものであれ、まことに現実の変化は偉大であり、干からびた「理論」の誤りを教えてくれる良薬である。今では国民がjcp指導部に政治を教えている。「前衛」が後衛になり、後衛が「前衛」の先を進む。

 10、全小選挙区立候補戦術の愚劣

 jcp指導部の告白は、また、全小選挙区立候補戦術が寄るべき理論上の根拠を失ったことを教えている。「同じ穴のムジナ」と把握し両者に対抗しなければならないからこそ、全小選挙区に候補者を立てて自民、民主と議席を争う必要があるというのが、これまでの議論であった。しかし、民主党の躍進で政治が変化し始め、両者は同じものではないことが明らかになったのである。流動化しはじめた政治の現実は「同じ穴のムジナ」論が現実にある両者の相違を捨象した抽象論(本質論ではない)であり、同じものと把握することの誤りを教えている。

 今はまだ民主党と自民党は同じではないのである。基本政策に類似のものが多いとはいえ、異なった政策も多い。自民党は官僚機構と癒着しているが民主党にはそれがない。そして何よりも、一方は政権にあり他方は政権にない等々。これらの相違こそ、国民が民主党を選ぶ理由なのである。抽象論で同一視すれば国民の政治意識のありかを見誤り、正しい戦術を立てることができなくなるのである。

 正しい戦術とは両者の違いに着目する戦術だったのである。違いがわかれば、一方とある提携を結び他方を叩くという戦術が素人にもわかることになる。

 以前に述べたことがあるが、実は、全小選挙区立候補戦術の誤りはjcp指導部の告白を待つまでもなく、すでに100年近くも前から解明されていたのである。「科学的社会主義」なるものを唱えるjcpの選挙戦術がレーニンの議論とどれだけかけ離れているかを一瞥しておこう。古典家達の議論は今でも大いに参考になる。

 11、レーニンが90年前に教えていたこと

 レーニンは社会の変動期には国民大衆は支配政党から離れはじめるが、その政治意識の変化(これがポイントで、あれこれの政治条件の違いは問題ではない)は一挙に共産主義政党のもとへ来るものではなく、一旦は支配政党より「左」の政党へ途中下車するものであることを繰りかえし教えていた。

 この変化、途中下車は宣伝や説得では決して変えられるものではないことを経験が教えているとし、共産党の戦術はまず変化する大衆の願望を実現することに手を貸すこと、そして、その援助の過程を通じて共産党への理解と支持を広げることであると説いていたのである。

 変化する大衆の政治的願望を実現することを通じて、彼ら大衆が支持した政党を政権につけ、その政権の真実の姿を大衆自身が目の当たりにしてはじめて共産党の主張が理解されるのであり、この政治過程、国民の政治的経験は宣伝などで飛び越えることは決してできないことも繰りかえし教えていたのである。ましてや今日、社会主義世界体制が崩壊し、共産主義の評判が地に堕ちているときではなおさらのことである。

 だから、jcpの選挙戦術は、民主党政権を期待する大衆の願望を実現するような選挙戦術を採りつつ、自党の議席増をめざす選挙戦術を採用しなければならなかったのである。すなわち、比例区と2〜5人区では候補を立てるが、議席獲得を望めない定数1の選挙区選挙では候補者を立てず、有力野党候補に一票を投ずる選挙戦術ということになる。

 これらのことはレーニンの有名な著作「共産主義内における左翼主義小児病」で語られていることであり、今だ常任幹部会に居残り院政を敷く不破が十分承知していることである。ことのついでになるが、こうした戦術を理解しない者は「マルクス主義と科学的な近代社会主義一般をすこしも理解しないものである。」(全集31巻「・・・左翼主義小児病」58ページ)とレーニンが言っていることを付け加えておこう。

 12、参議院選の結果は問題を明確に提起した

 今回の参議院選は、jcp指導部の選挙戦術の誤りを赤裸々に見せてくれている。与党には20年に一度の大暴風雨が吹いたのであり、jcpには大順風の選挙戦であった。その意味で敗北の原因を外部環境のせいにする道は閉ざされている。「小泉旋風」はもうないのである。しかも、現有議席を確保できず「善戦健闘」とは言えない明確な敗北である。

 政治現象は複雑怪奇であり、めったなことでは明確な輪郭をあらわすことはないが、今回の選挙戦はどの側面から見ても明確な輪郭を出現させている。jcp指導部は敗北の原因をおのれの内に求めるほかない政治状況が出現したのである。

 この期に及んで、マスコミの二大政党制論に国民が押し流され民主党に票が集中したことが敗因だったと敗因を他者に転嫁するわけにはいかないであろう。志位は「難しい風」があったというが、いかに厚顔でも民主党旋風が逆風となったとは言えないようである。参議院選初出場の、jcpより小さな国民新党や新党日本でさえ議席を得ているのに、jcpは与党批判票を取り込みやすい比例区でさえ議席を減らしているのである。

 全小選挙区立候補戦術の誤りは、すでに理論的にも実践的にも証明済みである。参議院選における敗北の直接の原因はjcpの選挙戦術にある。野党との選挙共闘を拒否し、至る所で他の野党を批判し、jcpだけが正しいとして全選挙区に候補者を立て宣伝しまくったことが独善的に見え国民の共感を呼ばなかったばかりか、自民党候補を倒したいと欲する有権者には妨害者に見えたのである。大順風を消し去ったのはjcp自身であり、「難しい風」を作り出したのもjcp自身である。

 13、有権者の一票は天の声であった

 jcpが全小選挙区立候補戦術に固執する理由としてよく言われていることがある。全小選挙区立候補でなければ地方組織が動かず、また、公選法の関係で宣伝手段が少なくなるので比例区の得票を増やせないという議論である。

 しかし、この議論は純粋に党の内部事情の問題であり、政治情勢という要因に優先して選挙戦術を決定する要因にはなりえない。これは戦術を決定する場合のイロハに属する問題であり、党内事情を政治情勢に優先させるのは本末転倒である。何のために議席を増やすのかということを考えてみれば、議論の本末が簡単にわかるであろう。党員をアクティヴにする工夫や宣伝手段を広げる方法は組織内の創意工夫で克服すべきことである。

 政治情勢を顧みない「お家の事情」第1の選挙戦術は、政治情勢によっては反動的な選挙戦術に転化するのであり、有権者から手痛いしっぺ返しを受けることになるのである。

 私の見るところでは、jcpの議席は伸び悩みになるが現有議席程度は確保できるのではないかと予想していたのである。というのは、与党への大逆風があり、「2チャンネル」のスレッドなどでは極右政党「新風」に投票する者まで「戦略投票」と称して最下位争いの与党を落とすためにjcpに投票するという例が数多く見られたからである。

 しかし、国民の怒りの一票は自民党を打ち負かしたばかりか、jcpをも打ちのめしたのである。jcpは自民党ともども生活弱者の敵として打ちのめされたのである。国民のこの投票行動は、この間、jcpが果たしてきた与党の「つっかい棒」という役割を考慮する場合にだけ、まことに合理的な投票行動であったと合点がいくのである。まさに”天の声”である。

 14、愚かな指導部がつくる党の危機と党員の疲弊

 jcpが全小選挙区立候補戦術に固執する理由が何であれ、国民はこの党を打ちのめし生活弱者の敵と認定したのである。あるいは敵と認定しないまでも、社会主義世界体制が崩壊して以降、視野の外にあったjcpを改めて政治革新の邪魔者として認定したということである。jcpが国政上の存在としては危急存亡の淵に立つことになった理由である。

 同情すべきは、全身これ善意の塊のような末端党員の苦労である。馬鹿げた選挙戦術で無用の風圧を受けたうえに、賽の河原の石積みのような徒労を強いられて疲労困憊し、参議院選の惨敗で失意のうちにあることは想像に難くない。この順風、国民の怒りが大爆発している選挙戦では「水を得た魚」のように活動できたはずなのだが、実際には、党員の活動は惨状を呈していた。選挙戦終盤の25日においても志位は「党員の決起は、のべでも約4割から5割です」(上記決起集会での志位演説)と言わざるを得なかったのである。これでは順風でも勝てるはずがない。党員は疲弊し、志位ら指導部は指揮官としての無能を晒した選挙戦であった。

 15、不破、志位、市田を更迭し指導部体勢と選挙戦術を一新せよ

 1年後には、本当のラストチャンスがやってくる。小沢が政治生命をかけた衆議院選である。無能な安倍が政権にあるかぎり、政権崩壊劇の条件はおのずから成熟してくる。政権崩壊は無能な者が居座り愚策を連発することによって条件が整う。ここでは300の小選挙区があり、jcpの選挙戦術が威力を発揮する場所である。jcpはそこでどうするかである。

 全小選挙区立候補戦術を採り他の野党との選挙共闘を拒否し、相変わらず与党の「つっかい棒」になるならば、現有9議席は半減することになろう。今回の参議院選が再現する。政治の変化を実感し政権交代に目標を定めつつある国民はもはや容赦しないであろう。

 昨年の「赤旗祭り」で不破が講演したように、日本は反共主義が強まっていると参議院選後の政治情勢を把握するのであろうか? それならば、次回の衆議院選でjcpは行き着くところへ行き着くであろう。

 参議院選の惨敗を真摯に総括するために臨時党大会を開き、21世紀の国政選挙を指導し6連敗を喫した不破、志位、市田の現指導部に責任を取らせ、かれらを更迭し、新しい執行部を選出してその選挙戦術を全面的に転換することが必要である。惨敗して居座る指導部を安倍総理同様、有権者は許さないだろう。党の顔も戦術も変えることである。それ以外にjcpが生き延びる道はない。

 そして、今ひとつ付け加えるならば、人材も活動力も枯渇させるだけの上位下達の官僚組織でしかない民主集中制を改めること、日本人の国民気質を理解することである。判官びいきであり、勝って奢らず敗れて潔くというのが日本人の美学である。今のjcp指導部では敗れても一片の同情すら得られない。








 



(私論.私見)