フリーメーソンとバチカンの関係史

 ローマ教皇庁の所在するイタリアのローマ市郊外にある人口千人ばかりの小さな国バチカン。カトリックの総本山として、その信者九億六百万人を擁する、世界最大の宗教教団である。

 バチカンは、宗教センターであるばかりではない。莫大な数の信者から集める寄付金をバチカン銀行にプールし、その財力を資金に企業や国家に貸し付けているのである。その巨大な資金は「世界経済の眼」とも呼ばれ、信者の数とともに世界情勢に及ぼす影響は極めて大きいのだ。

 また、バチカンは「反共陣営の大本山」(故・大宅壮一氏)とも呼ばれ、はっきりと反共主義を打ち出している政治的国家でもある。その政治力は、全世界を網羅する情報収集機関(教会)によって裏打ちされており、「世界最大の情報国家」(小松左京氏)との呼び名さえある。

 この強大な力を利用して、バチカンは全世界に多大な影響力をもっている。いやそれだけではない。バチカンは謀略をめぐらし、自らの手で、“世界帝国”の建設を目論んでいるとも考えられる(拙著『バチカンの秘密』三一書房、『バチカンの黙示録犯罪』廣済堂)。その意味で、バチカンはフリーメーソンリーに対抗しうる世界規模の「陰謀結社」でもあるのだ。

 では、そのバチカンが目指す世界帝国とは、どのようなものであろうか。むろん、それはカトリックの神学に基づいている。神の存在、キリストの復活、終末思想などをベースにしたキリスト教観による世界国 家がそれだ。

 バチカンとフリーメーソンリーは長い間、犬猿の仲だった。それがフリーメーソンのP2事件を境に、バチカン内部にP2会員、もしくはメーソンである聖職者が多数いることがわかり、世間を騒がせた。それも、バチカン内部の実力者が多数いたのである。

 現在の教皇ヨハネ・パウロ二世は、一九八一年三月二日、「フリーメーソンおよび類似の秘密結社に入会した者は教会法により破門になる」として、新たな声明を発表した。「私の子供たちよ。私は再びサタンの秘密結社に加わらないように、あなたたちに警告します。それはほんとうにサタンの会堂なのです。これらの秘密結社は、兄弟愛、博愛、人類同胞主義などのラベルを身につけています。しかし、私の子供たちよ。どんなことをいっても、あなたがたの信仰をくつがえそうとしているのです」。

 しかし、現在すでにバチカン内部におけるメーソンの勢力は、計り知れないものがある。ざっとそのメンバーをあげてみよう。
 前国務長官(バチカンのナンバー・ツー、総理大臣に当たる)のアントニオ・カザロリ枢機卿(一九五七年九月二十八日入会)、セバスチアポ・バッキオ枢機卿(一九五七年八月十四日入会)、世界的にカリスマ制新運動を推進しているレオン・ジョセフ・スーネンス枢機卿(一九六七年六月十五日入会)、次の教皇候補といわれるバリス・ルトジンガール枢機卿、「すべての宗教の世界教会」運動を進めているピクメドオリ枢機卿、コエニング枢機卿などがいる。なお、元国務長官のジャン・ヴィロ枢機卿、バチカン銀行の総裁ポール・マチンクス大司教などもそうである。

 ほかに教会幹部聖職者の名前だけでも列挙すると、フィオレンゾ・アンジェリネ(一九五七年十月十四日入会)、パスクァレ・マッキ(一九五八年四月二十三日入会)、ヴィルジリオ・レヴィ(一九五八年七月四日入会)、アレッサンドロ・ゴッタルディ(一九五九年六月十三日入会)、フランコ・ビッフィ(一九五九年八月十五日入会)、ミッシェレ・ペリグリノ(一九六〇年五月二日入会)、フランシスコ・マルキサノ(一九六一年三月四日入会)、ヴィルジリオノエ(一九六一年四月三日入会)、アルバーアレ・ブーニーニ(一九六三年四月二十三日入会)、マリオ・ブリーニ(一九六九年入会)、マリオリッチィ(一九六九年三月十六日入会)、ピォ・ヴィトピント(一九七〇年四月二日入会)、アキレ・リーナルト、ジョゼ・グリヒ・リベラ、ミキュエル・ダリオ・ミランダ、セルギオ・メンデス・マトケオ、そしてフランシスコ修道会のフェリペ・クエト……などである。

 以上数えあげればきりがないが、バチカン内部にじつに百二十一名のメーソンがいるのである。『法王暗殺』(D・ヤロップ著)という本によると、前教皇ヨハネ・パウロ一世は、バチカン内部のメーソンを一掃する人事に手を染め、それで暗殺されたのだという。

 また『誰が頭取を殺したか』(ラリー・ガーヴィン著)によると、P2事件と教皇庁とは複雑なからみがあり、それでP2の中心人物、アンブロシーノ銀行頭取のロベルト・カルビが、一九八二年六月十日、ロンドンで“自殺”したことが記されている。

 また、一時期バチカン銀行と手を組み、金融帝国を目指したミケーレ・シンドーナの奇怪な死(獄中“自殺”)もある。

 フリーメーソンリーは、「人類が一致して信仰できる宗教」である。その信仰は、バチカンの教義と同じく、「この世のものではない」(『フリーメーソンの失われた鍵』マンリー・P・ホール著、吉村正和訳、人文書院)。
 しかし、バチカンは長い間、フリーメーソンリーを敵視してきた。現在もヨハネ・パウロ二世が前述のごとく排斥しているが、バチカン内部に及んだメーソンの勢力はすでに根強く、除去できないと思われる。バチカンでさえもそうなのだから、世界中にあるカトリック教団内部にも、メーソンが侵入していると思ってよいだろう。
 バチカンは一九六四年、「世紀の大改革」ともいうべき第二バチカン公会議を開き、これまでの独善的な姿勢を百八十度変えて、大方針を打ち出した。そこで注目すべきことは、エキュメニカル(教会一致)戦略とともに、ヒンズー教、仏教、イスラム教など他宗教にも「神の光」があるとする、宗教対話の精神を打ち出したことである。

 まず東方教会とプロテスタントは、今日、世界教会協議会(WCC)をもっており、すでにエキュメニカルを始めている。ここで重要なのは、プロテスタントの指導者の多くがメーソンであることだ。WCCの参加教団は約二百教団、約六億人の信者を有している。筆者が日本グランド・ロッジを取材したとき、元グランド・マスターの一人は、「パウロ六世教皇もメーソンでした」という衝撃的な話をしてくれた。

 また英国のメーソンの一人は、「英国では、プロテスタントの指導者の二五パーセントがメーソンだ」と言っていたのである。

 今日、フリーメーソンのバチカン支配が口にされているが、プロテスタントはすでにフリーメーソンに支配されているのだ。フリーメーソンリーの理想がエキュメニカルという方向で動いており、この大戦略を始めたのもプロテスタントのWCCである。

 エキュメニカル、宗教対話のバチカン戦略も、そもそもバチカン内部のメーソンがつくりだしたものかもしれない。こうした“神々の同盟”は一面、反共戦略を意味しており、フリーメーソンも反共であることには変わりがない。






(私論.私見)