第10部−222 「れんだいこ転向論の構図」いわゆる転向問題考

 (最新見直し2007.1.8日)

 れんだいこはまだ論を整理できていないが、左派運動史上転向論の考察はかなり意義のあることのように思えるので、れんだいこ風に調理しておこうと思う。二度と轍を踏まないための教訓的な論を構築してみたい。この辺りがからきし出来ていないのが日本左派運動の貧困なのではなかろうか。この関心は、れんだいこの宮顕論がもたらした成果だろうと思う。

 れんだいこは、従来の「転向論」については何も知識が無い。興趣を覚えなかったのがその理由であるが、漸く見えてきたこととして次のことを指摘しておきたい。爾来、「内省的な転向分析」は明らかに一つの大きな欠陥を負っていないだろうか。その最大ヶ所は、有り得なかった「唯一非転向人士」としての宮顕の威光にひれ伏し、その謂いを逆に疑う視点を放棄し、そこから逃亡した地平で自らの転向を卑下し呪い、何やらちまちました精神問答に向っていることに有る。研究者達は、その種の様々な社会学的分析に労を取り過ぎていやしなかったのか。そういう意味の不満がある。

 そういう転向論は明らかに変調であろう。史上最も強硬に君臨した宮顕の「唯一非転向完黙人士的聖像」の虚と闘わずして、その不正を見逃したところで転向論を何やら難しく語ったとしても、所詮実りの無い論議では無かろうか。それでいて案外と無茶苦茶な規定の周りを堂々巡りしてきているのではないのか。れんだいこは爾来その空疎さとその空疎さをカムフラージュする為に拵えられた難解さに辟易してきたのではなかったか。「転向問題」はそれほど難しく語られるべきであろうか。

 これまで自称インテリ人士とか文学運動戦線での自身ないし周辺の「内省的な転向分析」、「転向者その後の歩み」の研究は為されている。が、肝心要の「転向者と非転向者の評価如何問題」、「転向に対する政治的総括」、「転向事由に対する真摯な検討」は為されているのだろうか。転向問題はやはりここが基本となるべきだろう。

 しかしながら、「転向者と非転向者の評価如何問題」、「転向に対する政治的総括」、「転向事由に対する真摯な検討」は、非転向者の絶対的優位の立場から転向者を断罪する為に為すのではない。それはあまりに戯画的過ぎる。「れんだいこ転向論」は、次のように課題設定する。ズバリと問題を設定するのがれんだいこ好みなので次のように問いかけてみたい。

 その一、「宮顕が自身で云うような非転向は在り得なかったこと」を確認する。通説は、「戦後党運動における非転向の双璧は、徳球と宮顕であった」とするが、宮顕はこの規定にも飽き足らず、「実質的に非転向だったのは俺だけ」論を吹聴している。ところが、宮顕の場合、転向非転向を云うにはあまりにも胡散すぎて問題にならない。「れんだいこ転向論」は、その虚偽を暴くことから始める。「宮顕唯一タフガイ非転向人士的聖像」の虚説が信じられているだけにその嘘を暴くことは重要である。宮顕派つまり宮顕、蔵原、袴田ラインの非転向なぞペテンの類であることを明らかにしたい。

 その二、「僅か少数の非転向者の獄中闘争を真っ当に評価し直したい」。徳球、志賀、春日(庄)らは一応の非転向を貫き厳しい獄中生活を耐え、戦後になって釈放される日まで何とか生き延びた。この間、大勢の共産党員が没している。我々が為すべきことは、彼らを正統に評価し、あたら惜しくも命を落とした者を畏敬をもって祀ることであろう。日本左派運動は、この当然の事ができない。これは微妙に靖国問題に通底している。これらのことを確認する。

 補足すれば、非転向者の威光の生態を解析してみたい。はじめに明らかにしておけば、双璧の徳球と宮顕の非転向を誇る態度には次のような違いがある。徳球は専ら社民に対し自らの非転向を誇る。宮顕は、専ら党内に対し非転向を誇る。奇妙なほどに誇り方の違いがある(
「宮顕の非転向神話の暴力的君臨の実態資料」参照)。転向者は、自身の転向ぶりを恥じ、徳球と宮顕の非転向に対し無条件に頭を下げるという共通の作法が見られる。その生態を解析してみたい。

 その三、「転向者の転向行為、偽装転向を免責する」。いわゆる転向は、治安維持法下では命の引き換えとなり、止むを得なかったこと、それは何等断罪されるべき性質のものではないことを明らかにしたい。宮顕の言うような非転向を貫けば、即時虐殺あるいは度重なる拷問による獄中死しか無かったのが実際ではなかったのか。有能なものであればあるほど過酷な拷問が待ち受けていたのであり、宮顕的な誇りなぞ原理的に有り得ない。にも関わらず、易々と宮顕ペテン論理に騙されてきた負の歴史を総括したいと思う。

 その四、「だがしかし、何ゆえに指導幹部級の大量転向が相次いだのかを問いたい」。その背景とその生態及び論理を解析してみたい。当局の弾圧の威力と転向政策、思想問答の様子と各人の転向論理を俎上に上げて見たい。「水野ら第二次解党派の第一次大量転向」、「佐野・鍋山共同声明による第二次雪崩転向」の際に特に転向事由になった1、コミンテルンの支部機関化問題、2、天皇制問題、3、民族主義問題、その他についても言及してみたい。転向者の類型分析とその論理を解析することにより、その転向がある種不可避でもあった事情を解析したい。

 その五、「指導幹部のみならず末端党員まで何ゆえに雪崩を打つかのように転向に向ったのか。それを促した当時の左派運動の組織的運動的土壌を検証してみたい」。これを実践的観点から問うてみたい。あまりにも精神的な思弁的なものは文学者の分析に任せて、我々は生活上、左派運動上で「何ゆえ転向を促進せざるを得なかったのか、どういう対応が可能であったのか」の視点から解析してみたい。

 その六、「他の諸国の同様弾圧に対する対応ぶりと比べてみてどの辺りが違うのか」について考察したい。特に、中国、朝鮮の抵抗運動での犠牲者及び転向者の生態と比較させてみたい。いわば「転向問題の世界史的考察」と云える。

 等々が転向論に於いて本来論ぜられるべきではないのか。転向問題はかく問題設定されて論ぜられるべきではなかろうか。かく、対象の持つ意味を精確に設定しなければ、論は生産的なものにならないのではなかろうか。肝心の設定が為されず、実践に役立たない方向で何やら難しく語られるのはなぜなのだろう。

 れんだいこは、従来の転向論についてそういう不満がある。故に、かく観点を据えて「れんだいこ転向論」を始めたい。かの時代を共有した当時の者達にとって、自身の忸怩たる思いもあってか転向問題は昔のこととして極力避けて通りたかったのであろうが、幸いなことにれんだいこは時代を隔てており、これを客観化することが出来る。「れんだいこの宮顕論」の考察で宮顕の非転向神話の胡散臭さが明らかになった以上、皆の衆何を憚ることがあろうか。 

 インターネットサイトに「転向論の再構築」が掲載されている。これを読み進め学びながら整理してみたい。その他サイトから学べるところを抜書きしてみたい。その基盤に立って良書も取り込み、「れんだいこの転向論」を次第に精緻に書き上げたい。

 2002.11.3日、2004.11.27日再編集 れんだいこ拝




(私論.私見)