441331 れんだいこの「80年史」総論批判

『日本共産党の80年』編纂の姑息性
 村岡氏は、「『日本共産党の80年』を一読して」で次のように述べている。「日本共産党は1月16日、突然なんの前触れもなく、党史『日本共産党の80年』を発表した。志位和夫委員長が記者会見して明らかにした。党中央委員会署名で、綱領や大会決定に次ぐ重要文献のはずであるにもかかわらず、内容はおろか、発行することについてさえ、この日まで一切なんの兆候もなかった。昨年12月には中央委員会総会が開催され、年頭には恒例の新年旗開きがあったが、そこでも一言半句も示唆もなかった。ここにこの党に拭いがたく染みついた閉鎖的体質が見事に貫かれている。『80年』のもう一つの外形的特徴は、きわめて軽装で小さな著作になったことである。1988年に発表した『日本共産党の65年』と比べると本文の分量は3分の1になり、年表も省かれてしまった」。

 同じ意味のことを
「さざなみ通信bR0」は次のように述べている。まず、突然の発表について、「2003年の1月16日に『日本共産党の80年』(以下、『80年史』と略記)の発行が記者会見で発表された。これは多くの党員にとって少なからず驚きであったのではないだろうか。『80年史』が出版されるという情報は一般になかったし、それまで5年ごとに更新されていた党史出版事業が『日本共産党の70年』(以下、『70年史』と略記)以来とだえていたからである」、概要「党史の出版事業は、かつての最高指導者であった宮本顕治のお気に入りの事業であった。しかしこの事業は、宮本氏が政治の表舞台から退いてからあまり重視されなくなった。かつては、党史が発行されるかなり前からそのことが大々的に宣伝されていたものだが、今回はそのような動きはほとんどなかった。それだけに、今回の出版は一定の驚きをもって迎えられたのである」と述べている。

 次に、中身が不破好みに私的に改竄されたことについて、「党史の出版事業は、かつての最高指導者であった宮本顕治のお気に入りの事業であった。党史は出版されるごとに分厚くなり、詳細になっていった。それは、その時々の政治的立場に左右されて、過去の見解が修正されたり新しい記述が入ったりしながらも、宮本指導下の日本共産党の正当性を歴史的に裏づけるものとして、党のイデオロギー的・思想的活動において中心的地位の一つを占めていた」、「『日本共産党の75年』の発行が飛ばされたことは、宮本史観から不破史観に転換する準備が、1997〜98年時点ではまだできていなかったということであろう。今回、わが党の新しい「正史」としてついに『日本共産党の80年』が出版されたことは、党の不動の指導者となった不破氏の支配力が過去の党史全体の解釈に及びはじめたことを示している」。

 次に、内容が大幅に削減され本として薄くなったことについて、「今回の『80年史』を手にとった多くの人が驚いたのは、その薄さである。党史は年々分厚くなっており、『70年史』は年表も入れると実に3分冊、総頁1200頁をはるかに越える分量になっている。本文だけでも900頁近い量であり、かつて宮本指導部はこの分厚さに、わが党の理論的・歴史的研究の深さと、党の歴史の長さ、その活動の豊かさを見出していたものだった。しかし、今回の『80年史』は単行本版で総頁わずか325頁である」。

 それは単に読みやすくするという理由によってではなく、「だが、理由はそれだけではない。不破哲三氏が完全に実権を握るようになった1995年以降、とりわけ、1998年以降の5年間というもの、あまりにも多くの点で党指導部の路線や方針が変更されたために、過去の主張や路線との整合性を維持することがますます難しくなった。宮本時代の共産党があれほど誇りにしていた党の理論的・実践的一貫性は、形式的にさえまったく維持できなくなった。不破=志位指導部が現在誇りにしているのは、融通無碍な柔軟性である。そのような立場からすれば、過去の歴史を詳細に説明することは、あまりにも無理な歴史の偽造を行なうか、あるいは場合によっては、党員にあまり知られていない重大な路線転換をわざわざ知らせる結果にさえなりかねない。このような危険を避ける最も簡単な手段は、党史全体を思い切って短くし、都合の悪い事実や、説明しにくい過去の言動についてばっさりと削ってしまうことである」。

 総論として、「かくして、今回の党史が発行された。それは、以下に詳しく見るように、現在の不破=志位指導部の基本的立場を過去の党史の解釈にまで拡大しつつ、都合の悪い事実を党史から消し去ることによって、現指導部の正当性を確保するものである。しかし、この党史発行の意味はそれだけではない。それと同時に、それは、不破=志位指導部の今後の路線の基本線をも暗示している。今年予定されている次期党大会で、綱領の全面的改定が日程にのぼると思われるが、今回の『80年史』には部分的にそれを先取りしていると思われる叙述がいくつか存在する。つまり、今回の党史は、不破史観の確立と定着のための道具であるとともに、その路線の今後の展開と進化を部分的に先取りしたものでもあるのである」。

 ところで、村岡氏の『日本共産党の80年』批判は未だ穏和すぎるように思われる。氏の指摘通りとすれば、不破一派の党史編纂の私物化を示してあまりあると云うべきだろう。日頃、外に向けては民主主義擁護派として立ち現われる不破系党中央が、内においてはかように非民主主義的私物化的党運営を為しているとするなら、これは露骨な二枚舌であり彼らの民主主義擁護の似非性が調査問責されねばならぬであろう。一体、不破の二面性においてどちらが本当の顔なのだろうか。無論、内に見せる顔のほうが正体だと云うべきだろう。

 一体、「党中央委員会署名で、綱領や大会決定に次ぐ重要文献」である党史に対し、かような私物化的対応を為し得る不破一派の目論見を凝視すべきではないのか。世には、些事として許されることと絶対に為してはならないこととがある。機関運営主義を無視したこたびのような暴挙は重罪であり、看過しがたきこととして指弾されねばならない。不破は、なぜ何のためにかように姑息な遣り方に執心するのだろう。共産党中央指導者として有り得てならないことであり、厳しく弾劾されるべきである。

 村岡氏の指摘によって明確にされたことでは有るが、穏和な批判はこの際相応しくないと思う。むしろおざなり批判に堕する恐れさえある。もっとも、こうした手法は、一人不破にとどまらず共産主義党派に普遍的に立ち現われる現象でもある。そういう意味では、特殊的に不破批判へ結びつけることが妥当かどうかという疑念の余地は残る。但し、そうであるからといって、我々が追及の手を緩めてはならない。仮に、このような手合によって国政が牛耳られるようなことがあると、それは暗黒時代の到来以外の何物でもなかろう。ましてやれんだいこは、特殊的に胡散臭さをも嗅いでいるからして徹底的に対決する道があるばかりである。


「『日本共産党の80年』の総論」としてのデタラメ性
 分量が少なくされた党史の特徴として次のことが認められる。村岡氏は、『日本共産党の80年』の気付いたところの改竄個所についていくつか指摘しているが、れんだいこ風に解釈すれば次のように云える。一体、党史記述において、これを学ぶ者に有害無益な観点の押し付けと本質から外れた事項の記述が注入され過ぎている。従って、『日本共産党の80年』を読み学んでみても、血となり肉となることが無い。こういう代物でしかない党史が偶然に生まれているのか意図的に創作されているのか、その見極めが肝心である。当然、れんだいこは後者の説を採っている。これが争論である。

 村岡氏論考は「日本共産党の80年」改竄個所についていくつか指摘しているが、現下党中央の胡散臭さを証する例証としてこれを活用しようとしない。むしろ全体的に見て好意的な是々非々観点で論述しているように見える。れんだいこはおかしなことだと思う。至らない者が至ろうとして努力した過程で種々の欠点があったとして、それらは大局的な流れの中で見られるべきであるという観点なら理解できる。だがしかし、「日本共産党の80年」でますます露骨になったパラノイア的詐術改竄ぶりに接してもなお、さような「全体的に好意」的観点に立とうとするのはむしろ不自然というべきであろう。胡散臭さをこそ凝視するのが通常の感性では無かろうか。

 村岡氏は次のように云う。「私は一貫して、戦前の共産党の闘いについては、さまざまに限界があったにせよ全体としては大きく肯定的に評価する立場に立っている。彼・彼女らの闘いは日本に住む私たちの共通の誇るべき財産である」。これはれんだいこも同感である。続いて、「日本帝国主義の侵略戦争を阻止できなかったから、共産党にも戦争への責任があるなどという考え方はまったく非歴史的で没主体的な傍観者の戯言にすぎない」。これは、丸山眞男氏の「戦争責任論」に対して宮顕党中央側の反論を弁護しているように思える見解披瀝で問題である。

 村岡氏は、「このことについては次の言葉をかみしめる必要がある」として次のように云う。概要「『ある趨勢の究極的な勝利が、なぜ、その進行を抑制しようとする努力が無力であることの証拠とみなされなければならないのか。変化の速度を落とさせたというまさにその点で評価されえないのか。変化の速度は、変化の方向そのものに劣らず重要であることが多い』。これはカール・ポラニーの『大転換』からの引用であるが、私たちが歴史を把握する基本的観点はこうでなくてはならない。そのうえで、闘いの限界についても傲ることなく自己切開すべきなのである。白か黒かの二分法に陥って、<程度>や<形態>の重要な意味を見落とす短絡的な思考の水準で、共産党を非難する声が絶えないので、このことは特に強調しておくことが大切である」。

 これについて、れんだいこは次のように思う。「白か黒かの二分法に陥って、<程度>や<形態>の重要な意味を見落とす短絡的な思考の水準で、共産党を非難する声が絶えない」のであれば、その水準の者達に対する村岡氏の批判は正しい。しかし、日共をこのレベルで批判する者なぞ居るのだろうか。むしろ、れんだいこ見解までは明確に至ら無くても、宮顕系の独善的な得手勝手ご都合主義的な公式主義的な歴史観に辟易した者が疑問を呈しているのではないのか。これが実相であるのに、村岡氏のような弁護論はあまりに偽善的過ぎやしないか。  

 志位は記者会見で、概要「『80年』も『歴史のリアリズム』と『何ものをも恐れない科学的社会主義の精神』につらぬかれている」と胸を張って云いぬいた。村岡氏は、「さらに徹底してほしいと願わずにはいられない」とコメント付けている。このコメントについても同様に思うが、「何が歴史のリアリズムであるものかは」、「おこがましくも『何ものをも恐れない科学的社会主義の精神につらぬかれている』とはよく云うは」と批判するのが論理の自然な流れだろうに。




(私論.私見)