44121 不破系「2003年綱領」考

  2003.6.27日付け毎日新聞によると、不破共産党議長は単独インタビューに応じ、「党綱領改定に自信示す」なる見出しで次のように概要が明らかにされている。これにコメント付ける。

 記者の問い「改定案への党内の反応は」に対し、「読みやすく、筋が分かりやすくなったという声が随分あった。非常に歓迎されている」と応えている。何の事は無い、中身の評価では無い。ならばと、中身の評価についてはどうですかと、「『現実路線』を反映させることで党の独自性が失われるのでは」の質問に対し、「何をもって独自性と見ていたかにかかわる。例えば日本の米国への従属体制は世界でも異常だ。外交に自主性のない国で生きていけるのかという批判がある。日本の主権独立を提起する政党は私たちだけだ。この独自性は消えない」などと頓珍漢な答弁で解答を避けている。

 「改定案は政権入りを意識したものですか」iに対し、「当面の政局に対応するために綱領をいじくる気持ちはさらさらない。改定案を書く時に他党の人の顔を思い出しながら、書くなんてない」と応えている。当人はかにかったつもりだろうが、こたびの改定案が不破単独の作業であったことを問わず語りに漏らしている。「改定をどう支持拡大につなげますか」に、「短期的な利害得失と結びつけてモノは考えていないが、より鮮明に、より分かりやすい綱領にすることは必ず国民の共感を広げられる」と述べ、実際の必要から生まれたのではなく、日共運動の右傾的タガハメに策定したことを漏らしている。

 その他いくつかの質疑をしているが、他愛ない遣り取りにより略す。問題は次のことにある。こたびの「2003年不破綱領」は、長年の不破の右派系運動の完結編として持ち出されたものであり、それは現下低迷する日共運動の要因を解析し、それを打開する方途を求めて打ち出したものではない、既に老人性痴呆症候を見せつつある不破の日共運動の私物的観点からの妄執の産物に過ぎない、ということである。

 この党の体質からしてこの綱領が採択されるのだろう。それは、宮顕―不破運動が辿り着いた天然記念物として意味があるのでむしろ採択させた方が良い。しかしだ、あまりに愚かなこの綱領が世界に発信され物笑いになるのを考えると、滑稽やらおぞましいやらで複雑な気分になる。

 2003.7.23日 れんだいこ拝



【「03不破綱領」について】 れんだいこ 2003/06/29
 現行党綱領「61年宮顕綱領」が採択されたのが2003年基準で42年前である。さすがに古色蒼然としてきており、新綱領の策定が促される根拠はある。こうして「03不破綱領」が提起された。問題は、「61年宮顕綱領」をどのように見直し、どこの部分を是認し継承し、どこの部分を変更しているのか、どこの部分を自己批判的に切開し得なかったのかを読み取ることにある。

 商業新聞は「基本路線の見直しにどの程度踏み込むかが焦点となっている」と関心を示しているが、れんだいこには明瞭である。1955年の六全協以来、第7回党大会、第8回党大会を経て決議された「61年宮顕綱領」の反動的本質を全露呈させ、不破式共産主義思想自己否定綱領へと完結せんとしているだけのことである。この策動は、現実の階級情勢の必要から生まれたものではなく、ただ単に宮顕−不破路線を自己完結せんが為の妄執に過ぎない。こうしたことが成り立つこと事態、私物化極まれりというべきであろう。

 現にどうやら不破単独の執筆になっている可能性が濃厚な代物である。不破は、「今年にはいって常任幹部会のなかに小委員会をつくり、常幹会議で議論をしてきた」と云い為しているが、今年の何時、どういう決議で、メンバーは誰で、どういうやり取りで作成されたのか明らかにし得ていない。6.27日付けの毎日新聞とのインタビューで、「改定案は政権入りを意識したものですか」の問いに対して、「改定案を書く時に他党の人の顔を思い出しながら、書くなんてない」と答えているところから窺うのに単独執筆の可能性が強いことが分かる。

 これをもう少し具体的に敷衍すると、こたびの「03不破綱領」は、「61年宮顕綱領」の「国家主権従属規定」の間違いを大胆に自己批判し正規の認識に質すべきところを逆に居直り的に肯定継承せんとしている。この一点で後世のお笑いになるだろう。

 例えて云えば、ねじれているのを解くのではなく余計にねじれさせている事になる。その上で、「アメリカ帝国主義と日本独占資本という二つの敵論」に対し、その生硬な認識を継承せずソフト化しようとしていることが判明する。「ソフト化」とは、曖昧にさせ二重基準にしているという意味である。一体、「アメリカ帝国主義と日本独占資本という二つの敵論」の立場に立つのか立たないのか、いくら読んでも分からなくしている。

 この手法が全てに網掛けされている。すんなりとはっきりさせたのは、天皇制、自衛隊の捉え方で「当面容認、将来の解決課題案件」であるとして右翼的に改変したことである。天皇制は、現行の「君主制廃止」から「憲法上の制度で、存続は将来、情勢が熟した時に国民の総意によって解決されるべきだ」としている。自衛隊は、現行の「解散を要求」から「国民の合意で憲法9条の完全実施に向かって前進をはかる」。

 二段階革命方式問題については、これを基本的に保持しながらも、概要「社会主義的変革は、短期間に一挙に行われるものではなく、一歩一歩段階的な前進を図る」とした。「遠い将来の課題にお蔵入り」させたことになるが、二段階革命路線を放棄したのかしていないのかどちらにでも読み取れるお得意の三枚舌話法に仕上げている。これに「体制内運動修正主義論」が加わるので、右へ右へと向かうしかない道筋が敷かれている。

 民主連合政府構想も統一戦線戦略戦術も、本気なのか独自の運動を目指すのか、二重基準にしている。馬鹿らしいからこれぐらいで止めとこ。結論として、何から何までまっこと不破らしい思い付き綱領ではある。永年の「右派に徹するぞぉ」の誓いを完結させた感がある。

 2003.6.29日 れんだいこ拝


【「日共創立81周年記念講話 不破議長による『綱領改定案の内容と魅力を語る』」について】 れんだいこ 2003/07/22
 2003.7.19日赤旗は、日共創立81周年に当たっての不破議長の講話「綱領改定案の内容と魅力を語る」を掲載している。以下、これにコメント付ける。

 興味深いことは、創立記念日に相応しい先人の苦労を偲ぶ話は皆目割愛されて、「2003年不破綱領」の自画自賛に終始していることである。こんな党創立記念講話なぞ有り得て良いことだろうか。しかも、「2003年不破綱領」の眼目たるや、果たしてこれが共産党という名前の付いた党の綱領足りえるのか訝らざるを得ない代物であり、それを自画自賛する不破、拍手で応ずる党員の奇異性のみが浮かび上がってくるという按配である。

 れんだいこが総評を形容すれば、まさに気の抜けたビールを飲まされた感がある。もっと云えば世も末という感じがする。関係者一同が特殊な信仰でもしており納得しているというのなら、れんだいこがわざわざその虚妄を衝く世話も要らない。しかし、れんだいこの経歴はかってかような宮顕―不破式論法に汚染され、それを食い破るのに相応の時間を要し、今ははっきりと宮顕―不破式論法が如何に有害無益な水銀中毒理論であるのかを確認しており、それを思えば未だに闇雲にもがいている者がいたとして彼及び彼女に我が見解を伝えておくことは有益であると確信する。そういう意味で、世話取りをしてみたくなる。

 以下、考察するが、あらかじめ要点を述べておく。こたびの「2003年不破綱領」は、「61年宮顕綱領」の是正に向かったのではない。むしろ反対に、「61年宮顕綱領」に認められる本質的に右派的な綱領を更に右傾化させ、もはや極右というしかないところまで押し進めた「非共産党的体制万歳綱領」になっているということである。

 曰く、日本は対米従属国である。曰く、天皇制は現状的に容認されるべきである。曰く、自衛隊も然り。曰く、現体制も然り。曰く、当面の革命は民主主義革命であり、その先に社会主義革命を展望するという訳ではない。曰く、「市場主義的社会主義」の可能性を追求すべきである。曰く、現在の資本主義の利潤第一主義を改めさせることに運動を組織すべきである。曰く、資本主義と社会主義の混合経済を旨とすべし。曰く、これら全てのことは将来の課題として、須らく将来に任せよ。要約すれば概要以上のようなことになる。

 不破のこの見解をどう受け止めるべきか。れんだいこは、これがどこかの大学教授が私案として述べているのなら一向に構わない。問題は、日共という党中央の最高指導部としての壇上から饒舌し続け、こたびは新綱領として押し付けようとしていることに対して異議を申し立てている。とてもではないが、このような綱領では第一、体制と闘えないではないか。むしろ、精神的にも武装放棄させられ、投降させられ、恭順を誓わされようとしているのではないのか。底なしの右派路線であり、せいぜい体制修繕屋としてのみの活動が許されようとしている。

 という訳であるが、今や我が社会の脳軟化症状は権力与党から野党までその他諸党派までなべてその傾向にあり、案外こういう理論が似合っているのかも知れない。国会議事堂内のドン小泉はんが戦後初の本格的な軍事派兵を企てているが、これが歴史的に如何に戦後体制の枠組みからの転換を意味しているのかにつき自覚が乏しい。全てがまぁまぁ式に処理されようとしている。国会質疑では書生論にもならないはすっ葉な意見が談笑のうちに遣り取りされている。

 社会党は既に無く、転生した社民党が目に見えて没落しているのに党首は相変わらず座椅子に止まろうとしており、何とかするのが党首の責任だ論で永年執行部論を振りまいている。左派らしい立場の者がソウダソウダと相槌を打っている。共産党という体制転覆を結社の旨として創立された党が、体制修繕屋運動論で丸め込まれようとしている。そういう意味ではもはや何から何までお似合いなのかも知れない。

 以下、日共創立81周年の不破講話「綱領改定案の内容と魅力を語る」の仮要約。

 その一、従属国家論について。この規定に付き歴史的訂正が必要なところを更に恥の上塗りで居直り是認している。(これについては別章で考察するので中略)

 その二、天皇制について。「私たちは、42年前に綱領を決めたときも、実際にはもっと前からですが、『天皇制打倒』の旗をかかげたことは一度もないのです」などと公然とウソを付いている。

 「天皇制打倒」はそれが最肝要なテーマであったかどうかは別として、党創立以来の変遷したテーゼも含めて常に主要課題で在り続けてきた。これを公然と明記するかどうかは、弾圧との関係で顧慮されたが、天皇制こそ日本支配階級の肝心要の支配体制であるとしてその打倒を革命戦略の中心に位置付けてきた。

 これを踏まえて現代的に総括するのは不破の自由であるが、「『天皇制打倒』の旗をかかげたことは一度もない」などとの詐術は許されない。むしろ、戦前以来の党運動に対する冒涜であり、犯罪的誑(たぶら)かしであろう。

 不破は云う。
 起・「ですから将来の日本の方向として、どういう制度をとるべきかということをいえば、天皇制のない民主共和制をめざすべきだというのが日本共産党の方針であって、この点に変わりはありません」と、まず一般的に「天皇制望ましからず論」を述べる。
 承・概要「天皇制というのは、憲法で決められた制度で、ならば天皇制と共存するのが道理ある態度が肝要だ」と、逆転見解を述べる。
 転・概要「戦後の天皇制は『国政に関する権能を有しない』ものであり、今やわが国は国民主権の体制となっている」と、逆転見解に沿いながらそれを補強する見解を打ち出す。
 結・概要「天皇制の問題は将来に委ねる」と、「天皇制現状容認論」で締めくくる。

 当初、一般論で天皇制を否定し、結論で逆裁定で肯定する。いつもの不破式詭弁がここにある。これを名付けて忍法煙り巻き話法と云う。れんだいこは、「天皇制現状容認論」自体を批判しようとは思わない。そういう考え方もあるだろう。だがしかし、その結論を導くに当たって、ウソと詭弁で塗り固めた不破式論法による説教聞かされるのは気持ち悪いものであり、論法自体もナンセンスであると申し立てしている訳である。

 その三、自衛隊について。不破は、天皇制問題と瓜二つの同じ論法で逆裁定に辿り着く。
 起・まず一般的に「自衛隊は憲法9条に抵触するという理由付けで自衛隊望ましからず論」を述べる。
 承・概要「既に半世紀、自衛隊は存在してきた。これを踏まえねばならない」と、逆転見解を述べる。
 転・概要「安保条約をなくすことが必要で、その為に民主連合政府を創ることが急がれる」と、逆転見解に沿いながらそれを補強する見解を打ち出す。
 結・概要「自衛隊は『段階的に解消』されるべきであり、この問題は将来に委ねる」と、「自衛隊現状容認論」で締めくくる。

 その四、将来の青写真について。不破は、天皇制問題、自衛隊問題と瓜二つの同じ論法で逆裁定に辿り着く。
 起・まず一般的に「資本主義を乗り越えた未来社会――社会主義・共産主義の社会創出に向かう。マルクスは過去の思想家ではない。むしろ見直しされている論」を述べる。
 承・概要「中国は現在『市場経済を通じて社会主義へ』に取り組んでいる。この流れが今後世界に影響を及ぼす重要な流れの一つになると考えられる」と、「市場性社会主義論」を持ち出し、新見解を述べる。
 転・概要「日本のような先進国では民主主義革命を目指すべきである。利潤第一主義を改め、『生産手段の社会化』に取り組む。その際、『社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される』。中小自営業者も保護される」と、新見解に沿いながらそれを補強する見解を打ち出す。
 結・概要「どんな改革も国民の合意によってやる。綱領にも『その出発点となるのは、社会主義・共産主義への前進を支持する国民多数の合意の形成であり、国会の安定した過半数を基礎として、社会主義をめざす権力がつくられることである。そのすべての段階で、国民の合意が前提となる』と明記している」と、「社会体制現状容認論」で締めくくる。

 その五、「市場経済を通じて社会主義へ」について。不破はこの問題に特別言及している。確かに「社会主義と市場経済」は最も現代的課題となっている。この点に注目する視点は良いとして、不破はどのように述べているのであろうか。

 起・まず新観点的な「市場経済といいますと、何か資本主義と同じものだと思っている方もおいでですけれども、市場経済というのは自由に商品が売買され、市場で競争し合う仕組み、体制のことです。これは資本主義に向かう道筋にもなれば、条件によっては社会主義に向かう道筋にもなりうるのです」を述べる。
 承・概要「日本はいま、資本主義的な市場経済が支配している国であります。そこで私たちが将来社会主義への道に踏み出すとしたら、資本主義的市場経済のただなかに、社会主義の部門が生まれることになるでしょう。もちろん、そこには資本主義の部門が残っていますから、社会主義の部門と資本主義の部門が同じ市場の中で競争し合うことになるでしょう」と、混合経済的見解を披瀝する。
 転・概要「社会主義の部門が能率が悪くて、製品の出来も悪かったら、そういうだめな社会主義は当然、市場で淘汰(とうた)されます。そういう過程をへながら、経済の面でも一段一段、国民の目と経験で確かめながら、社会主義への段階を進む。当然、日本はこういう道筋をたどるでしょう」と、新見解に沿いながらそれを補強する見解を打ち出す。
 結・概要「私たちは日本の未来を、私たちが現在到達している考えの水準で縛るつもりはありません。未来はその仕事にあたる世代が、おおいに知恵を発揮しながら開拓すべきものであります。しかし、大方向については、二十世紀を生きてきた者として、私たちのえた経験と教訓を将来に引き継ぐべき責任があると思います」と、「社会状況現状容認論」で締めくくる。


【「2003年綱領草案」】
 2003.6.22日付け赤旗に「第七回中央委員会総会議案 日本共産党綱領(案)」が発表された。以下、これをコメント付けながら解析する。
一、戦前の日本社会と日本共産党

 (一)日本共産党は、わが国の進歩と変革の伝統を受けつぎ、日本と世界の人民の解放闘争の高まりのなかで、一九二二年七月一五日、科学的社会主義を理論的な基礎とする党として、創立された。

(私論.私見)「科学的社会主義」なる用語について

 この当時、「科学的社会主義」なる用語が使われていたのか。使われていない用語で差し替えるのは「歴史の偽造」にならないか。少なくとも、不正確の謗りを免れまい。

 当時の日本は、世界の主要な独占資本主義国の一つになってはいたが、国を統治する全権限を天皇が握る専制政治(絶対主義的天皇制)がしかれ、国民から権利と自由を奪うとともに、農村では半封建的な地主制度が支配し、独占資本主義も労働者の無権利と過酷な搾取を特徴としていた。この体制のもと、日本は、アジアで唯一の帝国主義国として、アジア諸国にたいする侵略と戦争の道を進んでいた。

 党は、この現状を打破して、まず平和で民主的な日本をつくりあげる民主主義革命を実現することを当面の任務とし、ついで社会主義革命に進むという方針のもとに活動した。

(私論.私見)「平和で民主的な日本をつくりあげる民主主義革命を実現することを当面の任務」なる表現について

 この当時、「平和で民主的な日本をつくりあげる民主主義革命を実現することを当面の任務」なる表現が為されていたのか。使われていない用語で差し替えるのは「歴史の偽造」にならないか。少なくとも、不正確の謗りを免れまい。不破は何故かような詐欺を常套するのか。

 (二)党は、日本国民を無権利状態においてきた天皇制の専制支配を倒し、主権在民、国民の自由と人権をかちとるためにたたかった。

 党は、半封建的な地主制度をなくし、土地を農民に解放するためにたたかった。

 党は、とりわけ過酷な搾取によって苦しめられていた労働者階級の生活を根本的に改善し、すべての勤労者、知識人、女性、青年の権利と生活の向上のためにたたかった。

 党は、進歩的、民主的、革命的な文化の創造と普及のためにたたかった。

 党は、ロシア革命と中国革命にたいする日本帝国主義の干渉戦争、中国にたいする侵略戦争に反対し、世界とアジアの平和のためにたたかった。

 党は、日本帝国主義の植民地であった朝鮮、台湾の解放と、アジアの植民地・半植民地諸民族の完全独立を支持してたたかった。

 (三)日本帝国主義は、一九三一年、中国の東北部への侵略戦争を、一九三七年には中国への全面侵略戦争を開始して、第二次世界大戦に道を開く最初の侵略国家となった。一九四〇年、ヨーロッパにおけるドイツ、イタリアのファシズム国家と軍事同盟を結成し、一九四一年には、中国侵略の戦争をアジア・太平洋全域に拡大して、第二次世界大戦の推進者となった。
 帝国主義戦争と天皇制権力の暴圧によって、国民は苦難を強いられた。党の活動には重大な困難があり、つまずきも起こったが、多くの日本共産党員は、迫害や投獄に屈することなく、さまざまな裏切りともたたかい、党の旗を守って活動した。このたたかいで少なからぬ党員が弾圧のため生命を奪われた。
 他のすべての政党が侵略と戦争、反動の流れに合流するなかで、日本共産党が平和と民主主義の旗を掲げて不屈にたたかい続けたことは、日本の平和と民主主義の事業にとって不滅の意義をもった。

(私論.私見)「平和と民主主義の旗」なる表現について

 この当時、日共は、「平和と民主主義の旗」を立てて闘ったのか、このような規定は「歴史の偽造」にならないか。少なくとも、不正確の謗りを免れまい。不破は何故かような詐欺を常套するのか。

 侵略戦争は、二千万人をこえるアジア諸国民と三百万人をこえる日本国民の生命を奪った。この戦争のなかで、沖縄は地上戦の戦場となり、日本本土も全土にわたる空爆で多くの地方が焦土となった。一九四五年八月には、アメリカ軍によって広島、長崎に世界最初の原爆が投下され、その犠牲者は三〇万人にのぼり、日本国民は、核兵器の惨害をその歴史に刻み込んだ被爆国民となった。
 ファシズムと軍国主義の日独伊三国同盟の世界的な敗北のなかで、一九四五年八月、日本帝国主義は敗北し、日本政府はポツダム宣言を受諾した。反ファッショ連合国によるこの宣言は、軍国主義の除去と民主主義の確立を基本的な内容としたもので、日本の国民が進むべき活路は、平和で民主的な日本の実現にこそあることを示した。これは、党が不屈に掲げてきた方針が基本的に正しかったことを、証明したものだった。

(私論.私見)「党が不屈に掲げてきた方針が基本的に正しかったことを、証明したものだった」なる表現について

 ポツダム宣言の内容をもって「党が不屈に掲げてきた方針が基本的に正しかったことを、証明したものだった」なる総括は評論的過ぎよう。ポツダム宣言受諾をもっての日帝の敗戦に対して、これを日本人民による自力革命で成し遂げ得なかったのかの視点こそ述べられるべきではないのか。

二、現在の日本社会の特質

 (四)第二次世界大戦後の日本では、いくつかの大きな変化が起こった。

 第一は、日本が、独立国としての地位を失い、アメリカへの事実上の従属国の立場に落ち込んだことである。

 敗戦後の日本は、反ファッショ連合国を代表するという名目で、アメリカ軍の占領下におかれた。アメリカは、その占領支配をやがて自分の単独支配に変え、さらに一九五一年に締結されたサンフランシスコ平和条約と日米安保条約では、沖縄の占領支配を継続するとともに、日本本土においても、占領下に各地につくった米軍基地の主要部分を存続させ、半永久的なアメリカの世界戦略の前線基地という役割を日本に押しつけた。日米安保条約は、一九六〇年に改定されたが、それは、日本の従属的な地位を改善するどころか、基地貸与条約という性格にくわえ、有事のさいに米軍と共同して戦う日米共同作戦条項や日米経済協力の条項などを新しい柱として盛り込み、日本をアメリカの戦争にまきこむ対米従属的な軍事同盟条約に改悪・強化したものだった。

(私論.私見)「サンフランシスコ平和条約と日米安保条約に対する欺瞞的認識」について

 日本は、1951年のサンフランシスコ平和条約でもって主権国家の要件を国際社会的にも揃えた。普通、これは国家の独立を意味する。しかるに「61年宮顕綱領」はその意義を認めず、相変わらずの従属国家規定論を持ち込んだ。こたびの「2003年不破綱領」はそれを歴史的に訂正する義務を負うところ、更に従属規定論を踏襲している。

 日米安保条約は、同盟条約であり、且つ軍事協定条約である。これは主権国家間に締結されたものであり、この条約をもって従属国家規定するのはお門違いであろう。宮顕―不破は何故かような既定を好むのか。それは、主権国家規定すれば自ずと帝国主義規定に向かわざるを得ず、帝国主義規定すれば自ずと「社会主義の前夜論」に傾斜せざるを得ず、この流れを未然に防ぐ為に意図的故意に従属国家論を振りまいていることが知られねばならない。

 第二は、日本の政治制度における、天皇絶対の専制政治から、主権在民を原則とする民主政治への変化である。この変化を代表したのは、一九四七年に制定された現行憲法である。この憲法は、主権在民、戦争の放棄、国民の基本的人権、国権の最高機関としての国会の地位、地方自治など、民主政治の柱となる一連の民主的平和的な条項を定めた。

 形を変えて天皇制の存続を認めた天皇条項は、民主主義の徹底に逆行する弱点を残したものだったが、そこでも、天皇は「国政に関する権能を有しない」ことなどの制限条項が明記された。この変化によって、日本の政治史上はじめて、国民の多数の意思にもとづき、国会を通じて、社会の進歩と変革の道を進むという道すじが、制度面で準備されることになった。
(私論.私見)「戦後憲法秩序に対する欺瞞的認識」について

 「戦後憲法秩序」を「主権在民を原則とする民主政治への変化」とみなすのは良いとしても、この観点だけでは共産党のものには相応しくない。「戦後憲法秩序」が、日本の社会主義革命にとってどういう意義ないし役割を持つのかについて、共産党的立場からの考察が必要であろう。ここが完全に欠落しているのが不破らしいところだ、
 第三は、戦前、天皇制の専制政治とともに、日本社会の半封建的な性格の根深い根源となっていた半封建的な地主制度が、農地改革によって、基本的に解体されたことである。このことは、日本独占資本主義に、その発展のより近代的な条件を与え、戦後の急成長を促進する要因の一つとなった。

 日本は、これらの条件のもとで、世界の独占資本主義国の一つとして、大きな経済的発展へと進んだ。しかし、経済的な高成長にもかかわらず、アメリカにたいする従属的な同盟という対米関係の基本は変わらなかった。

(私論.私見)「日本帝国主義論の欠如」について

 この項では、日本資本主義の経済的成長を「日本帝国主義論」的観点から言及せねばならない。しかるに、「アメリカにたいする従属的な同盟という対米関係の基本」を持ち出してすり替えすることにより、全く免責している。
 (五)わが国は、高度に発達した資本主義国でありながら、国土や軍事などの重要な部分をアメリカに握られた事実上の従属国となっている。
(私論.私見)「相変わらずの従属国規定」について

 
宮顕綱領の「痴愚的従属国家論」が引き続き踏襲されている。この規定に拠れば、1952年のサンフランシスコ条約による「国家主権の国際的認知」という史的経緯が無視されており、従ってサ条約以前と以後の評価が識別的に為されない、故に日本国家に対する社会主義的観点からの闘争が組織し得ないという意味での反動的理論の温床となっている。
 わが国には、戦争直後の全面占領の時期につくられたアメリカ軍事基地の大きな部分が、半世紀を経ていまだに全国に配備され続けている。なかでも、敗戦直後に日本本土から切り離されて米軍の占領下におかれ、サンフランシスコ平和条約でも占領支配の継続が規定された沖縄は、アジア最大の軍事基地とされている。沖縄県民を先頭にした国民的なたたかいのなかで、一九七二年、施政権返還がかちとられたが、米軍基地の実態は基本的に変わらず、沖縄県民は、米軍基地のただなかでの生活を余儀なくされている。アメリカ軍は、わが国の領空、領海をほしいままに踏みにじっており、広島、長崎、ビキニと、国民が三たび核兵器の犠牲とされた日本に、国民に隠して核兵器持ち込みの「核密約」さえ押しつけている。
(私論.私見)「とってつけたような沖縄論」について

 何と、サ条約に言及したかと思いきや、「サンフランシスコ平和条約でも占領支配の継続が規定された沖縄」の特殊な地位を述べるために利用されている。何と云う恣意的なサ条約論だろう。

 日本の自衛隊は、事実上アメリカ軍の掌握と指揮のもとにおかれており、アメリカの世界戦略の一翼を担わされ、海外派兵とその拡大がたくらまれている。

 アメリカは、日本の軍事や外交に、依然として重要な支配力をもち、経済面でもつねに大きな発言権を行使している。日本の政府代表は、国連その他国際政治の舞台で、しばしばアメリカ政府の代弁者の役割を果たしている。

 日本とアメリカとの関係は、対等・平等の同盟関係では決してない。日本の現状は、発達した資本主義諸国のあいだではもちろん、植民地支配が過去のものとなった今日の世界の国際関係のなかで、きわめて異常な国家的な対米従属の状態であって、アメリカの対日支配は、明らかに、アメリカの世界戦略とアメリカ独占資本主義の利益のために、日本の主権と独立を踏みにじる帝国主義的な性格のものである。

 (六)日本独占資本主義は、戦後の情勢のもとで、対米従属的な国家独占資本主義として発展し、国民総生産では、早い時期にすべてのヨーロッパ諸国を抜き、アメリカに次ぐ地位に到達するまでにいたった。その中心をなす少数の大企業は、大きな富をその手に集中して、巨大化と多国籍企業化の道を進むとともに、日本政府をその強い影響のもとに置き、国家機構の全体を自分たちの階級的利益の実現のために最大限に活用してきた。国内的には、大企業・財界が、アメリカの対日支配と結びついて、日本と国民を支配する中心勢力の地位を占めている。

(私論.私見)「日本独占資本主義の対米従属的な国家独占資本主義」について

 要するに日帝論を避けよう避けようとしていることが分かる。

 大企業・財界の横暴な支配のもと、国民の生活と権利を守る多くの分野で、ヨーロッパなどで常識となっているルールがいまだに確立していないことは、日本社会の重大な弱点となっている。労働者は、長時間・過密労働に苦しみ、多くの企業で「サービス残業」という違法の搾取方式までが常態化している。雇用を保障する解雇規制の立法も存在しない。

 女性差別の面でも、国際条約に反するおくれた実態が、社会生活の各分野に残って、国際的な批判を受けている。公権力による人権の侵害をはじめ、さまざまな分野での国民の基本的人権の抑圧も、重大な状態を残している。

 日本の工業や商業に大きな比重を占め、不可欠の役割を担う中小企業は、大企業との取り引き関係でも、金融面、行政面でも、不公正な差別と抑圧を押しつけられ、不断の経営悪化に苦しんでいる。農業は、自立的な発展に必要な保障を与えられないまま、「貿易自由化」の嵐にさらされ、食糧自給率が発達した資本主義国で最低の水準に落ち込みつつも、農業復興の前途を見いだしえない状況が続いている。

 国民全体の生命と健康にかかわる環境問題でも、大企業を中心とする利潤第一の開発政策は、自然と生活環境の破壊を全国的な規模で引き起こしている。

 日本政府は、大企業・財界を代弁して、大企業の利益優先の経済・財政政策を続けてきた。国と地方の予算の最大の部分が大型公共事業など大企業中心の支出と軍事費とに向けられ、社会保障への公的支出が発達した資本主義国のなかで最低水準にとどまるという「逆立ち」財政は、その典型的な現われである。

 その根底には、反動政治家や上層官僚と一部大企業との腐敗した癒着・結合がある。絶えることのない汚職・買収・腐敗の連鎖は、日本独占資本主義と反動政治の腐朽の底深さを表わしており、この支配が日本国民の利益とますますあいいれないものになっていることを、示している。

 日本経済にたいするアメリカの介入は、これまでもしばしば日本政府の経済政策に誤った方向づけを与え、日本経済の危機と矛盾の大きな要因となってきた。「グローバル化(地球化)」の名のもとに、アメリカ式の経営モデルや経済モデルを外から強引に持ち込もうとする最近の企ては、日本経済の前途にとって、いちだんと有害で危険なものとなっている。

 これらすべてによって、日本経済はとくに基盤の弱いものとなっており、二一世紀の世界資本主義の激動する情勢のもとで、日本独占資本主義の前途には、とりわけ激しい矛盾と危機が予想される。

 日本独占資本主義と日本政府は、アメリカの目したの同盟者としての役割を、軍事、外交、経済のあらゆる面で積極的、能動的に果たしつつ、アメリカの世界戦略に日本をより深く結びつける形で、自分自身の海外での活動を拡大しようとしている。

 軍事面でも、日本政府は、アメリカの戦争計画の一翼を担いながら、自衛隊の海外派兵の範囲と水準を一歩一歩拡大し、海外派兵を既成事実化するとともに、それをテコに有事立法や集団的自衛権行使への踏み込み、憲法改悪など、軍国主義復活の動きを推進する方向に立っている。軍国主義復活をめざす政策と行動は、アメリカの先制攻撃戦略と結びついて展開され、アジア諸国民との対立を引き起こして、アメリカの前線基地の役割とあわせて、日本を、アジアにおける軍事的緊張の危険な震源地の一つとしている。

 対米従属と大企業の横暴な支配を最大の特質とするこの体制は、もともと、日本国民の根本的な利益とのあいだで解決できない多くの矛盾をもっていたが、二一世紀を迎えて、その矛盾は、ますます重大で深刻なものとなりつつある。

 

 三、世界情勢――二〇世紀から二一世紀へ

 (七)二〇世紀は、独占資本主義、帝国主義の世界支配をもって始まった。この世紀のあいだに、人類社会は、二回の世界大戦、ファシズムと軍国主義、一連の侵略戦争など、世界的な惨禍を経験したが、諸国民の努力と苦闘を通じて、それらを乗り越え、人類史の上でも画期をなす巨大な変化が進行した。

 多くの諸民族を抑圧の鎖のもとにおいた植民地体制は完全に崩壊し、民族の自決権は公認の世界的な原理という地位を獲得し、百を超える国ぐにが新たに政治的独立をかちとって主権国家となった。これらの国ぐにを主要な構成国とする非同盟諸国首脳会議は、国際政治の舞台で、平和と民族自決の世界をめざす重要な力となっている。

 国民主権の民主主義の流れは、世界の大多数の国で政治の原則となり、世界政治の主流となりつつある。

 国際連合の設立とともに、戦争の違法化の方向が世界史の発展方向として明確にされ、戦争を未然に防止する平和の国際秩序の建設が世界的な目標として提起された。二〇世紀の諸経験、なかでも侵略戦争やその企てとのたたかいを通じて、平和の国際秩序を現実に確立することが、世界諸国民のいよいよ現実的な課題となりつつある。

 (八)資本主義が世界を支配する唯一の体制とされた時代は、一九一七年にロシアに起こった十月社会主義革命とともに過去のものとなった。第二次世界大戦後には、アジア、東ヨーロッパ、ラテンアメリカの一連の国ぐにが、資本主義からの離脱の道に踏み出した。

 最初に社会主義への道に踏み出したソ連では、レーニンが指導した最初の段階では、おくれた社会経済状態からの出発という制約にもかかわらず、また、少なくない試行錯誤をともないながら、真剣に社会主義をめざす一連の積極的努力が記録された。しかし、レーニン死後、スターリンをはじめとする歴代指導部は、社会主義の原則を投げ捨てて、対外的には、他民族への侵略と抑圧という覇権主義の道、国内的には、国民から自由と民主主義を奪い、勤労人民を抑圧する官僚主義・専制主義の道を進んだ。「社会主義」の看板を掲げておこなわれただけに、これらの誤りが世界の平和と社会進歩の運動に与えた否定的影響は、とりわけ重大だった。

 日本共産党は、科学的社会主義を擁護する自主独立の党として、日本の平和と社会進歩の運動にたいするソ連覇権主義の干渉にたいしても、チェコスロバキアやアフガニスタンにたいするソ連の武力侵略にたいしても、断固としてたたかいぬいた。

 ソ連とそれに従属してきた東ヨーロッパ諸国で一九八九〜九一年に起こった支配体制の崩壊は、社会主義の失敗ではなく、社会主義の道から離れ去った覇権主義と官僚主義・専制主義の破産であった。これらの国ぐにでは、革命の出発点においては、社会主義をめざすという目標が掲げられたが、指導部が誤った道を進んだ結果、社会の実態としては、社会主義とは無縁な人間抑圧型の社会として、その解体を迎えた。

 ソ連覇権主義という歴史的な巨悪の崩壊は、大局的な視野で見れば、世界の革命運動の健全な発展への新しい可能性を開く意義をもった。

 今日、重要なことは、資本主義から離脱したいくつかの国ぐにで、政治上・経済上の未解決の問題を残しながらも、「市場経済を通じて社会主義へ」という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探究が開始され、人口が一三億を超える大きな地域での発展として、二一世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしていることである。

 (九)ソ連などの解体は、資本主義の優位性を示すものとはならなかった。巨大に発達した生産力を制御できないという資本主義の矛盾は、現在、世界でも日本でも、広範な人民諸階層の状態の悪化、社会的な格差の拡大、くりかえす不況と大量失業、国境を越えた金融投機の横行、環境条件の地球的規模での破壊、植民地支配の負の遺産の重大さ、アジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの多くの国ぐにでの貧困の増大など、かつてない大きな規模と鋭さをもって現われている。

 核戦争の危険もひきつづき地球と人類を脅かしている。米ソの軍拡競争のなかで蓄積された巨大な核兵器は、いまなお人類の存続にとっての重大な脅威である。核戦争の脅威を根絶するためには、核兵器の廃絶にかわる解決策はない。「ノー・モア・ヒロシマ、ナガサキ(広島・長崎をくりかえすな)」という原水爆禁止世界大会の声は、世界の各地に広がり、国際政治のうえでも、核兵器廃絶の声はますます大きくなっているが、核兵器を世界戦略の武器としてその独占体制を強化し続ける核兵器固執勢力のたくらみは根づよい。

 世界のさまざまな地域での軍事ブロック体制の強化や、各種の紛争で武力解決を優先させようとする企ては、緊張を激化させ、平和を脅かす要因となっている。

 なかでも、アメリカが、アメリカ一国の利益を世界平和の利益と国際秩序の上に置き、国連をも無視して他国にたいする先制攻撃戦争を実行し、新しい植民地主義を持ち込もうとしていることは、重大である。アメリカは、「世界の憲兵」と自称することによって、アメリカ中心の国際秩序と世界支配をめざすその野望を正当化しようとしているが、それは、独占資本主義に特有の帝国主義的侵略性を、ソ連の解体によってアメリカが世界の唯一の超大国となった状況のもとで、むきだしに現わしたものにほかならない。これらの政策と行動は、諸国民の独立と自由の原則とも、国連憲章の諸原則とも両立できない、あからさまな覇権主義、帝国主義の政策と行動である。

 いま、アメリカ帝国主義は、世界の平和と安全、諸国民の主権と独立にとって最大の脅威となっている。

 その覇権主義、帝国主義の政策と行動は、アメリカと他の独占資本主義諸国とのあいだにも矛盾や対立を引き起こしている。また、経済の「グローバル化」を名目に世界の各国をアメリカ中心の経済秩序に組み込もうとする経済的覇権主義も、世界の経済に重大な混乱をもたらしている。

 (一〇)この情勢のなかで、いかなる覇権主義にも反対し、平和の国際秩序を守る闘争、核兵器の廃絶をめざす闘争、軍事ブロックに反対する闘争、諸民族の自決権を徹底して尊重しその侵害を許さない闘争、各国の経済主権の尊重のうえに立った民主的な国際経済秩序のための闘争が、いよいよ重大な意義をもってきている。

 平和と進歩をめざす勢力が、それぞれの国でも、また国際的にも、正しい前進と連帯をはかることが重要である。

 党は、労働者階級をはじめ、独立、平和、民主主義、社会進歩のためにたたかう世界のすべての人民と連帯し、人類の進歩のための闘争を支持する。

 なかでも、国連憲章にもとづく平和の国際秩序か、アメリカが横暴をほしいままにする干渉と侵略、戦争と抑圧の国際秩序かの選択が、いま問われていることは、重大である。日本共産党は、アメリカの覇権主義的な世界支配を許さず、平和の国際秩序を築き、核兵器も軍事同盟もない世界を実現するための国際的連帯を、世界に広げるために力をつくす。

 世界は、情勢のこのような発展のなかで、二一世紀を迎えた。世界史の発展には、多くの波乱や曲折、ときには一時的な、あるいはかなり長期にわたる逆行もあるが、帝国主義・資本主義を乗り越え、社会主義に前進することは、大局的には歴史の不可避的な発展方向である。

 四、民主主義革命と民主連合政府

 (一一)現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、異常な対米従属と大企業・財界の横暴な支配の打破――日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である。それらは、資本主義の枠内で可能な民主的改革であるが、日本の独占資本主義と対米従属の体制を代表する勢力から、日本国民の利益を代表する勢力の手に国の権力を移すことによってこそ、その本格的な実現に進むことができる。この民主的改革を達成することは、当面する国民的な苦難を解決し、国民大多数の根本的な利益にこたえる独立・民主・平和の日本に道を開くものである。

 (一二)現在、日本社会が必要とする民主的改革の主要な内容は、次のとおりである。

〔国の独立・安全保障・外交の分野で〕

 1 日米安保条約を、条約第十条の手続き(アメリカ政府への通告)によって廃棄し、アメリカ軍とその軍事基地を撤退させる。対等平等の立場にもとづく日米友好条約を結ぶ。

 経済面でも、アメリカによる不当な介入を許さず、金融・為替・貿易を含むあらゆる分野で自主性を確立する。

 2 主権回復後の日本は、いかなる軍事同盟にも参加せず、すべての国と友好関係を結ぶ平和・中立・非同盟の道を進み、非同盟諸国首脳会議に参加する。

 3 自衛隊については、海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる。安保条約廃棄後のアジア情勢の新しい展開を踏まえつつ、国民の合意での憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる。

 4 新しい日本は、次の基本点にたって、平和外交を展開する。

   −−日本が過去におこなった侵略戦争と植民地支配の反省を踏まえ、アジア諸国との友好・交流を重視する。

   −−国連憲章に規定された平和の国際秩序を擁護し、この秩序を侵犯・破壊するいかなる覇権主義的な企てにも反対する。

   −−人類の死活にかかわる核戦争の防止と核兵器の廃絶、各国人民の民族自決権の擁護、全般的軍縮とすべての軍事ブロックの解体、外国軍事基地の撤去をめざす。

   −−一般市民を犠牲にする無差別テロにも報復戦争にも反対し、テロの根絶のための国際的な世論と共同行動を発展させる。

   −−日本の歴史的領土である千島列島と歯舞・色丹諸島の返還をめざす。

   −−多国籍企業の無責任な活動を規制し、地球環境を保護するとともに、一部の大国の経済的覇権主義をおさえ、すべての国の経済主権の尊重および平等・公平を基礎とする民主的な国際経済秩序の確立をめざす。

   −−紛争の平和解決、災害、難民、貧困、飢餓などの人道問題にたいして、非軍事的な手段による国際的な支援活動を積極的におこなう。

   −−社会制度の異なる諸国の平和共存および異なる価値観をもった諸文明間の対話と共存の関係の確立に力をつくす。

〔憲法と民主主義の分野で〕

 1 現行憲法の前文をふくむ全条項をまもり、とくに平和的民主的諸条項の完全実施をめざす。

 2 国会を名実ともに最高機関とする議会制民主主義の体制、反対党を含む複数政党制、選挙で多数を得た政党または政党連合が政権を担当する政権交代制は、当然堅持する。

 3 一八歳以上の男女に選挙権を保障する。選挙制度、行政機構、教育制度、司法制度などは、憲法の主権在民と平和の精神にたって、改革を進める。

 4 地方政治では「住民が主人公」を貫き、住民の利益への奉仕を最優先の課題とする地方自治を確立する。

 5 国民の基本的人権を制限・抑圧するあらゆる企てを排除し、社会的経済的諸条件の変化に対応する人権の充実をはかる。労働基本権を全面的に擁護する。企業の内部を含め、社会生活の各分野で、思想・信条の違いによる差別を一掃する。

 6 男女の平等、同権をあらゆる分野で擁護し、その保障を確立する。女性の独立した人格を尊重し、女性の社会的、法的な地位を高め、女性の社会的進出・貢献を妨げている障害を取り除く。

 7 日本文化の積極的な伝統を受けつぎ、その多面的な発展をはかる。

 8 信教の自由を擁護し、政教分離の原則の徹底をはかる。

 9 汚職・腐敗・利権の政治を根絶するために、企業・団体献金を禁止する。

 10 天皇条項については、「国政に関する権能を有しない」などの制限規定の完全実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。

 党は、一人の個人あるいは一つの家族が「国民の統合」の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。しかし、これは憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである。

〔経済的民主主義の分野で〕

 1 「ルールなき資本主義」の現状を打破し、労働者の長時間労働や一方的解雇の規制を含め、ヨーロッパの主要資本主義諸国などの到達点も踏まえつつ、国民の生活と権利を守る「ルールある経済社会」をつくる。

 2 大企業にたいする民主的規制を主な手段として、その横暴な経済支配をおさえる。民主的規制を通じて、労働者や消費者、中小企業と地域経済、環境にたいする社会的責任を大企業に果たさせ、国民の生活と権利を守るルールづくりを促進するとともに、つりあいのとれた経済の発展をはかる。経済活動や軍事基地などによる環境破壊と公害に反対し、自然と環境を保護する規制措置を強化する。

 3 経済的安全保障および国内資源の有効な活用の見地から、食糧自給率の向上、安全優先のエネルギー体制と自給率の引き上げを重視し、農林水産政策、エネルギー政策の根本的な転換をはかる。

 4 国民各層の生活を支える基本的制度として、社会保障制度の総合的な充実と確立をはかる。子どもの健康と福祉、子育ての援助のための社会施設と措置の確立に特別の力を入れる。

 5 国の予算で、むだな大型公共事業をはじめ、大企業・大銀行本位の支出や軍事費を優先させている現状をあらため、社会保障制度の拡充をはじめ、国民のくらしと福祉に重点をおいた財政・経済の運営をめざす。大企業・大資産家優遇の税制をあらため、負担能力に応じた税制の確立をめざす。

 6 すべての国ぐにとの平等・互恵の経済関係を促進し、南北問題や地球環境問題など、世界的規模の経済問題の解決への積極的な貢献をはかる。

 (一三)民主主義的な変革は、労働者、勤労市民、農漁民、知識人、女性、青年、学生、中小企業家など、独立、民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人びとを結集した統一戦線によって、実現される。統一戦線は、反動的党派とたたかいながら、民主的党派、各分野の諸団体、民主的な人びととの共同と団結をかためることによってつくりあげられ、成長・発展する。日本共産党は、国民的な共同と団結をめざすこの闘争で、先頭にたって推進する役割を果たさなければならない。日本共産党が、高い政治的、理論的な力量と、労働者をはじめ国民諸階層と広く深く結びついた強大な組織力をもって発展することは、統一戦線の発展のための決定的な条件となる。

 日本共産党と統一戦線の勢力が、積極的に国会の議席を占め、国会外の運動と結びついてたたかうことは、国民の要求の実現にとっても、また変革の事業の前進にとっても、重要である。

 日本共産党と統一戦線の勢力が、国民多数の支持を得て、国会で安定した過半数を占めるならば、統一戦線の政府・民主連合政府をつくることができる。日本共産党は、「国民が主人公」を一貫した信条として活動してきた政党として、国会の多数の支持を得て民主連合政府をつくるために奮闘する。

 統一戦線の発展の過程では、民主的改革の内容の主要点のすべてではないが、いくつかの目標では一致し、その一致点にもとづく統一戦線の条件が生まれるという場合も起こりうる。党は、その場合でも、その共同が国民の利益にこたえ、現在の反動支配を打破してゆくのに役立つかぎり、さしあたって一致できる目標の範囲で統一戦線を形成し、統一戦線の政府をつくるために力をつくす。

 また、全国各地で革新・民主の自治体を確立することは、その地方・地域の住民の要求実現の柱となると同時に、国政における民主的革新的な流れを前進させるうえでも、重要な力となる。

 民主連合政府の樹立は、国民多数の支持にもとづき、独占資本主義と対米従属の体制を代表する支配勢力の妨害や抵抗を打ち破るたたかいを通じて達成できる。対日支配の存続に固執するアメリカの支配勢力の妨害の動きも、もちろん、軽視することはできない。

 このたたかいは、政府の樹立をもって終わるものではない。引き続くたたかいのなかでは、統一戦線の政府が国の機構の全体を名実ともに掌握し、行政の諸機構が新しい国民的な諸政策の担い手となることが、重要な意義をもってくる。

 民主連合政府は、労働者、勤労市民、農漁民、知識人、女性、青年、学生、中小企業家など国民諸階層・諸団体の民主連合を基盤として、日本の真の独立の回復と民主主義的変革を実行することによって、日本の新しい進路を開く任務をもった政権である。

 (一四)民主主義的変革によって独立・民主・平和の日本が実現することは、日本国民の歴史の根本的な転換点となる。日本は、アメリカへの事実上の従属国の地位から抜け出し、日本国民は、真の主権を回復するとともに、国内的にも、はじめて国の主人公となる。民主的な改革によって、日本は、戦争や軍事的緊張の根源であることをやめ、アジアと世界の平和の強固な礎(いしずえ)の一つに変わり、日本国民の活力を生かした政治的・経済的・文化的な新しい発展の道がひらかれる。日本の進路の民主的、平和的な転換は、アジアにおける平和秩序の形成の上でも大きな役割を担い、二一世紀におけるアジアと世界の情勢の発展にとって、重大な転換点の一つとなりうるものである。

 五、社会主義・共産主義の社会をめざして

 (一五)日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。これまでの世界では、資本主義時代の高度な経済的・社会的な達成を踏まえて、社会主義的変革に本格的に取り組んだ経験はなかった。発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である。

 社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される。

 生産手段の社会化は、人間による人間の搾取を廃止し、すべての人間の生活を向上させ、社会から貧困をなくすとともに、労働時間の抜本的な短縮を可能にし、社会のすべての成員の人間的発達を保障する土台をつくりだす。

 生産手段の社会化は、生産と経済の推進力を資本の利潤追求から社会および社会の成員の物質的精神的な生活の発展に移し、経済の計画的な運営によって、くりかえしの不況を取り除き、環境破壊や社会的格差の拡大などへの有効な規制を可能にする。

 生産手段の社会化は、経済を利潤第一主義の狭い枠組みから解放することによって、人間社会を支える物質的生産力の新たな飛躍的な発展の条件をつくりだす。

 社会主義・共産主義の日本では、民主主義と自由の成果をはじめ、資本主義時代の価値ある成果のすべてが、受けつがれ、いっそう発展させられる。「搾取の自由」は制限され、改革の前進のなかで廃止をめざす。搾取の廃止によって、人間が、ほんとうの意味で、社会の主人公となる道が開かれ、「国民が主人公」という民主主義の理念は、政治・経済・文化・社会の全体にわたって、社会的な現実となる。

 さまざまな思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由は厳格に保障される。「社会主義」の名のもとに、特定の政党に「指導」政党としての特権を与えたり、特定の世界観を「国定の哲学」と意義づけたりすることは、日本における社会主義の道とは無縁であり、きびしくしりぞけられる。

 社会主義・共産主義の社会がさらに高度な発展をとげ、搾取や抑圧を知らない世代が多数を占めるようになったとき、原則としていっさいの強制のない、国家権力そのものが不必要になる社会、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会への本格的な展望が開かれる。

 人類は、こうして、本当の意味で人間的な生存と生活の諸条件をかちとり、人類史の新しい発展段階に足を踏み出すことになる。

 (一六)社会主義的変革は、短期間に一挙におこなわれるものではなく、国民の合意のもと、一歩一歩の段階的な前進を必要とする長期の過程である。

 その出発点となるのは、社会主義・共産主義への前進を支持する国民多数の合意の形成であり、国会の安定した過半数を基礎として、社会主義をめざす権力がつくられることである。そのすべての段階で、国民の合意が前提となる。

 日本共産党は、社会主義への前進の方向を支持するすべての党派や人びとと協力する統一戦線政策を堅持し、勤労市民、農民、中小企業家にたいしては、その利益を尊重しつつ、社会の多数の人びとの納得と支持を基礎に、社会主義的改革の道を進むよう努力する。

 日本における社会主義への道は、多くの新しい諸問題を、日本国民の英知と創意によって解決しながら進む新たな挑戦と開拓の過程となる。党は、そのなかで、次の諸点にとくに注意を向け、その立場をまもりぬく。

 (1)生産手段の社会化は、その所有と管理が、情勢と条件に応じて多様な形態をとりうるものであり、日本社会にふさわしい独自の形態の探究が重要であるが、生産者が主役という社会主義の原則を踏みはずしてはならない。「国有化」や「集団化」の看板で、生産者を抑圧する官僚専制の体制をつくりあげた旧ソ連の誤りは、絶対に再現させてはならない。

 (2)市場経済を通じて社会主義に進むことは、日本の条件にかなった社会主義の法則的な発展方向である。社会主義的改革の推進にあたっては、計画性と市場経済を結合させた弾力的で効率的な経済運営、農漁業・中小商工業など私的な発意の尊重などの努力と探究が重要である。国民の消費生活を統制したり画一化したりするいわゆる「統制経済」は、社会主義日本の経済生活では全面的に否定される。

 (一七)社会主義・共産主義への前進の方向を探究することは、日本だけの問題ではない。

 二一世紀の世界は、発達した資本主義諸国での経済的・政治的矛盾と人民の運動のなかからも、資本主義から離脱した国ぐにでの社会主義への独自の道を探究する努力のなかからも、政治的独立をかちとりながら資本主義の枠内では経済的発展の前途を開きえないでいるアジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの広範な国ぐにの人民の運動のなかからも、資本主義を乗り越えて新しい社会をめざす流れが成長し発展することを、大きな時代的特徴としている。

 日本共産党は、それぞれの段階で日本社会が必要とする変革の諸課題の遂行に努力をそそぎながら、二一世紀を、搾取も抑圧も知らない共同社会の建設に向かう人類史的な前進の世紀とすることをめざして、力をつくすものである。


2003年6月22日(日)「しんぶん赤旗」日本共産党綱領改定案− 7中総の審議始まる 民主的改革と民主連合政府、さらに壮大な未来へ 21世紀の日本の前進の道を探究する 不破議長が「提案」報告


 日本共産党は二十一日午後、二日ないし三日の予定で、党本部で第七回中央委員会総会を開きました。会議の主要議題は、十一月に開催が予定されている第二十三回党大会に提案する党綱領改定案で、不破哲三議長が、幹部会を代表して、提案の報告をおこないました。


 不破議長は、改定案作成にあたって、(1)国民によりわかりやすい表現にするという前大会時の公約をはたすこと、(2)一九六一年に綱領を採択して以後四十二年のあいだの情勢の進展や党の理論・政治活動の発展を反映させることを、二つの主眼としたと述べ、この間、七三年、七六年、八五年、九四年に部分的な改定をおこなったが、今回は、二十一世紀の新しい情勢の諸特徴と日本共産党の政治的・理論的な発展を十分に生かした改定案の作成に努力した、と述べました。

 改定案は五章十七節にわたり、今回はじめて章ごとの見出しがつけられました。これも、わかりやすくする努力の一つです。

 不破議長は、改定案について、用語問題や理論問題にもふみこみながら、章ごとの逐条的な説明をおこないました。

 日本の情勢の規定の問題では、これまでは、高度に発達した資本主義国であると同時にアメリカに支配された事実上の従属国となっているという情勢規定と、アメリカ帝国主義と日本独占資本を「日本を基本的に支配している」勢力と規定した支配勢力の規定との二つの命題が併記されていました。不破議長は、支配勢力についてのこの規定は、対米従属の打破と大企業・財界の横暴な支配の打破という闘争の二つの方向を整理してしめす点では、歴史的な意味をもったが、今後の変革と闘争をより正確につかむうえでは、いろいろな問題をもつことを指摘、改定案では、日本の情勢の二つの側面を明確にした命題を、文字通り、情勢規定の中心にすえてゆくことにしたことを、明らかにしました。

 なお、改定案では、天皇制についてよりたちいった解明がおこなわれました。まず、戦後の情勢の変化についての叙述および今後の民主的改革の内容の部分で、これまでの「ブルジョア君主制の一種」「君主制」などの規定をとりのぞくとともに、天皇は「国政に関する権能を有しない」として憲法条項の厳守を重視することを強調しています。不破議長は、「現在の天皇制を『君主制』と規定することは、日本の主権の所在をどう見るかについて誤解を残すことになる」と説明、イギリスなどの立憲君主制と日本の国家制度との基本的な違いを解明しました。

 世界情勢の規定で、ほりさげた報告がおこなわれたのは、「帝国主義」の規定の問題です。綱領改定案は、今日の世界における「アメリカ帝国主義」の脅威をきびしく指摘していますが、不破議長は、報告のなかで、独占資本主義一般を「帝国主義」と規定した立場は、植民地体制が崩壊し、植民地支配を許さない国際秩序ができあがった現在の世界では、そのままでは妥当でなくなっていることを解明、綱領改定案では、「その国の政策と行動に、侵略性が体系的に現れるときに、『帝国主義』という呼称を用いるのが適切だ」とする立場にたっていることを、明らかにしました。そして、現在、アメリカの世界政策を「アメリカ帝国主義」と特徴づけたのは、この立場からであって、「アメリカについても、その将来を固定的に見てはいないこと」、日本にたいする支配は明らかに帝国主義的な支配だが、アメリカが将来、安保条約の廃棄を受け入れた場合には、アメリカが独占資本主義体制のもとでも、帝国主義的要素をふくまない日米関係の確立が可能だという展望を示しました。

 第四章の「民主主義革命と民主連合政府」では、民主主義革命とそこで実行される民主的改革との関連が明確にされたことは、重要な点です。そして、これまでの綱領の、各階層・各分野の要求の一覧を示した「当面の行動綱領」にかわって、改定案では、「現在、日本社会が必要とする民主的改革の主要な内容」が、「国の独立・安全保障・外交」、「憲法と民主主義」、「経済的民主主義」の三分野にわたって明らかにされました。

 そして、この革命を推進する統一戦線および統一戦線政府についても、綱領上の概念をより簡潔に整理し、革命の内容である民主的改革を実行する政府を「民主連合政府」として位置づけること、日本共産党と統一戦線の勢力が、国会の安定した過半数をえて、民主連合政府の樹立をめざすことが、政治の中心目標であることを、あらためて示しました。ここには、「議会の多数をえての革命」という路線が、マルクス以来の社会進歩の大道の一つであることを深く解明してきた、六〇年代以来の理論的な成果を反映しています。

綱領改定案の章立て

一、戦前の日本社会と日本共産党

二、現在の日本社会の特質

三、世界情勢−−二〇世紀から二一世紀へ

四、民主主義革命と民主連合政府

五、社会主義・共産主義の社会をめざして

 最後の第五章「社会主義・共産主義の社会をめざして」では、不破議長は、この部分は全面的に書き換えたことを、まず明らかにしました。それは、現行の綱領のこの部分は、五〇年代の国際的な定説を前提にしたもので、マルクスの『ゴータ綱領批判』の共産主義社会発展の二段階説をとりいれたものでしたが、そこには、いくつかの大きな問題があったことが、マルクスの未来社会論についてのより根源的な研究のなかで浮き彫りになったからです。

 改定案は、新たに明らかにされた見地にたって、用語の点では、未来社会を「社会主義・共産主義の社会」と呼称しました。そして、未来社会を、生産物の分配方式を中心に叙述することはやめ、生産手段の社会化を中心にすえて、それが人間社会にとって画期的な進歩をなす意義を、三つの角度から明らかにしました。

 不破議長は、この問題の理論的な解明をおこなったあと、社会主義的な変革の道筋の問題で、改定案が、とくに強調しているいくつかの注意点を解説し、そのなかで、ソ連流の「社会主義」が、どこを踏み誤って、社会主義とは無縁な「人間抑圧型」の社会に変質したのかについても、言及しました。

 最後に、不破議長は、二十一世紀における日本での未来社会の探究は、多くの世界的な流れが重なり合うなかで取り組まれるであろうことを力説。「日本の国民的な努力と英知の発揮によって、二十一世紀が日本国民の歴史にとって画期的な意義をもつ世紀となるであろうという展望とその確信、さらに第二十三回党大会にむけて私たちがつくりあげようとしている綱領改定案が、その有効な指針にならなければならないという展望と確信をもって奮闘したい」と、よびかけて、報告を結びました。



2004年1月15日(木)「しんぶん赤旗」綱領改定についての報告 中央委員会議長 不破哲三

党の綱領とはなにか

 党の綱領は、党活動の目標、および根本方針を明らかにするものであります。日本共産党の最終目標は、党規約に明記されているように、日本の社会を「真に平等で自由な人間関係からなる共同社会」、いいかえれば、社会主義・共産主義の社会に発展させることにあります。日本が、社会の発展のどんな段階をへて、また道筋に沿って前進し、未来社会の道をどのように切り開いてゆくかは、日本独自のものであって、これを明らかにするところに、日本共産党の綱領のなによりの役割があります。

 とくに、いまの日本社会がどういう状態にあり、社会としてどんな課題に直面しているのか、それをどのように解決するのが法則的で発展的な方向であるのか、これらの解明は、綱領の中心問題であります。そこでは、当面の情勢のもとでの方針だけでなく、さきざきまで展望して、日本と世界の諸問題にのぞむ基本的な考え方や目標が明らかにされなければなりません。党の発展と活動の途上には、前進もあれば後退もあり、いろいろなことが起きることが予想されますが、そのなかでも太く貫いてゆく方針を示すのが、党綱領であります。私たちが、綱領の改定にあたっては、“長い目で歴史の試練に耐える”ことが重要だと強調しているのは、その意味であります。

 日本がすすむ社会発展の段階やそこでの目標、課題などの問題は、私たちの主観的な願望で決まるものではありません。日本と世界の情勢を科学的に分析することによって、はじめて的確に見定めることができるものであります。その意味では、ここには、私たちの世界観、科学的社会主義の世界観がこめられます。正確な綱領を持とうと思ったら、この世界観を深め、発展させ、現代的にみがきあげる不断の研究が不可欠であります。そして、その綱領の中身では、私たちが今日の日本と世界の情勢をどれだけ的確につかんでいるかだけでなく、科学的社会主義の世界観をどれだけ深く自分のものにしているかの、私たちの理論的な力も試されるのであります。

 また、綱領が日本共産党の根本方針だということは、党内だけで通用すればよい、ということではありません。科学的社会主義の事業の先輩たちは、党の綱領とは「公然と掲げられた旗」であって、「世間の人々はそれによって党を判断する」(エンゲルス)、こう語ったことがあります。

 もともと日本の社会の発展の方向を決めるのは、日本の国民であります。どんな方針も国民の多数者の理解と支持を得てこそ、はじめて社会を動かす力を発揮するものです。私たちが、今回の綱領改定にあたって、“国民により分かりやすく”ということに力を入れたのもそのためであります。

 党の綱領の基本的な性格は以上のような諸点にあります。

 意見ではいろいろな政策的な要望が出されました。しかし、綱領は、要求の総まとめでも政策の集大成でもありません。国民的な要求との関連について言いますと、国民諸階級・諸階層の多様な要求を実現するためにどんな改革が必要であるかを確定するのが、綱領の任務であります。政策は、綱領のその路線をふまえて、各分野で、またその時々の情勢に照らして、要求実現の方向を具体化してゆくのが任務であります。党綱領が当面する改革の大きな方向を打ち出していることは、わが党の政策活動が一貫性を持ち、体系性を持つことの保障となるものであります。綱領と政策などのこういう関係をよくつかんでいただきたいと思います。


今回の綱領改定の性格

 綱領改定の内容に入ります。

 現在の党綱領は、二つの党大会にわたる全党討論をへて、一九六一年に採択されたものであります。

 その路線の中心は、

 ――社会の段階的な発展という見地に立って、当面する日本の変革を、独立の任務をふくむ民主主義革命と規定したこと、

 ――多数者革命の路線にもとづき、日本の社会のどんな変革も、議会の安定多数を得て実現するという方針を明確にしたこと、

 ――社会発展の全過程で、統一戦線と連合政権の立場を貫いていること、

 などにありました。

 綱領路線のこれらの点の正確さ、的確さは、それ以後四十年を超える情勢の進展とわが党の活動のなかで実証されてきました。

 今回の綱領改定は、七中総の報告・結語で明らかにしたように、この基本を引き継ぎながら、つぎのような点で、綱領路線を大きく前進させたものであります。

 第一に、民主主義革命の理論と方針を、日本の進歩的な変革の指針として、より現実的かつ合理的に仕上げたこと。

 第二に、二〇世紀に人類が経験した世界史的な変化を分析し、二一世紀をむかえた世界情勢の新しい特徴および発展の展望を明らかにしたこと。

 第三に、科学的社会主義の理論的な立場をより深く究明しながら、とくに未来社会論では、過去の誤った遺産についてもその総決算をおこない、私たちの終極目標である社会主義・共産主義の展望が持つ人類史的な意義をあらためて解明したこと。

 これらであります。

 すでに綱領の内容の基本点は、七中総の提案報告で詳しく解明いたしました。そのことを前提に、以下、章ごとに重点的な報告をおこないたいと思います。


戦前の日本社会と日本共産党(第一章)

 まず「第一章 戦前の日本社会と日本共産党」についてであります。この章は、基本は現行の綱領の文章を引き継いでおりますが、表現をより分かりやすくする努力をおこなうとともに、日本がおこなった侵略戦争について、戦争の開始と拡大、敗戦にいたる基本的な経過、それが引き起こした惨害などが、的確に分かるように筆を加えました。

 この章については、なぜ党の綱領が戦前からはじまるのか、なぜ戦前の日本社会とそこでの闘争についてのべるのか、こういう質問や意見がいくつかありましたので、その意味を解明しておきます。

 戦前の歴史は、日本共産党の活動にとって原点ともいうべきものであります。それは世界の資本主義諸国のなかでも、もっとも野蛮な抑圧のもとにあった戦前の日本社会で、いかなる搾取も抑圧もない未来社会の建設をめざし、天皇制国家の専制支配と侵略戦争に反対して、平和と民主主義のために勇敢にたたかいぬいた不屈の記録であります。言語に絶するそのたたかいの犠牲者のなかには、党中央の指導者たちとともに、二十歳代の若い生命をこの事業にささげた青年たちなど多くの人々の名前が刻まれています。

 いかなる苦難の情勢に直面しても、「国民が主人公」の信条をつらぬき、平和と民主主義の日本、そして人間解放の未来社会をめざす党の旗を掲げつづけた先輩たちの精神は、今日の新しい情勢のもとでもかたく受けつがれなければならないものであります。

 そこに、党綱領が、まず党創立以後二十余年にわたる戦前のたたかいについてのべている第一の意味があります。

 第二に強調したいのは、戦前の問題は、現在の情勢、現在の党の任務を理解するうえでも欠かすことのできないものだという点であります。

 なぜ日本は「ルールなき資本主義」か、この問題をとってみましょう。これは、日本が一九四五年まで、国民が無権利状態に置かれていた社会だったという歴史を抜きにしては、理解できない現実であります。たとえば一九三〇年代をふりかえってみてほしいと思います。この時代は、ヨーロッパでは、人民戦線運動が大きな発展をとげた時代で、労働運動でも、フランスでは、一九三六年の大運動で、賃金・労働時間・有給休暇から団体協約の権利にいたる画期的な改革がかちとられた時期でした。ところが、同じ時期の日本は、中国の東北地域への侵略から全面侵略に移行する時期であって、明治以来の無権利状態に加え、労働者など国民をさらに過酷に抑圧する戦時体制が、年ごとに強まりつつあるさなかでした。こういう違いの積み重ねが、今日のルールなき社会の現実に現れているわけであります。

 また、日本の軍備増強や海外派兵がなぜ特別に問題になり、アジア諸国の強い拒否反応を引き起こすのか。これも日本の侵略戦争の歴史を認識して、はじめて理解できることであります。

 改定案が、新しい日本の平和外交の方針の冒頭に、「日本が過去におこなった侵略戦争と植民地支配の反省を踏まえ、アジア諸国との友好・交流を重視する」と明記しているのも、その歴史を真剣に踏まえているからこそのことであります。

 なぜ日本が世界でただひとつ憲法の平和条項を持っているのか、なぜ日本共産党がその擁護を中心任務として掲げるのか。そしてまた、日本共産党の野党外交になぜ多くの国ぐにの信頼と共感がよせられるのか。今日の政治のこれらの中心問題も、この歴史の認識に裏付けられてこそ正面からとらえることができるものであります。

 日本の未来を開く先頭に立つものは、過去の日本が侵略戦争と植民地支配によってアジアと世界に大きな損害を与えたことをはじめ、戦前の日本社会がへてきた歴史について、深い認識を持つ必要があるのであります。

 第一章が、綱領の冒頭に掲げられてある意味を、この精神でぜひ読み取ってほしいと思います。


現在の日本社会の特質(第二章)

 つぎに、「第二章 現在の日本社会の特質」にすすみます。改定案は今日の日本の情勢を、アメリカの対日支配および日本の大企業・財界による国民支配という二つの面から大きく特徴づけています。

 七中総から今日まで七カ月間の情勢の動きは、綱領改定案のこの情勢規定の的確さを試す場となりました。あの激しい選挙戦をたたかうなかで、綱領改定案がたたかいの指針となったという多くの声が全国からよせられたことは、この問題での力強い回答となったと思います。

イラク派兵も憲法改悪計画も、根源は「異常な国家的な対米従属の状態」に

 まず第一点ですが、改定案は、アメリカの対日支配下の日本の状態を、「きわめて異常な国家的な対米従属の状態」と特徴づけました。いま進行しているイラクへの自衛隊派兵と、小泉内閣による憲法改悪のくわだては、この従属状態をさらに極端な段階にすすめるものにほかなりません。

 戦地であるイラクに自衛隊を派遣することが、明々白々な憲法違反であることは、論じるまでもないことであります。小泉内閣は、アメリカへの忠誠を憲法以上の基準にするという態度で、それを強行しつつあります。これはアメリカが世界のどこかで戦争を始めたら、それが国際法を無視した先制攻撃戦争、無法な侵略戦争であっても、「日米同盟」の義務だといって自衛隊を派兵する、こういう恐るべき状況に日本と国民を引き込むものであります。現に小泉内閣は、“いつでもどこでも”海外派兵の要請にこたえられるように、海外での活動を自衛隊の日常不断の任務とする立法面その他の準備に取りかかりつつあります。

 さらに、小泉首相が、憲法改悪への日程表を総選挙の「政権公約」に書き込んだことは、憲法違反からさらにすすんで、憲法そのものを、この「異常な国家的な対米従属の状態」にふさわしいものに作り変えようとするくわだてそのものであります。

 こっけいなのは、「日米同盟」を絶対化する従属派が、こと憲法の問題になると、にわかに“自主独立”派をよそおいはじめ、「アメリカ押しつけの憲法だから、改定を」などと言い出していることであります。

 この議論のごまかしは、歴史をちょっとふりかえっただけで明らかになります。

 公開されたアメリカ政府の公式文書によると、アメリカの国務省と国防総省との間では、早くも一九四八年――新しい憲法が施行された翌年であります――、そのころからすでに、日本の再軍備のために日本の憲法を修正しなければならないという問題が、検討事項になっていました。

 憲法の改定が簡単にはできないということは、アメリカの関係者自身が最初から分かっていましたから、実際の再軍備は憲法第九条の条文には手をつけないままでという、なし崩しのやり方でおこなわれました。その第一歩が、一九五〇年、朝鮮戦争勃発(ぼっぱつ)の直後に、占領軍総司令官マッカーサーの命令で強行された「警察予備隊」の創設でした。これが、四年後の一九五四年には自衛隊になりました。いま「解釈改憲」と呼ばれている路線も、こうして、アメリカの直接の命令で押しつけられたものであります。

 この「解釈改憲」路線をもっとも極端なところに推し進めてきたのが最近のあいつぐ海外派兵の暴挙ですが、それらもすべて、強烈なアメリカの圧力のもとにおこなわれていることは周知のことではありませんか。

 “自主独立”どころか、この五十数年間、憲法改悪の最大の推進力となってきたのがアメリカの要求であることは、あまりにも明らかな歴史の事実ではありませんか。(拍手)

 そして、その最終目標と位置づけられてきたのが、小泉内閣がいよいよ「政権公約」にもりこんだ憲法の明文改悪であります。

 憲法改悪とは、従属国家から自主独立国家への転換であるどころか、日本の憲法までも異常な対米従属国家の道具に転落させようとする試みにほかなりません。絶対に許すことはできないのであります。(拍手)

 七中総報告では、「対米従属のこの体制を打破することは、二一世紀の日本が直面する最大の課題であって、この課題に真剣に対応しようとしないものは、二一世紀に日本の政治をになう資格がない」と強調いたしました。イラク派兵を阻止し、憲法改悪のたくらみを打ち破るたたかいは、平和と民主主義の重大な課題であると同時に、日本の主権・独立をかちとるたたかいの要をなすものであることを、強く訴えたいのであります。(拍手)

大企業・財界の支配をめぐって

 改定案は、日本の情勢のもうひとつの基本的な特質として、大企業・財界の支配について分析しています。

 そこでは、日本の大企業・財界の経済面での横暴な支配とともに、政治面についても、大企業・財界が「日本政府をその強い影響のもとに置き、国家機構の全体を自分たちの階級的利益の実現のために最大限に活用してきた」ことを指摘し、「国内的には、大企業・財界が、アメリカの対日支配と結びついて、日本と国民を支配する中心勢力の地位を占めている」と規定しました。この点が重要であります。これは、日本の階級的な支配勢力の中心がどこにあるかを、きわめて明確に規定したものであります。

 この大企業・財界の支配の問題について、いくつかの点をのべたいと思います。

 第一。総選挙では、大企業・財界の大規模な政治介入が問題となりました。二大政党づくりへの介入、政策目標を明示しての政治資金の大規模な再開、などなどであります。

 それは、自民党政治の現状に危機を感じた財界が、より直接的な形で政治を動かそうとし始めた、ということであります。このことは、大企業・財界が「日本と国民を支配する中心勢力の地位を占めている」とした改定案の規定の正確さを、財界自身の政治行動で立証したものであります。

 第二。改定案はこの規定に続く部分で、大企業・財界の横暴な支配のもとにある日本経済の現状についてのべ、そこで、

 ――国民の生活と権利を守る多くの分野で、ヨーロッパなどで常識となっているルールがいまだに確立していないこと、

 ――日本政府が「大企業・財界を代弁して、大企業の利益優先の経済・財政政策を続けてきた」こと、

 ――「逆立ち」財政にその典型的な表れがあること、など、ヨーロッパ諸国とくらべてもとりわけ顕著な支配の横暴さを、浮きださせています。

 また「日本経済にたいするアメリカの介入」が、日本政府の経済政策に誤った方向づけを与え、日本経済の危機と矛盾の大きな要因となってきたことも、日本経済の主要な問題点の一つとして提起しています。

 ここで注意してみてほしいのは、第四章の民主的改革のプログラムが、第二章のいまの情勢分析に対応して、「ルールなき資本主義」の現状打破、大企業の利益優先から大企業の民主的規制の転換、財政方針の抜本的な転換、経済面でのアメリカの不当な介入の排除、などの改革を提起していることです。

 情勢分析と民主的改革の方向づけとの関連という問題は、経済の部分だけのことではありません。綱領改定案が、全体として、情勢分析と改革のプログラムとの連関性、統一性に注意を払っていることに、ぜひ目を向けてほしいと思います。

 第三点。現行の綱領では、大企業・財界の経済的支配も政治的支配も、すべて「日本独占資本の支配」という言葉で表現されていました。つまり、「日本独占資本」という用語は、日本の経済的支配者と政治的支配者をひとまとめに表現したものとなっていました。そこから、日米安保条約を結んだり、海外派兵や日米共同作戦の体制を強化するなどの日本政府の政治行動が、すべて「日本独占資本」の行動とされるなどの、表現の単純化が出ていました。

 しかし、七中総でのべたように、政治的支配と経済的支配とは、実態も違えば、それを打破する方法も違います。その点を重視して、改定案は、これまでの「日本独占資本の支配」という規定をあらため、「日本と国民を支配する中心勢力」が大企業・財界であることを明確に規定しながら、政治的支配の内容については、実態に即した具体的な記述にあらためたのであります。

 実際、大企業・財界が、政治をふくめて「日本と国民を支配する中心勢力」だといっても、その政治への介入の形態は、いつでも同じというものではありません。よりむき出しの、より反動的な形態をとる場合もあれば、いろいろな力関係に押されて、より間接的な形態をとる場合もあり、その形態の違いが、政治闘争の焦点になる場合もあります。「政・官・財の癒着」をめぐる闘争は、そのひとつであります。

 その点でも、昨年の総選挙で、私たちが「二大政党づくり」を旗印にした財界の政治介入に正面から立ち向かってたたかったことは、綱領の規定にもかかわる大きな経験となりました。新しい規定づけでこそ、大企業・財界が政治を自分の影響下におく形態の違いを問題にすることができるし、今回のように、大企業・財界が新たなやり方、新たな形態で政治介入をくわだててきたときには、その危険性を的確に告発できるのであります。すべてを「日本独占資本の支配」に解消してしまうこれまでの規定では、こうした攻撃も、同じ支配の枠内でのいわば“コップの中の嵐”といったとらえ方にならざるを得ないのであります。

情勢を根底からとらえるという問題

 日本の情勢の綱領的なとらえ方の問題として、最後に強調したいのは、綱領が指摘している日本社会の二つの特徴は、現在の体制と国民の利益との根本的矛盾を規定している、という問題であります。

 政治の上部構造では、逆向きの変動もしばしば起こります。しかし、いま日本の政治を握っている政権勢力には、アメリカの対日支配についても、大企業・財界の国民支配についても、その根幹にかかわる改革に手をつける意思もなければ、力もありません。そうである限り、政治の表面でどのような「再編」や見せかけの「改革」がおこなわれようと、日本社会の根底から生み出される根本的矛盾を解決することはできないし、長続きする安定した支配を確立することもできないのであります。

 そして、支配体制と国民の利益とのあいだにこの矛盾がある限り、情勢にどんなジグザグの展開があっても、国民的な規模でその解決を求めての探究がおこなわれることは不可避であります。私たちが民主的な改革を支持する国民的多数派が形成されることを展望する根拠も、そこにあるのです。

 ここに、情勢を根底からとらえるという綱領的な認識の大事な中心点があります。政治の上部構造で、選挙での後退とか、反共宣伝に攻め込まれるとか、逆向きの動きが起こったようなときほど、情勢についての綱領的認識を堅持することが重要であります。


世界情勢――二〇世紀から二一世紀へ(第三章)

 つぎに、「第三章 世界情勢――二〇世紀から二一世紀へ」であります。ここでは、世界情勢を、二〇世紀の変化と到達点(第七節)、社会主義の流れの総括と現状(第八節)、世界資本主義の現状の見方(第九節)、国際連帯の諸課題(第十節)といった順序で分析しています。この分析を、世界の構造の変化という角度から整理してみたいと思います。

植民地体制の崩壊は、世界の様相の大きな変化を生み出した

 第一の角度は、植民地体制の崩壊が引き起こした変化であります。

 改定案は、二〇世紀の変化の第一に、植民地体制の崩壊をあげています。大事なことは、このことが、世界の構造の全体にかかわる大きな変化・変動を生み出したことであります。

 第一点。二〇世紀の初頭には、地球上の大多数の諸民族が、植民地・従属諸国として国際政治の枠外におかれていました。いまでは、これらの国ぐには、独立国として国際政治に積極的に参加しており、そのこと自体が、二一世紀の新しい世界情勢をつくりだしています。

 第二点。この変化のなかで、植民地支配を許さない新たな国際秩序が生み出されたことは、きわめて重大であります。これによって、独占資本主義の諸国のあり方も大きく変化せざるを得なくなりました。

 第三点。国際政治の舞台で、非同盟諸国会議、東南アジア諸国連合、イスラム諸国会議機構(OIC)などの諸組織が果たす役割と比重が大きくなりました。国際連合のあり方も、これまでの大国中心から、本当の意味で国際社会の全体を代表する方向での新たな発展が求められるようになりました。

 第四点。イスラム諸国の登場と発展に端的に示されているように、異なる価値観を持った文明と文明のあいだの共存という問題が、いやおうなしに世界の日程にのぼってきました。

 これらがその変化・変動の主要な点であります。二一世紀には、この方向でのさらに大きな発展が予想されます。

二つの体制の共存という情勢が新たな展開を見せつつある

 第二の角度は、二つの体制の共存という関係からみた世界構造の変化であります。

 資本主義が世界を支配する唯一の体制だった時代から、二つの体制が共存する時代への移行・変化が起こったのは二〇世紀であり、そのことは、二〇世紀の最も重要な特質をなしました。しかしこの時代的な特徴は、ソ連・東欧での体制崩壊で終わったわけではけっしてありません。むしろ二つの体制の共存という点でも、新しい展開が見られるところに、二一世紀をむかえた世界情勢の重要な特徴があります。

 改定案がのべているように、ロシアの十月革命に始まった社会主義をめざす流れは、今日の世界で、いくつかの国ぐにに独自の形で引き継がれています。とくにアジアでは、中国・ベトナムなどで、「市場経済を通じて社会主義へ」という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探究が開始されています。これは、中国は人口十三億、ベトナムは人口八千万、合わせて人口が十三億を大きく超える巨大な地域での発展として、世界の構造と様相の変化を引き起こす大きな要因となっています。それが、政治的にも、経済的にも、外交的にも、二一世紀の世界史の大きな意味を持つ流れとなってゆくことは、間違いないでしょう。

「社会主義をめざす国」の規定をめぐって

 この問題ではいくつかの質問がありました。

 一つは、“中国・ベトナムなどを「社会主義をめざす」流れと評価しているが、そこで起こっているすべてを肯定するのか”という質問であります。

 私たちが「社会主義をめざす」流れ、あるいは「社会主義をめざす」国と規定するのは、その国が社会主義への方向性を持っていることについて、わが党が、わが党自身の自主的な見解として、そういう判断をおこなっていることを表現したものであります。

 これまでにもいろいろな機会に説明してきましたが、この判断は、その国の政府や政権党の指導部の見解をうのみにしたものではなく、実証的な精神に立っての私たちの自主的な判断であることを、重ねて指摘しておきたいと思います。

 わが党は、その国の人々が自ら「社会主義」を名乗っているからと言って、それを単純に受け入れて「社会主義国」扱いするという安易な態度はとりません。このことは、わが党がソ連問題から引きだした原則的な教訓の一つであります。どの国についても、それは、私たち自身の実証的かつ自主的な判断によるものであります。

 この判断は、方向性についての認識・判断であって、その国で起こっているすべてを肯定するということでは、もちろんありません。改定案自身が、これらの国ぐにの現状について「政治上・経済上の未解決の問題を残しながらも」と明記している通りであります。

 ただ、他国の問題を考える場合、日本共産党は、社会の変革過程についての審判者でもないし、ましてや他国のことに何でも口を出す干渉主義者でもないことに、留意をしてもらいたいと思います。社会主義へのどういう道をすすむかは、その国の国民、その国の政治勢力がその自主的な責任において選ぶことであります。私たちはあらゆる国の状況について積極的に研究し、吸収する価値のあるものは吸収します。しかしそこに、自分たちのいまの考えに合わないところがあるとか、自分が問題点だと思っていることを解決するのに時間がかかっているとかを理由に、あれこれ外部から批判を加えるというのは、日本共産党のやり方ではありません。

 私たちは、その国の政府や政党から公然と攻撃や干渉を受けた場合には、公然と反論します。そうでない限り、それぞれの国の国内問題については、全般的には内政不干渉という原則を守り、公然とした批判的な発言は、事柄の性質からいってもともと国際的な性格を持った問題、あるいは世界への有害な影響が放置できない問題に限るという態度を、一貫してとってきました。

 これは、日本共産党が数十年にわたって守ってきた対外政策の原則であります。この態度は、いろいろな国、いろいろな文明との共存の関係を発展させるうえで、重要な節度だと私たちは確信しています。

 もう一つの質問は「社会主義をめざす」国に北朝鮮をふくめているのか、という質問でした。七中総でもお答えしましたが、私たちが、現実に社会主義への方向性に立って努力していると見ているのは、中国、ベトナム、キューバであって、北朝鮮はふくめていません。

帝国主義論の新たな発展がもつ実践的な意義

 第三の角度は、世界資本主義の矛盾の深まりであります。

 経済的な諸矛盾については、綱領改定案は、第九節の冒頭で、世界資本主義の現状を「巨大に発達した生産力を制御できないという資本主義の矛盾」からとらえ、その代表的な現れとして、現実に世界で問題になっている七つの諸矛盾をあげています。ここは短いけれども非常に重要な部分であります。後でものべますが、この分析が、第五章「社会主義・共産主義の社会をめざして」における生産手段の社会化の必然性の解明にもつながるし、また、世界的な体制変動の諸条件の分析にもつながることになります。

 つぎに世界資本主義の政治的諸矛盾の問題ですが、七中総の報告のなかで「独占資本主義=帝国主義」という見方が、現代の条件のもとでは一般的には成り立たなくなったこと、したがって、すべての独占資本主義国をその経済体制を理由に一律に「帝国主義の国」として性格づけることは妥当でないことを、指摘しました。これも二〇世紀における世界の様相・構造と力関係の変動のなかで、何よりも植民地体制の崩壊という大きな変動のなかで起こったことであって、そこをよく見ることが必要であります。

 この点で、実践的に重要な問題として、二点を強調したいと思います。

 一つは、政党が、ある国を「帝国主義」と呼ぶときには、その呼称・呼び名には、侵略的な政策をとり、帝国主義的な行為をおこなっていることにたいする批判と告発が、当然の内容として必ずふくまれているということであります。

 そこから、改定案は、植民地支配が原則的に許されない現在の国際秩序のもとで、ある国を「帝国主義」と呼ぶためには、その国が経済的に独占資本主義の国だというにとどまらず、その国の政策と行動に、侵略性が体系的に現れているかどうかを基準にすべきだ、という立場をとりました。

 これは現実の世界政治の分析でただちに必要になる基準であります。

 改定案は、この基準で、アメリカの対外政策が、文字どおり「帝国主義」の体系的な政策を表していることを解明し、そういう内容を持って「アメリカ帝国主義」という規定をおこなっています。そうであるからこそ、綱領のこの規定は、アメリカの政策の核心をついた告発となっているのであります。

 かりに、いまの世界で、「帝国主義」とは、経済が独占資本主義の段階にある国にたいする政治的な呼び名だというだけのことだとしたら、いくら「帝国主義」といっても、その言葉自体が政治的告発の意味を失い、そう呼ばれたからといって誰も痛みを感じないということになるでしょう。

 もうひとつ大事な点は、この問題は平和のためのたたかいの目標と展望にかかわってくるということであります。レーニンの時代には、人民の闘争や情勢の変化によって、独占資本主義の国ぐにに植民地政策を放棄させたり、独占資本主義体制のもとで帝国主義戦争を防止したりすることが可能になるなどとする考え方は、帝国主義の侵略的本性を理解しないものと批判されました。実際に当時は、こんなことは実現不可能な課題だったからであります。

 現代は、まさにその点で情勢が大きく変化しました。たとえば改定案は、「民主的改革」の方針の「国の独立・安全保障・外交の分野で」のところで、八項目の平和外交の方針を提起しています。その大部分は、レーニンの時代だったら、独占資本主義のもとで非帝国主義的な平和政策を夢見るものとして扱われたであろう課題であります。しかし現代では、これらの課題は、国際的な平和・民主運動のなかでも、実現可能な課題として、追求されているのであります。

 これらの点をはじめ、綱領改定案にもりこまれた「帝国主義論」の新しい発展という問題は、現代の世界情勢の分析に、大きな実践的意義をもつことを強調したいと思います。

二一世紀の世界像をめぐって

 つぎは、二つの国際秩序の闘争をめぐる問題であります。

 改定案は、二〇世紀の重要な出来事として、国際連合の設立をあげ、それとともに、「戦争の違法化」が世界史の発展方向として打ち出されたことを、高く評価しました。国連憲章は、各国の内政には干渉しない、国際的な武力の行使は国連の決定による、各国の勝手な軍事行動は、侵略への自衛反撃以外は認められない、などの諸条項を定めましたが、これはまさに「戦争の違法化」という方針を具体化し、戦争を未然に防止する平和の国際秩序の建設をめざしたものでした。

 この国際秩序は、国連憲章のなかで目標として宣言されてはいますが、まだこの地球上で全面的に実現されるにはいたっていません。この平和秩序を、めざすべき目標というだけでなく、世界の現実にかえることが、二一世紀の平和と戦争をめぐるたたかいの大きな争点になっていることを、正面からとらえる必要があります。

 改定案は、この立場から、「国連憲章にもとづく平和の国際秩序か、アメリカが横暴をほしいままにする干渉と侵略、戦争と抑圧の国際秩序か」、この二つの国際秩序の選択という問題を、世界平和のたたかいの中心課題として提起しています。

 この対決は、いま、ほとんどあらゆる国際問題で現れていますが、最大の焦点はいうまでもなくイラク問題であります。この問題は、文字どおり、世界の見方、国際秩序のとらえ方がもっとも鋭く問われる舞台となっています。

 小泉首相は、自衛隊派兵の決定に際して、「国際社会」への貢献をしきりに唱えました。小泉首相がいう「国際社会」とは、アメリカ一国の利益を世界平和の利益のうえに置いた、アメリカ中心の「国際秩序」にほかなりません。

 これにたいして、自衛隊派兵に反対するわが党や平和・民主勢力がいう国際社会は、多数の独立した主権国家と異なる価値観を持つ多様な文明によって構成されている現実の国際社会であります。この国際社会では、どんな超大国にも、自国の利益を世界平和の利益のうえにおく勝手横暴は許されないし、国連憲章にもとづく国際秩序が何よりも尊重されます。

 「国際社会」という言葉は同じでも、その中身は、これだけ違っているのであります。

 このように、イラク戦争をめぐる対決は、世界でも日本でも、まさに二つの国際秩序の選択が、二一世紀の世界政治の焦点だということを、もっとも具体的な形で日々に示しているのであります。

 そして二〇世紀から二一世紀への人類史的な流れを的確にとらえるならば、二つの国際秩序のどちらが切り開くべき未来を代表し、どちらが前時代から引き継がれた過去を代表しているかは、すでに明らかではないでしょうか。(拍手)

 以上、世界情勢の章についてのべてきましたが、最後に一言したいのは、改定案がここでのべている命題の一つひとつが、野党外交で私たちが得た胸躍るような実感の裏づけを持っているという点であります。(拍手)

 二一世紀の世界の激動的な展開の方向を広い視野で見極めながら、国際分野での活動に取り組んでいきたいと思います。(拍手)


民主主義革命と民主連合政府(第四章)

 つぎに「第四章 民主主義革命と民主連合政府」にすすみます。

 民主主義革命論は、綱領路線の核心をなす部分です。この綱領を決定した当時、世界の共産党の運動のなかでも、発達した資本主義国での民主主義革命という路線は、ほとんど他に例のない、独自のものでした。私たちはその路線を、四十三年間の活動のなかで、より豊かに発展させてきました。この章は、こうしてかちとってきた実践と理論の全成果を反映させながら、綱領路線をより現代的、合理的なものに仕上げたものであります。

民主主義革命の路線について

 この四十三年間、自民党政治がしがみつき、国民的利益との矛盾をいよいよ深めている路線は、対米従属と安保堅持、大企業・財界奉仕という二つの点をなによりの特徴とする路線でした。これにたいし、日本共産党は、綱領にもとづいて、従属国家から独立・主権の国家への転換、財界主役の政治から国民主役の政治への転換という、日本の進路を切り替え新しい未来を開く路線を対置してたたかってきました。

 日本の政党のなかで、自民党政治と対決して、日本の進路を切り替えるという方針を、この四十数年間、まとまった形で一貫して提起したというのは、日本共産党の民主主義革命の路線だけであります。野党といわれる政党のなかでも、「二大政党制づくり」の財界戦略を背景に、自民党流の路線の枠内での政権交代という流れが強まっている今日、民主主義革命というこの路線の持つ意義は、いよいよ大きくなっています。

 この路線は、日本共産党が日本の情勢の独自の分析から引き出した、日本独自の路線であります。しかしこの経験のなかには、世界的な目から見て、一般性を持つ側面も、ある程度はふくまれているように思います。

 たとえば、世界経済の「グローバル化(地球規模化)」にどう立ち向かうかが、いま、諸国民の国際的な運動のなかで大きな課題となっています。わが党はこの問題で、「民主的な国際経済秩序の確立」という目標を提起してきました。前大会では、「大会決議」のなかで、この問題のくわしい解明もおこないました。

 これにたいして、ヨーロッパの一部では、社会主義革命路線の立場から「資本主義的グローバル化反対」という目標を対置する流れもみられました。しかし、実際の状況をみますと、ヨーロッパでも、現実の運動は、覇権主義や多国籍企業の横暴を許さない民主的な国際秩序をめざす方向で発展しているようであります。

 これは、資本主義的な横暴や抑圧のさまざまな現れにたいして、民主的な改革のプログラムをもって対抗するという方針の有効性が、国際的な舞台で試されたものとみることもできるでしょう。

 私たちの経験でも、国際的な交流のなかで、多くの人々から、私たちの民主主義革命の路線に関心をよせているということを、よくうかがいます。それは、日本の運動のなかに、発達した資本主義の国で、民主主義的な段階をへて社会主義に接近してゆくという一つの形態をみての注目であるということも、ここで報告しておきたいと思います。

合理的、現実的な仕上げの特徴

 綱領の、この部分を仕上げるにあたっては、私たちは、

 革命の任務――民主主義革命が達成すべき任務が資本主義の枠内での民主的改革であることを明確にすること、

 政府目標――民主連合政府がこの民主的改革を実行する政府であり、国民の支持のもとに民主主義革命をやりとげる政府であることを明確に規定すること、

 この二つを基本点として、全体の整理をおこないました。

 現綱領には、「人民の政府」、「民族民主統一戦線のうえにたつ政府」、「アメリカ帝国主義と日本独占資本の支配を打破していくのに役だつ政府」、民主勢力がさしあたって一致できる目標の範囲での「統一戦線政府」、「革命の政府、革命権力」などなど、多様な政府規定がありました。

 改定案は、これらの政府規定を、「民主連合政府」と、そこに至る中間段階あるいは過渡的な段階での「統一戦線の政府」という、二つの政府規定に整理しました。これが、さきほどあげた、二つの基本点によって整理したということの一例であります。

 その結果、現在から将来にわたる見通しも、より見やすくなったという声が大きく聞かれるのは、うれしいことであります。

 しかも、そのことは、党の路線のうえで、一方では、今後に予想される複雑な事態に柔軟に対応できる弾力性を、他方では、社会進歩の事業のもつべき原則的な立場をどんな波乱のなかでも守りぬく確固性を、両面を合わせて保障する力となっていると、考えています。

行動綱領ではなく、民主的改革の基本的な内容を規定した

 この章での綱領改定の大きな眼目の一つは、従来の行動綱領を、民主的改革の基本的な内容についての規定に変えたことであります。この改定の意味をよくつかんでほしいと思います。

 これまでの綱領では、民主主義革命によって実行される改革については、「真の独立と政治・経済・社会の民主主義的変革」という一般的な規定しか与えていませんでした。ここには、国民的な運動も、党自体の闘争も、まだこの改革を具体的に問題にするところまでは前進していなかったという、綱領制定当時の情勢の反映がありました。

 そして、そこで掲げられた「行動綱領」は、諸階層・諸階級の当面の要求、また、社会生活の各分野での当面の要求や課題などの一覧という内容のものでした。党がこれらの要求を支持してたたかうことに変わりありませんが、綱領の本来の役割は、どういう改革を達成することによってこれらの要求にこたえるか、という問題の解明にあります。

 改定案では、その見地から、革命によって実現すべき改革の内容を、「国の独立・安全保障・外交の分野」、「憲法と民主主義の分野」、「経済的民主主義の分野」という三つの分野に整理して提起しました。

 そして、この改革の内容を規定する際に、私たちが注意したのは、当面的な基準ではなく、改革の基本方向を示し、十年、二十年というものさしでその有効性を保ちうるもの、という気構えで、各分野の改革を定式化することにありました。ですからここには、そのときどきの情勢の変転や政府の政策の動きによって変わらない改革の基本点が、のべられています。

 よせられた修正意見のなかには、行動綱領的な意味あいで、“より充実を”と求めるものがかなり多くありました。そういう要望には、綱領にそれを書き込むことではなく、問題の性質にふさわしい別の方法での対応を考えたいと思います。

 改定案にのべられている民主的改革の内容は、政策活動の基本となるものであります。そこに、党の政策的一貫性の何よりの根拠があります。昨年の総選挙に先立つ時期に、多くの党組織が綱領改定案の内容を政策活動の旗印にしてたたかいました。これは、積極的な経験だったと思います。

 今後とも、綱領を武器に、日本共産党はどんな日本をつくろうとしているか、党の「日本改革」の政策を日常不断に宣伝していくことに、努力しようではありませんか。(拍手)

天皇制と自衛隊の問題

 天皇制と自衛隊の問題には、質問・意見がもっとも多くよせられました。「党の態度があいまいだ」、「国民の総意に転嫁するのは無責任だ」などの意見もありましたが、これは誤解にもとづくものであります。

 まず、どちらの問題でも、党の態度は明確であります。

 天皇制については、綱領改定案は「党は、一人の個人あるいは一つの家族が『国民統合』の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく」と、その評価を明確にしております。また、今後についても、「国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだ」という方針を明示しています。

 自衛隊については、改定案は「憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)」と明記しています。“第九条違反”という認識と、“自衛隊の解消によって第九条の完全実施にすすむ”という目標とが、ここには、はっきりと書かれているわけであります。

 しかし、党の認識と態度を表現するだけでは、政党の綱領にはなりません。この認識にもとづいて、現状をどのようにして変革するのかの方法を明示してこそ、綱領としての責任ある方針になります。

 天皇制の問題でも、自衛隊の問題でも、国民の現在の多数意見はその存在を肯定する方向にあります。その状態が変わって、国民多数が廃止あるいは解消の立場で合意しない限り、この問題での改革は実現できません。

 その際、自衛隊の問題は、自衛隊の存在自体が憲法に違反しているという性格の問題であります。ですから、現憲法のもとで民主連合政府が成立したら、成立のその日から、政府は、自衛隊の存在と憲法との矛盾をどのように解決するかという問題に直面し、その態度が問われることになります。だから、そこに至る方途と道筋を、綱領で明記したわけであります。

 天皇制の問題は、その点で事情が違います。これは、この問題でなんらかの改変をおこなうこと自体が、憲法の改定を必要とする問題であります。一方、戦前のような、天皇制問題の解決を抜きにしては、平和の問題も、民主主義の問題もないという、絶対主義的天皇制の時代とは、問題の位置づけが根本から違っていることも、重視すべき点であります。

 私たちは、民主主義の原理的な立場からの党の考え方――については、今日でも大いに語る必要があります。

 しかし、いま、憲法をめぐる中心課題は、第九条の改悪を主目標に憲法を変えようとする改憲のくわだてに反対し、現憲法を擁護することにあります。わが党は、当面、部分的にもせよ、憲法の改定を提起する方針をもちません。だから、改定案では、天皇制の廃止の問題が将来、どのような時期に提起されるかということもふくめて、その解決については、「将来、情勢が熟したとき」の問題だということを規定するにとどめているのであります。

 改定案が解決は「国民の合意」や「国民の総意」による、としていることについて、“先送り”などと批判する意見がごく一部にありましたが、こういう批判は、多数者革命に背を向け、主権在民の原則そのものを軽んじるものにほかならないということを、指摘しておきたいと思います。

 また、象徴天皇制という現制度を、「君主制」だとした現綱領の規定を改定案がやめたことについて、「君主制」の規定は残すべきだとする意見も一部にありました。しかし、七中総でのべたように、国民主権の原則が明確にされている国で、「国政に関する権能」をもたないものが「君主」ではありえないことは、憲法論のうえで明白であります。

 つけくわえていえば、天皇を「君主」扱いして、憲法が禁じている「国政に関する権能」を、部分的にもせよ、天皇にもたせようとしているのが反動派の復古主義的なたくらみであります。党の綱領に「君主制」という規定を残すべきだという議論は、実践的には、こういう復古主義者たちを喜ばせる性質のものとなることも、あわせて指摘するものであります。

 日本が「君主制」か「共和制」であるかはっきりさせろ、という声も聞かれました。日本は、国民主権という民主主義の原則を確立した国だが、現状では、「君主制」にも「共和制」にも属さない国であります。だから、七中総報告では、日本の憲法のこの特質を、「いろいろな歴史的な事情から、天皇制が形を変えて存続したが、そのもとで、国民主権の原則を日本独特の形で政治制度に具体化した」と記述しました。この特殊性を事実に沿ってリアルにとらえることが重要であります。

 どんなものごとにも中間的、過渡的な状況ということはあるものであります。それをのりこえるのは、将来、国民の意思にもとづいて、日本の国家制度が民主共和制に前進するときであります。改定案は、日本における社会進歩の、この大局の方向についても明記しているのであります。

人民的議会主義と多数者革命

 革命の路線についてのべている第十三節では、さきにのべた整理を、文章の全体にわたっておこないました。内容の問題で、補足的な説明を必要とすることはあまりありませんが、一点だけ、国会と政府にかかわる部分をとりあげておきます。

 国会活動では、一九七〇年の第十一回党大会で、人民的議会主義の路線を、つぎのように定式化したことが、綱領路線の具体化の重要な一歩となりました。大会決議では、

 「国会はたんに政治の実態を人民の前にあきらかにするだけでなく、国民のための改良の実現をはじめ、国民の要求を国政に反映させる闘争の舞台として重要な役割をはたす。さらに、今日の日本の政治制度のもとでは、国会の多数の獲得を基礎にして、民主的政府を合法的に樹立できる可能性がある」、

 こういう確認をおこないました。 この定式は、国会活動のつぎの三つの任務を明らかにした点に、大きな意義がありました。

 (1)政治の実態を国民の前に明らかにする。

 (2)国民のための改良の実現をはじめ、国民の要求を国政に反映させる舞台となる。

 (3)国会の多数の獲得を基礎にして、民主的政府を合法的に樹立する。

 今度の改定案では、これらの任務を全面的に綱領の規定として織(お)り込んであります。

 また改定案が、日本共産党が国会の多数の支持を基礎に民主連合政府の樹立をめざすことを、つぎのように、「国民が主人公」という日本共産党の信条と結びつけてのべていることも、重視してほしいと思います。

 「日本共産党は、『国民が主人公』を一貫した信条として活動してきた政党として、国会の多数の支持を得て民主連合政府をつくるために奮闘する」。

 ここにのべられているのは、国会の多数の支持を得て民主連合政府を樹立するという党の路線が、いわゆる戦略・戦術といった次元の問題ではなく、「国民が主人公」の立場を貫いてきた日本共産党の民主的な信条にもとづく路線だ、ということであります。この信条を革命運動の方針に具体化したものが、日本社会のどんな変革も、国民多数の支持がその前提になる、という「多数者革命」の考え方にほかなりません。

 この路線は「議会の多数を得ての革命の路線」と略称することもあります。それは、マルクス・エンゲルス以来の科学的社会主義の革命論のなかでも、明確な歴史的位置づけを持った路線であります。

 さきほど天皇制と自衛隊の問題でも若干ふれましたが、改定案が、「国民が主人公」の信条に裏打ちされた多数者革命の方針を、民主主義革命の段階から社会主義的変革の段階まで、社会発展の全段階で貫いていることを、深く読み取ってほしいと思います。(拍手)


社会主義・共産主義の社会をめざして(第五章)

 最後に「第五章 社会主義・共産主義の社会をめざして」であります。この章は、改定案が特に力を入れた部分であります。

 まず大前提となった二つの問題について話したいと思います。

崩壊したソ連社会にたいする科学的な評価の問題

 第一に、綱領での未来社会論の展開のためには、まず、ソ連社会とは何であったかを明確にすることが重要でした。

 わが党は、ソ連の評価にあたっては、レーニンが指導にあたった初期の時代と、スターリン以後の変質と転落の時代とを区別していますが、スターリン以後のソ連社会の評価という問題は、わが党が、六四年に、ソ連から覇権主義的な干渉を受け、それを打ち破る闘争に立って以来、取り組んできた問題でした。

 この闘争のなかで、私たちはつぎの点の認識を早くから確立してきました。

 (1)日本共産党への干渉・攻撃にとどまらず、六八年のチェコスロバキア侵略、七九年のアフガニスタン侵略と、覇権主義の干渉・侵略を平然とおこなう体制は、社会主義の体制ではありえない。

 (2)社会の主人公であるべき国民への大量弾圧が日常化している恐怖政治は、社会主義とは両立しえない。

 私たちは、早くからこの認識をもっていましたが、ソ連の体制崩壊のあと、その考察をさらに深め、九四年の第二十回党大会において、ソ連社会は何であったかの全面的な再検討をおこないました。その結論は、ソ連社会は経済体制においても、社会主義とは無縁の体制であったというものでした。

 そのさい私たちが重視したのはつぎの諸点であります。

 (3)ソ連の経済体制には、形のうえでは「国有化」もあれば「集団化」もありました。しかし、それは生産手段を人民の手に移すことを意味しないで、反対に、人民を経済の管理から締め出し、スターリンなどの指導部が、経済の面でも全権限をにぎる専制主義・官僚主義の体制の経済的な土台となりました。

 (4)もう一つは、囚人労働の広範な存在です。ソ連には、長期にわたって、最初は農村から追放された数百万の農民、つづいて大量弾圧の犠牲者が絶え間ない人的供給源となって、大規模な囚人労働が存在していました。実際、毎年数百万の規模をもつ強制収容所の囚人労働が、ソ連経済、とくに巨大建設の基盤となり、また、社会全体を恐怖でしめつけて、専制支配を支えるという役割を果たしてきました。

 もちろん、これらの諸点と同時に、人民の生活保障にかかわる諸制度にも目を向けないと、客観的で公正な評価とはいえないでしょう。ソ連社会の経済的制度のなかで、社会主義的性格をもったとある程度言えるのは、社会保障など、人民の最低生活保障にかかわる諸制度です。しかし、それは生産関係にではなく、分配関係の領域に属するものであって、社会の経済的な骨組みを形作る基本的要素にはなりませんでした。

 こういう分析から、私たちはつぎの諸命題を結論として引き出したのであります。

 ――スターリン以後の転落は、政治的な上部構造における民主主義の否定、民族自決権の侵犯にとどまらず、経済的な土台においても、勤労人民への抑圧と経済管理からの人民のしめだしという、反社会的な制度を特質としていた。

 ――人民が工業でも農業でも経済の管理からしめだされ、抑圧される存在となった社会、それを数百万という規模の囚人労働が支えている社会は、社会主義社会でないことはもちろん、それへの移行の過程にある過渡期の社会などでもありえない。

 これが二十回党大会で結論とし、党綱領にとりいれた命題であります。

 ソ連が崩壊してすでに十年以上たっているとはいえ、ソ連問題はけっして過去の問題ではありません。いまでも、ソ連を社会主義だったとする見方は、世界に多く存在します。あれが「社会主義」の見本だといって、資本主義万歳論の材料にしようとする人たちもいれば、社会主義をまじめにめざす立場で、「腐ってもタイ」式に、ソ連社会を社会主義の一形態に数えあげる人たちもいます。

 私たちは、資本主義をのりこえて新しい社会をめざす道を二一世紀に真剣に探究しようとするものは、ソ連問題にたいして、明確な、きっぱりした態度をとる必要があると考えています。官僚的な専制主義と侵略的な覇権主義を特徴としたソ連社会を社会主義の一つの型だと位置づける立場とは手を切らない限り、その運動が、資本主義世界で多数派になる道は開かれないであろう、と考えるからであります。(拍手)

レーニンに由来する国際的な“定説”の全面的な再検討

 第二に、現代の諸条件のもとでの社会主義・共産主義の社会への道を探究するためには、科学的社会主義の先人たちのこの分野での理論的な遺産を発展的に整理し、とりいれることが必要でした。

 この分野は、率直に言って、国際的にみても遅れた理論分野の一つでした。とくにソ連が「社会主義社会の完成」を宣言した後には、この分野でのマルクス、エンゲルスの理論的遺産の研究も本格的にはおこなわれませんでした。未来社会の理論として支配的だったのは、レーニンがマルクスの「ゴータ綱領批判」をよりどころに、著作『国家と革命』のなかで展開した共産主義社会の二段階発展論でした。

 この二段階発展論というのは、未来社会を、生産物の分配という角度から、“能力におうじてはたらき、労働におうじてうけとる”という原則が実現される「第一段階」と、“能力におうじてはたらき、必要におうじてうけとる”という原則が実現されるようになる「高い段階」とに分けるもので、通例、この「第一段階」が社会主義社会、「高い段階」が共産主義社会と呼ばれてきました。

 この二段階発展論は、とくにスターリン以後、国際的な運動のなかでも、未来社会論の“定説”とされてきました。とくにソ連では、この“定説”には、社会主義の立場を踏み外して別の軌道に移ったソ連社会の現状を、そのときどきに、「社会主義社会はついに完成した」とか、「さあ、共産主義社会の移行の時期が始まった」とか、そういう合言葉で合理化する役割さえ与えられました。

 しかし、科学的社会主義の学説をつくりあげた先人たちの未来社会論は、この“定説”の狭い枠組みには到底おさまらない、はるかに豊かな内容をもっています。私たちがその全内容を発展的に受けつごうとするならば、レーニンのマルクス解釈の誤りを是正することを含め、従来からの国際的な“定説”を根本的に再検討することが、避けられない課題となってきます。

 この問題を全面的に探究するなかで明らかになった主な点は、つぎの諸点であります。

 第一点。生産物の分配方式――まず「労働におうじて」の分配、ついで「必要におうじて」の分配、こういう形で生産物の分配方式のちがいによって未来社会そのものを二つの段階に区別するという考えは、レーニンの解釈であって、マルクスのものではありません。マルクスは、「ゴータ綱領批判」のなかで、未来社会のあり方を分配問題を中心において論じる考え方を、きびしく戒めています。

 第二点。マルクスもエンゲルスも、未来社会を展望するさいに、特定の形態を固定して、新しい社会の建設に取り組む将来の世代の手をそれでしばってしまう青写真主義的なやり方は、極力いましめました。彼らは、分配方式の問題もその例外とはしませんでした。

 第三点。マルクスが、党の綱領に書き込むべき社会主義的変革の中心問題として求めたのは、分配問題ではなく、生産様式をどう変革するか、でした。それは具体的には、生産手段を社会の手に移すこと、すなわち、「生産手段の社会化」という問題でした。「生産手段の社会化」は、この意味では、未来社会を理解するキーワードともいうべき意義をもっています。

 第四点。マルクスもエンゲルスも、未来社会を人類の「本史」――本来の歴史にあたる壮大な発展の時代としてとらえました。だから、「必要におうじて」の分配という状態に到達したら、それが共産主義社会の完成の指標になるといった狭い見方をとったことは、けっしてありませんでした。マルクス、エンゲルスが、その未来社会論で、社会発展の主要な内容としたのは、人間の自由な生活と人間的な能力の全面的な発展への努力、社会全体の科学的、技術的、文化的、精神的な躍進でありました。

 以上のような理論的な準備にたって、私たちは第五章の作成にあたりました。

未来社会の呼称について

 順を追っての解説はしませんが、改定した綱領案のいくつかの中心点についてのべます。

 綱領改定案の未来社会論にもりこんだ新しい見地の大要はつぎのとおりであります。

 第一は、未来社会の呼び名の問題です。

 改定案では、これまでの綱領にあった社会主義社会、共産主義社会という二段階の呼び名をやめました。マルクスやエンゲルスの文献では、未来社会を表現するのに、共産主義社会という言葉を使った場合も、社会主義社会という言葉を使った場合もあります。しかしそれは、高い段階、低い段階という区別ではなく、どちらも同じ社会を表現する用語として、そのときどきの状況に応じて使ったものであります。

 改定案は、その初心にかえる立場で、呼び名で段階を区別することをやめ、未来社会をきちんと表現するときには、「社会主義・共産主義社会」と表現することにしました。

 このことは、社会主義、あるいは共産主義という呼び名を、今後単独では使わないということではありません。綱領の改定案そのものにも、「社会主義」という表現を単独で使っている場合が少なからずあります。

 この呼び名の問題をめぐっては、今後のことを考えても、かなり複雑な状況があります。

 古典でも、マルクスの『資本論』では、未来社会は「共産主義社会」と表現されています。エンゲルスの『空想から科学へ』や『反デューリング論』では「社会主義社会」と表現されています。さきほども言いましたように、二つの呼び名は同じ意味で使われています。

 また、日本でも世界でも、両方の呼び名が使われる状態が続くでしょうが、おそらく多くの場合、従来型の解釈で、未来社会の異なる発展段階を表すものとされる場合が多いでしょう。

 そういうなかで、日本共産党綱領が、未来社会について、「社会主義・共産主義社会」と二つの呼び名を併記する表現を使うことは、私たちが「社会主義」も「共産主義」も同じ未来社会の表現だという新しい立場――もともとは一番古い立場なのですが、その立場にたっていることを明示するという意味をもちます。

 ここに主眼があるわけですから、共産党員が議論する場合、どんな場合でも、二つの言葉を並べて言わないと綱領違反になるということではないことを、理解してほしいと思います。(拍手)

 なお、“定説”とされてきた二段階発展論をやめたということは、未来社会がいろいろな段階をへて発展するであろうことを、否定するものではありません。

 マルクスが、未来社会とともに、人類の「本史」が始まるとしたことはすでにのべました。この「本史」は、彼らの予想でも、それまでの人類の歴史の全体をはるかにこえる長期の時代となるものでした。当時は、太陽系の寿命が数百万年程度に数えられていた時代でしたが、エンゲルスは、ほぼそれに対応するものとして、人類の「本史」を「数百万年、数十万年の世代」にわたって続くものとして描き出しています。現在、人間がもっている自然認識によれば、人類の未来を測る時間的なものさしは、当時よりもはるかに長い、数字のケタが二ケタも三ケタも違うものとなるでしょう。

 当然、そこで展開される人類の「本史」には、いろんな段階がありうるでしょう。いまからその段階についてあれこれの予想をしないというのが、マルクス、エンゲルスの原則的な態度でした。私たちも、この点は受けつがれて当然の態度だと考えています。

二つの角度から「生産手段の社会化」をとらえる

 第二の問題は、綱領改定案が、未来社会論の中心を「生産手段の社会化」においたという問題であります。さきほどここに未来社会論のキーワードがあるといいましたが、それだけに、ここを深く理解することが大事です。ここでは「生産手段の社会化」の意義をとらえる二つの角度という問題を、まずのべたいと思います。

 第一の角度は、「生産手段の社会化」が、資本主義の矛盾をのりこえるための必然的で法則的な社会変革であることを、深く理解するという点であります。

 第三章の世界情勢のなかの、資本主義世界の分析のところで、綱領改定案は、資本主義が現在直面している経済的諸矛盾を、「広範な人民諸階層の状態の悪化、貧富の格差の拡大、くりかえす不況と大量失業、国境を越えた金融投機の横行、環境条件の地球的規模での破壊、植民地支配の負の遺産の重大さ、アジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの多くの国ぐにでの貧困の増大」という七つの具体的な現れでとらえました。そして、それらがすべて、「巨大に発達した生産力を制御できないという資本主義の矛盾」の「かつてない大きな規模と鋭さ」をもった現れでもあることを指摘しました。資本主義のこの矛盾は、個々の資本が生産手段をもっており、生産と経済が資本の利潤追求を最大の推進力として動かされているという資本主義の本性に、根源があるのです。

 「生産手段の社会化」は、資本主義の矛盾から抜け出す必然的な活路という位置づけをもった社会主義の課題であります。

 日本社会も、同じ資本主義世界に属する国として、共通する矛盾にぶつかっています。民主的改革をわれわれが実行するということは、国民生活にとっても、日本経済にとっても、歴史的前進の重大な一段階を画するものでありますが、それはまだ、資本主義の矛盾を取り除くものではありません。この矛盾をおおもとから取り除くためには、民主主義の日本から社会主義の日本へと前進することが、つぎの段階の課題となってくるのです。

 この変革の必然性を明らかにするためには、現在の社会がそのことを必要としていることの具体的な解明が何よりも重要であります。この数年来、私たちが、「二一世紀と『科学の目』」など、この角度から二一世紀論を展開してきた意味も、ここにあります。

 未来社会が資本主義の矛盾のその根源から変革して、「生産手段の社会化」を実現する社会であること、このことを太く明らかにしてこそ、社会主義・共産主義の社会の、資本主義社会にたいする優位性を全面的に解明することができると思います。

 第二の角度は、いわば人類史的な見方であります。「生産手段の社会化」が人間社会の本来の姿を取り戻すものであって、そういう意味で人類史の新しい時代を画する変革であることをおおもとからつかむ、この歴史観も大事であります。

 人類の歴史をより深く考えますと、だいたい生産手段というのは、人間がそれを使って自然に働きかける手段であります。

 少なくとも数十万年は続いた人類史の曙(あけぼの)の段階では、生産者が自分の生産手段をもって自然に働きかける、これが人間本来の姿でした。

 階級社会に変わってこの状態が根本から変わりました。階級社会には、奴隷制、封建制、資本主義という主な三つの時代がありますが、時間の長さからいえば、合わせてせいぜい数千年であります。この階級社会では、生産者と生産手段が切り離され、生産手段が支配者の持ち物となりました。そのために、生産者が他人である支配者のために働くというのが、生産の主要な様式に変わりました。

 そして最後の搾取社会である資本主義の時代を迎えて、生産手段と生産力が高度な発展をとげ、新しい社会の物質的土台をつくりだす。同時に、一方では個々の企業が生産手段を持った状態では巨大化した生産の管理ができなくなるという矛盾が激しくなると同時に、生産者の側には、それだけ発展した生産手段を集団として動かすことができる力も発展してくる。ここに大づかみにみた資本主義時代の特徴があります。

 そのうえにたって、共同体である社会が生産手段を握る、こういう形で生産者と生産手段の結びつきを回復するという新しい段階、人類のいわば「本史」への発展を意味する社会変革が日程にのぼってきたのです。

 ここに、「生産手段の社会化」という目標を人類史という大きな視野でとらえた場合の大きな意義があることを強調したいと思います。

私有財産の問題

 つぎに、綱領改定案がのべている「生産手段の社会化」の内容にすすみます。

 改定案は、「生産手段の社会化」の意義を、三つの点に整理して説明しています。七中総報告では、それを「三つの効能」と名づけたのですが、改定案は、その前に、もう一つの大きな値打ちについて書いています。

 それは、「社会化」されるのは生産手段であって、消費生活のなかでの個人個人の私有財産は「社会化」の対象にならない、という点であります。

 この点は、マルクスが、社会主義・共産主義の目標を、生産手段を社会の手に移す、すなわち「生産手段の社会化」という形でまとめ上げたことによって、誰にでも分かる形で表現されるようになったことでした。

 実は、マルクスが、社会主義・共産主義の目標をこういう形でまとめ上げるという結論に達したのは、あまり早い時期ではなく、『資本論』を執筆するなかでのことでした。そして、そのことが、新しい社会の内容を明確にする上で、たいへん大きな意義を持ったのでした。

 マルクスの時代から、共産主義運動はいっさいの私有財産を取り上げる、こういう反共宣伝はかなり広くありました。「生産手段の社会化」というこのまとめは、これらの反共宣伝に理論的に確固とした反撃を加える足場をきずくという大きな役割をも果たしたのです。マルクス、エンゲルス自身も、当時の社会主義運動の実践の場――インターナショナルの舞台で、あるいはまた理論活動の舞台で、早速その線での反撃に取り組んだものでした。

 ですから改定案のつぎの文章には、それだけの理論的、歴史的な背景があってのものなのです。

 「社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される」。

「人間の全面的発達」が社会の目標となる

 改定案では、このあと七中総報告で「三つの効能」と呼んだ叙述が続きます。

 (一)搾取の廃止によってすべての人間の生活を向上させ、社会から貧困をなくすこと。

 (二)生産と経済の推進力を、社会と社会の成員の生活の発展に切り替えることによって、経済の計画的な運営を可能にし、不況、環境破壊、社会的格差問題の根本解決に道をひらくこと。

 (三)利潤第一主義のせまい枠組みから経済を解放し、健全で豊かな経済発展の条件をつくりだすこと。

 この三項目のそれぞれが、「生産手段の社会化」によって、社会のあり方がどう変わり、人間の生活がどう変わるか、人間の解放という大目的に接近するどのような力になるか、などを解明したものであります。

 ここでひとつ強調したいのが、第一の項目で、労働時間の短縮が「社会のすべての成員の人間的発達を保障する土台」をつくりだす、とのべている点であります。

 どんな個人も、自分自身のなかに多くの能力を潜在させています。しかし、いまの社会では、おかれた環境に支配されて一人ひとりが、その能力を埋(うず)もらせたまま、生涯を終わってしまうという場合が圧倒的に多いのです。

 マルクス・エンゲルスは、新しい社会をめざすにあたって、その社会が、人間の物質的生活を向上させ、より豊かにすることと同時に、すべての人間にその能力と活動の全面的な発達と機会を保障する社会となることを、何よりも重視しました。

 この問題での科学的社会主義の先輩たちのことばを一つだけ紹介しましょう。エンゲルスが『反デューリング論』および『空想から科学へ』のなかで、未来社会が人間にどんな生活を保障するかについてのべた文章であります。

 「社会のすべての成員に、物質的に完全にみちたりて、日ましに豊かになっていく生活だけでなく、さらに、彼らの肉体的および精神的素質が完全に自由に伸ばされ、発揮されることを保障する生活」。

 要するに、生活の物質的向上と人間としての「全面的発達」、これが未来社会の人間解放の内容になるという見地であります。マルクス・エンゲルスはこのように、人間の全面的発達を、人間の解放の事業のもっとも重要な内容として位置づけていました。彼らが労働時間の短縮を未来社会論の根本問題だとした理由も、そこにあったということを、付け加えて指摘しておきたいと思います。

青写真主義をいましめる見地をつらぬく

 第三の点は、綱領改定案が青写真主義をいましめる原則的見地を貫いていることであります。

 改定案はこうのべています。

 「日本における社会主義への道は、多くの新しい諸問題を、日本国民の英知と創意によって解決しながら進む新たな挑戦と開拓の過程となる」。

 分配方式の問題でも、これまでの綱領は、低い段階と高い段階の分配方式をそれぞれ明記してありましたが、改定案は、生産物の分配について固定した図式でしばらないという態度をとっています。これも、その態度の表れであります。

 より重要な問題は、生産手段の社会化の方式と形態の問題にあります。意見のなかには「もっと具体的にのべよ」、という注文がかなりありました。しかし、おそらくこの分野こそ、その課題に取り組む将来の世代の英知が、最も創造的に発揮されることになる分野となるだろうと思います。

 さきほど、「生産手段の社会化」の問題について、資本主義の諸矛盾からの根本的な活路としても、また、人類の「本史」の発展の方向としても、個々の人間や企業ではなく、社会が生産手段をにぎり社会のために生産するという体制への変革こそ、社会発展の大方向だということを、社会主義・共産主義の未来社会解明の中心にすえようということをのべました。

 「社会化」の形態は、いまから固定的に決められる性質の問題ではありません。日本の場合でいえば、将来、おそらくそれに取り組む世代は、すでに民主主義革命の時期に、大企業の民主的規制や日本経済の民主的運営の分野で多くの経験をつんでいるでしょう。そこから多くの知恵も得ているはずであります。世界的にもくみとるべき経験が発展しているでしょう。そういうすべてを縦横に活用しながら、生産手段を社会がにぎり運営するという点では、どういう形態が適切で合理的なのか、日本にふさわしい道筋や形態は何なのか、それらが探究され、選択されてゆくでしょう。

 私たちは、日本の社会進歩の過程で、日本にふさわしい形で「生産手段の社会化」に接近し実現してゆく知恵と力量が必ず発展してくるだろうことを、確信しているものであります。

 改定案は、このように青写真主義を排する原則的な態度を堅持しながらも、いまの段階から明らかにできるし、それが必要だという問題は、二〇世紀を生きてきた者の責任において大胆に明らかにしています。それは、つぎのような諸点であります。

 ――社会主義・共産主義の日本では、民主主義と自由の成果をはじめ、資本主義時代の価値ある成果のすべてが受けつがれ、いっそう発展させられること。

 ――社会主義的変革に踏み出す出発点においてはもちろん、その途上のすべての段階で、国民の合意が前提になること。

 ――「生産手段の社会化」では、日本社会にふさわしい独自の形態の探究が重要だが、どんな場合でも「生産者が主役」という社会主義の原則を踏み外してはならないこと。この問題をはじめ、「社会主義」の看板でまったく異質なものを持ち込んだソ連の誤った経験をくりかえすことは、絶対に許されないこと。

 ――「市場経済を通じて社会主義に進む」ことが、日本の条件にかなった社会主義の法則的な発展方向となるであろうこと。

 これらの諸点であります。

二一世紀の国際的な条件について

 最後に、改定案が未来社会への道筋を考える場合、それを日本社会だけの孤立した過程としてとらえず、二一世紀の世界的な発展のなかでとらえていることは重要であります。

 この世紀が激動の世紀になるだろうということは、世界のあらゆる部分から、資本主義をのりこえて新しい社会をめざす流れが成長し、発展する可能性をもっているということであります。

 改定案は、世界の三つの大きな部分について、簡潔ではありますが、そのことを指摘しています。

 発達した資本主義諸国では、経済的、政治的諸矛盾と人民の運動の高まりは、避けられません。不況・恐慌の問題をとっても、地球環境の問題をとっても、その矛盾は深刻であって、文字どおり、資本主義制度の存続の是非を問うという鋭さをもって展開されつつあります。さらに、多くの識者が、現在のアメリカ中心主義の横行を目の前にして、かつて、世界史に存在して崩壊の道をたどったローマ帝国や大英帝国の歴史を思い起こしながら、深刻な危機感を表明していることも、特徴的であります。

 資本主義から離脱した国ぐにが社会主義の独自の道を探究する努力を展開していることも重要であります。とくに、「市場経済を通じて社会主義へ」の取り組みは、まだ第一歩でありますが、活力ある経済社会をつくる動きとして世界の注目を集めつつあります。すでに国際社会におけるその政治的・経済的重さには、二〇世紀初頭のソ連誕生の時点をはるかに超えるものがあります。

 アジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの広範な国ぐにの流れも重大であります。多くの国ぐにが、資本主義の枠内では、経済的発展の前途を開きえないでいることを実感しつつあります。政治的独立をかちとり、国際政治のなかで比重を大きくしているだけに、その矛盾は特別に大きいものがあります。この地域でも資本主義以後の新しい時代、新しい社会を待望する声がさまざまな形で渦巻いています。それらの声が社会主義への変革にただちに結びつくわけではありませんが、ここにも体制変革の展望と結びつく二一世紀の大きな力のひとつがあることは、間違いないと思います。

 これらの流れが互いに関連しあい、刺激しあって二一世紀の激動的な展開を形づくってゆくでありましょう。二一世紀が、体制的にも新しい激動の世紀となることは、確実だと私たちは考えています。

 そのなかで、社会発展の段階をきちんと踏まえながら、日本の未来をひらく運動を着実に展開していこうではありませんか。新しい綱領は、その正確で強力な指針となるべきものであります。


新しい綱領を「党の旗」として、進むべき道、日本の未来を国民と語り合おう

 以上で、綱領改定についての報告を終わります。

 この大会で出される意見もふくめ、これまでによせられた意見のなかで、とりいれることが妥当だと考えるものは、最後に修正案として大会におはかりしたいと思います。

 熱心な討論を期待するものであります。

 新しい綱領が採択されたら、これをその時だけのものとして棚上げすることなく、全党組織・全党員の血肉とする努力をし、必ず、文字どおり日常の党活動の指針として活用しようではありませんか。(拍手)

 日本共産党が、現在の日本と世界の諸問題を解決する民主的改革の政策をもつと同時に、資本主義をのりこえた未来社会への展望をもっているということは、二一世紀に日本と世界が直面するであろうあらゆる問題に対し、正面から立ち向かえる立場をもっているということであります。日本共産党という党名には、暗黒の時代に民主主義と平和のために不屈にたたかいぬいた歴史が書きこまれていると同時に、二一世紀に生きる政党としての誇りある未来が結びついているのであります。(拍手)

 このことを心に刻みつつ、新しい党綱領を踏まえて、日本のすすむべき道、開くべき未来を国民と語り合おうではありませんか。(長く続く拍手)

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2003年6月25日(水)「しんぶん赤旗」第23回党大会議案日本共産党綱領(案)


※各項の文頭を表記

一、戦前の日本社会と日本共産党

二、現在の日本社会の特質

三、世界情勢――二〇世紀から二一世紀へ

四、民主主義革命と民主連合政府

〔国の独立・安全保障 ・外交の分野で〕
憲法と民主主義の分野で
経済的民主主義の分野で

五、社会主義・共産主義の社会をめざして


 一、戦前の日本社会と日本共産党

 (一)日本共産党は、わが国の進歩と変革の伝統を受けつぎ、日本と世界の人民の解放闘争の高まりのなかで、一九二二年七月一五日、科学的社会主義を理論的な基礎とする党として、創立された。

 当時の日本は、世界の主要な独占資本主義国の一つになってはいたが、国を統治する全権限を天皇が握る専制政治(絶対主義的天皇制)がしかれ、国民から権利と自由を奪うとともに、農村では重い小作料で耕作農民をしめつける半封建的な地主制度が支配し、独占資本主義も労働者の無権利と過酷な搾取を特徴としていた。この体制のもと、日本は、アジアで唯一の帝国主義国として、アジア諸国にたいする侵略と戦争の道を進んでいた。

 党は、この現状を打破して、まず平和で民主的な日本をつくりあげる民主主義革命を実現することを当面の任務とし、ついで社会主義革命に進むという方針のもとに活動した。

 (二)党は、日本国民を無権利状態においてきた天皇制の専制支配を倒し、主権在民、国民の自由と人権をかちとるためにたたかった。

 党は、半封建的な地主制度をなくし、土地を農民に解放するためにたたかった。

 党は、とりわけ過酷な搾取によって苦しめられていた労働者階級の生活を根本的に改善し、すべての勤労者、知識人、女性、青年の権利と生活の向上のためにたたかった。

 党は、進歩的、民主的、革命的な文化の創造と普及のためにたたかった。

 党は、ロシア革命と中国革命にたいする日本帝国主義の干渉戦争、中国にたいする侵略戦争に反対し、世界とアジアの平和のためにたたかった。

 党は、日本帝国主義の植民地であった朝鮮、台湾の解放と、アジアの植民地・半植民地諸民族の完全独立を支持してたたかった。

 (三)日本帝国主義は、一九三一年、中国の東北部への侵略戦争を、一九三七年には中国への全面侵略戦争を開始して、第二次世界大戦に道を開く最初の侵略国家となった。一九四〇年、ヨーロッパにおけるドイツ、イタリアのファシズム国家と軍事同盟を結成し、一九四一年には、中国侵略の戦争をアジア・太平洋全域に拡大して、第二次世界大戦の推進者となった。

 帝国主義戦争と天皇制権力の暴圧によって、国民は苦難を強いられた。党の活動には重大な困難があり、つまずきも起こったが、多くの日本共産党員は、迫害や投獄に屈することなく、さまざまな裏切りともたたかい、党の旗を守って活動した。このたたかいで少なからぬ党員が弾圧のため生命を奪われた。

 他のすべての政党が侵略と戦争、反動の流れに合流するなかで、日本共産党が平和と民主主義の旗を掲げて不屈にたたかい続けたことは、日本の平和と民主主義の事業にとって不滅の意義をもった。

 侵略戦争は、二千万人をこえるアジア諸国民と三百万人をこえる日本国民の生命を奪った。この戦争のなかで、沖縄は地上戦の戦場となり、日本本土も全土にわたる空爆で多くの地方が焦土となった。一九四五年八月には、アメリカ軍によって広島、長崎に世界最初の原爆が投下され、その犠牲者は二十数万人にのぼり、日本国民は、核兵器の惨害をその歴史に刻み込んだ被爆国民となった。

 ファシズムと軍国主義の日独伊三国同盟が世界的に敗退するなかで、一九四五年八月、日本帝国主義は敗北し、日本政府はポツダム宣言を受諾した。反ファッショ連合国によるこの宣言は、軍国主義の除去と民主主義の確立を基本的な内容としたもので、日本の国民が進むべき活路は、平和で民主的な日本の実現にこそあることを示した。これは、党が不屈に掲げてきた方針が基本的に正しかったことを、証明したものであった。

はじめに↑

 二、現在の日本社会の特質

 (四)第二次世界大戦後の日本では、いくつかの大きな変化が起こった。

 第一は、日本が、独立国としての地位を失い、アメリカへの事実上の従属国の立場に落ち込んだことである。

 敗戦後の日本は、反ファッショ連合国を代表するという名目で、アメリカ軍の占領下におかれた。アメリカは、その占領支配をやがて自分の単独支配に変え、さらに一九五一年に締結されたサンフランシスコ平和条約と日米安保条約では、沖縄の占領支配を継続するとともに、日本本土においても、占領下に各地につくった米軍基地の主要部分を存続させ、半永久的なアメリカの世界戦略の前線基地という役割を日本に押しつけた。日米安保条約は、一九六〇年に改定されたが、それは、日本の従属的な地位を改善するどころか、基地貸与条約という性格にくわえ、有事のさいに米軍と共同して戦う日米共同作戦条項や日米経済協力の条項などを新しい柱として盛り込み、日本をアメリカの戦争にまきこむ対米従属的な軍事同盟条約に改悪・強化したものであった。

 第二は、日本の政治制度における、天皇絶対の専制政治から、主権在民を原則とする民主政治への変化である。この変化を代表したのは、一九四七年に施行された現行憲法である。この憲法は、主権在民、戦争の放棄、国民の基本的人権、国権の最高機関としての国会の地位、地方自治など、民主政治の柱となる一連の民主的平和的な条項を定めた。形を変えて天皇制の存続を認めた天皇条項は、民主主義の徹底に逆行する弱点を残したものだったが、そこでも、天皇は「国政に関する権能を有しない」ことなどの制限条項が明記された。

 この変化によって、日本の政治史上はじめて、国民の多数の意思にもとづき、国会を通じて、社会の進歩と変革の道を進むという道すじが、制度面で準備されることになった。

 第三は、戦前、天皇制の専制政治とともに、日本社会の半封建的な性格の根深い根源となっていた半封建的な地主制度が、農地改革によって、基本的に解体されたことである。このことは、日本独占資本主義に、その発展のより近代的な条件を与え、戦後の急成長を促進する要因の一つとなった。

 日本は、これらの条件のもとで、世界の独占資本主義国の一つとして、大きな経済的発展へと進んだ。しかし、経済的な高成長にもかかわらず、アメリカにたいする従属的な同盟という対米関係の基本は変わらなかった。

 (五)わが国は、高度に発達した資本主義国でありながら、国土や軍事などの重要な部分をアメリカに握られた事実上の従属国となっている。

 わが国には、戦争直後の全面占領の時期につくられたアメリカ軍事基地の大きな部分が、半世紀を経ていまだに全国に配備され続けている。なかでも、敗戦直後に日本本土から切り離されて米軍の占領下におかれ、サンフランシスコ平和条約でも占領支配の継続が規定された沖縄は、アジア最大の軍事基地とされている。沖縄県民を先頭にした国民的なたたかいのなかで、一九七二年、施政権返還がかちとられたが、米軍基地の実態は基本的に変わらず、沖縄県民は、米軍基地のただなかでの生活を余儀なくされている。アメリカ軍は、わが国の領空、領海をほしいままに踏みにじっており、広島、長崎、ビキニと、国民が三たび核兵器の犠牲とされた日本に、国民に隠して核兵器持ち込みの「核密約」さえ押しつけている。

 日本の自衛隊は、事実上アメリカ軍の掌握と指揮のもとにおかれており、アメリカの世界戦略の一翼を担わされている。

 アメリカは、日本の軍事や外交に、依然として重要な支配力をもち、経済面でもつねに大きな発言権を行使している。日本の政府代表は、国連その他国際政治の舞台で、しばしばアメリカ政府の代弁者の役割を果たしている。

 日本とアメリカとの関係は、対等・平等の同盟関係では決してない。日本の現状は、発達した資本主義諸国のあいだではもちろん、植民地支配が過去のものとなった今日の世界の国際関係のなかで、きわめて異常な国家的な対米従属の状態であって、アメリカの対日支配は、明らかに、アメリカの世界戦略とアメリカ独占資本主義の利益のために、日本の主権と独立を踏みにじる帝国主義的な性格のものである。

 (六)日本独占資本主義は、戦後の情勢のもとで、対米従属的な国家独占資本主義として発展し、国民総生産では、早い時期にすべてのヨーロッパ諸国を抜き、アメリカに次ぐ地位に到達するまでにいたった。その中心をなす少数の大企業は、大きな富をその手に集中して、巨大化と多国籍企業化の道を進むとともに、日本政府をその強い影響のもとに置き、国家機構の全体を自分たちの階級的利益の実現のために最大限に活用してきた。国内的には、大企業・財界が、アメリカの対日支配と結びついて、日本と国民を支配する中心勢力の地位を占めている。

 大企業・財界の横暴な支配のもと、国民の生活と権利を守る多くの分野で、ヨーロッパなどで常識となっているルールがいまだに確立していないことは、日本社会の重大な弱点となっている。労働者は、長時間・過密労働に苦しみ、多くの企業で「サービス残業」という違法の搾取方式までが常態化している。雇用を保障する解雇規制の立法も存在しない。

 女性差別の面でも、国際条約に反するおくれた実態が、社会生活の各分野に残って、国際的な批判を受けている。公権力による人権の侵害をはじめ、さまざまな分野での国民の基本的人権の抑圧も、重大な状態を残している。

 日本の工業や商業に大きな比重を占め、不可欠の役割を担う中小企業は、大企業との取り引き関係でも、金融面、行政面でも、不公正な差別と抑圧を押しつけられ、不断の経営悪化に苦しんでいる。農業は、自立的な発展に必要な保障を与えられないまま、「貿易自由化」の嵐にさらされ、食糧自給率が発達した資本主義国で最低の水準に落ち込みつつも、農業復興の前途を見いだしえない状況が続いている。

 国民全体の生命と健康にかかわる環境問題でも、大企業を中心とする利潤第一の開発政策は、自然と生活環境の破壊を全国的な規模で引き起こしている。

 日本政府は、大企業・財界を代弁して、大企業の利益優先の経済・財政政策を続けてきた。国と地方の予算の最大の部分が大型公共事業など大企業中心の支出と軍事費とに向けられ、社会保障への公的支出が発達した資本主義国のなかで最低水準にとどまるという「逆立ち」財政は、その典型的な現われである。

 その根底には、反動政治家や上層官僚と一部大企業との腐敗した癒着・結合がある。絶えることのない汚職・買収・腐敗の連鎖は、日本独占資本主義と反動政治の腐朽の底深さを表わしている。

 日本経済にたいするアメリカの介入は、これまでもしばしば日本政府の経済政策に誤った方向づけを与え、日本経済の危機と矛盾の大きな要因となってきた。「グローバル化(地球化)」の名のもとに、アメリカ式の経営モデルや経済モデルを外から強引に持ち込もうとする最近の企ては、日本経済の前途にとって、いちだんと有害で危険なものとなっている。

 これらすべてによって、日本経済はとくに基盤の弱いものとなっており、二一世紀の世界資本主義の激動する情勢のもとで、日本独占資本主義の前途には、とりわけ激しい矛盾と危機が予想される。

 日本独占資本主義と日本政府は、アメリカの目したの同盟者としての役割を、軍事、外交、経済のあらゆる面で積極的、能動的に果たしつつ、アメリカの世界戦略に日本をより深く結びつける形で、自分自身の海外での活動を拡大しようとしている。

 軍事面でも、日本政府は、アメリカの戦争計画の一翼を担いながら、自衛隊の海外派兵の範囲と水準を一歩一歩拡大し、海外派兵を既成事実化するとともに、それをテコに有事立法や集団的自衛権行使への踏み込み、憲法改悪など、軍国主義復活の動きを推進する方向に立っている。軍国主義復活をめざす政策と行動は、アメリカの先制攻撃戦略と結びついて展開され、アジア諸国民との対立を引き起こして、アメリカの前線基地の役割とあわせて、日本を、アジアにおける軍事的緊張の危険な震源地の一つとしている。

 対米従属と大企業の横暴な支配を最大の特質とするこの体制は、日本国民の根本的な利益とのあいだに解決できない多くの矛盾をもっており、その矛盾は、二一世紀を迎えて、ますます重大で深刻なものとなりつつある。

はじめに↑

 三、世界情勢――二〇世紀から二一世紀へ

 (七)二〇世紀は、独占資本主義、帝国主義の世界支配をもって始まった。この世紀のあいだに、人類社会は、二回の世界大戦、ファシズムと軍国主義、一連の侵略戦争など、世界的な惨禍を経験したが、諸国民の努力と苦闘を通じて、それらを乗り越え、人類史の上でも画期をなす巨大な変化が進行した。

 多くの諸民族を抑圧の鎖のもとにおいた植民地体制は完全に崩壊し、民族の自決権は公認の世界的な原理という地位を獲得し、百を超える国ぐにが新たに政治的独立をかちとって主権国家となった。これらの国ぐにを主要な構成国とする非同盟諸国首脳会議は、国際政治の舞台で、平和と民族自決の世界をめざす重要な力となっている。

 国民主権の民主主義の流れは、世界の大多数の国で政治の原則となり、世界政治の主流となりつつある。

 国際連合の設立とともに、戦争の違法化の方向が世界史の発展方向として明確にされ、戦争を未然に防止する平和の国際秩序の建設が世界的な目標として提起された。二〇世紀の諸経験、なかでも侵略戦争やその企てとのたたかいを通じて、平和の国際秩序を現実に確立することが、世界諸国民のいよいよ現実的な課題となりつつある。

 (八)資本主義が世界を支配する唯一の体制とされた時代は、一九一七年にロシアに起こった十月社会主義革命を画期として、過去のものとなった。第二次世界大戦後には、アジア、東ヨーロッパ、ラテンアメリカの一連の国ぐにが、資本主義からの離脱の道に踏み出した。

 最初に社会主義への道に踏み出したソ連では、レーニンが指導した最初の段階では、おくれた社会経済状態からの出発という制約にもかかわらず、また、少なくない試行錯誤をともないながら、真剣に社会主義をめざす一連の積極的努力が記録された。しかし、レーニン死後、スターリンをはじめとする歴代指導部は、社会主義の原則を投げ捨てて、対外的には、他民族への侵略と抑圧という覇権主義の道、国内的には、国民から自由と民主主義を奪い、勤労人民を抑圧する官僚主義・専制主義の道を進んだ。「社会主義」の看板を掲げておこなわれただけに、これらの誤りが世界の平和と社会進歩の運動に与えた否定的影響は、とりわけ重大であった。

 日本共産党は、科学的社会主義を擁護する自主独立の党として、日本の平和と社会進歩の運動にたいするソ連覇権主義の干渉にたいしても、チェコスロバキアやアフガニスタンにたいするソ連の武力侵略にたいしても、断固としてたたかいぬいた。

 ソ連とそれに従属してきた東ヨーロッパ諸国で一九八九〜九一年に起こった支配体制の崩壊は、社会主義の失敗ではなく、社会主義の道から離れ去った覇権主義と官僚主義・専制主義の破産であった。これらの国ぐにでは、革命の出発点においては、社会主義をめざすという目標が掲げられたが、指導部が誤った道を進んだ結果、社会の実態としては、社会主義とは無縁な人間抑圧型の社会として、その解体を迎えた。

 ソ連覇権主義という歴史的な巨悪の崩壊は、大局的な視野で見れば、世界の革命運動の健全な発展への新しい可能性を開く意義をもった。

 今日、重要なことは、資本主義から離脱したいくつかの国ぐにで、政治上・経済上の未解決の問題を残しながらも、「市場経済を通じて社会主義へ」という取り組みなど、社会主義をめざす新しい探究が開始され、人口が一三億を超える大きな地域での発展として、二一世紀の世界史の重要な流れの一つとなろうとしていることである。

 (九)ソ連などの解体は、資本主義の優位性を示すものとはならなかった。巨大に発達した生産力を制御できないという資本主義の矛盾は、現在、広範な人民諸階層の状態の悪化、貧富の格差の拡大、くりかえす不況と大量失業、国境を越えた金融投機の横行、環境条件の地球的規模での破壊、植民地支配の負の遺産の重大さ、アジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの多くの国ぐにでの貧困の増大(南北問題)など、かつてない大きな規模と鋭さをもって現われている。

 核戦争の危険もひきつづき地球と人類を脅かしている。米ソの軍拡競争のなかで蓄積された巨大な核兵器は、いまなお人類の存続にとっての重大な脅威である。核戦争の脅威を根絶するためには、核兵器の廃絶にかわる解決策はない。「ノー・モア・ヒロシマ、ナガサキ(広島・長崎をくりかえすな)」という原水爆禁止世界大会の声は、世界の各地に広がり、国際政治のうえでも、核兵器廃絶の声はますます大きくなっているが、核兵器を世界戦略の武器としてその独占体制を強化し続ける核兵器固執勢力のたくらみは根づよい。

 世界のさまざまな地域での軍事ブロック体制の強化や、各種の紛争で武力解決を優先させようとする企ては、緊張を激化させ、平和を脅かす要因となっている。

 なかでも、アメリカが、アメリカ一国の利益を世界平和の利益と国際秩序の上に置き、国連をも無視して他国にたいする先制攻撃戦争を実行し、新しい植民地主義を持ち込もうとしていることは、重大である。アメリカは、自分を「世界の保安官」と自認することによって、アメリカ中心の国際秩序と世界支配をめざすその野望を正当化しようとしているが、それは、独占資本主義に特有の帝国主義的侵略性を、ソ連の解体によってアメリカが世界の唯一の超大国となった状況のもとで、むきだしに現わしたものにほかならない。これらの政策と行動は、諸国民の独立と自由の原則とも、国連憲章の諸原則とも両立できない、あからさまな覇権主義、帝国主義の政策と行動である。

 いま、アメリカ帝国主義は、世界の平和と安全、諸国民の主権と独立にとって最大の脅威となっている。

 その覇権主義、帝国主義の政策と行動は、アメリカと他の独占資本主義諸国とのあいだにも矛盾や対立を引き起こしている。また、経済の「グローバル化」を名目に世界の各国をアメリカ中心の経済秩序に組み込もうとする経済的覇権主義も、世界の経済に重大な混乱をもたらしている。

 (一〇)この情勢のなかで、いかなる覇権主義にも反対し、平和の国際秩序を守る闘争、核兵器の廃絶をめざす闘争、軍事ブロックに反対する闘争、諸民族の自決権を徹底して尊重しその侵害を許さない闘争、各国の経済主権の尊重のうえに立った民主的な国際経済秩序のための闘争が、いよいよ重大な意義をもってきている。

 平和と進歩をめざす勢力が、それぞれの国でも、また国際的にも、正しい前進と連帯をはかることが重要である。

 日本共産党は、労働者階級をはじめ、独立、平和、民主主義、社会進歩のためにたたかう世界のすべての人民と連帯し、人類の進歩のための闘争を支持する。

 なかでも、国連憲章にもとづく平和の国際秩序か、アメリカが横暴をほしいままにする干渉と侵略、戦争と抑圧の国際秩序かの選択が、いま問われていることは、重大である。日本共産党は、アメリカの覇権主義的な世界支配を許さず、平和の国際秩序を築き、核兵器も軍事同盟もない世界を実現するための国際的連帯を、世界に広げるために力をつくす。

 世界は、情勢のこのような発展のなかで、二一世紀を迎えた。世界史の発展には、多くの波乱や曲折、ときには一時的な、あるいはかなり長期にわたる逆行もあるが、帝国主義・資本主義を乗り越え、社会主義に前進することは、大局的には歴史の不可避的な発展方向である。

はじめに↑

 四、民主主義革命と民主連合政府

 (一一)現在、日本社会が必要としている変革は、社会主義革命ではなく、異常な対米従属と大企業・財界の横暴な支配の打破――日本の真の独立の確保と政治・経済・社会の民主主義的な改革の実現を内容とする民主主義革命である。それらは、資本主義の枠内で可能な民主的改革であるが、日本の独占資本主義と対米従属の体制を代表する勢力から、日本国民の利益を代表する勢力の手に国の権力を移すことによってこそ、その本格的な実現に進むことができる。この民主的改革を達成することは、当面する国民的な苦難を解決し、国民大多数の根本的な利益にこたえる独立・民主・平和の日本に道を開くものである。

 (一二)現在、日本社会が必要とする民主的改革の主要な内容は、次のとおりである。

〔国の独立・安全保障 ・外交の分野で〕

 1 日米安保条約を、条約第十条の手続き(アメリカ政府への通告)によって廃棄し、アメリカ軍とその軍事基地を撤退させる。対等平等の立場にもとづく日米友好条約を結ぶ。

 経済面でも、アメリカによる不当な介入を許さず、金融・為替・貿易を含むあらゆる分野で自主性を確立する。

 2 主権回復後の日本は、いかなる軍事同盟にも参加せず、すべての国と友好関係を結ぶ平和・中立・非同盟の道を進み、非同盟諸国首脳会議に参加する。

 3 自衛隊については、海外派兵立法をやめ、軍縮の措置をとる。安保条約廃棄後のアジア情勢の新しい展開を踏まえつつ、国民の合意での憲法第九条の完全実施(自衛隊の解消)に向かっての前進をはかる。

 4 新しい日本は、次の基本点にたって、平和外交を展開する。

   ――日本が過去におこなった侵略戦争と植民地支配の反省を踏まえ、アジア諸国との友好・交流を重視する。

   ――国連憲章に規定された平和の国際秩序を擁護し、この秩序を侵犯・破壊するいかなる覇権主義的な企てにも反対する。

   ――人類の死活にかかわる核戦争の防止と核兵器の廃絶、各国人民の民族自決権の擁護、全般的軍縮とすべての軍事ブロックの解体、外国軍事基地の撤去をめざす。

   ――一般市民を犠牲にする無差別テロにも報復戦争にも反対し、テロの根絶のための国際的な世論と共同行動を発展させる。

   ――日本の歴史的領土である千島列島と歯舞・色丹諸島の返還をめざす。

   ――多国籍企業の無責任な活動を規制し、地球環境を保護するとともに、一部の大国の経済的覇権主義をおさえ、すべての国の経済主権の尊重および平等・公平を基礎とする民主的な国際経済秩序の確立をめざす。

   ――紛争の平和解決、災害、難民、貧困、飢餓などの人道問題にたいして、非軍事的な手段による国際的な支援活動を積極的におこなう。

   ――社会制度の異なる諸国の平和共存および異なる価値観をもった諸文明間の対話と共存の関係の確立に力をつくす。

〔憲法と民主主義の分野で〕

 1 現行憲法の前文をふくむ全条項をまもり、とくに平和的民主的諸条項の完全実施をめざす。

 2 国会を名実ともに最高機関とする議会制民主主義の体制、反対党を含む複数政党制、選挙で多数を得た政党または政党連合が政権を担当する政権交代制は、当然堅持する。

 3 一八歳選挙権を実現する。選挙制度、行政機構、教育制度、司法制度などは、憲法の主権在民と平和の精神にたって、改革を進める。

 4 地方政治では「住民が主人公」を貫き、住民の利益への奉仕を最優先の課題とする地方自治を確立する。

 5 国民の基本的人権を制限・抑圧するあらゆる企てを排除し、社会的経済的諸条件の変化に対応する人権の充実をはかる。労働基本権を全面的に擁護する。企業の内部を含め、社会生活の各分野で、思想・信条の違いによる差別を一掃する。

 6 男女の平等、同権をあらゆる分野で擁護し、その保障を確立する。女性の独立した人格を尊重し、女性の社会的、法的な地位を高め、女性の社会的進出・貢献を妨げている障害を取り除く。

 7 文化各分野の積極的な伝統を受けつぎ、科学、技術、文化、芸術、スポーツなどの多面的な発展をはかる。学問と文化・研究活動の自由をまもる。

 8 信教の自由を擁護し、政教分離の原則の徹底をはかる。

 9 汚職・腐敗・利権の政治を根絶するために、企業・団体献金を禁止する。

 10 天皇条項については、「国政に関する権能を有しない」などの制限規定の厳格な実施を重視し、天皇の政治利用をはじめ、憲法の条項と精神からの逸脱を是正する。

   党は、一人の個人あるいは一つの家族が「国民統合」の象徴となるという現制度は、民主主義および人間の平等の原則と両立するものではなく、国民主権の原則の首尾一貫した展開のためには、民主共和制の政治体制の実現をはかるべきだとの立場に立つ。しかし、これは憲法上の制度であり、その存廃は、将来、情勢が熟したときに、国民の総意によって解決されるべきものである。

〔経済的民主主義の分野で〕

 1 「ルールなき資本主義」の現状を打破し、労働者の長時間労働や一方的解雇の規制を含め、ヨーロッパの主要資本主義諸国などの到達点も踏まえつつ、国民の生活と権利を守る「ルールある経済社会」をつくる。

 2 大企業にたいする民主的規制を主な手段として、その横暴な経済支配をおさえる。民主的規制を通じて、労働者や消費者、中小企業と地域経済、環境にたいする社会的責任を大企業に果たさせ、国民の生活と権利を守るルールづくりを促進するとともに、つりあいのとれた経済の発展をはかる。経済活動や軍事基地などによる環境破壊と公害に反対し、自然と環境を保護する規制措置を強化する。

 3 国民生活の安全の確保および国内資源の有効な活用の見地から、食糧自給率の向上、安全優先のエネルギー体制と自給率の引き上げを重視し、農林水産政策、エネルギー政策の根本的な転換をはかる。国の産業政策のなかで、農業を基幹的な生産部門として位置づける。

 4 国民各層の生活を支える基本的制度として、社会保障制度の総合的な充実と確立をはかる。少子化傾向を克服する立場から、子どもの健康と福祉、子育ての援助のための社会施設と措置の確立を重視する。

 5 国の予算で、むだな大型公共事業をはじめ、大企業・大銀行本位の支出や軍事費を優先させている現状をあらため、国民のくらしと社会保障に重点をおいた財政・経済の運営をめざす。大企業・大資産家優遇の税制をあらため、負担能力に応じた負担という原則にたった税制と社会保障制度の確立をめざす。

 6 すべての国ぐにとの平等・互恵の経済関係を促進し、南北問題や地球環境問題など、世界的規模の経済問題の解決への積極的な貢献をはかる。

 (一三)民主主義的な変革は、労働者、勤労市民、農漁民、中小企業家、知識人、女性、青年、学生など、独立、民主主義、平和、生活向上を求めるすべての人びとを結集した統一戦線によって、実現される。統一戦線は、反動的党派とたたかいながら、民主的党派、各分野の諸団体、民主的な人びととの共同と団結をかためることによってつくりあげられ、成長・発展する。日本共産党は、国民的な共同と団結をめざすこの闘争で、先頭にたって推進する役割を果たさなければならない。日本共産党が、高い政治的、理論的な力量と、労働者をはじめ国民諸階層と広く深く結びついた強大な組織力をもって発展することは、統一戦線の発展のための決定的な条件となる。

 日本共産党と統一戦線の勢力が、積極的に国会の議席を占め、国会外の運動と結びついてたたかうことは、国民の要求の実現にとっても、また変革の事業の前進にとっても、重要である。

 日本共産党と統一戦線の勢力が、国民多数の支持を得て、国会で安定した過半数を占めるならば、統一戦線の政府・民主連合政府をつくることができる。日本共産党は、「国民が主人公」を一貫した信条として活動してきた政党として、国会の多数の支持を得て民主連合政府をつくるために奮闘する。

 統一戦線の発展の過程では、民主的改革の内容の主要点のすべてではないが、いくつかの目標では一致し、その一致点にもとづく統一戦線の条件が生まれるという場合も起こりうる。党は、その場合でも、その共同が国民の利益にこたえ、現在の反動支配を打破してゆくのに役立つかぎり、さしあたって一致できる目標の範囲で統一戦線を形成し、統一戦線の政府をつくるために力をつくす。

 また、全国各地で革新・民主の自治体を確立することは、その地方・地域の住民の要求実現の柱となると同時に、国政における民主的革新的な流れを前進させるうえでも、重要な力となる。

 民主連合政府の樹立は、国民多数の支持にもとづき、独占資本主義と対米従属の体制を代表する支配勢力の妨害や抵抗を打ち破るたたかいを通じて達成できる。対日支配の存続に固執するアメリカの支配勢力の妨害の動きも、もちろん、軽視することはできない。

 このたたかいは、政府の樹立をもって終わるものではない。引き続くたたかいのなかでは、統一戦線の政府が国の機構の全体を名実ともに掌握し、行政の諸機構が新しい国民的な諸政策の担い手となることが、重要な意義をもってくる。

 民主連合政府は、労働者、勤労市民、農漁民、中小企業家、知識人、女性、青年、学生など国民諸階層・諸団体の民主連合を基盤として、日本の真の独立の回復と民主主義的変革を実行することによって、日本の新しい進路を開く任務をもった政権である。

 (一四)民主主義的変革によって独立・民主・平和の日本が実現することは、日本国民の歴史の根本的な転換点となる。日本は、アメリカへの事実上の従属国の地位から抜け出し、日本国民は、真の主権を回復するとともに、国内的にも、はじめて国の主人公となる。民主的な改革によって、日本は、戦争や軍事的緊張の根源であることをやめ、アジアと世界の平和の強固な礎(いしずえ)の一つに変わり、日本国民の活力を生かした政治的・経済的・文化的な新しい発展の道がひらかれる。日本の進路の民主的、平和的な転換は、アジアにおける平和秩序の形成の上でも大きな役割を担い、二一世紀におけるアジアと世界の情勢の発展にとって、重大な転換点の一つとなりうるものである。

はじめに↑

 五、社会主義・共産主義の社会をめざして

 (一五)日本の社会発展の次の段階では、資本主義を乗り越え、社会主義・共産主義の社会への前進をはかる社会主義的変革が、課題となる。これまでの世界では、資本主義時代の高度な経済的・社会的な達成を踏まえて、社会主義的変革に本格的に取り組んだ経験はなかった。発達した資本主義の国での社会主義・共産主義への前進をめざす取り組みは、二一世紀の新しい世界史的な課題である。

 社会主義的変革の中心は、主要な生産手段の所有・管理・運営を社会の手に移す生産手段の社会化である。社会化の対象となるのは生産手段だけで、生活手段については、この社会の発展のあらゆる段階を通じて、私有財産が保障される。

 生産手段の社会化は、人間による人間の搾取を廃止し、すべての人間の生活を向上させ、社会から貧困をなくすとともに、労働時間の抜本的な短縮を可能にし、社会のすべての成員の人間的発達を保障する土台をつくりだす。

 生産手段の社会化は、生産と経済の推進力を資本の利潤追求から社会および社会の成員の物質的精神的な生活の発展に移し、経済の計画的な運営によって、くりかえしの不況を取り除き、環境破壊や社会的格差の拡大などへの有効な規制を可能にする。

 生産手段の社会化は、経済を利潤第一主義の狭い枠組みから解放することによって、人間社会を支える物質的生産力の新たな飛躍的な発展の条件をつくりだす。

 社会主義・共産主義の日本では、民主主義と自由の成果をはじめ、資本主義時代の価値ある成果のすべてが、受けつがれ、いっそう発展させられる。「搾取の自由」は制限され、改革の前進のなかで廃止をめざす。搾取の廃止によって、人間が、ほんとうの意味で、社会の主人公となる道が開かれ、「国民が主人公」という民主主義の理念は、政治・経済・文化・社会の全体にわたって、社会的な現実となる。

 さまざまな思想・信条の自由、反対政党を含む政治活動の自由は厳格に保障される。「社会主義」の名のもとに、特定の政党に「指導」政党としての特権を与えたり、特定の世界観を「国定の哲学」と意義づけたりすることは、日本における社会主義の道とは無縁であり、きびしくしりぞけられる。

 社会主義・共産主義の社会がさらに高度な発展をとげ、搾取や抑圧を知らない世代が多数を占めるようになったとき、原則としていっさいの強制のない、国家権力そのものが不必要になる社会、人間による人間の搾取もなく、抑圧も戦争もない、真に平等で自由な人間関係からなる共同社会への本格的な展望が開かれる。

 人類は、こうして、本当の意味で人間的な生存と生活の諸条件をかちとり、人類史の新しい発展段階に足を踏み出すことになる。

 (一六)社会主義的変革は、短期間に一挙におこなわれるものではなく、国民の合意のもと、一歩一歩の段階的な前進を必要とする長期の過程である。

 その出発点となるのは、社会主義・共産主義への前進を支持する国民多数の合意の形成であり、国会の安定した過半数を基礎として、社会主義をめざす権力がつくられることである。そのすべての段階で、国民の合意が前提となる。

 日本共産党は、社会主義への前進の方向を支持するすべての党派や人びとと協力する統一戦線政策を堅持し、勤労市民、農漁民、中小企業家にたいしては、その利益を尊重しつつ、社会の多数の人びとの納得と支持を基礎に、社会主義的改革の道を進むよう努力する。

 日本における社会主義への道は、多くの新しい諸問題を、日本国民の英知と創意によって解決しながら進む新たな挑戦と開拓の過程となる。日本共産党は、そのなかで、次の諸点にとくに注意を向け、その立場をまもりぬく。

 (1)生産手段の社会化は、その所有と管理が、情勢と条件に応じて多様な形態をとりうるものであり、日本社会にふさわしい独自の形態の探究が重要であるが、生産者が主役という社会主義の原則を踏みはずしてはならない。「国有化」や「集団化」の看板で、生産者を抑圧する官僚専制の体制をつくりあげた旧ソ連の誤りは、絶対に再現させてはならない。

 (2)市場経済を通じて社会主義に進むことは、日本の条件にかなった社会主義の法則的な発展方向である。社会主義的改革の推進にあたっては、計画性と市場経済とを結合させた弾力的で効率的な経済運営、農漁業・中小商工業など私的な発意の尊重などの努力と探究が重要である。国民の消費生活を統制したり画一化したりするいわゆる「統制経済」は、社会主義・共産主義の日本の経済生活では全面的に否定される。

 (一七)社会主義・共産主義への前進の方向を探究することは、日本だけの問題ではない。

 二一世紀の世界は、発達した資本主義諸国での経済的・政治的矛盾と人民の運動のなかからも、資本主義から離脱した国ぐにでの社会主義への独自の道を探究する努力のなかからも、政治的独立をかちとりながら資本主義の枠内では経済的発展の前途を開きえないでいるアジア・中東・アフリカ・ラテンアメリカの広範な国ぐにの人民の運動のなかからも、資本主義を乗り越えて新しい社会をめざす流れが成長し発展することを、大きな時代的特徴としている。

 日本共産党は、それぞれの段階で日本社会が必要とする変革の諸課題の遂行に努力をそそぎながら、二一世紀を、搾取も抑圧もない共同社会の建設に向かう人類史的な前進の世紀とすることをめざして、力をつくすものである。

はじめに↑


2003年9月19日(金)「しんぶん赤旗」日本共産党第二十三回大会決議案

第一章 世界の平和秩序を築くたたかい

先制攻撃戦略。単独行動主義。新しい植民地主義。小型核兵器の開発。“一国覇権主義の暴走”ともいうべき世界支配のむきだしの野望。

 (4)二十一世紀における平和の流れの新しい特徴は、「政府、団体、個人の国際的共同」が現実のものになっていることにある。

第二章 「異常な対米従属」からの脱却を求めるたたかい

 (5)綱領改定案は、日本の現状について、「きわめて異常な国家的な対米従属の状態」と規定し、この従属体制の打破を、二十一世紀の日本が直面する最大の課題の一つと位置づけている。今日の世界の現状から見ても、日米安保体制は、その異常な従属性においてきわだったものである。

 (6)イラク戦争を契機に、国民のなかでも、日米軍事同盟の現状にたいする新たな批判が強まっている。米国にたいして一片の外交的自主性も示せない“安保絶対の国”でいいのか――多くの国民が模索し、進路を探求している。軍事同盟にしばられ、巨大な軍事基地がおかれ、米国の無法な戦争に動員される体制を、永久不変と考える勢力には、およそ国の独立と未来を語る資格はない。

 日米安保体制は、軍事・外交・経済などあらゆる分野での対米従属の根源をなし、米国の先制攻撃戦略を支えるとともに、日本の軍国主義復活を推進し、世界とアジアにおける軍事的緊張の危険な根源の一つともなっている。わが党は、こうした日米安保体制の有害性を告発し、安保をなくした独立・非同盟・中立の日本が世界とアジアにどんな平和と友好の可能性を開くのかをおおいに語り、安保条約廃棄を求める国民的多数派をつくるために力をつくす。これは、民主連合政府の樹立に向けた国民的多数派を形成していく要をなす課題である。

 (7)同時に、日米軍事同盟体制の侵略的な強化に反対し、つぎのような直面する課題でのたたかいを発展させるために力をつくす。

 ――海外派兵国家づくりに反対する……テロ特別措置法、有事法制、イラク派兵法のあいつぐ強行成立など、海外派兵国家づくりは新たな段階に踏みこんでいる。海外派兵のための恒久法のくわだてもすすめられている。これらの動きは憲法を蹂躙(じゅうりん)した「集団的自衛権」――海外での日米共同の武力行使に、本格的に足を踏み入れようとするものである。今年の「防衛白書」が「自衛隊の国際的任務が、主要な活動の一つになった」と公言しているように、自衛隊の役割と機能、装備が、従来の「専守防衛」という建前をかなぐりすてて、海外派兵型の軍隊への危険な変貌(へんぼう)を急速にとげていることも、きわめて重大である。憲法を踏みにじる海外派兵法の発動・具体化・拡大を許さないたたかいを発展させることは、ひきつづく急務である。

 ――米軍基地国家から脱却するたたかい……

 ――「ミサイル防衛戦略」への参加を許さない……

 「異常な対米従属」からの脱却を求めるたたかいは、国連憲章にもとづく平和の国際秩序を築くうえでも、重要な国際的意義をもっている。日本を、米国の無法な戦争の根拠地から、世界平和の拠点に変えるために、わが党は平和を願う多くの人々と手をたずさえて奮闘するものである。

第三章 東アジアの平和と安定――北朝鮮問題の解決のために

 (9)一方、朝鮮半島をめぐる情勢は、昨年十月いらい重大化した核兵器問題を焦点としつつ、複雑で危険をはらんだ動きが展開している。

 北朝鮮問題の解決は、東アジアの平和と安定にとって不可欠の課題となっている。

 (10)外交交渉の前途を予断をもってのべることはできないが、わが党は国際社会がつぎのような原則を堅持して、問題解決にあたることが重要だと考える。

 第一に、核兵器問題を解決するうえでは、北朝鮮にたいして、核武装路線こそが最も危険であり、核兵器開発の道を放棄して、国際社会との安定した外交関係を打ちたてることこそ、自らの安全保障にとっても何よりも重要であることを、道理をもって説く外交をおこなうことが大切である。

 わが党は、一部の核保有大国が核兵器を独占する核不拡散条約(NPT)体制を批判してきた。しかし、それは地球的規模でのすみやかな核兵器廃絶をめざす立場からであって、新たな核保有国が生まれることを容認するものではもちろんない。ましてや、いったんこの条約に加盟して、核兵器を保有しない意思を表明した国が、一方的に脱退を表明して、核開発の道にのりだすことは、いかなる理由によっても認められるものではない。くわえて、北朝鮮は、韓国、米国、日本などとの間で、核兵器を保有しないとする国際的なとりきめを結んでおり、それを一方的に反故(ほご)にすることも、許されるものではない。

 北朝鮮は、核兵器開発をすすめる「論理」として、「強力な軍事的抑止力を保有」することによってのみ「民族の安全を守る」ことが保障されるとしている。しかし現実には、そうした「抑止力」論にたった核武装路線こそが、国際社会からの孤立を深め、自らを深刻な危険にさらしているのである。北朝鮮がこの道を放棄して、国際社会による公正な査察を受け入れるならば、いかなる国であっても北朝鮮を攻撃する口実をつくりだすことはできないであろう。

 第二に、北朝鮮が、国際社会との安定した外交関係を打ちたてるためには、これまでこの国がおかしてきた数々の国際的な無法行為の清算は、どうしても避けて通ることができないことである。

 北朝鮮は、国連に席を持ち、多くの国と外交関係を結んでいる。しかし、その関係は、安定した国際関係とはいえないものである。その最大の障害になっているのが、これまで北朝鮮がおかしてきた国際的な無法行為――ビルマ・ラングーンでの爆破テロ事件、日本漁船銃撃事件、大韓航空機爆破事件、麻薬などの不正取引、そして日本人拉致事件などが、清算されていないことである。

 日本人拉致事件の解決は、被害者、家族にとってはもとより、北朝鮮が国際的な無法行為を清算していくうえでも、重要な意味を持つ。日本人拉致事件については、北朝鮮は、ともかくも一定の事実を認め、不十分ではあっても公式に謝罪をしているからである。この一歩を、無法行為全体の清算という方向に前進させることが求められている。この立場にたてば、拉致問題の解決は、日朝間の二国間問題にとどまらず、無法行為の清算を求めるという国際社会全体がとりくむべき課題のなかに位置づけることができる。

 国際的な無法行為の清算によって、近隣諸国や世界各国と安定した外交関係を打ちたてる――真の意味で国際社会の仲間入りをすることこそ、北朝鮮にとっても、平和と安全の最大の保障となることを、国際社会は道理をもって説く必要がある。

 第三に、それぞれの当事国が、軍事的対応の悪循環におちいるのではなく、それを断ち切る立場にたつことが重要である。

 一方で、米国・ブッシュ政権は、北朝鮮を「悪の枢軸」の一つと名指しして軍事的に威嚇し、先制攻撃戦略の発動の対象としているが、どの国にたいしてであれ、無法な先制攻撃は許されるものではない。他方で、北朝鮮は、核兵器開発をカードにした瀬戸際政策を繰り返してきたが、こうした態度も平和への脅威をつくりだしている。こうした軍事対軍事の対立の悪循環が、事態を危険なものとしている。

 軍事的対立の悪循環をもたらす行動を、米国、北朝鮮の双方ともに強く自制することが必要である。日本をふくむ関係国は、両者の軍事的対立を助長するのでなく、抑制する方向で対応することが、強く求められる。

 この点でも、先の六カ国協議において、「各当事者は、和平交渉のプロセスにおいて、情勢をエスカレートあるいは激化させうる言行をとらない」、「各当事者はいずれも、半島は非核化されるべきであると主張するとともに、安全保障などの面での北朝鮮の懸念を考慮し解決する必要性を認識した」という共通認識が得られたと発表されているのは、注目される。交渉のなかで、北朝鮮をふくむすべての国の主権と領土の不可侵の原則を、関係諸国が確認し、順守することが必要である。

 (11)日本共産党は、北朝鮮が、一九六〇年代後半に危険な「南進」政策をとろうとしたさいにも、一九七〇年代に当時の指導者・金日成の個人崇拝を押しつけてきたさいにも、一九八〇年代に入って顕著になった数々の国際的無法行為にたいしても、こうした行為はおよそ社会主義とは無縁のものであることを、自主独立の立場から先駆的に、また最もきびしく批判しつづけた党である。

 同時に、この数年来、北朝鮮問題が、東アジアの平和と安定にとって重大な問題となるもとで、日朝両国の政府間に外交ルートを無条件で開くこと、核兵器問題、拉致問題、植民地支配の清算問題などを、交渉によって包括的に解決することなど、問題の理性的解決のための積極的提言をおこなってきた党である。

 北朝鮮問題が道理ある解決を見れば、東アジア地域の平和および新たな繁栄と友好の大きな道が開かれる。日本国民にとっても、平和な国際環境への前進となり、軍国主義復活の潮流は、それをすすめる口実を失うだろう。わが党は、国内外で、北朝鮮問題の理性的解決のために、ひきつづき力をつくすものである。

第四章 日本共産党の野党外交の到達点と展望

 ――国連憲章にもとづく平和の国際秩序を守る……

 ――公正で民主的な国際経済秩序をめざす……

 ――異なる価値観を持った諸文明間の対話と共存をはかる……

第五章 国民生活を守る諸闘争――たたかいによって暮らしを守るルールを

 ――リストラに反対し、安定した雇用を拡大するたたかい……

 ――社会保障の連続改悪に反対し、予算の主役にすえるたたかい……

 ――消費税の大増税計画を打ち破る国民的闘争……

  日本共産党は、天下の悪税――消費税の廃止をいっかんして求めている党である。同時に、いま暮らしも経済も破壊する消費税大増税が強行されようとしているもとで、それに反対する一点での広大な国民的共同とたたかいが急務である。わが党は日本列島津々浦々からこの運動を起こすことを、心から呼びかける。

 (17)日本の食料と農業

 (18)日本における「ルールなき資本主義」といわれる現状は、長期にわたる自民党政治と日本独占資本主義の反動的支配が生み出したものだが、同時に、労働者、国民にたいする不当な攻撃がかけられたときに、それにたいする社会の側からの反撃のたたかいが弱いこととも、結びついたものであることを直視する必要がある。

 (19)このとりくみのなかで、日本共産党が「たたかいの組織者」としての先駆的役割を発揮することがきわめて重要である。たたかいの旗印をかかげ、その大義を明らかにし、一歩でも二歩でも現実に成果をかちとり、大衆団体の運動と組織の強化のために努力をはらい、立場の違いをこえた広い人々との共同をつくりあげるなど、わが党の果たすべき責任はきわめて大きい。すべての職場支部、地域支部、学生支部、青年支部が、国民のたたかいのたのもしいよりどころとしての役割を果たすことが求められる。

 とくに、たたかいの大義を明らかにし激励する、政策・理論活動を展開することは、わが党の重要な責務である。たとえば、無法なリストラに反対するたたかいの意義は、たんに労働者の生活と権利を守ることにとどまらない。リストラ競争は、国民所得をへらし、「合成の誤謬(ごびゅう)」をつくりだし、日本経済の長期停滞・衰退の一因となっている。コスト削減のための不安定雇用の拡大は、企業の生産性を低下させる事態を引き起こしている。雇用破壊が、社会保障の担い手を土台から弱め、医療や年金制度の深刻な空洞化をつくりだしている。こうした状況のもとで、無法なリストラに反対するたたかいは、日本経済、日本社会の持続的な発展にとっても国民的大義を持つ課題となっている。

 第六章 憲法改悪反対の一点での、広い国民的共同を呼びかける

 (22)改憲論は、けっして日本国民の要求から生まれたものではない。二〇〇〇年十月にアーミテージ現米国国務副長官が中心になって作成した対日報告書が、「集団的自衛権を禁じていることが両国の同盟協力を制約している」として、集団的自衛権の行使を求めたことが、自民党・財界の軍国主義復活をめざす志向と結びついて、あいつぐ海外派兵立法の強行と改憲論横行の起動力となった。

 米国が無法な覇権主義の戦争を引き起こしたさい、この戦争に地球的規模で日本が参加するうえで、その最大の障害となっている憲法九条をとりのぞき、歯止めなき海外派兵に道を開く――ここに改憲策動を推進している最大の衝動がある。この動きは、国連憲章にもとづく平和の国際秩序を求める世界の流れにまっこうから逆らうものである。

 憲法九条を擁護することは、わが国の恒久平和の進路を確保するうえで重要であるだけではない。それは、米国による一国覇権主義を許さない世界をつくることと、不可分に結びついた重大な国際的意義を持つたたかいである。この間のわが党の野党外交においても、アジア・中東の諸国民が、日本にたいして望んでいることが、「九条を持つ国」として国際平和のために先駆的役割を果たすことにあることは、強く実感されたことであった。

 日本共産党は、憲法改悪に反対し、その平和原則にそむくくわだてを許さないという一点での、広い国民的共同の大闘争を呼びかける。わが党はこの闘争のなかで、首尾一貫した憲法擁護論を持つ党として、その真価を発揮して奮闘する。





(私論.私見)