補足(17)―4126 不破理論解析考(十五)ソ連評価の変遷無惨考



 「不破によるソ連評価の変遷無惨考」をまとめておこうと思いつつそのままにしていたが、「村岡到・ロゴスの会」の「『自主独立』の優越性となお残る独善性―『日本共産党の80年』を一読して」論文にこれに関する論述が為されており、これを借用しつつれんだいこ風に纏めて見る。


 何しろ『65年』91頁では、第二次世界大戦における「ソ連の指導者スターリンの功績を否定することはできない」と評価していた。最初に出てくるソ連邦評価は次の通りである。1950年の「50年問題」に際しての記述のところで、「スターリンらの支配のもとで、他国の併合や支配をねらう覇権主義と国民を抑圧する専制主義の体制に変質していました」(102頁)と記している。次は、「77年10月の第14回党大会」で、「生成期論」の観点から記述されている。「現存する社会主義はまだ『生成期』にあるにすぎない」と認識していた。さらに、80年代末の「東欧諸国の激動にさいして」、「東欧諸国では、第二次世界大戦後、ソ連の覇権主義によってソ連型の政治・経済・社会体制がおしつけられた」(262頁)と説明しているする。

 この後は、大会ごとにさまざまに表現している。1990年7月の第19回党大会では、「ソ連の体制は対外的には大国主義・覇権主義、国内的には官僚主義・命令主義を特徴とする政治・経済体制に変質した」(268頁)と言い出した。1994年の第20回党大会では、綱領の記述を変更することになった。「綱領は……スターリンらによって旧ソ連社会は社会主義とは無縁な体制に変質したことをあきらかにしました」(286頁)。また「覇権主義と官僚主義・専制主義の破産」とも書き、「ソ連覇権主義という歴史的な巨悪の解体」を歓迎した(この表現はソ連邦崩壊直後の宮本顕治議長の発言である)。そして、この大会で「生成期」説をお蔵入りさせることになった。そこでは「ソ連は社会主義への過渡期でさえなく」(224頁)とされた。

 2000年11月の第22回党大会では、「ソ連型の政治・経済・社会体制は社会主義とは縁もゆかりもない体制であり、……人間抑圧の社会体制の出現を絶対にゆるさない」(308頁)と確認した。最後の章でも「ソ連型の政治・経済・社会体制による人間への暴圧をけっして許さない」(324頁)と強調している。

 村岡氏は以上のように整理して次のように述べている。一読すれば明らかなように、大国主義、覇権主義、官僚主義、専制主義、命令主義が乱発されているが、それらの用語の概念規定や説明はなく、羅列しているだけで、分析しているわけではないし、定まった認識に到達しているわけでもない。「ソ連型」というのは地理的名称を使っているだけで内容はゼロである。「社会主義とは無縁な体制」だの「歴史的な巨悪」だの「人間抑圧の社会体制」などというのはとても社会科学の用語ではない。奴隷制だってこの3つのレッテルを貼られる資格はあると言える。「社会主義とは無縁な体制」と言い切ったのでは、そこで展開された、社会主義のための苦闘、その教訓を汲みつくすという問題意識まで投げ捨てられてしまう。まだはっきりしていないのであれば、そこに課題があると率直に提起すればよい(この問題についての、私たちの最新の認識は別稿「<党主政>概念とその有効性」参照)。




(私論.私見)