3251383 帝国主義論

 (最新見直し2006.9.16日)

【レーニンの帝国主義論】
 1916年、レーニンが、マルクス時代に比べて更に発展した20世紀資本主義の歴史的性格の解析に挑んだ。それによれば概要次のような論理展開となっている。(「帝国主義論」その他を参照する)

 史上、帝国主義とは、他民族や他国家を侵略し抑圧する志向と行動をしめす用語として使用され、歴史的には古代ローマの帝国主義など多様な形であらわれている。時代が下り、18世紀の産業革命を通じて資本主義が発生した。初期資本主義は自由主義を基調としていたが、資本主義が更に発展していくにつれいわゆる独占資本主義段階へ転化した。レーニンは、この段階の独占資本主義に対して帝国主義と命名した。

 帝国主義段階の資本主義はもはや初期の資本主主義理念を維持できず、中小企業は没落し、代わって巨大企業の支配と独占が生まれる。巨大企業の支配と独占時代になるとその資金需要も比べ物にならないぐらい増大し、必然的に金融機関の役割が増大し、その遣り取りはいずれ金融資本家が産業資本家を支配することに帰結する。

 金融資本と結びついた独占企業は、生産品の国内市場だけの販路では狭くなり、海外へと広げる。後進国や未開発国が恰好の市場になる。やがては、商品の輸出から資本の輸出へと向かうことになる。資本の輸出ともなるとリスクが増大し、その保全の為にも相手国の植民地化、従属化へと向かう。

 レーニンの時代には、マルクス資本論では解析できないこうした新事情が生まれていた。しかし、マルクス主義者は、マルクス資本論を説くばかりで新事情解析に向う能力を持たなかった。レーニンは、この時代に於けるマルクス主義の創造的適用を目指すべく立ち向かった。1914.7月、第一次世界大戦が勃発すると、レーニンはポーランドのポロニンからスイスのベルンに逃れ、さらに1916.2月、チューリヒに移り住んだ。この時期から1917.2月、2月革命が勃発し、いわゆる「封印列車」に乗って帰国するまでの1616年頃のスイス亡命中に「帝国主義論」を執筆した。

 レーニン「帝国主義論」は、ヒルファディングの「金融資本論」、ホブソンの「帝国主義論」を下敷きにした。レーニンは、これらを批判的に摂取し、レーニン流に纏めた。第10章「帝国主義の歴史的地位」で、レーニンは帝国主義を、次のように最終的に規定した。
 「帝国主義の経済的本質について以上のべたすべてのことから、帝国主義は過渡的な資本主義として、あるいはもっと正確にいえば、死滅しつつある資本主義として、特徴づけなければならないという結論が生じる」。

 この規定が、ロシア10月革命を指針させる実践的理論となった。とはいえ、レーニンは、ツァーリズムの検閲を意識しており、帰国後に書いた序文のなかで次のように述べている。
 「私は、自分の仕事をきわめて厳重に、もっばら理論的な分析にかぎらなければならなかったばかりでなく、政治についてやむをえずわずかばかり論及する場合にも、非常に用心深く、暗示でもって、すなわちイソップの言葉でもっていいあらわさなければならなかった」。

 レーニンは、次のような注意を付け加えている。

 「もしたんに基本的な純経済的概念を念頭におくだけでなく、さらに、資本主義のこの段階が資本主義一般にたいしてもつ歴史的地位や、あるいは労働運動における二つの基本的傾向と帝国主義との関係をも念頭におくならば、帝国主義はこれとは別様に定義することができるし、また定義しなければならない」。

 レーニンは、独占資本主義=帝国主義の特徴を次のように解析した。
 生産の集積が、経済生活の決定的な役割を演ずる独占体をつくりだすほどに高い段階に達する。
 大銀行が独占的地位を占め、独占的銀行と独占的産業とが融合して金融資本となり、それを基礎に金融寡頭制がつくりだされる。
 自由競争の資本主義では商品輸出が典型的であったが、独占が支配している資本主義のもとでは資本輸出が典型的になる。
 資本家の独占団体が形成されて世界を分割し、資本の力に応じた再分割がおこなわれる。 
 最大の資本主義列強による地球の領土的分割が完了し、軍事的・政治的・経済的力関係に応じた再分割(今日では新植民地主義的な勢力圏の分割)がおこなわれる。

 レーニン「帝国主義論」は、20世紀型独占資本主義を「資本主義の最高の発展段階」と規定し、「寄生的な腐朽しつつある資本主義」を暴き、「(マルクス主義的歴史規定に拠れば)資本主義の最後の段階であり、死滅しつつある資本主義であり、従って社会主義革命の前夜である」と位置づける論を唱えた。 

 レーニン「帝国主義論」は、経済的分析のみならず、その政治的特徴をも示した。帝国主義が、自国の広範な人民の搾取と収奪による超過利潤によって労働者階級のひとにぎりの上層部を買収し、労働貴族や労働官僚を育成して労働運動内の日和見主義を培養する。植民地や従属国の搾取を強める。他民族抑圧・併合(覇権主義)を志向する。あらゆる面での政治反動、軍国主義の増大、戦争の頻発が帝国主義の政治的特徴となることを明らかにした。

 帝国主義のもとでの政治の反動化と政治的経済的不均等発展(不均等発展の法則)を生み出す。不均等発展は、帝国主義間の植民地内分割闘争を激化させ、帝国主義戦争をさげられないものとし、社会主義革命を呼び寄せる。この段階の各国資本主義は不均衡発展を特徴とする。これが原因となって、帝国主義間植民地獲得戦争を誘発する。この衝突は資本主義に付き物であり、資本主義の続く限り止むことは無い。これを戦争不可避論という。 帝国主義にたいして、広範な大衆の民主主義、民族自決権と民族解放、反戦平和をもとめる要求が強まり、帝国主義との敵対を激化させることを明らかにした。

(私論.私見) 【レーニズム帝国主義論の功罪考】

 「レーニズム帝国主義論」をどう評するべきだろうか。れんだいこはかってのように、マルクスの資本論、レーニンの帝国主義論で歴史過程が全て説きあかせられるとは思わなくなった。むしろ逆に、マルクスの資本論、レーニンの帝国主義論が非常に癖のある特殊理論であるように思い始めている。

 マルクスの資本論、レーニンの帝国主義論の功績は、社会構成体の下部構造を動態的に捉え分析したことにある。しかしながら、それを経済法則としたことにより、「下部構造を生み出しているもう一つのベクトル」を隠蔽する役割を果たしている。れんだいこは、そう思うようになった。我々は、「下部構造を生み出しているもう一つのベクトル」を解析せねばならないのに、マルクス、レーニン、トロツキー、スターリンらは妙にこれを避けている。そう思うようになった。

 ならば、「下部構造を生み出しているもう一つのベクトル」とは何か。人はいろんな風に表現するだろうが、れんだいこは、「シオンの議定書派のネオ・シオニズム的政策誘導」と規定する。この動きが、歴史的経済法則の舵取り役をしてきている面があるのではなかろうか。ならば、この両面を論考せねば本来の論にはならないのではなかろうか。(以下、略)

 2006.9.16日 れんだいこ拝


【現代帝国主義論】
 第2次世界大戦後、レーニン規定にも拘わらず帝国主義は延命し、否更なる発展を遂げた。それとともに新しい特徴を見せている。核兵器の登場。国家独占資本主義の発展。アメリカ覇権主義の確立。そのアメリカを中心とした国際的な帝国主義体制の形成・再編。高度に発達した資本主義国の対米従属。新植民地主義の展開。資本の国際化特に巨大な多国籍企業(multinational corporation, transnational enterprise)の活動。他方でのソ連を盟主とした社会主義体制の出現。米ソ超大国による体制間冷戦構造等々。しかし、その後、ソ連邦は崩壊し、アメリカが唯一の超大国となった。そのアメリカ帝国主義の世界戦略等々。

 この時代、生産の社会化が更に進みつつあるのに富の分配は不公平を増しつつある。資本主義の基本矛盾がいっそう激化している。貧富の差問題、恐慌問題、失業問題、国家間経済格差としての南北問題、飢餓問題が解決されるどころか、いっそう深刻化している。原子力の軍事的核兵器開発、安全無視の原子力発電及び原発事故、地球環境破壊等々新事象が発生しており、解決の手立てを生み出していない。

 こうした苦悩と矛盾を露呈している現代世界はいわば「人類の社会主義への世界史的移行が現実的課題」(社労党綱領)となった時代であるはずであり、「資本主義はその歴史的使命を終えて退廃と危機を深める中で、その巨大な生産力を人類のために解放することは、世界史的観点からみても大きな意義を備えている」はずであるが、それがなかなかそうはならないところがジレンマとなっている。




(私論.私見)