32511定義 マルクス主義の包括的概括、定義

 (最新見直し2006.9.3日)

【マルクス主義概括の一般的知識】
 ここに警察庁警備局発行の「左翼運動」(1968.5.31日初版)という一書がある。あたかも孫子の兵法「敵を知り己を知らば、百戦するも危うからず」を地で行くかの如くに、本書は、我が国の治安当局の能力の高さを示して余りある良書であるように思われる。残念ながら、我が国のマルクス主義の水準は、治安当局の方が高いという奇妙な構図となっていることが知られねばならない。

 このことは、戦前から今日に至るまでの左翼運動資料が左翼党よりも治安当局の方にこそより精緻に保管されているという一理でもってしても首肯できるところでもある。そういう意味で、れんだいこは偶然古書店で手に入れた本書をこれから分析していこうと思う。冒頭で、次のようにマルクス主義が定義されているが大いに参考になる。
 「『共産主義』とは、資本主義社会を革命的に変革して社会主義社会を造り出すことを目的として、現代社会を唯物史観的、階級史観的に、あるいは経済的側面から解明し、その崩壊の必然性を法則づけ、さらに被支配階級たる労働者階級が革命の担い手として、その前衛たる共産党の指導のもとに、ブルジョア階級の支配権力を粉砕・奪取するための道行きを示したものとして、マルクス・エンゲルスにより確立され、レーニンによって発展された一連の思想体系である。

 この共産主義の考え方は、マルクスとエンゲルスの共同起草になる『共産党宣言』の中に示されており、これが現在、各国共産党の行動の指針とされているもので、その特質は、理論が単に理論にとどまらず、実践性を有することに見受けられる」。

 次に、マルクス主義の構造について次のように説明している。(不正確なところはれんだいこが訂正補筆した)
 「マルクス主義の理論体系は、これを大きく分けると、哲学理論、経済理論、政治理論の三つの体系から構成され、その内容は、
@ 哲学理論 弁証法的唯物論、史的唯物論。
A 経済理論 労働価値説、剰余価値説、資本主義崩壊論、帝国主義論。
B 政治理論 革命理論、プロレタリア独裁論、社会主義社会〜共産主義建設論
 となっており、そしてこれらの理論は相互に不可分の関連を持っている。

 すなわち、理論体系全体の流れを捉えて見ると、まず、マルクスの理論全体の基礎は『弁証法的唯物論』であるとされる。弁証法的唯物論は、マルクス主義の世界観であって、『世界(自然と社会の全体)は人間の意識の外に客観的に存在し、世界と意識の関係は、究極的に見れば人間の意識とは客観世界(人間の精神の外にある自然と社会)が人間の頭脳に映った映像であると認識すべきである(唯物論的立場)』と見、『客観世界そのものは弁証法の法則に従って自分で運動している(弁証法的立場)』と主張する。この弁証法的唯物論の諸命題を社会現象に適用して、社会発展の一般的法則を明らかにしたのが『史的唯物論』である。そして、弁証法的唯物論と史的唯物論の立場に立って資本主義社会の経済的構造を研究し、その発展法則を明らかにしたのが『経済理論』である。

 マルクスは、資本主義社会の経済的構造を明らかにすることによって、資本主義が発展するに連れて、『資本家階級と労働者階級』との矛盾−従って、階級闘争がいかに激烈化するか、生産力の発展に対して生産関係が桎梏化し、資本主義の死滅と社会主義の発生とが、いかに避けられないものであるか、資本主義の打倒と社会主義の建設のためには、いかにプロレタリアートの独裁が必要であるか−を科学的社会主義と自負して体系的に論証しているのである」。

 以上が治安当局作成の「左翼運動」(1968.5.31日初版)に書かれているマルクス主義観である。れんだいこは、中々の出来栄えと見る。日共式歪曲理論より正鵠を得ているではないか。

 ごく一般には、次のように概括されている。
 「マルクス主義とは、19世紀のドイツに生まれたカール・マルクス(1818〜83)とその盟友であるフリードリヒ・エンゲルス(1820〜95)が、1844年ころから形成した諸理論、哲学、経済学説、国家と政治=階級闘争の理論、そして戦略戦術などの総体」。
 彼らの労作でもっとも有名なものに、1847年に執筆した共産党宣言および、マルクスがその第一巻だけ仕上げ、その死後エンゲルスがマルクスの遺稿をもとに第二巻、第三巻と一応完成させた資本論などがある」

 それではあまりに平明なので、次のように立体的に捉えられている。
 「マルクス主義は、たんなる理論体系に止まるものではない。通常、思想、運動、体制―これらは相互に密接につながっている―の三つの角度、側面から、『思想ないし理論としてのマルクス主義』、『運動としてのマルクス主義』、『体制としてのマルクス主義』の三局面から構成される」(宮地氏のインターネットサイト「共産党問題、社会主義問題を考える」収録の田口富久治名古屋大学名誉教授論文「マルクス主義とは何であったか?」)。
 
 レーニンの論文「カール・マルクス」(1914年)、「マルクス主義の三つの源泉と三つの構成部分」(1913年)に拠れば、次のように評されている。
 概要「マルクス主義には三つの源泉があり、ドイツ哲学、イギリス経済学、フランス社会主義のエッセンスから構成されている。ドイツ哲学から唯物弁証法哲学、イギリス経済学から剰余価値学説を礎石とするマルクス主義経済学、フランス社会主義から階級闘争学説が導き出された。マルクスの学説は、19世紀の哲学、経済学、社会主義のもっとも偉大な代表者たちの学説を直接にうけついだものとしてうまれている」。
 「それはただしいがゆえに全能であり、完全で、整然としており、いかなる迷信、いかなる反動、ブルジョア的圧制のいかなる擁護ともあいいれない全一的な世界観を人々にあたえる」。

 この見解が金科玉条視されてきた経緯がある。爾来、
マルクス主義者の間には、マルクスやエンゲルス、そしてある時期まではスターリンあるいは毛沢東の書いたものを、いわば絶対的真理としてその片言隻語をありがたがる権威主義的教条主義的傾向があったし、また現にある。他方で、こうした見解に立つマルクス主義が船ごと歴史博物館へ陳列されつつあるのも現代の特徴である。

 れんだいこは、上述の知識を踏まえ、もっと内在的な総体的な理解を欲している。


 2004.2.13日再編集 れんだいこ拝

【れんだいこ観点によるマルクス主義の意義について、その1】
 では、れんだいこは、マルクス主義をどう定義するか。以下試みたい。あらかじめ云っておけば、マルクス主義というのは、人類の叡智思想の一つであり、特に弁証法という最高次な認識学をベースにしている。これをもっと発展させれば、人類の知性は大いに上がるというべきであろう。マルクス主義を理解するに当たっては、この観点を保持せねばならない。

 しかるに、現実のマルクス主義が逆に「人類の知性を下げる」方向で呪文の如き唱え方が為されているとしたなら、その唱え方の鼓吹者を疑惑せねばなるまい。能力不足によってか意図的な歪曲なのか、そのどちらかで「あるまじきマルクス主義」が流布されている事になる。

 マルクス主義が如何様なものかに付いて「ノート:マルクスって何者?」というのがある。大いに参考になるので下記に転載しておく。但し、れんだいこは、かの整理では満足し得ない。マルクス主義の全体像を廻って案外と混乱しているように思われるので、れんだいこ風の概括をしてみたい。従来の解説書とは異風であるが、れんだいこ観点のほうが正鵠を射ているのでは無かろうかと自負している。

 まず、マルクス主義は、社会の支配者と被支配者との抗争において被支配者側の抵抗運動、一揆、反政府闘争の側に与する立場で理論を生み出してきた「革命思想」である、という捉え方が欲しい。その限りで、当局の強権思想、恭順説教と最も徹底的に闘い、他の有象無象の玉虫色折衷理論の論破にも向かうという性質を帯びている。これがマルクス主義の生命線であり、この態度を喪失したマルクス主義は似非である。この点を最初に確認しておきたい。(但し、この仕分けでは、いわゆるアナーキズムとの境界が定まらない面はある。それはここでは問わない)

 付言すれば、マルクス主義的革命思想の背景に色濃く近代ヒューマニズム思想が刻印されており、ここが始発となっているという観点が欲しい。この観点を喪失した時、マルクス主義に対する博学が単なる技術的解釈論の迷宮に陥ってしまう恐れがある。今、れんだいこがマルクス主義を習い直す意義は、その後のマルクス主義がこの近代ヒューマニズム思想の継承性を誤って見落としてきたと思う故である。この部分を何とかクローズアップさせ、マルクス主義的諸理論の似ても似つかぬ衣装を着せ替えさせたいと思う。

 もう一つ付言しておく。マルクス主義は、アメリカの独立戦争、フランス革命の史的経験を是認する立場から「革命の世紀を創出せん」として生み出されている面がある。近時の評論に見られるのは、これと対蹠的な「革命の世紀封殺論」である。そういう意味で、マルクス主義の最初の仕事は、いわゆる復古的なそれらの諸理論と闘うところから始まる。これは知が足りる足りない以前の足りようが足りまいが二者択一的などちらに与するのかという、感性的世界観の問題でもある。こういう観点が欲しい。(但し、この仕分けでは、いわゆるネオ・シオニズムとの境界が定まらない面はある。それはここでは問わない)

 もう一つ付言しておく。マルクス主義の根本精神とは、表見する事象の裏側に潜む原因を徹底的に探ろうとする透徹した精神が媒介している。分かりやすく云えば、何事にも原因があるとして、そのよって来るところを解析しようという精神があり、この関心が並外れて強いところから始発しているということである。マルクス主義が古くなろうがなかろうが、この精神だけは貴重なものでは無かろうか。ちなみに、没マルクス主義的風潮の今日、この精神が頗る滅却しているのではなかろうか。

 2003.4.30日再編集 れんだいこ拝

【れんだいこ観点によるマルクス主義の意義について、その2】
 では、マルクス主義はどういう構造になっているのかを次に見ておきたい。れんだいこが俯瞰すれば、方法論とその方法論を使っての実践論の二大綱から立体的に成り立っている、という理解が大事だと思われる。方法論とは、「この世をどう観るのか、どう変革せしめるのか、その前に人間とはどういう存在なのか、社会とはどういう有機的な構成をしているのか」を分析理解するために実践的に必要且つ有効な認識論のことを云う。マルクスが創見し、逸早くエンゲルスがこれを理解し、両者共同で創造したのが、唯物弁証法―史的唯物論であった。従って、マルクス主義的方法論とは、唯物弁証法―史的唯物論を指すということになる。

 次に、その方法論を駆使しての実践論が開拓されている。いわば、建築に例えると、唯物弁証法―史的唯物論が大工道具なら、実践論とは、その大工道具によって造られる建築物であるという関係にある。その実践論は主として、A・革命論、B・組織論、C・運動論、D・文芸論の四部構成から成り立っている。建築に例えると、これがパースであり間取図である。このように論ぜられることが少ないが、このように見立てるのがれんだいこの卓見であるという評価が欲しい。

 各部屋は更に次のように仕切りされている。A・革命論は、1・歴史の通史的分析、2・現状分析、3・革命の戦略戦術論、4・青写真論から成り立っている。B・組織論は、1・前衛的党派結社論、2・その組織の規約論、3・大衆団体論、4・共同闘争論から成り立っている。C・運動論は、1・大衆闘争論、2・労働組合論、3・議会活用論、4・共同戦線論等から成り立っている。D・文芸論は、1・プロ文芸論、2・人生論、芸術論、宗教論、3・学習論、4・コミュニケーション論から成り立っている。その他、国際主義運動論、民族主義運動論、国際的兄弟党間の関係論、新課題討議論等々が考えられる。

 これを図式すれば次のようになる。全体に、マルクス主義がこういう立体的構成となっていることを知る必要がある。決して、ところてん式の真理体系学のように理解してはならぬ。

方法論 唯物弁証法
史的唯物論
実践論 A・革命論 @・歴史の通史的分析
A・現状分析
B・革命の戦略論
C・青写真論
B・組織論 @・前衛的党派結社論
A・その組織の規約論
B・大衆団体論
C・共同闘争論
C・運動論 @・大衆闘争論
A・労働組合論
B・議会活用論
C・共同戦線論
D・文芸論 @・プロ文芸論、
A・人生論、芸術論、宗教論、
B・学習論、
C・コミュニケーション論
その他 国際主義運動論
民族主義運動論
国際的兄弟党間の関係論
新課題討議論

 概要以上のように、マルクス主義は、「社会科学的世界観―それに基づく客観世界の変革」を知行合一的に構築していることに特質がある。史上初めてと云って良い総合性があり、我々がこれに接するにもはや聖書でさえ物足りない。なぜなら、自然科学的諸法則を踏まえてそれを社会に適用し、しかも社会独特の質として階級闘争理論を生み出し、その見地から史的唯物論を展開し、未来社会の青写真まで創った。この構想力が気宇壮大であり且つ表見的に精緻であるが故に、この論の魅力は他の諸々のものでは代替が利かない。ここにマルクス主義の偉大さがある。もっとも、これを評するれんだいこの観点は、また別のサイトで論ずることにする。

 このマルクス主義の形成時期は 我が国で云えば江戸の幕末動乱の入り口に当たる頃の1840年代後半頃である。れんだいこの関心から云えば、まさに丁度この時期は天理教開祖中山みきが神懸かりを経て(1938年)教義形成に余念が無かった頃でもある。それはそれとして、1844年「経済学・哲学草稿」、1845年「聖家族」、「フォイエルバッハにかんするテーゼ」、1845から46年にかけて「ドイツ・イデオロギー」、1847年「哲学の貧困」、1848.2月「共産党宣言」へと続き、以降も旺盛に執筆していく。その活動は「資本論」まで続く。

 
問題は次のことにある。今や、このマルクスの理論と協働者エンゲルスのそれとの一致と微妙なズレ、その後のマルキストの一致と微妙なズレを確認せずんばマルクス主義が真実においてどのような教義なのか判然としないほど手垢にまみれている。というか、非マルクス主義的なものをマルクス主義として公言して憚らない運動が共産党というあるいはそのような党名で為され続けているからややこしい。れんだいこに云わせれば、日本左派運動が真の意味でのマルクス主義的であった事は未だない。そういう意味で、今一度虚説を剥離させ、マルクス主義の原像を明確にさせねばならない。

 その際、マルクス主義自体に理論的変遷があるのならそれを解析せねばならない。但し、一貫して紅い糸の面と変遷した面、認識が高次化することにより言い換えられた面、卑俗化されて歪曲された面を明らかにせねばならない。これが論の本筋となるべきであり、本筋を見失ったまま徒にあれこれを論う試みは邪道であろう。


 2003.1.25日、2006.9.3日再編集 れんだいこ拝

【れんだいこ観点によるマルクス主義の意義について、その3】
 更に、興味深いことは次のことである。皮肉な話を伝えるが、マルクスがその主義を確立し実践する過程で前提としていた精神は、いわば革命を事業と見立てて、その事業家精神の啓発と継承、発展であったように思われる。ところが、マルクスがブルジョアジーとプロレタリアートの非和解的階級闘争論に立脚しつつプロレタリアートの歴史的解放を唱えたことはまだ良いとしても、これを受け止めたプロレタリアート内には、マルクスをなにやら福音の主と捉え、あるいはその経文を日々呪文化すればお陰があるかのような風潮が生み出されてしまったきらいがある。対蹠的に、ブルジョアジーは階級敵と見なされ、両者には憎悪が生まれた。

 しかし、れんだいこは云わねばならない。自らの解放事業に向かわないプロレタリアートの受動精神というものが存在するなら、それはもっとも非マルクス主義的であることを。むしろ、ブルジョアジーであれ誰であれ、日々創造的な事業開拓精神を示す者こそマルクス主義精神とハーモニーしていることを。これは、れんだいこが人生50年を経過して感得したものである。とかく世の中は皮肉に出来ているものだ。良きにせよ悪し気にせよ、味方が実は無縁のものであり、敵方が仲間内だとは。

 実際に、革命を事業経営とみなせば、世の企業家、起業家は全て革命家である。逆に、公務員ないし民間エリート企業の優雅なるダラ幹組合運動に潜む守旧派的なものは、それこそ反革命的なものである。かくて、労働者は、革命事業を受け継ぐ者、せめて緩やかか急進主義かどうかは不問にして生産管理闘争に向かう者をしてのみ、マルクス主義的で有り得るのではないのか。そんなこんなに考えている。

 2003.1.25日 れんだいこ拝

【れんだいこ観点によるマルクス主義の意義について、その4】
 滑稽なことに、マルクス主義を理解できない者がマルクス主義を誹謗し得意然としているケースにまま出会うことがある。己の背丈の低さを顧みずに相手の背丈が高いのがけしからんといちゃもんつけているようなもので、漬ける薬が無い。

 一つ助け舟を出せば、史上の俗流マルキスト主義ないしその理論を勝手に真性マルクス主義と仮託して批判している場合もあり、それにはそれなりの根拠があるということは云える。しかし、結論として云うならば、人類の天才の一人が悪戦苦闘して形成したその思想及び理論を、己が理解できないからといって非難するのは見当違いであろう。マルクス主義を学ぶには、
やはりその人の原書を忠実に読み取ることから始めねばならない。

 2003.1.4日 れんだいこ拝


ノート:マルクスって何者?
 「ノート:マルクスって何者?を転載しておく。
 経済学の世界に入ると、「マルクス経済学」、「マル経」、「マルクス」、「社会主義」といった言葉が必ず耳に飛び込んできます。それらを口にする人はアンチ・マルクス(マルクス経済学批判者)であったり、プロ・マルクス(マルクス経済学擁護者)であったり、あるいは両者の論争を傍観する中立的第三者であったりしますが、マルクスを抜きにして経済学を語ることはできません。

 それは、今日私たちの学ぶ経済学が過去のさまざまな経済学説を受け継ぎ、批判し、新たな学説を生み出すという歴史的営みの中から生まれてきたものであり、その歴史的営みの中にあってマルクスの営みは、それに対する立場の相違とは無関係に燦然と輝いているからです。イギリスで活躍する著名な経済学者森嶋通夫は、自分の経済学はバイオリンのソリストのような営みであるが、マルクスのそれはオーケストラの指揮者ような営みである、といったことがあります。

 それだけではありません。今日の経済システムは不況、リストラ、倒産、失業、環境破壊等々のさまざまな問題を孕んでおり、その改革の必要性がいつも取り沙汰されますが、資本主義の経済システムに最初の根底的な批判を加えたのは実はマルクスだったのです。

 マルクスの経済学の理論的な帰結は、約70年間存続し、1989?91年に消滅したソ連型社会主義体制であり、その崩壊がマルクスの経済理論の「欠陥」を実証していることは事実です。しかし、そのことをもってマルクスなどもう古い、なんら学ぶ必要はない、ということにはなりません。

 マルクスの理論は包括的かつ体系的です。彼はそれによって資本主義経済システムの運動法則を明らかにし、その歴史的限界を論証しようとしました。私たちは、今日の経済システムを捉える座標軸を確立し、その改革の方向を見出していくためにも、マルクスの経済理論を学び、その「欠陥」がなにに由来していたのかを十分に吟味する必要があります。

 以下は、マルクスに関する簡単なノートです。随分と難しい用語も登場してきますが、このノートを最後まで読めば、マルクスの考え方や経済理論とはどのようなものであったのか、少しは理解が深まると思います。そして、これまで何十億という人々がマルクスに「惹きつけ」られてきた理由の一端を窺い知ることができると思います。
 <マルクスの研究の目的>

 マルクスにとって重要なのは諸現象の法則の発見

 諸現象が一つの完成形態をもっている限りで、また与えられた一期間の中で考察される一つの関連の中に諸現象がある限りで、諸現象を支配する法則。
 諸現象の変化・発展の法則、ある形態から他の形態への移行の法則、関連の一つの秩序から他の秩序への移行の法則。

 マルクスは、現在の秩序の必然性を論証すると同時に、この秩序が不可避的に、すなわち人間がそれを信ずるか信じないか、意識するかしないかには少しもかかわることなく、移行せざるをえない他の一秩序の必然性を論証する。マルクスの研究の科学的価値は、ある一つの与えられた社会的有機体の発生・存在・発展・死滅を規制し、また他のより高い有機体とそれとの交替を規制する特殊な諸法則を解明することにある。


 <マルクスの歴史認識の基本>

 マルクスは、社会の運動を一つの自然史的過程とみなしており、この過程を導く諸法則は、人間の意志や意識や意図から独立しているだけではなく、むしろ逆に人間の意欲や意識や意図を規定するものだと考えている。マルクスは、歴史上のそれぞれの時代がそれぞれの固有の諸法則をもっていると考えている。生命は、ある与えられた一つの発展期間を過ぎてしまって、与えられた一段階から他の一段階に移れば、別の諸法則によって導かれるようになる。


 マルクス『経済学批判』(1859年)序言

 法律諸関係並びに国家諸形態というものは、物質的な生活諸関係(「市民社会」)に根底をもっている。この「市民社会」の解剖は、これを経済学の内に求めるべきである。経済学研究の導きの糸としての史的唯物論。
 人間はその生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼らの意志から独立した関係、生産関係に入る。
 この生産関係は、彼らの物質的生産力の一定の発展段階に対応する。
 これらの生産関係の総体は社会の経済的構造を形作る。
 これが現実の土台であり、そしてその上に法律的及び政治的な上部構造が立ち、そしてそれに一定の社会的意識諸形態が照応する。
 物質的生活の生産様式が、社会的・政治的・精神的な生活過程一般を条件づける。
 人間の意識が彼らの存在を規定するのではなく、逆に、彼らの社会的存在が彼らの意識を規定する。
 社会の物質的生産力は、その発展のある段階で、その生産力が従来その内部で働いてきた現存の生産関係と、あるいは同じことの法律的表現にすぎないが、所有関係と矛盾するようになる。
 これらの関係は、生産力の発展のための形態からその桎梏に変わる。そのときに社会革命の時代が始まる。経済的基礎の変化と共に、巨大な全上部構造が、あるいは徐々に、あるいは急速に変革される。一つの社会構成体は、それが入れうるだけのすべての生産力が発展しきるまでは決して没落するものではなく、また、新しい、より高度の生産関係は、その物質的な存在諸条件が旧社会自体の胎内で孵化し終わるまでは決して従来のものにとってかわることはない。

 弁証法(『資本論』第2版後記)

 それは、現状の肯定的理解の内に同時にまたその否定、その必然的没落の理解を含み、いっさいの生成した形態を運動の流れの中で捉え、したがってまたその過ぎ去る面から捉え、何ものにも動かされることなく、その本質上批判的であり革命的である

 <マルクス経済学の目的>


 エンゲルス『反デューリング論』(1878年)第2編 経済学 第1章 対象と方法

 一定の歴史的社会の生産及び交換の仕方が与えられ、またこの社会の歴史的諸条件が与えられれば、それと同時に生産物の分配の仕方も決まってくる。分配の不平等 → 貧富の対立、階級差別。分配は生産と交換とのたんなる受動的な産物ではない。それは生産と交換とにもやはり反作用を及ぼす。どの新しい生産様式または交換形態も、初めのうちは、古い諸形態やそれに照応する政治的諸制度によって妨げられるだけでなく、また古い分配様式によっても妨げられる。それは自分に適応した分配を、長い闘いを通じて初めて獲得しなければならない。しかし、ある生産及び交換の様式が動的であればあるほど、進歩し発展する能力をより多くもっていればいるほど、分配もそれだけ速やかに次のような段階、すなわちこの分配がその生みの親を超えて成長し、これまでの生産及び交換の仕方と衝突するそういう段階、に到達する。

 ある社会のその時々の分配と物質的生存諸条件との間の関連は、きわめて自然なものなので、この関連は人々の本能に規則正しく反映する。ある生産様式が発展の上向線を辿っている間は、この生産様式に照応する分配様式の下では貧乏くじを引いている人でさえ、この生産様式に歓呼の声を浴びせる。しかし、当の生産様式が下降線を辿るようになってかなり経ち、その寿命を半ば過ぎてしまい、この生産様式の存在諸条件が大部分消え失せて、後に続くものが既に扉を叩くとき、そのとき初めて、ますます不平等となっていく。分配が不正と見えるようになり、そのとき初めて人々は、時代遅れになったいろいろの事実に不服を唱えて、いわゆる永遠の正義に訴えかけるようになる。

 経済科学の任務は、新たに現れてきた社会的弊害が現存の生産様式の必然的な結果であり、しかも、それと同時にこの生産様式の分解が迫っている徴候であることを立証し、またこの分解しつつある経済的運動形態の内部に、これらの弊害を取り除く将来の新しい生産及び交換の組織の諸要素を見つけだすことである

 <下向法(分析)と上向法(総合)>

 マルクス『経済学批判』序説 3 経済学の方法

 ある国の経済を明らかにしようとすれば、その国の人口、諸階級、都市・農村人口、就業構造、輸出入、生産・消費、商品価格等々の経済学的考察が必要。
 全社会的生産行為の基礎であり主体である人口 → 諸階級 → 資本、賃労働等々 → 交換、分業、価格等々
 具体的概念 → 抽象的概念
 複雑な概念 → 単純な概念
 全体の混沌とした表象(人口)から出発して最も単純な抽象的な規定に到達する(分析)
 抽象的な諸規定が思惟の道を通って具体的なものの再生産に到達する(総合)
 抽象的なものから具体的なものに上向する方法は、具体的なものを我がものとするための、それを精神的に具体的なものとして再生産するための思惟にとっての様式にすぎない


 資本主義経済体制の解剖

資本・商品 / 貨幣あるいは単純な流通 / 資本一般 <経済理論>
→ 土地所有 <産業経済論> → 賃労働 <労働経済論>
→ 国家 <経済政策・財政・金融論> → 外国貿易 <国際経済論>
→ 世界市場・恐慌 <世界経済・恐慌論>

 <エンゲルス『空想より科学へ ― 社会主義の発展 ― 』抜粋>

 マルクス、エンゲルスは資本主義の発展をどのようにとらえたか

 「一切の社会的変化と政治的変革の究極の原因は、これを人間の頭の中に、永遠の真理や正義に対するその理解の進歩に求めるべきものではなくて、生産と交換の方法の変化のうちに求めるべきものである。哲学のうちに求めるべきものではなく、それぞれの時代の経済のうちに求めるべきものである」。
 「今の社会制度は不合理で不正だといったり、条理が通らないといったり、善意が非難の種となったり、要するにそういう考えが広まるのは、生産方法と交換形態が暗黙のうちに変化して、これまでの経済的条件に合わせて造られていた社会秩序が、それにうまくあわなくなってきたという証拠に過ぎない」。
 「同時に、それは次のことを物語る。すなわち、この発見された弊害を除去する手段もまた、この変化した生産関係そのもののうちに、多かれ少なかれ発達した形で、存在しているに違いないということを」。
 「この手段もまた、頭で発明されるべきものではなくて、生産という与えられた物質的事実の中に、頭を使って発見されるべきものであることを」。

 生産力と生産方法との衝突

 ここでいう生産方法とは、生産力の資本家的利用形態
 資本家を担い手とする資本主義的生産方法
 衝突の原因は生産方法の社会化
 15世紀以来、単純協業、マニュファクチャー、大工業の三段階
 資本家は小さい能力の生産手段を巨大な生産力にするために、個人個人の生産手段を社会的な(人間の集団によってのみ使用できる)ものに変えざるをえなかった
 個人的生産手段から社会的生産手段への生産手段の変化
 個人の仕事場の代わりに、数百人、数千人の共同作業を擁する工場の出現
 一連の個人的な行為(個人的生産)から一連の社会的行為(社会的生産)への生産の変化
 個人的生産物から社会的生産物(多数の労働者の共同の生産物)への生産物の性格の変化
 計画的な組織は自然発生的な分業よりも強力で、社会的に労働する工場は、独立の生産者よりその生産物をより安く生産したため、独立の生産は各域において相次いで倒れ、社会的生産が旧来の生産方法全部を変革した

 生産物の取得

 中世において発達していたような商品生産の下においては、労働の生産物が誰に属すべきものかという問題は起こりようがなかった。個々の生産者は、普通、彼に属する原料、時としては自家製の原料に対して、自分自身の労働手段を用い、自分自身もしくは家族の手労働で生産したのであった。彼は生産物を改めて自ら取得する必要はなく、初めから彼に属した。したがって生産物に対する所有権は自己の労働に基づいていた。そこへ大作業場やマニュファクチャーにおける生産手段の集中、それの事実上の社会的生産手段への転化が出現した。それで、この社会的生産手段と生産物は、これまでのように、個人のものであるかのように取り扱われた。従来、労働手段の所有者がその生産物を取得したのは、その生産物が普通に彼自身生産した物であったのに、今やそれは彼の生産した物ではなくて、全然他人の労働の生産物であるにもかかわらず、労働手段の所有者がこれまで通りその生産物を取得することになったのである。こうなると、社会的に生産されることになった生産物を取得する人は、生産手段を現実に動かし、生産物を現実に生産する人ではなくて、資本家であった。生産手段と生産は本質的に社会的なものになったが、それらを規制する取得形態は、個人的な私的生産を前提とする。かくして生産方法はこのような取得形態の前提をなくしたにもかかわらず、依然としてこれまで通りの取得形態に規制されている。この矛盾こそ、新しい生産方法に資本主義の性質を与えるものであり、この矛盾の内に現代の一切の衝突の萌芽が含まれている。この新しい生産方法が重要な生産領域に及び、また経済的に重要な諸国を支配するようになり、したがって個人的生産が残り少なくなると、社会的生産と資本主義的取得の不調和はいよいよ明白に現れてきたのである。社会的生産と資本主義的取得との間の矛盾は、プロレタリアート(労働者階級)とブルジョアジー(資本家階級)との対立となって明白に現れてきた

 社会的生産の無政府性

 商品生産を基礎とする社会の特色は、生産者が彼自身の社会的関係に対する支配力を失うということである。どの生産者もそれぞれ持ち合わせている生産手段をもってめいめいの独自の交換の必要に応じて生産する。何人も、彼の商品と同じものがどれだけ市場に現れるか、生産費が回収できるか、そもそもそれが売れるかどうか、それさえも知らない。そこにあるのは社会的生産の無政府性である。中世社会では、交換を目的とした生産、すなわち商品生産はようやく始まったばかりであった。交換は限られ、市場は狭く、生産方法は安定していて、外に向かっては地域的封鎖、内に向かっては地域的団結があった。資本主義的生産方法が登場し、商品生産が拡大するにつれて、旧来の紐帯はゆるめられ、旧来の封鎖の枠は破壊され、生産者はますます独立のバラバラの商品生産者となった。社会的生産の無政府性はいよいよ明白となり、その激しさはますます加わった。この社会的生産の無政府性を激化させるために資本主義的生産方法が使った主な手段は、無政府性とは正反対のもの、すなわちあらゆる個々の工場内での生産の社会的組織の高度化であった。旧来の生産の平和な安定状態の終わり、ある工業部門に生産の高度な組織が導入されると、その部門では古い経営方法はそれと共存することはできなかった。かの大陸発見とそれに続いた植民は商品の販路を何倍か拡張し、それらはまた、手工業のマニュファクチャーへの転化を促進した。地方的生産者同士の闘争が勃発しただけではなく、地方的闘争はさらに国民的闘争に発展し、17世紀および18世紀の商業戦争となった。最後に、大工業と世界市場の成立は、この闘争を世界的にすると同時にこれを前代未聞の激しいものとした。個々の資本家の間でも、全産業と全国家の間でも自然的もしくは人為的生産条件の善し悪しが死活を決定し、敗者は容赦なく一掃される。かくして、社会的生産と資本主義的取得との矛盾は、個々の工場における生産の組織化と全社会における生産の無政府性との対立となった。

 社会的生産における無政府性という推進力

 すべての産業資本家に改良かさもなくば没落かを迫る。機械の改良とは、とりもなおさず人間労働の過剰化であり、機械労働者の駆逐を意味し、産業予備軍の形成に結びつく。要するに、近代的機械の改良能力は極端なまで増加しているが、社会における生産の無政府性に媒介されて、この能力は個々の産業資本家にとって、自分の機械を絶えず改良し、その生産力を絶えず高めなければならぬという強制命令に代わった。大工業の異常な膨張力はいかなる障害もものともしない質的及び量的膨張欲として現れている。その障害を成すものといえば、消費であり、販路、すなわち大工業の生産物の市場である。市場の膨張力は大工業の膨張力とは全く別個の、広さにおいても強さにおいても、それに比して遥かに弱い法則によって支配される。市場の拡大は生産の拡大と歩調が合わない。衝突は不可避となる。しかも、資本主義的生産方法そのものを破壊しない限りにおいては、他に解決はあり得ないから、この衝突は周期的になる

 恐慌

 交易は停止し、市場は充満し、生産物は山と積まれて買い手がなく、現金は姿を消し、信用は消え、工場は閉鎖し、労働者大衆はあまりに多くの生活手段を生産したために生活資料に事欠き、破産は相次ぎ、競売、競売また競売である。不況は数年間続き、生産力も生産物も大量に浪費され、破壊され、そして山積みされた商品が多かれ少なかれ減価して、生産と交換とが再び動き始めるまで、こういう状態が続く。この歩調は次第に早くなって早足となり、産業の早足は駆け足に移り、さらに速度を速めて疾走となる、それはまさしく、工業上、商業上、信用上及び投機上の障害物競馬の手綱のない疾走であって、おしまいに命がけの飛躍をしてがちゃんと音を立ててどぶの中に飛び込む。こういう恐慌においては、社会的生産と資本主義的取得との矛盾が猛烈に爆発する。しばらくの間商品流通は止まり、流通手段たる貨幣が流通の妨害物になり、商品生産と商品流通との一切の法則は逆立ちする。経済上の衝突はまさにその頂点に達したといってよく、いわばそれは、生産方法の交換方法に対する反逆である。工場内における生産の社会的組織が、社会にあってそれを支配している生産の無政府性と相容れないまでになった。ということは、恐慌に当たって多くの大資本家とそれよりもさらに多くの小資本家が倒壊し、それによって強力な資本集中が行われるということを通して、資本家たちにもよくわかるようになる。資本主義的生産方法の全機構は自らの生み出した生産力の圧力を受けて動きがとれないのである。それはこの大量の生産手段の全部を資本に転化しえず、したがって生産手段は遊休し、それ故に産業予備軍も手をつかねて遊休する。生産手段も、生活手段も、自由に利用しうる労働者も、要するにすべての生産の要素と一般的富の要素が過剰なのである

 資本の社会的性質の承認

 かくして、一方では、資本主義的生産方法はこれ以上これらの生産力を管理するだけの力がないということを認めるしかない。他方では、これらの生産力自体は、ますます強力にこの矛盾の止揚を求める。つまり、資本としてのその性質から自ら解放されることを、社会的生産力としての彼らの性格が事実上においても承認されることを、求めるのである。生産力はますます強大となるにつれて、資本たるその性質に反逆し、その社会的性質を承認せよといよいよ要求する。そうなると、資本家階級自身も、もしできるものなら、資本の関係の内で、この生産力を社会的生産力として取り扱わざるをえなくなる。

 株式会社

 トラスト

 国有

 トラストとなれば、自由競争は独占に変わるのであり、資本主義社会の無計画的生産が迫りくる社会主義社会の計画的生産に降伏するのである。といってもこれはまだ資本家のためのご用ではあるが、しかしここまでくると、搾取はあまりにも明瞭なので、こういう搾取は崩壊するに違いない。いかなる国民も、トラストで管理される生産、すなわち少数の利札切の一味によるあまりにも露骨な全体の搾取を許しておかないであろうから。いずれにせよ、トラストがあろうとなかろうと、資本主義社会の公の代表である国家は、結局、生産の管理を引き受けざるをえなくなるであろう。

 恐慌は、ブルジョアジーには近代的生産力をこれ以上管理する力がないことを暴露した。同様に、大規模な生産や交通機関が株式会社やトラストや国有に転化することは、これらの目的のためにブルジョアジーが不要であることを示すものといってよい。しかしながら、株式会社になっても、トラストになっても、また国有が実行されたとしても、生産力の資本的性質はそれでは廃棄されない。近代国家もまた、株式会社やトラストと同様、労働者や個々の資本家の侵害に対し、資本主義的生産方法の一般的な外的諸条件を維持するために、ブルジョア社会がつくりだした組織に過ぎない。近代国家は、どんな形態をとろうとも、本質的には資本主義の機関であり、資本家の国家、観念としての全資本家である。生産力の国有は、衝突の解決ではないが、それ自身の内には、この解決の形式的手段が隠されている。近代的生産の社会的性質を実際に承認すること。生産方法、取得方法、及び交換方法を生産手段の社会的性格に調和させること。そのためには、社会をおいては他にそれを管理するものがないまでに成長している生産力を、社会が公然かつ直接に所有すること。今日の生産力をようやく認識されるようになった性質どおりに処理すれば、社会的生産の無政府状態に代わって、全体及び個人の必要に応じた社会的に計画的な生産の規律が生まれる。こうして、生産物がまず初めに生産者を、ついで取得者をも奴隷化した資本主義的取得方法の代わりに、近代的生産手段の性質そのものに基づいて作られた生産物の取得方法ができあがる。それは、一方では、生産を維持し拡大するための手段としての直接な社会的取得であり、他方では、生活及び享楽の手段としての直接な個人的取得である。

 国家の廃止と死滅

 資本主義的生産方法は人口の大多数をますますプロレタリアに転化する。彼らは自らの没落を免れるためにはどうしてもこの方法の変革を成就せざるをえない力である。また、この生産方法は既に社会化された膨大な生産手段をだんだん国有化させるが、そのことの内に、この変革完成の道が示されている。すなわち、プロレタリアートが国家権力を掌握すると、それがまず生産手段を国有にするのである。そしてこうすることは、プロレタリアートがプロレタリアートを止揚し、一切の階級差別と階級対立とを止揚し、そしてまた国家としての国家も止揚することである。

 国家

 国家とは、その時々の搾取階級の組織、その生産条件を外部からの攻撃に対して維持するための組織である。それは特に被搾取階級を、与えられている生産方法にふさわしい抑圧の諸条件(奴隷制、農奴制、または隷農制、賃労働制)に暴力的に押さえつけておくための組織であった。国家は社会全体の公の代表者であり、全社会を総括した一つの目に見える団体であった。しかし、国家がそういうものであったのは、それぞれの時代に全社会を自ら代表していた階級のそれであった限りにおいてであった。しかるに国家がいつの日か社会全体の本当の代表者となるならば、そのときそれは無用物となる。抑圧すべきいかなる社会階級も存在しなくなり、階級支配と従来の生産の無政府状態に立脚する個人の生存競争がなくなってしまえば、そしてこれから生ずる衝突と逸脱とがなくなってしまえば、抑圧しなくてはならぬものはないのである。特殊な抑圧権力たる国家は必要でない。国家が実際に社会全体の代表者として登場する最初の行為は、社会の名において生産手段を没収すること、これこそは、同時に、国家が国家として行う最後の独立行為である。国家権力が社会関係に対して行ってきた干渉は、一領域から他領域へと無用の長物となり、ついには順々に眠りにつく。人間に対する統治に代わって物の管理と生産過程の支配が現れる。国家は「廃止」されるのではない、「死滅」するのである。

 商品生産の除去・計画生産の生成

 社会による生産手段の没収とともに、商品生産は除去され、したがって生産者に対する生産物の支配も除去される。社会的生産の内部における無政府状態に代わって、計画的、意識的な組織が現れる。個人の生存競争は消滅する。

 かくして初めて人間は、ある意味では、動物界から決定的に区別され、動物的生存条件を脱して真に人間的なそれに入る。今日まで人間を支配し人間を取り巻いている生活条件の外囲は、今や人間の支配と統制の下に服し、人間はここに初めて自然に対する真の意識的な主人となる。これによって人間は自分自身の社会組織の主人となるからである。

 人間自身の社会的行動の法則は、これまでは人間を支配する外的な自然法則として人間に対立してきたものであったが、今や人間によって十分な事実についての知識をもって利用され、したがってまた支配されるようになる。人間自身の社会的結合は、これまでは自然と歴史とによる強制として人間に対立してきたが、今や人間の自由行為となる。従来、歴史を支配してきた客観的な外来の諸力は人間自身の統制に服する。こうなって初めて、人間は完全に意識して自己の歴史を作りうる。これより後、初めて人間が動かす社会的諸原因が、主として、またますます多く、人間の希望するような結果をもたらすようになる。それは必然の王国から自由の王国への人類の飛躍である
 宗教改革(16世紀)
法王の絶対権威と僧職の支配・特権・腐敗に反対し、信仰の自由を要求
マルチン・ルター(1483年〜1546年)
トマス・ミュンツァー(1489年〜1525年)
ジャン・カルヴィン(1509年〜1564年)
プロテスタント(新教)の成立

 イギリス革命(17世紀)
ピューリタン革命(1642年〜1649年)
名誉革命(1688年)
絶対主義王制の打倒・立憲君主制の確立

 産業革命
道具から機械への労働手段の変革(繊維部門、冶金部門、機械製作部門)
マニュファクチュアから機械制大工業への発展
運輸・鉄道部門の変革
資本主義的生産様式の確立
農業社会から工業社会への転換
都市への労働者の集中
過剰生産恐慌の周期的勃発
劣悪な生活環境、公害などの深刻な社会問題の発生

 フランス革命
ジャン・ジャック・ルソー(1712年?78年)
フランス革命を思想的に準備した一人
社会悪の根元は社会的不平等にあり、これを生み出したものは人為的な文明であると考え、人間の本来の平等の姿を自然のうちに求め、「自然にかえれ」と主張した(『人間不平等起源論』)
社会契約に基づく社会によって自由と平等が保障されると説いた(『社会契約論』)
封建社会の終焉(王制の廃止、共和制の樹立)
自由・平等・友愛

 マルクス主義の三つの源泉
ユートピア思想(サン・シモン、フーリエ、ロバート・オウエン)
ドイツ古典哲学(カント、フォイエルバッハ、ヘーゲル)
イギリス古典派経済学(アダム・スミス、リカード)

空想より「科学」への社会主義の発展 (エンゲルス『空想より科学へ』)
「唯物史観と、剰余価値による資本主義的生産の秘密の暴露、この二大発見によって社会主義は一つの科学になった」

「社会経済学入門ノート」のトップページへ






(私論.私見)