32518 社会主義.共産主義論

【社会主義と共産主義の厳密な定義】
 まず始めに社会主義と共産主義の定義分けをしておきたい。通説は、将来の共産主義社会を低度の第一段階とより高度の第二段階に分け、前者を社会主義社会、後者を共産主義社会と見なしている。この観点を踏まえて、社会主義社会を「各人はその能力に応じて働き、『労働』に応じて各人に与えられる社会」、共産主義社会を「各人はその能力に応じて働き、『必要』に応じて各人に与えられる社会」と識別している。しかし、れんだいこはこの図式を排斥したい。しばしば混乱して使われているのでこの際整理しておきたい。

 社会主義とはあくまで資本主義の対概念語である。この観点をまず打ち立てたい。資本主義が本来の生産の意味を転倒させ、資本の増殖を自己目的とした手段と目的との倒錯社会であるのに対し、社会主義とは、社会の有意義な建設に資するよう生産の意味役割を正常に戻す運動では無かろうか。「云うは易し行いは難し」ではあるけれども。マルクスはこの絡みで「人間疎外」現象を解析した。

 マルクス・エンゲルスは、この根本認識の上にたって、社会主義社会を「各人の自由な発展が万人の自由な発展のための条件となるような、一つの協働体」、「生産者の自由で平等な協同に基づいた生産を新たにする社会」(エンゲルス)、「各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて受け取る共産主義社会」であると概念化させた。非常に抽象的であるが、その意味内容は広く深い。

 こうした本来の位置付けによれば、広義社会主義の概念の中に狭義社会主義と共産主義が包摂される、と捉えられるべきではなかろうか。付言すれば、広義共産主義の概念の中に狭義社会主義と共産主義が包摂される、と捉えられている場合もある。だから余計にややこしい。こうなるとますます定義を厳密にする必要が有ると思われる。

 そこでれんだいこは次のように規定し直したい。狭義社会主義、共産主義のそれぞれの概念は前述の定義で問題ないが、共産主義は社会主義の中の一概念であると認識したい。しかしこうなると、社会主義という用語を廻って広義か狭義かが常に問われることになりややこしい。そこで、広義社会主義を『共生』主義と言い換え、狭義社会主義を単に『社会』主義と命名したい。これがれんだいこの観点である。

 つまり、我々が目指す運動は、資本主義と対比する意味で「共生主義」であり、その第一段階を社会主義、次の段階を共産主義とみなした方が弁証法的では無かろうか。

 過渡期論は、資本主義から社会主義への移行期及び社会主義から共産主義への移行期の双方に存在する。そういう意味で、過渡期論もややこしい。まず、これも二大区分し、なお且つそれぞれがさらに詳細に分けられるとしたい。

 こういう識別抜きに議論をのべつくまなくしてみても噛み合わない。以上、れんだいこが提言したい。この過程は「なべて必然の国から自由の国への人類の飛躍であり、人類の前史となるものである」。凡そ以上のような構図で、社会主義と共産主義の定義分けをしておきたい。

 2002.12.25日れんだいこ拝


【「共産主義」の語源】
 ところで、「共産主義」はどのような語源的意味と社会展望をもっているのかについて見てみる。『現代マルクス・レーニン主義辞典』(1980年)に拠れば、共産主義Communismという言葉は、「共同の、共有の」という意味をもつラテン語のComunisからきているといわれている。

 マルクスとエンゲルスは、こうした歴史的用語であった「共産主義」をそのまま継承し、新たな意味を付け加え、
「現実のプロレタリアートが自分自身を奴隷的地位から解放し、自己解放を通じて全世界の変革をめざしていく思想と運動が共産主義である。この言葉の基本的な意味合い通り、共産主義社会とは生産手段が共同のものとなり、社会の全成員が労働者となって生産が協働で行なわれる一つの共同社会を意味するが、この共産主義社会は資本主義のもとでつくられた高度な生産力を基礎にし、労働者階級の高い文化性や組織性を基礎とするもので一部コロニーで実践される以上の体制的にして豊かな社会である」と捉えた。

マルクス・エンゲルスプロレタリア革命後社会の展望」】

 マルクスとエンゲルスは、歴史的見通しとして目指すべき社会をつぎのように展望していた。「共産党宣言」(1848年)、「国際労働者協会の一般規約」(1864年起草、1871年採択)に拠れば、次のような社会が指針されていた。

 ます、共産党宣言(1848年)から見ておく。その第二章(プロレタリアと共産主義者)の末尾で革命後の社会の展望を示し、
暴力的階級抑圧公的権力の機能喪失
 階級差別が消え去り、結集した人々の手に全ての生産が掌握されると、他の階級を抑圧するための一階級の組織された暴力である公的権力は、その政治的性格を失う。
階級対立、階級支配の終焉
 プロレタリアートが革命を通して支配階級となり、古い生産関係を廃止するとき、プロレタリアートは同時に、階級対立の存在条件も階級一般も廃止し、階級としての自らの支配も廃止する。
合理的協働体社会の出現
 階級と階級対立を持つ旧ブルジョア社会に代わって、各人の自由な発展が万人の自由な発展のための条件となるような、一つの協働体が現れる。

 共産主義社会を思想的に概括すれば、次のような意味がある。「空想より科学」では次のように述べられている。「社会が生産手段を掌握すると共に、商品生産は廃止され、それと共に生産者に対する生産物の支配が廃止される。社会的生産内部の無政府状態に代わって、計画的、意識的な組織が現れる。個人間の生存闘争は終わりを告げる。これによってはじめて、人間は、ある意味で決定的に動物界から分離し、動物的な生存条件から抜け出して、本当に人間的な生存条件の中に踏み入る。今まで人間を支配してきた、人間を取り巻く生活諸条件の全範囲が、今や人間の支配と統制に服する。人間は、自分自身の社会的結合の主人となるからこそ、またそうなることによって、今や初めて自然の意識的な、本当の主人となる。これまでは、人間自身の社会的行為の諸法則が、人間を支配する外的な自然法則として、人間に対立してきたが、これからは、人間が十分な専門知識をもってこれらの法則を応用し、従って支配するようになる。これまでは、人間自身の社会的結合が、自然と歴史とによって押し付けられたものとして、人間に対してきたが、今やそれは、人間自身の自由な行為となる。これまで歴史を支配してきた客観的な、外来の諸力は、人間自身の統制に服する。この時からはじめて、人間は、十分に意識して自分の歴史を自分でつくるようになる。このときに初めて、人間が作用させる社会的諸原因は、だいたいにおいて人間が望んだとおりの結果をもたらすようになり、また時と共にますますそうなっていく。これは、必然の国から自由の国への人類の飛躍である」

 マルクス/エンゲルス『ドイツ・イデオロギー』(岩波文庫43-4頁)で、次のように共産主義社会に言及している。
 
「すなわち労働が分配されはじめるやいなや、各人は一定の専属の活動範囲をもち、これは彼におしつけられて、彼はこれからぬけだすことができない。彼は狩猟、漁夫か牧人か批判的批判家かであり、そしてもしかれが生活の手段をうしなうまいとすれば、どこまでもそれでいなければならない。………これに対して共産主義社会では、各人が一定の専従の活動範囲をもたずにどんな任意の部門においても修行をつむことができ、社会が全般の生活を規制する。そしてまさにそれゆえにこそ私はまったく気のくむままに今日はこれをし、明日はあれをし、朝には狩をし、午後には魚をとり、夕には家畜を飼い、食後には批判をすることができるようになり、しかも漁師や牧人または批判家になることはない」。

 
マルクスは、『ゴータ綱領批判』(1875年4月―5月初め)で次のように解説している。「共産主義社会のより高い段階において、すなわち、分業への個人の奴隷的従属が消滅し、それとともに精神労働と肉体労働との対立が消滅したのち、労働がたんに生活のための手段であるばかりでなく、労働そのものが生活の第一欲求となったのち、個人の全面的な発展にともなって生産力も増大し、協同社会的富のあらゆる泉がいっそうゆたかにわきでるようになったのち―そのときはじめて、ブルジョア的権利のせまい限界を完全にふみこえることができ、社会はその旗のうえにこう書くことができる。―各人はその能力に応じて働き、各人にはその必要に応じて分配する!」



マルクス・エンゲルスの共産主義社会論の背景としての「原始共産主義社会論」】
 マルクスの「共産主義社会論」の認識の背景として、「原始共産主義社会」に対する深い考察があった。「原始共産主義社会」では、階級もなく従ってどんな差別も存在しない人間の共同社会であった。その仕組みが崩れ階級社会に突入していくことになった。今や、その階級社会の矛盾を止揚させて、かっての「原始共産主義社会」へらせん的に回帰することになるであろう。それが歴史の流れをスパンとして観た時見えてくる必然であるとした。当然のことながら新しい質を伴っての新社会の創造であり、単に「原始共産主義社会」に回帰するなどということは有り得ない。これが階級社会の矛盾動向の研究から導き出されたマルクスの結論であった。マルクスは、こうして労働者が闘いとるべき未来社会の原型を呈示した。

 ちなみに、マルクスは、歴史の流れを次のように捉えていた。人類が二本足で歩行し、道具を利用し始めて以来、百万年以上の歴史があるが、当初は生産力の低さに規定されて原始共産社会を現出していた。この社会では、狩猟、漁労や、のちには牧畜、農耕をいとなむようになったが、人々は生産手段(土地や猟場など)を共有して共同で働き、生産物もすべて平等に分かちあっていた。この社会は血縁的な関係(主として氏族制度)を基礎とした政治的、宗教的機能を備えており、農耕社会では母系を、遊牧社会では父系を中心としていた。

 エンゲルスは、『家族、私有財産、国家の起源』の中でイロクォイ族(アメリカのインディアン)を例にして、「その無邪気さと単純さにもかかわらず、なんと驚くべき制度であろう」と感嘆の声をあげつつ次のように述べている。「軍隊も憲兵も警察官もなく、貴族も国王も総督も知事も裁判官もなく、監獄も訴訟もなく、それでいて万事が規則正しくおこなわれる」、「共同の事項はいまよりもはるかに多い――世帯は一連の家族の共同で、共産制であり、土地は部族所有であり、わずかに小園圃だけがさし当たり世帯に割り当てられている――にもかかわらず、現代の広汎で複雑な行政機構の形跡さえ必要としない。決定は当事者たちがするのである」、「貧乏人や困窮者はありえない――共産制的世帯と氏族は、老人や病人や戦争不具者に対する義務をわきまえている。万人が平等であり、自由である――女もそうである。奴隷はまだ存在する余地がなく、他部族の抑圧もまた原則として存在する余地がない」(岩波文庫127〜8頁)。これが、社会が種々の階級に分離、対立する以前の社会(原始共産社会)ではなかったか、と推理した。

 しかし、富の一定の集積が可能となり始めた社会に至ることにより私有財産が生まれ、階級対立が発生し、不平等が生じた。かって必要でなかった部族間抗争の為の「国家」の原型も生まれ、それは部族内の人々に対する抑圧機構ともなった。この流れは、奴隷制、封建制、資本主義といった階級社会への発展へと向かっていった。但し、歴史のスパンで見れば、たかだかここ数千年のことに過ぎない。むしろ、この階級社会に先行する形で、階級に分化していない原始的な共産主義社会が存在したことを確認することの方に意味があると観た。

 このことは、「私達は原始共産社会から、未来の社会主義の一定のイメージを獲得するとともに、単なる原始共産制への“復帰”ではなく(その後の“共産主義者”はひたすら、この社会にあこがれただけでした)来るべき社会主義、共産主義は資本主義の矛盾の現実的解決として出現することを確認すべきです」(社労党・山田明人第1回 空想的社会主義@原始共産制の社会――その意義と限界)ということでもある。

 「現代によみがえる『共産党宣言』TAMO2氏による投稿」(電子共産趣味者、TAMO2GA●社会主義の基礎の基礎労働組合づくり入門科学的社会主義者は「国家と革命」を読もう!)によれば、次のようにやや詳しく説明されている。

 「共産主義社会では、生産手段が社会化されて商品生産が廃止され、生産は社会全体の利益を第一義において計画的に行われるようになる。資本主義の時代の無政府的な生産、浪費的で破壊的な生産や消費のあり方が根本から転換されることになる。計画的な社会的生産を世界的規模で行うことができれば、現在、深刻化している国際環境破壊問題、第三世界の飢餓と貧困の問題、食料問題や都市問題の解決は非常に容易になるであろう。逆にいえば、世界的な計画経済システムを樹立できねば、次の世紀にまで引きつがれようとするこれらの一連の深刻な問題は解決できないということである。

 しかし、共産主義は、それがどれほどの膨大な労力と時間を要するものであろうとも計画経済の実現を最終ゴールにするものではない。共産主義は労働者階級の解放を通じて、人間の根源的な解放をめざす運動である。『宣言』は、共産主義社会を『各人の自由な発展が万人の自由な発展の条件であるような一つの協同社会』と特徴づけている。20世紀において全世界の労働者が共産主義に引きつけられ続けてきたのは、この世界からあらゆる搾取・抑圧・貧困をなくし、人間の解放をめざすという理想がこのなかに存在していたからである。われわれが次の世紀に引きついでいくべき共産主義の思想的な価値の中心もまたここにある。

 共産主義社会ではすべての人間が労働者・生産者となり、階級は消滅し、階級支配も国家も不必要となる。これによって階級社会数千年の歴史に終止符が打たれ、あらゆる階級的差別・抑圧の根拠が取り除かれる。同時に、共産主義は人間の生命活動の根幹を占める労働のあり方を根本的に変化させていく。人間が生きていくためには、どんな社会においても労働は不可欠である。労働は人間が必要とするものをつくりだし、また人間自身と人間社会をつくり変えていく。共産主義社会においても労働はもちろん必要であるが、その性格は大きく変化する。資本主義社会では労働は強制労働という性格をもっている。労働力が商品であることをやめ、生産が資本家の利益ではなく、社会全体の利益のために行われるようになれば、諸個人は社会の一員として労働することを義務づけられるにしても、それを強制と感じることはだんだん希薄になっていくであろう。さらに、生産力のより高い発展段階では、労働時間が大幅に短縮され、また人々が固定的な分業から解放されていく。そしてこれを条件にして、労働は他人から強制されたものでも、生活のためにしかたなくするものでもなくなる。労働はマルクスのいう「第一の生命欲求」に転化していく可能性がここに開かれる。こうして人間はこれまでとは本質的に異なる社会の扉を開けていく。人類の前史が終わるのである」。



共産主義社会形成途上の過渡期論
 「共産主義とは、我々にとって作り出されるべき状態、現実が従わなければならない何らかの理想ではない。我々が共産主義と呼ぶのは、現在の状態を廃棄(止揚)する現実的運動である。この運動の諸条件は今現存する前提から生じる」(「ドイツ・イデオロギー」)。この認識がマルキストの社会主義・共産主義論の基本的スタンスでありあらねばならない。

 つまり、社会主義・共産主義とは何らかの出来合いのものではなく、「現在の状態の矛盾を廃棄(止揚)する現実的運動の中から造り出される物質的実態でありイデオロギーでもある」のではなかろうか。ここに、マルクス・エンゲルスの弁証法的唯物論が貫徹されている様子を見るべきではなかろうか。
 
 してみれば、社会主義・共産主義は革命的に体制化されようとも、施策としての内実は歩一歩達成されることになるだろう。このことが次のように述べられている。

 「ここで言及しているのは、それ自身の土台のうえに発展した共産主義社会ではなくて、反対に、いまようやく資本主義社会から生まれたばかりの共産主義社会である。したがって、この共産主義社会は、あらゆる面で、経済的にも道徳的にも精神的にも、それが生まれ出てきた母胎たる旧社会の母斑をまだおびている。だから、個々の生産者は、彼が社会に与えたのとまったく同じだけのものを ―すべての控除をおこなったうえで― 社会から返してもらう。彼が社会に与えたものは、彼個人の労働量である。例えば、社会的労働日は個人的労働時間の総和からなっており、個々の生産者の個人的労働時間は、社会的労働日中の彼の給付部分、すなわち社会的労働日中の彼の持分である。彼はこれこれの労働(社会的基金のためにおこなった労働分を控除したうえで)を給付したという証明書を社会から受け取り、この証明書をもって、社会的ストックから、彼の給付した労働量に相当する消費資料をひきだす。彼は、一つの形で社会に与えたのと同じ労働量を、別の形で返してもらうわけである。

 ここではあきらかに、商品交換が等価の交換であるかぎり、この交換を規制するのと同じ原則が支配している。内容も形式も変わっている。なぜなら、変化した事情のもとでは、誰も自分の労働のほかにはなにものも給付することはできないし、また他方では、個人的消費資料のほかにはなにものも個人の所有にすることはできないからである。しかし、個々の生産者のあいだでの個人的消費資料の分配については、商品等価物の交換の場合と固じ原則が支配し、一つの形の一定量の労働が別の形の同一量の労働と交換されるのである。したがって、ここでは平等な権利は、原則からいって、やはり
ブルジョア的権利である。もっとも、ここではもはや原則と実際とが衝突することはないが。しかし、商品交換のなかでの等価物の交換は、たんに平均数として存在するだけで、個々の場合には存在しないのである。

 このような進歩があるにもかかわらず、この平等な権利はまだつねにブルジョア的なワクのなかに制限されている。生産者の権利は、彼の給付する労働に比例する。平等は、同一の尺度 ―労働― で計られる点にある。だが、ある者は、肉体的または精神的に他の者にまさっているため、同じ時間内により多くの労働を給付し、あるいはより長い時問の労働をおこなうことができる。そして、労働が尺度の役割を果たすには、その時間か強度かによって規定されなければならない。そうでなければ、それは尺度ではなくなる。この平等な権利は、不等の労働にとっては、不平等な権利である。誰でも他の人と同じく労働者であるにすぎないから。この権利はなんの階級差異をもみとめない。しかしそれは、不等の個人的天分を、したがってまた不等の労働能力を、生まれながらの特権として黙認している。だから,それは内容からいえば、すべての権利とおなじように、不平等な権利である。

 
権利は、その性質上、同一の尺度をつかう場合にだけなりたちうる。ところが、不平等の個人(彼らが不平等でなければ、別々の個人とはいえないであろう)を同一の尺度で計ることができるのは、ただ彼らを同一の視点のもとにおき、ある一つの特定の面だけからこれをみるときにかぎる。たとえばこの場合には、人々はただ労働者とみなされるだけであって、それ以外のなにものともみなされず、他のことはいっさい無視されるのである。さらに、ある労働者は結婚しており、他の労働者は結婚していないとか、ある者は他の者より子供が多い等等。だから、労働の出来高は平等であり、したがって社会的消費財にたいする持分は平等であっても、ある者は他の者より事実上多くうけとり、他の者より富んでいる等々。

 これらすべての欠陥をさけるためには、権利は平等ではなく、不平等でなければならないだろう。しかし,これらの欠陥は、長い生みの苦しみののち、資本主義社会から生まれたばかりの共産主義社会の第一段階では、避けることができない。権利は、社会の経済的構成およびそれによって制約される社会の文化的発展を越えることは、けっしてできない。



社労党・山田明人「社会主義論」の「生産手段の共有化――生産の意識的な組織」より
今回は資本主義との関連の中で社会主義について考えてみましょう。すでに第九回の所で、資本主義は生産力の絶対的な発展の傾向をもつが、それはその生産様式と衝突せざるをえないこと、その解決のためには資本主義では管理しえなくなった生産力を公然と社会の手に移すことが必要なことをみました。つまり、資本家が独占している生産手投を社会全体の共有財産に移すことです。

 これは、まず搾取の、そして階級一般の廃止を意味します。資本主義は、商品交換つまり“等価交換”の社会ですが、それは形式上、概観上のものであって、その内容は資本による不払い労働の一方的な取得であり、労働者の搾取でした。労働者は生産のための本質的契機である生産手段を所有しておらず、生きるためには資本に労働力を切り売りせざるをえないこと、従って労働者は資本に無償で不払い労働=剰余労働を提供することなしには労働することも生活することもできません。こうした搾取の関係こそ、資本家的生産関係(そこから必然化する資本家的所有)ですが、この関係の廃止を全生産手段の社会的共有化の主張は示しているのです。

 搾取の廃止、そして階級の廃止は、人類にとって長い間一つの理想にすぎませんでした。しかし、資本主義は生産力を飛躍的に発展させ、生産を資本主義の枠内で徹底して社会化させ、又自らの墓掘り人たる労働者階級を成長させることによって、この理想に向けた物質的準備を十分に成し遂げたのです。そして、全生産手段を社会の共有財産に移すことによって、人間はそれまでの生産物による生産者の支配から、生産者が生産物を支配することになります。社会主義は、資本主義が生み出した豊かな生産を人間の意識的な統制におくことを意味するのです。

 資本主義では、生産手段は資本として労働者に対立し、死んだ過去の労働が生きた労働を支配しました。資本主義的生産は、ただ盲目的に作用する自然法則として自己を貫き、「社会的理性」は事後になってからはじめて発現(マルクス)しました。社会主義とは、こうした生産の無政府状態に代って、全生産手段を社会が掌握することによって、社全会体ならびに各個人の欲望に応じた生産の社会的・計画的規制を組織しようということなのです。エンゲルスは「空想から科学へ」の中で、次のような簡潔な形で述べています。「社会による生産手段の掌握とともに、商品生産が廃止され、したがってまた生産者にたいする生産物の支配が廃止される。社会的生産の内部の無政府状態にかわって、計画的、意識的な組織があらわれる」。

 すでに労働者にとってこのような社会的生産の自覚的・意識的な再組織は何の不都合もありません。今では労働はすべて他人や社会の欲求のために行なわれています。一般的分業の中で、誰も自分の労働だけで生活を営むことはできません。すべての労働は社会的な総労働の一部分にすぎず、社会主義的生産はこうした労働の社会的性格をそのまま承認し、社会的な共同労働として意識的に再組織することなのです。

 最後に共産党の「私有財産擁護」の主張についてふれておきましょう。彼らは、エンゲルスの、社会主義では「一方では、生産の維持と拡大のための手段としての直接に社会的な取得によって、他方では、生産手段と享楽手段としての直接に個人的な取得によってとってかわられる」という文章を引き合いに「社会主義日本でも個人の私有財産は擁護される」などとデタラメをいっています。社会主義においても、社会的再生産のための労働も個人的消費のための労働も双方とも必要なことは自明ではないでしょうか。むしろ、社会主義とは、こうした配分(必要なら、労働不能者等の社会的控除も考えて)を全社会的な規模で意識的・計画的に行っていくところにこそ、その意義があるのです。そもそも労働者は私有財産=生産手段をもってないから労働者です。この擁護とは生産手段の共有化=私有財産の廃止の意義を何一つ理解しない、それを恐れる小ブルジョア的なタワ言以外ではありません。

 まず、真性過渡期社会とはどういう時代であるのか、耳を傾けてみる。マルクスは、『ゴータ綱領批判』(1875年4月―5月初め)で次のように解説している。「共産主義社会のより高い段階において、すなわち、分業への個人の奴隷的従属が消滅し、それとともに精神労働と肉体労働との対立が消滅したのち、労働がたんに生活のための手段であるばかりでなく、労働そのものが生活の第一欲求となったのち、個人の全面的な発展にともなって生産力も増大し、協同社会的富のあらゆる泉がいっそうゆたかにわきでるようになったのち―そのときはじめて、ブルジョア的権利のせまい限界を完全にふみこえることができ、社会はその旗のうえにこう書くことができる。―各人はその能力に応じて働き、各人にはその必要に応じて分配する!」


マルクス以前のユートピア論
 ところで、マルクスによって考究された社会主義-共産主義論に以前に、どのようなユートピアが構想されていたのかスケッチしておくことも意味があるであろう。これを概略見ておくことにする。

 まず、16・17世紀において「理想的社会状態のユートピア的描写」が為されており、トマス・モーア(英・)の「ユートピア」(1516)、トマソ・カンパネラ(伊・)の「太陽の都」(1623)が知られている。

 18世紀に入ると、むき出しの共産主義理論が現れている。モレリ(仏・)の「自然の法律」(1755)、マブリ(1709−1785)も「所有の不平等が社会悪の根本原因であることを主張し、これを除くためには理性と正義とに基づく立法が必要だと説いていた」。

 フランスの啓蒙家達(ヴォルテール、ディドロ、ルソー)らも又宗教、自然観、社会観、国家秩序等のあるべき諸原則と理想的形態について言及していた。

 18世紀後半から19世紀にかけて「三大空想的社会主義者」と云われるサン・シモン(仏・1772−1837)、フーリェ(仏・)、ロバート・オーウェン(英・)が活躍した。マルクス主義の見地から見て次の点で不十分であったと総括されている。「@・社会主義を絶対的な真理と理性と正義との表現であるとみなし、いわば上部構造上での思弁に終始していた。A・一度発見されさえすれば、ひとりでに世界を征服する力のあるものとし、いわば非弁証法的な欠陥を有していた。B・絶対的な真理は、時間、空間及び人間の歴史的発展と関わりの無いものであり、それがいつ又どこで発見されるかは全くの偶然としており、いわば歴史の弁証法的発展法則を解明し得なかった」。

 マルクス主義は、こうした思想材料を元手に更に思惟を深め、社会と歴史の徹底した洞察から生み出されたという経緯を持っている。このことが知られねばならない。


マルクス社会主義論批判
 ルドルフ・ブルトマンは、『歴史と終末論』(岩波書店)の中で、次のように批判している。概要「マルクスのうちにあるこうした非現実的とも思える幻想は、人間の理想的な状態についてのマルクスの神話として理解できるだろう。それはキリスト教的な終末論の世俗化された形態であるとさえ言えるかもしれない。。キリスト教の終末論がそうであるように、それは歴史の終わりに想定されていて、それが目標となっている限りにおいて、現実の歴史に一定の影響を与えるようなものなのだ」。
 
 マルクス主義は「宗教」を否定しようとしたが、その後のマルクス主義運動の現実のありかたはきわめて宗教に似ている。マルクスは「宗教」の問題が形を変えて繰り返し現れると考えていたが、皮肉にもそれはマルクス主義それ自体にこそあてはまることだったのかも知れない。


れんだいこのマルクス主義的共産主義社会論に対する気づき
 以上、概略マルクス主義における共産主義的社会論を見てきたが、従来の論議に見落とされているところを指摘して、れんだいこの私見を述べてみたい。
 
 「マルクス主義における共産主義的社会論」に気づくことは、極めて抽象概念的にしか語られていないということである。それは事柄の性質上そうならざるを得ないにしても、漠然と受け流すならユダヤ―キリスト教的「天国パラダイス論」、仏教的極楽論、思想的ユートピア論と何ら違わない。ところが、「マルクス主義における共産主義的社会論」にはそれらと少々違う共産主義的社会の要件が明示されて居ることに気づく。である以上、マルクス主義者足らんとすれば、その要件を継承するのが筋であろう。だがしかし、その後のマルクス主義者はそれを継承してきたであろうか。

 その要件を、「@・各人の自由な発展が万人の自由な発展のための条件となるような、一つの協働体、A・生産者の自由で平等な協同に基づいた生産を新たにする社会、B・各人はその能力に応じて、各人はその必要に応じて受け取る共産主義社会」の規定から導き出すとすれば、次のように云える。少なくとも、@・相互に自由の満喫化方向への歩み、A・生産者の自由で平等な協同に基づく協働体社会、B・各人の能力や嗜好が認められ尊重される共産主義社会というイメージが描かれていることが判明する。これを一綴りに要約すれば、「生産者の自由で平等な協同に基づく協働体社会にして、各人の能力や嗜好が認められ尊重される自由の発展としての共産主義社会」ということになる。

 さて、全く抽象的な青写真であるが、このテーゼに対して反対のことばかりしてきたのが、その後のマルクス主義運動ではなかったか。この文脈の中に、@・国家統制的生産管理、A・民主集中制という名の裏での党中央のご威光政治、B・自由の抑圧としての反対派排除、粛清、C・治安維持法的監視システム、D・満場一致的翼賛運動がどこに詠われているだろうか。つまり、当人がマルキストを自認していようとも、本質的にその反対の運動をやってきた累々たる歴史があるばかりではなかろうか。

 2003.1.10日れんだいこ拝




(私論.私見)



一八七一年四月〜五月執筆の『フランスにおける内乱』第一草稿のつぎのような、コミューン対国家の把握、マルクスの「疎外国家論」の真髄、すなわち、「コミューンは、人民大衆の抑圧者によって横領され、人民大衆の敵によって人民大衆を抑圧するために行使されてきた社会の人為的な強力(人民大衆に対立させられ、人民大衆に対抗して組織された人民大衆自身の力)の代わりとしての、人民大衆の社会的解放の政治形態である。」(『フランスにおける内乱』、国民文庫、一四五ページ)にストレートにつながっているのであります。そしてそれと前後する「ヘーゲル法哲学序説」における、「人間の完全な喪失であり、したがってまたただ人間の完全な回復によってだけ自分自身をかちとることのできる領域」、つまりプロレタリアートに、全般的解放のにない手をさぐりあてる哲学。私はこの辺のマルクスの哲学思想は、依然高く評価すべきものと考えています。