32512−5 社会分析論その六、イデオロギー論、主体の意味論

イデオロギー論
 マルクス主義は、社会の様々なイデオロギーに対して階級的な利益の反映を見て取ろうとする。このことを「経済学批判」の序文の一説で次のように述べている。「このような諸変革の考察に当たっては、経済的生産緒条件における物質的な、自然科学的に正確に確認できる変革と、それで人間がこの衝突を意識するようになり、これと闘って決着をつけるところの法律的な、政治的な、宗教的な、芸術的または哲学的な諸形態、簡単にいえばイデオロギー諸形態とを常に区別しなければならない」

 マルクス主義的観点は、
「人間の意識が彼等の存在を規定するのではなく、彼等の社会的存在が彼等の意識を決定する」であり、この観点を踏まえて、人間の意識、イデオロギーに対して、それがいかに一人歩きしているように見えようとも、社会的実体の基礎である「経済的土台」に規定されている面を見ようとする。このことについて「フォイエルバッハ論」で概述されているが、国家イデオロギー、哲学、宗教等が仮に物質的・経済的基礎から遠ざかっているように見えようとも、連関は存在しており、そこには階級的利益を反映しているとしてその分析に向かうことを作法とする。

 エンゲルスは、「反デューリング論」の中で、
「イデオロギーが、事実から出発せずに『原理』から、頭の中で考え出したものから出発するところに、その誤りがある」と指摘している。「Fメーリングへの手紙」(1893年)の中で、「国家制度や、法体系や、それぞれの特殊分野におけるイデオロギー的諸観念が独自の歴史を持っているかのようなこの外見こそ、大多数の人々の目を何にもましてくらましている」とも述べている。

 但し、次のように注釈している。「イデオローグたちの次のような馬鹿げた考えも、このことに関係がある。曰く、我々は、歴史上ある役割を演じている様々なイデオロギー部面に対して独自の歴史的発展を認めないのだから、それらの部面に対してまたどんな歴史的作用をも認めていないのだ、と。こういう考えの根底にあるのは、原因と結果を固定的に対立する両極と見る、ありきたりの非弁証法的な考え方、交互作用の完全な忘却です。ある歴史的要因がひとたび他の、究極的には経済的な諸原因によってこの世に生み出されると、それはいまや反作用をも及ぼすということ、その環境や、


支配的イデオロギー論
 マルクスは、「ドイツ・イデオロギー」の中で次のように述べている。支配階級の思想は、いずれの時代でも、支配的思想である。ということは、社会の支配的物質的力であるところの階級は、同時に社会の支配的精神力であるということである。物質的生産のための手段を意のままにし得る階級はそれと同時に精神的生産のための手段を自由に操ることができるのであるから、そのために概して云えば、精神的生産のための手段を欠く人々の思想は支配階級の思いどおりにされる状態におかれている。支配的思想は、支配的な物質的諸関係の観念的表現、思想のかたちをとった支配的な物質的諸関係以外のなにものでもない」


主体の意味社会変革運動におけるマルクス主義者としての主体性の問題考
 マルクス主義理論の客観主義的偏向と主体性の問題の結合はいまだ未解明な領域である。かって戦後の早い時期「主体性論争」が為されたと聞く。が、どういう角度で何が議論され争われたのか詳細を知らない。まことに惜しい限りである。そのこととは別に、れんだいこ流の主体性論をスケッチしておくことにする。

 マルクス主義における主体性論の意義は、マルクスがプロレタリアートをして、革命事業の主体者と措定したことに拠っているのではなかろうかと思われる。どういうことかというと、資本主義の下ではプロレタリアートは社会の実質的な生産階級ではあるが、にも関わらず実際にはブルジョアジーの資本のくびきの下に労働力の支出者その対価としての賃金労働者としての意義付けしかもたらされておらず、疎外現象が集中的に現れる階級である。もっとも、その後の修正資本主義化の過程で市民社会論が形成され、今日では議会主義政策の下に一定の社会への参加が組み込まれているように見える。

 だがしかし、マルクスが指針させたのはそのような「一定の社会への参加」ではなかった。プロレタリアートが社会的に置かれている階級的位置と役割は、時代の社会の主人公たるべき地位にあり、このことに目覚め向自的にそうした社会を創出するよう決起することの扇動であった。繰り返すが、プロレタリアートこそが現在と未来につながる真の生産階級であることからして、次の社会体制では社会の主人公・経営者・管理者となる資格を有するのであり、このことを自覚するよう鼓舞していたのではなかったか。早くこの自覚を得て、プロレタリアートが資本のくびきから解き放たれるよう、階級的団結と労働の協働化を推し進め、支配階級の地位へのし上がることを期待していた、のではなかったか。

 これを受けて、では、個々の労働者が、この事業達成に向けて、如何に主体的に関わるべきか、その労働現場における協働と生産管理、経営主体者、地域コミュニティー運動への積極的参加、前衛党との関係付けにおける能動的関わり方の手法の考察等々、ここにマルクス主義の主体性論考察の意義があるように思われる。

 この観点からの理論的創造及び実践はまだ曙光にすら無い。そのことの欠如が、次のような嘆きを伝えることになる。「我々は理論的に唯物史観を信じ、社会面においては実践しているが、ひとたび、私的生活に入ると封建的なるものを甘受し、敢えて、それに、反作用しようとしないが、社会的生活面と共に、私的生活面においても、変革してゆくことが重要であり、往々このことが閉却されている」。この嘆きは私的生活と党派生活の乖離を問題にしている。このセンテンスで云えばなるほど私的生活と党派生活の区別と連関の絡みとして主体性問題があるように思われる。

 ところが実際には、このような観点から主体性論が考察されることは無いからして未開拓な領域となっている。れんだいこの知る限りのこれまで為されてきた「主体性論争」とは、マルクス主義の歴史法則論による社会主義・共産主義社会必然論的理解に対して、では個人の歴史に関わる意味とか価値をどのように理解すればよいのか、という極めてシニカルな問題として論議されたに過ぎないのではなかったか。

 もうひとつ、革命事業の前衛党たる共産党の組織論である党中央の「民主集中制」指導に対して、その指導に服する際の個人の自律性、自発性をどのように保障すべきか、という極めて痛苦な問題として論議されたのではなかったか。もっとも、そうした観点の是非問題が前段階的に議論されたに過ぎないのではあるが。これらが主体性論ではないとは云えないが、随分初歩的な論議でしかないように思われる。

 してみれば、これまで為された「主体性論争」とは、いわば前座の段階であり、本来考察されるべき「時代の牽引者」、「社会の責任主体者」、「事業の経営者」を目指す主体形成論の端緒にさえ辿り着いていないということになるのではなかろうか。この主体性の自覚とそれによる労働及び社会への協働的参加は、資主義社会下の中で胚胎され、つとに向自的に育成されていかねばならないのではなかろうか。革命後に突如として眼前の課題として迫ってくるのではなく、次代の社会建設を担う者の責任問題として、革命闘争の日々の試練の中にその意欲と能力を練成しておかねばならないのではなかろうか。

 ある意味では、この質の高さが革命を成功裡に導き出すものであり、この質の程度に応じて革命闘争が試行錯誤するという関係にあるのではなかろうか。それを思えば、よほど重要な考察課題であろう。事実、史上成功した革命的闘争は、この質の高さのあるところでのみ成功裡に導かれたことが判明している。それに比して、「先進国革命論」にうつつをぬかす党派が一様に凋落しているのは、この質の低さによってであり、故の無いことではないのではなかろうか。


生産管理闘争の向自的展開を
 奇妙なことは次のことである。社民的労働組合が資本論理の側に迎合屈服した運動を展開する他方で、生産管理と経営能力を獲得しつつあるとしたら、それは興味深いことである。左派的労働組合がこの両面を見ず、ただ口先だけの万年資本批判運動に明け暮れ、いつまでたっても生産管理と経営能力の獲得に向かわないとすれば、それは随分安直な運動に過ぎないのではなかろうか。労組運動、政党運動とは、本質的に見てそれほど厳しい、楽しい、意欲的な運動として在るべきではなかろうか。

 次の観点は、さし当り参考にはなる。他に見当たらないので掲げておく。問題は、「唯物論の立場に立ってこそ初めて正しく解決し得る」とは云っているが、構えだけであり、中身のある積極的提言に向けては少しもメッセージしていない不思議な文章であるというところにある。「唯物論が従来、主体を軽視してきたということは絶対に有り得ない。なるほど主体を観念論的に追及しなかったかも知れぬ。しかし、それをもってして唯物論が主体を軽視してきたとはいいえない。唯物史観における主体の能動的実践性が、革命の為の主体の実践力が、強調されてきた。がしかし、主体を主体として、独自の問題として取り上げ、論ずることが比較的少なかったという事実は認めねばならない。しかし、それは解決し得る、いや、唯物論の立場に立ってこそ初めて正しく解決し得る問題なのだ」(黒田寛一)。




(私論.私見)