32512−2 社会分析論その二、体制論としての有機的社会構造論(下部・上部構造論)

 マルクスは、社会には階級が存在し、その釣り合いと抗争を通じて社会が発展しつつあること、今日の社会の資本主義的体制はそうした歴史必然的な発展行程であり、その仕組みは生産活動における剰余価値の分け前の仕方にあるという基本構造を分析した。更に、資本主義が、社会を一握りのブルジョアジーと圧倒的多数のプロレタリアートという二大階級へ分岐させる、恐らく最後の階級社会になると予見していた。

 この階級規定において、レーニンは次のような説明を試みている。
「階級というのは、歴史的に規定された社会的生産の体制の中で占めるその地位が、生産手段に対するその関係(その大部分は法律によって確認され、成文化されている)が、社会的労働組織の中での役割が、従って彼らの自由にし得る社会的富の分け前の大きさが違うことによって、そのうちの一方が他方の労働を我が物とすることが出来るような、人間の集団を云うのである」(「偉大なる創意」)

 マルクスがその次に為したことは、そうした経済システムの中でいかに社会が有機的に結合しているかその分析に向かうことであった。れんだいこは、この考察に一章割いて、「マルクスによる有機的社会構造論(下部・上部構造論)」とみなして聞き分けすることにする。

 マルクスは、1859年に執筆した「経済学批判序文」の中で、次のように記している。
「私の研究の到達した結果は次のことだった。すなわち、法的諸関係並びに国家諸形態は、それ自体からも、またいわゆる人間精神の一般的発展からも理解されうるものではなく、むしろ物質的な諸生活関係に根ざしているものであって、これらの諸生活関係の総体をへ−ゲルは、18世紀のイギリス人及びフランス人の先例にならって、『市民社会』という名のもとに総括しているのであるが、しかしこの市民社会の解剖学は経済学のうちに求められなければならない、ということであった」。つまり、「市民社会の解剖学は経済学のうちに求められなければならない」、これがマルクス主義社会理論の始発となった。

 
「私の研究にとって導きの糸として役立った一般的結論は、簡単に言えば次のように定式化することができる。人間は、彼等の生活の社会的生産において、一定の、必然的な、彼等の意志から独立した諸関係に、すなわち、彼等の物質的生産諸力のある一定の発展段階に照応する生産諸関係に入る。これらの生産諸関係の総体は、社会の経済的構造を形成する。これが実在的土台であり、その上に一つの法律的及び政治的上部構造がそびえ立ち、そしてそれに一定の社会的諸意識形態が対応する。物質的生活の生産様式が、社会的、政治的及び精神的生活過程一般を制約する。人間の意識が彼等の存在を規定するのではなく、むしろ逆に彼等の社会的存在が彼等の意識を規定するのである」。これが、マルクス主義の「体制論としての有機的社会構造論(下部・上部構造論)」の定式である。

 エンゲルスは、マルクスのこの定式の発見について「カール・マルクス経済学批判」で次のように記している。
「『物質的生活の生産様式が、社会的、政治的及び精神的生活過程一般を制約する』という命題、すなわち、歴史の中に現れる全ての社会的、国家的諸関係、全ての宗教的、法律的体系、全ての理論的見解は、それらに対応するそれぞれの時代の物質的生活諸条件が理解され、そして前者がこれらの物質的諸条件から導き出される場合にのみ理解され得るという命題は、単に経済学にとってばかりではなく、全ての歴史科学(自然科学ではない全ての科学は歴史科学である)にとっても、革命的な発見であった」

 この社会が如何に発展し、或る時期よりその発展を阻害し始めるのか、マルクス主義はここに着目する。というか、ここにマルクス主義の核心がある。曰く、「社会の合法則的発展を目指すのなら革命しかなくなる。歴史はそのように創られてきた。辿り着いたブルジョア社会も同じ法則で覆される日がやってくるであろう。否、意識的に覆すべきだ。その過程も革命後も、人類の叡智を結集して、科学が自然法則に従うように社会が社会科学されねばならない」(れんだいこ要約)。

 マルクスはこのことを次のように述べている。
「社会の物質的生産諸力は、その発展のある段階で、それらがそれまでその内部で運動してきた既存の生産諸関係と、あるいはそれの法律的表現に過ぎないものである所有諸関係と矛盾するようになる。これらの諸関係は、すなわち生産諸関係は、生産諸力の発展諸形態からその桎梏に一変する。その時に社会革命の時代が始まる。経済的基礎の変化と共に、巨大な上部構造全体が、あるいは徐々に、あるいは急激に変革され覆(くつがえ)る」

 
「このような諸変革の考察にあたっては、経済的生産諸条件における物質的な、自然科学的に正確に確認できる変革と、それで人間がこの衝突を意識するようになり、これと闘って決着をつけるところの法律的な、政治的な、宗教的な、芸術的または哲学的な諸形態、簡単に云えばイデオロギー諸形態とを常に区別しなければならない。ある個人が何であるかをその個人が自分自身を何と考えているかによって判断しないのと同様に、このような変革の時期をその時期の意識から判断することはできないのであって、むしろこの意識を物質的生活の諸矛盾から、社会的生産諸力と生産諸関係との間に現存する衝突から説明しなければならない」

 だがしかし、「有機的社会構造論(下部・上部構造論)」はあくまで社会構造分かりやすくする為の図式見取り図であり、公式主義化されるべきものではない。エンゲルスは、「ヨーゼフ・ブロッホへの手紙」(1890年)の中で、次のように注意を促している。
「唯物論的歴史観によれば、歴史において最終的に規定的な要因は現実生活の生産と再生産である。それ以上のことをマルクスも私も今までに主張したことはありません。さて、もし誰かがこれを歪曲して、経済的要因が唯一の規定的なものであるとするならば、先の命題を中味の無い、抽象的な、馬鹿げた空文句にかえることになります。経済状態は土台です。しかし、上部構造の様々な諸要因−階級闘争の政治的諸形態と、闘争の諸結果−戦いを勝ちとったのちに勝利した階級により確定される等の諸制度−法形態、はたまたこれら現実の諸闘争全ての、これに関与した者達の頭脳への反映、すなわち政治的、法律的、哲学的諸理論、宗教的見解とその教義体系への発展が、歴史的な諸闘争の経過に作用を及ぼし、多くの場合に著しくその形態を規定するのです。それはこれら全ての要因の相互作用であり、その中で結局は全ての無数の偶然事(すなわちその相互の内的な関連があまりにも隔たっているか、またはあまりにも証明不可能であるがために、我々としてはそのような内的関連が存在しないとみなし、無視することができるような物事や事件のことです)を通じて、必然的なものとして経済的運動が貫徹するのです。そうでなければ、ある任意の歴史上の時代への理論の適用は、簡単な一次方程式を解くよりもやさしいことになるでしょう」

 末尾の「そうでなければ、ある任意の歴史上の時代への理論の適用は、簡単な一次方程式を解くよりもやさしいことになるでしょう」に耳を傾けるべきである。マルクス主義を宗教者が説くような真理観で護持武装し、社会事象を簡単な一次方程式を解くよりもやさしく説いて見せ、それに拝跪するよう説教し続ける党中央が現出したとしたら、それは似非マルクス主義でありというかマルクス主義の冒涜であり敵対であり落とし込めるものであろう。 

 



(私論.私見)