32512 社会分析論その一、経済論としての剰余価値論

 マルクス主義の独特の認識論、それに基づく世界観を見てきたが、マルクスが挑んだのは、そうした認識法・世界観を援用しての社会観の獲得、その裏づけとしての歴史分析であった。 これについて、エンゲルスは次のように云っている。「フォイエルバッハが、単なる自然科学的唯物論は『人間の知識の建物の基礎ではあるが、建物自身ではない』と主張するとき、それは全く正しい。というのは、我々は自然の中に生きているだけでなく、人間社会のうちにも生きており、そしてこの人間社会もまた、自然に劣らず、その発展の歴史とその科学を持っているからである。従って、問題は、社会に関する科学、すなわち、いわゆる歴史的及び哲学的諸科学の全体を、唯物論的な基礎と一致させ、この基礎の上で再建することにあった。しかしこれはフォイエルバッハには不可能であった。ここではフォイエルバッハは、その『基礎』において唯物論的であったにも関わらず、相変わらず伝来の観念論的な絆にとらわれていた」

 つまり、フォイエルバッハが哲学上の思弁世界で唯物論者に止まっていた傾向に対し、マルクスは戦闘的唯物論とでも云える立場からあたかも自然科学に接するように社会科学の建設に向かった、ということになる。その際の旗印は、
「自然科学に接する際の個々の事実の間に大きな連関を見出すという方法で社会をも科学する」という作法であった。

 この時着目されたのは、地動説の衝撃をそれとして受け継ぎ、更に当時の「三大発見」であった@・細胞理論、A・エネルギー転化論、B・進化論であった。
「この三大発見とその他の自然科学上の巨大な進歩のお陰で、今では我々は、自然界の諸過程の間の連関を個々の領域で明らかにし得るだけでなく、個々の諸領域間の連関をも大体において明らかにし得るようになり、こうして経験的自然科学そのものが与える事実によって、自然の連関の概観をおおよそ体系的な形で描き出し得るに至っている」、「かくして自然もまた一つの歴史的な発展過程であることが知られるようになったが、ところでこの自然について云える事は、社会の歴史についてもそのあらゆる部門にわたって言えるし、また人間的な(及び神的な)事物を取り扱う全ての学問についても云える」のではないのかという観点から、「人間社会の歴史を支配的な法則として貫いている一般的な運動法則を発見する」ことが任務となった。エンゲルスは、マルクスの葬儀の際の弔辞で「ダーウィンが生物界の発展法則を発見したようにそれを為したと述べている。

 こうして、マルクスは自身が確立した唯物弁証法により、社会を科学していった。こうしてマルクスは社会を様々に分析していくことになったが、とはいえマルクスが如何に天才的とはいえその手法を全て自身で紡ぎだし得た訳ではない。先行して為されていた諸研究の成果を読みこなし、自身の思想に鍛えなおしていった。ここにマルクスの非凡性もはや殆ど天才性と言い換えたほうが的確なほどの偉大さがあった。

 こうしたマルクス主義的手法による社会分析に寄与した諸政治理論を概括しておくと次のように云える。
@ サンシモンの国家死滅論
A フーリェの階級闘争論
B バブーフの暴力革命論
C ブランキーの独裁政治論
D プルードンの経済分析
 などが先行しており、これらのエキスを抽出し、「さらに独自の歴史観として形成しつつあった唯物史観に基づく『資本主義没落の必然性の理論』を組み合わせて、自己の政治理論を形成した。そしてその考え方は、1848年2月に世に送り出した『共産党宣言』の中に華々しく展開しているのである」(「左翼運動」)。

 例えば、マルクスは、プルードンに対して「聖家族」の中で次のように言及している。
「ところが、プルードンは経済学の基礎たる私有財産に、批判的検討を、しかも最初の決定的な遠慮の無いそれと同時に科学的な検討を加えている。この点は、彼が為し遂げた大きな科学的進歩であり、経済学を革命し、真の経済科学を初めて可能にした進歩である。プルードンの著作『財産とは何か』は、近代経済学にとり、シェイエスの著作『第三身分とは何か』が近代政治学に対して持ったものと同じ意義を担っている」

 こうしてマルクスに先行して為された各界の偉業績を咀嚼しつつ、マルクスは独自的な二つの新発見を有機的に結合することで、それらがなお持っていた限界を踏み越えることに成功した。一つは、資本主義的な経済システムにおける剰余価値が生み出される過程とその発展あるいは矛盾ないし衰亡に関する洞察(剰余価値による資本主義的生産の秘密の暴露)であり、これは一般に
剰余価値論と云われる。もう一つは、社会構成体の中に動脈として脈打つ階級の存在とその拮抗ないし闘争の歴史、歴史における革命の必然性に関する洞察であり、これは一般に階級闘争論による唯物史観と云われる。

 その眼目は次のところにあった。意訳概要
「マルクスにより『唯物史観』と『剰余価値による資本主義的生産の秘密』が発見され、この二つの発見が社会主義理論を科学的なものにした。マルクス以前の例えば『偉大な空想的社会主義者』サン・シモンらのいう社会主義の限界は、資本主義的生産方法と不可分に結びついている労働者階級の搾取をいかに猛烈に非難しても、搾取がどこに存在するのか、それはいかにして発生するのかを明瞭に説明することはますますできなかった。これを説明する為には、資本主義的生産方法を一方でその歴史的関連において示し、一定の歴史的時期におけるその必然性を、したがってまた、その没落の必然性を示すことが必要だった。今後に何よりもまず重要なことは、この科学をそのあらゆる細目と連関について更に仕上げていくことである」

 ここでは社会分析論その一として剰余価値論を取り上げる。エンゲルスの云いを意訳すれば、マルクスは晩年心血を注いで大著「資本論」(1867−1894年)に取り組み、資本制社会の歴史的解明に傾注した。第一巻を世に問うたまま未完となったが、エンゲルスがマルクス死後その草稿を整理し、第二巻、三巻を出版した。今これを手にするのに、マルクスが徐々に論を積み上げた様はまさに圧巻である。以来、社会主義思想が「ますます科学になった」ということになる。


マルクス主義の社会分析は、経済の役割を重視する。その第一歩として商品の価値分析から入る(古典派経済学の限界を止揚した)。

 唯物史観は、次の命題から出発する。「生産が、そして生産の次には生産物の交換が、あらゆる社会制度の基礎であること、歴史上にあらわれたどの社会においても、生産物の分配はそれとともに諸階級または諸身分への社会の編成は、何がどのように生産され、また生産されたものがどのようにして交換されるかによって決まるということ、である」。 従って、概要「いっさいの社会変動と政治的変革の究極の原因は、生産と交換の様式に求めるべきこと、『哲学にではなくその時代の経済に求める』必要がある」

 かくて、マルクス主義では経済学が格別重視される事になる。その最初の打ったてとして価値論の検討に向かった。マルクスは、哲学においてヘーゲルの弁証法を学んだ(止揚した)と同じように、経済学においては、古典派経済学の成果を批判的に摂取しながら資本主義の全面的分析を行った。

 すでに
アダム・スミス(1723−1790)を元祖とし、リカード(1772−1823)を代表とする古典派経済学の水準において、商品は「使用価値であると共に(交換)価値である」という「商品の二重価値」分析と価値の実体が労働であることが考察されていた。これを労働価値説と云うが、次のように見立てていた。資本主義制度のもとに生産される社会の富は商品生産を基底としており、商品の価値は、これを生産するのに社会で平均的に支出される労働量によって決まる。この場合の労働量とは、個々の労働者のそれぞれの技能によって異なる労働時間ではなく、その商品を生産するために社会的普通に必要な平均労働時間を云う。社会的必要労働時間とは、社会的標準的な生産条件と、社会的平均的な労働の熟練及び強度をもって何らかの使用価値を造り出すに必要な労働時間を云う。

 既に、古典派経済学者達の時代において、このように商品の価格のカラクリ及び社会的労働の分析を獲得していた。問題は、マルクスから見て、古典派経済学者達が資本主義(そして商品生産)の歴史的な性格について考えが及ばなかったことにあった。彼らは商品生産を社会的生産の唯一の形態と信じていたために特殊資本主義が持つ独自の性格を把握することが出来なかった。

 アダム・スミスは、
「国富論」その他を著し、自由市場を擁護し、その自由放任主義を唱えた。「人々が自由に振舞えば、神の見えざる御手(invisible hand)が働いて、最大多数の最大幸福(the freatest happiness of the greatest number)が達成される」とみなしていた。それは勃興期の資本主義を擁護するイデオロギーとして機能していた。そこには恐慌問題、労働者の失業問題の視点は無かった。

 マルクスは、こうした古典派経済学理論(労働価値説、分配論)を学びそのエキスを摂取した。但し、古典派経済学が専ら資本家の企業活動を擁護する理論として資しており、資本のくびきの下で働く労働者の生活に役立つ視点が無いことを見抜き、古典派経済学の限界を止揚する責務を決意した。このことを次のように云っている。
「なるほど経済学は、不完全にではあるが価値及び価値の大きさを分析して、これらの形態のうちにかくされている内容を発見した。だが経済学は、なぜこの内容がかの形態をとるのか、すなわち、なぜ労働が労働生産物の価値でまたその時間的継続による労働の度量が労働生産物の価値の大きさで、自らを表示するのか?という問題をば、かって提起したことさえもないのである」

 このように問題を設定しているということは、マルクスがこの大事業に取り組むことを決意したということを物語っている。マルクスは、1859年に
「経済学批判」を書き上げ、その続刊として「資本論第一巻」の執筆へと向かっていくことになった。マルクスの死後、エンゲルスが遺稿を整理して、1887年に「資本論第二巻」、1894年に「資本論第三巻」を世に出している。マルクスの「資本論」は、「その構成の面でも、方法論の面でも(分析論理だけでなく、弁証法的論理の見事な適用において、ないしは緻密な分析力と広大な構想力によって)、資本主義的経済構造の仕組みとトータルな過程を明らかにした天才的な著作」と評価されている。その後のマルクス経済学者の能力如何に関わらず、この史的評価は変らない。

 その労作は、「
古典古代のギリシャいらい人類が生んだ三人の偉大な哲学者、社会科学者として、アリストテレス、ヘーゲル、マルクスをあげることができる。あともう一人あげるとすれば、マックス・ウェーバーである。近代の三人はすべてドイツ人になってしまった」との評価を受けている。

 してみれば、マルクス経済学を学ぶ第一歩として古典派の意義と限界をふまえて展開されている価値論の意義をはっきりと確認しておくことが大切であるといえる。

 以下、社労党の「マルクス主義入門」の「第7回 科学的社会主義の内実C価値”分析の意義――古典派の限界を止揚して」(山田明人)を参照し、修正を加えた。そこでは次のように纏めている。

 マルクスの価値論は、こうしたイギリスの古典派経済学の理論を批判的に総括しながら、展開されている。つまり、価値規定の内容においては、古典派の成果(価値とは労働の対象化であり、その大きさは労働時間によってきまる)をより一層厳密に仕上げるとともに、さらに価値の現われ方の構造や商品生産の歴史的な位相をも明らかにした。

 マルクスは、資本主義社会における一切の富の基本的形態として「商品」を位置付け、これを哲学的に読み取ろうとする。それによれば、「資本主義とは商品生産の全面的に発展した社会であり、商品生産とは私有財産制度のもとに相互に独立化されている私的生産者によって行われる社会的生産である。直接には私的な彼らの労働は、生産物の交換関係ではじめて独自の社会的形態を獲得する。すなわち、彼らの労働の生産物は、それらの交換の関係において使用価値としての千差万別にもかかわらず価値として相互に等置されること、従って彼らの私的労働も価値を形成する限りでそれらの差異を捨象され、無差別一様な人間労働、すなわち人間労働力の単なる支出の一定量に他ならないとされた。そしてこの一般的な人間労働の結晶(対象化されたもの)としての『価値』の形態において――生産物の価値というこの物的な形態において――はじめて商品生産者の労働は、社会がその欲望の充足のために支出する総労働時間中の一定量を意味するものとなった」。

 しかし、このことは古典派が価値の実体やその大きさを明らかにした意義を決してなくするものではない。むしろ、現在のようなブルジョア経済学の洪水の中では、この点の強調――価値とは社会的な人間労働が対象化したものであり、その大きさは労働時間の長さによって決まること――は必要だと思われる。彼らが、価値の大きさは需要と供給のバランスによって決まるとか、商品の有用性に規定されるとか、マルクスが引きついだ古典派の遺産そのものを攻撃していることを思えば。


マルクス主義の社会分析のその二として、貨幣の役割と物神崇拝(フェティシズム)に注目する。
 マルクスは貨幣の秘密についても次のように論じている。「どのような生産者もその生産物の使用価値を際限なく使い続けることは出来ない。そうすると、その生産物の使用価値は失われ、交換することによってしかその価値を取り戻すことが出来なくなる。ある生産者にとって余分な使用価値は交換されることによって、他の生産者にとっての使用価値になるのである。このようにして、商品はあたかもはじめから交換されるという性質を持っていたかのように貨幣と交換され、それを通して間接的に別の生産物と交換される。これがフェティシズムである」。

 「商品の世界が拡大するに従い、さまざまな商品のそれぞれの等価性を示すときに明確な基準が必要となってくる。そこでその中のある商品を代表させて,それと他の商品を交換するようになってくる。具体的には、金がそれだ。もともとは金自体は他の物と変わらない生産物の一つに過ぎなかったが、『金本位制』がおこるにともなって、金以外の商品同士は金の媒介なしには交換できなくなる。それに対して金は他のどんな商品とも交換できる普遍的な商品となるのだ。それが貨幣である」。
 
 このような役割を持って登場した貨幣と商品の関係について、マルクスは次のように文学的に表現して見せている。
「商品はみんな貨幣に恋する。が、恋路はなめらかではない」

 こうした意義と役割を持つ貨幣であるが、貨幣が史上に登場するや次第にパワフルになって行き、その最高の発展段階である資本主義経済体制下に至るや、貨幣が流通に奉仕する面は二義的になり、貨幣の為に全てが奉仕し、人間の労働も又貨幣の獲得を自己目的とするような現象を日常化させてしまうに至った。マルクスは、「疎外された労働」とこれを評し、あり得べき基盤に立脚させなければならないとした。あたかもヘーゲル的思惟方法を頭で立った哲学としてその逆転を目指した方法に似ているように思われる。

 エンゲルスは、『反デューリング論』(1876年9月―1878年6月)文中で、次のように述べている。「商品生産社会が商品自体に固有の価値形態をさらに貨幣形態にまで発展させると、価値のうちにまだ隠れていたさまざまな萌芽がたちまち表面に現われてくる。その最初の、もっとも重要な結果は、商品形態が普遍化することである。貨幣は、それまで直接の自家消費のために生産されていた対象にまで商品形態をおしつけ、それらを交換のなかに引きこむ。そこで、商品形態と貨幣は、生産のため直接に結合した社会的共同体の内部経済のなかにまで侵入し、この共同体のさまざまな紐帯をつぎつぎに断ちきり、共同体を解体させて私的生産者の群れにしてしまう」。


マルクス主義の社会分析のその三として、労働の意味と資本制社会での搾取の仕組みを解明する(剰余価値の発生の仕組みの分析)。
 こうして生産物の価値分析を通じて「価値とは社会的な人間労働が対象化したもの」と発見したマルクスは、いよいよ労働の意味の考察に入った。その前提としてブルジョアジーとプロレタリアートの階級分析を行う。それによれば、近代に入って社会は二大階級を登場させた。一つは、資本家階級=ブルジョアジーであり、社会的生産手段の所有者である。一つは、労働者階級=プロレタリアートであり、生産手段を持たぬ事から賃労働を提供する者である。この二大階級は相互に依存しつつ本質的に対立しており、やがて抗争の飽和点に達する時が必ず来ると洞察された。

 マルクスは、商品の分析における労働価値説を応用して、労働力をも特殊な商品であると見立てこれを分析した。それによれば、労働力という商品の価値は、その労働力を生産するのに必要な労働時間によって決められ、その労働時間を超えて労働した価値を
剰余価値とみなした。従って、労働は、労働者の労働力の価値と等しいだけの商品を生産するのに必要な労働を必要労働、この必要労働を超え労働者に労働させるのを剰余労働とに識別されることになり、剰余労働が資本家の利潤となると分析した。資本家はその生産過程を開始させるためには、生産手段労働力を手に入れなければならない。生産手段に投下する資金は不変資本であるが、労働力によって生み出される剰余価値が可変資本となり、資本家に利潤をもたらすことになる。

 この際の利潤の発生の仕組みは次のように数式化することができる。不変資本をCとし、可変資本をV 、剰余価値をSとする。資本家が初めに使う資本(投資資本)は【C+V】であり,資本家が生産過程を終えた後に得る資本は 【C+V+S】である。に対する比率を
剰余価値率と云い、剰余価値を生み出す効率を利潤率として、表わすと、 【S/(C+V) 】(全投資に対する利潤の比率)と数式化することができる。これによれば、 にたいする比率が増大すると利潤率が低下し、逆に にたいする比率が低下すると利潤率が向上する。この にたいする比率を資本の有機的構成というが、資本家は利潤をより高く生み出すよう資本の有機的構成を有利にしていくことになる。つまり、資本家と労働者の利益は対立する運命にある。

 マルクスによるこの剰余価値の分析は、エンゲルスによって「二つの偉大な発見」の一つにあげられている。マルクス以前の社会主義者も、労働こそが富をつくり出しているのに労働者はその一部しか手にすることができず貧困にあえいでいることを指摘していた。しかし、なぜどんな仕組によって搾取が行なわれているかを明らかにすることはできなかった。「従来の社会主義はたしかに現存の資本主義的生産様式とその結果を批判したが、しかしそれを説明することができなかったし、したがってそれを克服することも出来なかった。従来の社会主義はそれを簡単に悪いものと投げすてることができただけである」(「空想から科学へ」)。

 それでは、剰余価値が具体的にどこから生まれるのか、労働現場で考察してみると次のように云える。労働者は仮に8時間の「労働」に対する「対価」を賃金として受け取っているが、もし8時間労働に対して全部支払いが行われたら、資本はどこから利潤を手にすることができるのか? この資本主義的生産の秘密を明らかにしなければ、資本に対する非難は道徳的非難の水準をこえることはできない。

 マルクスは、これを次のように説明した。労働者が資本に売り渡すのは、「労働」でなく「労働力」である、「労働」と「労働力」とをまず区別しなければならない、とした。一見すると、賃金は「労働」に対する支払いであるかに見える。賃金とは一日8時間、月25日間労働して20万円、とかいった形で現象しているから。しかし、それは一つの仮象であって、資本が実際に支払っているのは「労働」に対する対価ではない。資本が労働者に支払う賃金とは、生産過程の中で労働者が行う労働に対してではなく、労働者の精神的、肉体的能力である労働力に対してである。この労働力の価値は、他の商品と同じようにその生産に必要な労働時間によって決定される。

 この大きさは、結局のところ、労働者を維持再生産するために必要な生活手段の価値に等しいことになる(これを仮に2時間としておきます)。ところが労働力という商品は、その使用価値が価値を生み出すという特別の性質をもっている。すなわち、資本家は労働者に支払った以上の価値を労働者を働かせることによって生み出させることができる。一日8時間労働させるとすれば、6時間分の労働を資本は労働者に支払うことなく手にすることが可能となる。こうした不払い労働によって生み出されたものが剰余価値であり、利潤の源泉である。

 勿論、資本はできるだけ安い賃金で、できるだけ長い時間、できるだけ過密な労働を強要し、これに対し労働者は抵抗するからして、実際の貸金や労働条件はこの階級闘争の結果によって左右される。ただ、ここで注意しておくべきは、たとえ資本が価値どおりの賃金を支払った場合でさえ資本は労働者をタダ働きさせ不払い労働(剰余労働)を手にし、ますます拡大する剰余価値をつみあげていくことが可能だということである。このカラクリと衝動こそ資本主義の原理である。

 
マルクスは、このように資本主義的生産方法のからくりを暴いて見せた。剰余価値の分析によって資本主義的生産方法のかくされていた正体を明らかにした。これで「不払労働の取得こそ資本主義的生産方法とそれによって行われる労働者搾取の根本形態」であることがわかり、又、資本家は「彼の労働者の労働力を商品として商品市場でもっている価値どおりに買う場合でも、それに対し支払ったより多くの価値をそれからひきだすこと、そしてこの剰余価値こそが、有産階級の手中に、不断に増大する資本量を積み上げるところの価値額を、結局、形成するものであることを証明した」(同書)。

 この剰余価値の純集合が利潤であり、利潤の集積が資本である。という観点なのでは無かろうか(少し粗っぽいか)。


マルクス主義の社会分析のその四として、剰余価値の基本的な形態の分析に入る(剰余価値の形態分析)。
 この剰余価値は3つの基本的な形態、利子・地代・そして利潤に分割される。資本家が得た剰余価値のうち、もとの資本に対する利子、そして彼の使った土地や建物に対する地代、それらのものを引いたものが利潤である。資本主義においては「利潤の追求」こそが目的なのである。このような、資本の集積に基づいた生産システムが資本主義というものなのだ。

 
従って、この剰余価値の分析を通じて云える事は、資本による労働者の搾取はそこが生命線であるということ、こうした搾取を改良する為の資本主義の枠内での労働条件の改善闘争には自ずからジレンマがあるということである。すなわち、資本主義的生産様式そのものの揚棄を通じて新しいより合理的な経済システムにとって代えられるべきであるという革命的結論が導き出されることになる。「社会主義は科学になった」という時、資本主義的生産の秘密の暴露がこうした革命的結論と不可分に結びついていることを忘れるとしたら、それはマルクス主義をひどく矮小化するものでしかない。

 「空想より科学へ」では次のように述べられている。「われわれは、物品が生産者の使用のためばかりでなく交換の目的でも生産されるような、すなわち、それが使用価値としてでなく商品として生産されるような経済段階を『商品生産』とよんでいる。この段階は交換のための生産のそもそものはじめからわれわれの現代にまでおよんでいる。そしてそれは、資本主義的生産のもとで、すなわち、生産手段の所有者である資本家が自分の労働力以外のいっさいの生産手段を奪われている労働者を賃金を払って雇い、生産物の販売価格が彼の投下額を上回ったその超過分を自分のものにするという条件のもとで、はじめて十分な発展をとげるのである。われわれは中世以来の工業生産の歴史を三つの時期に分ける。


(1) 手工業 すなわち数人の職人と徒弟を使う小手工業親方。ここではどの労働者もみな完成品を生産する。
(2) マニュファクチュア ここでは比較的多数の労働者が一つの大きな作業場のなかで組み分けされて、分業の原則にもとづいて完成品を生産する。そのさい、どの労働者も一つの部分的な作業しかおこなわず、生産物はつぎつぎに全員の手にとおったのちにはじめて完成される。
(3) 近代工業 ここでは生産物は動力でうごかされる機械によって生産され、労働者の仕事は機械のすることを監視し補正することに限られている


マルクス主義の社会分析のその五として、資本の本源的蓄積過程を検証する(資本の本源的蓄積過程の検証)。


マルクス主義の社会分析のその六として、人間疎外現象を考察せねばならない。資本制社会では生産の本来の意義が生産そのものを自己目的させる労働疎外現象を生む(人間疎外性の分析)
 資本制社会における剰余価値生産性つまり利潤追求性が、商品の二重価値性において使用価値と交換価値のそれなりのバランスがあったものを股裂きの刑に向かわせる。貨幣の発達に応じてはたまた資本制社会の発達に応じて、使用価値を無視して交換価値の方を盲目的に肥大化させていく。虚構市場を創出するが、それは人間の生活に役立つないしは人々を豊かにする生産ではなく、生産の為の生産を煽ることになる。労働もまた同様の価値転換を生まされ、本来の意義と役割を失い、自己目的的な賃金奴隷化に向かわざるを得なくなる。この過程で発生するのが人間疎外現象である。という観点があったのでは無かろうか。


マルクス主義の社会分析のその七として、資本の有機的構成を解明する(資本の有機的構成の分析)。
 資本家はその生産過程を開始させるためには、二つのものを貨幣によって手に入れなければならない。すなわち、生産手段と労働力である。生産手段を手に入れるために使用された貨幣は変化しない。そのためこれを不変資本という。ところが、労働力によって商品に付け加えられた価値は変化し、剰余価値を生み出すので、労働力を手に入れるために使われた貨幣は変化する。そこでこれを可変資本という。

 さて、では、資本家の得る利潤をこの二つの資本から考えてみよう。今、不変資本 c をとし、可変資本を v としよう。さらに、剰余価値を s とすると、資本家が初めに使う資本(投資資本)は c+v であり、資本家が生産過程を終えた後に得る資本は c+v+s である。ここで
利潤率とは、全投資に対する利潤の比率 s/(c+v) のことである。当然、c v にたいする比率が増大すると、資本家は利益が低下する。この、c v にたいする比率を資本の有機的構成という。労働力に対して、より多くの生産手段が採用されれば資本の有機的構成は増大していく。資本制社会とは、この資本の有機的構成を不断に高くしていく仕組みを衝動的に持っている。


マルクス主義の社会分析のその八として、資本主義経済体制の仕組みを解明する(利潤率の逓減化法則と恐慌の不可避性の分析)。
 こうして生産された商品は資本主義の自由市場に投げ出されることになる。市場では競争原理が支配する。資本家同士は価格競争で相争うことになる。その対応策として、最初に為されることは価格を下げることによる競争力の維持である。但し、この場合にはそのしわ寄せは労働者に渡す実質賃金の切り下げか、商品の生産時間に必要な労働時間の短縮としての合理化努力である。次の対応策として、より強力な生産手段を導入することである。実質賃金の切り下げは資本家がもっとも誘惑に駆られる手法であり、労働者の解雇(リストラ)又は1日の労働時間を増やす残業の二通りが考えられる。

 しかし、マルクスは、資本家がこのようにいくら努力しても、自由競争による資本主義体制の特徴として不断に
利潤率の逓減化に向かうことが避けられず、同様に過剰生産恐慌という無政府性が終始付きまとっていることを洞察した。つまり、資本主義の基本矛盾として、生産力の発展に向かいつつもその生産が基本的に無政府性を本質としていること、やがて生産力の発展を自ら自己否定する立場に移行せざるを得ないこと等を予見し、またその矛盾の解決としての社会主義への必然性について次のように教示した。「この資本主義的生産様式の矛盾は、まさに生産力の絶対的な発展へのこの生産様式の傾向にあるのであり、しかもこの発展は、資本がそのもとで運動しておりまたただそのもとでのみ運動できる独自な生産条件と絶えず衝突するのである」(「資本論」第一部一五章)。

 資本主義は、これまでのどの社会とも比較にならないぐらい生産力を飛躍的に発展させる。資本主義にとって生産力発展のこの傾向は「絶対的」なものといえる。このことは、戦後の「技術革新」や最近のME革命をみても明らかであろう。この経過は、資本の習性として資本の有機的構成の高度化に向かうことになる。生産手段の購入に要した資本(不変資本)と労働力を購入する為の資本(可変資本)の比が、次第に可変資本の数値を減少させ、相対的に不変資本の数値が増大する方向に向かうということである。ここでは、過剰労働者が生み出され、
産業予備軍として機能させられる。産業予備軍の増加は、労働者がますます不利な条件下で労働力を売らなければならない、つまり賃金は低下し生活は苦しくなるということを意味する。


マルクス主義の社会分析のその九として、資本主義経済体制の無政府性―恐慌不可避性―を検証する(資本主義経済体制の無政府性―恐慌不可避性―の検証)。
 このことは、やがては資本家の利益にも跳ね返ってくる。資本総額の中で可変資本の比が相対的に減少して行くということは、可変資本によって生み出される剰余価値の原資の低下をもたらすということでもある。なお、商品は流通して購入されてこそ利潤を生むが、その消費者である労働者大衆の購買力が低下すれば、商品の滞貨が生じ、やがては不景気となり、恐慌を招く。小恐慌は一時的に滞貨の整理と企業淘汰を促進させることにより、一時的な矛盾の緩和作用としても働くが、再度恐慌が生まれ、これが繰り返されていくことで大恐慌へと至る事になる。資本主義のシステムの中にはこの循環を防ぐ手段が無い。

 そうした資本主義社会のアキレス腱は、商品生産特有の「生産の無政府性」にある。「生産の無政府性」は、資本主義的生産の中でずっと大っぴらに強力に作用する。それは個々の資本家にとっては「競争の強制法則」として効力をあらわす。彼らにとって没落したくなければ自分の機構を改良し、生産力をたえず拡大しなければならないという「強制命令」が作用する。いわば「自然淘汰」の法則が貫かれ、自由競争は資本家をして生産力の飛躍的発展に(そしてそれだけ激しい搾取に)かりたてることになる。

 しかし、こうした生産力の発展は資本主義の「独自の生産条件」つまりその資本主義的生産関係と衝突せざるをえないところまで突き進む。資本にとっての目的は最大限の利潤の獲得であり、剰余価値(できるだけ大きな)の生産であるが、この資本としての特質は、生産力の自由な発展の桎梏、諸制限としてあらわれざるをえない時がやってくる。

 恐慌は、このことをはっきりと暴露する。そこでは、生産手段は遊休し、失業者も大量に生み出される。生産と富のいっさいの要素がありあまっているのに(過剰生産)そのことが生産手段の資本への転化を妨げているという事態を生み出す。生産手段と生活手段が資本の性質をとらなければならないという資本主義の必然性が、生産活動そのものを阻害してしまう。


マルクス主義の社会分析のその十として、革命勃発と社会主義経済体制の必然性を検証する(社会主義経済体制の必然性の検証)。
 こうして、資本主義は一方で生産力を「絶対的」に発展させていく傾向をもつとともに、資本主義的生産の枠組みはその制限とも桎梏ともなっているという根本的な矛盾をもっている。この矛盾を解決するためには、資本主義的な「生産の外皮」を粉砕する以外にありません。マルクスは「資本論」で資本主義の矛盾を全面的に明らかにするとともに、次のように述べている。

 資本主義は中世的小経営の個別的、分散性を一掃し、「生産手段の集中」と「労働の社会化」を徹底的におしすすめるが、それが資本主義の「資本独占」と衝突するようになる。「資本独占は、それとともに開花しそれのもとで開花した生産様式の桎梏となる。生産手段の集中も労働の社会化もそれが資本主義的な外皮とは調和できなくなる一点に到達する。そこで外皮は爆破される。資本主義的私有の最後を告げる鐘が鳴る。収奪者が収奪される」(第一部二四章第七節)。

 ここでいう、資本主義的「外皮の爆破」とは、生産手段と生産力を社会の手に移す社会主義革命のことであり、その担い手が資本主義の発展とともに成長してきた労働者階級であることは、明らかである。資本主義は、そのもとで飛躍的に発展した生産力を管理することができなくなるという事態の発生であり、社会が公然とその生産力を掌握することによってのみ、矛盾の解決は現実的になる。

 先の引用につづいて、マルクスは次のように述べている。「資本主義的生産様式から発生する資本主義的取得様式は、したがって資本制的な私的所有は、自分の労働を基礎とする個人的な私的所有の第一の否定である。だが、資本制的生産は、自然過程の必然性をもって、それ自身の否定を生み出す。これは否定の否定である。この否定は私的所有を再建する訳ではないが、しかも、資本主義時代に達成されたもの――すなわち協業や、土地・および労働そのものによって生産された生産手段・の共有――を基礎とする個人的所有を生み出す」(前同)。


マルクス主義の社会分析のその十一として、社会主義経済体制と市場経済は共存し得るのかを検証する(社会主義経済体制と市場経済は共存性の検証)。


 以上より、マルクスの経済理論は次のようにまとめられる。「アダム・スミス、リカードなどのイギリス古典経済学に学び、それに自力で確立した唯物論的弁証法、唯物史観を取り入れて展開した独自の経済理論で、労働価値説の上に剰余価値理論を取り入れ、近代資本主義経済の矛盾を暴露し、資本主義社会の必然的没落を予言せんとした。その主張は、マルクスとエンゲルスによって『経済学批判』、『資本論』の大著に詳述されている。但し、いずれも初期資本主義の段階における経済社会の分析であったところから、20世紀になっての新しい事態解明の為にレーニンが『帝国主義論』を著し、補足した。ここに一貫した共産主義の経済理論の体系が確立されるに至った」。
 云えることは次のことである。マルクスは、マルクス自身が発見し汲み出した哲学上の唯物弁証法で始発し、その具体的応用として社会・歴史分析による唯物史観の獲得、更に社会の主として経済的な構造分析に向かい、「資本主義的生産の来歴が剰余価値に拠るという資本制生産の秘密の解明と資本の正体を暴露することに成功した」。こうした理論的裏づけから、来る社会の展望として共産主義へ向かうのが人類の叡智であろうとした。この一連の理論化がマルクスの功績である。

 その足跡を探訪してみれば判明するが、理論の創造性と精緻さにおいて史上マルクスを措いては他に誰も為しえなかった。この点でまさに偉業であろう。今日あれこれの視点からマルクスの功罪批評が為されているが、偉業を偉業として評価するところから出発しないと有益なる何物も産婆しないであろう。




(私論.私見)