国策逮捕考

 (れんだいこのショートメッセージ) 
 れんだいこはまだ佐藤優・氏の「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、2005.3.26日初版)を読んでいない。そのうち読もうと思うが、とりあえずネット情報から取り出せたもので検証する。れんだいこが興味を覚えるのは、「国策捜査」の言葉である。何を隠そう、ロッキード事件こそ「国策捜査」の第一号ではなかったか。あれこれ思えば、「国策捜査」というよりも「当局奥の院指令捜査」と命名するほうがより的確だと思う。「国策捜査」とは、それをぼかした命名であろう。

 佐藤氏がせっかく暴露した「国策捜査」を、例によってくだらなさ過ぎる論評によって値打ちが掻き消されようとしている。それは許さずとして、れんだいこが以下検証する。

 2005.6.18日 れんだいこ拝


 (最新見直し2005.6.18日)

Re:れんだいこのカンテラ時評その57 れんだいこ 2005/06/19
 【「国策捜査」考 】

 今日、ロッキード事件考サイトの中に「国策捜査考」(http://www.marino.ne.jp/~rendaico/kakuei/rokiido_kokusakutaihoco.htm)
を書き加えた。これは重要な指摘であるが、どうもそれを感知する力が足りないのだろう、早くも情報洪水の中で風化しつつある。もう一度、この貴重暴露を押し戻して俎上に乗せる。

 佐藤氏は、自らの体験をもって検察の最近の政治主義化の異常を告発しているのではなかろうか。多少ソフトに書きぶりしているが、それは処世法上そうしているのであって、本来は怒り心頭に発した権力腐敗暴露なのではなかろうか。

 それを忖度せず、ソフトにしている面を生真面目に受取り、この方面に意味有るかのごとくああでもないこうでもないと解釈していくのは如何なものだろうか。れんだいこには馬鹿げているように思える。

 とはいえ、佐藤氏は、あまりにも穏和に書き過ぎているように思える。異例の長期拘留に対して怒りをぶつけず、自ら好んで体制側の懐に再び舞い戻ろうとしているように思える。自分に仕掛けられた仕打ちに対して、何とか善意に解釈しようとしているように見える。

 れんだいこの臭いとして、日共内新日和見主義事件の被査問者の心理と似通っているような気がする。あの時も、査問された側は、査問した党中央の意図を勝手に善意に憶測し、怒りを向けるよりは理解しようと務めたことが体験報告されている。こういう処世法は日本人特有なのではなかろうか。

 普通には、佐藤氏は、自分が生体験した「国策捜査」の背景を探り、それが小泉官邸の指令であるなら断乎として告発して闘うべきだろう。あまたの評論氏は何とかしてここへ向わせないような駄文を書き連ねているように見える。佐藤氏は、その第一号としてのロッキード事件にまで思いを及ぼし、田中角栄の悲哀を知るべきだろう。そして、その振幅が次第に乱脈になっていることを乱打して知らすべきだろう。

 残念ながら、佐藤氏にはそういう姿勢が見えない。相変わらず田中真紀子批判を外務省高官と同じレベルで蒸し返していることでそれが分かる。真紀子と角栄とは違うとはいえ、このセンテンスでは同じだろう。本来なら憎き親米英ユ派の野上外務次官との意思疎通振りをも得々と披瀝している。

 つまり、真に闘う相手が見えておらず、未だ自己が対自化できていない、そう思うのはれんだいこだけだろうか。それはともかく貴重な告発であることには相違ない。

 2005.6.18日 れんだいこ拝

【佐藤外務官逮捕に纏わる背景考】
 ロッキード事件に於ける角栄逮捕が如何に「国策逮捕」であったか、思わぬところから明るみになってきた。衆議院議員・鈴木宗男の懐刀として知られてきた「外務省のラスプーチン」の異名を持つ元外務省国際情報局主任分析官・佐藤優・氏が、「鈴木宗男逮捕事件」に連座して逮捕され、一審で懲役2年6ヶ月、執行猶予4年の有罪判決を受け、その間「逮捕以来、一貫して容疑を否認」し続けた。

 佐藤氏は、一年半有余に及ぶ異例の長期拘留を経て、執行猶予付きで出獄するまでの獄中エピソードを認めた「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」(新潮社、2005.3.26日初版)を出版し、その中で「国策逮捕」の実態を明らかにした。

 本題に入る前に佐藤優・氏の概要履歴を見ておく。次の通り。
 外務省元主任分析官で、ロシア情報収集・分析の第一人者エキスパート。外務省での公的地位はノンキャリアの官僚でありながら、ロシアの権力中枢に深い人脈を築き、副首相や外相といった外交儀礼上はありえない高い地位にあるロシアの要人とサシでつきあうことのできる数少ない異能外交官として活躍した。1991年のソ連ク−デタ−時や2001年の貿易センターへのテロの際に情報をいち早く手にして国益に貢献した。対ロ外交に意欲を燃やしていた鈴木宗男元官房副長官に重用されていたが、鈴木逮捕に伴い連座した。

 1960(昭和35)年、埼玉県生まれ。1985年、同志社大学大学院神学研究科修了後、外務省入省。在英日本大使館、在ロ日本大使館に勤務した後、1995年から外務省国際情報局分析第一課に勤務する。外交官として勤務するかたわら、モスクワ国立大哲学部客員講師なども務めた。

 佐藤氏は、ロシアのユダヤ人コミュニティに多くの情報源をもつ日本の「諜報員」的活動を得手として来た。イスラエルのエリート養成大学である テルアビブ大学のゴロデツキー教授という人とのパイプも深い。

 1990年代、外務省欧亜局長・東郷和彦氏(元ロシア課長、オランダ大使で現在亡命中)や篠田研次氏(元ロシア課長、現欧州局審議官)の指揮下で、北方領土交渉で活躍した。和田春樹著「北方領土問題」(朝日新聞社、1999年)の指摘に影響されつつ、それまでの4島一括返還から2島先行返還残り2島は継続協議などのアイディアを生み出していったことで知られている。

 2002.5月、東京地検特捜部に背任容疑で、同7月、偽計業務妨害容疑で逮捕される。背任容疑とは、国際機関である旧ソ連支援委員会から不正に支出をさせ、2000.1月にイスラエルの学者を日本に招待し、同年4月に日本の学者をテルアビブでの国際会議「東と西のロシア」へ派遣したことが「背任」にあたるというもの(「同書」122頁)。

 もう一つは「偽計業務妨害」。2000.3月におこなわれた国後島におけるディーゼル発電機供与事業の入札で三井物産に違法な便宜をはかり支援委員会の業務を妨害したというのが検察の論理である(「同書」123頁)。

 逮捕以来、一貫して容疑を否認。**.2月、東京地裁で懲役2年6カ月執行猶予4年の判決を受け、即日控訴した。同3月、「国家の罠―外務省のラスプーチンと呼ばれて」を上梓した。

 かくして、異能外交官がいずれにしてもケッタイナ容疑で逮捕されたことになる。「国策捜査」の被害者第一号田中角栄も外為法違反というケッタイナ容疑で逮捕されている。「佐藤外交官逮捕問題」の史的意義は、このケッタイナ容疑に基づく逮捕を明確に「国策捜査」と断定したことに有る。それも、取調べ検事自身の口からその言葉が漏らされたところにある。

 そのことが「国家の罠」に克明に記されている。同書は、2002.5月の逮捕から、東京地検特捜部の検事による取調べ、512日間に及ぶ拘置生活、対ロシア外交の内幕、田中真紀子元外相と外務省の暗闘、外務省内の派閥などを明るみにしている。ノンフィクションとしては異例の7万部を超えるベストセラーとなっており、徐々に波紋が広がりつつある。

 もっとも、れんだいこは、佐藤氏と政治的立場と観点が違う。特に次のくだりになると苛立ちさえ覚える。
 「首相の意欲、戦略的視点はいい。問題は外務省のサポートができているか。真紀子外相の出現以降、外務省はおかしくなった。ウソをついたり、悪口を言ったり、怪文書をまくようになってモラルが下がった。これではいい外交はできない」。

 佐藤が師事した鈴木が真紀子外相追い落としに活躍したのは衆知のところである。それ故にか、「真紀子外相の出現以降、外務省はおかしくなった」などと述べている。ならば、真紀子外相の出現以前は外務省は健全であったのかということになろう。そんな与太話を信ずるものは居ないだろうに。

 
次のような内幕話も暴露している。田中真紀子外相が佐藤氏の異動を求めていたとのことで、その時の野上外務事務次官と佐藤氏の会話を漏洩している。
野上  「いや、俺たち外務省員のプライドが大切なのだ。田中大臣なんかに負けられない」。
佐藤  「その点について私は意見が違います。プライドは人の眼を曇らせます。基準は国益です」」(p99)

 この会話の重要性は、野上氏が外務事務次官という立場に有りながら公然と外相に楯突いていることにある。佐藤氏は何気なく漏らしているのだろうが、野上の過剰なまでの親シオニズム的立場を踏まえると、政治性を帯びてくる。

 佐藤氏は、2002.5月、東京地検特捜部に背任容疑で逮捕されるや、突如「二元外交」の非難を浴び、政府提灯を得手とするマスコミから一斉に「ロシア外交を私物化した」として批判され始めた。それまで、佐藤氏は、日ロ外交のエキスパートして高い評価を得ていた外交官であったが、小泉政権になって、田中真紀子対鈴木宗男抗争を経て、田中外相罷免後、相打ちとして鈴木逮捕へと至り、最終的に佐藤氏も逮捕されていく。

 佐藤氏は、
「ロシア外交を私物化した」批判に対して、次のように抗弁している。
 「二〇〇二年に国会で私が鈴木氏に同行してロシアや北方四島に十九回出張したことが鈴木氏と私の不適切な関係として取り上げられたが、これらはいずれも欧亜局からの依頼に基づき、正式の決済を経て行ったことである」(p174)。

 佐藤氏は、「「偽計業務妨害」批判に対しても、次のように抗弁している。

 「私が北海道開発庁長官室で鈴木氏にロシア内政動向について説明しているときに西村(欧亜)局長が訪れ『御多忙中のところ恐縮ですが、国後島、択捉島に鈴木大臣が現職閣僚としてはじめて訪問される機会に、JICAの専門家を連れて、電力調査に行っていただけないでしょうか』と頼みこんだ。鈴木氏は私に向かって『あんたも現地を見てみないか』と言うので、私は『是非見てみたいと思います。ただこれはうちの局(国際情報局)の話ではないので、私が決めることのできる話ではありません』と述べると、西村局長が私を遮り、『佐藤も同行させます』と答えた。こうして私は欧亜局長の要請に基づいて北方四島に出張することになった」(p174)。

 つまり、逮捕された後の佐藤氏に対する政府マスコミ一体となった批判はどれも根拠が無い冤罪であると抗弁していることになる。
 
 佐藤氏は、「日本外交の三極」について、次のような興味深い指摘もしている。

 概要「外務省内には、親米主義派とチャイナ・スクールとロシアン・スクールの三派の派閥が有り、暗闘している。私の逮捕は、理由ははっきりとしないが、ロシアン・スクール派への不当逮捕である」。

【「国策捜査」の遣り取り考】
 佐藤氏が明らかにした西村尚芳東京地検特捜部検事と佐藤氏の遣り取りは次の通りである。佐藤氏は、第5章、「『時代のけじめ』としての『国策捜査』」の冒頭でこう書いている。

 「私は2002年6月4日に背任で起訴され、同年7月3日に国後島ディーゼル発電機供与事業をめぐる偽計業務妨害で再逮捕されることになる。この間、まる1ヵ月間は、西村検事の取調べに応じるとともにこの機会を利用して『国策捜査』の本質を知る努力をした」 。

 佐藤氏と西村検事の国策捜査に関する主な会話を列記する。「国策捜査」という言葉は、西村検事が発した言葉(フレーズ)であると云う。次のような遣り取りの中で使われている。なお、この遣り取りはメモをとっておらず(恐らく許されなかったのだろう)、鈴木氏が必死で頭脳に記憶したものを懸命に再現したということである。

 逮捕後すぐの取り調べでの西村検事と佐藤氏の会話は次の通りである。

西村検事  「あなたは頭のいい人だ。必要なことだけを述べている。嘘はつかないというやり方だ。今の段階はそれでもいいでしょう。しかし、こっちは組織なんだよ。あなたは組織相手に勝てると思っているんじゃないだろうか」。
佐藤  「勝てるとなんか思ってないよ。どうせ結論は決まっているんだ」
西村検事  「そこまでわかっているんじゃないか。君は。だってこれは『国策捜査』なんだから」(p218)

 ズバリ、検事の口から「これは『国策捜査』である」との言葉が為されている。ます、ここを踏まえておきたい。思うに、この遣り取りが成立した背景には、同じ官僚の同格同士という事情が作用しているのではなかろうか。佐藤氏は卑屈でなく、いわばサシで話しており、故に検事の本音が引き出されたということではなかろうか。

 更に、次のような遣り取りが交わされている。
西村検事  「これは国策捜査なんだから。あなたが捕まった理由は簡単。あなたと鈴木宗男をつなげる事件を作るため。国策捜査は『時代のけじめ』をつけるために必要なんです。時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、それを断罪するのです」。
佐藤  「見事僕はそれに当たってしまったわけだ」 。
西村検事  「そういうことだ。運が悪かったとしかいえない」 。
佐藤  「しかし、僕が悪運を引き寄せた面もある。今まで、普通に行われてきた、否、それよりも評価、奨励されてきた価値が、ある時点から逆転するわけか」 。
西村検事  「そういうこと。評価の基準が変わるんだ。何かハードルが下がってくるんだ」 。
佐藤  「僕からすると、事後法で裁かれている感じがする」。
西村検事   「しかし、法律はもともとある。その適用基準が変わってくるんだ。特に政治家に対する国策捜査は近年驚くほどハードルが下がっているんだ。一昔前ならば鈴木さんが貰った数百万円程度なんか誰も問題にしなかった。しかし、特捜の僕たちも驚くほどのスピードで、ハードルが下がっていくんだ。今や政治家に対する適用基準の方が一般国民に対してよりも厳しくなっている。時代の変化としかいいようがない」
佐藤  「そうだろうか、あなたたち(検察が)恣意的に適用基準を下げて事件を作り出しているのではないだろうか」。
西村検事  「そうじゃない。実のところ、僕たちは適用基準を決められない。時々の一般国民の基準で適用基準を決めなくては成らない。僕たちは、法律専門家であっても、感覚は一般国民の正義と同じで、その基準で事件に対処しなくてはならない。外務省の人たちと話していて感じるのは、外務省の人たちの基準が一般国民から乖離しすぎているということだ。機密費で競走馬を買うという事件もそうだし、鈴木さんとあなたの関係についても、一般国民の感覚からは大きくズレている。それを断罪するのが僕たちの仕事なんだ」 (p288)。

 この下りも重要である。ロッキード事件で第一号の「国策捜査」が為されて以来、意訳概要「次第に基準が緩み始め、今ではハードルが下がり放しで、ますます恣意的になりつつある」と本音を晒している。こうなると、時の権力を握った者が政敵追放の為に乱用する怖れ無しとしない。このことを、「今の東京地検特捜部は、時代を転換するために、何か象徴的な事件を作り出して、断罪する」という風に述べている。つまり、検事自身が、「検察が政治検察に変貌している」ことを認めていることになる。

 鈴木氏は、「私はこのフレーズが気に入った」と記している。れんだいこは、「国策捜査」という名付けも意味有ることとは思うが、より実体に即して命名するならば「当局奥の院指令捜査」の方がより的確だと思う。

 鈴木宗男衆議院の逮捕、長期投獄を廻って、次の遣り取りが為されている。
西村検事  「賄賂だって、汚いのとそうじゃないのがある。鈴木さんの場合はそうじゃない方だ。潰れかけているかわいそうな会社を助けたわけで、道義的には恥ずかしい話じやない。しかし、賄賂は賄賂だ。その点は法適用のハードルが低くなってきたんだから、諦めてもらわなくてはならない」
佐藤  「それは諦めきれないだろうな。それに可罰的違法性の観点からも問題があるじゃないか」。
 (中略)
西村検事  「可罰的違法性については、一般の公務員が10万円現金で賄賂をもらったら、確実にガチャン(手錠をかけられるの意味)なんで、問題ないよ。以前のように政治にカネがかかるという常識を国民が認めなくなったから、『やまりん』でも鈴木さんがやられるようになったんだよ」。
佐藤  「ちょっと表現が違うような気がするな。検察がメディアを煽った効果がでたので、『やまりん』でないところから事件を作ることができるようになったということじゃないかい」。

 つまり、鈴木宗男逮捕もれっきとした国策逮捕であったと公言していることになる。鈴木宗男氏は、一言で言えば、「政治権力をカネに替える腐敗政治家」として断罪された。佐藤氏は、その背景を学問的に縷々説明しているがつまらない。

 ところで、検事曰く「国策捜査ではない」とのことである。次のような遣り取りが記されている。
西村検事  「いや、そんなことはないよ。国策捜査は冤罪じゃない。これというターゲットを見つけ出して、徹底的に揺さぶって、引っかけていくんだ。引っかけていくということは、ないところから作り上げることではない。何か隙があるんだ。そこに僕たちは釣り針をうまく引っかけて、引きずりあげていくんだ」。
佐藤  「ないところから作り上げていくというのに限りなく近いじゃないか」。
西村検事  「そうじゃないよ。冤罪なんか作らない。だいたい国策捜査の対象になる人は、その道の第一人者なんだ。ちょっとした運命の歯車が違ったので塀の中に落ちただけで、歯車がきちんと噛み合っていれば、社会的成功者として賞賛されていたんだ。そういう人たちは、世間一般の基準からするとどこかで無理をしている。だから揺さぶれば必ず何かが出てくる。そこに引っかけていくのが僕たちの仕事なんだ。だから捕まえれば、必ず事件に仕上げる自信はある」。
佐藤  「特捜に逮捕されれば、起訴、有罪もパッケージということか」。
西村検事  「そういうこと。それに万一無罪になっても、こっちは組織の面子を賭けて上にあげる。十年裁判になる。最終的に無罪になっても、被告人が失うものが大きすぎる。国策捜査でつかまる人は頭がいいから、みんなそれを読みとって、呑み込んでしまうんだ」。

 この下りは重要で、ロッキード事件に於ける各被告逮捕の状況にそのまま当てはまる。意訳概要「誰でも叩けば埃が出てくる。それを引っかけて、犯罪に仕上げていく。被告が万一抵抗しても、長期裁判で吊るしあけるので、被告は観念して云うことを聞くようになる」と豪語していることになる。

 西村検事は、官僚が「国策捜査で挙げられた事例」について次のように述べている。
西村検事  「高橋治憲(EIEインターナショナル代表)の事件は覚えているだろう」。
佐藤  「ノーパンしゃぶしゃぶの話だろう」
西村検事  「そう。それまでカネをもらうと賄賂だが、接待に関して問題ないというのが官僚の常識だったじゃないか」
佐藤  「そうだね。しかし、あれで民間とメシを食うことが窮屈になったんで、情報屋の僕らからすると迷惑な話だ」
西村検事  「それは、情報という特殊な世界の人の常識で、一般国民の常識ではない。検察は一般国民の目で判断するんだ。大蔵には行きすぎがあった。接待を賄賂と認定したのは画期的だったが、あのときこっちが追いきれなかった。上まで捜査を十分に伸ばすことができず、結局、田谷(広明・元東京税関長)、中島(義雄・元主計局次長)を取り逃がしてしまったので、大蔵の体質は十分に変化しなかった。それで、その後ちょっとたってから大蔵では榊原(隆・元証券局総務課長補佐)の過剰接待、風俗接待というしょうもない事件が起こったんだ。

 今回のあんたの事件でも東郷を取り逃がしてしまったけれどね。でも、うちが大蔵をあげる事件をしなければ、金融と財政の分離もなければ、大蔵省と財務省の再編もなかったぜ。大蔵省の機能を転換するためにあの国策捜査はひとつの『時代のけじめ』をつけたんだ」 。

 佐藤氏は、「国策捜査」の仕掛けについて分かり易く解説し、西村検事の反応を引き出している。「要するに一旦、国策捜査のターゲットになり、検察に『蟻地獄』を掘られたら、そこに落ちた蟻は助からないのである。だからこのゲームは『あがり』は全て地獄の双六なのである。このような『体験的国策捜査感』を私は率直に西村検事にぶつけてみた」とある。
西村  「君の言う、『あがり』は全て地獄の双六という表現は、とってもいいし、正しいと思うよ。ただし、いつも言っていることだけど、ぼくたち(特捜部)は、冤罪はやらないよ。ハードルを下げて引っかけるんだ。もっとも捕まる方からすると理不尽だと思うだろうけどね」
 「なかなか『悪かった』と謝る気持ちにならないだろうね。強いて言うならば『悪かった。悪かった。運が悪かった』ということだろうな」。
 「アハハハ、そうそう。運が悪い。国策捜査の犠牲になった人に対する礼儀というものがあるんだ」。

 西村検事は、「国策捜査は執行猶予をつけるのが原則」として次のように述べている。


西村検事  「罪をできるだけ軽くすることだ。形だけ責任をとってもらうんだ」。
佐藤  「よくわからない。どういうこと」
西村検事  「被告が実刑になるような事件はよい国策捜査じゃないんだよ。うまく執行猶予をつけなくてはならない。国策捜査は逮捕がいちばん大きなニュースで、初公判はそこそこの大きさで扱われるが、判決は小さい扱いで、少し経てばみんな国策捜査で摘発された人のことは忘れてしまうというのがいい形なんだ。

 国策捜査で捕まる人はみんなたいへんな能力のあるので、今後それを社会で生かしてもらわなければないない。うまい形で再出発できるように配慮するのが特捜検事の腕なんだよ。だからいたずらに実刑判決を追及するのはよくない国策捜査なんだ」 。

 これも貴重な内実暴露である。れんだいこが言い換えれば次のようになる。意訳概要「『国策捜査』は、文字通り『上からの国策』で」理不尽な逮捕をしているのだからして好んでしている訳ではない。よって、被告の政治的威力を殺ぎさえすれば役目達成であり、執行猶予付きで釈放するのが倣い」だと云う。

 
しかし、時に例外がある。次のような遣り取りが交わされている。
佐藤  「それにしては、中村喜四郎(元建設相)、山本譲司(元民主党衆議院議員)、中尾栄一(M元建設相)、村上正邦(元労働相)と国策捜査は実刑ばか続くじゃないか」。
西村検事   「中村喜四郎の場合は、過激派みたいにほんとうに黙秘するものだからこっち(検察)だって『徹底的にやっちまえ』という気持ちになるよ。それ以外については、どうして実刑になったかは、実のところ僕にもよく分からないんだ。むしろ政治家に対して裁判所の姿勢が厳しくなっていることの方に理由があると思う」。

 これも貴重な情報開示である。田中派のプリンスであった中村喜四郎は、「過激派みたいにほんとうに黙秘」したと云う。それに対して、意訳概要「こっち(検察)だって『徹底的にやっちまえ』という気持ちになり、徹底的に痛めつけた」と云う。これを思えば、その尻馬に乗って「中村喜四郎の犯罪」をプロパガンダしたマスコミの責任は重いと云えよう。

 佐藤氏は、次のような遣り取りも記している。2002.5.14日に東京地検に逮捕された佐藤は、東京地検の西村尚芳検事による取り調べがかなり進んだある日、こんなことを言われたという。
佐藤  「この話を事件化すると相当上まで触らなくてはならなくなるので、うち(検察)の上が躊躇しはじめた。昨日、上の人間に呼ばれ、『西村、この話はどこかで森喜朗(前総理)に触らなくてはならないな』と言われた」
西村検事  「西村さん、それは当然だよ、鈴木さんにしたって僕だって、森総理に言われてセルゲイ・イワノフとの会談を準備したんだから」(344P)。

 そして逮捕から3カ月後の8.26日日、捜査は突然終幕を迎える。次のような遣り取りをしている。
佐藤  「唐突な終わりだね。いったい何があったの」。西村氏は、捜査が終了した経緯について率直に説明した。この内容について、私は読者に説明することはまだ差し控えなくてはならない。しかし、ひとことだけ言っておきたいのは、西村氏の説明が踏み込んだ内容で説得力に富むことだった。私は西村氏に答えて言った。 「そうすると今回の国策捜査をヤレと指令したところと撃ち方ヤメを指令したところは一緒なのだろうか」。
西村検事  「わからない。ただし、アクセルとブレーキは案外近くにあるような感じがする。今回の国策捜査は異常な熱気で始まったが、その終わり方も尋常じゃなかった。ものすごい力が働いた。初めの力と終わりの力は君が言うように一緒のところにあるかもしれない」。
佐藤  「西村さん、僕にもそんな感じがする。体制内の政治事件だからね。徹底的に追求すると日本の国家システム自体が壊れてしまう」(345〜346P)。

 これも重大な内幕暴露である。れんだいこが解説すれば、意訳概要「官邸辺りからの指示で始まった『国策捜査』が、再び官邸辺りからの指示で突如捜査打ち切りになった」ということになる。或る評者は、「森喜朗前首相に累が及ぶのを恐れ、小泉本人かその周辺がブレーキも踏んだということなのだろう」と推理しているが詰まらない。これでは、森元首相が悪役になるではないか。なぜズバリ小泉首相の采配疑惑に向わないのだろう、向わせようとしないのだろう。

【「国家の罠」総評】
 佐藤氏著「国家の罠」は、現職の東京地検特捜部の検事をして「国策捜査」につい語らしめた経緯と内容を明らかにしている。これにより、「検察の厳正、公平、不偏不党の伝統は崩壊」し、ロッキード事件以降ますます迷走しつつある政治検察の実態が確認される。

 佐藤氏は、「国策逮捕」に関与したと当然思える首相官邸の指揮について、わざわざらしく次のように記している。

 「分かりません。ただ、自分も国家機関の中で見てきたが、首相官邸が『この捜査をやれ』と指示することは絶対にない。忖度(そんたく)なんです。いまの官邸は何を考えているかを検察が忖度するんです。何かをお願いする請託の構造はない」。


 つまり、どうあっても小泉首相を庇いたいらしい。れんだいこに云わせれば、そう書かないと何らかの不都合が有ってのことかも知れない。しかしながら、歴然としたことを隠すには頭も尻も出すぎてらぁ。もっとも、小泉を操る「当局奥の院」こそ真の黒幕では有ろうが。

 2005.6.18日 れんだいこ拝






(私論.私見)