情報公開法について

 アメリカでは、国家の外交政策に関わる機密資料も含めた資料が定期的に公開される。その昔1925年、当時の国務長官フランク・ケロッグにより政府の主要外交政策や外交活動に関する資料は、原則として30年を経過する以前に「The Foreign Relations of the United States」(アメリカの外交関係)として刊行することが決められた。この法律は、文書の原文公開を定めている。もっとも、機密重要度から、「CONFIDENTIAL」、「SECRET」、「TOP SECRET」Iに選別されている。これに応じて、公開年度に差がつけられる。例えば、「最初の10年間は非公開、その後見直し」とされる。10年を経ると、その時点で公開されたり、「更に10年非公開」とされたり、「今後毎年見直しを検討」とされたり、一部公開となったりする。

 それらを保管、公開しているのがアメリカ公文書館である。公文書館は二つあり、首都ワシントンに一つ、隣州メリーランドが第二公文書館である。第二公文書館には、本格的なリサーチゃーを対象として、国務省やCIA、国家安全保障委員会及び軍関係の書類や写真などが保存されている。


 米国では、1950年に文書作成・管理のルールである文書管理法が制定され、ひれにより国防総省や米中央情報局(CIA)などの文書もこの法律によって管理されることになった。続いて966年情報自由法が制定され、情報公開となった。「文書管理法と情報公開法は車の両輪」と云われている。



 日本でも2000年に「情報公開法」が施行された。しかしその実態はうそ寒く役人は「文書を作らず、残さず、手渡さず」という「不開示三原則」とでも云うべき行動規範を生み出し、法そのものを骨抜きにしている。

 「文書作成を法律で義務付けておらず、文書管理規定も具体的ではないところに問題がある」と、広田伝一郎・駿河台大学院客員教授は指摘している。政令は、「各省庁は意思決定の際は原則文書化すること」を定めているが、義務ではなく、罰則規定も無い。