マルクス主義の現代的有効性について

 ソ連建国革命、中国建国革命、その他東欧諸国の例、キューバ、ベトナム、北朝鮮も含めて、この間の社会主義運動史を概括してみるのが必要な頃に至っている。云えることの第一は、政治的民主主義の貧困では無かろうか。ある意味で近代ブルジョア革命以前の中世的統制体制へ坂戻りした観のあるお粗末振りを見せてきた。その第二は、経済的発展の面での停滞現象である。「社会主義は資本主義そして途上国との競争に敗れた、という見方を冷静に獲得すべきではなかろうか」。特に、計画経済体制や政治体制(上部構造)が経済活動の現実(下部構造)に適合せず、特権的官僚層を生み出しただけの結果に終始し、社会を次第に袋小路に追い込んだ面を凝視すべきではなかろうか。

 このことは、マルクス主義理論の有効性に対する疑義を生ぜせしめているのではなかろうか。それに対して、資本主義の方が社会主義のエキスを吸収してきた面があり、皮肉な現象であると云える。「第二次大戦以後、先進資本主義諸国はいずれも、社会主義に対抗する形で、社会保障制度を充実させ、経済運営に計画性をとりいれるなど自己革新をとげてきた。貧困の撲滅のように、かつて社会主義が理念としてきたものは、むしろ資本主義の側が積極的にとりいれたといってよいほどである」。つまり、「資本主義の修正主義的発展」についての考察も必要である。

 
しかしながら、現代資本主義危機は弱まったようにも見受けられない。社会構成上の貧富の差の拡大、資源浪費的文明性、地球環境汚染の発生、南北問題の激化等々を深化せしめている。社会主義が資本主義経済の矛盾を解決する能力をもたないことがはっきりしたとはいえ、資本主義もまたこれらの諸問題を解決する手法を持ち合わせているようには見えない。

 結論として次のように云えるのではなかろうか。
「資本主義か、社会主義か、あるいは資本主義の矛盾を解決するものとしての社会主義」、という問題のたて方は楽観的過ぎることが判明した。今後我々は革めて、再び人間とはどういう生き物なのか、その経済活動の在り方をどうすべきなのか、社会秩序をどう構想すべきなのか等々を廻ってのグランド・デザインの再構築に向うべきではなかろうか。この思想的格闘抜きには、社会は前進しない、このことを肝に命ずるべきではなかろうか。

 2003.5.16日れんだいこ拝





(私論.私見)