別章【イエス伝】

 (最新見直し2013.02.14日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 2010.7月現在、れんだいこが常覧する阿修羅掲示板上に、中川隆・氏の「イエスが殺された本当の理由」が登場している。
 (http://www.asyura2.com/09/reki02/msg/371.html)

 引用転載元の特段の表記がないので中川氏自身がものとした文と窺うことにする。かなり長文で読み切るには大変であるが、それなりに読み進めると、れんだいこのイエス論とかなり違うことが判明した。中川式イエス論の跋扈を許さない為に、ここでイエスの履歴と教義を再検証しておくことにする。

 イエスが史上これほど敬愛思慕される割にはイエスの検証が案外と疎かにされている。為に様々過ぎるイエス像が登場している。それが単に評する角度の違いからくる差であるならば許されようが、中には冒涜的なイエス論が「これこそイエスの真の姿」として吹聴されたりしている。もとよりイエスの実像は定め難い。本当に実在したのかどうか、実在したとして単数なのか複数の複合人物像なのか、ユダヤ人なのか非ユダヤ人的パレスチナ人なのか等々重要なことで確定していない。そういうイエス像である故に解釈が多義的になるのも致しかたない。但し、仮にそうであったとしても、どういう内実で理解すべきなのかの基準ぐらいは要るのではなかろうか。

れんだいこ的には、ユダヤ教的独尊主義に対する徹底的な論難者としての非ユダヤ人としての複合人物的イエスを拝察したい。その論駁の出来栄えが稀に見る有能なものであり、それ故に史上長らく敬愛思慕されていると解する。中でも「山上の垂訓」、「辻説法」、「エルサレム神殿での教義問答」、「最期の晩さん談議」が圧巻である。他の誰をもってしても、イエスほどの切り口で説き聞かせらた者はなかろう。こう解するべきだと思う故に間違っても、その価値を落とし込めるイエス論はあってはならないと考える。れんだいこの検証によると、そういう歪曲を撥ね退けて見えてくるイエスの人となりは次のようなものである。 

 2004.11.14日、2010.7.23日再編集 れんだいこ拝


関連サイト パレスチナ問題考 【「ユダヤ人問題」考
イエズス会宣教史考 天理教教祖山みき論
ユダヤ聖書神話考 ルネサンスの研究

目次

コード 項目
イエス・キリスト伝の予備知識、当時の政治及び宗教界の情勢
イエス非実在説考
イエスの概要履歴その1  誕生から「山上の垂訓」まで
補足  イエスの東洋思想修行考
補足  「イエスの教義考、山上の垂訓考
イエスの概要履歴その2  本格的伝道からエルサレム神殿乗り込みまで
補足  イエスの12使徒に対する指導考
イエスの概要履歴その3  エルサレム神殿乗り込みから拘束されるまで
イエスの概要履歴その4  拘束から処刑されるまで
イエスの概要履歴その5  イエス処刑以降の使徒の動き(「使徒行伝」)
補足・荒野問答考(荒野でのパリサイ派との問答考)
補足・イエス処刑事由と処刑経緯考
補足・キリスト教話、聖書の名言
補足・イエスとキリストの関係考、使徒達の非イエス教徒ぶり考
補足・キリスト教正義とユダヤ教正義の類似と差異考
イエス教義と天理教中山みき教義の通底考
芥川龍之介のイエス論
笠原芳光のイエス論
「みちのくのキリストの墓」考
太田龍・氏のイエス論
関連著作本
インターネットサイト
新約聖書
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