日本人女性人身売買考

 (最新見直し2009.6.27日)

【「日本人女性人身売買考」】
 「豊臣秀吉の『伴天連(ばてれん)追放令」で触れたが、ここで改めて「日本人女性人身売買」について考察する。

 豊臣秀吉側近の軍記作者にして「九州御動座記」の著者であるの大村由己は次のような文面の手紙を遺している。
 「…今度、伴天連ら、能時分と思い候て、種々様々の宝物を山と積み、いよいよ一宗繁昌の計賂をめぐらし、すでに後戸(五島)、平戸、長崎などにて、南蛮航付きごとに完備して、その国の国主を傾け、諸宗をわが邪法に引き入れ、それのみならず、日本仁(人)を数百、男女によらず、黒船へ員い取り、手足に鉄の鎖をつけ、舟底へ追入れ、地獄の呵責にもすぐれ、そのうえ牛馬を買い取り、生ながら皮を剥ぎ、坊主も弟子も手づから食し、親子兄弟も礼儀なく、ただ今世より畜生道のあリさま、目前のように相聞え候。見るを見まねに、その近所の日本仁(人)いずれもその姿を学び、子を売り、親を売り、妻女げどうを売り候由、つくづく聞こしめされ、右の一宗御許容あらば、たちまち日本、外道の法になるべきこと、案の中に候。然れば仏法も王法も捨て去るべきことを歎きおぼしめされ、添なくも大慈大悲の御思慮をめぐらされ候て、すでに伴天連の坊主、本朝追払の由、仰せ出され候……」

 (「株式日誌と経済展望」氏の2006.8.25日付け「NHKの大河ドラマの「功名が辻」は単なるホームドラマ」より転載)

 「★阿修羅♪ > Ψ空耳の丘Ψ42」のTORA氏の2006.1.27日付け投稿「日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?」、くじら氏の2009.5.10日付け投稿「Re: 日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?」を参照する。

 「島原半島最南端、口之津港が火薬一樽と交換に売られていった少女の積出港でした。火山灰土壌で米がとれぬ同地の農民にとり、過酷な領主からの取り立てを逃れる手段として、悲しい選択をせざるを得なかったのでした。南蛮船渡来の地として知られる口之津港は、キリスト教が戦国時代のこの国で一番最初に根付き、大半の領民はキリスト教へと改宗、熱心に信仰を守っていました。その後、秀吉の九州征伐、宣教師の国外追放令を経て、キリスト教禁止令が出され、さらに鎖国政策がとられ貿易の利がなくなると、そのしわ寄せはすべて領民にかかります。この世に生きる希望を断たれた人々はついに島原の乱を起こし、三万七千人もの人々が燃え盛る炎のなか命を絶たれるに至りました。口之津歴史資料館では戦国時代から近代にまで続く人身売買の歴史を垣間見せてもらえます」。  


 
徳富蘇峰の「近世日本国民史」の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。
 「キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、 獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし」。

 山田盟子氏は、「ウサギたちが渡った断魂橋」(新日本出版社)のP26−27中で次のように記していると云う。
 「 ……肌の白いみめよき日本の娘らが、秘所をまるだしにつながれ、弄ばれているのは、奴隷らの国にまで、日本の女が転売されていくのを、正視できるものではない。われわれのみた範囲で、ヨーロッパ各地で五十万ということはなかろう。ポルトガル人の教会や師父が、硝石と交換し、証文をつけて、インドやアフリカにまで売っている。いかがなものだろう」

 山田盟子氏の「ウサギたちが渡った断魂橋」は、  「天正遣欧使節」の次のような遣り取りを記していると云う。

 「(ミゲルを名乗った有馬晴信の甥の清左、マンショを名乗った大友宗麟の甥の祐益らは、)行く先々でおなじ日本人が、数多く奴隷にされ、鉄の足枷をはめられ、ムチうたれるのは、家畜なみでみるに忍びない」、「わずかな価で、同国人をかかる遠い地に売り払う徒輩への憤りはもっともなれど、白人も文明人でありながら、なぜ同じ人間を奴隷にいたす」。

 すると大村純忠のさしむけた少年マルテーは、「われらと同じ日本人が、どこへ行ってもたくさん目につく。また子まで首を鎖でつながれ、われわれをみて哀れみをうったえる眼ざしは辛くてならぬ……肌の白いみめよき日本の娘らが、秘所をまるだしにつながれ、弄ばれているのは、奴隷らの国にまで、日本の女が転売されていくのを、正視できるものではない。われわれのみた範囲で、ヨーロッパ各地で五十万ということはなかろう。ポルトガル人の教会や師父が、硝石と交換し、証文をつけて、インドやアフリカにまで売っている。いかがなものだろう」。

 これら人売のことでは、ポルトガル王のジョアン三世から、ローマ法王庁に、「ジパングは火薬一樽と交換に、五十人の奴隷をさしだすのだから、神の御名において領有することができたら、献金額も増すことができるでしょう」という進言があり、イエズス会からの戦闘教団が、一五四一年四月七日、八年をかけて喜望峰まわりで日本へと着いたのだという。


 これにつき、「天正遣欧使節記」(デ・サンデ著/雄松堂書店)は、上述のミゲル、マンショ、・マルチノ(マルテー)の発言につき、意味内容が多少異なる形で次のように記している。

 「レオ ちょうどよい機会だからお尋ねするが、捕虜または降参者はどういう目に遭わされるのだろう。わが日本で通例やるように死刑か、それとも長の苦役か。

 ミゲル キリスト教徒間の戦争で捕虜となったり、やむをえず降伏する者は、そういう羽目のいずれにも陥ることはない。つまりすべてこれらの者は先方にも捕虜があればそれと交換されるとか、また釈放されるとか、あるいはなにがしの金額を支払っておのが身を受け戻すのだ。というのも、ヨーロッパ人の間では、古い慣習が法律的効力を有するように決められ、それによってキリスト教徒は戦争中に捕われの身となっても、賤役を強いられない規定になっているからだ。だがマホメット教徒、すなわちサラセン人に属する者に対しては、別の処置が取られる。これらの者は野蛮人でキリストの御名の敵だから、交戦後も捕えられたまま、いつまでも賤役に従うのである。

 レオ そうすると、キリスト教徒なら、その教徒間では戦争中に捕虜となっても、賤役に従えという法律に拘束される者は一人もないわけだな。

 ミゲル そうしたことで市民権を失った者はただの一人もない。それはまた今もいったように、古来の確定した習慣で固く守られている。それどころか、日本人には慾心と金銭の執着がはなはだしく、そのためたがいに身を売るようなことをして、日本の名にきわめて醜い汚れをかぶせているのを、ポルトガル人やヨーロッパ人はみな、不思議に思っているのである。そのうえ、われわれとしてもこのたびの旅行の先々で、売られて奴隷の境涯に落ちた日本人を親しく見たときには、道義をいっさい忘れて、血と言語を同じうする同国人をさながら家畜か駄獣かのように、こんな安い値で手放すわが民族への激しい怒りに燃え立たざるを得なかった。

 マンショ ミゲルよ、わが民族についてその慨きをなさるのはしごく当然だ。かの人たちはほかのことでは文明と人道とをなかなか重んずるのだが、どうもこのことにかけては人道なり、高尚な教養なりを一向に顧みないようだ。そしてほとんど世界中におのれの慾心の深さを宣伝しているようなものだ。

 マルチノ まったくだ。実際わが民族中のあれほど多数の男女やら、童男・童女が、世界中の、あれほどさまざまな地域へあんな安い値で攫って行かれて売り捌かれ、みじめな賤役に身を屈しているのを見て、憐憫の情を催さない者があろうか。単にポルトガル人へ売られるだけではない。それだけならまだしも我慢ができる。というのはポルトガルの国民は奴隷に対して慈悲深くもあり親切でもあって、彼らにキリスト教の教条を教え込んでもくれるからだ。しかし日本人が贋の宗教を奉じる劣等な諸民族がいる諸方の国に散らばって行って、そこで野蛮な、色の黒い人間の間で悲惨な奴隷の境涯を忍ぶのはもとより、虚偽の迷妄をも吹き込まれるのを誰が平気で忍び得ようか。

 レオ いかにも仰せのとおりだ。実際、日本では日本人を売るというような習慣をわれわれは常に背徳的な行為として非難していたのだが、しかし人によってはこの罪の責任を全部、ポルトガル人や会のパドレ方へ負わせ、これらの人々のうち、ポルトガル人は日本人を慾張って買うのだし、他方、パドレたちはこうした質入れを自己の権威でやめさせようともしないのだといっている。

 ミゲル いや、この点でポルトガル人にはいささかの罪もない。何といっても商人のことだから、たとえ利益を見込んで日本人を買い取り、その後、インドやその他の土地で彼らを売って金儲けをするからとて、彼らを責めるのは当らない。とすれば、罪はすべて日本人にあるわけで、当り前なら大切にしていつくしんでやらなければならない実の子を、わずかばかりの代価と引き換えに、母の懐から引き離されて行くのを、あれほどこともなげに見ていられる人が悪い。また会のパドレ方についてだが、あの方々がこういう売買に対して本心からどれほど反対していられるかをあなた方にも知っていただくためには、この方々が百方苦心して、ポルトガル追うから勅状をいただかれる運びになったが、それによれば日本に渡来する商人が日本人を奴隷として買うことを厳罰をもって禁じてあることを知ってもらいたい。しかしこのお布令ばかり厳重だからとて何になろう。日本人はいたって強慾であって兄弟、縁者、朋友、あるいはまたその他の者たちをも暴力や詭計を用いてかどわかし、こっそりと人目を忍んでポルトガル人の船へ連れ込み、ポルトガル人を哀願なり、値段の安いことで奴隷の買入れに誘うのだ。ポルトガル人はこれをもっけの幸いな口実として、法律を破る罪を知りながら、自分たちには一種の暴力が日本人の執拗な嘆願によって加えられたのだと主張して、自分の犯した罪を隠すのである。だがポルトガル人は日本人を悪くは扱っていない。というのは、これらの売られた者たちはキリスト教の教義を教えられるばかりか、ポルトガルではさながら自由人のような待遇を受けてねんごろしごくに扱われ、そして数年もすれば自由の身となって解放されるからである。さればといって、日本人がこういう賤役に陥るきっかけをみずからつくることによって蒙る汚点は、拭われるものではない。したがってこの罪の犯人は誰かれの容赦なく、日本において厳重に罰せられてよいわけだ。

 レオ 全日本の覇者なる関白殿Quambacudonoが裁可された法律がほかにもいろいろある中に、日本人を売ることを禁じる法律は決してつまらぬものではない。

 ミゲル そうだ。その法律はもしその遵守に当る下役人がその励行に眼を閉じたり、売手を無刑のまま放免したりしなかったら、しごく結構なものだが。だから必要なことは、一方では役人自身が法律を峻厳に励行するように心掛け、他方では権家なり、また船が入って来る港々の長なりがそれを監視し、きわめて厳重な刑を課して違反者を取り締ることだ。

 レオ それが日本にとって特に有益で必要なこととして、あなた方から権家や領主方にお勧めになるとよい。

 ミゲル われわれとしては勧めもし諭しもすることに心掛けねばなるまい。しかし私は心配するのだが、わが国では公益を重んずることよりも、私利を望む心の方が強いのではなかろうか。実際ヨーロッパ人には常にこの殊勝な心掛けがあるものだから、こうした悪習が自国内に入ることを断じて許さない。それはそうと、このあたりで以前の話に戻ることにしてはどうだろう」。

 (「愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日」の2006.3.13日付け「[日本人奴隷]50万人もの日本の若い女性がキリシタンや大名によって売り飛ばされた」という証拠の史料はなかなか見つかりませんでした」より転載)


 TORA氏が「阿修羅空耳の丘43」の2006.1.27日付投稿「日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?」、 2006.3.6日付投稿「明治から大正にかけて、30万人もの日本の若い女性が売られたり騙されたりして、海外に売られていった」で採りあげている。出所は「株式日記と経済展望」で、出典は「日本宣教論序説(16) 2005年4月 日本のためのとりなし」のようである。これをれんだいこ流に意訳整理する。


 鬼塚英昭氏の著「天皇のロザリオ」(P249〜257)は、次のように述べている。

 「徳富蘇峰の『近世日本国民史』の初版に、秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録がのっている。『キリシタン大名、小名、豪族たちが、火薬がほしいぱかりに女たちを南蛮船に運び、獣のごとく縛って船内に押し込むゆえに、女たちが泣き叫ぴ、わめくさま地獄のごとし』。ザヴィエルは日本をヨーロッパの帝国主義に売り渡す役割を演じ、ユダヤ人でマラーノ(改宗ユダヤ人)のアルメイダは、日本に火薬を売り込み、交換に日本女性を奴隷船に連れこんで海外で売りさばいたボスの中のボスであつた。

 キリシタン大名の大友、大村、有馬の甥たちが、天正少年使節団として、ローマ法王のもとにいったが、その報告書を見ると、キリシタン大名の悪行が世界に及んでいることが証明されよう。

 『行く先々で日本女性がどこまでいっても沢山目につく。ヨーロッパ各地で50万という。肌白くみめよき日本の娘たちが秘所まるだしにつながれ、もてあそばれ、奴隷らの国にまで転売されていくのを正視できない。鉄の伽をはめられ、同国人をかかる遠い地に売り払う徒への憤りも、もともとなれど、白人文明でありながら、何故同じ人間を奴隷にいたす。ポルトガル人の教会や師父が硝石(火薬の原料)と交換し、インドやアフリカまで売っている』と。

 日本のカトリック教徒たち(プロテスタントもふくめて)は、キリシタン殉教者の悲劇を語り継ぐ。しかし、かの少年使節団の書いた(50万人の悲劇)を、火薬一樽で50人の娘が売られていった悲劇をどうして語り継ごうとしないのか。キリシタン大名たちに神杜・仏閣を焼かれた悲劇の歴史を無視し続けるのか。

 数千万人の黒人奴隷がアメリカ大陸に運ばれ、数百万人の原住民が殺され、数十万人の日本娘が世界中に売られた事実を、今こそ、日本のキリスト教徒たちは考え、語り継がれよ。その勇気があれぱの話だが」。


 
かなり護教的な論調で解説しているが、奴隷売買に言及している。

 (注)「愛・蔵太のもう少し調べて書きたい日記」の2007.9.4日付けの「[日本人奴隷]日本人奴隷の売買を禁じた秀吉の発令(?)は「バテレン追放令」ではありません」によれば、冒頭の「秀吉の朝鮮出兵従軍記者の見聞録」は不正確で、実際は「秀吉の九州出兵の記録であるところの、大村由己の『九州御動座記』」が正しいとのことである。

 なお、日記氏は、「火薬一樽につき日本娘50人」の根拠は明らかでないとして次のように述べている。
 さらに、「火薬一樽につき日本娘50人」と似たようなフレーズ・テキストは、この世に存在する書物としては、『天皇のロザリオ』中以外には、存在が確認できませんでした。「記録は省かれています」も何も、あったもんじゃありません。

 れんだいこ主宰の「人生学院掲示板bQ、703」の「出入りの住人」2008.10.22日付け投稿「「日本人女性人身売買考」について」の指摘を受け、書き直しさせていただいた。謝謝。

 2008.10.22日 れんだいこ拝

 鬼塚氏の指摘は、若桑みどり著「クアトロ・ラガッツィ(四人の少年の意)」(天正少年使節と世界帝国)P.414〜417」でも裏付けられている。若菜氏は、徳當蘇峰「近世日本国民史豊臣時代乙篇P337-387」からの引用で次のように述べている。但し、肝腎の「火薬一樽につき日本娘50人」の記述を省いている。
 「植民地住民の奴隷化と売買というビジネスは、白人による有色人種への差別と資本力、武カの格差という世界の格差の中で進行している非常に非人間的な『巨悪』であった。英雄的なラス・カサスならずとも、宣教師はそのことを見逃すことができず、王権に訴えてこれを阻止しようとしたがその悪は利益をともなっているかぎり、そして差別を土台としているかぎり、けっしてやむものではなかった」(p.416〉。

  この説明の後、売られた女性たちの末路の悲惨さを記している。かなり婉曲に触れていることになる。

 秀吉は、準管区長コエリヨに対して次のように命じている。
 「ポルトガル人が多数の日本人を奴隷として購入し、彼らの国に連行しているが、これは許しがたい行為である。従って伴天遠はインドその他の遠隔地に売られて行ったすぺての日本人を日本に連れ戻せ」。

 2002.7.9日付北國新聞の「バテレン追放令」も当時の「宣教師達による日本人女性人身売買」について触れている。豊臣秀吉のバテレン追放令第10条の「日本人を南蛮に売り渡す(奴隷売買)ことを禁止」を紹介し、次のように述べている。
 「バテレン船で現実に九州地方の人々が外国に奴隷として売られていること―などが分かる。秀吉の追放令は、ある意味で筋の通った要求だった」。

 日本の娘などがキリシタンによって奴隷として売りさばかれた史実は、さまざまな文献資料によっても証明されている。日本の歴史教科書では、秀吉のキリシタン弾圧は教えても、日本女性が奴隷としてキリシタンたちが海外売りさばいた事は教えていない。高山右近などのキリシタン大名が出てくるだろうが、娘たちを火薬一樽で娘50人を売った事などはドラマには出てこない。それでは、秀吉がなぜキリシタン弾圧に乗り出したかが分からない。ましてや宣教師のザビエルなどが改宗ユダヤ人であることなどと指摘する歴史教科書はない。

【「株式日記と経済展望」氏の「日本人女性人身売買考」】
 これらを踏まえて、「株式日記と経済展望」氏は次のようにコメントしている。

 今年のNHKの大河ドラマは山内一豊が主人公ですが、信長、秀吉、家康の時代のドラマです。また同じNHKでは「そのとき歴史は動いた」と言う番組でも戦国時代のことをよく取り扱います。その中で秀吉とキリシタンの関係を扱ったものがありましたが、日本の娘などがキリシタンによって奴隷として売りさばかれた事は扱わなかった。

 この事は、さまざまな文献資料によっても証明されているから事実なのですが、日本の歴史教科書でも、秀吉のキリシタン弾圧は教えても、日本女性が奴隷としてキリシタンたちが海外売りさばいた事は教えないのはなぜか。そうでなければ秀吉がなぜキリシタン弾圧に乗り出したかが分からない。

 ましてや宣教師のザビエルなどが改宗ユダヤ人であることなどと指摘するのは歴史教科書やNHKなどでは無理だろう。しかしこのようなことを教えないからユダヤ人がなぜヨーロッパで差別されるのかが分からなくなる。彼らは金になれば何でもやるところは現代でも変わらない。

 なぜこのような事実が歴史として教えられないかと言うと、やはりGHQなどによる歴史の改ざんが行なわれて、キリスト教や白人などへのイメージが悪くなるからだろう。もちろんキリシタン大名などの協力があったから日本女性を奴隷として売りさばいたのだろうが、彼らは日本人の顔をしたキリシタンだった。

 おそらく大河ドラマでも高山右近などのキリシタン大名が出てくるだろうが、娘たちを火薬一樽で娘50人を売った事などはドラマには出てこないだろう。しかしこのようなことがキリスト教に対する日本国民のイメージが悪くなり、キリスト教は日本ではいくら宣教師を送り込んでも1%も信者が増えない。かつてキリスト教は人さらいをした宗教と言うDNAが埋め込まれてしまったのだろう。

 歴史教科書などではキリスト教弾圧を単なる異教徒排斥としか教えていませんが、信長にしても秀吉にしてもキリシタンに対しては最初は好意的だった。しかし秀吉に宣教師たちの植民地への野心を見抜かれて、だんだん危険視するようになり制限を設けたが、神社仏閣の破壊や日本人を奴隷として売りさばく事が秀吉の怒りに触れて弾圧するようになったのだ。

 現代にたとえれば竹中平蔵などがキリシタン大名として宣教師たちの手先となって働いているのと同じであり、日本の銀行や保険会社などを外資系ファンドなどに売りさばいてしまった。戦国時代に日本の娘を奴隷として売りさばいたのと同じ行為であり、竹中平蔵は高山右近であり、アルメイダのような改宗ユダヤ人が日本乗っ取りを狙っている。(「日本の歴史教科書はキリシタンが日本の娘を50万人も海外に奴隷として売った事は教えないのはなぜか?」)

 戦国時代のことは資料も限られたものしかないから、正確な事はわかりませんが、キリシタン追放令の10条に日本人を南蛮に売り渡すのを禁止している事からも、日本の若い娘が大勢連れ去られて売春宿に売られていたようだ。あとは天正少年使節団などがヨーロッパの各地で日本女性が売春婦として働かされていることなどが記録として残っている。

 このように戦国時代も明治大正時代も大勢の日本女性が売春婦として売り飛ばされたのですが、現代の日本人としては認めたくない事実なのだろう。(「明治から大正にかけて、30万人もの日本の若い女性が海外に売られていった」)

 現代人が明治大正の貧しい時代のことを知らないのは、明治以降の日本の歴史を詳しく教えないからであり、テレビや映画などで描かれる明治大正の貧しい農家の様子を知る事は難しい。小林多喜二の「蟹工船」などの小説やプロレタリア文学などの作品などを読めば当時の貧しい農家の様子は分かるのですが、女は女郎として売られ、男は人夫として売られた。

 からゆきさんと呼ばれた海外に売り飛ばされた日本の若い女性は20万にとも30万人とも言われますが、多くが20歳足らずで病気などで亡くなった。親たちはどのような事情で子供を売り飛ばしたのか分かりませんが、当時の貧しさを知らなければ親を責める訳にもいかないでしょう。しかしこれほどの大勢の女性が海外に売られたのに多くの人がこの事を知らない。

 だから戦国時代といわれた100年余りの間に50万人もの日本の若い女性がキリシタンや大名によって売り飛ばされたと言う事も大げさな話ではないのでしょう。しかし株式日記を読んだ読者にはこれを「既知外テキスト」として切り捨てる人もいる。私はデタラメを書いているつもりはないのですが、それほど現代の日本人は日本の歴史を知らないのだ。(「明治から大正にかけて、30万人もの日本の若い女性が海外に売られていった」)





(私論.私見)