「シオンの議定書」に対するヒトラーの言説、「ヒトラーのユダヤ人論」考

 (最新見直し2007.4.25日)

 (れんだいこのショートメッセージ)
 ヒトラーの「ユダヤ人論、その陰謀主義的政治生活論、ユダヤ王国論」について確認する。考えてみれば、ヒトラーは、「シオンの議定書」に典型的に開陳されているユダヤ王国再建世界支配陰謀計画運動に真っ向から立ち向かったその意味での「狂人」だったのかも知れない。その「狂人のほどぶり」をヒトラー自身の言説から確認してみたい。少なくとも世間で流布されているようなイメージではなかろう。

 2004.10.11日 れんだいこ拝


【ヒトラー著「我が闘争」について】
 ヒトラー著我が闘争は、いわば「ナチズムの聖典」であり、ナチ党政権時代のドイツにあっては聖書と同じくらいの部数が発行されたと云われている。この本は、当初の題は、「虚偽、愚昧、怯懦との4年半の戦い」だった。第1部が1925.7月、第2部が1926.2月に発行された。党の宣伝もあって「わが闘争」は政権獲得までに30万部も売られた。

 「わが闘争」の評価はまちまちで、ヒトラー自身「政権を担うことが分かっていれば、あの本は出版しなかった」と語ったとも云われている。但し、この伝聞の根拠は不明。「我が闘争」は現在ドイツでは発禁本のリストの中に入っている。

 その内容は、一つは自伝であり、一つは歴史観、世界観の披瀝であり、一つはヒトラー率いるナチスの政見及び政策のプロパガンダとなっている。ヒトラーの歴史観、世界観に特徴的なことは、ユダヤ選良論に対抗する論としてアーリア民族の人種的優越論を対置していることである。政策論として特徴的なことは、民族主義、国家主義に国家社会主義的政策を結合させていることである。

 「わが闘争」は彼の目指す国家社会主義を集大成したもので、ユダヤ問題、共産主義、アーリア人種優性論等々を展開している。例えば人種論では人種を3つに分類し、次のように見立てた。1・文明を創造する「文化創造的人種アーリア人」(純粋なドイツ人)、2・「文化維持的人種」(アーリア人との交流や刺激を受けて文明を維持する人種で、日本人はこれに分類された)、3・「文化破壊的人種」(特にユダヤ人がこれに該当する)。よって、優秀な民族が劣性な民族を屈服させることによって文明は発展する、とりわけユダヤ人の根絶はアーリア人にとって民族的義務であるとした。そしてドイツ民族の生存圏を東方へ拡大しなければならないとした。

 ヒトラーのこの思想は、ヒトラーのウィーン時代の読書や大戦の経験から成立していったもので、終生つらぬき通される。反ユダヤ思想自体はヨーロッパなどキリスト教国に古くからあったものである。特に世紀末のウィーンでは蔓延しており、反ユダヤ主義政治家のウィーン市長カール・ルエガー、汎ドイツ党首フォン・シェーネラーらが活動していた。ヒトラーが反ユダヤ思想に傾倒したのもウィーン滞在以降である。

 2005.4.8日再編集 れんだいこ拝

【ヒトラーの反ユダヤ主義の背景に有る社会事情考】
 ネット通信「米国の覇権を予測し『EU』実現も予想していたヒトラー:『我が闘争』よりも面白い『ヒトラー第二の書』」に次の件が有る。参考になるので一部転載しておく。

 ヒトラーの世界観の中心は何と言っても反ユダヤ主義(Antisemitismus)である。彼は最後までユダヤ人への攻撃をやめなかった。それは一人の偏執狂の姿なのか?−違う、それはまさに当時の社会風潮でありあのディアスポラ以後世界に分散していったユダヤ人へのヨーロッパ人の眼を体現していたのである。

 彼の反ユダヤ主義は同時に、反資本主義であり、反共産主義であり、国民社会主義国家つまりドイツ的国家を破壊する最も邪悪な敵としてのユダヤ人という考え方であった。それは、近代社会が急速に資本主義化して、人々の関係が金銭関係によって規定されつつあるということへの多くの人々の反発でもあったのだ。そうした影響を最も大きくこうむった社会がドイツ社会であっただけに、国際金融を牛耳り背後で金儲けしているユダヤ人への社会一般の反発というものが絶えずくすぶっていたわけである。

 ことに第一次大戦後、全く”敗戦意識”のないドイツ国民にとって、ドイツをこのような悲惨なめにあわせているのはユダヤ人である、ユダヤ人による「背後からの一突き」がドイツを敗北に導いたというのは広く受け入れられていた観念であった。そして、レーニンの世界革命宣言によるボルシェビキ革命の動きに中産階級は恐怖したのである。

 共産主義者の革命が失敗に終わったのち、世界一民主的なワイマール憲法のもと社会民主党中心の政府ができた。しかし、ドイツ人たちはこの政府をほとんど信用していなかったし、民主主義というものへの理解が全くといっていいほどなかったのである。

 反ユダヤ主義の一般的風潮そして全預貯金をインフレで失うといった悲惨な状況にあった中産階級の怨念そうしたものが新たな指導者を創出したのである。ヒトラーはまさに国民の体現者、象徴的な姿だったのである。ではヒトラーというドイツ的観念の集約した人物の世界観は、これは当時のドイツ人の世界観だが(そして多かれ少なかれ現代にもつながっている)それは何だろうか?

 ほとんどの書物では無視されているか触れられていないが、ドイツ人の魂を具現化した作曲家Richard Wagnerの影響が大きかったのではないか。ヒトラーはリンツからウィーンで暮らした気ままな青春時代に何度も何度もワグナーのオペラや楽劇を見ている。多くのドイツ人と同様に、ワグナーによって魂の救済得たのであるが、ワグナーもまた苛烈な反ユダヤ主義思想を持っていて自ら公表しているのである。つまり反ユダヤ主義とはヨーロッパとりわけドイツ人一般に深く根付いていたものなのである。

 彼らの純血主義、異端者への嫌悪は長年分裂と弱体な中央政府(Reich)しかもたなかったドイツ人のルサンチマンによって増幅していったのかもしれない。そして、反ユダヤ主義思想家や芸術家ワグナーがそれに輪をかけていったと言えるかもしれないのだ。

 「ワグナーのヒトラーへの影響」については、別途ヒトラーに影響を与えたワグナーの反ユダヤ主義考で考察する。

【ヒトラーの「ユダヤ人論」】
 ヒトラーは、「我が闘争」で次のように述べている。
 概要「世界には3つの人種がいる。一つは『文化創造種』、二つは創造種の創った文化に従う『文化追従種』。そして、これらの文化を破壊する『文化破壊種』。『一等種(文化創造種)』はアーリア民族のみであり、他の民族は『二等種(文化追従種)』に過ぎない。3番目の『文化破壊種』はユダヤである」(ヒトラーの日本観
 ユダヤ人たちは、アメリカ合衆国の金融力の支配者である。一年一年彼らはますます1億2千万民衆の労働力の監督者の地位に上っていくのである。 ユダヤ人は自分たちの至福千年王国のなかに日本のような国家主義国家が残っているのをはばかり、それ故自分自身の独裁が始められる前にきっちり日本が絶滅されるよう願っているのである
 ヒトラーは、「第一政治書簡」で次のように述べている。
 第一にユダヤ人は、疑問の余地なく一つの人種であって、宗教的共同体ではない。さらに、ユダヤ人は自らを、決してユダヤ系ドイツ人、ユダヤ系ポーランド人、あるいはユダヤ系アメリカ人としてではなく、常にドイツ系,ポーランド系、アメリカ系ユダヤ人として描写する。ユダヤ人は、彼らがその直中に生活している外国の人民から、彼らの言語よりも多くを、吸収したことは一度もない。

 フランスにおいてフランス語を、イタリアにおいてイタリア語を、および支那において支那語を使用せざるをえないドイツ人が、それによってフランス人にも、イタリア人にも、ましてや支那人になることもないし、我々の中に偶然居住していてドイツ語を使用せざるをえないユダヤ人をドイツ人と呼ぶこともまたできない。寄せ集めの信仰さえが,その人種の保存のためにはいかに重要であろうと、誰がユダヤ人で誰がユダヤ人でないのかを決定するための単一の基準にはなりえない。全成員が皆単一の宗教に属している人種は、世界にほとんど存在しない。

  数千年にわたる同族結婚、しばしばごく狭いサークル内での同族結婚によって、ユダヤ人は彼らがその中で生きた数多くの他民族よりも、全体としてはその種族とその特質を厳しく保持してきたのである。かくて、我々の中に一つの非ドイツ的な外国人種が生息するという事実が生じたのである。

 彼らは、自己の民族的特性を犠牲にするつもりはなく、彼ら自身の感情、思考、努力を捨てる気もないのだが、にもかかわらず我々と同様に政治的権利の全てを所有しているのである。ユダヤ人は感情からしてすでに純粋に物質的に動いているが、その思考と努力は一層然りなのである。我々の内的感情から見れば、黄金の仔牛の周りを巡る踊りは、決してこの地上における至高のものではなく、また努力に値する唯一のものではありえないのであるが、彼らユダヤ人は、かかる財宝をめぐって仮借なき闘争を続けている。

 個々人の価値はもはや性格や、全体に対する行為の意義によっては決められず、財産や所持する金銭の多寡によってのみ決められるようになる。国民の高貴さは、もはやその倫理的・精神的力の総量によって測られるべきではなく、ただその物質的財産の豊かさによってのみ測られている。

 かくして、かの金銭を求める思想、金銭を求める努力が生まれる。この思想、努力を擁護する力は、財産の選択においてユダヤ人を良心なきものとし、この目的のために財産を消費することにおいて仮借なき態度をとらせる。ユダヤ人たちは専制支配の国家の中において、王侯たちの「尊厳」の恩寵を求めて集まり、それを諸民族へ憑く蛭として悪用する。

 ヒトラーは、「ヒトラー第二の書」で次のように述べている。

 「ユダヤは民族であるが、その人種的中核はまったく単一的なものというわけではない。にもかかわらず、民族としてのユダヤは特殊で固有な特徴を持ち、地球上のあらゆる民族と一線を画している。ユダヤは宗教共同体ではなくユダヤ教徒による宗教同盟であり、実体としては、ほとんどユダヤ民族による一時的な統治システムである。ユダヤ人はアーリア人諸国家のような、領土と結びついた独自の国家を持ったことがない。にもかかわらず、その宗教共同体は事実上の国家となっている。なぜならば、それがユダヤ民族の保存と拡大と未来を保証しているからである。しかし、これはまったく国家の任務である」(P.340)。
 「ユダヤ人の『国家』がアーリア人諸国家のような領土的限界に左右されないのは、ユダヤ民族の性格と関係がある。すなわち、独自の領土を持った国家を建設し維持していくための創造力に欠けているのである」。

 「アーリア人の生命闘争の基本は土地だ。土地を耕し、それをすべての基礎として、自分たちの活動範囲内で、自分たちの民族の生産力を通じ、まず自分たちの必要を満たす経済を生み出すのである。

 一方ユダヤ民族は、民族自体が創造的能力に欠けているために、領土的な意味での国家建設を遂行することができない。そこで、自身の存在を支えるものとして、他の民族の業績や創造的活動が必要となってくる。ゆえユダヤは、存在そのものが、他民族の生命の内部に入り込んだ寄生虫的なものとなる。したがってユダヤの生存競争の究極の目標は、生産力の活発な諸民族を奴隷化することとなる。この目標は、古今を通じて現実にユダヤの生存競争を代表してきたものであり、その達成のためにユダヤは、その性格の複合体のなかに隠し持ったあらゆる武器を利用するのである。」(P.340)。


【ヒトラーの「ユダヤ人の陰謀主義論」】
 ヒトラーは、「我が闘争」で次のように述べている。
  ユダヤ人問題について永続的に頑固になるには、映画や演劇の不愉快な駄作の広告を見て、そこで誉めそやされている作者の名前を学びさえすればよい。そこにはペスト、民衆が感染している道徳的ペストがあった。それはかつての黒死病よりも悪質だった。
 しかも、この毒素がいかに多く製造され、ばらまかれたことか。当然ながら、こうした芸術的製造業者の道徳的および知的水準が低ければ低いほど、それだけ彼の肥沃さは無尽蔵になる。ときどきこれらの輩の一人が、汚水ポンプのように行動して、汚物を人類の他の一員の顔面に直接に放つことにさえに至るのだ。それは恐ろしいことだ。しかし、さらに大きな数のユダヤ人が、この不名誉な使命を担うべく自然によって特別に設計されたように見えることを看過してはならない。
 ユダヤ人の新たな民族意識はパレスティナでのユダヤ人国家建国によって満足されるのだと他の世界の人々に信じさせようとシオニストたちが努力するとき、お人好しな非ユダヤ人を騙すべく、それに関してユダヤ人はもう一つの手段を採るのだ。彼らには、パレスティナにユダヤ人国家をそこに住むことができるように建国しようなどという意図は微塵もない。彼らの真の狙いは、国際的な詐欺とペテンのための中央組織を設立することにある。主権国家として、これは他のいかなる国家にも支配されえない。したがってそれは、正体を見破られた詐欺師の避難場所と同時に、その他の詐欺師の訓練のための高等学校として役立ちうるのだ。
 ヒトラーは、「第一政治書簡」で次のように述べている。
 彼らは民主主義の下では大衆の恩寵を切に求め「民族の尊厳」の前で這いつくばり、しかも金銭の尊厳をのみ知っている。

 ユダヤ人はビザンツ風の甘言により統治者の品位を、欺瞞と非行への恥知らずな誘惑とにより民族的誇りおよび民族の強さを、徐々に弱らせた。ユダヤ人が選んだ武器は、新聞により歪められた輿論である。ユダヤ人の権力は、利子の形でかくもたやすくそして果てしなく蓄積する金銭の権力であり、それによって彼は、その煌びやかな装い、その直接的な結果においてさらに凶悪な支配を、民族の上に課すのだ。人民により大いなる物を得るべく奮起させるものはすべて,宗教、社会主義、あるいは民主政治だろうと、権力を求める貪欲さと渇望とを満足させる手段としてユダヤ人の役に立つだけである。

 ユダヤ人の活動はその結果において、諸民族の人種的肺病となる。「ユダヤ人の劣等で犯罪的な性格は、彼らの人種としての特性に基づくものであるから、我々が外部からどのように努力してみても改善させることは不可能である。彼らは金銭を得るために手段を選ばないし、その金銭の利子によって諸民族を抑えつけている」。

 そしてそこから次のことが結果する。すなわち、純粋に感情的な諸理由からの反ユダヤ主義はその究極の表現をユダヤ人迫害のうちに見出すであろう。しかし理性の反ユダヤ主義は、ユダヤ人が他の、我々の間で生活している他の外国人と違って所有している特権を、計画的・合法的に駆除・除去することを目指さねばならない(外国人法制定)。しかし、反ユダヤ主義の究極の目標は、断固としてユダヤ人そのものを除去することにあらねばならない。この2つのことを成すには、国民的力を持った政府だけができうるのであり、国民的無力の政府は何もできないのである。

 共和国はその誕生を、我らが国民の統一された意志にではなく、一連の状況の内密の利用に負っており、それらは深い不満の中に自らを表現した。これらの状況は政治構造とは独立に生じたのであり、今日でさえも作用中である。実に今は、かつてよりもそうである。この理由により我れらが国民の大部分は、国家構造それ自体を換えることによってではなく、国民の道徳的および精神的力を再生させることによってのみ、我々の地位は改善されうるのだと認識するようになった。

 そしてこの再興は、党の教義、国際主義のキャッチフレーズ、あるいは無責任な新聞のスローガンの影響を受けた無責任な議会多数派の指導下では準備されない。内なる責任感を備えた民族気質の指導者たちの、断固たる行動によってのみ可能である。

 まさにこの事実が、いかなる国家もがひどく必要としている精神力の内面的支持を共和国から奪うことに奉仕している。かくして、国家の形態を変えることにより受益してきたし、そして受益し続け、また、まさにその理由から革命の背後で駆動力となった人々――ユダヤ人たち――による支持を、国家の現在の指導者たちは求めざるを得ない。

 ユダヤ人の危険は今日の指導者たちによってさえ疑いなく認識されているのだが、それを顧慮することなく、これらの男たちは私的特権のため、ユダヤ人たちによる支持を受け入れざるをえず、また、これらの支持に報いざるを得ない。これらの支持への返礼は、あらゆるユダヤ人の要求を満たすことのみならず、とりわけ、反セム主義運動を妨害することにより、詐欺師たち[ユダヤ人]に対する人民の闘争を防止することを含む(第一政治書簡)。
 ヒトラーは、「ヒトラー第二の書」で次のように述べている。

 「したがって、個別国家内での国内政治においては、ユダヤはまず平等の権利のために戦い、後には優越権を求めるようになる。狡猾さ、悪智恵、抜け目のなさ、不正行為、偽善などの諸特徴は民族集団の性格に根ざしたもので、すべてのユダヤの武器である。こうしたものは、他民族の戦闘におけると同じく、ユダヤにとっては生き残りの戦争のための戦略なのである。」(P.341)

 「古代社会の崩壊とともにユダヤは、若く、まだまったく犯されない部分を持つ民族と遭遇した。そうした民族は、もちろんその人種的な本能からだが、ユダヤの浸透から身を守った。ユダヤは千五百年近くにわかって異邦人であり続け、得意の嘘や偽善もほとんど助けとはならなかった。

 封建制支配と諸侯の統治によって初めて一般状況が生まれ、ユダヤは社会的な非抑圧階級の闘争と結びついて、短期間のうちにその闘争を事実上、自分たちのものとした。ユダヤが市民的平等を手に入れたのはフランス革命後のことだ。革命で橋が架かったおかけで、ユダヤは国家内における政治権力奪取へと踏み出せるようになった」(P.342)。

 「十九世紀になると、ユダヤは利子の思想に基づく金融資本を作り上げ、それを通じて諸国家の経済を内部から支配する地位を手に入れた。最後には、株式保有という詐欺を通じて生産拠点の大部分を所有するようになり、さらには証券取引所を利用して徐々に公的な経済生活を支配していき、ついには政治生活をも支配するようになってしまった。

 このユダヤ支配の手段となっているのが、フリーメーソンリーを使った国家の知的汚染であり、ユダヤ依存となった新聞業界である。ユダヤはブルジョア知識人の支配体制を破壊する潜在的な力を、新たに起こってきた『第四階級』である手職人たちに見いだした。これはかつて、ブルジョアジーが封建支配打破の手段にされたのとまったく同じパターンである。それと同時に、ブルジョアジーの愚かさと不誠実なまでの原則のなさ、さらには貪欲と怯懦も敵に利用された。ユダヤは職人身分の手職人たちを特殊な階級に仕立て上げ、これを今は諸民族のインテリ階層と戦わせている。マルクス主義はボルシェヴィキ革命の精神的父親となった。この恐るべき武器をユダヤは今、野獣のように、情け容赦なく振るっている」(P.343)。
 「ユダヤはヨーロッパ諸国家間の緊張を利用した。そうした緊張は、大部分が領土不足一般とそれに起因する理由によるものだったのが、ユダヤはこれを利用して、組織的に世界大戦へと諸国家を扇動したのである。

 彼らの目的は、伝統的に反ユダヤ主義だったロシアを破壊すること、行政においても軍事においても依然としてユダヤへの抵抗を示していたドイツ帝国を破壊することだった。さらには民主制に―ユダヤに依存し指導される民主制に―したがわない諸王朝の転覆をも目指していた」(P.343)。
 「ロシア以外でこの闘争が最初に決着したのはフランスだった。フランスのユダヤは、数々の好機に恵まれて、フランス民族が持つ盲目的愛国主義の利益共同体に入り込んだ。それ以来、ユダヤの証券取引所とフランスの銃剣は同盟者である」(P.344)。

 「イギリスでは、この闘争は未決着である。ここでは、ユダヤの侵略は依然として昔ながらのイギリス的伝統に阻まれている。アングロサクソン集団の本能は今も鋭敏かつ健在で、ユダヤの完全勝利とはとても言えず、むしろある部分では、ユダヤは依然として自らの利益をイギリスの利益に適合させざるを得ないでいる」(P.345)。


【ヒトラーの「ユダヤ人の陰謀主義批判論」】
 ヒトラーは、「我が闘争第1巻第10章、ユダヤ人の嘘についてで次のように述べている。
 この軍事的崩壊[第一次世界大戦]はそれ自体,すでに平和な時代からドイツ国民をおそっていた病状と,病原体の全体から生じた結果にすぎなかった.これは倫理的および道徳的中毒,自己保存衝動の衰弱,そしてそれらの諸前提条から生じた,破局的でありそして誰の目にも明らかな最初の結果だった.それらはすでに,長年にわたって国民とライヒの基礎を覆しはじめていたのである.

 ユダヤ人および彼らのマルクス主義的闘争組織の悉く底の知れぬ欺瞞は、ただひとり超人的な意志力と実行力を以って、自己に予見できた破局を防ぎ、どん底の屈辱と不名誉の時代から国民を救おうと努めてきた他ならぬその男に、崩壊の責任を負わせたのである。世界大戦の敗北の責任がルーデンドルフにあると烙印を押すことにより、祖国の反逆者に対抗して立ち上がりうる唯一の危険な弾劾者の手から、彼らは道徳的正義という武器を取り上げてしまったのである。

 彼らはこれに際して、嘘が大きければ、その中に信用される一定の要因がつねに生じるという、まったく理にかなった原則から出発した。なぜなら群集は心の深層において、意識的かつ故意に悪人になるというよりも、むしろ他から容易に堕落させられる傾向があり、したがって、かれらの心情の原子的な単純さを考慮すると、彼らは小さなうそよりも大きなうその犠牲となりやすいからである。というのは,かれら自身小さなものごとについて嘘をつきはするのだが、あまりにも大きなうそをつくのは気恥ずかしく感じられるからである。そのような欺瞞はかれらの頭には到底入り込めないであろうし、他人の中のかくなる怪物のような厚かましさや不名誉な歪曲の可能性を信じることが彼らにはできないだろう。それどころか、このことについて説明を受けてさえなお、彼らは長く疑い動揺するであろうし、そしてこれらの根拠のうちの少なくとも一は真実として受けとめつづけるだろう。したがって、きわめて傲慢な嘘からさえも、つねに何かあるものが残って動かないだろう。――以上は、この世界のあらゆる大法螺吹きや嘘つき団体が知りつくしており、そして卑劣にも利用している事実である。


 しかしうそと、真相の否認が利用されうる可能性についての、この心理をもっともよく知っているものは、どの時代でもユダヤ人であった、なにしろ、かれらの全存在がすでに、比類なき大きな嘘に基づいているからである。すなわち、彼らが一宗教団体であるという嘘である。実際には彼らは一つの人種――しかも,何たる人種!――であるにもかかわらず。しかし、人類最大の精神の所有者の一人〔A. ショーペンハウアー〕が、根本的な真理を示す永遠に妥当な格言によって、彼らが永久にかくなるものであることを暴いた。その人は、かれらを「嘘の偉大な達人」と呼んだ。この点を認識しない、あるいはそれを信じようとしない者には、この世界で真理が勝利するのを手伝うことは決してできないであろう
 ヒトラーは、「ヒトラー第二の書」で次のように述べている。

 「少なからぬ国々を戦争に踏み切らせた影響力は、その国の本当の国内的利益から生じたものではまったくないか、あるいは国にとって何の得にもならないものだった。醜悪な戦争プロパガンダによってそうした国々の国民世論は五里霧中の状態になり、戦争支持の熱狂へと掻きたてられた。しかもその戦争は、その当の国民にとってはまったく得るところがなかったばかりか、その本当の利益とは真っ向からぶつかることすらあったのである。

 この途方もない戦争プロパガンダを扇動した勢力は、世界中の国際ユダヤだった。なぜならば、こうした国々が数多く戦争に参加することは、その国々の利益から見れば無意味に思えるかもしれないが、世界ユダヤの利益という視点から見ればまさに意味がある、論理的に必然性のあることだからである」(P.339 「結論として」の「世界大戦におけるドイツの災厄はユダヤの仕業である」より)。

 「ユダヤの最終目標は脱民族化である。すなわち他民族を無差別に私生児化し、最高の民族の人種価値を低下させるとともに、その人種の寄せ集め集団を支配することである。そのためにはその民族のインテリ層を絶滅させ、ユダヤ民族の者がこれに取って代わるのである」(P.341)。

 「ユダヤの世界闘争の終わりは必ず血塗られたボルシェヴィキ化となる。そしてその実体は、民族と結びついた知的上流階級すべての破壊であり、それによって自分たちが、指導者を失った人類の主人となることである」(P.341)。


アドルフ・ヒトラー総統発言集『第一政治書簡』
 アドルフ・ヒトラー総統発言集『第一政治書簡』より引用する。
 ユダヤ人が今日わが民族に対して持っている危険は、我が民族の大部分が抱く抜きがたい嫌悪感のうちに表現されているが、この嫌悪感は、ユダヤ人が意識的無意識的に我が民族に及ぼす計画的かつ有害な作用を明確に認識した結果生まれたのではなく、個人的な交際を通じてユダヤ人が個人として残す、ほとんどつねに不愉快な印象に大部分としては基づいているのである。

 そのため、反セム主義はしばしば感情的現象の性格を帯びることになる。しかし、これは全くの誤りである.政治運動としての反セム主義は、感情的要因によって規定されてはならないし、むしろ事実の認識によって規定されるべきである。その事実とは次のごときものである。
 第一にユダヤ人は、疑問の余地なく一つの人種であって、宗教的共同体ではない。さらに、ユダヤ人は自らを、決してユダヤ系ドイツ人、ユダヤ系ポーランド人、あるいはユダヤ系アメリカ人としてではなく、常にドイツ系,ポーランド系,アメリカ系ユダヤ人として描写する。ユダヤ人は、彼らがその直中に生活している外国の人民から、彼らの言語よりも多くを、吸収したことは一度もない。フランスにおいてフランス語を、イタリアにおいてイタリア語を、および支那において支那語を使用せざるをえないドイツ人が、それによってフランス人にも、イタリア人にも、ましてや支那人になることもないし、我々の中に偶然居住していてドイツ語を使用せざるをえないユダヤ人をドイツ人と呼ぶこともまたできない。寄せ集めの信仰さえが,その人種の保存のためにはいかに重要であろうと、誰がユダヤ人で誰がユダヤ人でないのかを決定するための単一の基準にはなりえない。全成員が皆単一の宗教に属している人種は、世界にほとんど存在しない。

  数千年にわたる同族結婚、しばしばごく狭いサークル内での同族結婚によって、ユダヤ人は彼らがその中で生きた数多くの他民族よりも、全体としてはその種族とその特質を厳しく保持してきたのである。かくて,我々の中に一つの非ドイツ的な外国人種が生息するという事実が生じたのである。彼らは,自己の民族的特性を犠牲にするつもりはなく、彼ら自身の感情、思考、努力を捨てる気もないのだが、にもかかわらず我々と同様に政治的権利の全てを所有しているのである。ユダヤ人は感情からしてすでに純粋に物質的に動いているが、その思考と努力は一層然りなのである。我々の内的感情から見れば、黄金の仔牛の周りを巡る踊りは、決してこの地上における至高のものではなく、また努力に値する唯一のものではありえないのであるが、彼らユダヤ人は、かかる財宝をめぐって仮借なき闘争を続けている。

 個々人の価値はもはや性格や、全体に対する行為の意義によっては決められず、財産や所持する金銭の多寡によってのみ決められるようになる。国民の高貴さは、もはやその倫理的・精神的力の総量によって測られるべきではなく、ただその物質的財産の豊かさによってのみ測られている。

 かくして、かの金銭を求める思想、金銭を求める努力が生まれる。この思想、努力を擁護する力は、財産の選択においてユダヤ人を良心なきものとし、この目的のために財産を消費することにおいて仮借なき態度をとらせる。ユダヤ人たちは専制支配の国家の中において、王侯たちの「尊厳」の恩寵を求めて集まり、それを諸民族へ憑く蛭として悪用する。


  彼らは民主主義の下では大衆の恩寵を切に求め「民族の尊厳」の前で這いつくばり、しかも金銭の尊厳をのみ知っている。

 ユダヤ人はビザンツ風の甘言により統治者の品位を、欺瞞と非行への恥知らずな誘惑とにより民族的誇りおよび民族の強さを、徐々に弱らせた。ユダヤ人が選んだ武器は、新聞により歪められた輿論である。ユダヤ人の権力は、利子の形でかくもたやすくそして果てしなく蓄積する金銭の権力であり、それによって彼は、その煌びやかな装い、その直接的な結果においてさらに凶悪な支配を、民族の上に課すのだ。人民により大いなる物を得るべく奮起させるものはすべて,宗教、社会主義、あるいは民主政治だろうと、権力を求める貪欲さと渇望とを満足させる手段としてユダヤ人の役に立つだけである。

 ユダヤ人の活動はその結果において、諸民族の人種的肺病となる。「ユダヤ人の劣等で犯罪的な性格は、彼らの人種としての特性に基づくものであるから、我々が外部からどのように努力してみても改善させることは不可能である。彼らは金銭を得るために手段を選ばないし、その金銭の利子によって諸民族を抑えつけている」。

 そしてそこから次のことが結果する。すなわち、純粋に感情的な諸理由からの反ユダヤ主義はその究極の表現をユダヤ人迫害のうちに見出すであろう。しかし理性の反ユダヤ主義は、ユダヤ人が他の、我々の間で生活している他の外国人と違って所有している特権を、計画的・合法的に駆除・除去することを目指さねばならない(外国人法制定)。しかし、反ユダヤ主義の究極の目標は、断固としてユダヤ人そのものを除去することにあらねばならない。この2つのことを成すには、国民的力を持った政府だけができうるのであり、国民的無力の政府は何もできないのである。

 共和国はその誕生を、我らが国民の統一された意志にではなく、一連の状況の内密の利用に負っており、それらは深い不満の中に自らを表現した。これらの状況は政治構造とは独立に生じたのであり、今日でさえも作用中である。実に今は、かつてよりもそうである。この理由により我れらが国民の大部分は、国家構造それ自体を換えることによってではなく、国民の道徳的および精神的力を再生させることによってのみ、我々の地位は改善されうるのだと認識するようになった。

 そしてこの再興は、党の教義、国際主義のキャッチフレーズ、あるいは無責任な新聞のスローガンの影響を受けた無責任な議会多数派の指導下では準備されない。内なる責任感を備えた民族気質の指導者たちの、断固たる行動によってのみ可能である。

 まさにこの事実が、いかなる国家もがひどく必要としている精神力の内面的支持を共和国から奪うことに奉仕している。かくして、国家の形態を変えることにより受益してきたし、そして受益し続け、また、まさにその理由から革命の背後で駆動力となった人々――ユダヤ人たち――による支持を、国家の現在の指導者たちは求めざるを得ない。

 ユダヤ人の危険は今日の指導者たちによってさえ疑いなく認識されているのだが、それを顧慮することなく、これらの男たちは私的特権のため、ユダヤ人たちによる支持を受け入れざるをえず、また、これらの支持に報いざるを得ない。これらの支持への返礼は、あらゆるユダヤ人の要求を満たすことのみならず、とりわけ、反セム主義運動を妨害することにより、詐欺師たち[ユダヤ人]に対する人民の闘争を防止することを含む。

【ヒトラーの「政治的遺書」】
 ヒトラーの政治的遺書が伝えられている。1945.4.29日、総統官邸の地下壕で口述されたものとのことである。
 政治遺書

  わたしが1914年、志願兵としてドイツ国に強いられた第一次世界大戦に、ささやかなる力を捧げて以来、これで30余年が過ぎた。

  この30年間、わたしの一切の思考、行動、生活において、ただわが民族への愛と忠誠がわたしを動かしてきた。それらはわたしに、かつて生あるものの何人にも迫れなかった苦しい決断を下す力を与えた。わたしは、わたしの時間、労働、健康をこの30年間使い尽くしてきた。

 わたしあるいは他のドイツ人の誰かが1939年に始まる戦争を欲したというのは真実ではない。この戦争は意図あって起こされたものであり、起こした者はユダヤ系かユダヤの利益のために働く国際的政治家たちである。わたしは軍備制限、軍備縮小にあまりに多くの提案をしてきたものであるが、後世の人たちも、以下に臆病であってもこれを否認し去ることはできないし、戦争勃発の責任をわたしに押し付けることもできない。

 わたしはさらに、不幸なる第一次世界大戦後、イギリスさらにアメリカに対し第二の戦争を欲したことは一度もなかった。数世紀かかろうともわが町々、芸術的記念物の廃墟から、結局われわれがこうなった全ての責任を負っている民族に対する嫌悪が繰り返し新たに生ずるであろう。この民族とは、即ちユダヤ民族とその援助者である。

 ドイツ・ポーランド戦争勃発のつい三日前、わたしはベルリン駐在のイギリス大使館にドイツ・ポーランド関係の解決を提案したことがある。ザール地方を国際的監視のもとにおく提案と似た解決策である。この申し出も否定されることはできない。これがはねつけられたのは、イギリス政界の指導層が戦争を欲したからであり、一部は国際的ユダヤ人の手で行われる宣伝によってである。

  しかし、また、わたしは次の点についてははっきりした態度をとってきた。それは、ヨーロッパ民族が再び単に、この国際的金融・財政陰謀家たちの売買可能な株券のかたまりとしてのみ扱われるなら、この殺人ゲームの本当の犯人であるあの民族は、ともに責任をとらされるであろうということである。その民族とはユダヤ民族である!

 さらにわたしは次の点でも何ら曖昧な態度をとらなかった。今度こそ、アーリア民族たる数百万ヨーロッパ人の子供たちだけが飢えるのではなく、また数百万の男が死の苦しみを味わうのではなく、町々で幾千万の婦人・子供が焼かれ爆死するだけでなく、本当に罪ある輩は、たとえもっと人間的な手段でよってであれ、その罪を贖(あがな)わなければならないだろうということである。

  例え幾多の蹉跌(さてつ)があったとしても、一民族の最も光栄ある、最も勇敢なる生命意志の発露として、いつか歴史に名を残すであろう6年間に渡る闘争を振り返ると、わたしはこの国の首都であるこの街から分かれるに忍びない。ほかならずこの場所で敵の進撃をこれ以上長くくい止めるには、戦力はあまりに弱く、盲にされ、無節操な連中によって、自らの抵抗力は次第に無力化されているがゆえに、わたしはこの街に留まることによって、自分の運命を分かち合いたいと思う。さらにわたしは、ユダヤ人によって準備され、扇動された大衆を喜ばすための見世物の必要な敵の手に落ちるつもりはない。

  従ってわたしはベルリンに留まり、総統・首相の座が自らもはや維持されないと判断した瞬間に、自由意志からここで死を選ぶ決心をしたのである。前線のわが兵士、家庭のわが婦人たちの、わたしの承知するはかり知れない行為、業績、わが農民、労働者の功績、わたしの名を冠するわが青年諸君の歴史上先例のない動員を目の当たりにして、わたしは喜びの心をもって喜んで死につく。

  わたしがかの人たちすべてに、わたしの最も深き胸から感謝の言葉を述べるのは当然のことであるが、同様にそれゆえにこそかの人たちがそうあっても戦いを放棄せずにいずこにあろうとも、偉大なるクラウセヴィッツのごとき人の告白に忠実に従い、祖国の敵に対し戦争を継続せんことを願うこともいうまでもない。わが兵士の犠牲、死にいたるまでのわたし自身の彼らとの連帯感のなかから、ドイツの歴史のうちに、いずれにせよいつか、ナチス運動の輝かしき再生の芽がほころび出て、それとともに真の民族共同体実現の種子が芽吹くことであろう。

  多くの極めて勇敢なる男女は、その生命を最期までわたしのそれへ結びつける決心をした。わたしはこの人たちにこい願い、ついには命令してこれをやめさせ,国民の今後の闘争に参加するよう言って聞かせた。陸軍・海軍・空軍の指揮官たちに、わたしはあらん限りの手段を尽くして、ナチスの意味における兵士の抵抗精神を強化するよう、とくに次のことを示しつつ請うたのである。それは、この運動の創始者であり建設者であるわたし自身も、臆病な退任あるいは降伏よりも死を選んだのだということである。

 わが海軍において既にそうなっているのだが、一地方、一都市の降伏もあってはならないということ。なかんずく、ここにいる指揮官たちが輝ける模範として、極めて忠実に義務を果たし、先に立って死のなかへおもむかねばならないということが、いつかドイツ将校の名誉の観念の一つとなって欲しいものである。
 政治遺書 第二部

  わたしの死を前にして、かつての元帥へルマン・ゲーリングを党より除名し、彼から1941年.6月29日の告示及び1939年9月1日の国会声明から生ずるすべての権利を剥奪する。わたしは、その代わりに、海軍元帥デーニッツを大統領ならびに国防軍司令官に任命する。

  わたしの死を前にして、かつての親衛隊国家指導官兼内務大臣ハインリッヒ・ヒムラーを党より除名し、またらゆる国務より追放する。わたしはその代わりに、管区長官カール・ハンケを親衛隊国家指導兼ドイツ警察長官に任命すし、管区長官パウル・ギースラーを内相に任命する。

  ゲーリング、ヒムラーは、わたしに知らせずに、またわたしの意志に反して敵と秘密に交渉し、さらに違反して国家権力を奪わんとする試みによって、国家および全国民にはかりしれざる屈辱を加えた。わたし個人に対する不誠実は別としても。

  あらゆる手段をつくして戦争を継続しようという義務を果たす尊敬すべき人々からなる政府をドイツ国民に与えるため、わたしは国家総統として、新内閣の顔ぶれを次のように定める.


大統領 デーニッツ
首相 ゲッベルス博士
国務大臣 ボルマン
外相 ザイスインクヴァルト
内相 管区長官ギースラー
国防相 デーニッツ
陸軍最高司令長官 ツェルナー
海軍最高司令長官 デーニッツ
空軍最高司令長官 グライム
親衛隊国家指官兼ドイツ警察長官 管区長官ハンケ
経済相 フンク
農相 バッケ 
法相 ティーラック
文相 シュール博士
宣伝相 ナウマン博士
蔵相 シュヴェリーンクロツィク
労相 フープアウェル博士
軍需相 ザウル
ドイツ労働線指導官兼国務相 ライ博士

 マルティン・ボルマン、ゲッベルス博士、その他の人たちの夫人たちを含め、多くの人たちが、自ら自由な意志でわたしのところに来たり、どうあっても首都を去らずにわたしとともにここで滅びる覚悟を示すかもしれないが、わたしはやはりわたしの要請に従ってくれることをお願いしたいし、この場合、国民の利害を自分自身の感情の上に置いてくれるよう願うものである。

  この人たちは同僚として、その仕事、その誠実さのために、死後もわたしの身近に立つことであろうが、同様にわたしはわたしの精神がこの人たちの間にとどまり、常にともに歩むであろうことを望んでいる。どうか厳しくあってほしい。しかし不正であってはならない。なかんずくその行動の助言者に対し恐怖を示さないで欲しい。

  最後に国民社会主義国家の完成というわれわれの課題とは、個々の人々がつねに共同の利益に奉仕し、これに対し自己の利益をあとまわしにすべく義務付けられている来るべき数世紀の仕事であることを自覚してほしい。すべてのドイツ人、すべてのNSDAP党員、男女、すべての国防軍の兵士にわたしは望みたい。どうか新しい政府とその代表者たちに、死に至るまで忠実かつ従順ならんことを。

  とりわけ、わたしは、国民の指導層およびその下僚たちが人種法をきちんと守り,世界の民族をあまねく毒そうとする国際的ユダヤ人に対し、仮借なき抵抗をなさんことを切に求めるものである。

  ベルリンにて交付 1945年4月29日 午前4時  アドルフ・ヒトラー

証人  ヨーゼフ・ゲッベルス博士、ヴィルヘルムブルグドルフ、マルティン・ボルマン、ハンス・クレープス

我が個人的遺書
 ヒトラーには我が個人的遺書も残されている。これを転載する。
  戦いの歳月, わたしは結婚などすることを責任を持てないと考えていたので, この地上の生涯を終える前に, かの娘を妻とする決心をした。この娘は, 誠実なる友情の長い年月ののち, 自由意志によってすべてにほとんど包囲された街にやってきて, その運命をわたしの運命と分かち合おうしたのである。彼女の希望に従い, わたしの妻としてわたしとともに死のうとしている。死は, 民族のためのわたしの仕事が, わたしたち二人から奪ったものを補ってくれるだろう。

  わたしの所有するものは ? それが何らかの価値を持つ限り ? 党のものである。万一党がもはや存在しないのならば, 国家に属し, 国家ももし破滅させられるならば, それ以上の決定はわたしのなすべきものではない。多年わたしが買い集めた絵画は, 決して個人目的のために収集したものではなく, もっぱらわたしの故郷の町ドナウ河畔のリンツに画廊を建てるためであった。

  この遺言が完全に執行されることはわたしの願いである。 遺言執行人としてわたしは, 最も忠実なる党員 マルティン・ボルマン を指名する。彼はすべての決定を最後的かつ合法的に執行する権限を有する。個人的な思う出として価値ある, あるいはささやかな市民的活動の維持に必要とされるすべてのものを, わたしの妹たちに分かち与えることは, ボルマンに許されている。同様に, とくにわたしの妻の母, およびボルマンの熟知せるわたしの男女の協力者, その第一にわたしの古い友人の秘書, 並びにウィンター夫人その他にも分かち与えてもらいたい。彼らは長年にわたり, その労働によってわたしを助けてくれた。

  わたし自身およびわたしの妻は, 解任あるいは降伏の屈辱を避けるため, 死を選ぶ。その場でただちに死体を焼かれることがわたしどもの意志である。この場所は12年間わたしが民族のために, 日々の仕事の大部分を過ごしたところである。

  ベルリン 1945年4月29日 午前4時  アドルフ・ヒトラー

証人  マルティン・ボルマン   ゲッベルス博士  ニコラス・フォン・ベーロウ


 「定年後の読書ノートより 」で、次のような記述が為されている。「ヒトラーとユダヤ人」(大沢武雄著、講談社現代新書)よりの引用のようであるが、どこまでが引用なのか分かりにくい。いずれにせよ貴重な指摘になっている。
 ヒトラーが1945年4月29日ベルリンの地下壕で残した遺書では、ヨーロッパ・ユダヤ人の絶滅を目指した自己の活動に何ら悔恨の念などない。むしろこれを国民に対する愛と忠誠の行為として誇りとよろこびに満ちて死を迎えると結んでいる。戦争は国際ユダヤ主義の陰謀であると言い切り、自己の責任など全然意識にはない。ヒトラーの残虐性を歴史的事実として我々は永遠に記憶すべきことは勿論当然だが、何故ヒトラーの如き狂人が生まれるのか、その背景をきちんと解明しておかねばならない。

 ナチ党は、経済的破綻に瀕した国民を扇動する手法として、常に反ユダヤ主義風潮を刺激した。ヒトラーの反ユダヤ感情を駆り立てていく扇動論法は、

  1. ユダヤ人には利己主義的労働意欲しかない。
  2. 北方アーリア人種は劣等種を陶汰し、健全で純潔な人種を保ってきているが、ユダヤ人は無秩序で、支離滅裂な同血生殖、近親結婚により、あらゆる欠陥を人種としてもっている。
  3. ユダヤ人は放浪の民であり、その過去の歴史からして、なんら独自の文化、芸術を残さなかった。現在活躍している多くのユダヤ人はいかさま芸術家や音楽家ばかりで、彼等はユダヤ人新聞と結託して宣伝し、芸術を我が物顔に支配している。
  4. 従って我々はユダヤ人を、排除、追放する。
  5. ユダヤ人の経済力を取り去る。
  6. ユダヤ人との対決は時至れば徹底的に行う。
  7. ユダヤ人の歴史を振返ってみると、搾取者、吸血鬼としての彼等に対しては、当然の結果として今日に至るまで絶えず反ユダヤ主義が存在しているのである。
  8. 私ヒトラーは、ドイツ国民社会主義者として演説で述べた計画を、最後の力尽きるまで遂行していく覚悟である。と。

 マルクスは哲学的考察の中で、そもそも人間は共同体的存在であると位置づけている、

 しかし疎遠な利己的個人となっていることから生じた人間の疎外態として、近代国家、宗教の実態を解明しドイエッチェ・イデオロギー、経済学・哲学草稿等を書いている。

 現在の戦争は民族間問題の境界線上で発生する、コソボ、インパキ、アフリカ、アフガン、そこには、思想、経済的対立ではなく民族的対立が人々を戦争に駆り立てている。人間は共同体的存在なるが故に、自己結束は堅く、異邦人・他民族への対決本能は今も大きく人を動かす。この歴史的習性を明確にして、ここからナチ台頭の歴史的背景を考えたい。これから世界のあちこちで発生するであろう文明の衝突を正しく把握する為には、まず人間の根本を明確にした哲学的解明が必要なのだ。





(私論.私見)


 投稿者 あっしら 日時 2004 年 6 月 15 日 23:36:54:Mo7ApAlflbQ6s

「ヒトラー第二の書」(「我が闘争」よりも面白い「ヒトラー第二の書」:そこで開示された理性的な反ユダヤ認識)